暗い夜の森の中。
「うぅううう‥」
全身に鈍い痛みが走る。大事な戦いをしていたはずなのに身体は地面に吸い付いたように動いてくれない。
風邪を引いた時のようなだるさが全身を包み込んでいる。
「何で?どうして?私‥勝ってたのに‥。勝ってたはずなのに‥」
それなのにどうして自分は今こうして地面に倒れこんでいるのだろう。どうして、この身体は動こうとしてくれないのだろう。
ミスティアは訳が分からなかった。
「そうだ、ゆっくりは?」
自分と一緒に落ちてしまったあの饅頭は無事だろうか。ミスティアは首を動かし辺りを見渡した。
見当たらない。どうしよう。
どんな生き物だって、妖怪くらいの頑丈さがなけらばあの高さから落ちて助かるはずがない。
いいよれぬ不安感がミスティアの心を覆う。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ」
「て。あれ?」
だが、中れいむは思いの他あっさり見つけることができた。
声がしたのは紛れも無いミスティア自身の胸の中。
どうやら気付かぬうちに中れいむを抱きしめながら落ちてしまっていたらしい。
全身に落下の衝撃を受けたミスティアと違い、ミスティアというクッションを挟んだ分、中れいむに怪我はなさそうだ。
なんか軽く痙攣しているように見えるが命に別状はないだろう。
「はぁ、良かった」
「これで一安心ね」
最早、驚く気概も湧かなかった。
トドメを刺そうと思えばいくらでも刺せたろうに。ミスティアの傍らにはまたしても当然のように微笑みながら、もう顔も見慣れた亡霊がただずんでいた。
「亡霊‥!!」
「あらあら、そんなに怖い顔で睨まないでよ。可愛い顔が台無しだわ」
「私に‥何した!?」
唐突に力を失った身体、そしてミスティア自身の鳥目にする能力。何事かをこの亡霊がミスティアに仕掛けたことは明白である。
「それはね、私の2枚目のスペルカード。見えてなかったかしら?」
そう言って、幽々子はミスティアの目の前で扇を広げて見せた。その上では目に見えるほどの青白い霊魂が八つ、ふよふよとただずんでいた。
「これが私のスペルカード、霊符『无寿の夢』。貴女が最初に接近してきた時に仕掛けておいたの」
パチン、と扇を閉じるとそこに居た霊魂は全て消え去る。冥界の管理人という職は伊達ではない、他人の霊魂とはいえ出し入れはかなり自由にできるようだ。
「貴女が他人の視力を自由に奪えるのと同じように、私にも他人から奪えるものがあるの。何だか分かる?」
扇を口に当て、緩やかに、だが恐ろしい笑みを浮かべ続け言う。
「それはね、『生』。この現界で生きているということ。私はそれを自由に奪える」
突然ミスティアの身体から力が抜けたのも、空がいつもより高く感じられたのも、スペルカードの疲労感が大きかったのも、
鳥目にする能力が突然弱まったのも、全ては幽々子によって『生きる力』を奪われたから。効力自体は単純な話だった訳だ。
「短期決戦を臨んでいたのは私も同じ。だって、お腹空いていたのだもの」
相手がどのような手段でかかってこようとも、時間が来れば自動的に幽々子の勝利は確定していた。
『无寿の夢』の発動が成功した時点で、ミスティアの敗北は時間の問題だった。
「くそ!!この…ずるい!!ずるすぎよ、そんなの!!」
無抵抗に相手の命だけを着実に奪い取る。あまりに理不尽な能力だ。こんなのに勝てるはずがない。
「よく言われちゃうわ。それじゃ、もう私の勝ちでいいわよね?」
「え?」
スペルカードルールは頭の弱い妖精でも理解できるくらい簡単だ。
自分の符を全て使い切ってしまうか、力尽きてしまうと負け。
まだ使っていないスペルカードはある。だが、もうミスティアは動けそうに無い。
ならば、この勝負はもう‥。
「私の勝ち‥でいいわよね?」
幽々子の勝利。ミスティアの敗北。
それが指し示す道はただ一つ。
「ひ!?い、嫌よ。嫌。そんな、だって、私は、まだ、嫌、嫌だ。嫌だよ!!」
言葉をうまく紡ぐことができない。
まずい、これじゃ一年前とまるっきし同じ状況じゃないか。
まだ十分に、全力を出し切って闘っていないのに、またこんなところで終わるのか。こんな風に惨めに地面に倒れこんで。
