※ゆっくりいじめ系94 ゆっくりまりさとおうちを受ける作品になります
※いじめSSを元とする作品です。ご注意下さい(そちらの作者は違う方です)
※東方キャラが登場します
※長文です
『聖者の途-前編』
「ここはまりさのおうちだよ! ゆっくりでていってね!!」
ある森の中、とある木の空洞でのことであった。
帽子をかぶったゆっくりが叫んでいる。
この個体はゆっくりまりさと呼ばれる。天邪鬼で意地っ張りな個体が多い種族だ。
ゆっくりまりさはいたずらを好む。好奇心が旺盛なためか、他者にかまってもらいたいのか。
しかし、このまりさはどちらかと言えば陰鬱そうだった。
良く見れば少し焦げている。
一方、叫ばれた相手――小さなゆっくりはきょとんとしていた。
ゆっくりまりさと同じく帽子を被っているが、金髪に黒のとんがり帽子に対して、
こちらの髪は赤くて緑のハンチング帽――強いて言うなら星マークの中国帽をかぶっている。
ゆっくりめーりんと呼ばれる個体だ。昼寝が好きなのんびりした性格の種族。
そいつはまりさよりも一回り小さいくらいで、まだ子供のようだ。
拒絶されている事が分からなかったのか――
体に合っていないぶかぶかの帽子の奥でぱあっと顔を輝かせると、
めーりんはまりさの周りをぴょんぴょん跳ね出した。
「ゆ! ゆ! ゆ! ゆ! ゆ! ゆ! ……ゆ?」
「?」
「ゆーっ! ゆーっ! ゆーっ! ゆふぅ……」
今度は苛立った様子で呻き出す。
「ど、どうしたの?」
「……ゆぅ……」
まりさはつい声をかけてしまったが、めーりんは何故か落ち込んだ様子でとぼとぼうろから出て行った。
まりさは外を見る。季節は梅雨。今日も小雨程度ではあるがぱらついていた。
ゆっくりというものは雨が苦手である。饅頭であるために、水関係は死に直結しかねない。
出て行けといってしまった――まりさはばつの悪そうな顔をした。
「ゆーっ!」
と思ってたら、めーりんはすぐに帰ってきた。
戸惑うまりさの目の前に、どこから採ってきたものか木の実をおいて。
「ゆ♪ ゆ♪」
ささどうぞと、どうやらまりさに食べてほしいらしい。
先ほど追い返してしまった手前、何となく無碍には断りにくい。
「……ゆっくりいただくね」
「ゆっ♪」
もそもそと食べるまりさ。
めーりん種にしては色白な肌が、ほんのり赤く染まった。
次の日もめーりんはやってきた。
「ゆっ!? ここはまりさのおうちだよ! ゆっくりでていってね!!」
「ゆ~♪」
――聞いてないし。
次の日もやってきた。
次の日も。
次の日もやってきた。
毎日めーりんはやってくる。
虫。草花。木の実。
いつもゆっくり食べ物を持ってくる。
まりさは訝りながら、もそもそと食事をとった。
目の前のめーりんは、いつもにこにこしていた。
ふと、まりさはめーりんを見る。
ところどころ、餌採りの際についたと思しき傷が見える。
べろんと舐めた。ゆっくりのゆっくりによるゆっくりとした癒し方。
「ゆ~」
めーりんは気持ちよさそうにしていた。
この傷は、やがて治る……。
たまの晴れの日。
めーりんの姿が見えない。
まりさが探すと、めーりんは外にいた。
どうやら見張りのつもりらしい。
でも、寝ていては意味がないだろう。
「ゆぅ……ゆぅ……」
幸せそうな寝顔を引き摺って、うろの中にひき入れてやる。
今日は、まりさが餌を取りにいこうか。
・ ・ ・
なぜあのこはこんなにしんせつなの?
