ゆっくらいだーディケイネ 第5話

『ゆっくらいだーディケイネ』



これまでのゆっくらいだーディケイネは!

紅い霧の立ち込める『紅魔郷の世界』にやってきた紅里一行は、とりあえず森をブラブラする事にした。
あてどなくうろつき回っているとれみりあと出会い、この世界の状況を知る。

「何日か前からこの霧が出てきて、なぜかれみぃは平気だったんだけど仲間のみんなはどんどんゆっくりできなくなっちゃって…。
それで、みんながゆっくりできないのは嫌だから、怖いけどこの霧を止めに来たんだよ!」

霧の発生源を追ってれみりあと共に進んだ先にあったのは紅い屋敷。
中に入ろうとして門番との戦闘になるが、恐怖で動けなくなったれみりあをかばってディケイネは敗北してしまう。
一度出直そうか…そう考えていると、茂みの中から一人の少女が現れる。
その少女が持っていたキーホルダーの先に付いていた、そのロケットは…




第5話 Scarlet Heart



「それは…まさか!」

少女はメダルを取り出し、ロケットに挿しこんだ。

「そうよ…そのまさかよ!」
『ユックライドゥ!』

ロケットから音声が発せられると、その少女は右手で素早くフタを閉じた。

「変身!」
『ディ・エーーイキ!』

周囲を一頭身のシルエットが駆け回り、その少女に重なる。一瞬の閃光の中から現れたのは…


後ろ髪が片方だけチョッピリ長い、緑色の髪をなびかせ

数多の絵師に『描き難い』と評判の帽子を被った

ゆっくらいだーディエイキ!


「………」
「…何よ?」

ディエイキが妙な視線を感じて振り向くと、そこには悲しそうな視線を向けている紅里がいた。

「いや、なんて言うか…変身って外から見たらこんなんなんだなぁ…って思って」
「どーいう意味よ?」

ふっ…と何やら諦観めいた表情を浮かべる紅里、怪訝な表情を浮かべてそれを見るディエイキ。

「…お話中のところ申し訳ありませんが、あなたもお仲間ということで良いのでしょうか?」
「そうね…まぁ、そう捉えてもらっても構わないわ」

半分忘れられていた門番バニーはその答えを聞き、再び構えを取った。侵入者は排除する。彼女はバニーである前に門番なのだ。

「そうですか…ならば、私がどういった対応をとるかは、言わなくてもわかりますね?」
「ふん、そんな格好の人に言われても怖くもなんとも無いわ」
「好きでやってるわけじゃありません!」

バニーの悲痛な叫びをよそに、ディエイキは2枚のメダルを取り出した。

「受けてみなさい!」
『ユックライドゥ!チルノォフ!』
『ユックライドゥ!テルヨォフ!』

キーホルダーから2つの光が放たれ、そこからそれぞれチルノフ・テルヨフが姿を現した。

(召喚術?あるいは自立型戦闘ユニットの生成か…さて、どう来ます?)

門番の目つきが鋭くなる。先ほどと違い、1対3…時間差攻撃、同時攻撃、一転集中攻撃、包囲攻撃…そのどれにも対応できるよう身構える。
しかし…

「…」
「…」
「…」
「…」

動かない。

「…」
「…」
「…」
「…」

動かない。

「…」
「…」
「…」
「…?」

動かないったら動かない。
あまりの不動さに疑問を抱き始めたとき、突然ディエイキが動き出した。

『ラストスペルライドゥ!ディディディディエェイキ!』
審 判 「 ラ ス ト ジ ャ ッ ジ メ ン ト 」
「くっ!?」

チルノフ・テルヨフは出現時の動きを巻き戻すかのようにキーホルダーへ還っていき、次いでレーザーが放たれる。
てっきりあの2人を使って何かするものと思っていた門番はその意外な行動に意表を突かれ、不恰好な形で回避を強いられた。

「しまった!?」

レーザーを右へ右へと回避していたが、そこでようやく反対側からもレーザーが迫っている事に気づいた。
挟み撃ち。これ以上右には避けられない、かといって左のレーザーもまだ残っている。ならば上しかない、そう決断して飛ぼうとするが
体勢が崩れているため一瞬出遅れる。
その隙を狙い撃つかのように最大出力のレーザーが照射された。

