レポートは、順調だった。
実際楽しかったからだ。乗船前にたてた計画通りに行動していても、ろくなものが書けなかっただろう。
一度行ったレジャー施設にまた行ったのだが、視点を特に変えようと意識した訳でもないのに、面白かった。
二日目に行ってみたら、トランポリンを全身全力で楽しむ、ちょっと見かけないゆっくりがいて、ゆっくりゃが一人
混ざろうとして転んでしまい、ゆっくりさくやが慌てて飛び込んで、一緒に転がり回っていた。
隣のキノコの里では、展示用のキノコを引き抜いたり食べたりしたゆっくりがいて、少し騒ぎになっていた。
覗いてみると、まりさだった様だが、微妙に違う風貌だった。
買い物も楽しかった。
昨日の、目つきの悪い、その内銃でも発砲するんじゃないかと思う程情緒不安定そうならんしゃま達が、まだ
たむろしていたが、原因は、リリーホワイトの店にあるらしかった。
「春 」1,000 「高級春 」10,000 「月曜日」10…………
「高級春って奴、すごい胡散臭いですね」
「月曜日なんて誰が買うのかしらね。10円だなんて………秋nai(あきない)を何だと思っているのかねえ……」
色々と浪費もしてしまった…… しかし、かけがえの無い記念品ばかりができた。
「KUNE RIGURU」にももう一回行った。またクラッカーを鳴らされ、店長と写真も取らされた。
「大食いゆゆこ」でもたらふく食べた。隣の席の人間が、ワイシャツに赤いズボンにサスペンダーという変ないでたち
だった事もあるが、異様に平らげていたのに恐れ入った。
色々なゆっくりや人間とも知り合った。
―どこにでもいるが、今まであまり関わりを持たなかった、れいむの親子
―有名な大学教授だが、何故か3等級の客室に泊まっていた紳士は、出港前に少し嫌な思い出を作ってしまった様だった。
―酒場で知り合った、社長のきもんげはファーストクラスに泊まっていて、部屋で映画に使う、鮫のアニマトロニクスを見せてもらった。
―カジノでは、愛くるしいちぇん達と、付き添いのめったやたらにカッコいい女子大生、何やら不穏な空気を漂わせながら、ボロ勝ち
しているゆかりん
時間はあっという間に流れた。
しかし、あのこいしとは会えなかった。
4日目に、知り合った、
ぱちゅりーとこぁと一緒に食事を摂った。
何でも警部らしい。
本屋に行く度に居たので、知り合いになった。
「―――で、車ごと凧を引き寄せてたんだけど、そこにきもんげとてんこがへばりついてたんですよお」
「むきゅー 今思い出しても許せないわ!!!」
「―――そ、そんな悪党がこの船に潜伏しているなんてーーー」
初日の河城飯店で後ろにいた不穏な4人がそうだった様な気がしないでもないが、僕達は黙っていた。
リードラゴンの鱗酒を啜りつつ、ふと思い出して聞いてみる
「この船、大分前から興味があったようですが……例えば、こいしの幽霊とか、『泊まると幸せになる部屋』って知ってます」
「知らないわ!!!」
「即答」
「幸せになれる~ って伝説はいくらでもあるけど、ただ泊まるだけなんて、そんな安直な話は他に無いわね」
それは、そうだ。
とはいえ、僕は幸せだった。
++++++++++++++++++++
人間とは、あまり上手くいかなかった。
どんな関係も、改善されなかった。
何というか――――――成功経験があまりなかったので、こちらから付き合わないようにしていた。しかし、仕事をやっている以上、
人とは話さなければならず――――――
ゆっくり達とは、仕事上あまりあった事がない。
今回、ゆイタニック号に乗るに当たって、初めて「ゆっくり会話できる人できない人」なんてな浅はかなマニュアル本を一通り読んだ。
そこにあった秋姉妹編の項目を少し思い出して、初日に話しただけだ。
―――いや、それだけではない
楽しかったのは、みのりこさんのお陰だった。
一人より、二人の方が楽しい。
楽しいと、幸せだと、それは周りにも伝わる。
この船は、何だかんだで、不幸が似合わない所だった。
