【ゆイタニック号のゆ劇】雰囲気だけお楽しみください。-1

※編注:容量制限のため分割

雰囲気だけお楽しみください。



 船内の渡り廊下にでても人通りはまるで無く、ただ静けさが壁全体から反響してくるのみ。
 いいように無い不安が私を責めてきて、ぎゅっと体を締め付けてくる…。
 …別に、私たちはただ旅行を楽しみに来ただけなのに!

「なんでよお、嫌よお!」

「…落ち着いて。過剰に、恐がることは無いわ」

「だって…!」

 異常なのだ!
 このクルーズのプランでは、乗客は沢山居るはずだ!
 こういう長い通路には誰かしらクルーの人が見える所で一人は待機しているはずだ!
 今までにカジノもレストランもショッピングモールも通った!
 それなのに…!

「なんで、誰も居ないのよぉッ!」

「落ち着いて!」

 私は、おねーちゃんに抱きしめられる!
 けれど、…耐えられない!
 あまりに、恐い!

「ああ、ああ、ああ…」

「…穣子」

 あの男の口車に、まんまと乗せられているのだろうか。
 それだとしても、…こんなにも、人が居ないものなのか!?

「なんでよお、せめて、誰か一人に…」

 私が泣き言をぼやいた時。
 突然、どこからかバンと言った、かなり大きな爆竹の音?
 爆発音というか、銃声というか、とにかくがらんとした通路にとんでもなく耳をつんざく暴音が、鳴り響いたのだ。
 のちに響いたのは、無音。

「…いいいいいいいやああああああああああああ!!!」

 …私はたまらなく恐怖に駆り立てられ、どこか周りに適当にある部屋へ飛び込み、ドアを閉めて鍵をかけた!
 …おねーちゃんは、部屋の外に居る…!

「穣子、何をしているの!?」

「だって、だって!! ここは船の一番下だよ! 大きくて、篭った音が、したんだよ!?」

「だからといって!」

「いいじゃん、別に鍵が開いてたんだから! もしも誰か来たら避難していたって素直に謝ればいいじゃない!」

 おねーちゃんも確かに聞こえた様子だった!
 ということは、紛れも無くあの音は起こった!
 誰かの悪趣味ないたずらだとしても呪いだとしても、実際に起こったことなんだ!

「…恐くて、外に歩けないよぅ…!」

 ドアを背にうずくまり、とにかく現状を忘れる為に、私はひたすら頭をかかえる。
 けれど、どうしても頭に浮かんでくることは、これからどうなるんだとか、さっきの本気で憎たらしい男の策略だとか、考えたくないことばかり脳裏に浮かんでは消えて…!

「あわわわわわもーお家帰りたーい!」

 衝動が抑えられなくなって、叫ぶ!
 こんなに心細く感じることは、生まれてこの方初めてかもしれない!
 なんで、クルーも店のスタッフも誰かしらいないのか!
 私たちは取り残されたというのか!?
 呪いによって、二人隔離されたとでも言うのか!?

「穣子、落ち着いて!? 気をしっかり!」

「嫌よ、嫌よ、嫌よ、いやぁ! 私は自分の家に帰るの! おねーちゃんこそ、本当におねーちゃんなの!?」

「…何を、言って」

「今のおねーちゃんは、本当は化けの皮を被った、あの男なんじゃないの!?
 銃声だって何だって! 全て、全部ゼンブおねーちゃんが企んだものなんじゃないの!?」

「…そんな」

「お前なんて、ブッ殺してやるッ!」

 もう、どうにでもなれ!



   一回目 失敗
   原因 穣子発狂の為



   タイトル



 私たちは今、豪華客船『ゆイタニック』のデッキ上で夜風に辺り、塩の香りを楽しんでいます!
 良夜の風に揺られる船、無機質に残響する押し寄せてくる波音。
 途方もくれない距離を渡って、さざ波が行き着くはてはどこなんだろう…。
 …恥ずかし。
 普段ガラにも似合わない事を考えてしまうくらいに、私たちはクルーズ客船を堪能しているのです!