「うああああああっ!」

バニーは吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられて気を失った。



あの門番バニーは随分と派手にぶっ飛ばされて、どうも気絶したらしい。服はボロボロになっているが、大事な部分は隠れている。
きっと年齢制限とかそういう素材で出来ているのだろう。
ぶっ飛ばした当人を見ると、変身を解除していた。
それにしても…

「…ねえ、さっきのって…」
「………………………いわよ…」

その少女はキッとこちらを睨んだ。

「間違えてなんか無いわよ!最初からチルノフとテルヨフで相手の油断を誘ってそこを攻撃するっていう巧妙な作戦だったんだから!」
「…あー、はいはい」

顔を真っ赤にして喚いている。面倒なのでこれ以上突っ込まないでおこう。

「うー!」
「おねえさん!」(シュコー)
「大丈夫!?」(シュコー)
(ドッキン☆)

隠れていたゆっくり達が寄ってきた。ん?最後の(ドッキン☆)ってなんだ?

「う"ぅ"ー!う"ぅ"ー!ごめんね!ごめんね!れみぃがしっかりしてなかったからおねえさん…」
「いいわよ、もう済んだことだし。そっちも怪我は無かった?」

大泣きしながら謝るれみりあの頭をなでる。こう泣かれたのでは怒る気も失せる。

「おねえさん、本当に大丈夫!?」(シュコー)

ガスマス…れいむもそういって声をかけていた。こいつらに心配されるのはちょっと意外だった。

「ええ、大丈夫よ」
「でもおねえさん!こんなに胸が小さくなっ」(シュコー)
「それは関係ないでしょうが!」

そういうオチか。とりあえずデコピンをくらわせてやった。

「それにしても、手ごわい相手だったぜ…」(シュコー)
「あんた何もしてないでしょう」

とは言っても、何が出来たとも思えないが。
ふとさっきの少女を見ると、何やらもじもじした様子で視線を泳がせていた。

「…あぁ、悪いわね無視しちゃって。それで、あんた一体何者なの?」

話しかけると、慌てて表情を引き締めて視線をこっちに向けた。

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は森定伝子(もりさだ つたこ)、あなたと同じゆっくらいだーよ!
ディケイネ、あなたの事はさくやに聞いたわ」

『ゆっくらいだーよ』のあたりで思わず噴出しそうになったがなんとか耐えた。私えらい。

「ふーん…私と同じって事は、あんたもふるさと小包に釣られたクチ?」
「は?ふる…?」

その少女、伝子は呆れたような口調で返してきた。

「えっ…あなた、そんなもんに釣られたの?」
「ふるさと小包ナメんじゃないわよッッッッッッッッッッ!」
「うー!?」

つい大声が出てしまった。側にいたれみりあが驚いて声を上げる。

「なんでそこまでふるさと小包にこだわるの!?」(シュコー)
「わからないんだぜ!?」(シュコー)

なんということだ、ふるさと小包の素晴らしさがわからないとは…こいつらの事が少しかわいそうになってきた。

「ふん、まぁ何に価値を見出すかは人それぞれよね…ちなみに私はもぉっと素晴らしい物を約束されたわ」

聞いてもいないのに鼻息荒くそう語りだしてきた。ふるさと小包より価値のあるものなど全く思いつかないが、なんなのだろう?
そして何故こいつはさっきからちらちらと視線を泳がせているのだろう?

「聞いて驚きなさい…なんと、もはや入手困難となったゆっくりぬいぐるみをもらえることになってるのよ!」

伝子はそう高らかに宣言したが…その後場を支配したのは沈黙だった。

「…えっ?なんでそんなにリアクション薄いの?すごいでしょ?」
「いや、だって…」
「ねぇ…?」(シュコー)

私とれいむ・まりさは顔を見合わせた。

「通販で普通に買えるんだぜ」(シュコー)      (※2009/6/14現在)
「うっそ!?ダマされた!?」

伝子は頭を抱え込んだ。通販どころか、まだ店頭に置いてる所だってあるだろうに…どれだけ抜けているんだこいつ。

「まぁそんなに気を落とさないでよええと…でんこ?」
「伝子(つたこ)よ!誰がでn…」

そこまで言って、伝子の動きが止まった。



そこまで言って、私の目が『あるもの』を捉えた。

(し…しまった…!)



