天災一過 ◆mtws1YvfHQ


 黎明。日がまだ現れはしないが、多少明るくなって来ている。
 その中、がらくただらけの場所に、

「…………」

 零崎三天王の一人、《愚神礼賛》零崎軋識はいた。
 その前には冷たくなっている死体が一つ。
 滅多刺しにされた死体。
 これをやったのは零崎軋識、ではない。
 軋識ならば、今は傍らに置いてある釘バットにして《愚神礼賛》で、一賊で最も容赦ないと言われる手口で殺している。
 今回は適当に歩いていた所、このがらくただらけの場所を見付けたから寄った。
 そして其処に死体があった。それだけだ。
 その死体を一通り調べ終えた所で、軋識は安心する。
 零崎一賊の誰かではなかったからだ。

「全く……こんな死体を見付ける事になるなんて思わなかったっちゃ」

 思わずぼやくように軋識は言っていた。
 調べた死体。
 念には念を入れて刺され続けたような死体。
 もしもこの死体の主が一賊の誰かだったとしたら、

「……ゾッとする話っちゃ」

 恐ろしい。
 これをしたのが一賊の誰かでもない限り、危険だ。
 何人いるかは分からないが一賊の誰かが殺される可能性がないとは言えないのだから。
 そう思いながら《愚神礼賛》を肩に担ぎ、軋識は、はあ、と溜息を付いた。
 想像以上に厄介な場所に突っ込まれたかも知れないと。
 しかし、

「まあ良いっちゃ。全員ぶち殺せば済む話っちゃ」

 自分を納得させ、さっさとこの場所から離れないともしこの場を見られたら。
 そう思った。

「かはは――傑作だぜ」

 その時、後ろから笑い声がする。
 不味い所を見られた、と咄嗟に振り返り、安心した。

「なんだ」
「よう、大将」

 振り返った先。
 口元に笑みを張り付けながら暢気そうに軽く片手を上げている相手は、


「お前か、人識…………っちゃ」

 一賊同士の近親相姦によって産まれた生粋の殺人鬼、零崎人識だった。
 その横に、足元に死体を見詰める髪の長い女が居たが、軋識はそれは無視する。

「レンやトキじゃないのが残念だが、背に腹は代えられないっちゃね……人識」
「ん?」
「早い所、他の一賊を探しに行くっちゃよ」

 そう言うと人識は誤魔化すように笑い、

「ああ、分かってるって」

 気のない風に惚けて言った。
 軋識の頬が思わず引き攣った。
 込み上げた怒気がそうさせたのだ。
 一発殴りそうになるのを抑え、

「ああ、じゃないっちゃ。一緒に行くっちゃよ」

 そう言うと、気まずそうな顔を人識はした。
 続いてまるで言い訳のように、

「いやぁ大将、実は先約が――こっちもこっちで人探しの真っ最中ってな訳だ」

 人識は横の女を指差して言った。
 それに付け加えて暢気そうに、かはは、と笑う。
 軋識は自分の頭の中が一気に冷めていくのを感じた。

「……人識」
「ん?」

 何の用だと言いたげな人識の声に軋識は答えず、《愚神礼賛》を肩から降ろし、足元の死体の頭を一発撲る。
 その一振りで、その死体の頭は原形を留めぬほどに壊れながら何処かへと飛んで行くが、一切目も向けない。
 人識が今まで浮かべていた笑みが微かに引き攣る。

「人識――家族と他人、どっちが大事っちゃ?」

 軋識がそう聞くと、困ったように人識は指先で自分の頬を掻く。
 思わず軋識は一歩踏み出す。その前に、

「――――あなたが殺したんですか?」

 今までずっと黙っていた女が口を開いた。

「あぁ?」

 機嫌が悪いのを一切隠さず軋識は女の方を向いた。
 始めて、意識的にその女を、その女の目を見た。
 まず走ったのは悪寒だった。
 次に思ったのは圧倒的なまでの予感だった。まるで爆発寸前のビルの中に居るような、おぞましいまでに不穏な予感。

「あなたがとがめさんを殺したんですか?」

 女は、淡々と聞いてくる。
 見通すような目を向けながら。
 見定めるような目を向けながら。
 見極めるような目を向けながら。
 それに軋識は答えられない。
 ただ軋識の頭の中では、如何答えても、如何足掻いても、如何もがいても嫌な予感がする予感だけが鳴り響いていた。

