ゆっくりとわたくし いつまでも同居人 下


「…お待たせしました。私が今回の責任者です、東風谷、早苗さんと申すのですか…?」

「ンなこたぁどうでもいいだろ!」

用意された客間で座り待っていると、受け渡された日に確かに見た、その人だった人が部屋に入り込んで来た。

「…なんで、そんなに怒っていらっしゃるのでしょうか」

「…! …。れいむの、容態について」

「…はい。その事の説明も兼ねて、今回呼び出させていただきました」

れいむはただ怯えている。部屋内に、シンとした気の張る空気が充満する。

「今回、引き受けてくれたれいむを、返してください。こちらからの依頼ですのに申し訳ありません」

「…なんで、返さないといけないのですか。期間は一・二週間のはずです。私の気が変わり、例えお金が入らなくともずっと死ぬまで一緒に居たいという場合はどうなるのでしょうか」

「…あなたの要求は却下します。返却の理由は知りません、何かまずいことでもあるのではないのでしょうか」

責任者なのに、知らない…?
責任者が横を向き、何かを馬鹿にしたようにヘ、とため息を付く。

「…私は行きますよ」

「どういうことでしょうか」

「れいむを引き渡しても、毎日大学に通ってれいむに会いに行きますよ」

「…皮肉なものです。曖昧にですが、科学や数学は何でもわかってしまう」

「質問の答えになっていない!」

「れいむの死期は近い。限りなく、その為にれいむを返すよう言ったのです」

「…、何を?」

「そのままです。今だって、ほら」

責任者が指をさす。そこには、ぐったりとして苦しそうにソファーの上をのたまうれいむが

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」

「東風谷さん、いったいどこへ!? …警備員に連絡、いや。私たちで追いましょう、車を用意! すぐに外へ出て!」






受付口からキャンパスに出て、キャンパスから道路へと出る。とにかく駅へと急がなければ!
急がなければ! 仕事がどうのなど、関係ない!
とにかく、逃げて…!

「…おね、…あ~と」

「れいむ、喋らないで、居るだけでいいから! 寝てていいよ、れいむ、あっ」

コンクリートの少しへこんでいる部分に突っかかり、転んでしまう。
れいむを抱き締めている腕は離さない! しかし、腕に集中していたためか思わず足をくじいてしまい―…!

「っ!」

…痛い。じんじんと痛みが伝わってくる。しかし弱音を吐いていられない、恐らく追いかけられている!
電車に乗れば休めるんだ、それまでの辛抱、…!
立ち上がり足を引きずって前に進むものの、中々前に進みにくい! いつしか、後ろからクラクションが聞こえて来て…。

「そこまでです、東風谷さん。…どうか泣かないでください、そんな、懇願しないで」

「れ゛い゛む゛、れ゛い゛む゛、れ゛い゛む゛、れ゛い゛む゛!゛!゛ 嫌゛だ、嫌゛だ!゛!゛!゛ れ゛い゛む゛、れ゛い゛む゛、れ゛い゛む゛!゛!゛!゛」

「…おやめなさい! 大声をあげると、れいむにも影響が、あ、…くうっ」

責任者が、諦めた様に呆気にとられた表情を浮かべ、すぐに強く瞼を閉じてそっぽを向く。次第に、ぽたんと。顔をあげていたれいむの体が、私の腕の上で力無く平べったくなった。
れいむを見る。…瞳を閉じている、疲れたのだろう。少し仮眠をとっているだけに、違いない…。

「…れいむも、幸せだったでしょう。そこまで尽して貰えて…。心残りは、避けられぬ運命だった事です」

「…認めません」

「…」

「れいむは、ようやく。れいむは、仲良く出来て、だから!」

「…東風谷さん。落ち着いて」

「…え、あ?」

あ、ああ。…ああ?

―……………。

「もう一度言います。れいむは、運命です」

れいむは、運命?

「…はい。大事なのは、乗り越える事です。思えば、私が安直でした。一般の人に、ターミナルケアを行わせるなんて前代未聞…」

…………運命って、…、運命?

「あ、あ。…嫌だ。あ、嫌だ、」

嫌だ…。嫌だ、

「…東風谷さん!」



嫌だ!




「ああああ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛」

「…気を確かに、落ち着いて! あなたがしっかりしなければれいむが報われません、東風谷さん! …くっ、医療班を呼んで! 私が出来る限り落ち着かせるから、誰か私の代わりにサンプルの死亡の連絡を! 医療班が…」











それから、れいむについての様々な説明があった。
れいむは元々野生だったらしい。実験を試みて、ある程度成功し死亡時までいわゆる『用済み』になったため終末治療に入ったらしい。
終末治療に私の様な一般人を起用したのはとても前代未聞の出来事らしい。
全て、どうでもよかった。
れいむがいないから。

解剖は行われるらしい。最後くらいまともな死なせ方をさせたかったが、たかだか一週間の付き合いの私にやめる事を告げれる様な権利は無い。
せめてものと火葬は行ってくれと頼むと、こちらの手配でやらせて頂きますと快く承諾してくれた。

