人間とゆっくりの境界5

 それからややあって。
「で、だ。別に冗談を言ったりおちょくったりするくらいは構わんし、会話する気が無いとも言わん。
 が、子供を使ってああいう物言いをするのは幾らなんでもやめておけ。いいな?」
「ゆぅ、ゆぐ……ゆぐ、り、りがい、じまじだ……」
 散々叫んでのた打ち回ったまりさが息も絶え絶えに返事をする。
「ゆっぐりわがりまじだ……もうじまぜん……」
 れいむの方は冷水を被っただけなので、まだ余裕があるようだ。
「本当に、判ったのか?」
 流石にこの時ばかりはあまい顔は見せられないと、ドスの効いた表情と声を作る。
 しかし、いかつい外見に反してこの男、律儀と言うか、硬い要素が多い。
 実の所、内心ではある指摘がこないかと冷や汗を流していた。
 今のは人間同士でやったとしても、冗談が通じない相手ならば不謹慎だと言われかねない。
 それに少々の説教と折檻をかました所で、悪く言われるいわれも無いだろう。
 しかし、約束ではうっとうしい言動を禁止するとは言っていない、その部分が引っかかっていたのだ。
 ゆっくり相手では気苦労が耐えなさそうな精神構造である。
「ゆ……あかちゃんで、あそんだりしないよ……」
「ごめんね、あかちゃん……」
 ……謝罪相手が違う気がする。
 明らかに違うが、やった事自体についてはゆっくりなりに反省したようだ。
「よし。判ったならもういい。次はやるなよ?」
 出来る限り重々しく言い渡して、折檻終了にした。
 本当は言動に関しても言いたかったが、それに関しては、人間とゆっくりの力関係がわかればそのうちに改まるだろう。
 どうせ2つ言っても覚えられないだろうしな。
 手元にあれば、タバコの1本でも吸いたい気分だった。

