めだかクラブ ◆xR8DbSLW.w


少々遡り。
戦場ヶ原ひたぎは球磨川を神様モドキと呼んだが、
その実、球磨川はどうしてそのように呼ばれたのか、覚えがない。
さもありなん。
神様を知っている人間なんて限られている。
神様がいる理由を知る人間なんてごくわずか。
球磨川が知らないのも、当然の結論だ。

だが。
対して戦場ヶ原ひたぎは神様に遭ったことがある。
紆余曲折を経て。
あまりの辛さに。
あまりの悶えに。
あまりの、思いに。
神に願った。
神を頼った
決して悪いことではない。
神頼みなんて、大半の人間がすることだ。
ひたぎがどれほど本気で頼ったのかは関係ない。
事実、彼女は、神に遭った。
おもし蟹。
思いとしがらみの神。
思いを奪っていく。
否、思いを奪ってくれる神様。
神に遭ったことで、ひたぎは思うのを止めた。
重さをなくしたのだ。
等価交換。
実際に等価なのかもこの場には関係ない。
結論として。
戦場ヶ原ひたぎは重みを失って、思いを失って、辛さから、解放された。
悩みもなく、全てを捨てることが出来た。

その様と、辛さに苛まれ、闘っていたが、
結果として記憶を奪われた八九寺真宵が重ね合わさって見えた。

同時に。裏側として。
おもし蟹と球磨川禊が。
少しダブって見えたのだ。

とはいえあくまでモドキ。
神とはまるで違う。
全くと言っていいほど、性質は違う。
第一球磨川の記憶消去は本人の意思をまるで無碍にしていた。
あんなのが神であるものか。
戦場ヶ原ひたぎは理解していた。
故にひたぎの意識があくまでめだかから揺らぐことなく、今に至っている。

むろん球磨川禊は知らない。
知らないが。
後にこの世に神様がいることだけは認識する。
モドキならぬ、本物。
本物にして化物。
黒神めだかを中心にして化物の話を、知ることとなる。



  ■■■■


「つまりは球磨川よ、私は脱げばいいのだな」


間髪いれずに脱ぐ。
一瞬の出来事に周囲三人(内一人はそれどころではなかったにしろ)は呆気にとられた。
どうして自らの胸倉を掴むようにして、そのまま空を切るように腕を振っただけで、下着姿になることが出来るのか、とか。
そういったツッコミはこの場には適さない。
たわわに実った胸元から取り出した鉄扇を扇ぐ彼女に対し、
対面する学ランの男・球磨川禊は間を置き、呆れたように訊ねる。

「きみは人の話を聞いていたのかい」
「年がら年中誰からの相談をも請け負うこの私に、愚問をするでないぞ球磨川」

澄ました顔を濁らすことなく、球磨川の瞳を睨みかえさんと。
以後も扇ぎ続け、静かに告げる。

「私は、出来ることから済ませただけだ。
 似合わないと言われて何食わぬ顔で着ていられるほど、私も図々しくない」

どうだろうね、と球磨川は肩をすくめ、
逃げず、格好つけず括弧つけず、めだかと向きあう。

「僕が言いたいのはそう言うことじゃないんだけどなあ」
「安心しろ、分かっておる。貴様の言わんとすることは」

そこで始めて、めだかは顔に陰を差し、
扇で口元を覆うようにして語る。

「言われるまでもなく、私は殺人を犯したよ。
 阿良々木暦、多くを知っている訳ではないが、戦場ヶ原ひたぎ先輩がああも心酔する人間だ。
 偉大なる人格者だったんだろうよ。おぼろげながらも私だって覚えておる」

悔いに満ちているんだろう。
語り口が僅かに震えているのを、球磨川は感じた。
めだか当人も気付いたのか、言葉をそこで切ると、大きく息を吸って、再度紡ぐ。

「きっと私の後悔なんて、意味ないんだろうよ。
 さっき戦場ヶ原先輩と対面してようやく理解した。
 私がどう思おうとも、私は実際に罪を犯した。
 その事実はどう足掻いても拭えない。そして許されることもないのでだろう」

球磨川禊が死んでいた頃。
黒神めだかと戦場ヶ原ひたぎは、無言で向かい合っていた。
正鵠を射るならば、動けなかったから、という言葉を脚注に加えるべきだろうが。
ともあれ、その時にめだかは察した。
ひたぎの瞳の色を見て。
憎悪に染まるその瞳を見て。
否応なしに伝わる。
自らの罪深さを。洗脳されていたからでは済まされないほどの、行いだと。