価値観は違えど、限定されやや似通った「非日常」の中、同じ様な楽しさを持っているなら、信じられないほど他人とも親しく話せた。
「あんたって、本当に今まで楽しい思いをした事が無いのね」
時折、いかにも白けた様子でみのりこさんは言った。
否定はできまい
「詰まらなかったねえ。胃に穴が開きかけて」
「そんな調子でよく、出世できたもんだわ。秋らめずに頑張ったのね」
「いや……秋らめかけました――――っていうか、単なるヒラですよ」
「ヒラがなんで、こんな客船で旅行できるのよ」
「仕事の内だったんですね……」
社長は、「給料が出たら、休日にとにかく一流の店に行き、一流のサービスを受ける事に惜しみなく金を使え」「そこで学び、一流の仕事をしろ」
と毎月話していた。 そんな事に使えるほど、僕は給料をもらえていなかった
と、一度冗談交じりに上司や先輩の前で言ったのが半年前。
それがきっかけかどうか解らないが、このチケットが転がり込んできた。
それなりに大きい会社だ。社員もピンからキリまでいる。ピンの方の先輩がくれた。本人にとっては、あまり痛くもない支出で、
たまたま都合が悪くいけなくなったのだそうな。
折角のチケットなので、どうするかを決めかねていると、普段ロクに楽しんでいない僕に白羽の矢が立った。
糞忙しい中、強制的に世界一の客船・ゆイタニック号の旅の始まり
レポート付きでだ………
大人になって、こんな思いをするとは予想しなかった。
という訳で、効率よくレポートを書くために、事前に下調べをして―――正直、最初にダブルブッキングをして、下りかけた時は幸運だと
さえ思ったし、初日に自力で回った時は、本当につまらなくて、どうレポートを書けばいいものかと焦ってしまった。
が、今は違う。
あの時何で、このみのりこさんとは上手くいったのだろう。
夜中、屋上に二人で出て、何やら波間に怪しげな潜水艦らしきものを見かけてはしゃぎつつ、考えた
「それは、幸せの部屋だからだよ!!!」
手すりの、非常に危険な場所で「荒ぶるグリコのポーズ」をとりながら、こいしが立っていた。
「―――危ないよ」
「私の部屋に泊まった人は、そうなる義務があるんだよ!!!」
「座敷わらしかあんたは……」
「とおお―――っ!!!」
思い切りかっこつけて、こいしは飛び降りた。
着地して、消えるなどという事は無かったが、存外に早足でどこかへ走っていった。今までも、あの早足で帰っていただけで、別に不思議な
存在では無いのかもしれない。
「何だったのかしら………」
本気で白けた顔をしつつ、屋上を見渡すと―――
「おやっ」
別の秋姉妹が、何やら騒いでいた。
どつきあっている
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へえ」
みのりこさんの素性は聞いていた。
辛かった芋栽培。
その後のゆうかりんとの共同経営や、着手したクリーム松茸の養殖の成功、更に調子に乗って始めた、ゴールデンとうもろこしへの投資の成功。
で、休暇をとってにこうして ゆイタニック号にまで乗れるようになった訳だが―――
今まで聞けなかった事がある
「お姉さんはどうしたんです?」
聞かない法がいいだろうとは思っていたが、自分の事も語ったし、ほかのゆっくりしずはを見て露骨に顔を変えているのだから、聞かないのも逆にきまずい。
「この船で働いてたのよ」
即答。
驚く前に
「随分前に出て行ったわ。 もう、芋なんか見たくないって言って―――――――TMGEに入社したり、バッカス島へ行ったり、
ゆイタニック号で船乗りになったとか―――すぐに変わるたびに手紙が着たわ」
――抜粋――
『妹よ
このバッカス島は、酒好きの楽園―――いいえ、猛獣の楽園ね。エスカルゴすら脅威となる、まさに死と隣あわせの
生活よ
でも―――この芳醇なブランデーの様な収穫には、農業とは違った充実感があるわ。