「しっかし……どうするかね、これ」 
 部屋を眺め、その有様に自分が引き起こした事ながらも男は大きく嘆息する。
 直接水をこぼした畳のみならず、壁や戸もまりさが吐いた塩水によってところどころ塩が浮いている。
 どう考えてもやりすぎた。
 戸板くらいならいいが、放っておくと壁紙や畳は面倒な事になるだろう。
「早い所拭いた方がいいわな、そりゃ」
 面倒事が増えた、とばかりに肩をぐるりと回し、風呂場に道具を取りにいこうとする。
 そこで、男の目にもうひとつ汚れているものが見えた。
「なぁ、まりさ」
 未だに倒れたまま大きく息をつくまりさに呼びかける。
「その帽子、今すぐ洗わせろ」
 実はずっと前から気になっていた事だ。
 聞いた話だと「外してはいけない」「外されるのは嫌がる」との事だった。
 だから、眠っている間とは言え外すのは止めようかと考え、起きたら言おうと思っていたのだ。
 しかし、それからの騒動で、そんなささいな事はすっかり忘れていた。
 したがって、この帽子、まりさを見つけたあの日から一度も洗っていない。
 黒地の本体やリボンの上を泥水や餡子の跡が斑に彩っており、さらには所々破れている。
 砂粒などは無くなっていたが、それも単に泥水が乾いて座布団や畳の上にばら撒かれただけの事。
 はっきり言って、帽子と呼ぶとマトモな帽子が怒りそうな代物と成り果てていた。
「ゆ!? ぼ、ぼうしはやめてね! ぼうしはとらないでね!!!」
 帽子について触れた途端、まりさは今まで見た事がないような狼狽振りを見せた。
 あからさまに怪しい。
 何かあるのだろうか。
 大切な物を隠しているとか、あるいは武器とか。
 無いな。
 男は即座にそう決め付け、構わずに帽子に手を伸ばす。
 すると、まりさはゆっくり的には機敏な動きで手から逃れた。
「なんだ……? お前、その帽子に何かあんのか?」
「な、なんにもないよ! なんにもないからぼうしはだめだよ!!」
 怪しい。
 あからさまに怪しすぎる。
 その様子に、洗濯云々は置いておいて、男の中に単純な興味が沸いて来た。
「そうは言ってもよ、お前自分じゃ見えないだろうが破れてるわ汚れてるわで酷い有様だぞ、それ」 
「ゆっ! まりさのぼうしはきたなくなんかないよ!! おじさんなんでそんなひどいこというの!?」
「いや、酷いも酷くないもだな、事実雑巾と同じくらい汚いぞ」
「そんなことないよ! おじさんうそつかないでね、まりさおこるよ! ぷんぷん!!!」
「口でぷんぷん言うな。いや、そうじゃなくて嘘も何もだな……」
 そんな問答を繰り返す事しばし。
「あー、そういやお前らにゃ頭の出来期待しちゃいけなかったんだよな」
 ゆっくりに付き合ってたら俺の頭までゆっくりになっちまったぜとひとりごちる。
「判った、ちょっと待ってろ。いい物見せてやるから」
 そう言って、男は自分の部屋へと消える。
 戻って来た時には、大きな木枠を持っていた。
 身長ほどもあるそれの足を立てて、慎重に床に置く。
「ほら、見てみろ。これがお前だ」
 男が持って来たのは姿見だ。
 その中には、覗き込む格好で鏡に映った男の上半身と、薄汚れた帽子を被ったゆっくりの姿。
「ゆ゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ!?!? なにごれ!? まりざのぼうじが、まりざのおぼうじがぁぁぁぁっ!!!!」
 まりさが顔を引きつらせて叫ぶ。
 さらにはたちまちの内に涙を滂沱と流し、赤くなり、青ざめ、目を見開き、口を意味もなく開閉し、全身を震わせ、また赤くなる。
 そしてとうとう意味の判らぬ絶叫を上げながら部屋中を飛び跳ね転がりだした。
 男も最初は笑ってみていたが、流石にその様子にただならぬものを感じて、隣のれいむに目を向けた。
「おい、れいむ。お前らの頭の飾りがが大切なものだってのは何と無く実感したが、何であそこまで泣き喚くんだ?」
 問い掛けとは疑問だ。
 疑問を持つと言う事は、回答を欲していると言う事。
 そして、回答とは問いかけの元へと至る理由。
 理由が解ると書いて、それはすなわち理解という事となる。
 物について問えば、それは知識としての理解であるが、人を問うという事は、やがては心の理解に、そしてそれは人を思うという事へと繋がっていく。
 今回の場合は残念ながら人ではなくゆっくりだが。
「まりさのぼうしはとってもだいじなの! だかられいむのりぼんはとらないでね!!」
 しかし、返って来たのはどうにも的を得ない回答だ。
 聞き方が悪かったかと思い、方向を変えて再度問い直す。
「じゃあ、もし帽子が無くなったり、帽子じゃなくなったりしたらどうなるんだ?」
「ぼうしがなくなったらゆっくりできなくなっちゃうよ! だからおじさんやめてね!!」
 ゆっくりできない、か。
 ゆっくりは基本的に言葉が足りないのは判っている。
 「ゆっくりできない」のが自分なのか他人なのかが判別できないので推測になるが、
 「帽子が無いと何故か自分の体調に異変をきたしたりしてゆっくりできない」
 「帽子が無いと他のゆっくりからゆっくりだと認めてもらえないので群れや家族で一緒にゆっくりできない」
 一番酷いのは「帽子が無いと攻撃を受けたり群れを追い出されたりするのでゆっくりできない」
 そんな辺りだろうか。
 それならまりさにとって一大事だというのも判る。
 洗濯くらいならあるいは水溜りや小川などで何とかなるかもしれないが、裁縫となるとゆっくりには不可能だろう。
 あるとすれば、他のまりさの帽子を奪う事だろうが、生憎ここは自然ではなく男の家なので、それは選択肢にない。
 しかし、それではまだどうも話が合わない部分がある。
「じゃあれいむ、お前はあれが汚いが帽子だってわかるんだな?」
「ゆ? ぼうしはきたないけど、まりさはまりさだよ!」
 ふむ。
 まりさは自分だから当然としても、返答からすれば、少なくともれいむもアレを帽子とまりさだと認識できているようだ。
 だとすると、一応問題は無いと言う事になるのだがやや考慮すべき要素がある。
 少し考えて、男はその部分を埋めにかかった。
「お前があのまりさの家族だからとかじゃなくても、他のゆっくりからもあれは帽子と思ってもらえるのか?」
 それが、一番の問題だ。
 自分の子供であれば、バカでも可愛いなんて親はいくらでもいる。
 ペットなどになると、ブサイクだろうがなんだろうがと、その傾向はより顕著なものになるだろう。
 家族という特別な関係は、それだけ認識をゆがませる力を持つ。
 こいつら2匹が特別な関係だから判るだけで、他もそうだとは限らなければ。
 もしそうならば、後で野に離した時に待っているのは喜劇のような悲劇だろう。
「ゆ~~~~~~んゆんゆんゆん…………」
 声にあわせてれいむの体がふらふらと左右に揺れる。
 人間なら恐らく首を傾げるかその辺の動作だろうと思うが、生憎胴体だけの生き物なのでそれは誰にも判らない。
 やがて考察がまとまったのか、自信に満ちた表情で胸?を張り、
「たぶんゆっくりわかるよ!!」
「おい、大事な事なのにえらい適当だな」
 やはり肝心な所でも餡子脳は餡子脳だった。

