「それでは零崎を始めよう」 ◆T7dkcxUtJw
深更の箱庭学園。
広大な敷地を有し、それに見合うだけの多くの学生が在籍するこの高校も、真夜中ともなれば人っ子一人いなくなる。
正確には、この場合人がいないのは時間帯というよりももっと別の理由によるものだが、
そんなことは実際のところ大した問題ではなく、ここで真に重要なのは人っ子一人いないという点だろう。
人っ子一人いない、無人の学舎。
しかし、人ならざるものならば――いた。
学びの庭に――その鬼はいた。
鬼の名は、
零崎双識。
マインドレンデル――自殺志願の異名で忌み嫌われる、零崎一賊の長兄である。
◆ ◆
「うふふ、堂々と女子更衣室に足を踏み入れられる日が来るなんて胸が熱くなるねっ!」
幾度となく深呼吸をしながら、更衣室中のロッカーというロッカーを開け、
入っていた衣類をさも当然のように自分のデイパックの中に詰め込んでいく、針金のように細身の男の姿が、そこにはあった。
ていうか、零崎双識だった。
もしここに釘バット使いの殺人鬼がいれば迷いなく得物をフルスイングし、
零崎一賊の鬼子がいればナイフを手に飛び掛かってでも止めようとしただろうあんまりな光景。
しかし、現在更衣室にいるのは双識のみであり、不幸にも彼の凶行を止められる者は誰一人として存在しない。
今、女子更衣室は――完全にマインドレンデルの支配下にあった。
「おっと、主催者さんが監視しているのかもしれないから念のために言っておくけれど、私の行為にはちゃんとした意味があってね?
私はこのバトルロワイアルで、一賊の長兄として家族を守らなければいけない。
つまり、きみたちの提唱する『実験』とやらに協力してやるつもりはさらさらないんだけど、それは置いておくとして。
家族を守るためにはまず十分な物資が必要と考えた結果、私はこうして出発地点の学校で装備の現地調達を試みているわけなんだよ」
『諫早』と書かれた名札の付いたジャージの匂いを嗅いでデイパックに入れつつ、双識はそう捲し立てる。
主張自体は理にかなっていたが、銀縁眼鏡の奥の瞳を少年漫画の主人公が如く輝かせながら言っても説得力は皆無だった。
大体、双識は箱庭学園校庭で目を覚まして真っ先に女子更衣室に向かっていた。
校舎内で物資を求めるならば、もっと適した場所があっただろうに。
そもそも大の男が女子高生のジャージを手に入れてどう殺し合いに役立てると言うのか。
「さて、そうこう言っている間に目ぼしいものは粗方回収できたけど……うーん、やっぱりこういうシチュエーションは人がいないと趣に欠けるね。
残って自主トレに励んでいた女子生徒に姿を見られたらどうしようとか、そういうスリルが重要だっていうのに。
その辺り、きみたちは理解が足りない――どうしようもなく『不合格』だ」
いや。
そんな理解が足りているのは世界中探してもお前だけだ。
勝手な台詞を垂れ流しつつ、双識は扉を開けて女子更衣室から退出する。
結局、一般的に役に立ちそうなものは何一つ見つからなかった。
女子更衣室に武器がないのは当然だが――それにしたって、ここまで徹底して何もないというのは、逆に違和感がある。
前もって、殺し合いの中で使えそうなものはまとめて排除しておいたような違和感が。
(まあ……半ば予想通りか)
双識がこのバトルロワイアルを管轄する立場にいたとしても、武器になるようなものをそうそう会場内に置いてはおかない。
そんなことをしては、最初に武器を支給した意味が薄くなる。
(会場内に武器が隠されているとしても、それはそう簡単には発見されないように工夫されているだろうね。
学校中を探せば何かしら見つかるかもしれないが……さすがに、そんな時間はないな)
そろそろ、家族の方を捜しにいかなくてはならないからね。
と、双識は心の中で独りごち、足早に校舎を後にする。
家族――自分以外の零崎一賊が、この会場内にいるという感覚が双識にはあった。
はっきりとした位置まではわからないが、『いる』ことは確かに感じている。
ならば――捜し出し、守ろう。
それが零崎双識の――兄の役目だ。
無論、それがおそらく家族にとっては余計なお世話であることは、双識もわかっている。
「わかってはいるけれどね。それでも余計なお世話をしてやりたくなるのが、家族ってやつなのさ」
そして、双識は校門をくぐる。
先ほど頭に入れた地図には、この学園からそう離れていないところに双識のよく知る店名が記されていた。
