地獄(至極) ◆aOl4/e3TgA
鳴り響く第二の放送。
放送のテラーが変化した以外に、さして抱く感情はない。
――いや、もう二度と誰かの死は悼まないのかもしれない。
自分にとって一番大切なモノは、もう壊れてしまったのだから。
修理可能な便利ボディの癖して、直らなくなってしまったのだから。
戦場ヶ原ひたぎは、放送を聞き終えてメモを取り終えるなり、
阿良々木暦の自宅を名残惜しむことなく早々に後にした。
留まっている理由はない。そんなことで時間を無駄にして、本来の目的を達成できないなんて醜態を晒してはただの笑い物だ。
自分が一番にすべきことはさっさと行動を開始して、殺し合いを制する為の準備を整え、外堀を埋めていくこと。
真っ向勝負では人智を超えた力を持った輩に及ばないことは重々承知しているからこそ、巧く狡く優勝へ歩んでいくのが重要な筈。
覚悟など、あの時
人吉善吉を殺した時から決まっている。
もう後戻りは出来ないし、しようとも思えない。
けれどひたぎは一度だけ振り返り、愛する少年の家を見上げた。
視線に宿る色は、言葉一つで表せるほど簡単なものでは断じてない。
悲哀から希望まで、期待から絶望まで、数多の感情を一緒くたにしたような目で、ひたぎは黙って家を見ていた。
「……私も、大概ね」
人のことを罵倒できた義理では、ないじゃない。
ひたぎはらしくもない自嘲気味な呟きを漏らした。
優勝すると決めた。
修羅の道を歩むと誓った。
――にも関わらず、自分はまだ何処かで迷っているのか。
だとすれば、これほど愚かで間抜けな莫迦の姿があるだろうか。
優しい少年を殺して、自分のエゴに任せて願いを叶えることを良しとした。それが、今更まだ迷おうというのか。
今から引き返せば――、
また日溜まりの中に戻れるとでも、思ったのか。
「ふざけてるわ、そんなの。他の誰が認めたって、そんなのこの私が許さないわよ」
ひたぎは自ら作り出した逃げ道を、自らの手で叩き潰す。
確かにここで『逃げて』、元の道へ強引にでも引き返せば、主催者を倒して生還出来たとして、普通に生きることが出来るだろう。
もしかすると宝籤でもそこから当てて、一躍大金持ちの薔薇色人生が行く手に待ち受けているかもしれない。
しかしその未来を、きっと誰より戦場ヶ原ひたぎが受け入れない。
そんな醜い幸せなんて、こっちから願い下げだ。
(……でも、阿良々木くんなら、それを薦めたでしょうね……)
ひたぎは死んだ恋人との思い出を回想して、そんなことを思う。
阿良々木暦。重しを奪われた自分を、助けてくれた優しい少年。
あれは優しいというよりも甘い。蜂蜜のように、とろけそうな甘さだ。
彼なら迷わず逃げることを薦める筈だ。
買い被り過ぎだと彼は言うかもしれないが、少なくともひたぎは思う。
でも、とひたぎは優しい微笑みでそれを再び否定した。
ごめんなさい、阿良々木くん。
私は止まれないわ。
私は誰でも殺してしまう。
私は――あなたを取り戻す。
心の中で、『彼』へと詫びる。
届いているのかどうかも分からない謝罪を、何処にいるのかも分からない彼へと贈る。
殺人という禁忌を、きっとこれからも自分は犯すだろう。
何の為かと問われたら――、
「……あなたの為よ、阿良々木くん。私のエゴイズムで、あなたの為に『余計なお世話』をするの」
余計なお世話をされるのは、誰だって嫌なものだ。
ひたぎがもしも誰かに望んでもいない親切を立て続けにかけられ続けたなら、文房具で容赦なく痛い目を見てもらうことになるだろう。
いつだって誰かのエゴイズムの下に成り立つ、行き過ぎた親切行為。
ある意味では悪意無き悪とでもいえるのかもしれない。
だが現在。自分は悪意をもって、悪を実行しようとしている。
『彼』は怒るだろう。ひょっとすると泣くのかも。
いや――悲しげになにも言わずに、只立つのみか。
