※今回の話は楽器、知識についてのおさらいです。あらかじめ予備知識を持っている方は読まなくても次回からの話を楽しめると思います。
楽器について、独自の解釈を書いているため不快に思われる方もいらっしゃると思います。もし不快に思われた方は、是非次回からの東風谷さなえのロックバンドをご期待下さい。
物音も無く、じっと空調機の音だけがこだまする保健室。ぱちゅりーちゃんからソファに座り込んでいる私の顔を覗き込まれ、『一緒に楽器をやらないか』と尋ねられてしまいました。
…え、え。ええ!?
「そんな、驚かなくても。案外簡単に出来るわよ? 難しい事を、要求しなければね」
「え、あ、そうだとしても、私に楽器の才能はさっぱりだから…」
私は俯きます。なぜか? …学園の音楽の授業での出来事を、思い返してしまったからです。
恥ずかしい、どうかスルーしてくれ! …私の願いも虚しく、ぱちゅりーちゃんは『どうして?』とまじまじ瞳を見開いて尋ねてきました。
私はただ首を振ります、しかしぱちゅりーちゃんに諦めの様子は見られません。
…根折れです。私は観念して、今すぐにでも忘れたいくらいに恥ずかしい、理由を喋ります。
「…お、音楽の授業の時。皆、『茶摘み』をリコーダーで吹く事が出来たのに。わ、私だけっ」
ああ、叶うなら今すぐにでも私をこの恥ずかしさから解放してください、いっそ溶けて消えてもいい!
情けない、目の端に涙が溜ってくる感触すらします、ああ! …消えてなくなりたい…!
…恐る恐る二人の様子をうかがうと、さとりちゃんはプッと息を噴き出し、今にも堪えきれない様子でお腹に手を抱え全身をひくひく震わさせながら大爆笑をしていました。
…だから、言いたくなかったのに! もうさとりちゃんなんて嫌いです!
結果がわかっていただけに、尚更!
…しかし。ぱちゅりーちゃんの様子は、私が想定していた腹を抱えて笑う様子と違っていました。何かを考え込んで、感心している様な素振りをしています。一体、どうしたのだろう?
疑問に思っていると、ぱちゅりーちゃんが再び質問をしてきました。
「えっと、さなえちゃん。リコーダーは、楽器だと思ってる?」
「…ええ。もしかして、まずかったかな。でも、リコーダーだって立派な楽器だと思います。確かにリコーダーは楽器にしてはチープなものですが、ないがしろにするなんて、おごまかしいと考えています」
思っている事を、素直に答えます。
…もし、この発言がまずいことだとしても。偽って一緒に活動するより、ここで縁を切った方がいいかなと思ったからです。
ぱちゅりーちゃんは、首を振りました。
「ううん、見直したの。見直したというか、嬉しいなって。
そうよ、リコーダーだって楽器。それを軽視する様なやつは、どんな楽器だって弾けないわ!
ただ、人間達は愚か私たちゆっくりにまで、リコーダーを軽視する傾向というかな。…ギターはいいけど、リコーダーはだとか。私は、それが堪らなく悔しい」
「…ぱちゅりー、ちゃん」
「普段携帯の糞音質で音楽を聞いている癖にリコーダーをけなすだなんて、自分が唯我独尊だと思っているのかしら?