日が経った。気が気で無かった。主に、後悔だった。
責任者の人にわざわざ車で家まで来て貰って、火葬場まで連れて行ってもらった。
一足先に火葬場へ着く。周りの楽しそうに喋っている奴らがどこか憎かった。
時間が経ち、霊柩車で運ばれるれいむ。棺に入ったれいむはどこか痩せていた。
私はお気に入りのかえるのワッペンを棺に入れて、不器用に松葉杖を使い、さっと列の奥に下がった。れいむの額には触らなかった、冷たいと感じるのが恐かったから。
私の目には、れいむの体から漂う冷気なんて、見えてなかった―…。



ガコンと、火葬場の蓋が開く。れいむの入った木製の柩が、鉄の棒によって押し込められて火葬場の中へと入れられて行く。
とうとう柩が火葬場に半分入った時、一つの思いがこみあげてきた。


もう、最後なんだ。
辺りには同じ種類のゆっくりが溢れているけど、れいむの顔を見れるのは、最後なんだ―――…。


「れ゛え゛え゛え゛え゛い゛む゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!゛!゛!゛」

「…東風谷さん」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛、れ゛い゛む゛、れ゛い゛む゛!゛ 行゛か゛な゛い゛で゛、れ゛い゛む゛う゛う゛う゛う゛う゛…! 返゛し゛て゛よ゛!゛ 置゛い゛て゛、行゛か゛な゛い゛で゛え゛え゛え゛え゛…」

「…くうっ」

「返゛し゛て゛、返゛し゛て゛! れ゛い゛む゛を゛、返゛し゛て゛よ゛お゛っ゛!」

「…休憩室へ、向かいましょう。この場は、あなたには大分酷な場所です。大丈夫、れいむも最期を見届けてくれたと思い、安心している事でしょう」

「…あ゛あ゛っ゛、はあっ、う゛う…」










「…しかし、今回の人は凄かったな。高々仕事なのに、あそこまで泣き崩れるなんて…。恥ずかしい話、もらい泣きしちまったよ」

「また、不謹慎ねぇ。あんなの、あの場に居た人全員もらい泣きしてるわよ。本当の家族の様に叫んでいるのですもの、反則だわ。あまりにも悲痛、あれで泣かない方がおかしいわよ」

「二人とも、今は業務中です。新しいサンプルが運ばれてくるまで暇なのはわかるけど、せめて喫煙室で話なさい」

「はっ、ハッ! 申し訳ございません!」

「…動物、それもサンプルのターミナルケアなんて、所詮私達のエゴよ。酷い事をさせて、そのまま死なせたら罪悪感が残るからそれを消すために行う、言わば自分の為に行っているのよ」

「…所長」

「悩んでいるわ。このまま、精神退行についての実験を続けるかどうか。だって、自分の権威を示す為だけに企画したのですもの。凄いって示す為だけに、どれだけの犠牲を生み出さなければならないのか、ね」

「…」

「もちろん、あなた達を路頭に迷わせる事はしないわ。きちんと、新しい職場を用意するつもり。いっそ、研修員じゃなくてあなた達も所長になればいいかもしれないわね、何か発見出来るかも…」

「…所長!」

「大丈夫よ。…多分、辞める事になるだろうけど。
今回、なんだかんだでターミナルケアを早苗さんに依頼して、正解だったと思うわ。あそこまで尽してくれるだなんて、正直想定外だった。
あの子が生きていれば特例を出していた所よ、足の骨にひびが入っても尚立ち上がるだなんて…。
最初のぶっきらぼうな態度も想定外だったけどね。つくづく、なんだかんだで不器用な人の方が情に厚いものだと感じるわ。
まあ、今回の成果発表でどれだけの反応が返ってくるか次第ね。幸い、私は学会に踏み込んでからずっと研究浸けで、成果もそこそこ出ているからお金には困って無いの。嫌味、ですけどね。
じゃあ、ありがとう。来週の、金曜日にプレゼンの打ち合わせをします…。解散」

キイと、薄暗い研究室に一筋の光が入り、すぐに消えてしまった。

「…所長」

「…これも、一つの選択かなあ。まあ、良かったんじゃないの? この頃凄く悩んでいたみたいだし、まさか研究に使ったサンプルのターミナルケアを一般人にやらせるだなんて、聞いた時にはびっくりしたわよ!
それにこの研究、評判悪かったし。いや、評判は良いけど、かなり悪どいというか…」