ミスティアの心を絶望が覆っていく。だが、
「ゆっくり待ってね!!」
「あら?」
彼女胸の上でそんな声があがった。
確かめるまでもない、ミスティアの中れいむだ。
「元よりこれはおねーさんとれいむ二人の勝負。この闘い、ここから先はれいむがすべて預かるよ!!」
何時の間に気絶状態から回復したのか、お気楽に元気良く幽々子に向かい堂々と宣言する。
本当に今の状況を理解しているのか疑いたくなる言動だ。
「ば、ばか!!あんた一人で勝てるはずないでしょ!!何考えてるのよ!!」
「そんなの、やってみなきゃ分からないよ!!」
どこからそんな自信が湧いてくるというのか、妖怪であるミスティアでさえこの有様であるというのに、
人間どころか妖精にすら力が劣るゆっくりなんかがこの化け物に勝てるはずが無い。
無謀を通り越して不可能だ、そんなこと。
「本気なのかしら、さっきの戦いを見ていたでしょう?こういうのは自分で言うべき台詞じゃないのだろうけど、私はけっこう強いわよ?」
飄々とした態度でからかうように幽々子はゆっくりに聞いた。彼女にとってこの戦いはもう終わったも同然のもの。
今更ゆっくりのような小さき存在が何をしようと関係ないということなのだろう。
だが、中れいむの決意は揺るがない。
「お姉さんの強さは関係ないよ!!まだれいむは動けるんだから、最後まで大切な人を護るために頑張るのは当然でしょ!
ということでさっさとかかってきなさい!」
「な、ぬぁ!!なにあんたはいきなり恥ずかしげも無くそんな台詞を‥!!」
「あらあら」
ミスティアは中れいむの言葉に感激するよりも早く、ある種の気恥ずかしさを覚えた。
こんな絶体絶命的な状況によくそんな言葉が吐けるものだ。やはりこのゆっくりという生物は妖怪の視点から見てもとんでもない。
幽々子はそんなやり取りが微笑ましいのか、他人事のようにくすくすと笑っている。
「だって本当のことだもん!!愛してるぜ!!」
「ああもうこの馬鹿!!」
そういえば、こいつと初めて出会った時もそうだった。自分の家族が吹き飛ばされた直後だったってのに、
歌が聞きたいだなんて、自分本位なことをいきなり言い出した。
状況なんて気にしない、空気なんて読もうとしない、どこまでも自分の心のまま行動する本当に自分勝手な奴だ。この単細胞め。
ミスティアは心の中で毒づき、そして胸の上に居るゆっくりを掴んだ。
「たく、あんたの所為で!!」
「ゆ、ゆゆゆゆゆ?」
そして、片手で身体を支えながら、震える足で膝を立てる。それだけで身体中が軋むように痛む。
疲れだけでない、かなりの高度から何の支えもなく地面に落ちたダメージもある。体力は著しく失われ、とてもいつも通りの力は出せそうに無い。
だが、彼女はその疲れと痛みを無理矢理無視し、そのままゆっくりと立ち上がった。
「あれ?やっぱり大丈夫なの!?」
「んな訳ないでしょ」
そう言うと、ミスティアは自分の帽子を片手ではずし、それに中れいむをぎゅっと詰め込んだ。
元々野球ボールより少し大きい程度の大きさだ。容易にすっぽり収まった。
「ゆ!?ゆゆ!?暗いぃ、お姉さん出してぇ!!」
「まったく五月蝿い奴ね、本当に」
ミスティアはばたばた動く自分のゆっくり入り帽子を見つめ、少し寂しそうに苦笑した。
最後の最期まで騒がしい奴だ。
「お姉さん、ちょっと早く出してよ!そして一緒にあのお姉さんをやっつけようよ!!暗くて狭いのは恐いんだよ!」
「あんたは、もういいの」
なるべくゆっくりと、時間を惜しむようにミスティアは帽子に話しかける。
「これは元々私の喧嘩。あんたは付き合ってもらっただけ。それを横からかすめ盗ろうなんて、本当図々しい饅頭ね」
「ゆぅう!!そんな言い方はないよね!!心配してたのに!!」
ぷくぅ、と手に持った帽子が少し膨らんだ。怒ってほっぺに空気を入れているのだろう。帽子の中の様子を想像すると自然と笑みがこぼれてくる。
「はいはい、ごめんね」
そして、静かに優しく、最後にミスティアはそいつに語りかけた。
「私の歌を好きになってくれてありがとね。私が教えた歌、ちゃんと練習してね」
片手に持った帽子を、ミスティアはゆっくりと後ろの方に回し、投球のポーズをとった。