草を食みながら、まりさは考える。
まりさは知らなかったが、
ゆっくりめーりんは何かを守ることを生きがいとする。
それは子供時分でもそうなのだろう。
どうやらめーりんは、まりさを守る対象と決めたようだ。
ただそういうこととは別に、まりさにも思い当たる節はあった。
この周辺にはゆっくりが絶対的に少ないのだ。皆無といっていい。
あのめーりんがどこから来たものか分からないが、
寂しい思いをしたことは想像に難くなかった。
だから初対面のまりさにも、これほどまでに懐くのだろう。
まりさは、ため息をついた。
うろに戻ると、まためーりんはうろの外で寝ていた。
しかたがないね、と苦笑するまりさ。
その目に、枝の先が映る。
そこには、赤いヘアバンドと紫色の帽子が吊るされていた――
「ぶっ! じゃお……?」
衝撃を受け、目を覚ますめーりん。
どうやらまた、眠ってしまったようだ。
照れ隠しに「ゆっ」と、いつの間にか帰ってきたまりさに笑いかける。
だが、そのまりさは怒っているようだった。
「ゆぅ……?」
「どうして、ぱちぇのぼうしとありすのへあばんどがあそこにあるの?!」
まりさが怒った様子で、頭上の枝を示す。
「ゆ? ゆ~♪」
何のことやらと見上げ、ああ、あれの事かと
「ゆっ、ゆっ、ゆっ!」
「なにいってるのかわからないよ! ゆっくりせつめいしてね!!」
「ゆ?! ゆ~っ、ゆ~っ」
悲しそうに息を吐き出すめーりん。しかし、言葉は出てこない。
「ゆっ、ゆっく」
「……っ、もういいよ! おはなしのできないめーりんはどっかいってね!!」
「!!!」
めーりんは弾かれた様に飛び出し、木々の向こうへと消えていった。
「まったくいたずらにもほどがあるよ!」
悪態をつきながら、するする木に登る。
幸いにも枝は太く、まりさが乗っても大丈夫なようだった。
苛立つまりさの体を、やさしい風が吹き抜ける。
「ゆ……?」
引き上げたぽかぽかの帽子とヘアバンドからは、おひさまのにおいがした。
忘れていたことひとつ。
――それは晴れの日の事。
寝ぼけ眼でぐずるまりさから、
無情にも寝床が取り上げられる。
あの人は笑っていた。
いい天気だから、布団をほさなきゃいけない、と。
他の仲間達からも、てきぱきと取り上げていく。
窓の外には、幾重もの白い布がはためいていた。
その夜は、太陽のにおいに包まれて眠った。
懐かしい日の事。
もう戻らない日の事――
涙がぽろりと零れ落ちる。
そっか、たんじゅんなことだね。
めーりんは久々の晴れだから、帽子とヘアバンドを干したのだ。
梅雨でじめじめした木の中に仕舞ったままではかびてしまう。
なぜか、めーりんはまりさの大切なものが分かっていた。
――かつて、まりさには2匹の親友がいた。
ゆっくりぱちゅりーとゆっくりありす。
帽子とヘアバンドは彼女達の形見だった。
まりさには仲間がいた。
しかし、火が全てを奪っていった。
まりさはもう一度仲間を作りたかったが、元の巣の周辺にはゆっくりの数が絶対的に少なかった。
数ヶ月前、人間達がゆっくり達を根絶やしにした。
その様な中でゆっくりめーりんと遭遇したのは、奇跡的なことだったのだ。
しかし、いざ誰かに出会ってみればこの通り、まりさは拒絶を選択する。
多くの死を体験した。それが、まりさのこころを頑なにした。
死の記憶が、まりさをゆっくりさせなかった。
ぱちゅりーの帽子とありすのヘアバンドをかぶって眠るときだけが、ゆっくりできる時間だった。
めーりんがくるまでは。
だが、そのめーりんももういない。
木の空洞から見上げれば、いつのまにか闇が訪れていた。
・ ・ ・
――明くる日から、晴れの日が続いた。
もう梅雨が明けたのかもしれない。
待てども暮らせども、ゆっくりめーりんは来なかった。
明日は探そうかと思う。
まりさはめーりんの巣の場所など知らないことに気がついた。
「そういえば、めーりんのこと、なにもしらないよ……」
再び会えたなら、めーりんの事を聞こう。
言葉が話せなくても、なんかしら知る方法はあるはずだ。
「…………」
気配を感じる。うろの外だ。
まりさは穴から飛び出した。
果たして、めーりんはそこにいた。
ずたぼろの姿で、そこにいた。
・ ・ ・
めーりんは、いつも思っていた。
“どうしてめーりんはいじめられるの?”
