解決(怪傑) ◆ARe2lZhvho


とある一室。
モニターもマイクもなく、ソファーとテーブルだけが置かれた簡素な部屋。
応接室と呼ぶには多少威厳が足りないその場所に『彼女』はいた。
ソファーの中央に腰掛け、何をするでもなく目を閉じたまま佇んでいる。
眠っていると呼称するには背筋がきちんとしすぎているし、考え事をしているというには彼女の醸し出す雰囲気に似付かなかった。
笑みを浮かべ、時折口元や眉が僅かに微動だにするが、それだけ。
どれくらいの時間そうしていただろうか。
不意にガチャリ、とドアノブを捻る音が響く。

「あひゃひゃ、こんなところにいたんですか。てっきりこのまま匂わすだけ匂わせといて登場しないものだと思ってたんですけどねえ、安心院さん?」

這入ってきた小柄な女は部屋の主となっていた女――安心院なじみに話しかける。
尊大な言葉を裏切らず、態度にも相手を敬うという姿勢は感じられない。

「正直気付かれずにいられるのもそろそろだと感じていたところだったし。ま、真っ先にここに来るのは君だと思ってたけどね、不知火ちゃん」

一方、それまでしていた行為を中断させられたはずなのに気にもとめず安心院なじみは表情を変えることなく目を開けると、女――不知火半袖に応えていた。
ぽきゅぽきゅと独特の擬音を鳴らして不知火半袖が対面に座るのを待つと続けて口を開く。

「君こそこんなとこにいていいのかい? 萩原ちゃんが用事があるんじゃなかったっけ」
「もちろん問題ありませんよ。というより、そこまで把握してるんなら説明するまでもないでしょう?」
「さあね。実は当てずっぽうの可能性だってないわけじゃないんだぜ?」
「当てずっぽうならもう少しぼかすでしょう。例えば、『西部の腐敗をほっといていいのかい?』とか」
「ああ、それはそうだ。僕としたことが迂闊だったかな」
「萩原さんの名前を出しておいて迂闊もなにもあったものじゃないでしょう」

あひゃひゃ、とこれまた独特の笑い声で返すと一拍置いたのち、向き直る。
御託はいい、本題に入ろうじゃないかと物語るように。
そして安心院なじみも逆らわない。

「お互い聞きたいこともあるだろうし、それじゃ、僕からでいいかい?」
「別にいいですけどせっかくですから公平性を出しましょうよ」
「『質問は交互にしよう』ってやつかい」
「さすが、理解が早くて助かります」
「言うまでもないとは思うけど正直に頼むよ」
「もちろんですよ。正喰(しょーじき)に、ね」