ここで鍛えて、酒倉も立てて、私は何倍にも大きくなって日本へ帰ってくるわ。
その時、フルコースもご馳走するわね 』
「何と言うか、まあ………」
「一応、この酒倉を建てる、って趣旨の手紙がずっと来てたから、本格的に就職したのかと思ったから、『じゃあ、今度そっちに行く』って手紙を出したの。
そしたら、返事が来なくなって」
「疑ってます?」
「多分、この島にはいってすらいないわ。一つ前の、このゆイタニック号で看板磨きでもしてる―――って話が一番妥当だと思うんだけど」
「厳しいなあ」
「送られてきた便箋が、ここの職員用のだったの」
確かに他では売ってないが……
「でも、ちょっと一縷に望みにかけて、島に行って見た。 案の定いなかったわ。ゆイタニック号の船員も調べたけど、しずはいなかった」
「ふふっ…。今宵の航跡は美しい、荒れ寄せるさざ波たちはまるで私たちを祝うセレナーデ…!」
「何を言ってるのおねーちゃん」
横でよく解らないやりとりをしている姉妹を見つつ―――このみのりこさんの姉のしずはも、あんな感じなんだろうかと想像した。
みのりこさんは、泣いてはいないし、怒ってもいなかったが、どちらかというと疲れきった顔だった。
「私は、この通り成功したから、驚かすつもりだったし、予告無しでいけば、ごまかせないでしょうって思ったんだけど、馬鹿だったわ。
旅費も無駄にしたわねえ」
ぶつり、と帽子の葡萄を?いで、くちくちと食べる。 あれ実は渋くて美味しくない。
「悪かったね……俺、一人ではしゃいでましたよ」
「謝る事無いわ」
「でも、無駄だった ってのは違いません?」
本当の半眼で、こちらを向く。薄暗くて、表情は少し読み取れない。
「いや………だって、楽しかったじゃないですか。俺は、とにかく楽しかった」
「まあねえ」
「二人がこうして―――その、恋愛とかそういうもんじゃ無しに、友達ができた旅、って意味では意味があるんじゃないですか?」
「――――なんてありがちな……!!!」
「いいじゃんか」
「おお、テンプレテンプレ」
「おお、辛辣辛辣」
「おお、なれあいなれあい」
『「うるせえ!!! おめえ誰だよ!!!」
いつの間にか後ろに立っていた見ず知らずのきめぇ丸を追い払うと、周りには誰も居なくなった。
「部屋、戻る?」
「僕は、ちょっと喫茶店にでも行ってきます。開いてる所もあるでしょう」
「あっそ。レポート頑張ってね」
そういえば書いていない。
部屋に戻る途中、入った喫茶店の前で、僕達は、拳と拳をかち合わせた。握手なんて恥ずかしい
「それじゃ、これからもよろしく」
「きもんげ社長とも知り合いになれたしね」
「教授ともね」
知り合いで言えば、あのれいむ親子もけっこう面白かったな……と思いつつ一服している内―――レポートも書かず、まどろんでしまった
そして、夢を見た。
とても綺麗な夢だった。
僕は、旅行が終わり、またいつも通りに働いている。劇的に内容が改善された訳ではなく、激務だが、多少ここで受けたサービスを応用
したりして、トラブルは少しだけ減っている
仕事が終わると、みのりこさんへ電話して他愛も無い話をしたりして、週末には、ここで会った面々も含め、軽く飲んだり、どこかへ食べに
いったりする。
楽しい関係はまだ続き、仕事で大きな成功を収める訳ではないが、それはそれでとても幸せな日々。
友人がいて、幸せな時間はまだ続いている、そんなささやかな夢だ
銃声で目が覚めた
他にも、阿鼻叫喚の悲鳴の数々と、何故かバランスの悪い足場も手伝った。
店の外では、半狂乱でゆっくりも人間も喚きながら逃げ惑っている
――助けてください
――誰か 誰か
――もうお終いだ
――なぜ なぜ こんなことに
ややあって、船が沈みかけているという事だけわかった。
氷山にぶつかったらしい
本当に、何故こんなことに。
何処で、何が狂った。
ダブルブッキングが起こった時点で、完璧なサービスとは言い難いが、それを補うだけの賞賛をレポートには書いた。だが、沈むなんて誰が
予想した?
