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/ くえすちょん編
◇
後悔はしない。意味がない。
その時々に応じて僕は最善の行動をしているはずだった。
病院坂に言わせてみれば『誰だって人は最善だと思う行動をしているものだ』なんて講釈を垂れてくれるだろうが、
いないものは仕方がない、いきさつがどうであったとして僕が殺してしまったのだから彼女の長話にはおさらばだ。
振り返れば稚拙だったかもしれない。
直面してみれば愚行だったかもしれない。
だが、結果が仮に悪かったとして、反省こそすれども、後悔をする必要がどこにあろうか?
後悔だなんて言うのは考えなしに行動する無軌道な馬鹿のすることであって、僕は違う。僕は人だ。
『人は考える葦である』なんていうのは今更得意げに語るまでもなくパスカルの著名な一節である。
人は考える――当たり前に、あるべきように。風に揺れ動くだけの雑草と一緒にされては困る。
僕が、僕たちがか細い葦だとしても、目の前に取捨選択の権利があるなら、
将棋の最善手を模索するのもさながら、選択した後の結果を考えるのが人として当然のことだ。
妹の夜月がいじめられてると知ったあの日、夜月の足の骨を折った。
思考の果。選択の末。僕は夜月を物理的に不登校にすることを選んだ。
失敗はあった。反省はあった。
でも、失敗ばかりに固着するほど僕も暇じゃあないんだ。
苦慮の結果として上々に着地したのだ。それが事実だ。十分じゃないか。
熟考の末に導かれた結果であるならば、良しであれ悪しであれ、受け入れるべきだ。
平和だった世界。
暴力があって、死者があって、犯人があって、平和な世界。僕の世界。
あーあ、夜月元気かな。
丸一日僕に会えてないなんて夜月が心配だ。
変な気を起こさなければいいけど。
夜月はまだ精神的に幼い。幼く、拙い。
無桐伊織、もとい零崎舞織は馬鹿を演じていた節があった。
それも一つの生き方――処世術なのだろうか。
反して夜月は一手先の展開を読むことを知らない。将棋にしろ、生活にしろ。
件のいじめが原因かは断言できないけれど、それでもやはり僕が傍にいてやらないと。
ほっといたら琴原あたりに喧嘩を売りに行っちゃうかも。
強い気概が夜月にあるとも思わないけれど、そこはそれ、僕たちは兄妹だから。
窮地に追い込まれた時にする行動は案外似通っていたりする可能性もある。
ああいや、それ以前に。
数沢くんはもう死んだけれど可愛い可愛い夜月を付け狙う不徳な輩は多くいる。
世界に巣食う害悪に意地悪されないか心配だ。
我が妹ながら、夜月の愛らしさと言ったら世界一だぜ。
そういえば琴原、あいつも今頃どうしてるのかな。
僕に一日会えなかったぐらいで騒ぐようなやつじゃないけど、もしかすると電話の一本でもくれているかな。
ほら、あいつってあれでいて僕にメロメロ、
いやもうメロメロ通り越してモワモワだから電話に出なくて泣いちゃってるかもしれねー。ははは。
――なんて、そんな戯言、箱彦に話したら呆れたような表情をするだろうけれど、否定もしないだろう。いい奴だ。爽やかだ。
そこに僕の責任もないし、僕の後悔も全くないけれど、
僕を起点として世界を壊してしまったあの幼馴染コンビ、
もとい僕の恋人や僕の親友の姿を思い返すとやはり胸に迫るものがあった。
今だったら英語のノートだけじゃなくって今まで見せたことのない数学のノートだって見せてやりたいよ。
肩甲骨だって触って弄って狂ってやるのにな?
箱彦、おまえは知らないだろうけど琴原の肩甲骨ってすげえんだぜ?