そのめーりんはゆっくりめーりん種にしては肌が薄く、色白だった。
そのめーりんは生まれつき帽子がなかった。
いじめられる要素は、多分にあった。
母が絶え間ない愛情の持ち主でなかったなら、とうに絶えていただろう。
めーりんは思った。
“いじめられるのは、あのことばがいえないからだ”
そのめーりんはめーりん種のご多分に漏れず、言葉が話せなかった。
「「「ゆっくりしていってね!!!」」」
ほかのゆっくりの叫びが、とても羨ましかった。
あの言葉さえ言えれば、みんなと「ゆっくり」できるんだと思った。
だから、そのめーりんは練習した。
一生懸命練習した。
巣の中で練習した。
木の上で練習した。
滝の裏で練習した。
「じゃおー」という声しか出なかった。
時々見つかってはいじめられた。
だが、めーりんはあきらめなかった。
なぜなら、母があきらめた所を見たことがなかったからだ。
仕事の合間を見ては練習に付き合ってくれる母は憧れであり、目標だった。
母は、群れの守護者だった。
やがて、そのめーりんに変化が訪れた。
「じゅ」ではなく、「ゆ」と言えるようになった。
嬉しいと「ゆっ♪ ゆっ♪」と言うようになった。
悲しいと「ゆ~……」とうめくようになった。
ある時とうとう、「ゆっくり」まで言える様になった。
しかしめーりんの仲間がその言葉を聴くことはなかった。
ゆっくりの集落に人間が迫っていた。
彼らは火を携えていた。
母めーりんは悟っていた。
人間に見つかった以上、ゆっくりに先はない。
今迫り来る彼らは、優しい人間ではないのだ。
他の集落が焼かれたことは聞き及んでいる。
自分が体を張って、仲間を逃がすしかない。
娘は驚くほど聞き分けがよかった。
前々から準備はしていたとはいえ、旅に出ろという指示も素直に聞いた。
思えば、この子からわがままを聞いたことがない。
いじめられてもくじけなかった。
ずっと、前を向いて歩く子だった。
娘は母の誇りだった。
いまやめーりんは一人ぼっちだった。
とうに集落から離れている。
ゆえに、集落でなにがあったかは分からない。
仲間の絶望をしらない。
ゆっくりの焦げるにおいは届かない。
そして――
めーりんは歩いていく。
言いつけどおり、守るべきものを探して。
その頭には、いまや形見となった母の帽子が乗っていた。
だが、あまりにもゆっくりを見かけなかった。
もしかしたらもう会えないのかもしれない、そんな考えも頭の片隅に生まれ始めていた。
草を分け、川を渡り、虫を食べ、敵をいなし、めーりんは進んでいく。
そして、まりさと出会った――
めーりんは、久しぶりの仲間との遭遇に狂喜した。
跳ね回るめーりんに相手は戸惑っていたようだったが、
めーりんの喜びは、それに勝るものがあった。
そうだ、あの言葉を言おう。
みんなと仲良くなれる、あの言葉を!