贅沢なつくりだった。 楽しかったし、幸せだった。
不相応な楽しみ方だったか?
その分しっぺ返しがきたのか?
本当の楽しかったし、幸せだった。
それがいけなかったか?
ああ、本当に何故こんなことに、。
ひとしきり、短い時間で嘆いた後、喫茶店から出たが、どこに行けばいいのか解らない。
一応避難を先導してくれるクルーもいるが、すぐに行かねばならない所がわかった
レストラン街を通らなければならないし、そこにタコの化け物が出現しているそうだが、関係ない。
行かねばならない
僕達の部屋にだ
そこには、もうみのりこさんはいないかもしれない。
自殺行為だ
それでも、いかなければ
あそこには、沢山まだ残っている
今までに一緒に思い出として買った土産の数々
日本人らしく、そこら辺で取り巻くってしまった記念写真
それに、今まで書いた、嫌だったはずレポートには、ここで学んだ事や、感謝の気持ち、楽しかった記憶が閉じ込めてある
何より、みのりこさんは部屋へ戻ったのだ。
もしも何かあったら 何かあったら
僕が走る方向は、全体への避難と逆流していた。
中々進めない。
ついに足をとられ、転倒してしまった
そのまま、何人にも踏みつけられる
立つ事すらままならない
「ちくしょう………ちくしょう」
何とか腰だけでも浮かそうと、右手を振るおうとしたら―――空を切った。
前に、空間ができている。
その先に、あのこいしがいた。
「ほら、立って」
何故か、皆こいしを避けるようにして走っている。
こいしを確認して速度を落としているわけではなく―――まるで、無意識に見えない障害物を避けているかのよう―――
「行くんでしょ。部屋に」
勿論。しかし、この状況で………
「言ったじゃない」
この地獄絵図の中、「荒ぶるグリコのポーズ」をとって、こいしは血の池の様に真っ赤な口を開けていった
「私の部屋に泊まったら、幸せになる義務があるのよ!!! ずっとね!!!」
―――そう
このまま逃げて、生き残ったとしても、その余生を幸せに送れる自信なんてない。
僕は駆け出した
―――と、先ほどかこいしを避ける様に、皆が僕を避けていった。
急ぎ足なのは変わらないのに、すんなりと。
おかげで、すぐにあの部屋へ
鍵は開いていた。
「みのりこさん!?」
彼女は、いた。
両手に、土産とカメラ、そして、何処を漁ったものか、僕が描き続けたレポートを持って。
ベッドの下敷きになっている。
「揺れすぎ………どういう事?これ?」
「行きましょう」
「でも……」
重すぎる。
こんな事になるなら、単なる普通の寝台で良かったのだ。こんな状況は予想だにしなかったか?
レポートには何と書こう?
