My Generation ◆ARe2lZhvho


ただ、立ち尽くす。
その異様な光景に。
神がおわす情景に。
その場の四人は動けないでいた。
うち一人は病魔による激痛と能力による症状で気絶しており、うち一人は神様直々に磔にされていたためだが。
残る二人の男女は状況の不明さに手出しできないでいる。
傍観者の男女の名は球磨川禊と鑢七実、倒れ臥す男は鑢七花。
そして、神に磔にされているのが何の皮肉か名字に神を宿す女、黒神めだか
以上が、この話の登場人物だ。
あくまで存命の者に限るが。


   ■   ■


「これは、どういう、ことですか」

ようやく口を動かし、か細い声を出したのは七実だった。
問いかけの形をとっていることからわかるように、独り言ではなく訊ねる相手がいる。

――こいつは神様だな――
「神様? しかし、彼女は蟹と」

答えたのは隣に立つ球磨川ではなく、交霊術を使う彼女にしか見えない、幽霊と呼んでもよいのかすらわからない怪しい存在――刀鍛冶・四季崎記紀。
四季崎からもたらされた情報にすぐさま彼女は疑問を呈す。

――蟹の神様だよ――おもし蟹――重いし蟹、重石蟹、それに、おもいし神とも呼ばれたりするが――要は人から重みを失わせるのさ――
「重みを失わせる……仮にそうだとしても、この状況は」
――怒りを買っちまっただけなんじゃねえのか?――神様相手にゃ十分狼藉働いただろ――

狼藉という言葉に七実は思い返して納得する。
叫び。
自らを掻き毟り。
地面に這い蹲り。
過負荷でもなければ人間相手でも無礼な行いだ。
それがましてや、神様だったらば。

――それっぽいところに手をかけて、それっぽく手を引けば引きはがせるだろうぜ?――なんせ蟹だからひっくり返してしまえば何もできないしな――
「勝手にやるわけにもいかないでしょう。それにわたしまで神の怒りを買いたくはありません」
――見えてないなら大丈夫だろうさ――第一、おまえには失いたい思いはないだろう?――
「思い? 重みではなく?」
――おっと、言葉足らずだったか――おもし蟹は思いと一緒に重みを奪う神なのさ――奪うという言い方もなんだがな――

しばし、七実は思考する。
目の前の状況。
四季崎の言葉。
蟹。
神様。
おもし蟹。
重みを失わせる。
失いたい思い。
思いと重み。
奪うという言い方もなんだが……?

「つまり――重みと引き換えに、思いを失わせてくれる神、とでも」
――ご名答――下手な行き遭い方をしてしまうと、存在感が希薄になるらしいが――まあこいつはなくてもいい情報だな――
「重みを失えば体が軽くなるのは予想がつきます。それこそ、常に忍法足軽を使うかのように。しかし、思いを失うというのは」
――忘れるのとは違うな――思うのをやめる、悩むのをやめる、そんなところか――失ったことを後悔しない保証はないが――
「どうしてそのようなことを知っているのかはこの際置いておきましょう。今更な話ですし」
――くくっ――元々は占い師の家系なんでな――なんて言っても、説得力の足しにもならないだろうがよ――
「ですが、今までの話が本当だとして、神は……おもし蟹は、一体何を奪おうと」
――さあな――さすがにそこまではこのおれにもわからねえよ――例えるなら、そうだな――刀であるおまえらが刀であることを捨てる、とか――
「わたしたちが刀でなくなるような……それに匹敵するような思いを失いたいと願っているとしたら――」

仮定につぐ仮定。
信憑性の欠片もない情報。
鵜呑みにするには無理がありすぎる。
七実は再度めだかを見遣るが何度目を凝らしても蟹がいるとは思えない。
強いて言うなら、彼女の両脇に4つずつ深い罅割れがあることだろうか。
言われてみれば蟹の足跡に見えなくもない。
視線をめだかから外し、足元に落とす。
そこには、自身も突き刺した螺子の影響もあってか頭髪を黒と白のまだらに染めたまま倒れる弟がいる。
気絶していてなお表情は苦しそうだったし、肌も青白い。
七実はため息を一つ零し、





