王堪 おうたん
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中唐の官人。王翱の子。王光謙の孫。叔父に
王翊・
王翃がいる。牛李の党争では李党に属する。貞元年間(785-805)監察御史となる。さらに将作監となるが、大和五年(831)、
太廟の第四・第六室に雨漏りが発生し、太常正卿の李鋭と共に罪に問われ、王堪は太子賓客に左遷される制書が出されたが、李固言の反対により他の王の傅に改められた。定陵県令、後に
鄭覃の推挙により鄧州刺史となったが、
大和九年(835)に治績があがっていない州県の一つに列挙された。子に王聡がおり、
昭宗の宰相
王溥は孫にあたる。
表・列伝・史料
最終更新:2026年10月15日 15:01