「ゆ! ゆ! ゆ! ゆ! ゆ! ゆ! ……ゆ?」
――言葉にならない。
「ゆーっ! ゆーっ! ゆーっ! ゆふぅ……」
確かにいっときは「ゆっくり」までなら言えたはずなのに、
いざゆっくりを目の前にすると、うまく言えなかった。
気を取り直してめーりんは、まりさに確保していた木の実をあげた。
ともあれ、守るべきものは見つかった。
季節は梅雨を迎えていた。
その日から、まりさの巣へ毎日通った。
餌を毎日供給する。
それがめーりんのせいいっぱいの、守る事だ。
まりさはめーりんの差し出すそれを、もそもそと食べていた。
めーりんは嬉しかったが、まりさはまだまだゆっくりできてない、そんな風にも感じていた。
その日は晴れだった。
めーりんはうろの外で見張りをしていた。
在りし日の母の真似だった。
暖かな日差しが心地よかった。
はっとして目を覚ます。
ついうとうとして眠ったようだ。
気づけばうろの中にいた。まりさが運んでくれたのだろう。
照れ笑いしながらめーりんはまりさを探したが巣の中にも外にもいない。
そうしているうちにめーりんは、とあるものを見つけた。
赤いヘアバンドと紫色の帽子だった。
めーりんは、まりさが寝るときにそれを身に付けていることを知っていた。
それがまりさの大切な人のものであることは、めーりんには分かった。
自分も同じように、大切なものを継いでいるのだから。
「ゆ?」
だが、この湿った季節に奥に閉まっていては、やがてかびてしまうだろう。
めーりんはそれらを巣から引きずり出し、枝にかけて干すことにした。
かけ終わると、再び巣の番をした。
こうしているうちに、まりさは戻ってくるだろう。
「ぶっ! じゃお……?」
衝撃を受け、目を覚ますめーりん。
どうやらまた、眠ってしまったようだ。
照れ隠しに「ゆっ」と、いつの間にか帰ってきたまりさに笑いかける。
だが、そのまりさは怒っているようだった。
「ゆぅ……?」
「どうして、ぱちぇのぼうしとありすのへあばんどがあそこにあるの?!」
まりさが怒った様子で、頭上の枝を示す。
「ゆ? ゆ~♪」
何のことやらと見上げ、ああ、あれの事かと
「ゆっ、ゆっ、ゆっ!」
あれは干しているんだよ、と。
「なにいってるのかわからないよ! ゆっくりせつめいしてね!!」
「ゆ?! ゆ~っ、ゆ~っ」
悲しそうに息を吐き出すめーりん。しかし、言葉は出てこない。
「ゆっ、ゆっく」
「……っ、もういいよ! おはなしのできないめーりんはどっかいってね!!」
「!!!」
ガツン、とあたまを殴られた気がした。
めーりんは弾かれた様に飛び出した。
まりさの元を離れ、とぼとぼとめーりんは森を歩いている。
“おはなしのできないめーりんは……!”
そうだ、そうだったのだ。
まりさがゆっくりできない理由。
それは、「ゆっくりしていってね!!!」できないからだ。
だから、まりさはゆっくりできないんだ。
なぜだろう。あんなにれんしゅうしたのに。
いまいいたいのに、なぜいえないんだろう。
めーりんはぐしぐし泣いていた。
が、やがて立ち直り、涙をぬぐった。
もう一度、まりさの所へいこう。
それまでに、ゆっくりいえるようになろう。
へこたれないのは親譲りだ。
それから、めーりんは考えていた。
ただ言いにいくだけでは駄目かも知れない。
何か、ぷれぜんとを用意したほうがいいだろう。
少しでも楽しい気分のほうが、話は伝わるはずだ。
めーりんぷれぜんとする ⇒ まりさよろこぶ ⇒ ゆっくりしていってね!!!
これだ! とめーりんは思った。
数日が過ぎた。
だいぶ発音がよくなったように思う。
あとは、ぷれぜんとだ。
なににするかはすぐ決まっていたが、肝心のものがなかなか見つからない。
だが、今日それがみつかった。
木の上のそれは、ブンブン唸りを上げていた。
むかし、母めーりんについて蜂の巣取りを見たことがあった。
まず、石を投げて巣の一部を叩き落す。
それを下で拾って逃げ出すのだ。
当然、蜂の群れが追いかけてくるが、皮の厚いめーりんには何ともない。
むしろ、めーりんに追い付いた数匹ぐらいであれば、いい餌になるくらいだった。
実の所、それほど困難の伴わない作業だった。
今回も、そのはずだった。
まず母に倣い、石を投げて巣を割ろうとする。
しかし思うようにいかず、その間に蜂がたかってきた。
「! じゃおーーーー!!!」
めーりんは仕方なく、蜂の巣に特攻をかける。