あいつの異名は『肉の名前』じゃなくって『骨の形』の方が案外ぴったしだったりするかもだ。
文学チックな馨りがして結構結構。
…………えっと。
…………んー。
…………あー。
「――ほんと」
どうかしてる。
何回目だ。いい加減に目を覚ませ。過去を追想することに今は意味がない。
『今』、考えるべきことはそんなことではないだろうに。
『楽しかった』思い出に馳せる時間はもう終わったのだ。
病院坂を弔ったあの時に。あいつらの世界を見送ったあの時に。
ずるずると思い出を引き摺り生きていくと決めて、それでも前に進むと決断して。
ならば僕には生きていくしかないと言うのに。
「思考を止めるな、止めるな、止めるな」
口に出す。無駄ではない。言葉にして、言霊にして。
僕は、決断する。
簡単なことだった。
単純なことだった。
純粋なことだった。
自明なことだった。
明快なことだった。
「――優勝」
僕の世界は音も立てずに壊れ果てる。
グッバイ、常識。ハロー、混沌。
さようなら、世界。こんにちは、新世界。
◇
道は二つに一つ。
主催の打倒か、参加者の打倒か。
二者択一。そのはずだ。
冷静に考えてみれば――そう、努めて怜悧に考えてみれば極めて簡単な構造だ。
鑢七花にしろ、鑢七実にしろ、
球磨川禊にしろ、『いーちゃん』にしろ。そして当然僕にしろ。
一度、主催と名乗るあの集団に敗北している。正確を期すならば負けてすらいない、文字通りに勝負にならなかったのだ。
言い逃れ出来ないほど完膚なきまで、徹底的に徹頭徹尾。
『バトル・ロワイアル』と称される計画に連行された時点で、勝敗は喫している。
寝込みを襲われたのか、催眠術でも仕掛けられたのか。
到底僕には及びもつかないような手段をもってして、気付かぬうちに僕たちは不知火袴の演説会場にいた。
これを敗北と、不戦敗といわずに何という。
分かっていたことだ。
ずっと前に、始めから。その一点においてはこの期に及んで殊更あげつらう必要はない。
満場一致の共通認識。絶対の力関係。首輪という束縛の象徴を持ち出すまでもなく。
僕たちはもれなくまぎれもなく、一様のモルモットに過ぎないのである。
不知火袴らを主として、僕たちを従とする関係であることに、異を唱えるものもいないだろう。
――いや、それは僕に逆らえるだけのスキルがないから自虐的に考えているだけか?
自罰的とも取れるけれども――しかしそこの諧謔にはさしたる意味などなく、
僕の思考経路がこうであったという事実は疑いようもない。
ならば、だ。
『いーちゃん』を取り巻くあの五人の集団に交じり、主催の打倒を考えるというのは、あまりに迂遠が過ぎるのではないか?
日和号を解体して何かを見つけたらしい。
『死線の蒼』こと
玖渚友が解析した結果がある。
それこそ僕の内には『遺書』なるものが控えている。
首輪の解除ももうまもなくだ。なるほど、終局はもうすぐそばまで迫ってきいる。
いいじゃないか、素晴らしい。
――で、それがどうした?
だから、それが、それらが、『破片(ピース)』が、結果として何へ導くというんだ?
パズルをしてるんじゃないんだぞ。
僕たちが強いられているのは、演じているのは、殺し合いだと、始めから分かっている。理解している。突きつけられている。
パズルがしたけりゃ大人しく死んだ後地獄で石積みでもしてろよ。いい頭の運動にでもなるんじゃないか?
『破片』を拾って、組み立て、ジグソーパズルよろしく図面を完成させたとしよう。
その破片は誰が用意したものだ?
僕たちか? ――まさか。
全部、主催がご丁寧に用意したロードマップに過ぎないじゃないか。
よもやそれが救いになるとでも?
玖渚友が集めた情報だって、突き詰めれば主催が用意した『電子機器』を介して手に入れたものなんだろ?
玖渚友を本当に恐れているというならば、そんな電子機器廃しておくことだって可能だったんだ。
極論、一部参加者に課されているという『制限』をかければ良い。
あるいは、外部からの助けか? 参加者にも、主催にも属さない第三勢力。
もしくは主催と一口に言っても一枚岩ではなく謀反を企てている人物がいるのだろうか?
――冗談じゃない。それこそお話にならない。
仮にそのようなら人物がいたとして、主催にとって慮外の出来事が起こっているとしよう。
だが、計画に支障をきたすような大事なこと、主催も把握しているはずだ。
首輪には盗聴器が仕込まれているかもだなんて話が一時期あがっていたように、
僕たちが常に主催の監視下にあることはある種の前提として機能している。
そして、その前提は限りなく正解に近い。
第二回放送の少女にいわく、
――『何人か疑っている方がいるようなので先に言っておきますが、内容に嘘はありませんよ』
第三回放送の不知火袴にいわく、
――『今回は少しばかり、会場内で通常ならぬ事態が発生しているため、加えて報告しておこうと思います』
必ずしも二人が、真実起こったことをそのまま伝えているわけでもないだろうけれど、
曲解も過ぎればただの頓馬、額面通りに受けって差し支えない言葉だと思う。
彼らは僕たちを監視し、支配し、滞りなく運営している。
この計画が実験と称される以上、ぽいと放り込んではいおしまいとはならないことは、
小学校の理科を履修していれば誰でも察せられる。
実験とは観測し結果をあげてこそ。
実験とは計測し結末を仕上げてこそ。
僕たちはどこまでいっても、主催の掌の上なのだ。
内心焦っているのか?
