薛嵩

薛嵩 せつすう

?-773
唐代の武将・叛将、のち唐の藩鎮・平陽郡王。字も嵩。絳州万泉の人。薛楚玉の子。祖父は高宗朝の名将の薛仁貴薛平薛昌朝の父。幼い頃より騎射をよくした。安史の乱が起きると、自身は一兵卒として安禄山側で参加した。次第に頭角を現し、乾元元年(758)の衛州の戦いでは安慶緒によって上軍の補佐に任じられた。相州を守備したが、僕固懐恩の馬前に降伏し、そのまま相州刺史となり、相衛洺邢等州節度観察使となり、しばらくして検校右僕射に任じられた。没後、弟の薛㟧が留後となったが、将兵に追放された。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百一十一 列伝第三十六 薛仁貴 嵩
『旧唐書』巻一百二十四 列伝第七十四 薛嵩

外部リンク

维基百科,自由的百科全书 薛嵩(中文)
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E8%96%9B%E5%B5%A9

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最終更新:2024年06月17日 23:21
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