哲学思考(欠落思想) ◆aOl4/e3TgA
放送の声が変わったな。
それが、
球磨川禊の抱いた最初の感情であった。
最初の放送でも声の主は不知火袴ではなく、名前も知らないような老人の声だったが、今度は女の子の声だった。
殺し合いの主催役の片棒を担いでいることを分かっているのか。
そんなお節介じみた疑問を一瞬抱いたが、それ以上は考えない。
何故なら、どうでもいいことだからだ。
死者を淡々と読み上げた少女と、その前の放送で同じく死者を読み上げた老人と、更にまだ居るやもしれぬ共犯者。
彼らがいったい何を考えているのか。
彼らがいったい何を求めているのか。
彼らがいったい何を知っているのか。
彼らがいったい何を握っているのか。
彼らがいったい――何を、目指すのか。
さぞ希望に溢れたことだと思う。
だからこそそれは、球磨川禊というマイナスにはどうでもいい。
殺し合いを主催するような連中のことだ。
週間少年ジャンプなら決してロクな目に会えないまま、正義のヒーローに格好良くぶちのめされるような悪党。
そんな連中なら、甘くて温い友情を築いていることだろう。
チョコレートのように甘くて、蜂蜜のようにドロドロで、粉砂糖のように吹いたら散ってしまうほど軽い軽い友情を。
――それでもだ。
それでも彼らは幸運だと、球磨川は思う。
彼らの向かう先にあるのは紛れもない勝利だ。
いや、正しくは《ある筈》のものと云うのが正しいだろうか。
しかしだ。
しかしながら、そういった勝利が約束されない者もこの世には在る。
ぬるい友情を築いて。
無駄な努力を積み重ねて。
そうしてむなしい勝利にたどり着く。
それが球磨川禊をはじめとする生まれながらの負け組――《過負荷》と呼ばれる存在である。
――その彼は。
放送にて告げられた一つの名前を反復していた。
『人吉……善吉?』
その名前が呼ばれることは、今もどこかで変わらず正義を貫いているだろう生徒会長に比べれば当然とさえいえたことだ。
彼は《異常》でもなければ《過負荷》でもない、《普通》の少年。
まあ、
黒神めだかという一つの生ける伝説にずっと連れ添っている事実は異常と言う他ないだろうが、彼の存在そのものはごく普通だ。
ホームズとワトソンの関係で言うなら、間違いなくワトソン。
どんなに大きな活躍をしてみせたところで、結局は黒神めだかというホームズに見せ場を奪われる、それだけの存在。
球磨川禊にとっては、黒神めだかほどに特別な意味を持ちはしない。
《そういえばあの子は元気かな》ってくらいの認識をされるのがせいぜいの、記憶には残っても脅威にはならない、そんな記号。
『――おいおい』
なのに球磨川は苦笑する。
彼が死んでしまった事実に苦笑する。
現実から逃げる気はないが、とにかく苦笑する。
彼が接触し、ちょっかいをかけた相手の死に、苦い笑いをこぼす。
『おいおいおいおいおいおいおいおい!』
それはやがて明確な笑いへと変わっていった。
球磨川はマイナスであるが、卑屈になりすぎて自分を追い込むようなタイプとはまた違うマイナス性を持ち合わせている。
負け組どものヒーローとしての、同族を引きつけるカリスマ性。
或いは、勝っているのにいつもどうしてか負けてしまう――敗北の星のもとに生まれてしまったがゆえの、《敗北者性》。
自らを負け組と誰より理解しているからこそ落ち込まない。
そのメンタルはまさしく要塞。
彼には敗北は水だ。
彼を敗北させればそれは魚に水をやるのと同じこと。
彼の心を真に動かすのは、彼の仲間に何かがあった場合。
球磨川は異常なほど仲間想いという側面を持っている。
これが球磨川禊という最底辺の敗北者へ与えられた唯一のプラスなのかは定かではないが、とにかく彼にも弱さはある。
――いや、弱さなんて曖昧な言葉を用いると彼自身が弱さが服を着て歩いているようなモノなので、とんだ誤解を生みかねないが。
彼にとって
人吉善吉は仲間ではない。
阿久根高貴とは違い、彼が仲間であったことは過去にはない。
だからその死はまさしく無価値。
《隣の家に住んでたおじさんが体を壊して死んじゃった》くらいのどうでもいいことである――のだが。
『なんだよ善吉ちゃん――きみ、死んじゃったのかい』
素直に球磨川は驚きを覚えた。
善吉がこんなところで死んでしまったことに驚愕した。
驚愕して、反芻して、やがて笑いがこみ上げてきた。
それは敗者を踏みにじる質の悪い笑顔とはどこか異なり。
だけど決して、旧知の知人を失ったことに傷つきながらも、無理に笑って前を向こうとしている――そんな健気なものではない。
なんとも形容し難い笑いだった。
彼自身、何が可笑しくて笑っているのか分からない。
ゆえに誰にも分からない。
球磨川禊がどうして笑うのか、分かる者は此処にはいない。
『そうだなあ。これってさ、ポケモンで例えるとサトシ君がピカチュウに逃げられた――みたいなもんだよね!