存外既に破綻しているのか?
もう取り返しがつかないほど、主催が壊滅しているのか?
もう取り戻しがきかないほど、主催は破滅しているのか?
――それでも、それでも、僕たちはまだここにいる。殺し合いをしている。
主催たちは逃げ出すわけでもなく、淡々と、着々と、計画を推し進めている。
僕たちに必要な事実といえば、結局のところこれに尽きる。
これもまた、不知火袴の伝達の一部だが、
――『改めて言いますが、この実験の内実は「殺し合い」であり、「最後の一人になるまで」続けられます。』
――『それ以外の終わりはありません。それ以外に終わらせる方法はありません』
論点はここに帰着してしまう。
たとえどれだけ主催を打開したところで、僕は僕の世界へと帰ることが出来るのか?
知るかよ、知らねえよ。いい加減にしろよ。大体ここはどこなんだ? 帰るっていったいどこへ?
土台がアンフェアな条件で始まった殺し合いにおいて、推察のしようもない。
話を戻す。手がかりすら手がかりと断言できない現状で、僕は何をすべきなんだ?
リスクを恐れて行動できない愚昧であるつもりはなかったが、しかし、リスクしかないのに飛び込む蒙昧でもない。
それでは飛び降り自殺と変わらないじゃないか。
自殺なんてものはもっとも愚かな行為の一つだ。
僕たちは林檎じゃないんだ、叩きつけられる謂れなどない。
――親愛なる様刻くん。
ああいいよ、別に。僕も優勝が絶対の正解だなんて言わない。
それでも今の僕に出来る最大で最良で最善は――優勝に針を合わせてしまう。
違うというなら違うと言ってくれよ病院坂。
情報の提供が説教じみていようが、今ならいくらでも聞いてやるというのに。
ああもう、誰か、辻褄を――あわせてくれ。
◇
もう一つの論点であるところの、僕の過小戦力について。
ただ『生かされていた』僕が、『生き抜く』ために必要な方策――結論を先に告げておくと、別にそんなものはない。
当然の帰結にさしもの僕でも言葉はない。
自分のことながら、取れる手段、有する手札の中に『暴力』を挙げられる人間は稀有と思っていた。
『キレた奴』と思わせることは、自衛行為として時として有効である。
しかし当然この場において無用の長物もいいところだ。
素人の僕とは違う武芸者が残っている。
僕に凄まれたとて、平然と殴り返してくるやつらばっかの環境で、僕が取れる行動なんて限られよう。
流石に少女や並の女子高生に押し倒されるほど柔に育った覚えはないとはいえ、
これもまさしく先程と同じ議論、『五人』に一人で勝てるはずもない。
弱者を狙う――こんな見え透いた『隙』を残りの面々が見逃すか。
ありえない。
銃を向けたとて、影を縛ったとて。
僕に許された道はただ一つ、返り討ちだけだ。
だから、算数の話だ。
五引く一の差が大きいのであれば、
せめて差を小さくするべきであり、
であれば――僕がしなくちゃいけないことも自ずと決まってくる。
誰でもいい、誰でもよかった。
こいつらが少しでも互いに戦力を削ってくれれば、あわよくば共倒れしてくれることを僕は祈るしかないのだ。
神ならぬ、運命に。
主義や主張を跳ね返すだなんて厚顔無恥にも程がある。
人を数値で換算して、あまつさえ足したり引いたり――ああ、恐ろしい。
あるいは愚かしいとも言えるだろうに、それでも僕はその選択を選ぶ。
ゆえに僕は、踵を返す。決まれば行動は早かった。
さっきまであんなに固まっていたのが嘘みたいに。
郵便配達の仕事を達成の目前で放棄して、
先の三人と遭遇するべく。――都合よく、首輪探知機には『誰か』の名前がすぐ傍に浮かんでいる。
誰だ、故障か? 事ここに至って? いやいい。
鑢七花や真庭蝙蝠であるならばまだ話は通じる可能性が残っている。
交渉の余地はあろう。種はある。
水倉りすかだったらどうするべきか。
零崎兄妹や玖渚友の仇に思うところがないと言えば嘘になるけれど、しかし割り切れるといえば割り切れる。
夜月の仇敵ともなれば話は変わるだろうけれど、所詮は赤の他人――真っ赤な他人だ。
仮にも『悪平等』という奇怪な肩書きを名乗っている。情に絆される僕ではない。
大丈夫。大丈夫。
――親愛なる様刻くん。
ただ。
結局のところこれは、問題の先延ばしだ。
優勝を狙うというのであるならば、どこかのタイミングで必ず僕は『敵』と直面する。
討たなければならない敵と。
僕は殺せるか? 情や動機なんて瑣末な事情でなく、それだけの力――討つ力を持ちうるか?