「紅い霧…紅魔郷の世界ね」

どうやら次の世界に来たらしい。私は外を見て、どの世界なのかを確認する。
前回の妖々夢の世界ではうっかり山で遭難し、命からがら辿り着いた民家で知り合った老夫婦とつい愉快に過ごしてしまったが、
今度の世界ではそうはいかない。きちんと活躍してみせる。

「そのためにも、準備はしっかりしなきゃね」

私はベッドに腰掛けて、ちょうどゆっくりくらいの大きさのクッションを抱えた。
目を閉じて集中する。れみりあ…ふらん…ぱちゅりー…さくや…ちるの…めーりん…
この世界にいるであろうゆっくり達の姿を思い浮かべる。
そして!

「れみりあちゃあああああああん!」

クッションを思いっきり抱きしめた。かわいいれみりあの姿を浮かべながら。

「ふらんちゃん!ふらんちゃん!かぁぁぁぁぁああああぁわいいよぉぉぉぉぉおお!」

次はふらんだ。全力でほお擦りする。

「ちるのちゃん!かわいさMAX!あなた最強よ!」

ちるのの姿をイメージし、クッションを思い切りなでまわす。そうやって一通りのゆっくりでイメージトレーニングを行った。
そう…イメージトレーニングだ。いざゆっくりに出会ったとき、そのかわいさで我を忘れてしまわないようにこうやって
事前にシミュレーションを行い、耐性をつけておく。まぁ、前の世界では結局ゆっくりに出会えなかったために無駄に終わってしまったが…

「…ぃよし!完璧!」

全員分のシミュレーションを終えて、外に出る準備をする。何気に覗いた鏡で顔を見ると…鼻血が出ていた。

「おっと、いけないいけない。えへへ…」

ニヤケ顔で鼻血をふき取り、ドアを開けた。
さぁ、待ってなさいかわいいかわいいゆっくりちゃん達。
この伝子おねえさんがどんな相手だろうとやっつけて、みんなをゆっくりさせてあげるからね!
そして…そして…!

「えへっ、えへへへへへ…」



そう…自分では完璧にシミュレーションしたつもりだった…しかし…!

(ふ、不覚だわ…るーみあちゃんを忘れてたなんて…!)

変身中は自身もゆっくり化しているせいか何とも無かった。人間が変身しているとわかっているディケイネにも反応はしなかった。
そして予めシミュレーションを行ったれみりあちゃん、毎日のようにシミュレーションしていたれいむちゃん、まりさちゃんは
なんとか耐えしのぐことができたが…

(ああ…だ、ダメ…)

ふわふわと浮かんでいるるーみあちゃんを見てると…

(お父さんお母さんごめんなさい………伝子はもう…………辛抱…………たまりません……………!)



「…ちょっと、ねえちょっと!どうしたの!?」

伝子とか言った少女は何やら固まってしまった。何度も呼びかけるが返事はない。
息づかいもひどく激しくなっているし、何か発作でも起こしたのだろうか。それともまさか霧が…?

「るっ、るるるる…るー、るぅー…」

きれいなそら?

「みぁ…」

そう言うとでんこは両手と片膝を地面につき、腰を上げてクラウチングスタートの体勢をとった。

「ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

そしてその絶叫と共に一気に駆け出した。光速の4秒0とか、なんかそんな感じの勢いで。
走っていった方に視線を向けると、そこには元気に伝子から逃げまわるるーみあの姿が!