『ピアノバー・クラッシュクラシック』。零崎一賊のひとり、
零崎曲識が経営する店だ。
まずはそこを目指してみるのも、曲識の言葉を借りるわけではないが――悪くない。
「ああでも、トキが店をやっているのを知っているのはアスと私だけだったか。
つまりアスとトキがここに来ていなければとんだ無駄足を踏むことになる、な――」
そこで台詞を止める。
双識の目の前の歩道に、人が倒れていた。
それは、箱庭学園の生徒――ではなく。
豪華絢爛な着物に身を包んだ、白髪の女性だった。
◆ ◆
道端に座り込んで会談する、一組の男女。
ここまでの経緯を述べる女の口振りは、とても重々しいものだった。
倒れていた彼女――とがめ、とだけ名乗った――は、まず自分が殺し合いに乗っていないことを双識に語る。
最初に会った参加者に襲われて命からがら逃げ延びたものの、体力不足が祟り、ついに力尽きてここに倒れたらしい。
支給品も、配られた武器も、全てをその過程で失って。
彼女の着ていた素人目にも上等な品だとわかる着物は血と泥でもはや見る影もなく、今は代わりに双識の持っていたジャージを身に纏っている。
その際、双識は着替えを手伝おうとしたが丁重に断られた。当たり前だ。
「――というわけで双識殿。私は開始早々、自衛手段を失ってしまったことになる。
見ての通り私は体力もなければ武芸に通じてもいない。
現状のまま殺し合いに乗った参加者と遭遇すれば、結果は火を見るよりも明らかだろう。
図々しい願いなのは重々承知しているが、私には貴殿に頼る以外に道は残されていないのだ。
零崎双識殿、私を――守ってはくれないか」
「…………」
その申し出に、両者の間の空気が張りつめる。
双識は殺し合いにこそ乗っていないが――至上目的は家族を守ることだ。
他の参加者が家族に害を為すならば迷わず殺すだろうし、家族以外を進んで守るつもりもない。
今だって、目前に倒れた人間がいてその人間が生きていたから、情報を得るために介抱してみただけに過ぎない。
単に死体が転がっていただけなら、黙祷くらいは捧げるだろうが――あとは使えそうなものだけ回収して、その場を去るだろう。
一番必要としていた情報――彼女を襲った危険人物が零崎一賊の誰かかどうか――も、すでに得ている。
彼女の語る危険人物の特徴は、一賊の誰にも該当しなかった。『双識が知らない零崎一賊』の仕業でもない限り、一賊とは無関係だ。
と、そんなわけで、双識としてはここに彼女を放置しても一向に構わないはずなのだが。
「……足手まといになりかねない私を連れ歩くことは双識殿にとって好ましくないのはわかる。
実際、単純な戦闘において私は絶対に役に立たないだろう。悲しいがこれは事実だ。断言できる。
だが、頭脳戦ならば話は別だ。頭脳労働は私の本分、私の存在価値の全てがここに集約されていると言っても何ら過言ではない。
私の同行を許してくれれば、必ずや最高の働きをすることを約束し――」
「条件が一つある」
一心不乱に自分を守ることで生ずるメリットを説明するその姿に、何か思うところでもあったのか。
双識は彼女の言葉を遮って――彼女の望む台詞を口にした。
「私も、まあ鬼でこそあれ決して悪魔じゃないからね。
きみみたいな娘をこんな危険な状況で見捨てるというのも忍びないし、とがめちゃん一人くらいは私が守ってあげるとしよう」
「ほ、本当か――して、その条件とは?」
一瞬だけ表情が明るくなり――しかし、すぐに再度険しい顔つきに戻る。
双識は、自分が殺人鬼であることまでは説明していない。
だが、双識の纏う雰囲気が一般人のそれとは違うくらいは――ある程度の修羅場を潜り抜けた人間にはわかる。わかって、しまう。
そんな男が提示する条件だ。
まともな内容を期待する方が間違っている。
「ああ――服を脱いでほしい」
「………………………………」
本当に。
まともな内容では。なかった。
当然の帰結として沈黙する相手に、双識は怒涛の勢いで畳み掛ける。
「ああいや、勘違いとかはしないでほしいね。今の発言に下心とかやましい気持ちはこれっっっっっっっぽっちもないんだ。
うふふ、見ての通り私は一賊きっての紳士だからね、やましい気持ちなんてあるはずがない。
それで、だ。きみが実は私を利用するつもりで、どこかに武器を隠し持っているとか、そんな可能性を考えたくはないけれど、
やましい気持ちなしに、私たちは殺し合いに巻き込まれているんだから最低限の用心って必要だと思うんだよ。