巣ごと地面に落ちたまではよかった。
そこから巣の一部を咥えて、一目散に逃げ出す。
だが、どうも走りがおぼつかなかった。
「…………!!!」
みれば、針が沢山刺さっている。
数十分後、めーりんはずたぼろの体を引き摺っていた。
足元も裂ける様な痛みがある。
どうやら先ほど着地にも失敗したようだ。
体は無数に刺されていて、酷いものだった。
めーりんの皮は蜂の攻撃に耐えられぬほど弱かった。
まりさの巣にたどり着く。
もうすっかり、餡がなくなったような心地だ。
虚ろな視線を送ると、まりさが飛び出してきた。
「めーりん!? ど、どうしたの??」
驚くまりさにめーりんは答えず、ただ帽子から蜂の巣を取り出す。
体を壊されながら、それだけは確保していた。
「ゅ……ゆっくり……して……ね?」
あ、やっといえた……
めーりんは、満足そうに気を失った。
・ ・ ・
まりさははっとした。
いま、まりさの目の前には2つのものがある。
傷ついためーりんと、おいしそうな蜂の巣。
めーりんの怪我は、自然に治る度量を超えているように見えた。
それも、まりさをゆっくりさせようとした結果なのだ。
それが、わかった。
まりさは、一つのことを決めなければならなかった。
・ ・ ・
まりさは家を(ゆっくりにしては)用心深く覗いた。
迂闊に人がいる中に飛び込んでは、どのような目にあうか知れたものではないのだ。
まりさは警戒のために、巣近くの人間の住処についてはおおよそ把握していた。
人間は怖いが、人間の手によってしか、めーりんの傷は癒せないだろう。
幸い、昔に虫さされの薬を見たことがある。
人間がどういったところにそれをしまうのかも知っていた。
まりさは決意し、人間のいるほうへと向かった。
もう、ゆっくりが死ぬところは、見たくなかった――
人間は昼休憩を終え、午後の作業に向かい始めるころだった。
忍び込むには、都合のいい時間帯だろう。
こそっと家を覗く。
中は紙が散乱していて、足の置き場もない。
どうもこの荒れよう、人が住んでるような気配ではない。
求めているものが残っているか疑問だったが、
空き家であれば、多少漁っても気づかれないだろう。
おうちにあった薬でなくても、小麦粉があれば痛み止めにはなる。
あとは冷やすための氷だが――
まりさは経験から、そういったものが台所にあることを知っている。
入ってみる価値はあると踏んで、まりさは侵入した。
「……おじゃまします。ゆっくりおくすりのこしててね……」
そろりそろりと進む。
三和土があるということは、ここが玄関だろう。
なにやら人の形らしき絵が飾られ、椅子が不規則に並んでいる。
ふと、あるものに目が留まる。
「ゆ、あれ……?」
「……誰だ?」
「!!!???」
まったく予想だにしない方向から人間の声がしたので、まりさは驚いて飛び上がった。
どこにいるの?
まりさが目を凝らすと、一際堆く積みあがった紙の中からのっそりと起き上がる影があった。
白衣を纏っていたから気付かなかったらしい。
「……なんだ、ゆっくりじゃないか。こんなところにまだ出るのか」
それは眼鏡をかけた人間の男性だった。
白衣から、独特の薬品臭がした。
・ ・ ・
「滅菌作戦以後、ゆっくりの生態系は、壊滅状態と聞いていたが……」
男は呟いた。
滅菌作戦。
巷では、ゆっくりから他の生物に媒介するウィルスが問題となっていた。
感染方法はゆっくりを食べることと、ゆっくりを食べて感染した生物からの血液、経口感染である。
発症の際は死亡率が40%を越えるウイルス――通称、ゆっくり黒ウイルス。
そのウイルスをゆっくりごと焼却する事で殲滅する作戦が、ついこの程行われたのだ。
男の知り合いにも1人、ウイルスの犠牲者がいる。
男は眼鏡をずり上げ、目の前の不思議な生き物を見た。
こいつも燃やさねばならないのだろうが……
「ゆゆ? もしかして、おにいさんはおいしゃさん?」
真っ黒な帽子をかぶったそいつは、いつでも逃げられる距離をとって聞いてきた。
白衣=医師という構図があるのだろうか。
「ん? ああ、そうだね、私はお医者さん……なんだろうね」
そう、男は医者だった。
しかし白衣を着るばかりで、この数ヶ月、医者らしいことをしていない。
今だって、ひんやりして気持ちいいと、不衛生にも床で寝過ごしていた。
ある意味仇とはいえ、この生き物の命を奪う権利など自分にあるのだろうか?
