ひとりの少女のものがたり ◆CAP.3FrrY.
少女のすぐ目の前でその男は死んだ。
鋼のような筋肉に肩パットをつけた精悍な顔立ちのいかにも屈強そうなその男は、しかしあっけなく死んでしまった。
顎のすぐ下が爆発しバラバラになった頭といっしょに鮮血があたりに飛び散った。少し間をあけて男の身体がかしぎ床の上に倒れる。
少女は悲鳴をあげ、そして何が起こったのかわからずに困惑した。
男が死んでからどれくらい経ったろう。目の前の画面に『GAMEOVER』と表示されてようやく少女はなにが起こったのかを理解した。
彼女の後ろで彼女よりも大きな男らが一様にクソゲークソゲーと連呼している。
まだ幼い――小学3年生でしかない彼女にその言葉の意味はわからず、ただ責められているように感じられて席を立つ。
逃げるように人垣をかきわけて筐体から離れ、そして歓声と怒号の飛び交うそちらへと振り返る。
彼女の小さな背では大人達の向こうにある画面をとても見ることはできない。
熱狂的な喧騒が怖いこともあり、少女はすこしするとゲームセンターを出て家路へとついた。
少し霧の出ている中を少女はとぼとぼと歩く。
彼女は幼いがゲーマーを自負している。クラスの中じゃ男子相手でもどんなゲームでも負けたことはないし、ゲーセンにだって通っている。
ネットも携帯ももってないので情報には疎いが、今日の新作ゲームのロケテストのことはゲーセンに張り出されていたポスターで知った。
それをクラスのみんなにも教えて、しり込みするみんなに「お子様だね」と見栄を切って彼女は今日あそこに行ったのだ。
1プレイ500円というのは驚いたが、しかし引っ込みもつかなかったので彼女は筐体の前に座った。そして、“ああ”なった。
じわりと目尻に涙が浮かぶ。
500円は彼女のもっていたお小遣いの全額だ。しかし、それよりも明日、学校に行ったらみんなにどう言おうかそれが怖かった。
大見得を切って、大人相手でも勝ってくると言ってきたのだ。それがなにもしないうちに理不尽にゲームオーバーになってしまった。
そして恥ずかしさと怖さで逃げ出してきてしまったからゲームのことも全然わかってないに等しい。
なんて言おうか、いっそ病気で行けなかったと言い訳すればいいだろうか。でもそれでも馬鹿にされそうな気がする。
もう一度戻ろうか。そう思い彼女は道を振り返る。
しかしいつの間にかに霧は濃くなっている。
こんな濃い霧を、いや霧そのものを見るのが初めての彼女は恐ろしくなり、家のある方向へと走った。
その晩。宿題を終え、明日の用意を済ませた少女はベッドの上で未だに暗鬱とした表情を浮かべていた。
結局、なにもいい案は思い浮かんでいない。
明日学校に行けば新作ゲームのことを絶対に聞かれる。そしてなにも答えることができない自分に皆はがっかりし、そして笑い出すだろう。
とくに普段馬鹿にしてた男子からは言われるはずだ。
喧嘩にもなるかもしれない。そうしたら先生に怒られるかも。親にひとりでゲーセンに行ったことがばれるかもしれない。
ぐすっと鼻をすする。最悪のことを考えるとぼろぼろと涙がこぼれてきていた。悲しくてなさけなくて、なによりくやしかった。
わたしは悪くない。悪いのは変なゲームだ。変なゲームを作ったやつだ。
少女はまくらを叩く。ボフっというそれをくりかえしくりかえし叩いた。ボフボフと感情のままに叩き続ける。
悪いのは変なゲームを作ったやつ。その怒りが焦点をあわせ、集中してなにかの力になろうとしていた。
その時、とんとんと窓を叩く音が少女の耳に届いた。少女が振り返ると窓の外の霧はすっかり晴れていて、そこに一匹の猫がいた。
「やぁ、こんばんわ」
その猫は少女が窓を開けると部屋の中に入ってきて、驚いたことに喋り出した。
しかし本当は猫ではないのかもしれない。その白い猫はからだに赤い模様があり、耳がウサギのように長くたれていた。
「ボクの名前はキュウべえ」
そして猫はキュウべえと名乗った。
「君の気持ちはよくわかるよ。ボクも同じ苦渋を味わったからね。本当に人を馬鹿にした話もあったもんだよ」
クジュウの意味はわからなかったが、少女はこの猫が自分に同情しているのだということは理解した。
「そこで……というわけでもないんだけど、キミに提案があるんだ」
少女は猫の言葉にうんと頷く。
「ボクと契約して魔法少女になってよ!」
猫の言葉に少女は目をこすってほっぺたをつねった。まるで夢を見ているような話だ。
「魔法少女になってくれたら、ボクはキミの願いをなんでも叶えることができる。キミの願いはなんだい? なんだって叶えるよ」
なんでも願いが叶う。その言葉に少女は考えて考えて、考えて――……
「500円ほしい」
そう答えた。それが今彼女が思いつく一番叶えてほしい願いだった。
「もっと、大きなことを願ってもいいんだよ?」
「えっと……うーん、…………じゃあ1000円でもいい?」
少女はそう言って窓際にいる猫の顔を伺う。猫は無表情だった。
「どうせならもっと大きな願いを叶えないかな? 人間、夢は大きいに限るよ」
「じゃ、じゃあ……5000円!」
猫の耳がパタパタと足元を叩く。
「もっとさ。キミにはとても大きな無限の可能性があるんだ。もっと大きな願いも叶えられる」
「6000円でもいいの……?」
少し長い間ふたりの間に沈黙が流れた。
「感情をもたないボクがこんなことを思うのもおかしいけど……キミは魔法少女にならないほうがいいって思うよ」
「そう、なの……?」
「キミの中に眠る力を見逃すのは惜しいけどね。でもキミのような子を魔法少女にするべきではないと思う。
論理的に理由付けするなら、おそらくキミはその力を十全に発揮しないだろうし、エネルギーへと転化する量も少ないだろう。
つまり、今ここで魔法少女になってもらっても効率が悪い。それはキミがもっと大きくなってからだ――というところかな」
「よくわかんないんだけど……」
「まだキミが小さいってことさ。いろいろな意味でね」
「そっか……」
猫はくるりとからだの向きを変えると開いた窓からまた出て行こうとする。だが、立ち去る前に顔だけ振り向き言葉を残した。
「キミの中にはどんなピンチも乗り越えられる力が眠っている。それを決して忘れないで」
翌朝。学校へと向かう少女は道路をたくさんのパトカーが走っているのを見つけた。
気になって少しその方向へと寄り道すると、パトカーは全部あのゲームセンターの前に止まっていた。
なにかはわからないけど、悪いやつは警察につかまったのだと思った。
そして、彼女は足取り軽く学校へ向かう。自分にはどんなピンチも乗り越えられる力が眠っている。もうなにも怖くない。
【ケンシロウのプレイヤーだった女の子 今日も元気に学校に行きます】
【キュウべえ@魔法少女おりこ☆マギカ 夢でも見たんじゃないかな?】
最終更新:2013年01月28日 15:30