そっかそっか、善吉ちゃん!』
それはどれほど滑稽なことだろうか。
誰とでも分け隔てなく接する主人公が、窮地に立たされているまっただ中に相棒と呼んでも差し障りのない存在を失う。
少年漫画だったら、それだけで鬱ルート真っ逆様の大事件だ。
きっと格好良くラスボスを倒した後にでも《わけのわからないパワー》なんかで都合よく復活されるのが読めてるけど熱い展開でもある。
――だが、これは少年漫画じゃない。
都合のいいところで味方は助けに来ない。
都合よく悪役は主人公の口上が終わるのを待っちゃくれない。
そして、死人は生き返らない。
『きみは――《好きな女の子を一人残して》死んじゃったのかい!』
黒神めだかを人吉善吉が愛していたのはむろん知っている。
めだかもその好意に鈍感な訳じゃなく、むしろ自覚した上で彼を側に置いているようだった。
彼女は悲しむだろう。
中学時代に、副会長の顔面を剥がした時のように暴れるだろう。
いいや、あれの比ではないかもしれない。
何しろ、十数年を共に過ごした存在をあっさりと失ったのだ。
彼女を乱心もとい乱神させるには、十二分に事足りる話である。
『そいつはマイナス的に見てもマイナスだぜ。どうもきみは、恋愛漫画の主人公には向いてなかったようだね』
女の子を傷つける意図は善吉にはなかっただろう。
当人はむしろ、誰かを助けて満ち足りて死んでいったのかもしれない。
ああ、そいつはありそうだと球磨川は思う。
彼もまた、正義感が熱い男だったのをよく覚えていた。
『さぁて』
球磨川禊は、側で眠る同行者・鑢七実をちらりと見やる。
彼女は強い、それこそ黒神めだかにも引けを取らないくらいに強い。
おまけに過負荷だ。バリバリの危険思想家、というかそれ以前にそもそも彼女は殺し合いに乗っている。
傷心のめだかとも、いずれ行き遭うかもしれない。
そうなれば、果たしてあの主人公少女は勝てるのか?
七実を破っても自分がいる。
自分がいるなんて言っても、どんなに弱っていたって彼女に勝てるだなんて夢を描けるほど球磨川は理想家ではない。
めだかは勝つだろう。
ひょっとすると七実を破った上で、その上で何の苦もなく自分を蹴散らして、二人の過負荷を見事に無力化してのけるだろう。
――そう。
黒神めだかは必ず勝つ。
『善吉ちゃん、きみはたぶん立派だったんだろう。僕の知らないところでめだかちゃんを支えていたんだろうし、今回惜しくも殺されてしまったことだって、きみのことだから名誉の戦死だったんだろう。僕は信じるよ』
『だから』
『――きみのぶんまで、きみの無念も一心に背負って、だけどきみを誰が殺したのか分からないから――』
――ただし。
『背負ったきみの無念を、たまたま通りかかっためだかちゃんにぶつけてやることにするぜ』
相手よりも圧倒的に深い傷を負いながら。
球磨川禊はなにも負けるために挑むのではない。
生まれついての負け組だからといって、それが一切の勝利欲を有していないかといえば、それは確実にノーである。
彼は証明したいのだ。
負け組でも。
嫌われ者でも。
幸福な連中に足蹴にされる雑魚敵でも。
それでも、幸せな連中に勝てるんだってことを証明したい。
それが球磨川禊の、願いらしい願い。
殺し合いを勝ち抜くなんて手間をかけなくたって、この会場にいる《彼女》と戦うだけで叶えられる願い。
『――――』
何かを思うように虚空を見上げる球磨川。
しかし、彼の物思いに耽る時間は数秒と許されなかった。
「どうやら――わたしは殺されてしまったようですね」
身体を地面に預けたままで、眠っていた筈の七実が言葉を発した。
もう少し眠っているものだと思っていたので、声がかかったことに少しだけ球磨川は驚く様子を示した。
当たり前だが、彼女に傷なんてものはない。
死んだ事実を《なかったこと》にされた彼女は、一度腹を捌かれたなんて嘘のように、そこに存在している。
『ああ、お節介かもしれないけど僕の過負荷を使ったよ』
「そうですか、ありがとうございます」
七実はつとめて冷静に礼を言うと、本来痛ましい傷口がある筈の、真心に切り裂かれた場所をそっと右手でさする。
当然だが、傷なんてない。
「油断しました」
『気にすることじゃないよ、僕も仇討ちにかかったら秒殺されたし』
