「夜雀たちの歌 ~転~」-1

※編注:容量制限に引っかかったので分割しました。

※SSナンバー266「夜雀たちの歌 ~起承~」の続きです
※引き続き東方キャラ登場注意、独自の解釈を含みます
※スペルカード独自解釈だらけ
※バトル描写ばっかです済みません
※やたら長くて済みません
※最初痛い描写あり注意



 ・余・

「さぁ、お食べなさい!!」
「‥‥‥‥はぁ?」

 ミスティアと中れいむがいつものように木の上でありったけ歌いまくり、喉の疲れを癒すため小休止をしていた時。
 中れいむが突然ミスティアの掌の上に乗りたいと言い出し、あんまりしつこいから仕方なく乗せてやった後。
 いきなりそんなことを堂々と宣言された。

「さぁ、お食べなさい!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥、何言ってんの?」
「さぁ、お姉さんはれいむをゆっくりお食べなさい!」
「いや言ってることの意味は分かるよ?言わんとすることは分かるよ?」
「ならさぁ食べなさい!」
「‥‥‥‥‥‥‥」

 ミスティアは無言で中れいむを垂直方向に空に高く飛ばした。ぶん投げたとも言う。

「ゆゅ、ゆゅーお空を飛んでるみたい!」

 空高く舞うれいむ。
 だがしかし、悲しいかな万有引力。

 「ゆゅ、ゆゅゆうぅぅ!!!ゆっくり落ちるぅうぅぅ!!!」

 一通り天昇した後、中れいむはゆっくりしないで落下しはじめた。

「はい、キャぁッチ」
 もちろん、ミスティアがナイスキャッチ。優しく掌で受け止めたので怪我はないはずだ。
 元々そう簡単に怪我してくれるような存在ではないが。
「ゆぅ、ゆゆゆゆ~」
 あまりに長い距離を落下したので中れいむは目を回していたが、
「ひどいよ!!何するの!!ゆっくり謝ってね!!」
 すぐに目を覚まし、ミスティアに向かって文句を言い出した。

「突然あんたが訳分からないこと言い出すからでしょ!!」
「変なことじゃないよ!!ゆっくり食べて欲しいって言っただけだもん!」

 中れいむはプンプンと頬を大きく膨らませ変わらず文句を言っている。

「いや、だからさ。何で突然私があんたを食べなきゃいけないのよ。あんたの中身が餡子だってのは知ってるけど、
 私はあんたのことを食料だと思ったことなんて一度も無いんだから、ほんと、変な冗談はよしなさい」

 ミスティアは少し語気を強めてそう言った。冗談とも取れるゆっくりの物言いにムキになったのは、
 多分中れいむのことを、餌や家畜なんかとは違う、もっと大切なものだと思っていたからだろう。

「ゆゅ~、お姉さんはれいむのこと嫌い?」

 ミスティアの怒りに若干気落ちしたようで、恐れるように中れいむは聞いた。

「そりゃ、嫌いなんかじゃない。嫌いなんかじゃないよ。だから、あんたを食べるなんて、そんなことできる訳ないでしょ。
 もう冗談はこれでお仕舞して」

 苛立ちながらも中れいむを諭すように言い聞かせるような口調でミスティアはそう言った。
 その苛立ちは、れいむが自分を粗末にするようなことを言ったことに対するものより、
 その言葉を聞いて思いのほかショックを受けている自分へ向けているものだということに、彼女は気付いていなかった。

「ゆゅ~、違うよ、お姉さん」

「大切だから、大好きだから、食べてもらいたいんだよ!」

「…は?」
「ゆっくりはね!本当はお饅頭さんなんだよ!」
「それは、聞いたけど‥だからってね」
「だからね、ゆっくりは好きな人に食べてもらえると幸せなんだよ!!」
「幸せ‥?食べられるのが‥?」
「そうだよ!!どこぞの馬の骨とも分からぬ輩には食べさせてあげられないね!でも、れいむはお姉さんになら食べられてもいいよ!!
 れいむは‥、お姉さんのこと大好きだから!!」

 頬を染めながら、恥ずかしそうに中れいむはそう言い切った。
 わきゃー、言っちゃったー、とでも言いたそうな顔で恥ずかしそうに顔を俯かせている。
 だが、ミスティアは中れいむのことなど見ていなかった。
 さっきの話も半分いじょう頭に入っていない。
 ただ、ミスティアは思い出していた。
 記憶能力の高くない、鳥頭な自分でも、
 どうしても忘れられない、
 あの悪夢を。