お互い笑みを浮かべてはいたが、それは柔和とはほど遠かった。





「最初の質問は……そうだな、どこで僕の存在に気付いたんだい?」
「きっかけはハードディスクの中身、ですよ。今になって思えば決定的過ぎましたね。
 それと詳細名簿と死亡者DVDですか。あたしでも把握してないことはありますから誰かがやったと言われても納得はできなくもないですがやっぱり不自然でした。
 まあ確信したのは零崎双識の様子ですが。あれ、カメラには映ってませんでしたけど双識さんの様子を見れば何かがあったのかくらいは察しがつきます」
「やっぱり出しゃばりすぎちゃったかねえ。まあいいや、次は不知火ちゃんの番だよ」
「どうやって、は聞くまでもないことでしたね。どうしてわざわざこの世界に来たんですか?」
「ちょっとした寄り道の途中さ。僕もあちこちの世界を渡り歩いてきたがこんなに捻くれた世界を見たのは初めてだったものでね」
「捻くれた、ですか。そりゃまあ五つも世界繋がっちゃいましたしねえ。せっかくですしどんな世界を見てきたのか教えてくださいよ」
「別に大したもんじゃないさ。
 隕石が東京のど真ん中に落ちたけど運よく全住人が避難していて怪我人が一人で済んだはいいが、一緒に堕ちてきた宇宙人を巡っててんやわんやする世界とか、
 地球によって全世界の人口の三分の一が減少させられ、魔法少女や人造兵器たちと奮闘する無感情な英雄のいる世界だとか、
 不思議な街に住み、十七番目の妹が死ぬたびに映画を見に行き熊の少女と交流を深めることになる男がいる世界だとか、
 就職活動中のはずだった女性がなぜか探偵と共に殺人事件の解決に付き合わされることになった世界だとか、
 苗字は違えど同じ名前を持つ者達が奇妙な本読みに遭遇しては価値観の違いについて考える世界だとか、
 ああ、そうそう。デスノートとかスタンド使いのいる世界にも行ったねえ」
「最初二つがスケール大きすぎません? というか実在したんですか、デスノートとスタンド使い」
「僕は傍観に徹しただけさ。基本的には次の世界に渡るための踏み台でしかなかったから無用な干渉は避けたかったし。
 でも、結末を知っていたとはいえ実際に見ると滾るよ、ああいうやつは。さすが名シーンと言われるだけはあったね」
「それについてはあたしも興味がないではないですが、今はやめておきますか。それじゃ、安心院さんの番ですので二つどうぞ」
「さっきのまで含めなくてもいいのに、律儀だねえ」
「質問は質問でしたから」
「ならお言葉に甘えるとするよ」

そう言ってしばしの間黙りこむと、ふむ、と一人で勝手にうなずいて再び口を開いた。
悪そうな笑みを浮かべたまま。

「じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」
「……………………」
「黙り込むなんて雄弁な不知火ちゃんにしては珍しいねえ? まさか理由を知らない、なんてわけがないだろう」
「……あひゃひゃ、本当に人が悪いですね。いや、この場合は人外が悪いというべきですか」
「なんなら洗いざらい話してしまってもいいんだぜ?」
「それはまだ早いのでご勘弁願いたいところですね。…………わかりました、わかりましたよ」
「やっぱり僕の想像通りなのかなあ」
「もったいぶらなくて結構ですって。ええ、その通りですよ。
 行橋未造なんて最初からここにいません。都城王土にはそういう理由をすり込んだだけです、その方が動かしやすいですからね。
 雪山や密室に閉じ込めて放置とかじゃ人質にすらなりませんし。万一何かあっては人質の意味がありません、マーダーと遭遇したら本末転倒もいいとこですよ」
「『ここ』に置いておくという手もなくはないと思ったけどね」
「やむにやまれぬ事情ってやつですよ。正直に言うなら必要性を感じなかった、というところですか。
 紫木一姫と神原駿河は最初は参加者にするつもりだったんですが『失敗』だったらしくて、見せしめにする手もなくはなかったんですが。
 データ採取の一環であえて主催側においてみようかという話が持ち上がりましてああなった次第ですよ。
 数合わせの人選には閉口する他ありませんでしたがね。元の世界の人員に偏りがあると結果が揺らぐのはデータに出てるはずなのに上は何を考えていたのやら。
 二つ目の質問は証明する手立てはありませんがこうやってあなたの目の前にいること、情報の精度からご本人と思ってくださいとしか言いようがないですね」
「『証明する手立てはありませんが』――ねえ。どこぞの人類最悪じゃないがよく言ったものだよ」
「そう言われましてもね――おっと、失礼」

会話を中断させたのは無機質な電子音だった。
不知火半袖は音源――携帯電話をポケットから取り出すと、対面に一応の許可を得て応答ボタンを押す。

「はいはーい、不知火ちゃんですよ。……終わった? それで現在位置は? ……なるほどねー。止められたのは元凶だけってこと? まあ仕方ないか。
 デイパックは回収してる? うんうん。その場所がセーフならあっち側も大丈夫でしょ、一応。ご苦労様、策士さんには報告しとくからそのまま戻ってちょーだい」