そして―――僕が太平楽に目が覚めたのは、氷山にぶつかってから、かなり時間が経っていた頃らしく―――――
早くも浸水が始まっていた。
それ程下の部屋ではなかったのだが
「―――入り口からは、もうだめ………?」
「まだだめよ」
こいしの声。
今度は、どこからともではなく―――脳みその中にこいしが入り込んで、そこから直に話されている気持ちだった。
「入り口がダメなら、窓の方にいってね!!!」
どうやらみのりこさんも同じらしい。
不気味だが、それ以上の恐怖が迫っている。
何とかベッドから引きずり出し、窓に向かうと――――
「こんな………」
「都合のいい事が………幸運が…………」
「何度も言わせないで!!! 不幸になんかさせないよ!!!」
海面は足元まで来ていた。
そして――――窓をこじ開けた先には、ゆっくりばかりを載せた救助ボートが浮かんでいた。
「ゆゆっ!!? こんな所にまだ……」
「どうしよう?乗れるかな?」
「のせてあげようよ!!!」
「荷物はおいていってね!!!」
何か騙されている気さえしたが―――僕達は窓から身を乗り出した。
二人で顔を見合わせ――――みのりこさんは、抱えていた荷物を全部捨てた。
「『泊まったら幸せになる部屋』/・・・・・・・・・・・か」
ボートには、それこそ皿に極限まで盛られた菓子か葡萄のように、ゆっくり達がひしめいて乗っていた。
みのりこさんは脇により、僕は、流石に乗るわけにはいかず、刺す様に冷たい海水に入り、ボートのふちに掴まった。
――そのまま、どれだけの時間がたっただろう………
救助など来る様子もない。
どうやら、ボートは予定の半分しかなかったらしく、こうして脱出できた僕達は、かなり幸運な方なのだろう
しかし、助かった訳ではない。
温度は下がっていく。上空を懸命に走るきめぇ丸らしき影は見えるし、船が沈んでいくのも、下で何かが支えているように
ゆっくりに思えたが、このままいつまで持ちこたえられるか
「―――……訴えてやるわ」
「そうだね………それから、レポートにも、最後の最後にボロカスに書いてやりますよ」
「捨てちゃったけど?」
「大丈夫………思いでは、全部、腹の中に…」
と言ったところで、ボートが傾いた。
ゆっくり達、僕の方を一斉に見る。
怒った顔、怯えた顔、哀れむ顔――――
そう、もうボートを支えにしていられる余力も無い。
このまま掴まっていたら、僕ごと全員を沈めてしまうだろう―――――
「大丈夫。また、合流できるよ」
「?」
「姉さんにまた会えるといいね」
少し先に、板切れが浮いている。
まだ何とか持つだろう―――僕は、ボートから手を離し、少しずつ泳いでいった。
「おいおい!!!」
「――大丈夫だって」
離れたボートを見ると―――ちょうど、上の方に転がっているのが、ゆっくりめーりんで、赤い髪が広がって―――まるで刺身のよう。
そこで思い出した
「ああ、あれは」
出港前に、ダブルブッキングを予言し、なおかつ乗船を止めようとしたゆっくり
あれは、ゆっくりこまちだ。
あの世とこの世の境で、居眠りしている事の多いゆっくりの番人は、このゆっくりだという伝説がある。
船内で知り合った、かなり有名なライターのゆっくりゆゆこが、本当か冗談か、「自分は三途の川の前で、こまちが寝ているのを見計らい、
脇道に入って、自ら自分の娘(みょん)の娘に転生して、今の人生を歩んでいる」と話していた。
予言……………?
「今回」の乗船…………?
非日常……………?
そして、脳内でこいしが大声で言う
「さあ、ここから先が見たかったんだよ!!! 『今回』はどうしてくれちゃうかなあ?」
===============
――「最初」 に、 僕は、 全てを諦めた
目の前の出来事に、どうあってもこの先自分が幸せにはなれない事を悟った。
―― 次の瞬間、 「2回目」が始まったのだ
ここから―――僕が去った後のボートに、何が起こるのか知っている
――今は、「何回目」だ?
===============
僕は――――反射的に、全力でまたボートに向かった
冷静に考えれば、まだ他の方法もあったかもしれないが―――無理だった。
そんなに鬼気迫った顔をしていたのか。他のゆっくり達が僕に慄く。
最初に、一番上に載っていためーりんの髪を掴んだ。
そのまま―――まだ、たくさんの木材が浮いており―――救助に手伝えそうな人間がいる所へ、全力で投げる
めーりんは、悲鳴すら上げられなかった
「な、なにするの!!?」
「うるせえ、饅頭ども!!!」
続いて、テルヨフ、もこう、まりさもありすも、れみりゃも―――ボートの上の、ゆっくり達を、片手でなるべく正確に、同じ方向へ
投げていく。
「酷いよ!!!」
「このゆっくり殺し!!!」
「お前等、ここから降りろって言ったって降りないだろ!!!」
「あ、当たり前でしょ!!!」
そうなのだ。
こうするしかない
一人ずつ投げていき―――みのりこさんも掴んだ。
何も言わなかった。
しかし、震えていた。
僕は、愛情をこめて、渾身の力で、同じ場所へ投げた。
数分後、何度か噛み疲れはしたが、ボートから、ゆっくりは全員いなくなった。
何とかボートに上がり、足を投げ出して、僕は空を見上げた。
今まであった人たち――――全員、無事ではないだろう。
夜空に、何やら凶悪な印象のゆっくりが飛んでいた気もするが、気のせいだろう。
指一本、動かせなかった。
これでよかったのか?