「ふふっ…。今宵の航跡は美しい、荒れ寄せるさざ波たちはまるで私たちを祝うセレナーデ…!」

「何を言ってるのおねーちゃん」

 …おねーちゃんの良くわからない悪ふざけが無くなれば、もっと最高なんだけれど。 
 ともかく。今思い返すと、私たちがこの場で進み行く漆黒の景色を眺めることができるというのは、本当に偶然によるものなんだよなあと実感します。





「あ、あ、当たった!」

「…何よ、うるさいわね穣子。淑女たるものどんな時でも冷静でしとやかな…」

「くるーじゅ客船の乗車券が当たったのよ!!」

「噛んでるわよ、穣子。…クルーズ?」

「そそそそそそそう!! 今話題の、テレビにも宣伝されてる、『ゆイタニック号』だよ!?」

「…きゅう」

「あ、お、おねーちゃん! リビングに倒れないでよ、気をしっかりして!?

 おねーちゃーん!?」





「…ふふ」

「何笑ってるのよ、穣子」

「だって。おねーちゃんったら、いつもはどっしり腰を構えてるのに、いざとなったら気が小さいのですもの」

「…むっ」



 普段の日課となっているネットサーフィンでの懸賞巡りで、何ヶ月か前に10名5ペアのみでこの客船の乗船権利を見つけたことがありました。
 もちろん駄目元で必要事項を入力して送信して、その後行けたらいいねとちょっとばかりおねーちゃんと夢を膨らませて、それっきり忘れていたものでした。
 当選通知が、メールにて送られて来たのです。
 詐欺かなあと疑ってリンク先をクリックしたら、電話が来るから待っていてくれとの事が書かれたページへ飛び、それから待ってものの5分くらいでしょうか。
 家の受話器がけたましい音を立てて鳴り出したのです。

『おめでとうございます。ラグジュアリークルーズ、ゆイタニック号へご招待です!』

「…きゅう」

 私はおねーちゃんの隣で仲良く気を失うのでした。



「…穣子も穣子で大概じゃない。電話での取引途中だというのに、寝転がってしまうなんて」

「うっ…。あ、あれは事故だよ! 仕方ないじゃない、本当に当選したとは思わなかったんだからさ!」

「穣子のうつけ! のろま! 要領無し!」

「何よ、おねーちゃんだってアホ! ばか、まぬけ!」

「役立たず! 融通利かず!」

「底抜けの能無し! む・の・う!」

「お客様、他の乗客に迷惑がかかりますので室内へ戻ってくれませんか?」

「「すみません・・・」」

 アホらしい喧嘩を人目もはばからずどこでも繰り広げている為、とうとうクルーさんから部屋に戻れとの指示がでてしまいました…。
 なんとか夜風に当たっていたい私はバカ姉と一緒に頭を腰にまで下げ謝り、なんとか事なき事を得られました。

「…穣子が悪いんだもん」

「おねーちゃんだもん」

 おねーちゃんが膨れ面をして横暴なことを言ってくるので、口にて軽く言い返しましたがまた喧嘩になりそうなのでそれ以上は堪えることにしました。
 悔しいなあ、いつもおねーちゃんばかり優勢に立って。
 姉妹であるが故に仕方の無いことなんだけれど、できればおねーちゃんと対等な立場で、接したいなあ。
 せめて、友達とかだったら…。

「まあこれで私たちもハリウッドに進出かしらね」

「のぼせた事は風呂上りに呟くものだよおねーちゃん」

 ここが現世である事をイマイチ理解できていないようなおねーちゃんの発言をよそに、私は現在居るベランダ方面に沿ったデッキから、正面側の看板へと足を運びました。
 少し夜風に当たりすぎたみたいで、体が冷えてしまったみたいです。
 寒くて仕方が無いのであまり風の当たらない正面中央へ移動したというわけですが…。

「あ、あいたっ!」

「…! おねーちゃん!?」

 何も言わず私についてきてくれたのだろうおねーちゃんが、いきなり声をあげました!
 おねーちゃんは手で自分の後頭部をさすっている様子です。
 その足元には、空のバケツが転がっていました。