「あーん待ってるーみあちゃぁぁぁん!ぎゅってさせて、すりすりさせて、なでなでさせてぇぇぇぇぇ!」

人間の目って、本当にハートマークになるんだなぁ。二人の姿はあっという間に遠ざかり、見えなくなった。
残された私達は、しばらくの沈黙の後…

「…さぁ、中に行きましょうか!」
「そうだね!」(シュコー)
「ゆっくり入るぜ!」(シュコー)
「うー!」

見なかったことにした。



「ようこそ。よくあの門番を打ち破ったわね。歓迎するわ、脆弱な人間と矮小なゆっくり」

館に入った私達は手荒な歓迎を受け…る事もなく、館主との謁見を許された。
「門番を打ち破るような力の持ち主ならば客として招き入れる」…そういう事らしい。よくわからないが。
そして館主…目の前で高そうな椅子に座ってふんぞり返っているこの偉そうな少女も、どうやら人間ではないらしい。
真っ赤な瞳に金色の髪、背中には二枚の蝙蝠の翼を生やした彼女は、おそらく吸血鬼なのだろう。容姿こそ幼い少女のそれだが、
その双眸から放たれるプレッシャーには正直、足がすくみそうだ。れみりあはずっと私の後ろの隠れてぶるぶる震えている。
…ちなみにガスマスクどもはこの場にはいない。館に入ったらいつのまにか消えていた。どこ行ったんだ、私も連れてけ。

「申し遅れました、私はこの館の主…名をレイチェル・スカーレットといいますわ」
「…床次、紅里よ」
「うー………れみ、れみりあ………」
「そうですか。まぁ、どうでもいいですわ。あなたがたのお名前なんて」

にっこりと笑いながらそう言ってのける。心なしかプレッシャーが増した気がする。私らなんかマズい事言った?

「ところで、何の御用でいらっしゃったのかしら?」
「…この霧、さ。あんたが出してんでしょ?とめてほしいのよ。これのせいで苦しんでる連中がいっぱいいるみたいだから」
「まあ!」

彼女…レイチェルは口に手を当ててわざとらしく驚いて見せた。

「私の大敵である日光を遮るために出したこの霧がそんな事態を引き起こしているだなんて…思ってもいませんでしたわ。
それに日光もどうやら防げていないみたいですし…」
「だったらもういいでしょ?止め…」
「でも、お断りしますわ」

レイチェルは再びにっこりと笑い…そしてその笑顔はにやりとした悪魔の笑みへと形を変えた。

「あなた達のような下等な存在の言う事をどうして聞かなければならないのかしら?どうしてもと言うなら…」

レイチェルの周囲に光弾が現れる。これは…どう考えてもディ・モールト(非常に)マズい。

「下等生物らしく、力づくでどうぞ♪」
「くっ!」
「うー!?」

弾幕が放たれる。私はれみりあを突き飛ばし、反動で反対方向へと我が身を投げた。一瞬の差でさっきまで私達がいた所に
弾が突き刺さる。

「うっ…うぅーーー!うええええええええ!」

れみりあがまた泣き出した。いや、今まで耐えていた分よくやったと言うべきか。

「ほらほら、どうしたの?門番を倒したんでしょう?」

レイチェルはにやにや笑いながら歩いてくる。一歩一歩、ゆっくりと。

「仕方ないわね…れみりあ、あんたは柱の陰にでも隠れてなさい!」

私は身を起こし、メダルを取り出した。

「変身!」
『ユックライドゥ!ディケイネ!』
「…へぇ?」

変身から何かを感じ取ったのか、レイチェルの笑みが深くなる。

「理由はよくわからないけど魔力が増大したわ。面白いわね…少しは楽しめそう」
「勢いあまって倒しちゃうかもね!」
『スペルライドゥ!始符「エフェメラリティ137」!』

短期決戦を狙ってスペルを発動させる。出現した弾幕がレイチェルに襲い掛かる。

「ふぅん」

だがレイチェルは踊るように動き、その全てを回避していく。いや、本当に踊っているのだろう。余裕があるのだ。

「なかなかやるじゃない。えーと、こんな感じだったかしら?」
「なっ!?」

弾幕を回避したレイチェルが放ってきたのは、さっき私が発動させたスペルと同じ…いや、更に強化したもの。
自分が展開した弾幕パターンを頭の中でトレースしながら必死で回避するが…レイチェルがアレンジを加えた部分は勘で避けるしかない。
何発か危ないところはあったものの、なんとか全部避けきれた。ぱちぱちぱち、と拍手が聞こえる。