間を置き。
一つ息を付く。
扇を止める。
自然な風が周囲の木々を鳴らすのを聞き、
三度扇を扇ぐと瞳に輝きを灯し、しっかりとした口調で宣告す。

「しかしだ、球磨川。だからといって、人を信じない理由にはなりえないだろう?
 確かにそこの鑢七花は殺し合いに乗っていたのかもしれないよ。
 冷静になって考えてみれば、左右田右衛門左衛門に嘘を吐かれていたのかもしれない」

“凍る火柱”
頭を冷やす。
考えてみれば明瞭。
仮にも殺し合いに乗った人間の言葉だ。
信憑性があるとは言い切れない(それは七花にしたって同じだが)。
客観的に考えて、この場で七花が妙な嘘をついて食って掛かる理由がない以上、
そしてあの場、明らかにめだかに協同しようとは考えていなかった左右田を疑うべきなのは、やはり明らか。
明らかには違いない。
でも。

「それでも、人間を信じることが、人を殺してしまった私でも出来る、数少ないことだと信じておる。
 人間は分かりあえる。普通も、特別も、異常も、過負荷も、悪平等も関係なく。それは、貴様を通じて学んだことだぞ、球磨川」

めだかは左右田を信じたことを恥じていない。
恥じるべきことではないと考える。
人を信じることが肝要なのだ、と。
あまりに正しく、まっすぐに、異常だった。

「もう一度言おうか、球磨川」

仕切り直す様に。
黒神めだかは、扇を音を立て閉じ、球磨川を指す。
不敵に佇む球磨川に動じることなく言い張った。

「私は誰からも気持ちも受け止めるつもりだよ。
 それは勿論、そこの鑢七花だって同じだ。少し後回しになってしまうが、彼とだっていつかは向きあうさ」

七花の胸に刺さる三本の“却本作り”に一瞥をくれ、
もう一度球磨川に向き直る。
扇で扇ぐ、その顔はどこまでも凛と澄んでいて、涼しげだ。

「今は殺し合いに乗っているのかもしれない。
 だが、かつては素朴純朴、人間として真っ当な人生を歩んでいたんだろう。
 理不尽にも殺し合いに巻き込まれやむを得ない事情や背景を抱え彼らは闘っているにすぎまい」

私と違ってな、と。
最後に彼女は付け加え。
謳い文句を、
彼女が彼女たるに相応しい言葉を以て。

「ならば、まだ取り返しがつくのならば、救わねばなるまい。手を差し伸べてやらねばなるまい。
 私は見知らぬ他人の役に立つために生まれてきた女だよ。そこに殺人鬼も過負荷もない。同じ、愛すべく人だ」

左手を胸の前で握る。
ここに心があるんだ、と言わんばかりに。

「球磨川よ、現に左右田右衛門左衛門は鑢七花に殺された。
 放置をしたことは、確かに判断を誤ったのかもしれん、それでも、私は決して人を殺さなかったことを後悔はしない。
 人殺しの罪深さを、私は知っているつもりだ。知ってるが故に、“殺す”なんて真似は絶対にしない。
 そしてその罪深さをこの鑢七花のような人間に悟らせるのが、今の私にできる最善だ」

これが今の私の答えだ、そう、締めくくる。
鉄扇をぱちん、と鳴らして閉じる。
流れるように鉄扇を胸元に仕舞い、下着姿のまま、威風堂々と仁王立ち。
球磨川禊は誇らしげな様子をしばし、黙視し、そして。

「そう」

極めて簡素に。
されど見定めるような視線は変わらず。

「じゃあいいよ、行こう。めだかちゃん。ならば試してみようじゃないか。
 きみのスタンスがどれだけ愚かで、どこまで馬鹿げてるか。きっとすぐに分かるさ」


  ■■■■


却本作りの影響を受けてからと言うもの、鑢七花の熱量が急速に冷めていたのは、三人が共有する暗黙の事実だった。
めだかも多少戸惑ってはいたが、それまでそうしていたように、“五本の病爪”で無力化を図って、
戦場ヶ原ひたぎを追う旅路を続けた。球磨川もそれに続き、予定通り、七実が七花を連れる。
七実の治癒力の作用で僅かに効き辛くなっているが、球磨川の却本作りが二本刺さっているのもあり、ほどなくして七花は眠る。
忍法足軽もあって、手を引くには七実の虚弱さでも十分だった。