「くだらないですね」





一笑に付した。


「そのようなことで悩むくらいなら最初から持たなければいいというのに。或いは、もっと早い段階で捨てるべきだったのですよ。
 少なくともここで神に頼るなどという、ずるい真似をするよりかは」


そして、





「ああ、全くもってくだらないよ」





追随する者がいる。


「七実ちゃんが誰と話してたのか僕にはわからないし、どうしてそんなことを知っているのかもどうでもいい。
 断片的な内容からじゃ推測するのも難しいし、正解しているという保証もない」


だが、


「それでも確実に言えることは、」


「めだかちゃんはこんなところでズルをするような人じゃない」


「そんなめだかちゃんなんて僕は認めない」


「そして最初から持たない方がいい、もっと早く捨てていれば、なんて甘えるめだかちゃんも認めない」


後半部分。
見解の相違が生まれ、


「だから七実ちゃん、手出しは一切しないで」


それに七実は、


「……委細承知」


球磨川禊にそこまで言われてのける黒神めだかに少しだけ、嫉妬した。


   ■   ■


七実は交霊術を「ただの記憶」と称したし、事実それ以上のものを見ることはできなかったが、めだかが「完成」させた交霊術は本領を遺憾なく発揮している。
ゆえに。

――あなたにはわからないでしょう――私にとって阿良々木くんがどれほど大切な存在だったか――

――よくも、よくも阿良々木くんを殺してくれたわね――

――阿良々木くんがされたように、心臓を貫いて殺してやるわ――

――許さない――許さない――許さない――許さない――許さない――許さない――許さない――

現在進行形で戦場ヶ原ひたぎの怨嗟の声はめだかを苛み続ける。
武器はおろか、肉体すら持たないひたぎは唯一残った言葉でもって暴力を振るう。
行動にできるできないは関係なく、ただ思いの丈をぶつける。ぶつけ続ける。
反論の余裕は与えることなく。
言い訳の理由を求めることなく。
反省の意思すらも拒絶するように、たたみかける。

――おもし蟹さまに願うのかしら――この重みを取り除いて欲しいと――

――願えば楽になれるわよ――その罪の意識から逃れられるわよ――

――いっそのことあの神様モドキの言うとおりに墜ちてしまうのもいいんじゃないかしら――

――正しいままでいるというのはとっても大変なことだものね――

――私の知っている本物は一度化物になったこともあったけれど――最初から化物のあなたはそんな逃げ道すらあるのかどうか――

――そう考えると、ほら、千載一遇のチャンスよ――化物をやめられるチャンス――

一転して優しい口調になるも、それもめだかを苦しめるため。
かつて自身が行き遭い、重さを失ってから後悔しなかった日がなかったように。
めだかもその選択をしたことを後悔して後悔して後悔して地獄に堕ちてしまえばいい、と。
残されたものが言葉しかないのならその言葉を最大限活用する。
交霊術を用いてからやっと訪れた沈黙に回答を求められたと判断しためだかは恐る恐る口を動かす。