 最初に封じられたのは口だった。
 食事の最中に喋られたら、そりゃ五月蝿いだろうから。



          痛い。


   痛い。     指が
 痛い。           痛い。 腕が
          痛い。  耳が‥    痛い。 痛い。 痛い。 痛い。
 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。 脚が       痛い。
     痛い、     痛い。



痛い。痛い。痛い。痛い。いたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイ

タイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
          イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイ

タイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
       イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタ
 イイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ





『夜雀が出たってことは、じきに妖怪か何かが集まってきます。その前にここを去りましょう。先を急ぎますよ』
『ちょっと待って。小骨が‥‥』



『さっき、嫌いって言ってたじゃないですか』
『妖夢、好き嫌いは良くないわ』



『さぁ、早く行きますよ。夜が明ける前に』
『仕方ないわね~』



『じゃ、最後に一口‥』




  ア゙ア゙




「嗚呼、もう五月蝿い黙れぇ!!!!」
「ゆゅ!?」

 突然ミスティアは大声で中れいむに怒鳴りつけた。

「食べられて、それで幸せな訳ないでしょう‥!! ふっざけないで!!」
「ゆゅ、でも‥れいむは‥!」

 五月蝿い、本当に。

「お仕舞って言ったでしょ!!これ以上喋ったらあんたでも潰すわよ!!」
「ゆゅゆぅゆゅ~、ごめんなさい‥」

 今まで見せたことのなかった剣幕に中れいむは押され、大人しく謝った。
 ゆっくりと、夜雀の、どうしても理解し合えない境界。
 一人と一匹は、初めてそれを感じ取った。


 ミスティアは理解できない。
 自分から食べられることなんて、大切な人に食べてもらいたいだなんて、絶対に理解できない。
 だって、食べられてしまったら、もう歌えないじゃないか。
 食べてしまったら、もう一緒に歌えないじゃないか。
 ミスティアにとって歌えない人生なんて無いのと一緒だ。歌えない死だって同じことだ。どうせ歌うなら死ぬ瞬間までだ。

 それに、これは経験から来る話だが。
 食べられるということは、

 本当に恐くて、

 痛かった。




『夜雀たちの歌』  ・転・





 舞台は再び夜雀が住まう森、人が消える道、
 その出口。

「じゃ、私はこれで。また、うちの竹林にも鰻屋台持ってきてよね」

 妹紅が宙を浮き振り返りながらそう言った。

「了-解、お客さん」
「ゆっくりまたね!」

 ミスティアとその肩に乗った中れいむが答えた。
 そろそろ帰るわ、そう言った妹紅の見送りに、ミスティアとゆっくりれいむ(中)は森の出口まで一緒に付いていくことにしたのだ。

「ええ、またね!」

 最後に中れいむに向かって微笑みかけると、妹紅は真っ直ぐ夜の闇の中へ飛んでいった。
 その姿はすぐに夜の闇に紛れ、鳥だが鳥眼でないミスティアの眼から見てもすぐに確認できなくなった。


「しかし‥、ゆっくりか‥」
 妹紅は暗闇の中、一人呟く。
 幻想郷に突如現れた謎の生物(ナマモノ)。
 その存在自体は親友である半獣の口から聞き及んだこともあったし、竹林で稀に見かけたりもしていた。気持ち悪いので無視していたが。

「でも‥あいつは可愛かったなぁ」

 にへへ、と妹紅は顔をにやつかせた。あのぽよぽよした感触は今でも頭に残っている。
 そういえばここ100年間くらいペットというものを飼っていない。
 いい加減長い一人暮らしも飽きてきた。

「ゆっくりかぁ、いいかもねぇ」

 今度ちょうど良い感じのゆっくりを見かけたら交渉してみるか、不死の少女はそんなことをぼんやりと考えつつ夜空を飛んでいく。




「さてと、見送りも済んだし、戻ろっか」
「ゆっくりおうちに帰るよ!!」



「あれぇ?れいむとれいむがいないー」

 自分の巣の中を覗き見た中れいむがそんな間抜けな声をあげた。
 自分達の巣に戻ってすぐ、上機嫌に自分の巣の中へするする潜り込んだ中れいむだったが、そこに彼女が望む家族の姿はいなかった。
 一聞では非常に解りづらいが『れいむとれいむ』とは、この中れいむの妹(と思われる)小さいゆっくり二匹のことだ。