このような形で二人を追っていた鑢七実、
普段と比べては周囲に対する注意力も散漫になっていた、が。
“それ”がなんなのかは直ぐに分かる。
死霊山を壊滅させた末に、それとなく手に入れた“交霊術”を以て。
七実は感じる。
人が向こうに居るという旨を二人に伝えると、二人は進路を変えて、ほどなくして“そこ”に至った。

“なにか”がある。

肉のように見えた。
そんな曖昧な印象を抱かざるを得ないほど、ぐちゃぐちゃな“なにか”がある。
強烈な死の臭い。
血の臭いだ。もしかすると人間の肉の臭いなのかもしれない。
ともあれ生理的嫌悪を彷彿させるのに十分な異臭と塊が、そこにはあった。
“それ”を見て、七実は。

「ひたぎ、さん」

思わず声に出てしまう。
あまりの思いに。
重すぎる、思いに。
もしくは重さじゃ量れないほどの禍々しき思いに。
数刻前、球磨川禊を殺したことに関してさえもチャラにしてしまいそうなほどの思いの塊が集約されている。
決して穏やかなものではない。
少し気を抜けば圧倒されてしまいそうな“思い”。
募り募った怨念が顕現していた。

「“これ”が戦場ヶ原ひたぎ、だと」

ふと呟いた七実の言葉を聞き逃す黒神めだかではなかった。
呟くように、確かめるように、自問するように、小さな声で、だけどはっきりと反芻する。

「鑢七実。確かに今、そう言ったか?」
「ええ。“これ”は間違いなく戦場ヶ原ひたぎの肉塊でしょう」
『うん。頭がやけに徹底的に破壊されているから分かり辛いけれど、
 服装らしき布切れといいひたぎちゃんであるという可能性は十分あるね、これは』

商店街のくじ引きでも行うような気軽さと遠慮なさを前面に押し出して、肉塊に手を突っ込む。
弄り、確かに血濡れてこそいるが布切れであろうとそれを取り出して『大嘘憑き』と呟いた。
大嘘憑きで血が捌ける。
だからこそ、よくわかる。
“それ”は紛れもなく戦場ヶ原の着衣していた服であり。
肉塊はどうしようもなく戦場ヶ原ひたぎのものだと。
黒神めだかは認識せざるを得なかった。
震える足を、手で押さえながら、震える声で問う。

「ちなみにだ、鑢七実。貴様は推理だてて判断したわけじゃあるまい。どうして、“判った”んだ?」
『そういや僕も気になってたんだよね。どうしてなの?』
「“交霊術”っていう技です。会得した当初は大したものではないと思っていましたけれど。
 めだかさん、あなたなら、わたしから忍法爪合わせを会得したあなたならこれぐらい訳ないと思いますが」
「ああ、そうだな。みなまで言わんでもいい」

そう言って。
めだかは一度瞼を閉じた。

『めだかちゃん、わざわざ聞かなくてもいいんだぜ』
「止めるな球磨川、止めないでくれ」

私には聞かねばならない義務がある、と。
数秒後、彼女は大きく息を吸って。
今しがた七実の“姿”を見て“完成”させた“交霊術”を発動させる。
瞼を、ゆっくりと開けた。

「あ、」

最初は絞り出すような声だった。

「ああああああ、」

しかし次第に、声ははっきりとした絶叫として、張り上げられた。
普段から、親からさえも疎まれて育った鑢七実でさえ、あまりの“思い”に一度はたじろいだのだ。
人を幸せにすることだけが生きる目的だった黒神めだか。
そのためには幼馴染さえ見限った、蔑ろにした黒神めだか。
しかし、今、その幸せにするべき“人”から、溢れんばかりの飽和した“思い”が、めだかを裏切る。
純粋な悪意が襲い、害意が苛み、嫌悪が虐げる。
加えて言うなら、七実のそれを、さらに完成させた交霊術はより晴れやかに、思いを伝えているのだろう。
澄んで澄んで澄み渡った怨嗟の声が、めだかを直撃する。

黒神めだかに。
戦場ヶ原ひたぎの。
“思い”は。
“恨み”は。
“憎しみ”は。
重い、重い、オモイ。
志半ばに殺されてしまった彼女の“声”は。
実態をもたないまま、されど確実にめだかの心を凌辱する。