 しかし、これでおおよその答えがつかめた。
「と言う事はだ。あれは、単に自分の帽子の有様にショック受けてるだけなのか」
 ややこしいと言うか、人騒がせと言うか。
 男は深く嘆息する。
 理由は聞いた。
 推測含みではあるが、ある程度は理解できただろう、と思う。
 そして、理解したゆえに、やる事は変わらない。
 未だに唸りながら不振な挙動を繰り返すまりさに呼びかける。
「ほれ、嫁さんにまで汚いって言われてんだからこれで十分判ったろうが。破れた所も直してやるからさっさと帽子脱げ」
「や゛だ!!」
「やだ、ってな、お前ガキじゃねぇんだからよ。絶対に破ったり取ったりなんかしねぇから、帽子渡してくれよ」
「そんなのしんようできないよ! おじさんはぜったいさわらないでね! まりさはじぶんでなんとかするよ!!」
「あのな、自分でって……」
 まりさがさらに真っ赤になった所で、これでは先程の二の舞だと男は自制する。
 ゆっくりと会話をしていると、どうにも調子を乱されてしまう。
 それは、泣き喚く子供を説き伏せるのとほぼ同じ様な感覚。
 しかし、人間とゆっくりとでは大いに違う部分がある。

 それは知性と知恵の違い。
「ほら、れいむ。お前からも言ってやれ。お前だってあの帽子は嫌だなって思うだろ?」
 と言う訳で、交渉役交代。
 人間が言って聞かないならば、同じゆっくりにやらせてみればいい。
 このれいむはあの帽子を「汚い」と認識している。
 今のところは自分と同意見であり、まず味方と見なしても良いだろう。
 自分だけで正面突破が駄目なら搦め手を使ってみる。
 これが知恵だ。
 そもそも意思疎通は困難だが、その思考の単純さゆえにコントロールは簡単に出来る。
 どうもこのれいむはまりさと違って単純なようなので、ある方法を使えば誘導は簡単だ。
 それもまた、善し悪しは別として知恵は知恵。