「お姉さん!れいむの妹たちがどこにいったか知らない!?どこにもいないよ!!」
「えー、知らないわよー。ていうかずっと一緒だったでしょ、私たち。どっか散歩にでも出掛けたんじゃないのよ?」
「ゆぅ~!!いつもならはゆっくり寝てる時間なのに!!おねーさん、ゆっくり捜すの手伝っていってね!!」

 面倒くさそうに、気のない返事で返したミスティアとは対象的に、中れいむは本気で心配そうな声でミスティアに懇願した。
 まだ幼い家族が二匹全員消失したのだ。当然といえば当然だ。

「はいはい、ま、そんな焦んなくても大丈夫でしょ。あんたらのふてぶてしさは身体で経験済みよ」

 ひらひらと手を振りながらミスティアは周りを見渡す。夜のこの森はミスティアの独壇場だ。周りに住む動物はみなミスティアの眷属のようなもの、
 そのミスティアが特別目を掛けている生物の巣をむざむざ荒らそうとする愚か者はいない、はずである。
 ただ巣から離れすぎた場合はまずいかもなぁ。いや、あいつらの鈍足ならその心配もないか、まだ赤ちゃんだし。
 そんなことを考えながら辺りを見渡していると、


「ん?」


 何か、薄暗い光がミスティアの頬のすぐ横を通り過ぎた。

「ゆ、綺麗だね!あれなぁに?」

 中れいむも気付き無邪気に眼を輝かせる。
 確かにそれは綺麗な、見るもの全てを美しいと思わせる輝きを放っていた。だが数多の魑魅魍魎が蠢くこの夜の森に、自ら光を放つものなんて、
 蛍の怪か迷いこんだ人間の灯くらいのもの。そのどちらでもないこの光がどれだけ不自然なものか、この森を縄張りとするミスティアにはよく分かっていた。
 いぶかしみながらミスティアはその正体を確かめるためその光を眼で追った。
 ゆらゆらと儚げに、しゃらしゃらと美しく、ミスティアにその姿を見せ付けるように、それでいて暴力的な主張をせず、


 その光の『蝶々』はミスティアの周りを飛び続け、


「お久しぶりね、夜雀」


ミスティアのすぐ背面。
“彼女”は気配も殺気も生気もなく、ただ畏ろしい程の美しさを纏ってそこにいた。

 ゆらゆらと儚げに、しゃらしゃらと美しく。


「‥ッ―――ィ!!」

 その存在に気付いたミスティアは声にならない叫びをあげて、振り返り後方に跳ねながらおもいっきり弾幕を飛ばす。
 妖力で出来た弾が地面にあたって四散し、小さな砂埃を作る。
 夜の闇もあり、対象の姿は完全に隠された。だが、光を弱めない蝶々の存在が、そいつの健在を如実に表していた。
 そして、間もなく砂埃が晴れる。

 そこに立っていたのは、ミスティアの予想通り、雅な寒色系の着物と独特の形をした帽子を被る、いつか見た亡霊。
 現界と結界一枚で繋がっている死者の住まう世界、冥界。そこに住む幽霊達を統べる冥界の管理人、白玉楼の亡霊の姫君。
 息とし生けるあらゆる者の死の権化。
 その名は、西行寺幽々子。

「あの時の‥亡霊‥!」
「ええ、そうよ。一年ぶりってとこかしら、息災そうで何よりね」

 一年前の夏の終わり、ミスティアを貪り喰らった亡霊の親玉である。

「あれから貴女も大変だったでしょ?所々欠けちゃっていたものね。そこまで回復するのに苦労したんじゃない?」

 亡霊は笑顔で、軽く世間話でもするような口調でそう聞いた。
 ミスティア自身にとってその記憶がどれだけ残酷なものか分からない訳でもないだろうに、その語りには悪意というものが欠片も感じられない。
 いったい誰のせいでそのような目にあったと思っているのか。
 ミスティアは内心腹立たしかったが、その怒りを押さえ込み支配するほどに、ただ一つの感情が自分の身体全体を支配しているのに気付いた。

 震えが‥止まらない‥?