「すごいすごい、よく避けたわね」
「っの…!やってくれるじゃない!」
『スペルライドゥ!野符「武烈クライシス」!』

次のスペルを発動させる。さっきと同じように弾幕がレイチェルに向かって飛来するが…彼女は微動だにしなかった。

「んー…これはちょっと、避けてもあんまり楽しくなさそうね」

そう言ってぱちん!と指を鳴らす…と、信じられない事だが…弾幕が掻き消えた。

「…嘘でしょ?」
「ざぁんねん♪あ、でもこういうのはどうかしら?」

またもさっきと同じように、私と同じ弾幕を放ってくる…が、今回は強化されていない、むしろ弱体化されている。
これなら余裕で避けきれる…そう思ったが、すぐにそれは甘い考えだったと思い知らされる事となった。
レイチェルが、消えた。

「どこに…!?」

姿を探して周りを見ると…
右前方、左前方、右、左、右後方、左後方、後ろ、前方上、前方右上、前方左上、
右上方、左上方、右後ろ上方、左後ろ上方、後ろ上方、真上。
超高速で動いたレイチェルが、それに前方を加えた合計17箇所からほぼ同時に同じ弾幕を放ってきた。
自分で顔が青ざめていくのがわかる。

「ちょっと…こんなのって…!?」
「頑張ってね?」

頑張れるわけがない。私は四方八方から襲い掛かる弾幕に………………押しつぶされた。



「うー…」

れみりあは戦闘前に言われたとおり、柱の陰に隠れていた。今度は邪魔にならないように。
しかしそこから見える光景は…あまりにも酷かった。
ディケイネが攻撃する。レイチェルはそれを難なくかわす。
レイチェルが攻撃を返す。ディケイネはそれを必死で避ける。
再びディケイネの攻撃、今度は指先ひとつでかき消される。
そして…そこからは一方的だった。
まず、全方位から襲い掛かる弾幕に成すすべなく押しつぶされる。
後は満身創痍のディケイネに対し、じわじわとなぶるように攻撃を加えていく…反撃など、出来ようはずもない。

「うー…うぅー…うぅぅー………!」

最初はただ怖かった。圧倒的な力をもつレイチェルが。
しかし、一方的にいたぶられるディケイネを見ているうちに、違う感情が湧いてきた。
怒り…もあったのだろう。しかしそれとは明らかに違う何か…恐怖を打ち消さんばかりのそれに突き動かされ…
れみりあは、飛び出していった。



「がっ………はっ……………」

変身が解けた。攻撃を受けすぎたようだ。身体中が痛い……もう、起き上がるのさえ苦痛になっていた。

「もうお終いかしら…」
「はっ……………はぁっ………………」
「つまらないわね…」

レイチェルが手をかざす。その手から光が発せられる。紅い、そして禍々しい光。

「さようなら、多少の暇つぶしにはなったわ」
(ここまでか…)

レイチェルの手から弾が放たれた……しかし………

「うー!」
「えっ!?」
「ん…?」

その弾は、飛び出してきた何かに阻まれ私に届く事はなかった。
その『何か』は…

「れみりあ!?」
「うぅー…!」

柱の陰で怯えていたはずのれみりあ。しかしその声は泣き声ではなく、唸るような…威嚇するような声。

「馬鹿!どうして出てきたの!?」
「だって…だって…!」

こちらに振り返るれみりあ。その顔にあるのは情けない泣き顔ではなく、何かに立ち向かう者の凛とした表情。

「おねえさんがこれ以上傷つくのを黙って見てられないよ!」



(へぇ…)

突如割り込んできたれみりあに対し、レイチェルは興味を持った。

「凄いじゃない」

本心だった。最初に見たときは野良犬にすら負けそうなほど脆弱なれみりあが…今や不安定ながらも中級悪魔程度の魔力を有している。
そのせいか、弾を受け止めた額にはほんの少し跡が残っているだけで済んでいる。
どちらにせよ、自分とでは比較にならないが。

「それにしてもおかしな子ね。不自然で不安定な魔力の増大もさることながら、
どうしてこうも圧倒的な力の差がある者の前に立ちはだかるのかしら?」

これも本心、心からの疑問だった。力の差は圧倒的、ならばなぜ向かってくる?気でも触れたのか?

