その後、女性はみょんと彼方にお礼をしたいと言い、その誘いにホイホイ乗った二人は誘われるままに近くの茶屋へと訪れていた。
最初二人は見慣れない紅く彩られたモダンな茶屋を見てぎこちない様子でいたが、そんな二人も日元では味わえない紅茶の魅力には敵わなかった。
「ああ、お茶紅ぇwww まじうめぇwww」
「そうだ、名前言い忘れてましたね。私の名前は柏木 重と言いまふ。この間まで外国に留学してたから言葉がつたにゃいかもしれませんが宜しくお願いしまふ」
「拙いとか関係無しに噛み噛みじゃん………ああ、うめぇwww」
茶屋の中は彼方達の他に多くのゆっくりで賑わっていて、その賑わいを眺めるように店主のめーりんがカウンターで眠っているように佇んでいる。
店の奥からは外国の絡繰りが『上海紅茶館』の曲を流していた。良い曲ではあるのだが店主のことを考えると多少自画自賛のようにしか思えない。
「留学って一体何でござるか?」
浴びるように紅茶を飲み続ける彼方と違ってみょんはティーカップを髪で掴みそのまま音を立てずに呑んでいる。
身体の括れも完全とはいかないまでも殆ど元の丸顔に戻っていた。
「主に料理でふ。トリスティンやヴィントブルーム、ネオヴェネチアとか様じゃまな国で勉強してきました」
「へぇ~料理かぁ………外国の料理食べてみたいな」
そう言ってがばがば紅茶を飲みながら重を妙な視線で見つめる彼方であったが重は申し訳なさそうな口調で口を開いた。
「すみましぇん……あ、噛んだ。外国の料理って日元にはあまり無い食材ばかりだからすぐ作るのは難しいと……」
「……………じゃあなんで留学しに行ったの……意味ないじゃん」
「そ、それは………………いわゆるわよーせっちゅーですよ」
「また外来語を……………」
「日元語でござる」
「う…………ご、ごめんなさひぃ………ごめんなきゃいいいいい!!!!!」
重はそんなふて腐れながらも紅茶を何杯もおかわりするなどと不遜な態度を取る彼方に対し申し訳なく思ったのか、立ち上がって頭を下げた。
その謝罪は周りの人々を驚かせるくらい誠実かつ本気で、謝られた彼方の方が申し訳なく思えるほどであった。
「……………ご、ゴメンゴメン言い過ぎた」
「その気になれば港の露店で買ってくることもします!何か食べたいものとかありますか!?」
「………………外国の料理しらないよぉ」
「みょんも同じく」
二人の言葉を聞いて重は残念そうに肩を落とす。それが理由かは分からないがつられるように店の中の雰囲気もどんよりとしてしまったようだ。
さらに重はその雰囲気をもろに感じ取って余計に気を落としてしまった。もはや背景に縦の効果線すら見える。
「……し、しかしお茶だけでは物足りないみょん。何かお菓子はないのかみょん?この町名物とか」
みょんはそんな空気をどうにかしようとそう慌てた様子で店主に向かいそう言った。
「…………むにゃ。あ、はい!今すぐ持ってきますじゃおん。」
先ほどまで佇むように寝ていた店主はみょんの言葉を聞いて俊敏に店の奥へと駆け込む。そして30秒も経たないうちに店主は三つの皿を持ってきて
それらを重達の目の前に置き、またカウンターに戻って寝始めた。
「ぐぅ………この町特産の紅苺を使ってみました。じゃおん……すぅぴぃ」
寝言のようにそう言う店主。と言うかほぼ寝言。
三人の前に出された皿の上には白い球形の物。それはゆっくりまりさを構成するお菓子として有名な大福であった。
「…………え、苺?」
「ウ・ニュー………日元の大福ですね。てっきり苺と言うから洋菓子かと思いました」
「どきどき」
彼方は驚いたような表情で、重は少し疑っているような表情、そしてみょんはというとその大福を目の前にして目を輝かせていた。
「苺と大福が絡まって生まれる新食感。苺の酸っぱさがあんこの甘さをどう引き立てるのか!ぱないの!」
嬉しそうにみょんはそうはしゃぎ、その両もみあげで大福を掴みそのまま口の中へと放り込んだ。
