アリスがその生き物と出会ったのは、自宅へ戻る途中。
里の子供たちを人形劇で楽しませて、のんびりと魔法の森を歩いていたところだった。
「ゆっくりしていってね!」
飛び跳ねるふくよかな生首。
アリスはあっけにとられていた。
幻想郷に様々な妖怪がいることは知っていたが、これほど珍妙な存在は初めて見た。
その生き物はそんなアリスの様子に構わず、陽気な声をあげながらアリスの周囲をぴょんぴょん跳ね回っている。
未知の生き物の行動にアリスは目が離せないが、敵対的な素振りを見せないので自分からは何も仕掛けない。
アリスはそっけない物腰ながら、実は親切で優しい魔法使い。
今も人里の子供たちのために、人形劇を演じて家に帰宅する途中だった。目障りだからといって無碍に排除はできない。よく見れば、ぷるぷると可愛い動きをしていることだし。
とりあえず、言葉を話すなら意思の疎通ができるかもしれない。
アリスはその生き物の目線に合わせて、精一杯屈みこむ。
「あなたは、なに?」
「ゆ? ゆっくりまりさだよ!」
元気な返事は大変よろしい。
だが、それはかえってアリスの困惑を深めていた。
なぜなら、この生き物が口にした名前は知人の名前。
霧雨魔理沙。
アリスと同じく魔法の森に住む人間の魔法使い。昔からの腐れ縁だった。トレードマークは魔女でございとでもいいたげな黒い帽子で、なるほど、この生き物も同じような帽子を被っている。さらさらの金髪もまったく同じ。
ただ、それ以外が違いすぎる。
もちろん見た目もそうだが、内面もまったく違うようだ。ゆっくりまりさは純真な人懐っこい眼差しでアリスを見つめている。
それに対し霧雨魔理沙は傍若無人で奔放だが気のいい性格で、アリスにとっては騒がしい隣人といったところ。ただ、悪癖がいくつかあるのが悩みの種。一つは窃盗癖、もう一つは……
「ええと、まりさ。変なきのこでも食べたの?」
得体の知れない魔法の森のきのこを収集し、とりあえず食べてみることだった。
「ちがうよ、まりさは食べられるきのこ知っているよ!」
「そうよね、もしそうだったらどうしようと思っていたところだけど……あなたのこと、教えてもらってもいいかしら? 妖怪なの?」
相手の得体の知れなさに、アリスの相貌に警戒の色が宿る。
この生き物の愛玩用のぬいぐるみに似た、抜けた表情にすっかり気が緩んでいた。ぷううと、不満げに膨らむ風船のような顔を見ていると、張り詰めかけた警戒も霧散霧消してしまうのだが。
「ゆっくりまりさは、ゆっくりまりさだよ! 今度はおねえさんのこと教えてね、おねえさんはゆっくりできる人?」
答えにならない答えを返された上に逆質問。
とはいえ、それはゆっくりまりさには大切なことなのだろう。アリスをうかがうゆっくりまりさの目は真剣そのもの。
「変なことが起こらない限り、ゆっくりできるわよ」
例えば変な生き物が目の前にあらわれたりしなければ。そんな台詞を飲み込むアリス。
すると、ゆっくりまりさに花が咲き誇るような笑顔。
ぴょんぴょんとうれしげに体を揺らして、その微笑ましさに思わずアリスも笑顔。
「よかった! あのね、おねえさん、ゆっくり教えてね! まりさみたいなゆっくり、他に見なかった?」
「あなたが初遭遇よ。というか、他にもいるの?」
「うん、ゆっくりれいむとか!」
ゆっくり、れいむ。
霊夢? アリスの脳裏に浮かぶのは、あまりにさばけた性格の巫女の姿。魔理沙の親友。
もしかして、れいむといのは、あのれいむだろうか。
「れいむって、どんな子なの?」
「ええとね、頭に真っ赤なりぼんをつけて、かみが黒い子なの!」
間違いない。