「…………はあ」

 やけに似合う溜息を付くと、女は足を一歩動かした。
 瞬間、軋識は咄嗟に、反射的に、無意識的に、逃げ出そうと女に背を向けた。

「どうなんですか?」
「ッ!?」

 女に背を向けた。
 筈なのに。
 何をどうしたのか分からないが、女は軋識のすぐ目の前に、顔と顔がぶつかりそうなほど近くに、立っていた。
 一瞬で移動したのだと、辛うじて揺れている女の髪で軋識は理解した。

「――どうなんですか?」

 そう聞いて来る女に、軋識は何も言えない。
 逃げる事も出来ないのかと、絶句するしかない。絶望するしか出来ない。

「とがめが誰だか知らねえけど……こりゃ大将の手口じゃないぜ?」

 そんな中、軋識の後ろから人識は言った。
 後ろを向いて礼の一言でも言いたい所だったが、後ろを向いた瞬間に、目を離した瞬間に自分の首が薙ぎ取られそうな悪寒がする。
 素直にその悪寒に従った方が良いと軋識は思いながら女を見ていると、首を小さく傾げ、後ろの人識に先を促した。
 人識はそれに答える。

「大将の場合はその《愚神礼賛》……っつっても分からねえか……その釘バットで撲り殺すのが専門だ。刺し殺すのは専門外だ」

 まあ刺し殺すも出来なくはないが、と続け、かはは、と笑った。
 それを聞いてしばらく、女は人識を静かに見ていたようだが、一度《愚神礼賛》に目を向け、

「そうですか」

 小さく頷き、

「ですが邪魔な草はむしるとしましょう――」

 するりと意識と意識の間を縫うように、殺意も無く、殺気も無く、ただ偶然目に止まった雑草をとりあえず引き抜くように何とも無しに、ちょっと邪魔だった枝をとりあえず払うような気軽さで、軋識の顔に向かって手を伸ばす。

「!」

 顔を掴まれたら終わる。
 軋識はそう確かな予感を感じながら、顔を背けるよりも前に掴まれるだろうと確信した。
 死。
 確かな予感としてそれを感じていても、間に合わない。
 足が、腕が、首が、体が、動くより前に、掴まれる。

「や」
「――――――――」

 掴まれる直前に軋識の口から声が漏れた。しかしそれだけだった。
 それだけだった。

「め――?」

 が、文字通り軋識の目の前で、女の手は止まっていた。
 しかし憐れに思って止めた訳であるはずがない。そう軋識は理解している。
 なら何で止まった?
 そう思い、気付いた。
 首の真横から腕が伸びていた事に。
 その腕は刀を持っていて、刀の切先が女の胸を狙っていた事に。
 女は手を止めたのは、問うためだろう。
 なぜ邪魔をするのか、軋識の後ろにいる、

「――何か用ですか?」

 人識に聞くために。
 軋識の後ろで、暢気そうに、あるいは面倒臭そうに、人識は答えた。

「零崎一賊ってのは、家族に仇なす相手なら老若男女人間動物植物の区別なく容赦なく皆殺しってのが基本でな」
「――なるほど」
「そう言う訳だ」
「はぁ……仕方がありません。諦めましょう」
「そりゃ助かった。一応目の前で殺されそうになってちゃこう対応しなくちゃ後々面倒臭いからな――かはは」

 話しながら女が溜息をついて手を下げると、人識は笑って刀を下げた。
 心の中で一瞬だけ安堵したが、女は序でにように、軋識に向いた。

「軋識とか言いましたっけ……?」

 途端、軋識の背筋に再び悪寒が走り、息が止まる。
 それを女は気をする風でもなく、悪くする風でもなく、良くする風でもなく、

「あなた達、一賊の誰かがわたしの弟――七花と言うのですが――を万が一にも殺したらとしたら」

 ただ背筋の凍るような、ただ悪魔も怖気付きそうな、ただただ悪そうな笑みを浮かべて、

「根こそぎ全員、殺します」

 そう言い、軋識の横を通り抜けていく。
 そして完全に通り過ぎた。

「――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 途端、軋識の呼吸が再開される。
 息が荒いのは息を止めていた所為だけでは決してない。
 分からされたからだ。
 軋識自身では勝てないと、頭を抑えつけるように強引に、分からされたからだ。
 絶対に、勝てないと。