「…どうしたの、おねーちゃん?」

「私が知りたいわ、いきなり後頭部がチリッとする感触がして…」

 …おねーちゃんの様子、そして状況から推測して、…バケツが上から降ってきたのでしょう。
 下手すると死んでしまうかもしれないのに、現に当たっているのにバケツを落とした人はなんと無責任な!
 まあ、当たった人がおねーちゃんで良かった。
 おねーちゃんなら例え何回同じ時を繰り返しても死にそうに無いし。

「ふふっ。甘いわね穣子、『あなたが窓を覗いている時、窓もあなたの事を覗き返している』…!」

「こういう時は『失礼なこと考えたでしょ?』とか言うもんじゃ無いの」

 頭が沸いている事をのたまうおねーちゃんを尻目に、私は辺りを見回します。
 どうせ、見渡したところでバケツを落とした犯人が見つかるわけでもないけれど、少しでも可能性があるならとっ捕まえてやる!
 …少々短気に体を構えていると、一人のボーイさんが私たちに近づいてきました。

「いやいや、どーもどーも。すみませんね、バケツに当たりやしませんでしたか?」

「当たったわ。もろにね。レディに外傷を加えるとはどういうことよ…?」

「それはともかく、二人とも気をつけたほうがいいですよ!」

「それはともかく…?」

 さすがのおねーちゃんも今のボーイさんの言葉にはショックだったらしく、その場より少し隅に移動していじいじと床下を触りいじけてしまいました。
 面倒臭いのでそのまま放置して、私はボーイさんの気にかかる発言を尋ねます。

「えっと、『気をつけた方がいい?』」

「ええ。何でも、今宵は呪いが猛威を奮っているらしいですからね。看板の乗客も、皆船内に避難を始めていますよ」

 ボーイさんの言葉を聞いて改めて辺りを見回すと、確かにデッキ上の人々は皆どこか慌しく、階段を下りて船内に入っている様子です。
 つい先ほどまでは賑やかしかったデッキ上も、今ではどこか閑散としてさざ波しか聞こえない、寂しい場所となってしまいました。

「…呪いね。アホらし、誰かがやっているんではなくて?」

 いつの間に立ち直ったのか、おねーちゃんがボーイさんの発言の後に言葉を続けました。
 その言い方にはどこかとげがあり、…好ましく思っていない、印象を受けました。
 どうしたのだろう、おねーちゃん。

「…口を慎め」

 突如、ボーイさんがおねーちゃんに掴みかかってきて、そのまま部屋の外壁へ押し付けてきやがった!
 おねーちゃんは苦しそうにもがくものの、根本的な体力差でしょう男に首を絞められるまま…!
 危ない、おねーちゃん!

「何をするんだ、このぉッ!」

「…く」

 私は渾身のタックルを男にくらわせる!
 …けれど、普段体を鍛えているのか、男はびくともしない!

「…ふん」

 男はおねーちゃんの服の襟もとを掴んでいた手を離し、そのまま床下へおねーちゃんを投げ捨てる!
 私はおねーちゃんに駆け寄る!
 けれど、おねーちゃんは近寄る私を腕を伸ばして静止する。
 おねーちゃんは疲労困憊した様子で息を整え、男を睨みつけている…!

「せいぜい足を掬われないようにすることだ。暗闇は、いつでもお前たちに花束を手向けている」

 男は何やら気持ち悪い捨て台詞を残して、そのまま船内へ繋がるデッキの階段を下っていきました。
 …なんなんだ、あの野郎!

「何よ、あのキザったらしい男! 横暴だわ、呪いって言ったって暴力じゃない!
 他に別のクルーさんはいないの!? あんなやつ訴えかければ即効首を飛ばされるわよ、この野郎!」

「穣子!」

 おねーちゃんが、不意に大声で私に呼びかけてくる。
 その面持ちは、真剣そのもの。
 真面目に何かを伝えたい様子のおねーちゃんなんて滅多の滅多に見ないから、私は思わず驚きひるんでしった。