「――ほんと」
呟いて何度目か。
気分は最悪だ。
持てる最大も、持てる最良も、持てる最善も。
全てを良しとして選択しても、気分はどこまで行っても最低だ。
どこまで重ねてもリスクヘッジの効かない賭け――賭けですらない。
賭け事には勝利があるとはいえ、この殺し合いで行く着く先はどちらも地獄。選択をする時点で敗北なのだから。
「誰か……――騙されてくれ」
聞く者はいない。
どん詰まりの思考はすでに朦朧で。
天国に一番近い遊園地の煌びやかなアトラクションを仰ぎながら、僕は――。
◇
水倉りすか。
『赤き時の魔女』。
『魔法使い』。
いくら彼女のパーソナリティを連ねたところで、正直なところ意味がない。
水倉と協力を結べる手筈がない以上、本来僕に可能なことといえば彼女の様子を遠巻きに眺めることに尽きる。
とうの昔に彼女との協定は決裂しているため、僕が何を言ったところで『魔法』の餌食になるだけだ。
いた。
赤い――赤い。
赤い少女が、いる。
ランドセルランド園内。入り口付近。
ただ、その姿は僕の想像していよりもよっぽど――。
『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』
響く。
無機質な声が。
機械的な音が。
反射的に自身の首輪を一瞥するが、静かなものだ。
ここは禁止エリアではないから当然。あれが首輪探知機が正常に作動しなかった要因か。
ではなぜ?
いや、今問うべきはそこではない。
「…………」
水倉の姿は、傍目から見ててもぼろぼろだ。
目尻からは血を流し、歩く姿はよろよろで、牛歩にも劣る足取り。
身体の数箇所、とりわけ酷く惨いのは口元か――腐敗と再生を繰り返している様は、『死線の蒼』から聞いていた姿と食い違う。
預かり知らぬ事情があったのだろう。涙あり血ありの物語を謳ってきたのだろう。
関係ない。僕には関係ない。
けれど、――彼女の容態から導き出される真実から目を背けてはいけない。
「……ふぅ、……ふぅ」
大きく息を吸って、吐く。
落ち着け。僕は至って冷静だ。
至って冷徹、オールグリーン。
おーけーおーけー。
水倉りすかの『魔法』については知っている。
だから、――だから。
『今』、眼前にいるりすかがどれだけ満身創痍だとしてもまったくもって意味がない。
彼女の身体に流れる『血』。
血に刻まれた『魔法式』。
魔法式によって編まれた『魔法陣』。
多量な血が流れた時発動する『魔法』、変身魔法。
それでも。
それでも、僕はこいつを無視することが出来なくなった。なってしまった。
だって要するに、まとめると。
鑢七花か真庭蝙蝠、――いや、言葉を濁すのはやめよう。
この二人は、すでに死んでしまっていて、おそらく水倉りすかに殺されたのだ。
『いーちゃん』たちの元を離れてすぐ、首輪探知機を調べていたら鑢七花と真庭蝙蝠の名前を捉えることは出来た。
ゆえに、傍まで迫っていたのは水倉りすかとすぐに判明した。
ただ、不審な点はある。
見ている限りずっと、鑢と真庭がまったく動かない。
こんな夜分、寝ているだけだ。様々に推測を立てることは可能であったし、何事もないことを祈っている。
しかし、水倉の様子を観察して、僕の希望は儚く潰えた。
すでに三人の間で一悶着があり、生き残ったのが水倉だった。
あの腐敗は、鑢か真庭のどちらかが遺した置き土産ということになるのだろう。
少なからず、玖渚さん、人識、伊織さんらに、あの惨状を可能とする手段はなかったのだから。