「……お、この女刀二本も持ってるじゃん。貰って良いか?」
「わたしに聞いてます? まあ、良いんじゃないですか? ――いえ、悪いのかしら?」
「……どっちだよ? 知り合いっぽいから聞いたんだが……まあ貰ってくけど」
「人識」

 だからこそ、己に危険が及ぶかも知れないと思う前に、人識の名前を呼んでいた。
 返答はせずに人識は振り返った。
 女の方は何かを感じたのか、一人で何処へと歩いて行く。
 ありがたい。
 軋識は心底そう思いながら、目を瞬かせて声を掛けようとする人識に、言う。

「あの女は危険だ――止めろ。俺に着いて来なくても良い。だがあの女に着いて行くのだけは」
「かはは」

 しかし、全て言い切るより前に、人識は遮るように笑った。
 普段通りに、何時も通りに、愉快そうに。

「俺はある奴のやり残した事を引き継がなくちゃならねえからそれは無理だぜ大将」
「人識、分かってるか? ――あの女は殺意も、殺気もなしに俺を殺そうと……」
「大将。これは俺の意思だ。俺の、な」

 そう言い切り、それ以上何も言おうとせず、何も聞こうとせず、女の後を追って走って行く。
 止めようとは思っても、あの女の事を思うと軋識はその後を追い掛ける事は出来なかった。


 人識は大して走ってはいない。
 精々軋識が見えなくなった程度の距離しか走っていない。
 しかしそれでも、がらくたを抜けるよりも早く、人識は女の後姿を見付けた。
 ゆっくりと歩いていたようだ。
 思わず苦笑いが浮かんだ。

「あんたって本当に遅いか速いか分からねえな」
「…………」

 少し脅かしてやろうかと悩みはしたものの、後ろからそただ声を掛ける。
 女、鑢七実は足を止めて振り返った。
 そして何も言わずにじっと人識を見詰め、

「それで?」

 と問い掛けてきた。
 期待していない風に、如何でも良いと言いたげに、気だるそうに。

「変わらねえよ。俺はあんたに着いて行くさ」

 人識が答えた。
 すると七実は首を傾げて、何度か瞬きし、

「……あら、一緒に来るんですか?」

 さも意外そうに、目を少しだけ丸くさせて言った。
 それに見て人識が思わず笑う。

「かはは――俺ってそんなに信用出来ないか?」

 そう笑いながら問うてみると、すぐに、ではなかった。少し悩んだ後に七実は、いいえ、と首を横に振る。
 そして続ける。

「ですがあの人と一緒に家族探しをすると思いました」
「かはは」


 冗談じゃない。
 とでも言う具合に人識は笑って見せ、七実の横に立った。
 少しだけ見詰めたが、七実が再び歩き始める。
 そのやけに遅い歩調に合わせ、勘違いされたら困るとでも言うように人識は言う。

「一応さっき家族って言ったは言ったぜ? でも実は俺って一賊の中でたった一人しか『家族』だと思った奴がいねえんだよ――そいつももう死んじまって居ないんだけどな」
「……そうですか」

 深く聞くべきではないと判断したのか、七実はあっさりと話を切り上げた。
 お互いに何も喋らずに、淡々と歩み、何時しか足元にあったがらくたはなくなり、地面が続いているだけになっていた。
 それでもまだ、お互い一言も喋らない。
 思わず人識が口が開いていた。

「――――で、だ。あんたの弟って本当に箱庭学園にいると思ってるのか?」
「ええ。七花の事ですから、人が居そうだとか言って地図の真ん中辺りを目指してるでしょう――とがめさんはさっき死んでいるのを確認しましたから誰か他に頭脳労働が出来る人と組まない限りは間違いなく」

 と、七実は殆ど躊躇う事無く頷いて、そう言った。
 事実、七実の予想は当たっていた。
 当たっていたが、少しばかり箱庭学園に向かうのが遅かったかも知れない。
 もちろん人識も七実もそんな事は知るよしも、少なくとも今は、ないのだが。