 歯を食いしばり、その震えを掻き消すようにミスティアは大声で叫ぶ。
「今更‥何しに来たのよ!!」

「ゆっくりしていってね!!」
 中れいむはいつも通りに元気良く叫んだ。
 ゆっくりに読める空気などない。

「ふふふ‥そんなに警戒しないで。ちょっとした夜のお散歩よ。それより貴女、ひょっとして‥」

 すっ、と幽々子は右手を被っている独特な帽子の中に入れて何かを取り出した。

「この子達をお探しかしら?」

「ゆゅゅゅにゅー」「ゅーゅーゅー」

 幽々子が掌を広げその上に乗せているものを見せる。
 それはピンポン玉ほどの2つの球体。
 今正に一人と一匹が探し回っていた2匹のゆっくりれいむ(小)だった。こちらの心情も知らないで、暢気に眠りこけている。

「あ、れいむのいもーと発見だよ!!」

 中れいむは嬉しそうに飛び跳ねる。
 だが、ミスティアは苦虫を潰したような表情で幽々子に聞く。

「何であんたがその子らを?」
「そこで拾ったの、なんてね。そんなに怖い顔しないで。可愛い顔が台無しなのだから」

 飽くまで幽々子は飄々とした態度を崩さず、何を考えているかは分からない。
 だが、ミスティアは内心強い焦りを感じていた。
 相手の手の平には2匹の小れいむ、もし幽々子がそのまま強く手の平を閉じたら‥、ゆっくりといえど、どうなるかは想像に難くない。

「悪いけど、それはね。私が最初に目を付けた饅頭なの。あんたにはあげないわ。返してよ」
「あらら、要らぬ疑いをかけられちゃったかしら。大丈夫よ、今は甘いものっていう気分じゃないの」

 そう言うと幽々子は小れいむを乗せた手を私の前に差し出した。

「失礼したわね。はい、返してあげる」

 そうは言ってるものの、幽々子はその場から一歩も動かない。
 直接ミスティアの方から受け取りに来いと言っているようだ。

「ああまぁ、返してくれるんなら」

 そのあまりに呆気ない幽々子の態度に呆然としながらも、ミスティアは慎重に幽々子の立つ方へ歩みを進める。
 まさか本当にこの亡霊は小れいむを拾ってくれただけなのではないか。そんな楽観的な予想が胸に湧く。

「どうしたの?おねーさん。ゆっくりしてないで早く行こうよ!」

 ピョン、中れいむはミスティアの頭に飛び乗ってそう言った。
 この単純粋無垢な生物は初めて会った幽々子のことを信頼しきってるようだ。本当こいつは単純でいいなぁ。
 そう思いながらも、中れいむが頭の上に乗ってくれたおかげか、さっきより気持ちは大分楽になった。
 緊張を緩めないまま、堂々とした足取りでミスティアは歩を進め、

「大丈夫よ、そんなに硬くならないで。ほら、あなた達のおちびちゃんはこの通り怪我一つ無いわ」

 ついに幽々子の目の前まで辿り着いた。
 間近で見るとその存在に圧倒されそうになる。ミスティアたち並みの妖怪とは間違いなく格が違う。
 一つの世界の支配者が持つ、独特の厳かさとカリスマが肌で伝わった。

「では、はいどうぞ」
「ん。ま、一応、ありがと」
「ありがとね!お姉さん!!」

 なるべく素っ気無く反応しようとして、雰囲気に飲まれないようそっぽを向きながらミスティアは小れいむたちに手を伸ばし、
 左手で慎重にそれらを掴み上げようとして、



 幽々子に強く、その腕を掴み上げられた。



 妖怪を凌ぐ強い力でミスティアは幽々子の身体へ引き寄せられる。
 声を上げる間も無く、ミスティアの顔の目の前には幽々子の顔があった。嫌らしさを感じさせない緩やかな笑みを浮かべている。
 この状況でそんな笑顔ができるのが逆に気味が悪かった。

「ゆ‥ゆ?」

 ミスティア頭の上の中れいむが何が起きたか分からず疑問の声をあげる。
 だが幽々子はそんなことに気にせず、ミスティアの頬にそのまま顔を近づけ、小さな声で呟いた。

「私が今食べたいのは懐かしい味なの。一年前、ここで食べたものと同じ味」

 そして、ぺロリと青白い舌を出して、ミスティアの耳を軽く舐め取った。
 ミスティアの全身が、天敵に会うことで生まれたどうしようもない感情と、それが引き起こす止められない震えに支配される。