「あ゙あ゙あ゙あ゙ああああああああああああああああああああああアあ!!」

発狂したように叫ぶ。
思い伝わるままに。
膝をつき。
頭を抱え。
喉を裂けんばかりにひっかき。
喉を潰さんばかりに吠える。
いつしか声が止んだ。
単に喉に限界が来ただけだろう。
胸を掻き毟る。
心を裂くかのように、何回も何回も。
ひたすら、なにかに憑かれたように、何回も何回も。
掻く、毟る。
いつしか手は自分の血で濡れたいた。
意識した、途端疲労が襲う。
這いつくばる。
今度はまだ乾き切っていないひたぎの血が、彼女の長い髪、肉をと染め上げた。
下着の色も、すっかり白から赤へと変色している。

球磨川はそんなめだかの姿を見て。
特に表情を変えたりはせず。
詰め寄り、労わるように肩を抱く。
あくまでいつものように、普段通りに、なじるように問い掛ける。

「分かるだろう、めだかちゃん。これがきみの犯した間違いだ。
 むろん、ひたぎちゃんが死んだのはきみの所為じゃない。ただその事実はそれだけでしかない。
 きみは人間失格にひたぎちゃんを任せてしまったんだってね。殺人鬼を無用に信じてしまったのは、どうしようもなくきみだ」

ぐちゃり、球磨川はひたぎの肉を掴みあげ、
めだかの前で弄ぶようにいじくりまわす。
ぐちゅり、ぐちゅり。
音は止まない。
めだかは動かず。
ただ、蹂躙される肉塊を虚ろ気な瞳で見つめた。

「左右田ちゃんを殺した七花くんを見逃したのもきみ。
 きみの異常なまでの甘さが、あるいは二つの死を招いたのかもしれないね」

「      ぁ  」

なおもめだかは立ち上がらず。
ぐちゅり、ぐちゅり、ぐちゅり。

「勘違いしないでほしいけど、僕はきみを責めたいわけじゃない。
 ただ、そろそろいい加減。きみも上じゃなくて前を向く時が来たんじゃないかな。ほら、前には現実が待ち構えてる。」

「ぅ、  ォえ 、げほっ 」

なおもめだかは物語らず。
ぐちゅり、ぐちゅり、ぐちゅり、ぐちゅり。

「なるほど、人を信じる。いい言葉だね。実にプラスな考えだ。
 きみは特上の異常(アブノーマル)で極上の正(プラス)だった、人間としてきみの行いは正しかった。正しすぎた。
 変な言い回しだけど、化物じみてるとしか言いようがないほどに。故に対処を間違えてしまった。」

「あ゙、ああ、  あ」

なおもめだかは凛とせず。
ぐちゅ、ぐしゃり。
肉が、崩れ落ちた。

「さあ、めだかちゃん、認めちゃえよ。そうすれば楽だぜ。
 “私は間違えるべきだった”って。正しいだけじゃいけないんだって。ほら、一緒に堕ちてこうよ。
 たまには先輩らしく、きみの手を引っ張ってやるのも、悪くないさ」

血に塗れた手を、自らの制服で拭う。
黒い制服が一部朱に染まる。
その時だった。

「あ、ああああああっ!」

不意に、としか言いようがないほど唐突に。
黒神めだかが叫ぶ。
何事だと問う前に、黒神めだかの身体が浮いた。
球磨川禊も、鑢七実も何もしていない。
さも自然かのように、めだかの身体は誰の意思をも鑑みず、ぐんぐんと追いやられ、
壁に激突した。
激突し、張り付けられて、そのまま動かない。動けそうにない。
磔刑のごとく。
ともすれば強風に叩きつけられたようにも見える。
しかし、七実と球磨川、両者共々周囲に気を張るが何も感じることが出来ない。
当然だ。
周囲には人影一つない。
“そこ”にいるのは。
いや、“どこにでも”いるのは。

「か、 、 か、に?」
「蟹? 蟹なんて見えないけど、七実ちゃんはどう?」
「いえ、わたしには」

圧迫されているからか、喉が潰れるほど叫んでいたからか。
息も絶え絶えに、されど確かにそう言った。
今もなお、壁に身体がめり込んでいく。
彼女の名前は黒神めだか、潰されて死ぬほど軟に構成されてはいないだろうが、
罅割れていく壁が、力の強力さを物語っていた。
人間を超越する力。
怪物をも凌駕する力。
神の力。
神様の力。


かつて戦場ヶ原ひたぎが行き遭った怪異、神様。おもし蟹。
蟹は今、黒神めだかに恵みを施さんと、この場に君臨した。




―――――第×箱 めだかクラブ――――




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最終更新:2014年07月12日 10:07