※一部に某ホラー映画や都市伝説のパロディを含んでいます。
人は目の前の空間とそこに存在するものを、視覚から入ってくる光の情報で認識、判別する。
だから、光源無き原始の暗闇の前では、人は目の前の光景を何一つ見通せなくなる。
当然のことだ。
だが、昼間、光が確かに存在し情報として視覚に入ってくる時間帯に、目の前の空間を認識できなくなる状態というものも、
この世界には存在しなくもない。
濃霧。
圧縮された水蒸気が、空間内のあらゆる存在を包み込み光としての情報を視覚から抹殺してしまう自然現象。
人の住む都会ではまず見られることはないが、極限までその濃度を高めた霧は、
本当に目の前に『白き闇』と呼ぶに相応しい、不明確な空間を作り出す。
全ての光が遮断される訳ではないので目の前に空間があるということは視覚で認識できる、
だが、そこに何が存在するかまったく見通すことができない。
見えているのに見えない、そんな、人間の感覚を小馬鹿にしたような真っ白な空間。
そんな白い闇の中、
それは確かに存在していた。
余りにも巨大で、余りにも豪胆に、
余りにも虚ろ気で、余りにも儚げに、
既にこの世に存在していないはずのその“船”は、
静かに、だが確かに白き闇と共に大海を進んでいた。
ゆっくらいだーディケイネ 第12話 On the ghost ship Aパート
~Ⅰ~
目の前に広がる海、
ゆっくりれいむは窓際でその海をじっと眺めていた。
「うーみーは広いーなぁ、大きーなーぁ♪」
「ちょっと前にもこういう始まり方なかったっけ?」
れいむの脇に立つ作務衣を着た人間の女性が、多少呆れたようにれいむに問いただす。
「屋根よーりーたぁかぁいー鯉幟ぃ♪」
「その歌は現状に全然関係ない」
後ろに立つゆっくりまりさにも同じようにツッコミを入れる。
どうやらツッコミに関しては律儀な性格らしい。
「しかし、海ねぇ。多分海ねぇ」
「きっと海だね、お姉さん!」「泳げタイヤキ君だね!」
ここは作務衣を着た女性、床次紅里が住む家の一室、のはずだ。
そして彼女達が居るこの部屋の窓の外に広がる光景は確かに海、のはずだ。
“はず”というのも、窓の外は白い濃霧に包まれて、遠近関係なくまったく見通しができなくなっているからだ。
それでも、波がざざめき合うような音が確かに聞こえるし、磯の芳しい香も確かにするしで、
目の前に広がっているはずの景色が大海原であろうことは確かだ。
何より、
「‥‥酔った」
紅里はぐったりとうな垂れて、そのまま床のフローリングに倒れ伏した。
「おねえさん!」「しっかりするんだぜ!傷は浅いぜ!」
「うう‥」
生きた心地のしない顔のまま、紅里はポツリと恨み言のように呟いた。
「ぐらぐら揺れすぎなのよぅ。ちくしょう‥、朝ごはんにあんなに卵料理食べるんじゃなかった‥」
彼女達の居る一室は、波に会わせ上下に大きく揺れていたから。
~Ⅰ~
その後、れいむとまりさが何処からか持ってきた酔い止めの薬を処方して、紅里の船酔いはひとまず落ち着いた。
決して吐くことなんてしなかった。ヒロインとしての自覚は強い方だから。
そして、取り敢えず何時もの通りに玄関から外へ出ると、そこは船内の廊下に通じていた。
「私らのワープ方法って何気に酷いわよね。これじゃまるでナムカプのシルフィーさんの何処でも転移SHOP※じゃない」
「そんなマイナー
ゲームは誰も知らないよ!」「KOS-MOSが強すぎなのは知ってるぜ!」
※シルフィーさんの何処でも転移SHOP:出展、NAMCO×CAPCOM(namco)
アーケードゲーム『ロストワールド』から参戦の神出鬼没の守銭奴女商人、シルフィーさんのお店。
竜宮城や宇宙基地等どんな場所でも空気を読まず店ごと転移してくることに定評がある。
そんなことよりと、廊下の突き当たりにあった窓から、もう一度外の景色を確かめてみる。
そこにはさっき見たものとまったく同じ光景、白い濃霧だけがひたすらに広がっていた。
「さっき部屋で確かめた日付は5月24日、偶然かどうか分からないけど妖々夢の世界と同じ日だった。
そして、“白い濃霧”、目前に広がる“海”、私たちが今居る“船”ねぇ。
何か今までの世界がバラバラに混ざってるみたい。ここは何の世界なのかしら?」