(……そうよ。今の私には、阿良々木くんがどんな顔をするのか分からない)
戦場ヶ原ひたぎは、阿良々木暦を愛している。
幾ら罵倒や脅迫をぶつけることがあっても、彼への愛情は変わらない。
彼も同じであったらいいと思う。――いや、ひたぎは信じている。彼もまた自分を愛してくれていると、根拠もないのに信じている。
自分たちは、まだ互いのことを知らなすぎる。
だから、殺す。そんな無理矢理な理由付けが通らないことなんて誰よりもひたぎ自身が分かっているが、それでも撤回だけはしない。
理由なんてものは、ただの単語だ。
人を殺して優勝するということは変わらない。
恋人の仇へ復讐するということも変わらない。
――願いを叶えて恋人を生き返らせることも変わらない。
――願いが叶わなかった時に、全て殺して破滅することも変わらない。
(御免なさいね。そういうことだから――)
ひたぎはもう一度心の中で謝罪して、再び阿良々木家へ背を向けた。
おそらく、この殺し合いが終わるまで再び訪れることはない。
場合によっては二度と訪れないことになるかもしれない。
次があるか無いかはひたぎには分からない。
けれど確かなことは、
(さようなら、阿良々木くん。また、あとで会いましょう)
一度、さよならをしなければならないということ。
また、あとで会いましょう。
願いが叶ったら万々歳、その時は晴れてまた一緒。
叶わなかったら残念だけれど、あの世で会えたら――
そこまで考えて、ひたぎはその可能性を否定した。
自分はきっと、彼と同じ場所へは行けない。
人殺しを待っているのは、灼熱の地獄だ。
けれど、それでも。
ヒトという生き物には、
女という生き物には、
やらなくちゃいけないときがある。
たとえどれほどの破滅が待っていたとしても。
◆ ◆
さて、これで傷心のオンナノコの悲しい覚悟の話は終わりよ。
生憎と、いつまでもこんな使い古された悲劇的展開やるほど私も暇じゃないの。
そんな暇があるならとっととやることやらないと、いけないわ。
でもね、不思議なことに。
私は今とても愉快な気持ちなのよ。最低な事だけど、本当に楽しい気持ちなの。
だってそうでしょう。憎いあの女に、手ずから因果応報を下してやることが出来たんだものね。
昼ドラで嫁をいびって楽しむ姑よりも最高にハイな気分よ。
あなたはどうかしら――大切な人が死んで、今、どんな気持ち?
でも安心なさい、あなたはまた人吉君と会えるのよ。
恋のキューピッドには、私がなってあげるわ。寛大ね。女神と呼んでもいいわよ、私の事を。
ああ、でも。
ごめんなさい、あなたの行き先は私と同じだったものね。
人殺しには――、奈落のどん底がお似合いよ。
それに比べて人吉君は健全な男の子だったわ、だからあなたたちはもう二度と会えない。
――ねえ、今どんな気持ち?
どこの馬の骨とも知れない輩に大切なものを壊されるって、
しかもそれが自業自得の顛末だなんて、
ほんとうに、どんな気持ち?
【1日目/昼/B-1 一戸建て(阿良々木家)の前方数メートル地点】
【戦場ヶ原ひたぎ@物語シリーズ】
[状態]健康、強い罪悪感、しかし確かにある高揚感
[装備]
[道具]支給品一式、携帯電話@現実、文房具、包丁
[思考]
基本:優勝する、願いが叶わないならこんなことを考えた主催を殺して自分も死ぬ。
1:本格的に動く。頭を使ってうまく立ち回る。
2:黒神めだかは自分が絶対に殺す。
3:貝木は状況次第では手を組む。無理そうなら殺す。
4:
掲示板はこまめに覗くつもりだが、電話をかけるのは躊躇う。
5:使える人がいそうなのであれば仲間にしたい。
[備考]
※つばさキャット終了後からの参戦です。
※名簿にある程度の疑問を抱いています。
※善吉を殺した罪悪感を元に、優勝への思いをより強くしています。
※髪を切りました。偽物語以降の髪型になっています。
最終更新:2013年05月16日 11:42