「うわっ、ひい!」

「…恐がらなくても、大丈夫よ」

 おねーちゃんは私に近付いてきて、そっと私の顔をその胸に抱きしめてくれました。
 おねーちゃん特有の、やわらかいおねーちゃんの匂いが、口内いっぱいに広がります。

「…。…うゆう、…」

「そして、我が片腕に抱き締めよう」

「…?」

 おねーちゃんの胸から見上げたおねーちゃんの目線は上を向いていて、表情はとても険しいもの。
 中途半端に雲隠れした月があざ笑うかの様におねーちゃんの瞳を照らし、彩る。
 おねーちゃんの眼の視線は、途方もくれない先の地平線を眺め捉えている。
 …そんな印象を受けた。

「…表情が険しいよ、おねーちゃん」

「心配させたかな」

 おねーちゃんが私の顔に合わせてしゃがんできて、私のおでことおねーちゃんの唇が、一瞬だけあわさる。
 私は突然の出来事にどぎまぎしちゃって、おねーちゃんにもたれかかった状態なのにさらにあたふたとして、床下に尻餅をついてしまいました。
 …仕方ないじゃない、こういうのに慣れていないんだから!

「不意打ちなんて、ずるいよっ!」

「許可を取れば、いつでも出来るのね。…ん」

 おねーちゃんが、また理不尽な事を言ってくる!
 そしたら今度は、私のほっぺを…!
 …体が火照り、頭がぼーっとしてきた私はおねーちゃんに何も言い返せなくなってしまった。

「ねるねるねるねはヘッヘッヘ…!」

「余韻を味わうという発想は無いのかな」

 さめやらぬ感情をいうものをぶち壊しの台無しにしたおねーちゃんをジト目で圧迫しながら、喋り音も何も聞こえないデッキ上の柵の方へ足を運び、外の景色を堪能する。
 …堪能できるほど、心にゆとりは無いけれど。
 今の出来事のせいで、心臓がバクバクしてきちゃって…。

「…それにしても、酷い話だよっ! いきなり掴みかかってくるなんてさ、こんな普段だったら人通りの沢山集まる場所で、誰かに絶対見られてたよね、あいつはっ! …」

 人通りが、多い?

「…なんで、誰もいないの」

 私は、辺りをもう一度見回す。
 先ほどは、確かにチラホラと見える程度にしか人が少なくなっていたものの、完全に居ないということは更々になかった。
 今は、どうだ。

「…誰も、居ない」

 誰も居なくなったデッキには、風が切り裂き悲鳴をあげるのみ。
 …別に、偶然だろう!
 風に当たりすぎて体調を悪くしたり、例え呪いだとか馬鹿げたことを信じていなくても、用心をする人だっているだろう!
 それに周りに人がいないからといって、なんだと言うのだ!
 むしろ占領というか貸切というか、のびのび出来て好都合じゃないか!
 …だけど、

「…恐い」

 無音、何も聞こえない、ただ無機質に波が打つ音が耳に入ってくるのみ。
 心なしか、体温もぐっと下がってきたような気がした。
 寒気は先ほどから感じてはいたが、ベクトルが違う、心細くなる寒気…。

「…何よ、怖気ついているの」

 おねーちゃんからの、言葉。
 悔しいけど、挑発されて、すぐにでも怒鳴り散らしてその言葉を返してやりたいけれど!
 …その通り、だった。

「…恐いよ、おねーちゃん。 すごく恐いよ、早く船内に入ろう…?」

 自分でも声が震えていることがわかる。
 …情けない、話だ。
 けれど、船上に広がる曇天の空が、まるで私たちを飲み込むかの様にどこまでも広がって、包み込まれているかのように感じて…。
 このままじゃ、丸め潰されて圧迫されちゃう気がして、…恐かったのだ。

「勇気とは、己が恐怖を操ること…」

「中に入るよっ!」

「ごめんなさい」

 おねーちゃんは萎縮して小さくなり私の背後をついてくる。
 叫んでしまった為に、自分の瞳にたまっていた涙がポロリと頬を伝ってしまうけれど仕方が無い。
 おねーちゃんは、どんな時にもマイペースで無神経なんだから!
 …けれど、ちょっぴり、助かったな。