「東方紅月夢?」
「何だそのミックス弾幕STGは」
「船‥分かったぜ!きっとこの世界こそ今度のの夏コミで出る東方星蓮船※‥」
「ネタバレ駄目絶対!!」
※東方星蓮船:出展、東方project
東方シリーズ最新作、今度は自機にさなえさん追加!ネタバレすると小傘ちゃんは可愛い。
その後も紅里はゆっくり達と共に色々とこの世界のことを予想しあったが、ついに結論は出なかった。
「だけど、随分立派な船ねぇ」
紅里は神妙な顔つきで辺りを見渡しながらポツリ呟いた。
取り敢えずもうちょっと船の中を見て回ろう、と結論を出した彼女達が歩いているのは、客室と思われる扉が続く長い廊下。
今は点いていない花形の照明や一面を覆うシルク色の壁紙は、まるで映画の中の一流ホテルにあるような絢爛さで、
この船が如何に豪華な客船であったかが見てとれた。
過去形、ではあるが。
「けど、誰も居ないんだぜ」
「凄く不気味だよ」
「えぇ、そうね」
こんな風に、廊下一面に客室と思われる部屋が並んでいるということは、
この船は大勢の人間やゆっくりを乗せて航海することを前提として造られた客船であることに間違いない。
だが、耳を側立ててみても、辺りを見渡しても、生き物の気配はまるでしない。
それだけではない。
紅里が歩を進めると、びしゃり、と水飛沫が跳ねた。
「作務衣着てて助かったわ~」
「まりさにかかったよ、助かってないよ」
「れいむにもかかったよ、助かってないよ」
水溜まり、
水を激しく吸った絨毯、
大きなひびが入った壁、
辺りに散乱するかつてこの廊下を彩っていたであろう照明具のガラスの欠片。
まるで台風が通過した後の街並みのような景色だ。
至る所に大小多くの傷や染みがあり、折角の豪華な内装が台無しになっている。
こんな大きな船、一つや二つ窓が開いていたくらいじゃ、こんな惨状にはなるまい。
廊下から水が天井近くまで入り込んでくるような、それこそ船全体が沈没でもしない限り、こんな酷い景色は出来上がらない。
誰の姿もない、一度沈没したかのような船‥。
「まるで幽霊船だぜ」
まりさの何とない一言に、紅里は成る程な頷いた。
「本当にそうかもねぇ」
「え?」「マジで?」
自分で言っておきながら、まりさの顔がスッと青ざめる。ついでのようにれいむも。
謎の饅頭だろうと何だろうと、幽霊と名のつくものはそりゃ怖いのだ。
「いやだってこれまでだって吸血鬼やら宇宙人やら出会って来たじゃない。今回は幽霊だって言われても私は驚かねーわよ」
「そんなこと言って本当に出てきたらどうするの!」「フラグ立てちゃ駄目なんだぜ!」
思った以上にびびっているゆっくり二人に紅里は呆れるようにやれやれと首を振った。
何がそんなに恐ろしいんだか‥。
「え‥」
首を振っていた紅里の口から、突然そんな声が漏れる。
「どうしたんだぜ?」
「いや、何でも‥ない」
「ゆぅ?」
ゆっくり達は釈然としない顔持ちを浮かべたが、まぁいっかとまた気にせず歩き始めた。
(何‥さっきの?見間違いだとは思うけど‥)
呆れて首を振った時、通路の突き当たり、今自分達が進んでいる方向とは逆方向の突き当りで、
何かの影が通過しているようなものが見えた。
恐らく気のせいだ。いくら何でもあんなものがあるはずがない。
(にょろにょろと、まるで、蛸の脚みたいな‥)
「お姉さん!?はやく行こう!」
「一人で行動するのも死亡フラグなんだぜ!」
ゆっくり二人がいつまでも立ち止まっている紅里に向かって心配そうに声をかける。
「あ、うん、ごめん。今行くわ」
気のせいだと自分に言い聞かせ、紅里はまた廊下は歩き始めた。
ばっしゃばっしゃと水しぶきをたてまたゆっくり達を塗らしてしまい、そんな二人に文句や罵声や文句を浴びさせられながら。
そして、
紅里が見ていた、その廊下、突き当たり。
彼女が見たその影は確かにそこに存在し、うねうねと触手を蠢かせていた。
決して、ただのゆっくりや人間でないと見て分かる、得体の知れない人外の何か。
「侵入者か‥。いったい何処から入り込んだのやら」
見た目に似合わぬ理知的な声で、その人外は触手をうにょうにょさせたままポツリと呟いた。
「まぁいい。取り敢えず皆にも報告だけはしておくか」