「この子の心には…恐怖があるわ…」

れみりあの代わりに、紅里が答える。よろよろと立ち上がりながら。

「あんたは確かに強い…正直言って、目の前にいる事すら苦痛よ…それはこの子も同じ、いや私以上にでしょうね。
でもそれよりも…私や、他の仲間たちが傷つく方が…苦しむ方が…ゆっくりできなくなる事が、何よりも辛い。
だからこの子は立ち向かうのよ…そう、『勇気』とは怖さを知る事…恐怖を我が物として、乗り越える事ッ!」

れみりあは感じていた。
この悪魔の前では自分など虫けら以下の存在だ。何の抵抗も出来ずに消し飛ばされてしまうだろう。
れみりあは思った。
痛いのは嫌だ。戦いたくなんかない。死にたくない。怖い。逃げたい。
だが、れみりあは考えた。
でも、逃げてしまったらどうなる?一緒にここまで来てくれた紅里は、苦しんでいる仲間のみんなは………。
自分だけ逃げて、生き延びて…それでゆっくり出来るのか?
だから…れみりあは立ち向かう。全身を包む恐怖と!レイチェル・スカーレットという圧倒的な相手と!ゆっくりできなくなる運命と!
しかし恐怖する事、守る事を知らないレイチェルにとってそれは理解し難いものだった。

「よくわからないわね、本当に…」
「わからせてやるわよ…変身!」
『ユックライドゥ!ディケイネ!』

紅里は再びディケイネに変身する。直後、ポシェットから3枚のメダルが飛び出してきた。

「今までさんざいたぶってくれたけど…こいつでキメるわよ!」
『ファイナルフォームライドゥ!れれれれみりあ!』
「う?」

れみりあの勇気が、形となって現れる。
れみりあの身体が変形し、一本の紅い槍(スピア)となった。

(なに…?これ…)

背筋にぞぞっと寒気が走るのをレイチェルは感じた。武者震いだ。顔がにやけるのを止められない。

(何よこれ…何よこれ何よこれ何よこれ、何よこれ!?)

れみりあが槍となった途端、二つの力が合わさって爆発的に増大した。そう…自身と匹敵するまでに。

「くっ…くくっ…ふふふふふ…」

堪えきれずに笑い出す。

「あっはははははははははははははははははははははははははは!」

笑いながら、魔力で紅い剣を形成した。

「いいわ!最初下等とか言ってたけどごめんなさい、撤回する!あなたたち面白いわ!」

禍々しい笑顔のまま、飛び掛ってくる。

「…いくわよ、れみりあ」
『うー!』

振り下ろされた剣を、槍で受け止める。数秒の鍔迫り合いの後、繰り出される乱打も槍先で、柄で、全て受け止める。

「はっ!はははっ!ははははははっ!」

レイチェルは笑いっぱなしだった。自分の攻撃を受け止めるだけではない、隙を見て打ち返してくる。
高速で背後をとってもすぐに反応する、高威力の弾を撃っても避ける、受け流す。
これが。
これが『戦い』。

「いい!いいわ!最高よ!」

飛び上がって無数のレーザーを放つ。ディケイネは槍を回転させてそれを弾き、高速で接近してレイチェルの腹部を殴打する。

「がはっ!」

そのまま弾かれ、壁に激突する。崩れ落ちる瓦礫に紛れて弾を放つも、それらは槍で叩き落される。
次いで自分自身が弾丸となって突進…しかし衝突直前に槍を突き立て、上へと回避する。

「うっ…」

だが、今までの戦闘でのダメージが残っていたのだろう。ディケイネの動きに僅かな隙が出来た。それを見逃さずレイチェルは弾を放つ。

「ぐぁっ!」
『うー!?』

直撃を受け、槍ごと吹っ飛ぶ。静止したレイチェルの方も肩口に傷が出来ている。先ほどすれ違った時に当てられたのだろう。

『大丈夫!?』
「大丈夫…って言いたい所だけど流石にちょっとヤバいわね。次、でかいの行くわよ。準備はいい?」
『うー!まかせて!』

ディケイネは次のメダルを挿しこんだ。

『ラストスペルライドゥ!れれれれみりあ!』

発動と同時に、ディケイネが紅い光に包まれて跳躍する。天井を突き破り、空高く…周囲はいつのまにか夜になっていた。
レイチェルのちょうど真上…満月を背に、くるりと回転して槍を構える。