「なら良いけどよ……」
「……どうしましたか? これを聞いて来るのも三回目ですよ?」
「いや……まあ、な」

 濁すように言って、七実から顔を背けた。
 人識が箱庭学園に何と無く行き辛い理由、それは近くにピアノバークラッシュクラシックがあるからだ。
 零崎三天王の一人、零崎曲識の牙城とでも言うべき場所。
 だから行きたくない、と言う訳ではない。
 ただ単にその場所で、とある理由から全身の皮膚の下が内出血の目にあったから少し近寄り難い。それだけだった。
 別段、何か重要な事を隠している訳ではない。
 ただただそんな下らない理由だった。
 七実は深く追求する事無く、ただ箱庭学園に向かう。
 足取りは軽く、されど遅く。
 もっとマシな理由であれば反対しようがあったのだが、下らない理由の所為で反対も出来ず、

「……傑作だぜ」

 足取りは重く、そして遅く、人識は小さな反抗のように溜息を混ぜながら、呟いたのだった。




【一日目/早朝/E-6】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]小柄な日本刀 、千刀・ツルギ×2
[道具]支給品一式×3、ランダム支給品(2~8)
[思考]
基本:鑢七実の弟探しを手伝う。
 1:大将が居るとは思わなかった。

【鑢七実@刀語】
[状態]健康
[装備]双刀・鎚
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2~6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
 1:七花以外は、殺しておく。
 2:箱庭学園を目指す。
 3:とがめさんは残念だけど仕方がない。



 零崎軋識はがらくたの中に座り、頭を垂れて考え込んでいた。
 先程の女の事。
 それはもちろんある。
 あれほどの化物はそう居る物ではない。
 世界広しと言えど、他に軋識に思い浮かぶのは《人類最強》ぐらいしか居なかった。
 それほどの化物が居る。それは脅威だ。
 しかし、軋識が考え込んでいるのはそんな事ではない。
 自分の言った言葉について考えていた。
 人識に言った、「家族と他人、どっちが大事」。
 人識の暢気そうな態度に思わず口から出ていた言葉。
 しかしそれが自分に対しての問い掛けでもあったと気付いたのだ。

「家族か……」

 家族。思い浮かぶのは、《自殺志願》や《少女趣味》や《寸鉄殺人》、人識に、一賊一人一人の顔。
 そして、

「他人か……」

 他人。思い浮かぶのは、傍若無人な蒼い『暴君』の顔。

「どっちが大事か……」

 もしも。
 もしも、家族が居たら。
 もしも、暴君が居たら。
 もしも、両方共居たら。
 如何すれば良い。
 どちらが大事なのか。
 どちらを選ぶべきなのか。
 放送はまだだ。
 だから居るかも分からない。
 もしかしたら人識と自分だけかも知れない。
 そう思いながらも軋識は、思ってしまった。
 もしかしたら、居るかも知れないと。
 もしも、を考えてしまった。
 もしも、居たら如何しようと。
 そんな、分かってもいない、不確かで、容易くなく、泥沼のような自問に、
 《愚神礼賛》零崎軋識は、
 『蠢く没落』式岸軋騎は、
 深く、静かに、嵌り込んで行く。
 そんな中、放送までの時間は刻一刻と迫り続け、既に二時間も無くなっている。

「放送まで動かずに待つか? それとも……探すか?」

 どっちを?
 そう、頭の中で誰かが言った気がした。


【一日目/早朝/E-7不要湖】
【零崎軋識@人間シリーズ】
[状態]頭に痛み、擦り傷、仲間が見つからないことへの焦燥感
[装備]愚神礼賛@人間シリーズ
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~2)
[思考]
基本:他の零崎と合流(特にレンとトキ。ただし人識は半ば諦め気味)
 1:零崎一賊に牙を向いた不知火袴の抹殺。及びその準備。
 2:『暴君』が居たらどうするか。
 3:鑢七花には手を出さない。
[備考]
※日和号とはまだ遭遇していません。



[備考]
※不要湖にあるとがめの死体から千刀・ツルギのみ盗られました。


喫茶店でのお知らせ 時系列順 人は変わる、ただし一部を除く
喫茶店でのお知らせ 投下順 人は変わる、ただし一部を除く
殺人鬼の邂逅 零崎軋識 『家族』と『他人』
NO ONE LIVES FOREVER 零崎人識 冒し、侵され、犯しあう
NO ONE LIVES FOREVER 鑢七実 冒し、侵され、犯しあう

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最終更新:2012年12月27日 15:38