他にも方法はあったかもしれないが、僕は満足だった。
「何やってんの!!? 秋れるわぁ……こんな馬鹿なこと…」
ふと横を見ると、遠くからみのりこさんがこっちへ泳いできている
当然ながら怒っているが、それ以上に心配しているのが解る
「悪くない…………」
親友を見ながら死ねるとは―――――― 最高にシアワセダ
そう思った瞬間―――初めからわかっていた事だが、傾いた船の鉄柱が、なだれ込み、ボートごと僕の体を致命的に打ちつけ、
海の底へ沈めていった
「あら、今回はこのパターンね。ちょっと飽きちゃった」
もう、秋秋
脳内で、こいしが地獄のように赤い舌を見せて笑っている
++++++++++++++++++++++++++++++++
「今回も乗るのかい?乗らないのかい?」
――今回も?
出港前に、港で背後から声をかけてきたのは、あまり見かけない、赤い髪のゆっくりだった。
しかし、天下の豪華客船ゆイタニック号。 こんな船に何回も乗れるような身分ではない。
ゆっくりは大儀そうに目もあわせず、短い子供のような腕を後頭部で組み合わせている。
「乗りますよ。乗ります」
「本当に?ドロップアウトしないの?」
何がだろう?しつこい。それに言うに事欠いて、「ドロップアウト」とは何事か。初対面なのに、
人違いだろうと踵を返して向き合うと、今度は肩を掴まれた。
「当然乗りますよね?」
同じく、あまり見かけないゆっくり―――こいしだったろうか。
気持ちの良い笑顔だった。
何か、それを見ているだけで、この船に乗らなければならない気がしてきた。
「勿論」
背後で、大きく嘆息する声を聞きながら、無視して乗り込む。
周りにも乗客は多くいたのに、なぜかそのゆっくりの声が届いた。
「ドスマリーサカンパニーは堅実な会社さ。教育も行き届いてるから、今までダブルブッキングなんて、
一回も起きなかったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今回はどうしたんだかね。ボートは半分だわ、望遠鏡は忘れるわ」
・・・・・・・・・・
「まあ、本人が楽しければいいのかな?例外中の例外だけど こんな『非日常』の塊の中じゃ、こんな事も起きるかね」
「そうそう、本人は至って幸せよー その為に、楽しむためにも記憶は消えちゃけど、ズルじゃないよねえ」
目の前で、所謂「荒ぶるグリコのポーズ」をとりつつ、後ろのゆっくりに向かって話している。
「私の部屋に泊まった者は、どんな奴でも、最高に幸せになれるんだよ!!! ならなくちゃいけないんだよ!!!」
レポートの事を考えると、気が重かったが、何故か、この先、物凄く楽しいことが待っている気がした。無条件に
何か嫌な予感もあったのだが、それは、楽しい予感にかき消された
「そう、楽しい時間を何度も何度も過ごせるんだよ!!!」
後ろを見ると、赤い髪のゆっくりは大儀そうな顔でふて腐れている。
「――――未来永劫にね!!!」
++++++++++++++++++++++++++++++++
奇跡としか言いよう無い事に―――一説によると、この海域で恐れられる伝説の魔女が、本当に出現したとかまことしやかな
噂で――――近くを通りかかった企業船に助けられ、みのりこ達、ボートに乗っていたゆっくりは全員助かった。
ゆっくりれいむの親子にも再会したが、本当にその魔女を目撃し、あまつさえ船内で救出されたという
そして―――
確認された犠牲者:0
ならば!!!