…ごめん。まあ、楽器に才能なんて関係無いと思うわ、コツを掴めば良いのよ。
『コツを掴むのが才能』と言う人もいるけどね。私は、その人が飽きっぽいだけだと思うわ。誰だってできる、私が保障する!」
ぱちゅりーちゃんが真新しい制服越しに胸を反らせて、私にそう言ってくれます。
ぱちゅりーちゃんほどの人に言われると、なんだかとても心強く頼もしく思います! …ただ、胸を反らせていばるぱちゅりーちゃんとピカピカの制服。そしてこの保健室と言う場所全てがミスマッチしていて、思わずクスリと笑ってしまいました。
「…ふふ、あはは」
「む、むきゅ! なんで笑うのよ、変な事でも言った!?」
表情は冷静ですが体は慌てた様子のぱちゅりーちゃん。先ほどのお返しにからかってやろうかと思いましたが、可哀想なので素直に理由を答える事にしました。
「だって、ぱちゅりーちゃんの様子と制服があってないのですもの。あはは」
「うう…! か、神は二物を与えず、似合わないものは似合わないの!」
「…そうね。豚に真珠までては言わないけど、まるで靴屋が魚を売り出す位に似合って無いわね」
「…! …ぷんっ」
今まで喋らざること山のごとしだったさとりちゃんがぱちゅりーちゃんに止めを差して、ぱちゅりーちゃんはふーんと頬に空気を入れてすねてしまいました。
ぱちゅりーちゃんは恨めそうに私たちをジト目で睨みます。そして、とうとうそっぽを向いてしまいました。
私は、ぱちゅりーちゃんの演奏時とのあまりのギャップに、口から空気を噴き出してしまいました。
「あはは、はは。ごめんね、ぱちゅりーちゃん! もう言わないから!」
「…ふん、その言葉を信じるわよ。ともかく、さなえちゃんは、その。楽器を始めてくれるのよね?」
「始めてくれるだなんて、そんな。私が始めたいから始めるんです、…憧れ、ますしね」
「…ありがとう。さとりちゃんも、どうかな」
「…さなえちゃんがやるのなら。私は典型的な日本人だからね、他の人がやるとなるとついつい釣られちゃうの、悪い癖ね」
さとりちゃんが壁に掛けてある時計の方にそっぽを向きながら答えます。
…全く、素直じゃあ無いんだから。そして、これがさとりちゃんなりの優しさなんだなあって、再確認します。
「…二人とも、ありがとう。じゃあ早速、演奏するとしたらどんな曲が、音楽がいいか教えて欲しいな」
「…あれ? 始めに、やりたい楽器を決めるんじゃ無いのですか?」
ぱちゅりーちゃんが私たちに尋ねてきます。私はその質問を聞いて胸に抱いた疑問を、必直に質問しました。
「うーん、それでもいいけど。やりたい音楽を決めてからの方が、楽器も決めやすいでしょう? 参考までに、私は爽快な音楽がいいな。いわゆるオフスプリングだとか、スタンダートな音楽と言うのかな。メロコア系がやりたい」
「ああ、オールアイウォントとかの。確かに、あれは格好いいわね、盛り上がるわ。私は、いわゆるゲーム音楽がいいな。同人のものからとことん王道なもの、マッピーなんて懐かしいものまで幅広く」
二人がそれぞれやりたい音楽を口にします。さとりちゃんのやりたい音楽の概要は理解出来たのですが、ぱちゅりーちゃんの言っている概要がイマイチよく分からなく、さらにさとりちゃんはきちんと理解しているみたいなので聞きづらいです、どうしよう…。
爽快、それでいて盛り上がる? どんなジャンルでもそういうのはあるんじゃないかな。うーん…?
「…どーらえもーん」
「…あ、ああ、わかりました! 昔流行ったフラッシュの『ドーラエモーーーン!!!』! あれですか、あの音楽ですか! なるほど、昔から曲名が気になっていた曲なんですがいつの間にか忘れていました。確かに、私もやりたいです!」
「…どうしたの、さなえちゃん?」
「…え、あ! うっ」
さとりちゃんが助け舟とばかりに私に小声で耳打ちしてくれて、もやもやがスッと溶けた私は会話に交じろうと試みたのですが!
…どうやら、必要以上に騒いでしまっただけになった様です。
お陰で、二人からの目線が痛いです。特にさとりちゃん、あなたが耳打ちしてくれたのに白い目で私を見て更にどうしたのって声を掛けて突き放すだなんて、どういうことですか!
怒っちゃいますよ!