「まりさ、ゆっくりぼうしあらってもらってね!」 
「ゆ!? れ、れいむ!? なんでそんなおじさんのいうこときくの!!?」
「まりさのおぼうし、れいむがみてもすっごくきたないよ!!」
「どうしてええええ!? まりさのぼうしかっこいいっていってたのにいいいいいい!?!?」
 いや、今自分でその帽子見て泣き喚いてたじゃないか。
 しかし、俺が言うより効果はあるようだと、男は今の流れを強化するべくまりさを鏡へと向ける。
「ゆううぅぅぅぅっ!!!!」
 まるでやり直したかのような反応。
 だが、結果まで再現されては困るのですぐにれいむの方に向きを戻す。
「そんなまりさといっしょにいたら、れいむまでみっともないっておもわれちゃうよ!!」
「で、でもぼうしはいやだよ! れいむだっていやだよね!?」
 ゆっくりにとって、飾りを取られる事は死活問題だ。
 ましてや、それを人間に渡すなどと。
 その事を持ち出して、まりさは必死でれいむから共感を得ようとする。
 しかし自分の事ではないためか、それとも餌付けされた所為か、れいむの反応は冷たいものだった。
「おじさんはとらないっていってるよ! だからゆっくりあらってもらってね!!」
「ゆぐ、だ、だってそんなのしんようできないよ! おじさんじゃなくてもちゃんとあらえるよ!」
 やはり飾りを誰かに渡すと言う事には抵抗があるまりさは、膨れ上がって反論する。
 その目の端には、うっすらと輝くものが滲んでいるのは汗ではないだろう。
 そして、れいむもそれに負けじと膨れて応じる。
 しかし、家族の事を持ち出されると弱いのか、効果的な反論が出来ずにまりさが次第に押されていく。
 いつの時代も母は強し。
 それにしてもこのまりさ、幾ら事実とは言え酷い言われようである。
 どうやらこういった類の言葉は、人間相手だろうがゆっくり相手だろうがお構い無しらしい。
 だがれいむよ。
 さっきまでお前も普通に近寄らせてたじゃないか。
 一体どこまでコントな生き物なんだろうか、こいつらは。
 面白いのは面白いのだが、理不尽やら黒い部分が多すぎて少々胃にもたれて来る。
 だが、そうこうしている間にも、ゆっくりのゆっくりしていない話し合いは決着に向かって突っ走る。
「とにかくそんなきたないぼうしでれいむのあかちゃんにちかよらないでね! さっさとあらってきてね!!!」
「ゆ、ゆゆぅ~~~~」
 完全に劣勢になったまりさは、眉間にしわを寄せつつもどんどん小さくなっていく。
 人間だけではなく、自分の味方だと信じて疑わなかったれいむもその人間に唆される様にして、自分を責めるのだ。
 どうして?
 かざりのことなんだよ?
 なんでにんげんのいうこときくの?
 さっきまで、二人であんなに仲良くしてたのに。
 赤ちゃんの事や、それから先の事。
 頬を寄せ合ってゆっくり話してたのに、なんでこんなことに……
 一度弱りだした心は、なかなか元に戻るものではない。
 もはやまりさの精神力は風前の灯。
 そこに、更なる追い討ちがかけられる。
「ほら、そんな帽子を見たら子供はどう思うよ? お父さんの帽子汚いね、そんなの被ってるお父さんも格好悪いね、とか言われちまうぞ? と言う訳で渡せ」
「ゆぐっ!!!!!!!」 
 その一言で、完全にまりさは固まった。
 子供からの評価。
 いつの時代だって、親は子供の、子供は親の目を気にするものだ。
 ましてや、こうまで子供の誕生を楽しみにしていると言う事は、それはそれは愛情を持っているのだろう。
 その子供からの評価が地に落ちる。
 それはこのまりさにとって耐え難い事のはずだ。
「ゆぐ、ゆゆ、う、ぐ、ゆゆゆうぐぐぐぐぐぐぐぐ…………」
 今、この餡子脳の中でどんな思考が行われているのかはまりさ以外には判らない。
 しかし、誰がどう見ても、歯を食いしばって小刻みに痙攣しする姿が危険だと言う事は明らかだ。
 このままだと、精神的負荷で壊れてしまうのではないだろうか。
 精神的負荷で壊れるほどゆっくりの神経が繊細だとはとても思えなかったが、さきほどと違った意味で危険を感じた男は助けを出す事にした。
「えーと、ああ、判った。まりさ、こうしよう。お前の目の前で洗う。れいむにも見ててもらおう。その間、お前は帽子の端でも咥えていればいい。
 俺が逃げようとしても、そのまま帽子を咥えてればいいだろう? これでどうだ?」
 正直、人間が聞けば詭弁だと思うだろう。
 そもそも、咥えた所で叩き落す事などいくらでも出来るし、そのまま川や穴にでも捨てられてしまえばお終いだ。
 どう考えても一方的なもので、人間の心ひとつでなんとでもなってしまう。
 だが、ゆっくりならば通じると思った。
 ゆっくりは深く考えない。
 ゆっくりの言動や思考は、ゆっくりはそれで納得しているようだが、人間からすればどう考えても理屈と結論が跳躍しているものが多い。
 それならば、筋が通っていなくともあらかじめそれっぽい道を示しておけば、途中経過など考えずに示されたそれに食いつくはずだ。
「ゆぐぅ……わかったよ……それでいいからはやくあらってね……」
 案の定と言おうか、子供から蔑まれる未来には耐えられなかったのだろう、しぶしぶながらもまりさはとうとう陥落した。
「よし、聞き分けが良くて賢いな、まりさは。すぐ道具を持ってくるから待っていろ」
 心にも無い世辞を言った後、まりさの気が変わる前に始めてしまおうと、男は急いで風呂場へ向かった。