「うう、押さないでね、離れないでね…」

「あら、私と一緒に居たいということね…。優しく、してね?」

「おねーちゃんにすがった私がバカだったよ」

 居ても立ってもいられなくなった私たち、…主に私だけれど。
 ともかく、私たちは他の人立ちを探す為に、船内の探索も兼ねて適当にブラブラと歩くことにしたのです。

「うーん、誰も居ないね、おねーちゃん…」

「…ええ。通路には、大抵クルーが見える所で待機しているものだけれど」

 …見えないのです。
 乗船員も、乗客も、まるで見えてこない。
 この船の規模はラグジュアリークルーズなだけあって、とんでもない程に大きいものです。
 したがって迷子になる人も多数出るので、警備や監視も兼ねてクルーの人がいる、いや、さっきまでは確実に居たはずなんですが…。

「今、私たちはどこら辺にいるんだろう…」

「…外の看板の階段を降ってから、どこも階段を昇り降りしてないし、まあ一階フロアかしらね。地図みる?」

「…うん」

 私はおねーちゃんから手渡された地図をぼんやりと眺め、一通り頭に入れる。
 地図は元々郵送されてきた封筒に入っていたもので、何回も眺めているためか縁がややボロけていて薄汚くなっている。

「…この船、変だよね。なんでレストランやカジノなんかの娯楽施設はきちんと屋上階にあるのに、ショッピングモールが一番下にあるんだろう。間は、全て客室だ」

「うーん、見栄えが良い場所は、限られるから。有望なお店に場所を託したんじゃないの?
 モールの位置の意味は、帰る時部屋に居るお客さんを寄りやすくするためじゃない」

「…それも、そうか」

 おねーちゃんからしごくまともな事を言われて、納得する。
 そういえばおねーちゃんが普通の意見を述べるだなんて、久しぶりだなあ。
 いつぶりだろ、…5年くらい?

「…そんな事を思えるなら、大丈夫よ」

 おねーちゃんから右肩をポンと叩かれて、励まされる。
 私たちは、再び足を進め始めます。
 それから、どのくらい歩いたのだろう。

「…」

「駄目ね。もぬけの殻よ」

 まず初めに、レストラン。
 一通りの娯楽施設は屋上付近にあるみたいで、そこなら人が居るだろうと思ったのだけれど、
 …しんと寂れた建物内に、説明は必要なかった。
 照明すら付いていなく、真っ暗で明かりは窓から差し込んでくる月の光のみだった。

「…いつの間に、電気が途絶えたんだろう。それになんで人がこんなにも居ないだなんて、」

「さあ。行きましょう、下よ」

 おねーちゃんにせかされて、私たちは使って下の階へ足を運ぶ。
 通路や建物内には船下を一望できる大きな窓があるのだけれど、何故だかおねーちゃんから『見るな』と強く凄まれてしまい、…とにかくおねーちゃんの背中を追いかけていった。
 次に到着したのは、ショッピングモール。

「…うそお」

「居ないわね。…どういうことでしょうね」

 ショッピングモールにも、店員一人すら居やしなかった。
 食べ物やお土産などの商品を置いて。
 ここの照明や蛍光灯も全て付いていなく、私たちは薄暗いショッピングモールを一通り探索して、…すぐに階段を降りた。
 ポケットの中に入っている、マーマレードの容器のみが私の中のショッピングモールだった。
 …それからは、客室をくまなく歩いたけれど、収穫はなし。
 心なしか、船の揺れが大きくなったというか、一方的になってきた様に感じる。

「…なんでよ」

 耐えられなくなり、どうにも支えきれなくなった気持ちの吐き出しを、おねーちゃんにぶつける。

「…なんで、どこにも人が居ないのよっ!?」

 恐らく一般の階段を使って行ける階には、全て足を運んだと思う。
 カジノだって、レストランだって、人の集まりそうな所はどこにだって。
 それなのに手ごたえは無しで、私は歩くことすらおっくうになっていって…。