親しき仲にも礼儀ありって言葉は知っているだろう? 私たちが親しき仲になるためにはまずは礼儀が大事なんだ。
何なら私も脱いでもいい。うふふ、裸の付き合いってやつだね。もちろんやましい気持ちとかは欠片もないよ。
それに、とがめちゃんは怪我をしていただろう? ちゃんと処置したつもりかもしれないけど、素人のにわか知識ほど危険なものはないんだ。
私は職業柄よく切ったり斬ったり切り刻んだりしているからね、傷跡についてはちょっと詳しいよ。
下手な医者よりも傷を見慣れていると自信を持って言い切れるね。
やましい気持ちなんて含まずに、とがめちゃんが患者、私が医者のリアルお医者さんごっこといこうじゃないか。
さあ、脱ぐんだとがめちゃんっ! 脱げないのなら、私が脱がしてあげよう!」
「いや、ちょっと待」
「言うまでもないけど、さっき着替えの手伝いを断られたのを根に持っているわけじゃないよ」
「………………」
根に持っているらしかった。
というか、これはどう考えても体のいい脅迫だろう。
しかし、中途半端に筋が通っているために反論することは難しいし、反論して機嫌を損ねてもお仕舞いだ。
与えられた選択肢は二つ。変態に生まれたままの姿を晒すか、死地に独り取り残されるか。
どう足掻いても絶望とは、まさにこのような状況を言うのかもしれない。
「……双識殿」
「ああ、私のことは双識お兄ちゃんと呼んでくれ」
「……ソウシキオニイチャン」
しかもさりげなく条件が追加された。
あからさまな棒読みに、しかし双識は満足げに頷く。どうやらお兄ちゃんと呼んで貰えればそれでいいらしい。
「脱げば……守ってくれるのだな?」
「勿論さ。私は妹との約束は決して違えないことを誇りにしているんだ」
いつ、私が、お前の、妹に、なった。
そう言いたげな表情を浮かべつつも、もう諦めてさっさと終わらせた方が楽だと判断したのか、
「……わかった。脱ごう」
と、街灯の下、小さな影が渋々と立ち上がる。
「わーい」
いい年した男のものとは思えない無邪気な声を上げて、のっぽの影がそれに追従する。
「……とはいえ、脱いでいるところをまじまじと見られるのは、さすがに抵抗がある。
すまないが、脱ぎ終えるまでは目を瞑っていてくれないか」
「えー」
「目を瞑っていてくれ」
双識は食い下がろうとするが、こうも有無を言わせぬ口調で言われてしまえば従わないわけにもいかない。
仕方なしに瞳を閉じる。
その瞬間、だった。
エリミネイター・00というナイフがある。
『排除するもの』という意味のその名にふさわしい、殺すための、殺すためだけの一刀。
あまりに凶悪過ぎるフォルムをしたそのナイフが――双識に向けて放たれた。
否――放たれたというよりも、もっと適切な表現があった。
エリミネイターは――女の口から吐き出されていた!
双識の心臓を貫かんと、風を切って一直線に――!
「はい、残念」
「…………っ!」
が――双識は、易々と飛来したエリミネイターの柄を掴み。
そのまま、矛先を変えて女を斬りつけた。
「ちっ!」
相手はすんでのところで後ろに跳び、ぎりぎりでそれをかわす。
いや、完全にかわせてはいなかった。着ていたジャージの上着が縦に裂け、女の柔肌が露になる。
そこには――
「なーんだ、傷跡なんてないじゃないか」
「……目を瞑ってろって言ったねえか。いやらしいねえ」
「いやいや、ちゃんと瞑っていたとも。言っただろう、私は妹との約束は違えない主義なんだ。
もっともこっちは言ってなかったが、私――私たちは、少々殺気というものに敏感でね。
きみが私に殺意を向けたのを感じ取ったから、今のような芸当ができたわけさ」
傷ひとつない、艶やかな肉体を惜し気もなく晒し。
さきほどまでと同じ声で、けれどうってかえって飄々とした口調で、その女は言葉を紡ぐ。
「きゃはきゃは、なんだそりゃ。そんな真似ができるなんて……ひょっとしてあんた、化け物かい?」
「化け物なんて烏滸がましい。私はただの鬼――殺人鬼さ。
化け物と言うなら、口からナイフを吐き出したきみの方こそ相応しいんじゃないかな、とがめちゃん。
いや、もしかしなくてもその名前も嘘なのかな。折角だから、お兄ちゃんに本当の名前を教えてくれないかい?」
「きゃはきゃは。いいぜ――おれとしても、ここは堂々と名乗ってやりたい場面なんでな」
どうせ、もう隠しておく必要もなくなったしな。
そう付け加えて、彼女は二度、名乗る。