「化物を、やめろ、と……見知らぬ他人の、役に立つ、ために、生まれた、という、私、の信念を捨てろ……と、そう言う、のか、戦場ヶ原、ひたぎ、上級生」

――信念、ね――言ってくれるじゃない――阿良々木くんを殺しておいてどの口がほざくのかしら――

「わかって、いるさ……拭えない罪、だということも、許されない罪悪、であろうことも……だが、償うことは、できる……!」

ぞわっ、と一段と迫力が増した。

――償う?――誰に償うというの?――私にはもう何をしようと贖えないわよ――
――本来ならこうして話をすることだってできないというのに――
――それとも見知らぬ他人に償うというのならとっても滑稽ね――
――私以外に償うというのならそれは償いとは言わない、ただの自己満足――
――そもそもあなたのその信念も随分と破綻しているわよね――
――見知らぬ他人の役に立つ――上辺だけ聞けばそれはそれは立派でしょうけれど――見知った知人はどうなのかしら――
――自分のことを顧みず、周囲も蔑ろにして――それで遠い他人の役に立とうだなんて、おこがましいにも程があるわ――
――ああ、そういえば――阿久根高貴――彼、あなたのために私を殺そうとしてたわね――
――もしかして、初耳だった?――人吉くんがいなければ死んでいたところだったのよ――
――彼もあなたに心酔してたようだったけれど――今の今までそのことに気づかなかったようじゃ、その信念は――

ただの戯言と呼んでも差し支えない言葉の羅列。
だが、その中に混ぜられた阿久根高貴の凶行という情報。
これまで見続けてしまった、聞き続けてしまった膨大な怨念。
おもし蟹の存在。
それらがめだかの精神を疲弊させ、正常な判断力を奪い去り、



――その信念は無理で、無茶で、無駄だったとしか、言い様がないわ――



戦場ヶ原ひたぎは、とどめを刺す。


「無理で、無茶で、無駄だった、と――私のしてきたことは、そういうことだったと、いうのか……?」


――ええ、その通りね――
――そんなことはねーぞ、めだかちゃん――


そこに、割り込む声があった。


   ■   ■


「善、吉……?」

知っている。
めだかは知っている。
声の主をめだかは知っている。
だが、知っていたところですぐに理解できるかどうかは別の問題で。

「はは……ついに、気が触れでもしたか……」

いよいよ幻覚を見てしまったのかと錯覚してしまう。

――カッ――第一声がそれってのはさすがにないと思うぜ?――

――人吉、くん……――

――おっと、今は黙っててもらおうか、戦場ヶ原さん――散々しゃべったんだ、少しは休憩してろよ――

――そう言われてはいそうですかと引き下がるとでも?――

――俺に一個、貸しがあるはずだよな――それに、俺の目の前でめだかちゃんをどうにかできると思ってるなら――大間違いだ――

――…………、わかったわ――今だけはおとなしくしておいてあげる――でも、あなたこそ黒神めだかをどうにかできるだなんて思わないことね――

しかし、戦場ヶ原ひたぎまで反応を示すとなれば話は変わる。
人吉善吉が目の前にいる、と認めざるを得ない。

「本当に、善吉、なのか……? なら、どうして……」

――恥ずかしい話だけど、実はずっといたんだよな――めだかちゃんが俺を連れてってくれたっていう言い方もあれだけどよ――

「まさか……腕章、か?」

――正解――だから今までめだかちゃんが何をやってたかってのも全部見てた――小学生の目の前で着替えるとこまでな――

「なっ……」

――ただ、『敵』と言われる心当たりなんてなかったし――様子がおかしいところもあったから――正直言うと、心配してた――

「そうか……安心しろ、と言ったのに、このざまでは、な……」

――できれば俺だってこのまま引っ込んでいたかったさ――めだかちゃんならこの状況でも何とかすると信じてたし――でも――

「文字通り、化けて出られて、しまわれては……立つ瀬も、ない」

――それはめだかちゃんが交霊術なんてのを使ってるからだろ?――使わなきゃ……ってのは野暮な話か――

「当然、だろう……義務、がある」

――やっぱりそう言うよな――それでこそめだかちゃんだ――だけど、それでも言わせてもらう――

おもし蟹の圧迫は未だに続き、いいかげん痺れを切らしてもいい頃だが、めだかが肯定も否定もしない以上おもし蟹はこの場から消え去ることはない。
それをわかっていて、善吉はめだかに告げる。





――めだかちゃん、お前は間違っている――





めだかが過去に聞いた、善吉が未来で言った言葉を。


   ■   ■


少々時間を遡り。

「ねえ、禊さん。立ち話でもよろしいでしょうか」

二人は端的に言うなら暇だった。
手出しをするなというのは、つまり見ていることしかできないということであり。
言われた七実はもちろん、球磨川もその例に漏れず。
かといってこの場を離れるなどもってのほかで。
七実が話を切り出すのも不自然ではないことではあった。

