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劉浩

劉浩 りゅうこう

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晩唐の武将。鎮海軍節度使周宝の部将。光啓三年(887)三月、刁頵と共に叛乱をおこして周宝を追放し、度支催勘使・太子左庶子の薛朗を鎮海軍留後に推戴した。銭鏐の部将杜稜成及の攻撃を受けて文徳元年(888)潤州は陥落し、劉浩は逃亡して行方不明となったとも、捕らえられて心臓をえぐられたともいう。

本紀・列伝

『新唐書』巻九 本紀第九 僖宗 光啓三年三月癸未条
『新唐書』巻一百八十六 列伝第一百一十一 周宝

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最終更新:2026年08月16日 11:55
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