満身創痍の身体だが、それでもまだ妖怪としての力は残ってる。そう、饅頭一個、星にするくらいなら、訳もない。
「それじゃ、運があったらまた合おうね」
ミスティアは今の持てる力で思い切り、その丸く膨らんだ帽子を夜空に向かって放り投げた。
「ゆ、ゆゆゆううううううううううううううううううう!!」
凄まじいスピードでその帽子は飛んでいく。一瞬で彼女の帽子は夜空を煌めく一筋の流れ星になった。
「さてと、ちょっと待たしちゃった?」
ミスティアはそのまま、依然として目の前に立つ宿敵に対し睨み立つ。
「いいのよ、あんな感動的な別れのシーンに手を出すほど無粋な性格はしていないつもりだから」
相変わらず穏やかな笑みを絶やすことなく亡霊は返す。
「感動って‥、鳥目にさせすぎて目がやばくなりすぎた?」
「そうかもねぇ、もう貴女の姿にしか目に入らなくなった自分がいるの。おかしくなっちゃったかもねぇ」
そして、幽々子は扇を緩やかに広げながら最後通告のようにミスティアに問い掛ける。
「一応聞くけど、まだやるつもり?もう立っているのが限界でなくて?」
「まだやるよ、立って動ければ弾幕ごっこはできるでしょ?」
もう決めたことだ。少しでも身体が動くんだったら、それはまだ敗北ではない。
勝率が1パーセントも無かろうと、負けていい瞬間なんて本当に負けるその時までありはしないのだ。
それに、一年もこの日を待ったんだ、そう簡単に終わらせられるものじゃない。
「あいつもやろうとしたんだから、私だってやらなきゃ示しがつかないでしょ?」
そう、手も脚もないゆっくりにだってできるくらい簡単なこと。妖怪のミスティアにそれができない訳が無い。
ただどこまでも諦めを悪くすればいいだけなのだから。
「それは、あの子の親分として?」
「いいえ」
ミスティアは幽々子に対して自らの鋭い爪を真っ直ぐかざし、宣言する。
「友達よ!!」
そして再び翼を広げ、絶対的な負け戦に対して突っ込んで行った。
迷いも恐れも諦めも無く、ただ一途な想いを一つだけ乗せて。
「良い答え、格好いいわね、貴女!!」
幽々子は両手に構えた扇を左右に大きく広げ、いくつもの光の蝶を贅沢に夜雀に振舞った。
彼女もまた、容赦も同情も躊躇いも無く、ただ一途な想いに全力で応えるために。
かくして夜の弾幕バトルの第2幕。
ミスティア=ローレライの完全な負け戦は始まった。
・間奏・ ~brave heart~
星瞬かぬ、暗闇しかない夜空。
そこを流れいく一筋の流れ星、否、一筋のZUN帽があった。
小さい鳥のような翼の生えた、茶色い変てこな帽子。
「‥‥、ゆっくりできない」
その変てこな帽子の中のゆっくりは、重力に従い落ち逝きながらも、そうポツリと呟いた。
通常のゆっくりならば『お空を飛んでるみたい!』と危機感無しに無邪気にはしゃぎながら落ちていくものだが、
このゆっくりはゆっくりらしかぬ神妙な顔つきで、己にかかる重力加速度を冷静に噛み締めていた。
思い出されるのは、先ほどの夜雀とのやり取り。
『あんたは、もういいの』
追い出されてしまった。
『これは元々私の喧嘩。あんたは付き合ってもらっただけ』
要らないと言われた。
必要とされなくなった。
『それじゃ、運があったらまた合おうね』
そして別れを強要された。
ああ、ゆっくりできない。
このままじゃ、自分はゆっくりできない。
一生ゆっくりできそうにない。
「ゆゆゆ‥どうしよう‥?」
ゆっくりするために、自分はどうするべきだったのか。
これからどうするべきなのだろうか。
心情的には今すぐお姉さんのところへ戻りたい。
だが、手足どころか翼も無い自分では、お姉さんの居る場所へ行くことはおろか、この状態から抜け出すことすらできはしない。
それでも、自分はあの場所へ戻りたい。
そうか翼があればいいのか?自分は翼が欲しいのか。
いいや、違う。
自分はあの場所から無理矢理追い出されたのだ。
このまま戻ったところであそこに自分の場所はない。
ならばどうしよう。
あの亡霊のお姉さんは言った、自分は強いと。
自分もあの亡霊のお姉さんくらいの強さがあれば、あのままお姉さんと妹達と一緒にゆっくりし続けられたのだろうか。
そうか力があればいいのか?自分は力が欲しいのか?