『うん? 構わないよ』

球磨川も時間を持て余していたことは事実だったので七実の提案に応じる。

「めだかさんが言っていたことについて、どうお考えですか?」
『別に、いつものめだかちゃんって感じじゃないの? 正論しか言わない、そしてそれを当然のように他人に強要している、ね』
「正論ですか」
『正論だよ。「国境をなくせば戦争はなくなる」みたいなことを平気で言うような、そういう正論さ』
「だとしたら、彼女は無知なのでしょうね」
『どうしてそう考えるんだい?』
「『かつては素朴純朴、人間として真っ当な人生を歩んでいたんだろう』、めだかさんが言っていたことです。
 そして、それをわたしたち姉弟にも当てはまると信じて疑っていない」
『まあ、めだかちゃんはそういう子だからねえ』
「私も七花も、とても人間として真っ当な人生など歩いでいないのに、そもそも人生と呼べたかどうかすら不明瞭だというのに……」
『勝手な話だね』
「ええ、勝手な話です」
『でもなんで今になって話すんだい? それこそさっき言ってもよかっただろうに』
「一応、対象は七花だったでしょうし、あの場で話す必要性をあまり感じなかったので」
『ふうん』

まだ思うところはあるようだったが、七実は会話を打ち切った。
打ち切る理由が生じてしまっていては球磨川も続きを促すことはない。

「あら、いつの間に起きていたのね、七花」
「……ついさっきから、だよ」
「それで、調子はどうかしら」
「相変わらず、最悪だ。……姉ちゃんはずっとこんな風に生きて、生き損なってたんだな」
「その程度でわかった気にならないで欲しいものだけど」
「う……ごめん。えっと、それで、何がどうなってるんだ?」
『そこら辺の説明は話すと長くなっちゃうからなあ……ところで君はそんな格好で大丈夫なのかい?』
「それだが、おれの服がどこに行ったか知らないか?」

話し声がきっかけなのかはわからないが、目覚めた七花に二人は話しかける。
気を失ってから、そもそも森で倒れてからの経緯も当然把握していないため七花も現状を認識しようと問いかける。
それを聞いた球磨川は頬をぽりぽりと掻くと気まずそうに口を開いた。

『あー……、そういえばなかったことにしちゃったんだっけ。仕方ない、ここは僕の』
「禊さん、それでしたら」
『うん?』
「わたしの荷物の中に服があったのでそちらでいいかと。少なくとも、えぷろんよりかは」
『ここに来て? なんだか作為的なものを感じるなあ』
「いつまでも裸でいられては困るでしょう」
『まあ、この場合はご都合よりモラルを取るべきだよね』
「二人とも、何の話を」
『こっちの話さ』

とにかく、偶然にも七実の支給品の中に服、もっと言えば袴、更に細かく言うなら七花が昔着ていたものがあったため着替えについては事なきを得た。
男の裸エプロンとか誰得だよ、全裸の男を描写するの心情的に辛いんじゃという誰かの心の声は無視していただきたい。
その最中、他の支給品のゲームに出てくるような剣と服の中に紛れていた白い鍵に興味が移ったことで、登場人物が増えたことを示唆する呟きを耳にした者はいなかった。


   ■   ■


ここに来る前に自身が聞いた言葉だ。
同じことを聞かされたところでショックを受けることはない。
ない、はずなのに。
どうしてこうも響くのか。
響くということは暗に認めているからなのだろうか。
自身は間違っていた、と。
見知らぬ他人の役に立つために生まれてきたのではない、と。
戦場ヶ原ひたぎという『結果』を見せつけられては否定などできるはずもない。