「こら、あんまり前に出るな。水被っちまうぞ」
 そして舞台は再び縁側。
 ゆっくりと男が帽子を挟んで格闘していた。
「ふぐぐ、ふぐぐぐふぐぐぐぐ!!」
「意味が判らん。ほい次、もう少しそっち噛んでろ」
「おじさん、ゆっくりきれいにしてあげてね!」
「あーはいはい、ってそっちじゃねぇ、そっちはさっき咥えてた方だろうが」
 少しでも帽子を離すまいと噛み付くまりさと、その噛み付くまりさを水や泡で濡らさない様に洗濯をしようとする男。
 そしてそれをでんと座って見ているれいむ。
 傍から見れば滑稽そのものだが、当人達はいたって真面目なのがまた滑稽さに拍車をかける。
 まりさが咥えている反対側を洗い、水で綺麗に流してから少し角度を変えてまた洗う。
 そうやって鍔を洗い、それが終われば今度は本体へ。
 一気に付け洗いが出来ればこの程度の洗濯はすぐに終わるのだが、今回はそうも行かない。
「っと、これじゃ使えないか。おい、ちょっと水替えて来るから待ってろ」
 洗剤が浮いてすすぎの用を成さなくなった水を、庭に打ち水代わりに巻いて男が立ち上がった。
「まだ洗い終わってねぇからな? 子供に言われたくなきゃゆっくりしてろ」
 先ほどのやり取りから得た切り札で釘を刺して、男は台所へ消えていく。