どうでもいい、と男は思った。
「医者なら何かあるのかい?」
「ゆっ! それならおくすりあるね! ゆっくりのおくすりください! おねがいします!」
驚いた。頭を下げている。
ゆっくりとはもっとこう、聞き分けのないものだと思っていたが。どこかの飼いゆっくりなのだろうか。
「……ふむ。どういった薬が欲しいんだい?」
「な……なかまのゆっくりが、はちにさされちゃったんです!」
どことなく薄汚れているし、野のゆっくりのように見える。
「蜂かぁ……そうだなぁ」
切り傷擦り傷の類であれば溶いた小麦粉でも渡そうかと思っていたが、虫刺されとなると微妙だ。
薬はある。勿論人間用だが。
はたして抗ヒスタミンがゆっくりに効くのだろうか。
いや、人間型の妖怪であれば効きそうな気もする。
ゆっくりは――生首妖怪だろう、多分。
男は少し考えて、
「そうだな、まずは診てみないことにはなんとも言えん」
と正直に言った。
「患者……そのゆっくりはどこだ?」
「ゆ、おくすりもらうだけで、いいですっ」
「いや、その薬を作るにしても、状態を診ないとな。最悪、手術が必要かも知れないし」
「ゆ……」
ゆっくりまりさは逡巡しているようだった。
まぁ、ゆっくりに厳しい現在の世情を鑑みれば、当然のことかもしれない。
とはいえ正確性に乏しいゆっくりの証言だけで処方するのはあまりに危険だ。
やはり、実物を見る必要があるだろう。
「……時にお前、」
「ゆ?」
「薬の代金……カネは持っているのか?」
するとゆっくりまりさは帽子を脱いで、その裏から数枚の金銭を取り出した。
「これをあげるから、おくすりちょうだいね!」
「ふむ」
少々少ないが、ゆっくりにしては上等な所だろうか。
「これはどうしたんだ?」
「ゆ……おねぇさんに、もらったんだよ……」
「おねぇさん?」
飼い主だろうか?
「お前の飼い主か?」
ぶんぶん! とゆっくりまりさは首を振った。
「あのね……」
そういって、そちら側を示す。
「そこのおしゃしんに、うつっているひとだよ」
入り口の写真。
そこに映っている人は、男の恩人だった。
その人は、ゆっくり黒ウイルスで亡くなったと聞いていた。
・ ・ ・
夜の帳がおりる頃。まりさは森の中を駆けていた。
結論から言うと、まりさはめーりんをその“おいしゃさん”に診せることにした。
その男が一転して真摯になったためである。
信用したわけではないが、少なくとも嘘をついているようには見えなかった。
その上で「早くしなければ危ないんじゃないのか?」と言われれば、従うよりほか無かった。
男はまりさが連れてきためーりんに対し、すぐさま処置を施した。
体を洗い、少し裂けた体に小麦粉のペーストを塗り、
虫刺されではれた場所に薬を塗り、ガーゼを貼って上から氷入りの手ぬぐいを巻く。
ただそれだけだが、今にも死にそうだっためーりんの容態は、大分落ち着いたようだった。
その間質問攻めにされたのには辟易したが、めーりんを治療してくれたことについては素直に感謝した。
まりさは森の中を駆けていく。
その帽子の中には、めーりんの取ってきてくれた蜂の巣が入っている。
いまめーりんは眠っているが――いや、戻ったら起きているかもしれない。
もしそうなら、一緒にこれを食べようと思った。
折角なんだから、二人で食べたほうがおいしいはずだ。
その時は彼女のことをもっと教えてもらおう、そう思った。
がすっ
――気付くと、地べたに這いつくばっていた。
「ゆぶっ!?」
後頭部に残る衝撃でフラフラする。
が、そういうときこそ意識をもたせなければいけないことを、まりさの体は覚えていた。
古い恐怖の記憶。
仲間と人間に捕まったときも、はじまりは一撃で昏倒してからだった。
そう、見上げれば――二人の男が、棍棒を持って立っていた。
「……おーぅ、やっぱりゆっくりじゃねぇか」
「まだこんな所にもいたんだなぁ」
つい先程に聞いたようなことを、男達は口々にぼやいた。