「そう…」

一方でレイチェルは少し残念そうな顔をした。

「これで終わりなのね…だったら…」

腰を落として剣を下段に構え、月を…ディケイネを見る。

「きっちり終わらせてあげるわ…私の勝ちでね!」

いつでも飛び立てるように足に力を込める。満月の夜、紅い世界で対峙する二つの紅い魂。

「はああああッ!」

先に動いたのは、ディケイネだった。渾身の力で、真下のレイチェルに向かって槍を投擲する。

「ふッ!」

レイチェルも飛び立つ。迫り来る紅い槍に向かって。
上空から打ち下ろされた槍。
上空へと打ち上げられたレイチェル。
双方の距離はぐんぐんと接近し…そして槍の先端が、レイチェルの額に触れようとしたとき…

「はッ!」

レイチェルは身体を捻り、軌道を僅かにズラしてそれを避けた。

(勝った!)

後ろで爆発音が聞こえる。槍が突き刺さった音だ。
これでディケイネとの間に障害物は何もない。
そのディケイネも丸腰で、後はただ落下するのみだ。
自分はそれを叩き切るだけ。ただそれだけ。それで勝利が手に入る。
今までで最悪の笑みを浮かべてディケイネを見ると、その顔は…

「…そうよね、あんたはレイチェルだものね。『なら、このスペルの事は知らないはずよね』」

不敵に笑っていた。
背筋にぞぞっと寒気が走った。今度は武者震いなどではない。
来る。
後ろから何か、来る。
思わず振り返ったその視界を埋め尽くしたのは…
霧よりも
炎よりも
血よりも紅い、魔力の奔流。
突き立てられた槍より立ち上った、紅い魔力の十字架に一人の吸血鬼が飲み込まれた。
そう、これこそが…

紅 魔 「 ス カ ー レ ッ ト デ ビ ル 」





「むー…きゅきゅー…むきゅー…むきゅー…むきゅー…♪むきゅきゅきゅむきゅきゅー♪」

森にぱちゅりーの歌声が響く。キャンプファイアーの周りには、回復した多くのゆっくり達。

「れみりあのおかげでみんな元気になったよ!」
「れみりあ、ありがとう!」
「おねえさんもありがとう!ゆっくりしていってね!」

彼らは次々とれみりあと紅里にお礼の言葉を述べる。
霧は止まった。レイチェルの敗北によって。
それから数日が経ち、体調不良を起こしていたれみりあの仲間たちはすっかり元気になっていた。今はそのお祝いだ。

「ゆふふ…お礼はいらないよ!」
「そうだぜ!まりさ達はゆっくりとして当然の事をしたまでなんだぜ!」
「おぉいあんたらは何もしてないでしょうが」

紅里の突っ込みと軽いチョップがれいむとまりさに突き刺さる。

「そんなことないよ!れいむたちはれいむたちで大変だったんだよ!」
「そうだぜ!何もしてないなんてガイジンなんだぜ!」
「心外、って言いたいの?」

あの後、れいむとまりさは消えたときと同じようにいつのまにか戻っていた。
曰く

『れいむ達は弱ってた人たちを助けたんだよ!』
『ゆっくりまりさの ブラックジャック!だったんだぜ!』
『そして助けた人たちをちぎっては投げちぎっては投げ…』 『え、倒したの?』(紅里)
『最後の100人同時ババ抜きは歴史に残る死闘だったんだぜ…』

どこまで本当なんだか。というか、仮に本当だとして100人でババ抜きなんてどうやったんだ?
そんな疑問を抱えつつ話半分に聞いていた。何はともあれ、こいつらが戻ってきたからそれでいいや。そう思う事にした。

「そういえばさ…こんな料理、いったい誰が用意したの?」

トマトをほおばりながらぱちゅりーに尋ねた。みんなが飲み食いしているものはただの食べ物ではなく、きちんと料理されたものだった。
出来具合を見る限りゆっくりに用意できるものとは思えない。出来るかもしれないけど。

「むきゅ?それもれみぃが用意してくれたのよ」
「そういえば、そのれみりあは…?」



「やってるわね」

館の窓からキャンプファイヤーを見つめるのはレイチェル・スカーレット。
その身体には所々包帯が巻かれ、まだ傷が完治していない事が見て取れる。

「しかしお嬢様…よろしかったのですか?」
「何が?」
「あのような者たちに料理を振舞うなど…」
「あら…『あのような者たち』に負けたのよ?私は。それほどの強者には敬意を、勝者には見返りを与えるべきだわ。
それに彼らは気づかせてくれたわ。矮小で脆弱な存在でも、その心で私を打ち負かすほどの力を発揮する事ができるという事も…
認識を改めさせてくれた授業料も込みよ。まぁ…」