「ゆふふぅ……」
 まだ終わらないのか。
 まりさはその事実にため息をついた。
 自分のお気に入りの帽子。
 お気に入りも何も、ゆっくりにとって帽子と言うものは自分の物だけだが、それが見るも無残に汚れている事。
 そして、人間の手で洗われている事。
 とにかく気に入らない。
 気に入らないが、外して目の当たりにすると、鏡で見た時以上にショックだった。
 自分が誇っていた黒くて綺麗に尖がっていた姿はどこにも無く、薄汚れて曲がり、段がついていた。
 真っ白だったリボンも、黒と茶色の斑染め。
 そして、昔に格好良いと褒めてくれたれいむからもみっともないと言われた事と、何より赤ちゃんの事。
 最後のものは男の出任せだが、一番心をえぐられたのはそれだった。
 濡れてしおれた帽子と同じ様に、うつむいたまりさもどことなく萎れて見える。
「だいじょうぶだよ! ゆっくりあらったらちゃんときれいになるよ!」
 そんなまりさを見かねたのか、れいむが気遣うような声をかけた。
「きれいになったらあかちゃんだってきっとほめてくれるよ! だからゆっくりがまんしてね! れいむもまってるよ!」
 赤ちゃんが褒めてくれる。
 そして、その事をれいむも待ってくれている。
 そうだ。嫌だけど、我慢して頑張ろう。
「お、ちゃんと大人しく待ってたか。後はこれで終わりだからな、しっかり咥えてろよ」
 決意も新たに前を向いた所で男が戻ってきた。
 桶には一杯に水が入っている。
 経験から一瞬身が竦むが、これで最後だと、弱気を消す様に大きく息を吸い込み力を込める。
「なんだ、終わりって聞いたらえらいやる気になったじゃないか」
 その様子に、ややからかう様な響きの、しかし温かみのある笑みを男が浮かべた。
 そして、帽子についた泡をゆっくりと洗い流していく。
 少しずつ本体についていた泡が消えていくと、下から現れるのは綺麗な黒と白。
「ゆゆ! まりさのぼうしがきれいになったよ!!」
「ゆっくり! すっごくきれいだね!!」
 思わず感嘆の声を上げる2匹。
 当然のように帽子はまりさの口から離れるが、まりさはそれに気づく事無く自分の帽子を凝視している。
 石鹸で洗われた帽子は、今まで自分が洗ったどんな時よりも綺麗だった。
 生まれたての頃でも、ここまで綺麗だったかどうか。
「ふむ。これくらいならなんとかなるか」
 帽子に出来た穴を検分していた男が、帽子を持ったまま縁側から下りた。
「ゆっ! おじさんどこいくの? おわったらはやくぼうしかえしてよね!!」
「あのな、返してねも何も、こんな帽子被ったらふやけちまうだろお前ら」
 男の動きに焦って、慌ててまりさも飛び跳ねて後を追った。
 だが、普段はどうしてんだかなぁ、という声と同時、頭の上からべちゃ、と言う音と水が流れてくる。
「ゆゆっ! あめ? なに?? おみずはやめてね、おじさんたすけてね!!」
 堪らず叫ぶと、一瞬のうちにそれは取り除かれる。
 目の前には、しゃがんだ格好の男と、水を滴らせる帽子。
「な? 判ったら大人しく、乾くまで待ってろ。破れた所を治すのはその後でやってやるから」
「ゆぅ、わかったよ、おじさん……そのかわり、まりさのいうこときいてね!!」









 さらに中書き


「ゆっ? ここどこ??」
「よくわからないよ! でもここはゆっくりできそうなばしょだね!」
「さくしゃさんもなんだかゆっくりしてたからね! きっとゆっくりしててもいいんだよ!」
「だったらここはれいむたちのゆっくりプレイスにしようね!!」
「ようし、そこまで。お前らとっとと部屋に帰れ帰れ」
「ゆ! やめてねおじさん! れいむたちはここでゆっくりするんだよ!!」
「そうだよ! おじさんひとりでゆっくりプレイスをひとりじめしようなんてずるいよ!」
「あー判った判った、もう⑥もほとんどできてるからな、ここでゆっくりしてないで俺達もさっさとそっちに行かなきゃならねーんだよ」
「⑥? そこはゆっくりできるところなの?」
「ああ、④⑤よりはゆっくりしてるさ。ほれ、お菓子やるからさっさと行こう、な? 俺だっていい加減ゆっくりしたいんだ……」
「おかし! じゃあしかたないね! ゆっくりいってあげるからちゃんとおかしちょうだいね!」
「へいへい。んじゃあ行くぞー。俺より遅かったらお前らお菓子無しな」
『ゆゆ! ゆっくりいそぐよ!! おじさんはゆっくりしていってね!!!』

 ……ふぅ。やっと静かになったか。
 と言う訳で、「俺」からのお知らせだ。
 初期系から大きく予定変更したけど、何とか形になりそうなんでゆっくり待っててくれ、だとよ。
 俺だってさっさとゆっくりしたいんだがね。
 なんで作者はゆっくりの帽子を自己修復仕様にしなかったんだか。
 そしたら俺だってこんな苦労しなくて済んだんだが……
 ま、言ってもしょうがない。
 待ってくれている人には悪いが、また⑥をゆっくり待っててくれよ。
 じゃ、見てくれている人はまた次でな。
『おじさーーーん、⑥についたからはやくおやつちょうだいね!!!』

 ⑥へと続く。



  • なんというほのぼの・・・これはゆっくりと⑥を待たざるを得ない・・・ -- 名無しさん (2008-08-12 22:42:16)
  • ゆっくりしてるなこれ -- 名無しさん (2010-11-28 02:39:42)
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最終更新:2010年11月28日 02:39