「やはり、貴様も、そういう言う、のか……」

――早とちりしないでくれよ――めだかちゃんは『見知らぬ他人の役に立つために生まれてきた』って――俺が昔言ったことだ――

「……」

――実際にめだかちゃんはそれをやってのけた――ずっと見てた俺が疑問を抱かない程に――

「…………」

――だけど、死んでから初めて考えたんだ――それは正しかったのかって――死んでから考えるってのもおかしな話だけどな――

「………………」

――で、思ったんだよ――俺はなんて重荷を背負わせてしまったんだろうって、さ――

「……………………」

――たった二歳のときの口約束にも満たない言葉をずっと実行し続けるなんて――異常すぎるにも程があるぜ――

「…………………………」

――だから間違ってたのは、そんな無理難題をやってのけためだかちゃんで――そんな無茶苦茶を押しつけた俺で――それを止めようとしなかった誰もだ――

「………………………………」

――でも、その行いの結果を俺が見てたように――めだかちゃんも見たはずだろ?――決して無駄なんかじゃなかったって――

否定しつつもかけてくれる優しい言葉。
だが、それを易々と受け入れられるかというと、そんなことはなく。

「それ、でも、だ……現に、私、は失敗して、いる……」

――人間なんだ、失敗しない方がおかしいぜ――大事なのはどう対処するかじゃないのか?――いっそのこと無視したっていいんだ――

「し、しかし!」

――そういうことに、してしまえ――これは罪悪感から見た幻覚だったとかでいいんだよ――最初に否定しておいてあれだけど、気が触れた、でいいんだよ――

「そんなこと、できる、わけが……!」

――なら、幽霊に唆された、でもいい――その都度一々対応するなんて馬鹿のやることだ――一旦後回しにしたって誰も責めやしない――

「そんなに、言う、なら、唆される、ついでに、教えてくれよ……なあ、私は、なんのため、に、生まれて、きたのだ?」

――………………そんなの――俺が知るかよ――それでも言わせてもらうなら――自分で、考えろ――

「ふふ……野暮、なことを、聞いて、しまった、か……」

――ただ、これだけは保証する――例え周りが全員敵でも――俺はめだかちゃんの味方だ――

「敵になる、と言った、ばかりで、手の平を、返す、か……つくづく、貴様、というやつ、は……」

――そこのところがよくわかんねえんだけど――今は些細な問題か――

「そう、だな……些細な、問題だ」

――最後にアドバイスっつーか景気付けっつーか――戯言とでも思ってくれていいんだけどよ――めだかちゃんは敵が強い程燃えるタイプなんだから――

だったら、と一拍置いて。



――敵だらけのこの状況を解決する、という難問に取り組まないわけないよな?――



その挑発ともとれる問いについ、めだかは破顔してしまう。

「本当に、貴様、は……! そう言われて、否定など、できる、はず、ない、だろうが……!」

――やっと笑ってくれたな、めだかちゃん――じゃあ、まずは二つ――やることやんなきゃな――

「ああ……最後、どころか、死後まで、迷惑を、かけた」

――カッ――気にするなよ――それじゃ、待たせちまったな――戦場ヶ原さん――後は好きにしな――できるならの話だけどよ――

――まさかこんな茶番で私が納得するとでも思ってるわけじゃないでしょうに――

「もちろん、だ、が……少し、待って、くれないか? この、ままでは、話しにくい、から、な……」

視線を落とす。
本来なら地面が見えるだろうところに世界最大ではないかと思う程の蟹がいる。
何も言わず。
どこを見ているかも曖昧。
耳があるかどうかも疑わしい。
それでも有無を言わせない迫力を出している。
これが神か。
得心する。
大きく息を吸って、吐いた。

「長々と待たせてすまなかった。悪いが、後回しでも抱えると決めた以上こいつは持っていかれるわけにはいかないのだ。
 神に対して失礼な物言いなのは十分承知しているが、お引取り願いたい」