「もう嫌だ、どこにも行きたくない、嫌だ…」

 体を震わせる私を、おねーちゃんはただ手を握ってくれるのみ。

「…そうだ! 外へ、行こうよ! 看板だよ、きっと私たちみたいに船内で迷っている人が非難している!
 それがいいよ、今すぐ向かおうよ!」

 自分ながらにいい案を出したと思った。
 夜風に体が冷えるのがたまに傷だが、じっと待っていれば誰かと合流するはず!
 それだけじゃない、ひょっとしたらとっくの前に非常事態が起こっていて、レスキューが来るかも知れない!
 そう、提案したけれど―…。

「…」

 おねーちゃんは、顔を横に振るのみだった。

「…どうして」

 私がおねーちゃんに尋ねると、パンと。
 爆発音というか、銃声というか、とにかくがらんとした通路にとんでもなく耳をつんざく暴音が、鳴り響いたのだ。
 のちに響いたのは、無音。

「…ひ、ひい」

 思わず、声がでた。

「…いいいいいいいやああああああああああああ!!!」

 私はたまらなくこの場に居られなくなり、おねーちゃんの手を引き連れてどこか適当な部屋へ入り、鍵をかける!
 私はドアを背中にして、そのままへたり込んでしまう…!
 おねーちゃんも相当驚いたようで、目を丸くして私と抱き合っている!

「あ、あ、あ…! 今、音鳴ったよね!?」

「鳴った! 大きくて篭った音が、鳴った!」

「今、一番下の階だよね!?」

「ええ! 下まで降りて休憩している所だったわ!」

「なら、上よね! 必然的に、上の階で発砲されたんだわ! ああ、もう上に行けないじゃない!」

「冷静に穣子! まだ決まった訳じゃ…」

「あわわわわわわもーお家帰りたーい!」

 私はとうとう自分の感情を抑えきれなくなって、おねーちゃんの胸にうずくまって、…泣いてしまいました。

「穣子…」

「おねーちゃん、大丈夫だと言ってよ!! 私たちは帰れるといってよ、ねえ…」

「…」

 …ふと、尻餅をついている床下が、嫌にキイキイと軋み音を立てている事に気が付く。
 なんだろうと、私は手をついて確認をしてみました。すると、

 床下が徐々に水浸ってきていて、今ではもう手のひらを隠すくらいに

「うううううううううわああああああああ!?」

「穣子!?」

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!
 水はどんどんと染み込んで来る! 
 しかし、まだ水はほんの浸水してきたくらいで、ドアを開けることに支障は無い!
 もう嫌だ、こんな所には居られない、さっさと上の階から救急のボートに乗って逃げてやる!
 私はドアの鍵を外し、思い切りドアノブを回し引く!
 ―…けれど、ドアはびくとも開かない!

「なんで!? どうして!? なんで!?」

「落ち着いてっ! 当り散らしても、体力を消耗するだけだわ!」

 おねーちゃんが私の腕を取り押さえてきて、そのままベッド上へ押し倒されてしまう!
 私はあがきもがいたけれど、…おねーちゃんの瞳を見ていると、なんでか信頼してもいいような気がして、飛び回っていた憤りがすうっとどこかへ抜けていった。
 おねーちゃんは、ベッドで寝そべる私をそのままに、どんどんと足元が浸水していく床を気にせずにドアを開けようとする。

「…無理ね。水が、くるぶしまで来てしまったのですもの。水圧で開かないわ」

「…あ゛あ゛ああ、あ゛あ」

 おねーちゃんは諦めたようにその場に座り込む。
 …私は、おねーちゃんがいたたまれなくなって、自分自身の生にも諦めがつかなくて、
 …よくわからなくなった。

「…きっと、夢よ。これは夢、おかしいじゃない、私たちは乗客員なのよ!?
 それなのに、なんでたってこんな孤独や、不幸に見舞われなければならないの!?
 おかしいでしょう、きっと誰かのいたずら、ちょっかいをかけられてるのよ、あははははは…」

「…」

 おねーちゃんは、何も喋らない。

「何か言ってよォッ!」

 声を張り上げて怒鳴り散らすけれど、…空しく反響するのみ。
 水域は、いつの間にか私の乗っているベッドの上にまで届いていた。
 おねーちゃんの体は、胸のところにまで水が浸っていた。
 …あっという間の、出来事だった。