「…世の中の全ては、数式で表せるのかな」

「んー? …まあ、出来るでしょ。ただ、それを問いつめる位だったら私は動いて確かめるけどね。
…泣くなよ。今日は、おねーさんの奢りだぞっ?」

「…う、ううう。所長は、どうして」

「耐えられなかったんでしょ。普段、こういうのに疎いふりをして我慢している人の方が、情に脆いものよ」

「俺は、俺は…!」

「はいはい、落ち込んだ時には呑むのが一番っ! 私達は所長ほどいい人じゃないからね、じゃんじゃん呑みましょう!」

「…う、うおお、おおおおおお…」



















不意に、マンションのリビングの隅で一人ぼーっとしていると、インターホンが部屋中に鳴り響いた。

『もしもし、今回仕事を依頼した責任者です。早苗さんに面会したいのですが』

…無視。

『もしもし、早苗さん。いますか?』

…無視。

『…遺留品を、持って来ました』

その一言に、ぴくりと反応する。仕方無しに、玄関まで出向きチェーンと二重に掛けた鍵を外し、ドアを開けて対応する。

「…お久しぶりです。早苗さん、さては何も食べていませんね。顔がやつれていますよ」

…立ち話も何なので、家の中に誘導する。

「お邪魔します…。早苗さん、カーテンも開けず私が来るまでずっと家に篭っていたのでしょう? もう夕方ですよ…」

責任者に、バーっと閉めっ切りだったカーテンを開けられる。入り込んで来た夕暮れの日差しは、ずっと考え込んでいた私には眩しすぎた。

「このリボンと髪結い。こちらの私情で預かっていましたが、特に何も問題は無かったので渡します」

「…」

髪結いとリボンを受け取る。赤を基調にした、鮮やかなデザインの髪結いとリボン。本当にれいむの物かは判断できないが、そうであると信じたい。

「…早苗さん。手が、震えています。一睡もしていないのでしょう、下手したら本当に死んでしまいますよ?」

「…」

「…本題に入ります。この様な出来事があり、不謹慎ですが…。仕事の依頼です。ゆっくりブリーダーになりませんか?」

「…ブリーダーとは」

「ゆっくりのしつけ、育成をする人です。早苗さんなら、素質があると思い、誘わせていただきました」

「…」

ブリーダーという位だから、一人二人では無く一度に何十人も引き受け無くてはならないのだろう。
…―この仕事なら、れいむを忘れられるかもしれない。けれど…。

「…お断り、します」

「…そうですか」

丁重に、お断りする事にした。
今は、ゆっくりと関わりたく無いからだ。

「では、これで。今回は仕事を引き受けてくれて、ありがとうございました。代金は口座に振り替えます、よろしければ名刺を渡して置きますので。ご連絡下さい」

責任者は目の前に名刺を残し、パタンとドアを閉めて帰って行った。することの無い私は、名刺に注目する事にした。

「合名会社ゆっくりブリード。代表…?」








月日が経った。

結局、私はれいむに依存したまま、日々を過ごす事になった。
鬱々しい気持ちを忘れる為に、高校で少し習った簿記を勉強する事にした。埃被った段ボールから教科書を引っ張り出し、必死に勉強した。

いつしか、正社員になっていた。
秋からの中途採用の為周りからの目線が痛かったが、お構い無くに仕事に没頭した。
冬頃には難無く仕事をこなせる様になり、上司から『会計士を目指しているの?』と言われた。

れいむの事は、忘れられなかった。

季節が巡り、春になった。後輩に、恵まれた。
恥ずかしい話、同期とは仲が悪くぎこちなかったので、もっぱら後輩の世話を見る事になった。
なんと後輩もゆっくりれいむを飼っていて、度々遊びに行かせて貰った。

れいむの事は、忘れられなかった。

また季節が一つ巡った。今度は、親から電話があった。
大丈夫か、派遣を辞めて正社員になったが、続くか? と労りの電話だった。
たまには田舎に帰って来いと地元で取れた貢ぎ物であろう様々な野菜を送ってくれた。神社の、恋愛成就のお守りも入っていた。
嬉しかった。

れいむの事は、忘れられなかった。







流れる日々の中、ああ、私は依存しているのだなあと気が付いた。
いつ気が付いたかは忘れたが、次に機会があったとすれば。今度こそ後悔の無い様に行動したい。
今は不況の為自宅待機。息を吐き出すと家の中だと言うのに白い息が出る。
やることが無いため、寝転がりながらテレビを見る。
真面目そうに見えてそそっかしいブリーダーさんからの情報だと、ゆっくりは本当に神出鬼没で、いつどこで出るかまるで掴めないらしい。なら、私は何時までも待ち構えよう。
今この瞬間だって、ほら―…

「うー♪ うー♪」

「だど、だどぉ♪」

「…」

「うー♪ おねーさんは、ゆっくり出来る人?」



「…大丈夫ですよ。私はゆっくり出来る人です。…ふふ。ゆっくりしていってね!」



「「ゆっくりしていってね!!!」」











ゆっくりとわたくし いつまでも同居人




  • …くうっ

    て、なんだろ?

    幼稚さを「不器用」で片付けるのはアレだけど、これはこれでハッピーエンド? -- 名無しさん (2009-07-24 23:55:37)
  • ここかられみりゃとふらんの話につながるんですね。
    それともパラレルワールドですか? -- 名無しさん (2009-08-31 21:08:57)
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最終更新:2009年08月31日 21:08