「あはは、ごめんごめん! そんなジト目で見ないでよ、さなえちゃんはどういう曲をやりたいの? 私、知りたいな」
「…えっと」
さとりちゃんが、尋ねてきます。
私が、やりたい曲。普段聞いている曲、そのジャンル。
私は日頃何を聞いているか、タイトルは思い出せるが、わざわざやりたいかと自分に問い掛けるとだったら別の曲をやりたいと思います。しかし、その別の曲がなかなか見付からない、いや。
やりたい曲はありますが、やはり別の曲をやりたいと思ってしまいます。
優柔不断な、下手な考えが頭の中を三週も四週も巡ります。そして、私が決断した答えは、
「特に、無いや」
…遠回しな、ノーでした。
もやもやのみが残ります。確かにやりたい曲は存在します! けれど、その曲を選択することによってのデメリットを考えると、…私は決断出来ませんでした。
デメリットとは、ジャンルの縛り。一つ曲を選択する事で、そのジャンルの曲しか出来なくなる様な気がして、…答えられませんでした。
「…仕方無いわ。普通、そうよ。明確な判断なんてとっさには行いにくい、恐らくさなえちゃんは『ジャンル』では無く『気に入っている曲』でやりたいのだと思うわ、そうでしょう?」
…私が言葉に出来なかった心のもやもやを、ぱちゅりーちゃんが代弁してくれました。
そうだ、恐らく私は『曲別々』でやりたいのだろう。言われるまで、気が付かないだなんて。
「気に落とす理由は少したりとも無いわ。私が悪い、まるで『ジャンルで選択して』と言うようなニュアンスで二人に要求したのですもの。誤解を招いてごめん」
ぱちゅりーちゃんがソファに座る私の顔を覗き込んで、言ってくれます。そして、謝ってきました。
「さなえちゃんが普通なのよ、皆ジャンルの確立というよりかはお気に入りの曲個別で聴いているの。
ジャンルで聞くって言う人だってほら、湘南乃風が好きでレゲエが好きって言う人がいるけど、ボブ・マリーを知らないだなんてザラじゃない?
それってジャンルが好きだと言っておいてどうなんだろう、でも本人がよければそれでいいのだと思う。好き好きよ」
「…?」
ぱちゅりーちゃんは私を励ます為に何か例え話をしてくれているのでしょうが、さっぱり理解できません。湘南乃風は知っているけど、どういう事だろう…。
「…ファイナルファンタジー好きでRPG好きと公言しているのに、ドラクエを知らない」
「あ、ああ! なるほど! でもそれって、あまりフォローになっていないような…」
「…むきゅ、盲点だったわ。さとりちゃんは、まるでバイリンガルね。
まあ、かくいう私もジャンルを分けるというよりかは気に入った曲を聴くタイプだからね、気にしなくていいと思うわ。
人それぞれ、むしろジャンルを別けるだなんて意識していないと不可能よ。ジャンルにはそれぞれの長所があるのですもの!
『デスメタルが好きだからポップスなんて軽い、低俗なもん聴くかよ!』…と、一つのジャンルに囚われている人、なんとなく想像できると思う。けれど、願えるならそんな風にはなって欲しく無いわ。
だって、悲しいじゃない? 『自分から、一つの可能性を捨てている』のよ?」
「…」
私は、ぱちゅりーちゃんの話に聞き入ります。
「…脱線したわ、ごめん。どうも、私には話の途中別の話をしてしまう癖があるみたいね。直さなくちゃ」
ぱちゅりーちゃんはばつが悪そうに俯きます。
「気にしてないよ、ぱちゅりーちゃんの話は参考になって、聞き入ってしまいます」
私は、その必要は無いとぱちゅりーちゃんに言ってあげました。
事実、ぱちゅりーちゃんの話は興味深い、感心してしまうものばかりだからです。ぱちゅりーちゃんは、話を続けます。
「…そう言って貰えると嬉しいわ。じゃあ、楽器について話しましょうか。やりたい曲だなんて数日すれば熱が逃げて変わるものよ、そう急いで決めるものでもない。明確にあればちょっとは楽器が決まりやすいかなって提案しただけだったしね。
私が楽器の特色やメリットをそれぞれ説明するわ、参考になれば…」
「うーん、ぱちゅりーちゃんの気遣いは嬉しいけど、別にいいです。さとりちゃんに教えてあげて下さい」
私は、ぱちゅりーちゃんに告げます。先入観と言うか、その様なものを持ちたく無かったからです。
「どうして?」
「私は、やりたいと思ったものをやるだけです!」
気持ちの旨を、ぱちゅりーちゃんに伝えます! きちんと聞いた方がいいのかも知れない、けれど『損得』で楽器を選択したく無かったから。あらかじめ、自分で考えて決めたいと思ったからです。
…ぱちゅりーちゃんは、落ち着いた様子で私に答えます。
「…まあ、一応聞いておきなさい。『損得』で選択したくないからこそ、参考になるからね」
…まずいことを、言ってしまったのかな。思ったことをそのまま伝えたつもりなのですが、ぱちゅりーちゃんにはそれが『媚』に聞こえてしまったのでしょうか。
事実、自分でも少し媚が入っていたかなと、思い返して思います。また、だから私は駄目なんだ。私の馬鹿やろう、もっと考えて行動と発言をしろよ、ばかばかばか…。
自己嫌悪している内に、ぱちゅりーちゃんによる楽器の特色の説明が始まりました。
「…まずは、ギター。一番有名な楽器ね、バンドや軽音楽といったらこの楽器が真っ先に浮かんでくるのでは無いかしら?