あらあらご愁傷様とアリスの唇にもれる微笑。
このまりさも魔理沙本人がみれば、恐らく「私はこんな顔してないぜ!」と膨れるだろう。霊夢だって、いつもの悠々とした表情を崩して頭を抱えるかもしれない。見てみたいものねと、悪戯っぽい笑みだった。
そこで、ようやく期待をこめたまりさの瞳に気がつく。
「ごめんなさいね、やっぱり私は見てないわ」
「ゆっくりいいい、ざんねんだよー」
みるみるうちに、期待に膨らんでいたまりさの体がしゅるると萎み、ぺたりと平べったくなる。
そのユーモラスな動きに若干の申し訳なさを感じながらも、ついついアリスの頬は緩んでしまう。
まりさは気をとりなおしたのか、再びその体を引きこして、ぺっこり頭を下がるようなしぐさ。
「呼び止めてごめんなさい、おねえさん。ゆっくりしていってね」
「待って」
そのあまりの殊勝さに、アリスは思わず助け舟を出してしまっていた。
身を翻そうとしていたゆっくりまりさが、呼びかけられた驚いたように振り向く。
「力になれるかもしれないわ。どうしてはぐれたか、教えてもらえるかしら?」
「あのね……ゆっくりしすぎて、はぐれちゃったの。まりさが川でぷかぷか遊んでいたら、いつのまにか見えなくなっていたのおお……」
アリスの問いかけに律儀に答えるまりさ。ただ、その顔は今にも泣き出しそう。不安なのか寂しいのか。涙を堪える眉の歪みに、アリスの保護欲がかきたてられる。
どうしたものか、アリスは手近な岩に腰掛け、ゆっくりまりさに近い目線で話しかける。
「集まる場所とか、決めてないの?」
首を振るゆっくりまりさ。
その能天気な言動から、その答えをなんとく予想をしていたアリス。
用意していた次の質問に移る。
「どういうふうに探していたの?」
「あちこちいって、ゆっくりできる人がいたら聞いて回っていたの!」
まあ、確かにそれ以外に手はあるまいとは思うが、こんな鬱蒼とした森の奥では、いかにも迂遠に感じるアリス。
それに、第一、危険だ。
こんな無警戒で小さな生き物が、獣や知性の低い変化したばかりの妖怪が跋扈する森の奥底で、よくもまあ無事にいたものだ。
「あまり誰彼構わず声をかけてはだめよ。この森にはあなたぐらいの生き物なら、ぺろりと食べちゃうのがいるんだから」
「そうだね! ついさっきも『ゆっくりできるのかー』っていう妖怪さんに食べられちゃったよ!」
「ルーミアはどこでもうろうろしているのね。って、食べられたっ!?」
思わず腰を浮かしかけるアリス。
どういうことだと視線で問うと、ゆっくりまりさの瞳に浮かぶのも困惑の色彩。
アリスは一つ深呼吸をして、なるべくゆっくりまりさにあわせた言葉で問い直す。
「食べられたら、死ぬでしょう?」
「ゆ? なにいっているの? しんじゃっても、目がさめれば『おうち』に戻っているよね!」
同意を求められても困る。
蓬莱人でもあるまいし、死んだらおしまい。
この生き物は、そんな通常の生物の枠にあてはまらない生き物なのだろうか。
困惑に一時捕らわれたアリスだが、本来聡明なアリスの頭脳。こんな生き死にを繰り返す種族について、一例を思い出していた。
妖精。
この子たちはその亜種なのだろうかと、自分を納得させるしかないアリスだった。
とはいえ、死んでもすぐ復活するお気楽な身の上とはいえ、それゆえか、ゆっくりまりさの言動は幼い。
知らず、かきたてられるアリスの庇護欲。
夕暮れが近い。もう少し日が高く、日差しが届く野原ならゆっくりの気が向くまま、探しているのもいいだろう。だが、森の日暮れは一足飛び。
まっくらな中を、ともだちを求めて寂しげに探し回るゆっくりまりさを想像すると、どうしても心がきゅっと締め付けられてしまうのだ。