その答えを待っていたかのように蟹は消えた。
還ったとも言うべきか。
前触れもなくいなくなったことで支えを失い一気にその場にくずおれた。
胸部を圧迫する存在が消えたことで一気に肺に空気が流れ込む。
久方ぶりの感覚にげほげほと咳き込んだ。
立ち上がらず、足を直す。
そのまま、額を地面につけた。


「ごめんなさい」

――どういうつもり?――

「身勝手な振る舞いなのはわかっている。だが、最初にするべきだったのだ」

――そうされたところで今更――

自己満足だということもわかっている。しかし、悪いことをしたら謝るものだろう」

――だから、なんだというの――

「傲慢だったよ。何が更生させる、だ。過ちを自覚しておきながら、赤の他人には『すまないと思っている』と言っておきながら、当の本人には何も言ってなかった」

――わかっているの――

「洗脳されていたという言い訳が通用しないということもわかっている」

――わかっているの?――

「重々承知している。だから何度でも言おう」

――わかっているの……!?――

阿良々木暦を殺したのは私だ、本当に、ごめんなさい……!」

――それが火に油を注ぐだけでしかないというのをわかっているの!!――

「球磨川じゃないんだ、死人に対しできることなど、こうして謝ることくらいだ。本来ならこうして声を聞くことだってできん。憤怒とはいえ反応があるだけましだ」

――無駄よ――何を言われたところで納得なんて――

「ああ、そうさ。納得などしないことなどわかっている。思えば先ほど言った償いというのも馬鹿馬鹿しい話だ。できることなど結局自己満足に終わるのに、な」

――そんなに言うなら自己満足を貫けばいいわ――私には決して届かない自己満足を――

「貫くさ。せいぜいできることなど不知火理事長を問い詰めて優勝者を出さないまま願いを叶えさせる、くらいだがな。その暁には阿良々木上級生にもきちんと謝ろう」

――それが実現できたとして阿良々木くんはともかく私は絶対に許さないわ――

「承知の上だ。交霊術を使わなくなったところで私に憑いて回るのだろう? 私の自己満足を最後まで見ていけばいいさ」

――なるほど、確かに人吉くんの言うとおり今のあなたには何を言っても意味がないようね――だったら憑かず離れず失敗するように祈って――いや、呪ってあげるわ――

「それで結構。その方が私もやりがいがある」

――忘れないことね――あなたが死ぬのをずっと待っていることを――今すぐにでも殺してやりたいことを――

「それだけのことをしたからな……済まなかった。


 …………これでいいんだろう?」

――ああ、上出来だぜ――それじゃあ、また、いつかだな――

「うむ」

戦場ヶ原ひたぎの霊も人吉善吉の霊も消える。
見えなくなっただけで近くにいるのだろう。
頭を上げると球磨川たちが何かやっている。
どうやら鑢七花が目覚めていたらしい。
立ち上がりながら、もう一度言うべきことがあったと思い出す。


「ありがとう、善吉」


誰にも聞こえないような大きさで、でも、届いてると確信して、口に出した。


   ■   ■


蟹がいなくなったらしいということは三人も気づいていた。
直後土下座しためだかの様子を見てまだ事態は終わっていないと静観していたが、それも終わったらしい。

「やあ、めだかちゃん。調子はどうだい?」
「万全、とは言えないがな。善吉のおかげだ」
「善吉ちゃん?」
「憑いてきてもらってたんだよ。……私が不甲斐ないばかりにな」
「いつまでも未練たらしく、かい」
「それに私は何度も助けられたのだ、そう言うな」
「これからどうするのさ」
「端的に言うなら、そうだな……自己満足に付き合ってもらえるか?」
「人間を信じるついでに幽霊も信じるなんて馬鹿なことを言わないよね」
「幽霊とて元は人間だろう? ちょっと唆されただけさ。そういうのも、悪くない」
「……ははっ、本当にきみはおもしろい。だったらさ、今ここで、邪魔の入らない状況で、再開といこうよ」
「ここで断っても無駄なんだろう? いいだろう、まずは貴様からだ」
「-13組代表、球磨川禊」
「なんだ、名乗るのか?」
「関係ないとわかってても、なんとなくね」
「正直な感想を述べるなら私は生徒会長失格なのだけどな……まあよい、それでも今だけはこう名乗らせてもらうよ」




















