『家族』と『他人』 ◆ai0.t7yWj.


『零崎一賊』―――殺人鬼
血ではなく流血で結ばれた『家族』
彼らは、例外こそあるものの、皆が皆、後天的に『零崎』となっている。

だからこそ、軋識は思う。
もしかしたら、数時間前にあった彼は、『零崎』だったのではないかと。
まだ、『零崎』に目覚めていないだけだったのではないかと。
自分の『零崎』としての感覚が、彼を『零崎』として認識できなくても、
まだ目覚めていなかったのならば、それは仕方がない。

と、考えたところで、しかし、軋識は自らの考えを否定する。

だって、あんな奴が『零崎』なわけがない。
いつかの雀の竹取山で双識は、
『零崎』は全員が全員、D.L.L.R.シンドローム(殺傷症候群)の患者かもしれない、
などといったが、あのときの顛末を思い出すまでもなく、
その仮説を容易に否定できるだろう。
そう、あんなわかりやすい反証がいるのだから。
あの―――殺意の塊のような男が
”まだ”『零崎』に目覚めていないはずがあろうか。
なぜなら―――もし、彼の内側に『零崎』が眠っているのなら―――

とっくに目覚めているはずだ。

あれだけの殺意を持つ男が、”人を殺して”
なお、自らの『零崎』を押さえつけているなんて、考えづらいのだから。

まぁ、彼が『零崎』に目覚めていない『零崎』である可能性は零ではない。
たとえば―――

彼が”まだ一人も殺していない”なら

とはいえ、そんなのはやっぱり仮説だ。
確かめるまでもなく、彼は大量の殺人を犯しているだろう。
人を殺していないはずがない。
あれだけの殺意がありながら、人を殺さずにいられるわけがない。
あの殺意を抑えることができるなんて、そんなのは―――

『異常』だ。

と、そこまで考えたところで、軋識は、考えるのを止めた。


「さて、どうするっちゃかね」

時刻はまもなく放送が始まろうかというところ。
場所はD-6、ネットカフェの前、
薄明るい空の下、零崎軋識は立ち止まって思案していた。

 ◇

『人識――家族と他人、どっちが大事っちゃ?』

つい、数時間前、人識にそう尋ねて以来、軋識は考えていた。
『家族』と『他人』、どちらが大事なのか。

『家族』―――
<<自殺志願(マインドレンデル)>>―――零崎双識
<<少女趣味(ボルトキープ)>>―――零崎曲識

『他人』
<<暴君>>―――玖渚友

三人の内、双識か曲識のどちらか、あるいは両方がいることは間違いない。
この六時間近くの間、手がかりをまったく得られずとも、
軋識の『零崎』としての感覚は”いる”と告げている。
一方、<<暴君>>は、いるかもしれないとは思うが、
いるという確実な根拠はなかった。

だから、確実にいるだろう『家族』を探すのが順当に思えた。
けれど、そう考える過程で軋識は―――

<<愚神礼賛(シームレスバイアス)>>零崎軋識は―――

 否、

<<街(バッドカインド)>>式岸軋騎は―――

気付いてしまった―――<<暴君>>へと近づく方法を。

簡単なことだった。
自分と彼女をつなぐものは、ここに招かれる前も後も変わらない。
かつて世界を震撼させたサイバーテロ集団
―――<<同志(チーム)>>
式岸軋騎はその一員なのだから。



もし<<暴君>>がいるのなら、この会場のどこかから、ネットワークへともぐり、
何がしかの行動を起こすだろうことは想像にかたくない。
ならば、簡単なことだ。
こちらも同じようにもぐればいい。
もしもこの会場にネットワークが張り巡らされているならば、
高い確率で、<<暴君>>と接触することができる。

―――おあつらえ向きのように、近くには『ネットカフェ』があった。

けれど―――

そこで式岸軋騎は迷ってしまった。
いや、零崎軋識が迷ってしまった。

<<暴君>>へ接触しようとすること。
それは、双識と曲識を裏切ることにならないだろうか。

先程、探すのは『家族』が順当と考えたが、
それは手がかりがない状態での話。
<<暴君>>へと近づく手段を見つけてしまった今では、
むしろ、『他人』を探すほうが順当に思える。
 否、
そうするべきなのだろう。
仮に<<暴君>>に接触できた場合、いや、接触できなくても、
ネットワークへともぐることは、
『家族』の手がかりを得られる好機であり、かつ、
主催者たる不知火袴に報復する上では、有益あのだから。
そう考えて、軋識はネットカフェへと歩みを進めた。
なのに―――

軋識はこうして、ネットカフェに入ることもなく、
立ち往生していた。

「………全く、馬鹿ばかしいっちゃ。ここまできて迷うなんて」

『家族』と『他人』、どちらか一方を選ぶ必要なんてないのだ。
実際、零崎軋識は―――そして、式岸軋騎は―――
今までどちらを選ぶこともなく、二つを両立させていたのだから。

それをゆるがせたのは、人識に放った問いもあったけれど、
つい先ほど会った、あの化け物女の存在も大きかった。

『あなた達、一賊の誰かがわたしの弟
――七花と言うのですが――
を万が一にも殺したらとしたら』

『根こそぎ全員、殺します』

「きひひひ………、それは本来俺達『零崎』のセリフだっちゃ」

あの化け物女は、あくまで一側面においてではあるが、
―――少なくとも、『家族』か『他人』かと迷っている自分よりも、
よっぽど『零崎』らしいと、軋識は思ってしまった。