だったらもう、行くしかないじゃないか。
水倉の意志にもはや協調などないとしても、
退くも地獄、進むも地獄、ならば僕には進むしかない。
そう、『決めた』からには、僕は――やるしかないのだ。
左手に人識のカバンからよく斬れそうな刀を。
右手に『銃』を。
そして懐には残った『矢』を。
朝日が昇り始めて、影も薄い。しかし薄いと言っても影はある。
真庭鳳凰の時はある種のアドバンテージがあった。
火事現場。影に濃く強く長く写し出される場所で、ダーツの矢を打ち込むのは簡単だ。
あの時と状況は異なる。
ならば、近づく他にない。
説得が無理でも、せめて話を聞いてもらわなければ。
この『矢』を影に縫い付けて、動きを止める。
口元も腐乱した状態では舌を噛むことも難しかろう。
最悪、ここに放置しても構わない。
『五人』のうちの誰かがりすかに傷をつけてくれれば、りすかの『魔法』は発動するのだから。
そのためにはまず。
この『魔法』を完遂させるしかない。
僕は物陰から物陰へ移動し、水倉の背後を見据える。
彼女の遅々とした歩みは変わらず、ゾンビ映画さながらだ。
いける。
今しかない。
行くしかない。
ひとつ息を吸って。
両手の得物を握りしめて。
右足が地面を蹴って。
水倉に向かって一直線に走る。
奔る! 奔る! 奔る!
――『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』
音声に僕の足音は多少紛れる――そう踏んでいたけれど、
存外に水倉の反応は速かった。
「――っ!!」
水倉は振り返り、僕の姿を捉える。
構えた。彼女の右手にはいかにもスパッと斬れそうなナイフ。
水倉の視線が、僕の持つ刀へ向かう。
構えが少し、変わる。
僕から向かって左手側――太刀筋の軌跡がわざと空けられた。
そう、それでいい。
刀はフェイク。
お前を斬るぞと主張したいがための刀。
そして水倉としては斬ってほしいのだろう。
『魔法』を発動させるためには、流血が必要だから。
当然、僕は水倉を斬ったりしない。
『銃』も撃たない。銃声が響いて『五人』に集まられたら面倒だ。
本命はあくまで、この『矢』――。
一歩、
状況変わらず、
二歩、
状況変わらず、
三歩、
この距離なら、いける!
僕は『銃』を雑にポケットにしまい――すり替えるように『矢』を取り出した。
「――そ、れは」
見覚えでもあるのか。
僕の『矢』を認めた瞬間、彼女の動きが変化する。
彼女はナイフを己の左手首に押し当てた。
厄介だ。
決断が早い。
水倉りすかは『魔法使い』だ。
『魔法』の『矢』の存在ぐらい知ってるものなのか。
いや、そのぐらいの想像はついていた。
だから真に驚くべきことは――『自殺』にここまで躊躇いがないものなのか!
僕は水倉の影へ向かって『矢』を投げる。
ほぼ同時、水倉りすかは手首に当てた刃を勢いよく引いた。
いわゆるそれは、リストカットと呼ばれる行為であった。
◇
血が流れる。
血が、血が、血が!
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
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血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が流れる!