いいや、それも違う。
自分はゆっくりしたいのだ。闘いなんてどうでもいい。
そうだ、答えはこんなにも簡単だった。
一周回って同じ答えにたどり着く。
自分はゆっくりしたいだけ。
家族と一緒にゆっくりしたい。
そして、お姉さんと
ずっとずっと
『私の歌を好きになってくれてありがとね。私が教えた歌、ちゃんと練習してね』
「嫌だよ」
だから、言葉に出して否定した。
「歌うのなら、一緒がいいよ」
高度数千メートルの空の下、こんな言葉、誰にも聞こえるはずが無い。
それでも彼女は、自分の中で溢れる当たり前の願いを声に出して宣言する。
「れいむ‥れいむは‥」
いや、違う。
自分は今この瞬間、この世界に何匹も居るゆっくりれいむではない。この瞬間だけは、その名前は自分の存在を指す名前ではない。
この願いは、今ここに居る自分だけの願い。ならば自分は、
「私は‥、夜雀ミスティア=ローレライのゆっくりは‥」
「お姉さんと一緒に‥歌うんだ」
星瞬かぬ、暗闇しかない夜空。
そこを流れいく一筋の流れ星があった。
星と思えぬほど強く真っ白な輝きを纏いながら、
その流星は、突然向きを真逆に変えて、
それまでの経路を稲妻のような速さで折り返していった。
「ってぇえい!!!!」
ミスティアは両手を振り上げ幽々子に対し真っ直ぐに弾幕を飛ばす。
だが、それはあくまで真っ直ぐな自機狙いの貫通弾。イージーシューターであろうと避けるのは容易い。
幽々子は身体をすこしずらすだけで全ての弾をかわし、逆にミスティアに対し全方位から光の蝶の弾幕を放った。
弾の数は多いが決して避けるのが難しい弾ではない。だが、
「くっ」
積み重なる疲労感と痛みがミスティアの片足を引きつらせた。身体の重心がずれその場に倒れこみそうになる。
「しまっ‥」
弾幕は感情を持たない。ゆえに、そんな彼女の状態など気にするわけもなく、容赦無く彼女の身体に降り注いだ。
幽々子は一歩ずつ、ゆっくりと自分が撃った弾幕の被弾地へ歩み寄った。
そこには、身体中大小数多の傷を負った一人の夜雀が、幽々子のことを強く睨みつけながらも、それでもぐったりと倒れこんでいる。
とうに身体の限界は超えていたはず、それなのに彼女は闘い続けた。
勝てる見込みなどなくても、決して諦めることも無く、最後の瞬間まで圧倒的実力差がある幽々子に立ち向かった。
「貴女は‥、いえ」
『貴女は本当に良くやった』。そう言葉を切り出そうとしたが、思い改め途中で口を閉ざす。
そんな言葉を対戦相手である自分が投げかけたところで、彼女にとっては侮辱にしかならないだろう。
だから幽々子は、最後まであくまで冷酷に、ミスティアの対戦相手としての任を果たすことを決意する。
何も言わずに、ミスティアに向けて扇を広げ見せた。
「これで、本当に最後よ」
もう残機も欠片一つ残っていない。あと一発でも被弾すれば、ミスティアはもうそれで終わりだ。
そのことはミスティア自身が一番良く分かっていた。
「あーあ、これでゲームオーバーか、畜生」
次の弾が当たったところで、どんなに打ち所が悪かろうと妖怪であるミスティアが死ぬことはないだろう。
だが、その後、人生の勝利者である幽々子が負け犬であるミスティアに何をしようとそれは自由だ。
今度こそ本当に、一欠片も残さず喰われてしまうかもしれない。
だからこそ、ミスティアは嘆息した。
できれば、もう一回、歌いたかったな。
あいつらと一緒に‥
幽々子の持つ扇に緩やかに光が集う。
暗闇の森の中、幽々子の周りに集う光陽だけが、周囲に妖しい光の空間を作り出す。
パシ―
だが、その光はすぐに輝きを失い、闇に還った。
幽々子の手から扇がはじけ飛び、くるくる回転しながら地面に落ちる。
「な…!」
幽々子はその突然の事態に慌てて周囲を警戒する。
攻撃を回避できたミスティア当人も、驚いたように目を丸くしている。
扇を弾いたのはミスティアではない、確かに彼女はあの瞬間、弾幕を撃てぬほどに衰弱していた。
では、いったい誰が!?