簡潔に通話を終えるとポケットに電話をしまい、向き直った。

「お待たせしました。んじゃあたしの番ですけど今の電話の内容説明しときます?」
「その必要はないんじゃないかな。要するに江迎ちゃんが最期に残した過負荷がこれ以上拡がらないようにしてきたんだろう? ()()()()()()()()()
「あひゃひゃ、余計なお世話でしたか。首輪やらデイパックやら、それに地面や外壁などを腐らせないようにしたのが仇になった感じみたいでしたね」
「僕に言わせればそもそもそうやって能力に制限をかけるってのがおかしいとは思うんだけど、ね」
「『大嘘憑き』でバンバン生き返らせられては破綻しちゃうじゃないですか。『完成』も然りですよ」
「それなら殺し合わせなければいい話じゃないのかい。これも少し視点を変えれば仮説が浮かび上がるんだけど」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――とかね」


「どうかな? 僕の想定は」
「……質問はあたしの番のはすですよ。…………その質問に対しては沈黙をもって判断してくださいな」
「質問したつもりじゃなかったんだけどねえ。ま、沈黙をもらえただけ僥倖ってことにしておこう」
「言ってくれるじゃないですか、久しぶりに会ってもそのふてぶてしさは相変わらずですねえ。じゃ、質問に戻らせてもらいますか。
 どうして『平等なだけの悪平等』のあなたがここではこんなに介入するんですか? 他の世界を『踏み台』と言ってのけた、あなたが」
「ここがイレギュラー中のイレギュラーってのもあるけど、別世界とはいえ友達が巻き込まれてるのにほっとけないだろう」

返ってきた質問の答えに、きょとんとした表情を浮かべ、不知火半袖はそれまでどのような質問を投げかけられたときよりも長く沈黙し、


「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! あなたが!? 友達!? 聞き間違いじゃないですよね!? 一体全体実際問題何があったらそんな風になるんですか!
 封印が解けてる時点でおかしいとは思ってましたけど、あなたそんなキャラじゃなかったでしょう! 別世界だからキャラも別だなんてオチが待ってませんよね!?
 黒神めだか? 球磨川禊? それとも人吉善吉? あるいは彼ら全員? 更にそれ以外の生徒会の面々も含めて? 誰があなたをそこまで変えたんですか?
 というか正直誰でも構いませんけど、安心院さん、あなたそんなことする人だったんですか!? いやー、これはびっくりですよほんとにもう!
 無駄足踏んで無駄骨折ったとか今まで思っててごめんなさいね! それを聞いただけで来た甲斐ありましたよ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


目尻に涙を浮かべ、腹を抱えてこれでもかと身を捩った。

「……いやはや、まさかここまでおもしろい反応を示してくれるとはね」
「からかったわけじゃないでしょうに。あー笑いすぎてお腹痛い」
「補足しておくと君も友達の範囲に入ってるんだぜ、不知火ちゃん」
「これ以上笑わせないでくださいよ。もっと話を聞きたいところですが時間が押してるのが残念で仕方がないですね。
 どうせ後々空き時間ができるでしょうしまた来ますよ。安心院さんも子猫の相手しなければいけないんでしょう?」
「なあんだ、知ってたのか」
「これでもリアルタイムで情報を把握できる身分にいるものでして」

ぴょこんとソファーから飛び降り不知火半袖は入ってきたドアへと向かう。
そのまま出ていくと思われたが、ドアが閉まる直前に身を翻し顔を覗かせた。

「あ、そうそう。最後に一ついいですか?」
「言ってごらん。答えられるものなら答えてあげるさ」
「どうして真っ直ぐ『安心院さんが元々いた世界』に帰らないんです? あなたならできないわけがないでしょうに」
「なあに、ちょっとした気まぐれだよ。土産話になるかもと思ってね」


※腐敗の拡大は止まりました。が、腐敗そのものはそのままなので範囲内に入れば『感染』します。

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最終更新:2015年09月25日 17:48