――血は流れる。ただただ、だらだらと。
◇
――『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』
そしていつしか、水倉の血は止まった。
脅威的な治癒力で、彼女の傷口は塞がる。
僕は呆然と――誠に不覚ながら呆然と、一部始終を間近で見届けた。
「な、なんで――どうし、て発動し、ないのが、『魔法』なの!!」
錯乱したように、爛れた口を動かして水倉は喚く。
まあ――他人事ながらに気持ちは分からないでもない。
切り札が意図せず、原因不明のまま不発に終わったのだ。
叫びたくもなるだろう。
彼女の足元、影のある場所に、僕の投げたダーツは申し分なく刺さっていた。
水倉の姿も、手首を切った姿から彫刻さながらに固まっている。
しかし毎度のことながら、結果として生きているだけで勝った心地が全くしない――まるで、全然。
経緯と結果について、僕が断言できることはまるでないけれど。
敢えて理由を考慮するのであれば、やはり彼女の腐敗にすべての原因があるのだろう。
属性(パターン)を『水』、種類(カテゴリ)を『時間』、顕現(モーメント)を『操作』とする『魔法』。
魔法式で編まれた魔法陣による『変身魔法』。
水倉りすかの『魔法』には一言でまとめると、斯様なものになるらしい。
人づてに聞いた話だ。正味、馴染みのない単語の羅列で辟易してしまうけれど、
そういうものなのだという理解をしている。
さて、そんな水倉りすかだが、彼女にしたって食物連鎖のサイクルの一部に属している。決して無敵というわけではないらしく、天敵がいたらしい。
その一人が、参加者の一人でもあった『魔法使い』の『ツナギ』だ。
属性(パターン)を『肉』、種類を『分解』とする『捕食魔法』。
ひとたび彼女が捕食してしまえば、あらゆる『魔法』は『魔力』へ還元されて胃に収まる。
換言するに、一七年後の姿に変身するための『魔法陣』が、解呪(キャンセル)されて飲み込まれてしまうということだ。
魔法少女が変身できないだなんて、日曜の朝も形無しであるけれど、対策としてはこれ以上なく合理的だ。
変身ヒーローの変身を待つ悪役は馬鹿ぞろいといったよくある揶揄と似たようなものなのだから。
結局似たようなことが、今、彼女の身に起こっているのだろう。
口元に微かに残る『泥』が原因なのかは分からないけれど、彼女の身体は『腐敗』と『再生』が繰り返されている。
つまりは、『分解』と『新陳代謝』が過剰に発生していることに他ならない。理由は知らないけれど、結果は目の前にある。
身体の『分解』は『再生』されよう。
では、もし仮に、『魔法式』『魔法陣』が分解されていたら?
決まっている、決まってしまっている。そんなものは『再生』されるはずがない。
「勝た、なければ、いけな、いのが――わた、しなのに!」
腐敗した口で、そんなことを言う。
僕は水倉の姿を無感動に眺めていた。
どうするべきか。どうするべきか。
どういう選択肢が今僕につきつけれらているか。
考えて、考えて。
考えて、考えて。
考えて、考えて。
どれだけ考えても、行きつく結論は一つしかなかった。
「殺すしか、ない」
僕の小さな呟きが聞こえたのか。
水倉の言葉は止まった。息を飲む音がする。
もしかすると僕の呼吸の音だったかもしれない。
動きはない、動けない。けれど確かに、言葉は止まる。
やるしかない。
水倉りすかが、あの『五人』の対抗馬にならない以上。
僕は彼女を排除しなければならない。
優勝するためには。
一人生き残るためには。
生き残るためには。
生きるためには。
僕のためには。
殺すしかない。
乗り越えるしかない。
――?
ここで怖気づいていては、先はない。
人質にすることも考えた。
玖渚さんの仇だと謳って。
でも、そこからの進展がない。
水倉を引き渡すから鑢七実を殺してくれとでも?
まかり通るかそんなもの。
それに放置しておく意味ももはやない。
だから、ゆえに、しかし、それでも、ただ、もしも。
殺す。
僕は冷静だ。
殺す。
水倉りすかを見据える。
殺す。
僕は無感動に水倉りすかを認めて。
「キズタカぁ……」
僕は斬刀を振るう。
胸を目掛けて、一直線に。
気が付いたころには、首輪から音はしなくなっていた。
【水倉りすか@新本格魔法少女りすか 死亡】
◇
目論見は破綻した。
ものの見事にあっけなく。
鑢七花、真庭蝙蝠、水倉りすか――。
計三名の死亡とともに、僕の企みは未完に終わった。
残念賞。落第だ。
水倉を殺す前、案のひとつとして考えた。
今までの思考実験をなかったことにして、
何食わぬ顔で、『五人』と合流することを。
多分一番、生を長引かせることが出来よう。
だけど、それでも、僕は選ばなかった。
必要なのは延命ではなく、生存。
これを主軸に置いている以上、僕にはもう――選択肢が――。
「……悪いね、玖渚さん」
懐から、『遺書』を取り出す。
燃やしてしまおうかとも考えた。
この選択も選ばなかった。ただの感傷に過ぎないから。
仮に僕が死んだあと、誰かが読むことになったら、それはそれでいいじゃないか。
優勝したいという気持ちとは矛盾しない。
「でもまあ、一応」
先ほどまでは遠慮していたが、遠慮する理由も欠けてしまった以上、
僕は容赦なく手紙の封を切った。悪趣味で結構。僕は手段を問わない男だ。
正直、僕はこの手紙に然したる期待はしていない。
電子機器を介さない伝達として手紙は確かに有効だが、
今更な対策ではあるし、そもそも玖渚さんが手に入れた手掛かりのほとんどは電子の海に埋蔵してあったものだ。
それに、よしんば電話の盗聴などを警戒していたとしても、僕に話さない理由が特にない。
確かに水倉りすかの襲撃を危惧して急いでいたとはいえ、だ。
道中読んでもいいよと一言言ってくれさえすればいいものなのに。
僕が信用に足る人物でなかったと言われれば、その通り。玖渚さんの慧眼には感服の至りだ。
とはいえあくまで表面的には協力体制にあったのには違いないわけなのだから、
あくまで私的な内容の『遺書』なのだろう、と。