港にて、みのりこは、関係者に詰め寄った。
「じゃあ、教えて!!!」
船上で知り合った、人間の親友の名を呼ぶ
犠牲者0なら、彼も助かっているはずだ―――――
が、決して冷淡では無さそうな人間は、心底戸惑って言った
「そんな名前の男は、存在しませんよ」
何か、冷たいものが頭に差し込まれる。
ダブルブッキングして、自分の部屋を一緒に使っていた事も説明したのだが―――
「ドスマリーサカンパニーは、今までダブルブッキングなんて、 一回も起きていません。これだけはいえます」
「????」
「大体、チケットが2枚重複するなんて事はありえませんよ」
呆然として、その場を離れ、元居た海を眺める。
何匹かの巨大なタコが居ると思ったら、皆ゆっくりだった。
この世界は狂っている。
狂いきっている。
そして、脳内で何かが砕けた。
明らかに、意識のどこかで、何か大切なものが強制的に忘れられた事をみのりこは実感していたが、それが何なのか確かめようが
なかった。
代わりに、酷く晴れやかな、幸せな気分になった
「ま、助かっただけよかったわよね。 贅沢言ってられないわ。今は しあわせ~」
同じ事を言っているゆっくり達もそこら中にいる。
犠牲者が0なんて、こんなにも目出度い事は無い。
海に向かって、大きく伸びをする。
先ほどの蛸と思っていたれいむは、いつの間にか凧になっていた。
とにかく、今は気分が良い
「あれ?」
だが………
顔中をこすりながら、半笑いしつつ、みのりこは言った
「何で私、泣いてるの?」
了
おまけ:
凧になったれいむは、次第にこちらに近づいてきた。
よく見ると、人間が一人、へばりついていてる。
そして、みのりこの前で飛び降り、手前で海面に落下した
秋れて見ていると、元気な事に、そのまま泳いでこちらまでくる
「350回……いや、500回かな?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「記憶を消さない裏技を見つけたのが200回目………」
「??????」
「ついに、脱出に成功したぞ!!!」
いつの間にか、横にはこいしがいて、信じられないほど不機嫌な顔で
腕を組んでいる
「折角楽しかったのに……これでまた他の船かホテルをさがさなきゃいけないじゃない!!!」
「黙れ、この似非コーボルト!!! 知った事か!!! どうせ船沈んじまったじゃねえか!!!」
「あのまま続けたかったのに!!!」
どこかであった人間だろうか?
とりあえず赤の他人という気はしないが………
「みのりこさん!!!」
「うわっ!やっぱり話しかけてきやがったよ……誰あんた?」
「見覚えないのも無理は無い。ええとね……」
とりあえず、とあるメーカーの平社員であることはわかったが……こいしが説明してくれた。
「と、いうお話だったのさ」
「ああ………そうなの。それは……よかったわね……………」
気まずいが、苦笑いで、こいしの真似をして「荒ぶるグリコのポーズ」をとって、出迎える
「おかえりー!!!」
「ただいまー!!!」
男は、とたとたと此方へ走ってくる。髭が伸びているのが嫌だったが、気を取り直してみのりこは受け入れ態勢をとった。
流石に、今の話を聞いて邪険には扱えまい。
と、視界にその時映ったのは――――
「あ、姉さん」
躊躇無く移動したみのりこの脇を通り抜け、彼は、もう一回海に飛び込んだ。
「何あれ?もしかして密航者?」
しばらく上がれそうに無い
「今までほったらかしにして、何やっとったんんじゃこの馬鹿姉ええええええええええええええええええええええ!!!!」
「久しぶりなのに何よ 馬鹿芋うと!!!」
地上では、それはそれで幸せそうな姉妹の喧騒がコダマした
最終更新:2009年06月10日 22:57