ギターには大きく2つに大まかにアコギとエレキに分かれていて、さらにアコギ、あ。『アコースティックギター』、生のギターね。にはフォークとクラシック、『エレキギター』にはストラトやテレキャス、レスポールにフライングVと分かれているわ。
今は、エレキについて説明するわね。本格的に決まったわけじゃないから、大まかにだけどね。
エレキギターにはまあ歴史があるみたいだけど、そんなものどうだっていいわよね。ずばり、役割とそれぞれのギターの使い心地を言うわ。
ギターの役割は主に2つ、『リード』と『バッキング』。バンドとかでギターが大抵2人いる理由はこの2つに分かれているからよ。『リード』は、文字通りバンドを引っ張ってリードするの。一番目立つわね、イントロや前奏の所でピロピロ一人で演奏したりするじゃない? あれの事よ。
ちなみに、その前奏でのギターが演奏する旋律、フレーズの事を『リフ』というの。覚えておきなさい」
「り、リード。ばっきんぐ、テレキャス、ううん…」
「あはは。無理して覚える必要は無いわ、自分が興味持った楽器だけ覚えればいいの。ざっと聞いて、気に入ったのがあればまた私が説明するわ」
ぱちゅりーちゃんが大らかに笑って、私の肩を叩きます。
ちょっと、力が強く痛いかも。でも、心地よい痛み。
「次に『バッキング』。これは、背景というかな。背景はベースが担当するんだけど、バッキングは色づけというか。いわゆる、コードよ。音の集合体、和音。綺麗な音というか、『ド・ミ・ソ』を一緒に奏でるといい音がなるでしょう?」
「…そ、そうなの?」
「そうなの。今度聞かせてあげる。バッキングは主に裏方ね、あまり目立つことはない。ソロはリードがやっちゃうし、ただジャカジャカ弾いているだけだから飽きがくるかも。でも、バッキングはとても大切。これが出来なければ、『リード』もできないわ」
「えっと、どうして? それぞれ、別の練習ではないの?」
制服のネクタイが気になるのかクイクイといじくっているぱちゅりーちゃんに、私は質問します。
「ううん、練習は一緒よ。左手で、コードを押さえるの。違いは『リード』が右手で『単音を弾いて』、『バッキング』が『和音を弾く』。バッキングが出来ないと、必然的に『左手でコードが押さえられない』事になるの。ここまで、いい?」
正直、よくわかりませんでした。しかしここで流れを止めたくないので、大丈夫と頷きます。
「ふふ。わからなかったら、後で聞いてね」
…見破られていたみたいです、恥ずかしい…。
「次に、それぞれのギターの使い心地。初めに、『ストラト』を挙げるわ。
ストラトは『ストラトキャスター』。皆がエレキギターを思い浮かべたら、この形のものだと思うわ。メジャー中のメジャー、王道ね。
使い心地は、さすが王道だけあってとても使いやすいわ。手と腕、体にしっくりくるの。初心者というか、ちょっとかじってみたい人はストラトをオススメするわ、下手な癖が付かないからね。
次に、『レスポール』。『ストラト』と比べて、丸っこいわね。上と下がひょうたんみたいな形になったギター、見たこと無い? あれがレスポール。
使い心地は、そうね。正直、私は馴染めなかったわ。すべるというか、その。音は好きなんだけどね、『ハムバッキング』で、図太い音がして中々に味のあるヤツなんだけれど、『ストラトの方が小回りが聞く』からね。ハードロックが好きな人なら、オススメしたいわね」
「…ハム、バッキングって」
さとりちゃんが口を開きます。ぱちゅりーちゃんは、すぐに質問に答えてくれました。
「ん、ああ。なんか、ギターのボディの部分に、いかにも『こっから音を出すぞ!』って部分、あるでしょ? あれ、『ピックアップ』って言うの。あれの構造の一つよ。