僕はそう捉えていた。
「…………」
僕は目を通した後、『遺書』を仕舞いこむ。
気が付けば、放送はもう間もなくであった。
◇
なるほど、きわめてきみは冷静だ。
並外れた緊張を抱えてなお、きみの心は不動に終わった。
きみの視界には確かに水倉りすかがいて、恐るべき仇敵『
時宮時刻』の姿はなかったからね。
久しく怨敵の姿を見てないことから察するに、きみの持ち味であるところの冷静沈着は活かされているのだろう。
随分と頑張っているじゃないか。親友としてこれほど誇らしいことはない。
さすがだ、様刻くん。すごいよ、様刻くん。きみも胸を張って誇っていいとも。
もっとも、僕みたいな立派な胸がきみあるかというとどうだろうね。琴原りりすはきみの胸骨について言及していないのかな。
まあ、そんなどうでもいい話をしたいわけじゃない。
――親愛なる様刻くん。
質問がある、様刻くん。
分からないことがあるから是非とも教えてほしいものだぜ。
優勝を狙う。
水倉りすかに近付く。
水倉りすかを殺す。
うだうだと君は理由や指針、根拠をそらんじていたわけだけれど――本気であんな風に考えていたのかい?
あんな愚の骨頂が正しいと、信じて疑わなかったのかい?
まさかとは思うけれど、よもやとは思うけれど――あの櫃内様刻が死に場所を求めていただなんて、いうわけがないよね?
◇
「――ほんと」
呟いて何度目か。
気分は最悪だ。
持てる最大も、持てる最良も、持てる最善も。
全てを良しとして選択しても、気分はどこまで行っても最低だ。
どこまで重ねてもリスクヘッジの効かない賭け――賭けですらない。
賭け事には勝利があるとはいえ、この殺し合いで行く着く先はどちらも地獄。選択をする時点で敗北なのだから。
「誰か……――騙されてくれ」
聞く者はいない。
どん詰まりの思考はすでに朦朧で。
天国に一番近い遊園地の煌びやかなアトラクションを仰ぎながら、僕は――。
「死にてえよ」
【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、極度の緊張状態、動揺、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン、首輪探知機、無桐伊織と
零崎人識のデイパック(下記参照)
[道具]支給品一式×8(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、玖渚友の手紙、影谷蛇之のダーツ×8@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11~36)@不明
炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン、
鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)、 誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、
金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、 ノーマライズ・リキッド、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット、
首輪×4(浮義待秋、真庭狂犬、真庭鳳凰、否定姫・いずれも外殻切断済)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0~2)
(あとは下記参照)
[思考]
基本:優勝する?
[備考]
※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、
宗像形、零崎人識(携帯電話その1)が登録されています。
※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
※DVDの映像は29~36を除き確認済みです。
※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
※ベスパ@戯言シリーズが現在、E-6 ランドセルランド付近に放置されています。
※優勝を目指すか、目指さないかの二択を突き付けられたと勝手に考えています。選択にタイムリミットがあり、それが次の放送のすぐ後だと思い込んでいます。
【その他(櫃内様刻の支給品)】
懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵チョウシのメガネ@オリジナル×13、
小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁、 中華なべ、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、
鍋のふた@現実、出刃包丁、おみやげ(複数)@オリジナル、食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、
『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』(「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
【零崎人識のデイパック】
零崎人識の首輪、斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ
支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、
戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています
【無桐伊織のディパック】
無桐伊織の首輪、支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
最終更新:2023年07月09日 21:32