「ふふ、震えちゃって。美味しそう。今度は残さず頂いちゃおうかしら?」

 無邪気に残虐に、幽々子は薄笑いを浮かべながらそう言った。

「ゆ、ゆゆゆっゆ!!ダメだよ!食べちゃダメだよ!!このお姉さんはれいむのだよ!!あげないよ!!」

 漸く事態が飲み込めたのか、中れいむは大きな声で幽々子を糾弾する。
 このお姉さんは食べ物じゃないのに、食べるなんてとんでもない、といった風だ。

「あら、可愛い。主人想いなのね。いや、貴方が主人なのかしら?」

 違うわ!!ミスティアは心の中で強くツッコミを入れたが声には出なかった。
 幽々子は気を取り直し、中れいむを見上げながら悪戯っぽく呟く。

「じゃあ、ちゃーんと貴方の分は残しておいてあげるわ。大丈夫、夜雀は小骨が‥、あれ?」

 ふと、幽々子は気付いた。
 ミスティアは未だにガタガタと全身を震わせていたが、掴まれていない方の右手で幽々子の左腕を掴み返していた。

「あらら、どうしたの?無理しちゃぁだめよ」
「違う!!」

 ミスティアは大きな叫びで幽々子の声を掻き消した。

「怖いんじゃないよ!!」

 そして、真正面から幽々子を見据える。
 その瞳に恐怖の色は微塵もありはしない。

「私は、ムカついてんの!!!」



  声符「木菟咆哮」



 ゼロ距離で、ミスティアは自分のスペルカードの名を声高らかに唱え上げる。


 -―-――-―ッッ!!!


 甲高い夜鳥の咆哮が森全体に響き渡った。


 ミスティアがこの日、西行寺幽々子に出会った瞬間から感じていた、身を覆うような感情の正体は恐怖ではなかった。
 それは、その場での腹立たしさを裕に越える、1年間貯めに貯めてきた、身体を震え上がらせる程の怒り。
 一年前、自分の身体を貪り喰らったことへの恨みではない。
 自分を妖怪としてではなく、ただの一つの食物としてしか見なかったことへの、言いようのない妖怪としての怒りである。

 幽々子の居た場所が圧縮された音波によって、地面ごと粉々に吹き飛んだ。
 だが、この程度で決着が付くはずが無い。

「私は、妖怪よ」

 夜の闇で畏れを纏い、人間を襲う者。

「もう二度と、あんたの食い物になるつもりはない」

 夜雀の怪ミスティア=ローレライは、今度こそ妖怪として、今は目の前に見えない化け物に向かって声高らかに宣戦布告した。


「‥‥、おねーさん?れいむの妹は?」

 そして粉々に吹き飛んだ被弾地を見つめながらミスティアの頭の上の中ゆっくりはポツリと聞いた。

「あ…」
「ゆ、酷いよ!忘れてたね!!どうするの!!」
「その、なんていうか、ごめんね!!」
「謝って済む問題じゃないよ!!」


「あらあら、大丈夫よ」

 その声がしたのはミスティアの遥か上方。そこには高木の枝に腰を下ろす、雅な幽霊の姿があった。
 やはりというべきか、その身体どころか服にまで傷は一つもついてない。

「貴方の妹さんたちはちょっと安全な所に置いておいたわ。巻き込まれたら可哀想だものね。安心していいわよ」

 あの上空の、どこに生き物を置くスペースがあるというのか。
 疑問はつきなかったが、この亡霊は相手を騙してまで勝ちを取りにいくタイプには見えない。恐らく本当なのだろう。
 ミスティアは取り敢えず小れいむたちの安全は考えないことにした。いやそれができるまでの余裕は流石に持ち合わせていなかった。

「ゆゆ、良かったぁ!おねーさん、有難う!!」
「いえいえ、礼には及ばないわ。ただ‥」

 刹那。
 ミスティアは翼を広げ、幽々子に向かって全速力で飛び向かった。

  鷹符「イルスタードダイブ」

 目標へ向かって夜鷹のように直進する弾幕を身に纏い、ミスティア自身も爪を頭の上にかざし、突っ込んでいく。攻守一体の技。

「返すのはこれが終わってからでいいかしら?」

 そう言うと幽々子はゆっくりと両手を広げ、ミスティアをそのまま出迎えた。

  死符「ギャストドリーム」

 幽々子を囲うようにいくつもの光の蝶が、輪を描きながらミスティア方へ拡散していく。
 二つの弾幕がそのままぶつかり合い、激しい光を生んだ。

「今度は私があんたを食べる番だよ、桜の亡霊!」
「今度はどうやって食べてあげようかしら、か細い小鳥さん?」
「ゆっくりしていってね!!」


 かくして、夜の弾幕バトル。その第1幕は急激に幕を開けた。


 弾幕としての強さは格上の幽々子の方が勝るが、イルスタードダイブは直進型のストイックな弾幕を纏う技。
 拡散型のギャストドリームをミスティアの前方の分だけ打ち消すには十分の威力がある。
 加えてミスティア自身も同時に突っ込んできていることもあり、彼女の攻撃は幽々子に届いた。