やはり、このいったいのゆっくりは全滅したと言うのが、里の人間の意識らしい。
ただ、先程と明確に違うものがある。
目に宿る狂気だ。
「ゆぅ……」
不幸中の幸いと言うべきか、殴られたことにより、男達の距離は開いている。
多少餡子は漏れているが、気にしているときではない。
「ゆっ……!」
まりさは全力で逃げ出した。
・ ・ ・
「ちぃ、おい、明かりは無いのか?」
男達は近くの里の人間だった。
加工場からゆっくり黒ウイルスについてのお触れが出た際、自警団と称して自主的にゆっくり狩りを行っていたもの達である。
近頃はゆっくりを見かけなくなったが、昼ごろにゆっくりの姿を見たと言う話を聞き、
久しぶりの狩りのために、森へ分け入ったのだった。
だが、ゆっくりを探し出す頃には、もう日が暮れていた。
先ほど棍棒代わりにゆっくりを殴りつけたたいまつに、火を灯す。
ぶわり、夜の森が橙色に浮かびあがる。
「しかし、もうこんな里まで来ること無いのにな。
ゆっくりなんて、森の奥で大人しくしてりゃいいのに」
ウイルスが子供達への感染することを心配し、痩せ型の男は言った。
横からガツンと殴りつけられる。
「ぐっ、何だいったい?!」
「大人しくだって? 莫迦言っちゃいけねぇやぃぃ!」
酒瓶を片手にしたそいつは、ドロリとした目で男を見つめた。
「ゆっくりなんてのはなぁ、人間様に無様につぶされて何ぼなんだよォ、
どっか奥に引っ込んでちゃあ、面白くもなんともねぇじゃねえかよォ」
「ぐぅう、そ、そうかい」
男はぐっと堪える。殴られた所は痛むが、気にしても仕方が無い。
こいつがどうあれ、今はウイルスの脅威から家族を遠ざけることが先決なのだ。
「しかし、あいつどこ行きやがったんだ?」
男はたいまつを掲げ、あたりを見回した。
おおよそ逃げた方向は分かるが、それきりだった。
やはり、ゆっくりをいきなり殴りつけたのは失敗だ。
もっと確実にしとめるか、回り込んで逃げられないようにするべきだったのだ。
「ん?」
そこで、痩せ型の男はあたりの様子に違和感を覚える。
――なんか、異様に明るくないか?
「おい、あんたはゆっくりがどこいったか……っ」
森が
「え?」
森が
――燃え上がっていた。
「な、なんでっ」
「ん、ゆっくりかぁ? あっちのほうじゃねぇのぉ?」
酒瓶の男は、なにも気づかぬようにのんびりと応える。
「いやそうじゃねぇだろっ、なんで森が燃えてんだよ!……んがっ!?」
男ははたき倒された。
「なんでぇ、おめぇはゆっくり狩りの仕方も忘れたのかぁ?」
その短い指を折りながら、酒瓶の男は嘯く。
「燻る。焼く。いたぶる。この3つは基本だろォ?!
いっぺんにできて丁度いいじゃねぇの。
あと木が燃えるから明るくなるし、同時に巣穴も燃えてなくなんべぇや、
まさに一石五鳥ってやつだぁな!!!」
おおッと、俺が楽しむも含めれば六鳥かァ、ガハハハハッッッ!!!! そう男は笑い出した。
「あ、ああ、こいつ、こいつ……」
思えばゆっくりが沢山居た頃、狩りは昼しかなかった。
だから、多少性格に難があるが精力的にゆっくりを掃討するこいつを使ってきた。
今まで何の問題も無かったのだ。
だが、それはたまたまそういう状況にならなかったに過ぎないのだ。
「こいつ、火を放ちやがった……!!」
そう、今まで感じてきた、こいつのゆっくりに対する狂気こそが本物なのだ。
だとして、
今日に限り、夜に入ってまでゆっくり狩りを強行したのは俺なのだ。
「なぜ、なぜだ……」
痩せ型の男は、燃える森を見つめ、ただ驚愕して立ち尽くしていた。
- いい子だ。虐待スレwikiのゆっくりまりさのおうちの続きですね。あちらも悲しいお話でした。 -- 名無しさん (2008-08-15 08:31:26)
- 経口感染なのに虐殺するなんて人間はホントに愚か。 -- 名無しさん (2010-11-27 18:26:07)
最終更新:2010年11月27日 18:26