くるりと窓に背を向けて、一息ついてから言った。

「良き隣人にはなれそうにもないけどね」

霧をとめたのは自分だが、霧を出したのも自分だ。そしてそのせいで苦しんだ者たちがいる。そんな両者が仲良くできるわけがない。

「あら?」

宴の歓声を聞いていると、扉が僅かに開き…れみりあが入ってきた。

「主役が抜け出してきていいのかしら?」
「うー…」

そのままぱたぱたと飛んできて、レイチェルの前まで来る。

「おねえさんも、一緒に行こう?」
「…は?」

またしてもわからない事を言い出すれみりあに、今度は呆れた。

「あのねえ…私は今回の騒動の元凶なのよ?行けるわけないでしょう?」
「「「「「みんなそんなの気にしてないよ!」」」」」

ぞろぞろと、ゆっくり達がれみりあに続いて入ってきた。

「確かに苦しかったけど、もうやめてくれたからいいんだよ!」
「グリーンだよ!」
「私スカーレットなんだけど」
「れみりあに聞いたよ!おねえさんは凄い人だって!」
「人じゃないし…」
「みんなおねえさんとお友達になりたいんだよ!だから一緒に…」
「「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」」

呆然としていると、今度は紅里が入ってきた。

「つべこべ言わずに来りゃあいーのよ。どーせあんたのトコの料理なんだし」

どうしたものかとおろおろしているメイドに向けて、レイチェルは言った。

「あー…私さっき、『良き隣人にはなれない』って言ったわよね」
「あ、はい」
「…忘れて。撤回するわ、あれ」

レイチェルはれみりあをひょいと抱きかかえ、ゆっくり達と、紅里と共に出て行った。



「っくぁ…」

目覚めた紅里は大きくあくびをした。レイチェルを加えた宴は大いに盛り上がり、夜明け近くまで続いた。
最後の方で『夜明けやばい』とか言って慌てて帰っていったレイチェルを思い出し、ふふっと笑いながら起き上がる。
酒は飲んでいないので二日酔いとかにはなっていないが、就寝時間が大幅にズレたせいで少し倦怠感を感じていた。
まだ寝ているれいむとまりさを起こさないように、顔を洗ってカーテンを開けると…なんと、また夜になっていた。

「なんか夜型人間になりそうね…」

何となしに月を見上げて、把握する。
歪んだ月。
つまり…

「…ん?」

空に向けられていた視線を地上に戻すと、何かが見えた。よーく目をこらしてみると…

「…マジ?ヤバいじゃない!」

人間が、妖怪に襲われているのが見えた。

「ゆーん…れいむの朝はいつもシリアルで…ゆっ!?」

ネックレスとポシェットを持って外に飛び出す。その際れいむとまりさを起こしてしまったようだが気にしているヒマはない。
現場に向かうが、結構距離がある。間に合うか…?そう思いながら走っていると、反対側から誰かが走ってくるのが見えた。
長い黒髪が美しい少女だった。
こんな現場に向かってくるということは、襲われている人間の身内か、妖怪の仲間か、それとも…

(あれは…?)

よく見ると、その少女は片手に妙に派手な木の枝のようなものを持っていた。
位置的に、少女の方が紅里よりも近かったらしく先に現場に着いたようだ。そして少女は、木の枝を掲げながら確かにそう叫んだ。
「変身!」と…

-つづく-




書いた人:えーきさまはヤマカワイイ

この作品はフィクションです。ゆえに実在する人物だのなんだのとは一切関係ないんじゃないかと思います。


  • 伝子お姉さんマジいいキャラw
    伝子お姉さんのストライクゾーンはどの辺りまで広いんでしょうね?
    にちょりやかおす丸、男前古明地姉妹など、
    どの辺りまでゆっくりに含むことやら -- 名無しさん (2009-06-22 23:40:04)
  • 最後のは輝夜フラグ?! -- 名無しさん (2009-06-26 00:02:03)
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最終更新:2009年08月10日 22:07