「おねーちゃん…」

「…フッ、情けない面をしやがって」

「…おねーちゃん!?」

「妹よ、無理は通すもの! 不可能を打ち破ってしんぜよう!!」

「言ったね!? この窮地を打破できるんだね、本当だね!?」

「ごめん、無理…」

「ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


Ω「ゆイタニック号まもなく沈みまーす」


   二回目 失敗
   原因 穣子発狂の為





「ゆうっ、おねーさんっ! プリンが売ってるよ、甘々だよ~っ!」

「ん~、どこにですか? …へえ、プリズムリバーねえ。名店ですね、流石に世界各地から三ツ星のお店が集まるクルーズだけの事はありますね~」



 私とおねーちゃんは今、ショッピングモールにて買い物を楽しんでいます!
 この船に乗船してから、早2時間くらいかな?
 初めは船のあまりの広大さに感動してっぱなしでろくに船内を探索していなかったのですが、落ち着いた今!
 余裕のある内に、じゃんじゃん楽しもうというのが私の考えなのです!

「…穣子、もう持てないわよ」

「何を言ってるの、おねーちゃん! まだ片手を離せば幾分持てるじゃないのっ!」

「…はあ。買い物の時の穣子は、目が輝いているわ」

 買ったものの荷物持ちは、主におねーちゃんに任せています。
 いやあ、頼りになる姉を持つと、こういう時に役に立ちますね!
 胸を張れる次第です!
 もちろん、少々の荷物は私も持っていますけれど。

「うーん、人形やペナントは大体買ったし、後はお菓子かな♪」

「…ペナントとは、また渋い」

「何か言った?」

「ごめんなさい」

 買い物の時のおねーちゃんは何故か私に腰が低いから、やりやすいんですよね。

「あ、おねーちゃんあのりんごプリン美味しそう! 買って、買ってよね、買ってくれるよね…」

「…う」

「お願い…!」

「…わ、わかったわよわかった今買いますから! とほほ…」

「やったあ! おねーちゃん、大好き!」

「とほほほ、これで全財産が野口さん二人になってしまうだろうな…」

 涙ぐみ落ち込むおねーちゃんを尻目に、私はさっそくりんごプリンの置いてあるお店『プリズムリバー』に並びました!
 このお店には他にもケーキやクッキーなどお菓子というお菓子を何でも取り揃えている様子で、…グッドです!
 みのりこランキングでも上位に食い込める企業スタイルですね、プリズムリバー!

「プリンッ、プリンッ♪」

「ゆくく、おねーさん、人が見ているし止めようよ…」

「なーにを言っているのですかれーむ、女の子たるもの栄光を目の前には小躍りしてしまうものなんですよっ!」

「だからといって、いい大人が顔を綻ばせてケースに並べられている商品にべったりくっ付いているなんておかしいよ…」

「れーむがプリンと言ったのが悪いんです!!」

「横暴だよぉ…」

 …何やら、ちょっぴり行動が変な人がショーケース前で体をうきうきと弾ませて商品を選び、会計をしていました。
 どうやらお持ち帰りではなくその場で食べる事にしたらしく、会計を済ませ貰った商品はトレイに乗った状態でした。
 遠くかられーむを引き連れて店内へ向かうその人の表情を伺うと、…うーん、幸せそのもの。
 このプリンを食べられれば死んでもいいって感じですかね。
 プリンは3つあるようです、1つはれーむに、2つは自身に。
 …欲張りだなあ、あの人。

「おねーさん、なんでプリン2つ持ってるのお゛おおおお!?」

「大人ゆえの特権です」

 どうやら二人は座る場所を見つけたらしく、プリズムリバーの店内に入り席に座りテーブルにトレイをおきました。
 そして付いてきたスプーンでトロリとしたプリンを掬いれーむに食べさせて、ああ、いいなあ…!

「美味しそうだなあ~…!」

「…2つ、買いますよーだ」

「やったあ! おねーちゃん、わかってるぅ♪」

「…野口が消えてあじさいの花に変わるのも覚悟しなければな」

 おねーちゃんが微妙に切なくなる言葉を口にしていますが、気にせずにあの人の様子を伺います。
 すると、何やら二人のおちびちゃんがあの人に近づいてきて…?