見分け方は、そうね。『四角いのが2つ』あったら大抵ハムバッキングだと思っていいわ。私もそこまで詳しくないし、それくらいしか見分けの方法はわからないし」
「…そう」
さとりちゃんは、頷いた様子で再びぱちゅりーちゃんの話を聞く体勢に戻りました。
「話を続けるわね。次に、『テレキャス』を説明するわ。テレキャスは『テレキャスター』、『ストラト』に似た形をしているわ。音はストラトよりも澄んだ音って印象かしらね、そこまで触ったこと無いからわからないのよ。
使い心地も、ストラトに似た感じ。ストラトに並んで、人気のギターね。
最後に、『フライングV』。こいつはいいわね、私も愛用しているわ。
何がいいって、従来のギターの概念を越えた『V字』のアホみたいなデザイン、案の定の使いにくさ! アホよ、アホ! 見るからに惚れ惚れするわね!
…閑話休題、まあこの『フライングV』は番外編。ぜっっっっったいにオススメしないわ、止めなさい! 私は何事も基本が大事だと思ってる、本当にこれを使いたいのだったら始めはさっき挙げた3つの内から選びなさい!
慣れてから、上手くなってから『フライングV』を使い出せばいい。使いにくいけれど、格好いいわ。ステージに立って鮮やかな赤が見事スポットライトに当てられる、考えただけでぞくぞくしない?」
「…さとりちゃんって、ギターも出来るんだ」
「ふふ。まあ、趣味がてらに。最近はベースに浮気しているけれどね。
…まずは、音色なんかをあまり考えないでざっと説明してみたわ。ギターそれぞれに違った音色があるんだけどね、私はあまり関係ない様に思えるから。
弦楽器には『エフェクター』なる『音を作っちゃう』機械があるの。これを使えば様々な音が作れるわ。
いわゆるジャリジャリした音や酷く歪ませた『ディストーション』別名『オーバードライブ』、ディストーションよりも歪ませていないシャキシャキした味の『クランチ』、逆にさっぱり音を歪ませない『クリーントーン』なんかも。アンプにある『イコライザ』といわれるツマミをいじれば『特定の音域の音量』を調節することが出来るわ。例えば、高音域だけ音を大きくするとかね。音を変に遅れさせて残響感を持たせる特殊加工なんかもできるの」
「…う、ううん、うわあ」
いっぺんに様々な事を言われ、まるで右耳から左耳へと通り抜ける様です。ううん、覚え切れない…。
「あっはっは! ごめんごめん、そんないっぺんに言われてもわからないよね…。思わず興奮しちゃってさ。最後に、ギターはメジャーな楽器で、ソロも可能だわ。
どんな楽器だって可能だけど、ギターはソロが行いやすいわね。ソロを行わないにしたって、ギター三人のバンドだなんてザラよ。それだけ、居場所には困らない楽器と言った所かしらね。
次、ベースの説明に移っていいかしら?」
私はヒート寸前の思考回路を必死に冷却し、コクンコクンと頷きました。
「ベース。ベースも、使い心地なんかの概要は大体ギターと同じ。違うのは『役割』ね。
ベースの役割は、ずばり『背景を作ること』! さっきギターの『バッキング』でも同じことを言ったけどね、バッキングが色付けとするならベースは『骨組み、下絵』といった所かしら。
具体的に言うと、『コード』を作るの。ギターが『どの音を弾けばいいか』を設定というか、決める役割ね。ドラムと揃って『土台』と言われているわ」
「…へ、へえ。なるほど。…終わり?」
「ええ、終わり。特に言う事無いもの。何か?」
「…えっと、ベース三人とかは、って」
「…ぷ。…あっはははははは!!!」
ぱちゅりーちゃんが腹を抱えて地面にうずくまります。…失礼な!