「てりゃぁあああああああああ!!」

 鋭く尖らせた爪を幽々子の首筋に向かって全力で振り下げる。

「お見事」

 幽々子は自身に向かった致死性の攻撃にも怯むことなく、手に持った扇を振り上げ、ミスティアの爪を弾いた。
 ミスティア渾身の一撃は見事に打ち消される。

「まだまだぁああああああ!!」
「ゆっくりしていってね!!」
「あら?」

 爪を弾いた瞬間、ミスティアの頭の後方から、何か丸い物体が一緒に体当たりを仕掛けてきた。
 あまりに予想外の物体の接近に幽々子の判断は遅れ、

「ふにゃ!」

 べしんと、見事に幽々子の顔面に、中れいむの体当たりが決まった。

「よっしゃ、ナイスよ!!」
「ゆっくりごめんね!!」

 ゆっくり自体は大した硬さではない。だが、夜雀の渾身のスピードに乗っていたこともあり、その運動エネルギーは中々のものであった。

「ちょっと痛いわぁ」

 軽く涙目になり、幽々子は自分の鼻を両手で押さえた。
 その隙を見逃す夜雀ではない。

「1対1だって、誰も言ってないしね!」

  鳥符「ヒューマンケージクロス」

 幽々子の四方から壁のように連なった弾幕が彼女を囲むように襲い掛かった。

「あ、あらぁ?」

 如何に亡霊の親玉とはいえ、一瞬の隙に放たれた全方向からの攻撃を避けられるほど万能ではない。

「きゃぁ」

「よっしゃ、1ミスゲットぉ!!」
「やったね、おねーさん!!」

 ガッツポーズを決め、大はしゃぎをする中れいむとミスティア。イニシアチブはミスティア達が取った。

「油断したわぁ」

 弾幕同士のぶつかり合いで生まれた煙から、目をごしごししながら幽々子が飛び出る。
 傷を負っているようには見えないが、間違いなくダメージは通ってるはずだ。

「はん、舐めすぎなのよ、あんたは!」
「手厳しいわねぇ。じゃ、私も真似しようかしら?」

 幽々子はまたゆっくりと両手を広げた。
 その瞬間、幽々子の上方より光り輝く巨大な扇がどこからともなく出現した。
 その大きさはミスティアから見える全ての夜空を楽々と完全に覆い隠すほどだ。未知の光の集合体にミスティアは未知の恐怖を覚え戦慄する。

「な!?」
「綺麗に優雅に儚げに、それに加えて手厳しく」

  亡舞「生者必滅の理 -死蝶-」

「それではどうぞ、逝ってらっしゃい」
 幽々子は儚げさなど一切感じさせない優雅な笑みで微笑んだ。

 そして巨大な光の扇からはさっきとは比べ物にならない程の多くの多種多様な弾幕が、ミスティアを含める中空、大地、すべてのものに対して降り注ぐ。

「う、うわぁあああああああああああ」
 口をあんぐり空けて、中れいむは恐怖の叫びをあげた。

「五月蝿い、耳元で叫ばないで!!避けるわよ!!」

 ここまで多くの弾幕を打ち消すことなど流石にできはしない。それなら、このスペルカードが終わるまで耐久するしかない。
 ミスティアは右に左に、振ってくる弾をよく観察し、扇に覆われた大空を翼を広げ移動し続ける。

「頑張る頑張る、立派立派。うふふふ」

 幽々子はそんな夜雀たちの様子を更なる上空から、ただ眺める。更なる追撃も可能ではあったが、スペルカードの発動中に、
 そのような無粋なマネをするような亡霊ではない。
 あくまで微笑を絶やさず、子を見守る親のような高みから、彼女達を観察し続けた。