ただし今度名乗るのは、彼女の――彼の、本当の名だ。
「おれは真庭忍軍十二頭領が一人――真庭蝙蝠さまだ。以後よろしくな、双識おにーちゃんよ」
◆ ◆
半刻ほど前の話。
箱庭学園近くの路上で、真庭蝙蝠は困惑していた。
自分は奇策士に化け、虚刀流の殺害に向かっていたはずだ。
それが何故、こんな殺し合いなどに巻き込まれている。
いや、それよりも。
どうして、自分の忍法が――忍法骨肉細工が封じられている、と。
忍法骨肉細工とは、早い話が変身能力だ。
変装ではなく、変身。
男であろうと女であろうと、若かろうと年寄りだろうと、手本さえあれば完全に再現できる、完璧な変身能力。
蝙蝠を蝙蝠たらしめるその能力が、今は制限されていた。使えないわけではないが――奇策士以外に、変身できない。
それまで彼が見てきた数々の強者に、変身できなくなっているのだ。
これはまずいことになった、と蝙蝠は思う。
殺し合いとなれば当然荒事になるだろうが、奇策士の肉体はそれにまったく適していない。
奇策士の本領である頭脳までは、忍法骨肉細工では写しきれない。もしかしなくても、童女にすら負けるだろう。
ならばどうするか、と蝙蝠は頭を捻り――
いっそ、このよわっちい肉体を逆に利用してやろうという結論に達したのは、校門をくぐる双識の姿を捉えるより少し前のことだった。
◆ ◆
「きゃはきゃは、ひやひやしたぜ――この女の体じゃ、襲われたらひとたまりもねえからな。
もちろんそのときはさっきみたく刀子を吐い出して、その隙に逃げ出すつもりだったんだが。
もっとも、あんたがこの体の脆弱さにころっと騙されてくれてたおかげで、その必要もなくなったがな」
「やれやれ、最後の最後で失敗しておいて、よくもそう口が回るものだね。
仮に私が最初からきみが嘘をついていることに気付いていて、それでなおきみの裸を見るために泳がせていたとしたらどうするんだい?」
「どーするもこーするも、それで評価を落とすのはおれよりむしろあんただと思うぜ」
「ふむ。実際のところは、衣服に付着していた血液が人間のものじゃなかったからちょっと警戒していたんだけどね。
人間と動物の血の区別も付かずに殺人鬼はできないさ。さて……蝙蝠ちゃん」
「なんだい、双識おにいちゃん」
「蝙蝠ちゃんが、私に」
「待て。まさか蝙蝠ちゃんで通す気かよ? 一応、おれは便宜上は男で通ってるんだけどな」
「男を妹扱いしたとあっては私の沽券に関わるのでね。きみのことは意地でも俺っ娘だと思わせてもらうことにするよ。
蝙蝠ちゃんが、私に助けを求めて、私が心を許した隙に不意打ちで殺そうとしていたのはわかったけれど。
その不意打ちに失敗して、武器も私に奪われた今――きみはどうやって、この窮地を切り抜ける気なのかな?」
ところどころに軽口を挟みつつも――その実、双識は疑問を抱いていた。
目の前の男――いや双識にとっては女だが――は、双識の殺害に失敗してなお、まだ余裕を持っているように思える。
追い込まれているのは間違いなく蝙蝠の方だというのに、当の本人は自分が殺されるとは考えていないのだ。
それが、双識には不可解で仕方がない。
不可解といえば、蝙蝠の名乗った真庭忍軍十二頭領という肩書きもそうだ。
双識は、蝙蝠の正体は『殺し名』か『呪い名』に属するプロのプレイヤーだと推測していた。
しかし――真庭忍軍。
忍軍と言うからには複数のプレイヤーの集団だろうし、十二頭領ということは蝙蝠と同等のプレイヤーが十一人いるということだろう。
歴史マニアを自称する双識は無論歴史上には五人いる四天王がいたことも知っているが、ここは素直に十二人いると考えた方が無難だ。
しかし、本当にそれだけの組織なら――これまで一度も双識が耳にしたことがないのはおかしいのだ。
こんなプレイヤーが十二人もいれば、その評判が双識のネットワークに引っ掛からないはずがない。
しのびらしく忍んでいたにしろ――限度がある。
人の口に戸は立てられぬ、という言葉があるように、姿は隠せても、何処からか情報が流れるのは止められないのだから。
故に、双識にとって真庭忍軍は存在すること自体がありえない存在。
それらの事実が――双識に迂闊な攻撃を躊躇わせていた。
そして――時間にしてみれば然程長いものではない、その躊躇がまずかった。
「なっ……」
思わず、驚愕の声が上がる。
零崎双識は背が高い。
日本人離れした身長は、異様に長い手足や痩せた体つきと相俟って、人に針金細工のような印象を与える。