満面の笑顔を周りに撒き散らし、むーしゃむーしゃと言う擬音とセリフを発しながら咀嚼していくみょん。
だが十四回目の咀嚼が終わった時点でみょんは時が止まったかのように動かなくなった。
「………………………………みょみょみょみょみょみょみょ(注:放送禁止用語は全てみょん語で翻訳されます)」
「ZZz………じゃお?」
「みょーーーっくみょーーーーんッッッ!!!」
そう叫んだ次の瞬間みょんは口の中から青みがかった黒くて透き通った長いものを取り出しそれを店主に向かってじりじり寄り始める。
そして一気にその間合いを詰めその棒を内部に当たらない程度にめーりんの口の中に突っ込んだ。
「じゃ!じゃおお!!お客様!何を」
「だまれぃ!この外道剣羊羹剣のサビとなりたいカァ!!!」
みょんの突飛な行動に店内の誰もが驚きその場から動く事が出来ない。そんな状況の中彼方は大福を頬張りながらみょんとめーりんの間に駆け込んだ。
「まぁまぁ殿中でござる。殿中でござる。おいしいじゃんよ、これ」
「…………………………かなた殿は分かっておらぬ様だみょん…………」
みょんは一度羊羹剣を口の中に仕舞い、彼方が咥えていた大福を取り上げそれを店主へと突きつけた。
「店主殿……………この明かに手抜きなお菓子は何でござろうか………?」
「じゃじゃお………それはいちごだいふくです。手抜きと言われても………」
「テメェーーーーーーーーーーーッッッッッ!!ナメてんのかッ!こんなの大福の中に苺入れただけじゃねェェーーーかッ!!!
あんこの甘さと苺の甘さがクドいだけなんだよッ!口の中が一瞬おかしくなっちまいそうだったじゃねぇかッッ!喉が渇くわッ!
その上苺特有の酸味もあるから余計に味覚がこんがらがっちまう!テメェは苺の入ったまりさを見た事あるのか!?
そんなまりさいるわけねぇんだよ!クドいし媚びてると見えるからなッ!そんなの
ゲームで出したら叩かれること確実ッ!
だいたい紅苺はその紅さが特徴だってのに大福の中に隠しちまったら意味ねぇだろうがッ!!ダボッ!
皮に練り込むとかそう言う創意工夫とかシヤガレッテンダッ!コノドテイノウガァァーーーーーーーーッッ!!!」
あまりにおぞましい形相でそう熱弁したみょん、この台詞を聞いてこのみょんがゆっくりだと思う人はほぼいないだろう。
当然と言うべきだろうがそんなみょんに店内の誰もがみょんから距離を取っていた。
「…………マジひくわー…………」
「あ、あの……みょんひゃん………これも食文化の一種ですからそんなに否定しにゃいほうが…………」
「ナメンナッ!みょみょみょっくなみょみょみょんめ!!切り捨て御免でござる!」
再び口の中から羊羹剣を取り出しみょんはそれをめーりんに向かって振り落とそうとする。
だがその瞬間おろおろしていた重が急に駆けだしその両手でみょんを突き飛ばしていった。
「ギャブゥゥゥゥーーーーーーッッ!!」
「だめですよっ!そんな料理のことで争いごとなんて!!」
突き飛ばされたみょんは壁にぶつかっていったが何事もなかったようにそのまま跳ね返り元の場所へと戻っていく。
ダメージはそんなに無いようだがみょんはてんこ並の形相を浮かべ羊羹剣を重に突きつけた。
「………このっ………辛さが分かるかっ……!!この期待外れが……!みょんの心にどれだけっ……!」
「みょんさん…………」
みょんの瞳から微かに雫が流れ出す。傍目から見れば単なるタチの悪い我が侭な客にしか見えないが、
この時の重には何かみょんの別の表情が見えたようだ。他の一目から見れば単なるタチの悪い客であり実際そうである。
「…………わかりました」
そう頷き重はみょんと視線が合うように地面に膝を付け大きく目を見開いてみょんにこう言った。
「私がみょんさんのお眼鏡にかなうお菓子を作って見せます!絶対!私の持つ全てを使ってみょんさんのお気に召すようなお菓子を!!