私だって、それなりに考えて発言したのに!
「あっははは、ひー、ごめんごめん。まさか、そんな発想があるなんて思いもよらなかったわ。ベースが3人だなんて、流石に何も起こらないわよ。
『私たちはコードの鬼だ!』ってとことん主張したいのかしら? まあ、試みとしては面白いだろうと思うわね。ただ、それはあくまで『プロ』の人がやればの話。ただでさえ役割が1つのベースで、私たちがベースのみでそれぞれの役割こなすのは難しいわね」
「でも、ぱちゅりーちゃんはさっきベースで、なんというか、ううん!」
「…ああ、あれ。あれは『スラップ』と言って、親指の関節と小指を使って跳ねたサウンドを創り出す一つの『表現技法』よ。躍動感、あったでしょ?
途中スカスカしていた音は『ゴーストノート』って言うの。弦を完全に押さえず、ミュートする技法ね。
ベースはギターと比べてブリブリとしたサウンドがウリだからね、それを最大限に生かした技法。格好付くわよ、気持ちいいわよ? ただ、習得はとてつもなく大変だけどね。
例えスラップを駆使しても、私たちでは3ベースは難しいかなあ」
「…そう、ですか」
「肩を落とさないで。…そうね、ベースにしかないもう一つの長所。…リズムを、作れるの」
「リズム?」
私は手をまじまじと見つめながら話すぱちゅりーちゃんに聞き返します。
「ええ。リズムは、ドラムが担当というか、まあ。役割なんだけどね、別にベースだけでもリズムを作れるのよ。今教えた、スラップみたいに」
ぱちゅりーちゃんは淡々と。しかし、その表情はどこかいきいきと、力宿った瞳をしていました。
「…ドラムね。生憎、ドラムについてはよくわからないのよ。スネアとかの知識は知っているけれど、そんな『知識だけの情報だけじゃ何も起こらない』でしょう? 私がはたから見ていて感じた事を伝えるわ。
…そうね、疲れるでしょうね。次に、飽きがくるでしょうね。同じフレーズの繰り返しですもの。時々『オカズ』といって、同じフレーズの最後を少しアレンジする技法があるのだけれど、それを使ってもベースほど自由性はない。
さらに、リズムは最悪ベースが創り出せるから、私からしたらどうすればいいの!? と言ったところかしら。もちろん、ライブとかではスネアの力強い音を聴かないとなんかやる気が起こらないというか、みなぎって来るものがあるわね、ドラムには。
ベースと並んで『土台』と言われる位、大切なポジション。それだけ、裏方のポジションね」
ぱちゅりーちゃんは腰が疲れたのか、一度ベット近くへ行き椅子を取ってソファ前に椅子を置き、そこに腰をかける。
ふうと一息つくぱちゅりーちゃん。概ね話が終わったみたいだけれど、最後にもうひとがんばりと話を続けました。
「…最後に、キーボード。キーボードは、巷じゃ絶対必要と言われているし、巷じゃいらないと言われている不遇な楽器。
どちらかと言うと、『宅録』向けの楽器ね。キーボードは、全ての役割をこなすことが出来るの。
ギターはおろか、ドラムさえも。なんでもこいの万能マンよ。裏を返せば、揃われていると居場所が無いと言う事だけど。
どうしてかしらね。キーボードは、他の楽器と比べて軽視されている。『きちんとした楽器がくるまでのつなぎ』とか、平気で言われるのよ。キーボードの人が、どれだけ傷ついていることか。
キーボードは、本当になんでもできるの。『リード』『バッキング』もできるわ、それも『キーボード以外の楽器じゃあ奏でられない音色』で。テクノとか、それらのジャンルが有名かな。
さらに、キーボードは手が二つ使える。『和音』を弾くのに『1つの手で十分』だから、メンバーが足りない時なんかに重宝されるわ。
…こんな、なんだか『補充要因』みたいなキーボード。便利さゆえにそう思われてしまったのかもしれないけれど、『キーボード』だけにしかない味。それは、『シンセ』よ!
