後悔と決意 ◆mtws1YvfHQ


「血の匂いがするな」

 針金のようにほっそりとした男、零崎双識は鼻を動かしながら思わず苦笑いしていた。
 外まで微かに血の匂いを漂わせる場所、そこはクラッシュクラシックと言う名のピアノバー。
 零崎一賊三天王の一人、≪少女趣味≫にして『逃げの曲識』こと、零崎曲識の牙城とも言える場所。
 そこから血の匂いがすると言う事はつまりそう言う事だろう。

「早いなぁ、まったく」

 呟きながらクラッシュクラシックへと足を踏み入れた。
 踏み入れ、そして、自分の考えがどれほど甘かったかを思い知らされる事になる。

「トキー? それともアスかい? ど――――――………………」

 クラッシュクラシックの中、立ち止まった零崎双識は、

「……そんな」

 気付けばそんな声を漏らし、膝を付いた。
 双識の視線の先、そこに一人の男の姿があった。
 胸にぽっかりと穴を空け、血に沈む零崎曲識の姿が、あった。
 首を振りながら四つん這いに近付く。

「トキ? ――そんな、そんな……トキ? トキ? 嘘だろ? 冗談だろ? トキ――――」

 近付き、曲識の身体に触れる前に止まった。
 触るまでもなく、紛れもなく、既に、死んでいた。
 胸から流れ出しその身体や服を濡らしていた血は既に止まって、死んでいた。
 清々しいほどの安らかな笑顔を浮かべて、死んでいた。
 普段から弾いていたピアノの傍で、死んでいた。
 零崎曲識は、死んでいた。
 死んでいた。
 死んでいた。
 死んでいた。
 死んでいた。

「――――――――――――」

 家族の死。
 それが、容赦なく双識を蝕んだ。かと言えば、そうではなかった。
 仮にも長兄、それでも≪自殺志願≫、だからこそ≪二十人目の地獄≫。
 七つの殺し名に名を連ね平均年齢三十と少しが普通の裏の世界に身を置く零崎一賊にとって、身内が死ぬ事など特別珍しい事でもない。
 然程の時間も掛からずに正気を取り戻し、黙々と死体を調べ始めていた。

「――馬鹿な」

 一通り死体を調べ終え、ようやく零崎双識が吐き出せたのはその言葉だけだった。
 調べれば調べるほど、殆ど抵抗した形跡が見当たらない。まして、逃げようとした形跡など皆無。
 この二つが意味する事を頭の中で練り合わせ吐き出したのが「馬鹿な」の三文字だった。

 零崎曲識は、抵抗する暇もなく、逃げる余地もなく、殺された。
 伊達ではない、≪逃げの曲識≫が。
 ただ、唸る。
 つまりこれから先、曲識に逃げる余地すら与えない相手がいる中でも、家族を見付け、真庭忍軍を潰し、なおかつ曲識を殺した相手を特定して殺す。
 この三つをこなさなければならないと言う事。

「暢気に学校の更衣室をあさ……這入……盗……侵……――ってる場合じゃなかったか」

 うふふ、と笑って見せるがそれはどうしようもなく渇いた声しか出ていなかった。
 もう一度、曲識の死体に目を向けた。

「…………ん?」

 不意に、曲識の傷の穴に何か光る何かを見付けた。
 若干躊躇いながらもその光る何かを指先で取り、眼前に寄せた。
 それは、何か刃物の欠片。それもナイフや刀などではない、これは、

「……カッターの刃……かな?」

 血に塗れ過ぎてどうにも確信に到るには少々物足りないが、カッターナイフの刃の一部の様に見えた。
 ふむ、と黙る。
 黙りながら、曲識を棺桶に入る時の格好にさせ、服装もそっとただし銀縁眼鏡――伊達眼鏡である――を外し、エリミネイターを取り出し、さっと動かした。
 それから曲識の顔そっとに付けた。

 レンズには眼鏡を外すか顔を物凄く近付かないと見えない薄く小さな文字で、「二度目の放送後ここ」と書いた。
 零崎曲識を知る者なら眼鏡など掛けない事を知っている筈だし、零崎双識を知っている者ならこの眼鏡が双識のだと分かる筈。
 更にこの店を知っている者など、零崎一賊三天王の一人、≪愚神礼賛≫こと零崎軋識しかいない。文字通り個人にしか分からないメッセージである。

 ここまでくれば最早、軋識がいないと考える方が不自然だからした行動。
 双識はそっと曲識から離れ、高らかに言う。

「地獄に居るだろう兄弟、零崎曲識。零崎双識が誓う。これから先、私は≪自殺志願≫としてではなく≪二十人目の地獄≫として、責任を持ってここにいる他の兄弟を見付け、全力を持って守る。
いや、守って見せる。この身が例え地獄の修羅になろうとも絶対に守る――――だから、何の心配もなく心労もなく気兼ねもなく気負いもなく騒乱もなく動乱もなく災厄もなく災難もなく、ただ、安らかに眠っていてくれ」

 一息に言い終え、そして手と手を合わせ目を瞑った。
 黙祷。
 静かに、時は過ぎる。

「…………すまない」

 その呟きと共に一つの雫が床に落ちた。
 それは双識の涙。
 幾つかの涙が双識の瞑った目尻から頬を辿り、床へと落ちたものだった。
 裏の世界に居る者にとって身内が死ぬのは珍しくない。珍しくないからと言って、悲しくないかはどうかは全くの別の問題。

「…………すまない…………すまない…………」

 クラッシュクラシックの時は、静かに過ぎて行く。





【1日目/黎明/C-3クラッシュクラシック】

【零崎双識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]エリミネイター・00@戯言シリーズ
[道具]支給品一式、体操着他衣類多数、血の着いた着物、カッターの刃の一部、ランダム支給品(2~6)
[思考]
基本:家族を守る
 1:他の零崎一賊を見つけて守る
 2:零崎曲識を殺した相手を見付け、殺す
 3:真庭蝙蝠、並びにその仲間がいれば殺す
 4:二度目の放送の後にクラッシュクラシックに戻る

[備考]
 ※他の零崎一賊の気配を感じ取っていますが、正確な位置や誰なのかまでははっきりとわかっていません
 ※現在は曲識殺しの犯人が分からずカッターナイフを持った相手を探しています



[Cー3クラッシュクラシック内]
 ※零崎双識の眼鏡を掛けた零崎曲識が横たえられています。
  また、眼鏡にはかなり小さく「二度目の放送後ここ」と書かれています。


殺人鬼の邂逅 時系列順 夢の『否定』
殺人鬼の邂逅 投下順 夢の『否定』
「それでは零崎を始めよう」 零崎双識 冒し、侵され、犯しあう

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最終更新:2012年10月02日 08:13