その双識の目線が――真庭蝙蝠のそれと同じになっていた。
蝙蝠の――この場合はとがめの背は、平均と比べて決して低くはないがそれほど高くもない。
本来なら、両者の目線は同じ高さになるはずがない。
「きゃはきゃは、気付かれちまったか――せっかくちょっとずつ『伸ばしていた』のによ」
「真庭……蝙蝠……っ!」
「蝙蝠ちゃん、だろう?」
すべてを悟り、双識はエリミネイターを手に蝙蝠へ飛びかかる。
しかし――仕掛けるのが遅すぎた。
つい先ほどとはまったく異なる常人の域を越えた跳躍で蝙蝠は飛び退き、その勢いを殺さずに双識との距離を取る。
そこにいたのは、もう非力でひよわな白髪の才女ではない。
「これで一番の目的も達成できたわけだ。きゃはきゃは、結構いい身体してるじゃねーか、おにいちゃんよお」
そこにいたのは――零崎双識だった。
服装こそ箱庭学園指定のジャージを纏ったままだが、それ以外に何ら差異はない。
きゃはきゃはと笑う声すらも、寸分違わず双識そのものだ。
声帯の形すら同一にできる――それが忍法骨肉細工。
「はじめから、これが狙いだったわけか――私を殺すのが目的ではなく、私になることこそがお前の目的――」
「ま、そういうことだな。きゃはきゃは、おれがこの殺し合いで生き残るには、元の姿でもちょっと力不足なんだよ。
けど、あんたの肉体は悪くないぜ。これなら十二分に戦える――よっと!」
言って、変身した蝙蝠は双識とは反対方向へと駆け出す。
今となっては蝙蝠の実力は双識とまったくの互角だが、双識はエリミネイターを持っていて蝙蝠にはそれがない。
得物の分、こちらが不利だと判断して――蝙蝠は脱兎の如く逃走を開始した。
双識もそれを追おうとするが――
「おっと、そいつはやめた方がいいぜ――今のおれとあんたの脚力は、当たり前だが互角だ。
おれも引き離せはしないが、あんたも追いつけやしない――追っかけたところで、お互いに損をするだけだっての」
逡巡し――結局、双識は足を止める。
手にしたエリミネイターを投擲するべきか迷うが、相手が自分自身である以上、間違いなく通用しないだろう。
先ほど双識がしたのと同じように、相手の武器にされるのがオチだ。
双識は西洋風のナイフは好かないが、それでもこのエリミネイターは中々の業物。見す見す失うのも馬鹿げている。
「もっとも、何よりも馬鹿げているのは蝙蝠ちゃんの能力か――くそっ、もう見えやしない。確かに、あの速さは私のそれだ」
事情が変わった。
今までは、家族を守れればそれでよかった。
無論、今でもそれが絶対の目的であることに変わりはないが――
「今をもって『真庭忍軍』は『零崎』の『敵』になった――零崎一賊の長兄として、責任を持ってきみたちを始末させてもらう」
零崎双識。
マインドレンデルは――二十番目の地獄は――零崎一賊の特攻隊長は――今ここに始動する。
「――それでは零崎を始めよう」
(真庭蝙蝠――試験開始)
【1日目/深夜/D-4】
【零崎双識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]エリミネイター・00@戯言シリーズ
[道具]支給品一式、体操着他衣類多数、血の着いた着物、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:家族を守る
1:他の零崎一賊を見つけて守る
2:真庭蝙蝠、並びにその仲間がいれば殺す
[備考]
※他の零崎一賊の気配を感じ取っていますが、正確な位置や誰なのかまでははっきりとわかっていません
【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]健康、零崎双識に変身中
[装備]諫早先輩のジャージ@めだかボックス
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~2)
[思考]
基本:生き残る
1:強者がいれば観察しておきたい
[備考]
※第一話でとがめに化けてから七花を襲うまでの間から参戦です。
[忍法骨肉細工について]
※バトルロワイアル開始前に変身できた人物には変身不可能(とがめに変身したまま連れてこられたため、とがめは可能)。
※他の参加者に変身するには、前もって相手を観察しなければ不可能。
※現時点では元の姿以外に、とがめ、零崎双識に変身可能。
最終更新:2012年10月02日 07:58