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崔璵

崔璵 さいよ

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中唐の官人。字は朗士。唐代に「七姓十家」と称され、唐初に編纂された『氏族志』では唐室李氏を抑えて一等とされて太宗の怒りを買った名門中の名門である博陵崔氏第二房の出身。崔頲の子。崔琯・崔珙・崔璪・崔瑨の弟。崔球・崔珦の兄。長慶年間(821-825)初頭、進士に及第し、さらに大和二年(826)制策科にも及第した。開成年間(836-840)末、礼部員外郎となる。会昌年間(841-846)初頭、考功郎中、知制誥、中書舎人となる。大中五年(851)、礼部侍郎となり、翌年選士にあたった。大中七年(853)、権知戸部侍郎となり、博陵県子に封ぜられ、兵部侍郎となった。子に崔澹がいる。『旧唐書』に伝があるほか、『新唐書』に極めて短い伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百八十二 列伝第一百七 崔珙 璵
『旧唐書』巻一百七十七 列伝第一百二十七 崔珙 弟璵

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最終更新:2026年10月21日 00:42
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