「箱庭学園第九十九代生徒会長黒神めだか「ああ、関係ないな」だッ……!?」




















ごぽっ。
そんな音と共に口から大量の鮮血が吐き出される。
ぶんっ。
胸に陥没させた左手を引き抜くついでに腕を振るったことでいとも簡単に体は転がっていった。
うまくいくかは賭けだった。
痛くない場所などないし、思い通りに動く保証などどこにもない。
病弱で軟弱な体で虚刀流を放って耐えられるかもわからない。
だが、思い返す。
姉は凍空一族の怪力を見取っていて、それが体に弊害があったようなことは言っていなかった。
そもそも虚刀流の技だって使う分には全く問題はなかったはずだ。
そうと決まれば後は簡単だった。
球磨川禊も鑢七実も黒神めだかに対する闘争心は十全にある。
気持ちの問題は何もしなくても勝手に解決していた。
虚を突いて、一気に近づき、最速の奥義を、鏡花水月を繰り出す。
途中に鉄扇が落ちていたから防がれることもないのも確認済みだ。
そして、結果、うまくいった。
反動で全身が痛むが、関係ない。
相手が姉ちゃんであろうとも、関係ない。
()()()()()





「腐ろうが、錆びようが、朽ちようが、そのまま果てようが、関係ない」



「おれはおれらしくやるだけだ」



「だから悪いとは――思わない」





刀は斬る相手を選ばない。
例え相手が刀であろうとも。
例え相手が家族であろうとも。


【一日目/真夜中/D-5】
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『健康だよ』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックスがあるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
基本:? ? ?
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています



【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、ランダム支給品(1~3)、球磨川の首輪×1
[思考]
基本:弟である鑢七花を探すついでに、強さと弱さについて考える?
 0:? ? ?
 1:七花以外は、殺しておく?
 2:球磨川禊の刀として生きる。
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします



【鑢七花@刀語】
[状態]『却本作り』による封印×3(球磨川×2・七実)、病魔による激痛、『感染』?、覚悟完了?
[装備]袴@刀語
[道具]なし
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える?
 0:二人を斬る
 1:放浪する?
 2:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る?
 3:姉と戦うかどうかは、会ってみないと分からない?
 4:変体刀(特に日和号)は壊したい?
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※『却本作り』の影響をどれくらい受けるかは後続の書き手にお任せします





愉快ユカイとそこにいるダレカは笑う。










――ほら、言ったとおりになった――










【黒神めだか@めだかボックス 死亡】





※D-5に黒神めだかのデイパックが放置されています。内容は以下の通りです。
 支給品一式、『庶務』の腕章@めだかボックス、箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
※D-5に否定姫の鉄扇@刀語が放置されています。

支給品紹介

【袴@刀語】
鑢七実に支給。
鑢七花が刀集めの旅の途中で穿いていたもの。
七花いわく、「動きやすいし、戦いやすい」

【勇者の剣@めだかボックス】
鑢七実に支給。
安心院なじみがスキル見囮刀(ソードルックス)で精製したもの。
蛮勇の刀同様、使い手を選ぶため球磨川禊がかつて持ったときは手を滑らせて自分の胸を刺したことも。
別名身削丸。

【白い鍵@不明】
鑢七実に支給。
小さい真っ白な鍵。
鍵には鍵穴がつきものだが…?


玖渚友の利害関係 時系列順 球磨川禊の非望録
解決(怪傑) 投下順 変態、変態、また変態
めだかクラブ 鑢七花 球磨川禊の非望録
めだかクラブ 鑢七実 球磨川禊の非望録
めだかクラブ 黒神めだか GAME OVER
めだかクラブ 球磨川禊 球磨川禊の非望録

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最終更新:2015年05月19日 19:40