「まぁ、なんにせよ、ここまできて回れ右なんて
ばかばかしいな」

と、軋識の口調が変わった。

「もう放送も近い。まずは放送を聞いてからだ。
それから、中を探るか」

軋識は、ひとまず式岸軋騎として動くことを決めた。


そして、放送が始まった。

 ◇

『実験の最中だが、放送を始める。―――』

放送が響き渡る。
どうやら、最初とは違う者のようだ。
けれど、そんなことは些細なことだ。
報復対象が増えたに過ぎない。

『―――さて、まずは死亡者の発表――の前に、荷物を確認してみろ。
 その中に白紙だった紙があるだろう?
 今は参加者一覧――つまり名簿に変わっている筈だから確認しておけ。』

その言葉をきいて、軋騎はデイパックの中をさぐる。
そして、大した苦もなく、名簿を探しあてた。
そして、知る。

零崎双識

零崎曲識

―――玖渚友

軋騎は思わず口元を緩ませた。
―――あぁ、もうすぐ彼女に会える

「待っていてください、<<暴君>>」

そうしてネットカフェへと足を進めようとして、

『―――零崎曲識―――』

軋騎は止まった。

 ◇

思考が固まる。

自分は何を考えていたのだろうか。

何をしようとしてたのか。


―――そうだ、歩いていた。

どこに?
―――ネットカフェへ

何のために?
―――会うために

誰に?
―――<<暴君>>に

ならば、なぜ止まっている?
―――放送を聞いたから

では、何を聞いた?
『―――零崎曲識―――』

ぐしゃり

手に持っていた名簿は握りつぶされ、
コンクリートの上へと落ちた。

「トキ―――、俺は―――、俺は―――」

口からこぼれ出る言葉は、されど、意味を紡がない。

悔しさ、悲しみ、嘆き、憎しみ、
そうした感情が胸のうちから湧き上がっていく。
そして、その想いは―――

「ゥ、ゥ―――、ゥゥゥゥゥゥウ!………………………………
 ……………ゥゥ……ゥ……………………………………………」

しかし、その想いは吐き出されることはなかった。


 ◇

いったい自分は何を考えていたのだろう。

『家族』か『他人』か、なんてことに頭を悩まさせ、
『家族』が死ぬ可能性を考えなかったなんて。

知っていたはずだ。

ここには、『化け物』がいることを。
数時間前、自分は会ったばかりじゃないか、『化け物』に。
あの『死色の真紅』にすらも匹敵するだろう、『化け物』に。

それなのに、曲識の名前が呼ばれる瞬間、
自分は<<暴君>>に会うことばかり考えていた。

「―――トキ」

嘆きたい

憤りたい

叫びたい

けれど―――

自分にそんな資格はない。

ついさっきまで、自分は『他人』のことを優先して、
『家族』のことをすっかり忘れていた。

―――そんな男に、どんな資格があるのか。

もう、遅い。いまさら遅い。
曲識は死んだ。
もうとりかえしはつかない。
もう、謝ることすらできない。
ならば―――

ならば、せめて償おう。
式岸軋騎としての自分は捨て、零崎軋識としてのみ生きよう。

そうすることが、きっと償うことになると信じて。

「すまない、トキ」

零崎軋識は、そうして、ネットカフェに背を向けた。
―――<<暴君>>に会うなんていう罪深いことは、もはや軋識には許されていないのだから。

そして、

「まってろ、レン、人識」

守ろう。

双識を、人識を、―――『家族』を
命に代えてでも守ろう。
『家族』を裏切ろうとした自分の命が、
『家族』より重いわけがないのだから、

そして、

「かるーく、零崎を始めてやるっちゃ」

殺そう。

殺して殺して殺しまくる。
強いも弱いも関係ない。
『死色の真紅』も、『化け物』だって関係ない。
自分には、選ぶ権利なんてないのだから。
自分は『零崎軋識』なのだから。

「―――零崎に歯向かった奴は、一族郎党皆殺しだっちゃ」


【一日目/朝/D-6ネットカフェ前】
【零崎軋識@人間シリーズ】
[状態]頭に痛み、擦り傷、強い罪悪感
[装備]愚神礼賛@人間シリーズ
[道具]支給品一式(名簿のみ紛失)、ランダム支給品(0~2)
[思考]
基本:一族郎党皆殺し
 1:トキを殺した奴を探し出して一族郎党皆殺し
 2:会場にいる『家族』以外の参加者を見せしめで皆殺し
 3:『家族』(人識を含む)との合流、及び保護
 4:零崎一賊に牙を向いた不知火袴およびその関係者を皆殺し。及びその準備。
 5: 情報機器(暴君)に近づくのをできる限り避ける
 6:もしも<<暴君>>に会ってしまったら………

※名簿をざっと見ただけで捨てています。参加者の名前を把握していないかもしれません

※握りつぶされた名簿はネットカフェ周辺に転がっています


騙物語 時系列順 止まる足、進む訳
騙物語 投下順 止まる足、進む訳
天災一過 零崎軋識 神に十字架、街に杭

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最終更新:2012年10月02日 13:07