「う゛ー、お゛ねーさんっ! れ゛み゛ぃ、さ゛み゛し゛かったど!」

「うー、本当だよっ! おねーさんったら、トイレに行くから待っててとか行って置いて、そんな身も知れ゛な゛い゛奴゛と゛浮゛気゛し゛て゛…!」

「れ゛み゛ぃ゛た゛ち゛は゛、遊゛び゛だ゛っ゛た゛の゛か゛ど゛!?」

「…え?」

「…おねーさん、れーむに隠れて、こんな隠し子がいたなんて…! ひ゛ど゛い゛よ゛!!」

「…え? え?」

 何やら、修羅場みたいです。
 しかし話を聞くからに、あの人が二股、いや、三股をかまけていたらしく、…自業自得ですね。
 他人の不幸は蜜の味と言う訳でもないですが、じっくり観察することにします。

「そんな、私あなたたち知らないし…」

「そ゛ん゛な゛こ゛と゛ないどっ! お゛ねーさんは、いつもれみぃたちと一゛緒゛だったどっ!」

「そうだよ! いつも仲良く暮らしてたよ! 白を切られても、困るよっ!」

「そんな事言われても、私は神奈子様たちと生活をしているし…」

「それになんだどおねーさん、その格好! まるで恥を知らない高校生だど、そんな腋を開けた巫女服みたいな恥ずかしい格好をして!
 似合わないど、おねーさんはもうそんな年じゃないど!」

「なっ…! これは立派な巫女服です、私は風祝! か・ぜ・ほ・ふ・り!
 神に仕える神聖な巫女さんです! それに私は現役高校生です!       本来なら…」

「おねーさんが女子高生ぃ? そんなはずないどぉ~。おねーさんの年の人が女子校生だったら、世の中のオバサンみ~んな女子大生とかその位だどぉ♪」

「やばい、これはやばい、間違いなく逆鱗に触れる言われる前にスタコラサッサ」

 初めにいたれーむが席を抜け出してどこかへと歩き始めました。
 …動物特有の、危険察知能力ですね。
 私もれーむに見習って、さっさとずらかるとしましょうか。

「すみません。マーマレードを、一つ」

「…プリンじゃなくて、いいの?」

「プリン1つ700円もするんだもの。だったら、200円くらいのお菓子の方が、いいなって」

 私はおねーちゃんに静かに告げて、お金を払って貰い商品を手に受け取る。
 マーマレードは小さく、すぐに口に放り投げられるものだった。
 店から少し遠ざかり、はむりと一口、マーマレードの先っちょを口に含む。

「奥義・暗黒イズナ流星落とし!!」

「ぐわあああああああ!!」

「なんでふらんも…」

「…バターと柑橘系の果実の甘酸っぱさが混ざり合って、おいしいなあ」

 ただでさえ人通りが多く騒がしいショッピングモール。
 買い物は好きだけれど、人ごみはそこまで好きではない。
 …当たり前か。

「行こう、おねーちゃん! 私なんだか疲れちゃった、一旦部屋に戻って休憩するよ!」

「…そう。私も、着いていくわ」

 私たちはショッピングモールを背に、用意された自分たちの部屋に急ぐのでした!

「…怪我はしたけど、役得役得♪」

「プリンがあまあまで、美味しいんだどぉ~♪」

「…? …ああ! 私のプリンが! せっかく2000円はたいて買った、私のデザートがあ~!
 そんなあああ~…!」

 断末魔が聞こえた気もするけれど、気のせいだろうな。






「…なんでまた、こんな事に」

「またって、何が?」

「…いや」

 私たちは閉ざされた個室の中、ただ水が部屋に入り浸水しきるのを待つのみとなってしまいました。
 落ち着け、冷静になれ穣子
 素数を数えるんだ…!
 1,2,3,5...、…1は別にそれ自身の数も1だから素数じゃないや

「うわああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「穣子! どうしたの、穣子!?」

Ω「ゆイタニック号まもなく沈みまーす」

   三回目 失敗
   原因 穣子発狂の為

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最終更新:2009年06月10日 22:55