苺を最大限に使って見せます!だから……だから!!」
「……………………………かさね殿…………」
みょんはその重の熱意と台詞を噛まなかったことに心打たれたのか羊羹剣を再び口の中に仕舞う。
それを見て重は朗らかな笑みを浮かべ、自分の荷物の中からエプロンを取りだしそれを綺麗に着付けていく。
またその空気から意図的に外れるようにその横で彼方は気怠そうに苺大福を貪っていた。まるで脇役のようである。
「それではキッチン、厨房を貸していただきます!いいですよね!」
「あ、わかったじゃおん」
アクティブに、そしてストレートに重が厨房に吶喊していくのを見てみょんはにんまりと笑みを浮かべる。
そしてその横で彼方はまた興味なそうに117杯目の紅茶を飲み干していた。何処か達観している。
「はああああああああああああああああああああああああ!!!!!苺を!使った!!洋菓子!どこだ!どこにあるにょぉぉ!!!!噛んだぁぁ!!」
この厨房から聞こえてくる声は誰のだ、と誰もが思う程の怒声。
消去法で考えれば自ずと結論は出るのだが、皆その事を故意に考えないようにしていた。
「ざいりょおおおお!!今!!買いに行かなくちゃああ!!!」
「いやぁ元気が出てきたねぇ。これも私のおかげかな?」
確かに彼方の助言のおかげで重は少し勇気を身につけることが出来た。
けどこれはキャラ変わりすぎだ。と、みょんを始め彼方以外の客はそう思っていた。
「それはそうと何杯飲んでるんだみょん…………」
「ただいま!戻って参りましたぁ!!!」
怒声と共に大きな袋を抱え大粒の汗を垂らしながら再び重は厨房へと駆け込む。
そんな重を店内にいる誰もがその姿を見つめ、そして誰もがその行動に見合う結果を期待していた。
「泡立ててホイップ!そいや!回転!黄金比率の回転!」
「カマドだァァーーーーッ!パンケーキを焼くんだぁぁぁぁーーーーっ!いけぇぇぇぇ!ハイパーキャノンッ!!!」
「高く!もっと高く!HIGH UP!!!」
「……………………いやぁまさにプライドかけたハッスルだね、さっきのみょんさんより引きそう」
「みょんたちに対しての餞別というのもあるんだろうみょん」
重がただひたすらに頑張る様子を見て彼方は他人事のように茶をすすりながら静かに鎮座している。
みょんもゆっくり待つのに飽きたのか、ふと近くのお品書きを手に取りパラパラと流し読みをする。
意外にも茶屋であるのに満漢全席があるというのはみょんも驚いた。そして紅茶の欄を見てみょんはその本を閉じた。
みょんは何も見てない。紅茶がよもや高級品で十六銭もするなんて見てない。一杯で単行本二冊買えるなんて知らない。
みょんは何も見てないんだぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!
「ユックリノマナイデイッテネ!!!」
「ん?何か言ったみょんさん?」
悠々自適に彼方は何杯も紅茶を飲んでいく。もうみょんの頭の中には本能である「ゆっくりする」のことばかりしか思い浮かばなかった。
それはそれで幸せなのだろう。本能のまま動く生物は悩みも何も無いのだろうから。
「出来たぁ!!!出来ましたよ皆さん!!」