「でも目の前ばかりに気を取られていると‥」

 ミスティアは夜雀とはいえ、持っている眼は二つ。このように厳しい弾幕の中では、どう頑張っても見ることのできない弾が出てくる。
 ちょうど、そういう弾がミスティアの後方から迫っていた。このスペルの弾幕は振り落ちるだけでなく、下方から上がってくることもあるのだ。
 それにミスティアは気付いていない。

「ほーら、1ミス‥」

 ミスティアは確かに気付かなかった、だが。

「↓から来るぞ、気をつけろ!!」
「うおっと、危ない」

 頭にしがみ付いていた中れいむはミスティアの死角にあった弾に気付くことができた。
 指示通りにミスティアは弾を避ける。

「→↓からも来るぞ、気をつけろ!!」
「よっと」

 同じく死角からの弾をミスティアは華麗に避ける。

「あらあらあら、凄いのね。あのゆっくり」

 中れいむはただ目に付いた弾のことを報告しているのではなかった。
 自分が発見できて、ミスティアの死角になっているような弾だけを的確にミスティアに伝えていた。
 相方の視界を把握するにしても、相方の助言を信じて弾を避けるにしても、互いに十分な信頼関係を構築していなければできることではない。
 そうこうしているうちに、幽々子のスペルカードの耐久時間が切れる。巨大な扇は夜空に再び消えていき、後には細かい光の粒子だけが残った。
 結局ミスティアに当たった弾は一つも無い。

「よし!!」「ゆっくり疲れたぁ」

 それと同時に、ミスティアは翼を振り上げ猛スピードで幽々子がいる位置より更に上空へ飛び上がった。
 元々実力差は天と地のレベルだ。長引けば長引くだけ、気力体力、スペルカードの数、どれもミスティアにとって不利な状況になっていく。
 元より狙っていたのは短期決戦。スペルカードの出し惜しみはしない。
 幽々子を十分下方に捉えたところで、ミスティアは腕高らかにスペルカードを掲げた。

「うおりゃぁああああああああああ」


  猛毒「毒蛾の暗闇演舞」


「あらあらあらあら、必死なのねぇ」

 幽々子の遥か上空。ミスティアのスペルカードから突然飛び出した何匹もの濃い紫色の巨大な蛾が幽々子を空から囲うように円の形で回りだす。
 それと同時に紫の蛾からはいくつもの細かい弾幕が飛び出し、幽々子に上空から襲い掛かった。

「ハハハハ。リグルもびっくりの幻想郷自慢の猛毒蛾だよ。その鱗粉の一粒でも当たっちゃたら亡霊のあんたでもどうにかなっちゃうかもね!」
「うわぁ、キモ」
「あんたは黙ってる」
 ペシン、とミスティアは頭の上の中れいむに軽い突っ込みを入れてあげた。
「あまり美しくはないわねぇ」
 幽々子は率直な感想を漏らす。
「だよねー!」
「だからあんたは黙ってなさい!!」
 再びミスティアは頭の上の中れいむをぶっ叩いた。

 そうこうしているうちに幽々子を囲む弾幕の壁は見る見る濃くなっていく。だが、幽々子の表情に焦りは無かった。

「まぁ、このくらいの濃さならねぇ」

 彼女自身、そして彼女の親友である隙間妖怪の発狂スペルに比べたら、毒蛾の鱗粉なんて可愛いものだ。
 余裕を持って弾を避けようとした、その瞬間、
 幽々子の目の前は真っ暗になった。

「あ、あらら?」

 何もかも見え無くなった訳ではない。だが、確実に10mほど先の景色は上下左右ともに視界に移らなくなってしまった。

「やっと効いてきた。夜は鳥目に気を付けないと。どんなに凶暴な鵺だって、目が見えなきゃ雀にだって啄ばまれちゃうってのよ」

 夜雀の能力は、人間を鳥目にすること。その効果は人間以外にも及ぶ。
 亡霊である幽々子もその能力の対象外ではない。

「これは困ったわぁ」

 ぼやきながら、幽々子は目の前に迫った弾幕を着実に避けていく。
 だが、狭い視界の中、早くもいくつもの弾が幽々子の脇をグレイズしていく。このままでは限界はすぐに訪れてしまうだろう。
 耐久しなくても、弾幕を出しているミスティア自身を撃破すればこの攻撃を止めることもできるだろう。しかし、