その答えは、本人から堂々と姿を見せた。
「ゆっくりしていってね!!」
「は?」
「え?」
気が付いたら、ミスティアの頭の上に何かが居た。
その光景があまりに冗談めいたものに見えたので、幽々子は取り敢えず両目をこすってみる。
「ちんちーん♪」
だが、それは何回確認しても幻覚ではない。
ゆっくりだ。
偉く自信満々な表情で、ミスティアの頭の上にふんぞり返っているゆっくりがいる。
問題は、その種族だ。
「ゆ!?」
ガシッ、とミスティアは余力を振り絞り頭の上に居るそいつを掴み、まじまじと見つめる。
サッカーボールくらいの大きさ。小さい羽の飾りが着いた珍妙な帽子、ミミズクのように尖った特徴的な耳、
そして、背中から生える鳥とも蝙蝠とも思えぬ大きな翼。
「あ、あんたは‥、もしかして‥」
「ちんちーん♪みすちーはゆっくりみすちーだよ!!ただいま、お姉さん!!」
再会できて嬉しい?と生意気ながらも恥ずかしげに頬を染めてそのゆっくりみすちーは聞いてきている。だが、ミスティアはそんな質問に答える余裕なんて無い。
「嘘‥なんで‥?ていうかあんたあのゆっくりれいむよね!?何でいきなり少しでかくなってるの!?ていうか何で私の形してるの!?どうして!?」
「細かいことは気にしないでね!!」
「全然細かくないし、第一どうして戻って‥もごもご‥」
「これでも食って落ち着いてね!!」
そう言ってみすちーはミスティアの口に向かって何かを投げ入れた。
唐突過ぎる出来事に、思わず租借して飲み込んでしまう。
こ、これは‥?あ、甘‥
「えーと、餡子?ていうか饅頭?」
「正確にはうぐいす餡です!!」
何故か偉そうにぷっくり自慢するみすちー。よく見るとその特徴的な耳の片方は欠けていた。
まさか‥、とミスティアに悪い予感がよぎる。
「あんた、まさか自分の身体を!?」
「今は細かいことは気にしないでね!しょうがなかったんだからぁ!!」
「だから細かく‥!!ってあれ?」
気がつけば、ミスティアの全身から痛みや疲労感の多くが消えうせていた。感覚だけではない、
自分の身体を確認してみると大きな傷口は全て閉じられ、さっきまであった小さな傷はいくつか消え去っていた。
いくら生命力が高いといえども、夜雀レベルの妖怪がこんなにも早く傷や疲労感を回復できるはずがない。
「これって‥?」
「ゆふふふ。みすちー饅頭の回復量はHP、MP50%相当なんだよ!!凄いでしょ!?」
「はぁ」
何を言ってるんだろうこいつは‥?
さっきぶん投げたばかりだってのに‥、
さっさと戻ってきたと思ったら姿と大きさが変わってて、
おまけに私の体力を回復させた?
はっきり言って飲み込める状況じゃない。
だが、
「私のこと、助けに来てくれたの?」
「当然だね!」
「そう‥」
予想通りの返事が帰ってきた。
なら、取り敢えずこれでいいか。どんな理屈か分からないけど、限界だった体力も回復できた。
こいつの身体の一部を口にしてしまったということはどこまでも不本意だったが。
これなら‥、これで、
「これでまた私は闘える」
ミスティアは再起できる歓喜に震えながら、拳を握り締めニヤっと笑った。
「あ、あらら?」
それまでその様子を呆然と立ち尽くし見ていた幽々子が軽く驚きの声をあげる。
本来ならさっきの一撃ですべての決着が着きそうになっていたのに、どうやらまだ一悶着ありそうだ。
長い亡霊人生を歩んできた幽々子だったが、さすがに今回のケースは初体験だ。理解の範囲を超えている。
そういえば、ここに来るきっかけも、ゆっくりにあったっけ‥。そんなことを唐突に思い出した。
どうやら彼女もまたゆっくりという変てこな生物に振り回されているようだ。
「まぁ、いいわ。まだまだ楽しませてもらいそうだものね」
白玉楼の亡霊はそうやってまたにんまりと笑った。
楽しそうに、嬉しそうに。
「さぁて、今度こそ鳥目にしてあげるから!」
「それじゃぁ私は、今度こそ冥府へ誘いましょう」
「ゆっくりするのはここからだよ!!」
かくして、この長き夜の戦いの、
終わりの始まりはゆっくりで幕を開けた。
- 今まで読んだ東方二次創作でも三本の指に入るくらいのいいみすちーだ。いやマジで。 -- 名無しさん (2009-04-05 17:46:21)
- 早く結末が見たいです。 -- 名無しさん (2009-04-17 22:42:51)
最終更新:2009年10月14日 23:38