今日はゆっくりまりさに付き合ってあげよう。どうぜ、帰っても今日は人形の繕いだけ。
「ええと、まりさ。おねえさんでよければ、手を貸してあげるわね」
「ゆ、いいの! 寂しかったから、まりさうれしいよ!」
内心、拒絶されるかもと考えていただけにゆっくりまりさの反応は喜ばしいものだった。
実際の魔理沙もこれぐらい素直ならまだ可愛げがあるのだが、人の好意につけこむようなところがあって、アリスにはそこが少しだけ疎ましい。
そんな愚にもつかないことを考えていると、ゆっくりまりさがくるりと森の奥へと体を向けていた。
「じゃあ、ゆっくりさがそうね!」
「わざわざ、歩き回らなくてもいいわ」
アリスはその言葉とともに後ろから手を回し、ゆっくりまりさの小さな体を抱き上げる。
「ゆ!? おねーさん、どうしたの! まりさはひとりで歩けるよ!」
戸惑ったようなゆっくりまりさの言葉を聞き流して、魔法を唱える。
ふわりと、重力を無視して浮きあがるからだ。
地面がどんどん遠ざかっていく。
気がつけば、森の節くれだった木々を抜けて上空へ。
「すごい! まるで、そらをとんでるみたい!!!」
すさまじい順応の早さではしゃぐゆっくりまりさ。
アリスはそんなまりさが腕からこぼれないよう、胸の前でしっかりと抱きかかえていた。
「さて、あなたはどこあたりで仲間とはぐれたの?」
言いながら小川の流れる方向へまりさの顔を向けさせる。
きょろきょろと、その瞳を動かすまりさ。やがて叫んだ。
「向こうのだよ! あそこでゆっくりれいむと、ゆっくりありすとはぐれたの!」
「へー。って、え? 私もいるの!?」
つい先ほどまでは、ゆっくりれいむがいて、巫女もかわいそうと笑っていたアリス。
それがそのまま跳ね返ってきて、ありすは渋い顔だった。
そうして、改めて思う。
なんで、自分たちに似た格好をしているのだろう。
その謎の答えは、どうしても思い浮かばなかった。
うっかり、そのまま考えこんでしまうアリス。そのせいで、近づいてきたその影にアリスはまったく気がつかなかった。
「なに不景気な顔しているんだ、アリス?」
声の方向に慌てて向き直る。
そこには日が落ちかけた薄暗がりを背景に、箒にまたがって空に浮く魔女が一人。
霧雨魔理沙だった。
「何でもないわよ。それより、何? 私は今忙しいんだけど」
応じるアリスの声は不機嫌そのもの。
本当はいらだちよりも、呆けているところを見られた気恥ずかしさの方が強いのだが、微妙なライバル意識というものがつっけんどんな態度をとらせてしまう。
が、取り澄ましたアリスの態度は、騒ぎ出した手元のまりさによって無理やり中断される。
「みんなだ! みんな、ゆっくりしているのおおおお!」
歓喜の叫び。
夕闇に目を凝らしてみれば、魔理沙の箒の前後に二つの膨らみ。黒髪りぼんが目をひくゆっくりと、金髪へあばんどが目についてしまうゆっくりの姿。
あれが、私かと、一瞬遠い目をしてしまうアリス。
その二匹を拾ってきた魔理沙も、ゆっくりを前にして同じ心境だったのだろう。二人、しばらく沈黙する。
静まり返った二人の間を、夕暮れの烏の声と、お互いに気づいたゆっくりたちの呼び声が響いていた。
「まりさあああああ、さがしたんだよおおおおお!!!」
よほどうれしいのだろう。叫ぶだけでは満足できないというように、箒の上でぴょんぴょんと飛び跳ねる、ゆっくりれいむとありす。
あんな細い上でよく飛び跳ねられるものだと、そのバランス感覚に感心するアリス。
「ゆうっ!?」
と、思っていたられいむが落ちた。
「ゆっくうううううううううう……」