「えいやえいやぁ」

 ちょちょいと、扇を振って幽々子は弾幕の降る方向へと蝶の形の通常弾を撃ち込む。だが、

「はん、どこ見てるのよ。ああ、といっても見えてないか」

 遠方が見渡せない現状で空を飛びまわる夜雀に当たるはずがない。八方塞という状況だった。

「ハッハアアハハハハハ、ざまぁ無いね。亡霊!!こんなもの、この程度!?あの時のあんたはこんなに弱かったかしら?
 ああ、そういえばあの時はあんたらが2対1だったわね。従者がいなければこんなところなのかしら!?」

 夜雀は高らかに笑い、弾幕の濃度をどんどん高めていった。勝利を確信した嘲笑。
 一年前のあの敗北以来、ミスティアは弾幕勝負にそれまで以上に拘るようになった。新しいスペルカードの開発、低速、高速移動の精密化、
 中れいむと知り合ってからは、それを利用した攻撃や弾の回避方法の練習も妖怪仲間達と行った。
 すべてはあの時みたいな惨めな敗北を二度と味あわないため。
 そして、その努力がついに実を結んだのだ。
 笑わずにはいられない。

「ゆ、ゆゆぅうううう。おねーさん!!ゆっくりできないぃいい」

 だが、その嘲笑も頭の上の中れいむの叫びによって打ち消された。

「な、なに?どうしたの?」

 まさかあの亡霊の放った弾が気付かぬうちに運悪く中れいむに直撃したのか。いや、そんなはずがない。
 鳥目でないミスティアは敵の弾を十分に余裕を持って避けたはずだった。

「落ちる、ゆっくり落ちちゃうよぉ」
「えぇ?どうして?」

 驚きながらもミスティアは頭の上のゆっくりを支える。
 よく分からない力で今まで頭にしがみついていた中れいむがどうして突然そんなことを言い出したのか、ミスティアにはさっぱり分からない。

「だって、お姉さんだんだん傾いてきてるんだもん!!」
「傾いてる?私が?」

 言われてミスティアはうっすら気付いた。よく見ると確かに夜空の向こうに見える地平線の向きがおかしい。
 明らかに傾斜各45度くらいに傾いている。
 違う、傾いているのは自分の身体だ。
 いつも通り地面と水平に飛んでいたはずなのに、何時の間にかミスティアの身体はバランスを崩して落ちてしまいそうなくらい、不自然な角度で空を飛んでいた。

「あ、あれ?おかしいな?あれ?」

 必死に身体の角度を調整しようとするも、どうもおかしい。翼全体に力が入らない。いや、翼だけではなかった。

(じ、地面ってこんなに遠かったっけ?いや、私がいつも飛んでる空ってこんなに高かったっけ?)

 何時の間にか、飛んでいる高さに、恐怖と危機感を感じている自分に気付いた。決していつもより高い位置を無理して飛んでいた訳ではないのに。

(弾幕って‥出してる間こんなにも苦しいものだっけ?)

 スペルカードを構えている手も嫌に重い。まるで全身がなまりでできた怪物に両手を押さえられているようだ。

「ゆゆゆ、おねーさん、しっかりして!!」
「だ、大丈夫よ。だって‥もう少しで私の勝‥」

「でも、無理はしないでね。今の貴女、とぉっても疲れてるように見えるわ」

 ミスティアの顔が引きつった。
 いつからだろう。それすら分からぬ内に、ミスティアの隣には恐ろしい亡霊が美しくただずんでいた。
 その身体に弾幕でできた目新しい傷は無い。

「そ、そんな。どうやってあの弾幕の中を無傷で!?鳥目でろくに見えないはずなのに‥!!」
「ああ、私の目ならもう治っちゃってるわよ。そんなことも気付かなかった?」

 そう言って、幽々子は微笑みながらミスティアの身体をポンと軽く押した。
 瞬間、ミスティアの全身からあらゆる力が唐突に消えうせた。翼も、それどころか足も小指も突然動かせなくなった。

「あ、あれ?」

 その感覚はある意味新鮮だった。夜雀の妖怪として生れ落ちた時から、ミスティアは空を飛べずに落ちるという経験をしたことがなかったからだ。
 重力の速さと容赦の無さを、彼女は生まれて初めて味わった。

「ゆ、ゆううううううううううう」
「い、いや、いやぁあああああああ!!!」

 かくして夜雀の少女は森の闇の中へ堕ちていく。
 叫びの声は夜の闇に飲み込まれ、二度と返ることはない。



 かくして、夜の弾幕バトルその第1幕は、失墜の中、静かに幕を閉じた。

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最終更新:2009年04月05日 14:57