七実の強さは、これまで同行してきた球磨川もよく知っている。
だから彼女が敗北したのは彼にとっても驚くに値する出来事だった。
不本意な形とはいえ休憩を取ったことで、彼女の内部に蓄積していた疲労も少しは和らいだようだし、結果オーライかもしれない。
殺し合いは加速している。
たとえばこうして七実と言葉を交わしているその間にも、誰かが放送を聞いて泣いたり怒ったり決意を新たにしたりしている筈だ。
そしてまた六時間の後に――変わらず放送はやってくる。
「では、そろそろ進みましょうか。不覚を取りましたが、くすぶっていても仕方がありませんし」
『そうだね、行こう。あの橙ちゃんもどっか行ったみたいだしね』
橙、というワードに七実が一瞬反応した。
やはり彼女の戦闘能力は、七実からしても相当なものだったのだ。
油断したと言った彼女のそれは、言い訳などではなく真実だろう。
最初から強大な存在を殲滅する為に、全力までいかずとも注意を払って臨んでいれば、待つのは必ずしも敗北ではなかったかもしれない。
『それに、僕にもやることが出来たしね』
球磨川はぽつりと呟いた。
七実に言ったのではなく、それは自分自身へと発した台詞。
マイナス十三組を結成しての理事長抹殺、ここに違いはない。
ただその前に、ひとつイベントを挟むだけのことである。
黒神めだか――彼女へと善吉の無念をぶつける。
人吉善吉の死を知ってから、どうしてかそうしなければならないと思い始めるようになった。
どういう心境の変化かは彼にも分からない。
ただ一つ言えるのは。
「簡単には負けてやれないよ」
今回は、負けることを前提としない。
負け犬として勝利することを目指す。
そして証明するのだ。
負け犬でも主役を張れることを。
「禊さん、なにかおっしゃいましたか?」
『ん? いいや、なんにも』
「そうですか。気のせいか、初めて禊さんの《気取っていない》台詞を聞いたような気がしたのですが」
『間違いなく気のせいだね』
気取らない――括弧つけない。
球磨川禊のバトルロワイアルは続く。
彼を待ち受けるのは、果たしてはじめての勝利かお約束の敗北か――
【一日目/真昼/G-6 薬局付近】
【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(中)
[装備]無し
[道具]支給品一式×2、錠開け専門鉄具、ランダム支給品(2~6)
[思考]
基本:弟である鑢七花を探す。
1:七花以外は、殺しておく。
2:骨董アパートに行ってみようかしら。
3:球磨川さんといるのも悪くないですね。
4:少しいっきーさんに興味が湧いてきた。
[備考]
※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ。お腹は満腹で、疲れは結構和らいだね』
[装備]『大螺子が2個あるね』
[道具]『支給品一式が2つ分とランダム支給品が3個あるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんについていこう! 彼女は知らないことがいっぱいあるみたいだし僕がサポートしてあげないとね』
『3番はこのまま骨董アパートに向かおうか』
『4番は――――まぁ彼についてかな』
『5番は善吉ちゃんの無念をめだかちゃんにぶつけてあげよう』
[備考]
※『大嘘憑き』に規制があります。
存在、能力をなかった事には出来ない。
自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り1回。
他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り2回。
怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用不可。残り45分)
物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします。
※日之影空洞を覚えていられるか、次いで何時まで覚えていられるかは後続の書き手様方にお任せします。
※
戯言遣いとの会話の内容は後続の書き手様方にお任せします。
最終更新:2013年03月07日 17:49