『リード』でも『バッキング』でも出来ない、『独特の風景』を創り出すことができるの! よく、曲で『バイオリンっぽい音が使われてるな』とか思わない? あれが、シンセ! 正式名称は『シンセサイザー』というわ!
飾り付けよ、ドラムとベースが『スポンジ』、ギターが『クリーム』とするなら、キーボードはまさに『苺』! 一番美味しい楽器なのよ! ソロも出来るし、だけど…」
手を振りかざし演説し、最高潮だったぱちゅりーちゃんのテンションがしおしおと一気に下がります。一体、どうしたのでしょう?
「…動けないの。単純に、キーボードが『固定されている』から動けない。ギターとかはある程度自由にステージを動きまわれるのだけれどね、これを痛手を考える人も少なくないみたい」
ぱちゅりーちゃんは儚そうに、目をそらせて私たちに呟きました。…ぱちゅりーちゃん、あなたは。
「ぱちゅりーちゃんは、キーボードもやっていたの?」
「いいえ。ただ、興味があるだけ。…ざっと、こんなもんかしら。今すぐに何をやるのか、そもそも楽器を始めるのか迫るのは酷だから、言わないでおくわ。考えておいてね。
時間的にも、もうそろそろ教室に戻らないといけないしね」
ぱちゅりーちゃんが壁にある時計を見上げます。釣られて私も見上げてみると、時計の針は既に12時を回って長針が4の所を差していました。
楽しい時間はすぐに過ぎるといいます。けれど、こんなに早いだなんて。5時間目からは、奉仕の授業です。
…もう少し、ここに居たいなあ。
「…最後に、色々説明したけれど。『バンド』というものはあまり感心しないわね。バンドは全て『依存』を前提としたもの。…どれか一つでも欠けると、成り立たないの」
椅子から立ち上がり、ぱちゅりーちゃんが話します。
「私は、そんなの嫌。誰か1人の事情で崩れるだなんて、馬鹿げている」
手を握り締めて拳にし、何かを睨みつける様にぱちゅりーちゃんは話す。
「『協力』とは、独立。それぞれが1人で何かを起こせる状態の人が集まっての、協力。依存は、互いにもたれかかること」
「…まるで攻殻機動隊ね」
「そうなの? その漫画、名前は聞いたことあるけど内容は知らなくて。面白そうね、今度見てみるわ」
さとりちゃんが相槌を入れて、ぱちゅりーちゃんが再び柔和に微笑みます。
「勝手な願い。けれど、私たちは、『協力』でいたい」
ぱちゅりーちゃんが保健室のドアを開けて、廊下に出ます。
…最後に、私はぱちゅりーちゃんにどうしても気になっている質問を尋ねました。
「ぱちゅりーちゃんが、ベースを始めた理由って?」
「…別に。何でも、よかった」
ぱちゅりーちゃんは振り向かずそのまま先を行ってしまいました。
ずっと忘れられていた、右頬にチリチリとした痛みが込み上げてきます。無意識に握っていた氷嚢の氷は半分が溶けていました。…さとりちゃんが気付いたのか、やはり何も言わず氷嚢を手に取って氷の入れ替えを行ってくれました。
行こう、と私はさとりちゃんに手を握られて誘導されます。私とさとりちゃんはぱちゅりーちゃんの後を追って、とうとう先生が来なかった保健室を後にしました。
NEXT,To Be Continued!
- オラわくわくしてきたぞ。
しかし楽器の説明がホントわかりやすいな。 -- 名無しさん (2009-04-30 13:22:57)
- 内容自体が面白いし、知識としても興味深い。
けどこれゆっくりじゃなくて東方学園物…どころか東方キャラの名前だけ借りてのオリジナルだな。 -- 名無しさん (2011-06-23 23:02:35)
- 読み進めての再感想。
オリジナルのガールズバンド物として凄い面白い。 -- 名無しさん (2011-06-23 23:50:40)
最終更新:2011年06月23日 23:50