声が遠ざかっていく。
ついで、ぺきぺきと木の枝のしなり折れる音。
「あちゃー」
あまりに緊迫感のない魔理沙の声。
お前、何してんだよと、茫然自失から回復したアリスの胸に宿る怒り。
「あ、あんたね……」
このバカと怒鳴りつけたい思いを抑えてアリスは落下地点へ急ぐのだった。
杞憂。
アリスは、地面でぽよんぽよんとはねているゆっくりれいむを見て、その言葉を強くかみしめていた。
「ゆっくりえきさいてぃんぐ!」
「いいな、まりさもしたいよ!」
まん丸に空気を入れて膨らんだゆっくりれいむが弾んでいた。
あれだけの高度から落ちたというのに、外傷がまったくないのは一目瞭然。
「な、大丈夫だろ? こいつら、ゴムマリみたいに頑丈なんだよ」
のんびりとアリスに続いて降りてきた魔理沙のニヤニヤ笑いに、アリスはむっと顔を背ける。
そうして、こっそり手元のまりさのほっぺをぷにぷにと突くが、なるほど指先に十分な弾力が返ってくる。これでは、獣の牙ぐらいでは突き通すこともできないだろうし、叩きつけたところでその勢いのまま、投擲者に跳ね返ってくるだけだろう。
それを示すように、まりさの箒から趙著無く飛び降りるゆっくりありす。
そのまま、バウンドを繰り返すゆっくりれいむと、羨ましそうに眺めるまりさの間に入る。
「ようやく、みんな揃ったね!」
「うん!」
「おねえさんたちにお礼いわないといけないね!」
「うん!」
まとめ役なのか、お姉さんなのか、ゆっくりありすの殊勝な言葉に頷く素直なゆっくりたち。
三匹、先を争うようにアリスと魔理沙の前に転がり込んで、きれいに整列。
「おねえさん、ありがとう!」
「たいせつなともだちにまたあえたのは、おねえさんたちのおかげだよ!」
「たすけてくれたおねえさんも、もうともだちだよ!」
「だから、ゆっくりしていってね!!!」
最後の言葉は三匹同時だった。
その愛らしさに、正直アリスの目じりは下がりっぱなし。
魔理沙に気取られないよう気合をこめて、結果、出遅れた。
「ああ、ゆっくりするぜ。お前らもゆっくり帰りな」
「うん、ありがとう、箒のおねえさん!」
言いながら、何度も振り向いて森の奥へと消えていく、仲睦まじいゆっくりたち。
そっと言いそびれた同様の台詞を飲み込んで、アリスは膨れたように魔理沙をにらむ。
「なんだ、ゆっくりみたいな膨れっ面して」
だが、いけしゃあしゃあとした魔理沙の言葉に思わず微笑んでしまう。
笑ってしまったら、アリスの負けだ。
常にはない和んだ空気が二人の間に眺める。
「だめね、あのゆっくりに関わったら、なんだか気持ちまでゆっくりしちゃった」
「私もだぜ」
二人、頭をかきながら笑顔を向け合う。
いつもの言葉を弄する意味ありげなやりとりとは違う、素顔のままの二人。
二人を包んでいたのは、ゆっくりたちの残した爽やかな幸福感だった。
これは、ゆっくりたちが人間と幸福な共存を始める、そのほんの少し前のエピソード。
by小山田
- プニプニ感が再現されていて面白かったです。 -- 通りすがり (2008-08-03 22:43:02)
- 続きが早く見たい・・・ -- 名無しさん (2008-08-04 01:21:24)
- だれかと思えば加工所の人かwあなたが書くSSはどっちも最高です -- 名無しさん (2008-08-09 17:31:17)
- ああ、こんだけ頑丈ならしっかり生きていけるよね。うまいわー。 -- 名無しさん (2008-09-10 13:51:50)
- いいね -- 名無しさん (2010-11-28 11:23:54)
最終更新:2010年11月28日 11:23