~Ⅱ~
「ここは警備室‥だったみたいね」
「画面がいっぱいだね!」「映画で見たことあるぜ!」
適当に廊下をさ迷い、適当にいくつか階段を登って散策していた紅里一向は、曲がりくねった通路の先にある、
開きっぱなしになっていた一つの部屋に行き着いた。
その部屋の扉の上に書かれていた文字は英語で『2nd security room』、第二警備室だと読むことができる。
人が十人と入ればいっぱいになってしまうような狭さ、散在するパイプ椅子、
そして正面一杯に広がる幾つもの小さいモニター画面に、それに直結している難解気な大きなコンピューターとそのコントロールパネル。
今まで歩いてきた廊下と変わらずところどころ水浸しになっていたが、廊下より被害は少なかったらしく、
コントロールパネルやモニターにはほとんど水がかかっていない。
「お姉さん!何か本が落ちてるよ!」
「きっとかゆうま日記※だぜ!読んだらクローゼットからゾンビが出てくるんだぜ!」
「ねーわよ、そんなバイオハザード。これは‥、警備日誌みたい」
※かゆうま日記:出展、バイオハザード(capcom)
T-ウィルスに感染した研究所職員が残した日記。いい加減な態度の男の独白が徐々に狂気を帯びていき、そして最後には‥。
幸いその日誌はビニールで出来たクリアケースの中に入っていた為、
その中身はほとんど濡れていなく、容易に読み取ることができそうだった。
パラパラとページをめくる。
「これは、こりゃまさか‥」
「どう、お姉さん?」
「あーうん、ちょっとまずいわ」
「まさか、本当にかゆうまだったんだぜ?」
紅里は顔を青くして、険しい顔で言う。
「全部英語で書かれているから全然分からないわ」
「‥‥‥」「‥‥‥」
二人のゆっくりは何ともいえない顔で、彼女を慈しむようにじっと見つめた。
「うっさい!見るな!馬鹿にするな!私は生粋の日本人だからしょうがないのよ!」
「うん、そうだね、お姉さん。気にすることないよ」「馬鹿キャラだって結構人気出るよ!」
「励ますな」
一頻りつっこんだ後、気を取り直して紅里はもう一度警備日誌を見た。
「お姉さん、無理はしないほうが‥」「無理は脳に障るぜ」
「障るか。それに全部英語だって、日付くらいだったら読み取れるわ」
そして、その日誌を裏返して、まりさとれいむに見せ付けるように大きく広げた。
「これ分かる? この日の日誌を境にこの警備日誌は何も書かれなくなっているわ」
「えーと、4‥14‥ 4月の14日?」
「そう、そして私達がこの世界に来た時、部屋の時計の日付は何だったか覚えてる?」
「確か‥、5月24日だったよ!」
こくりと、紅里は大きく頷いた。
「私の部屋の時計は、その世界の時間の流れと連動している。だから、確かにこの世界は5月24日のはず。
だけど、この日誌は4月の14日を境に書かれなくなっている」
つまり、と紅里は付け加え説明する。
「4月14日、私達がこの船に来る一ヶ月以上前。日誌が書かれたその日か、その次の15日までの間に、
この船で何かが起こった、ということでしょうね。それこそ、乗客乗組員全員が船の上から消えていなくなるようなことが」
「お、こんな所に砂時計があるぜ!」
「ゆゆー、凄くゆっくりしてるね!!」
「聞けよ、今すっげぇ頭良さ気な推理してたんだからさ」
「だって話が長いんだもん」
「ゆっくりの集中力舐めんなって感じだよ!」
「まずお前らは私を舐めるな」
紅里はゆっくり達の集中力の短さに呆れながら、大きく溜息をついて首を振った。
「この警備室のモニターでも生きてりゃね、当時何があったか分かるかもしれないのに‥」
「取り敢えず電源でも入れてみればいいんじゃない、お姉さん?」
「これだぜ!」
まりさはピョンとコントロールパネルの上に飛び乗り、適当にパネル上にあった大きな赤いボタンを押した。
「おいおい、いくらなんでもそんな簡単に‥」
すると同時に、ブォン、という短い機動音と共に壁一面に存在したモニターが一斉に点いた。
「よっしゃ、難なく大成功だぜ!」
あるぇー?
「凄いね!まりさ!」
「ふっ、経験が生きたぜ」
何の経験なのよ。
だがそんなツッコミは心の中に閉まっておき、モニターの様子を眺めてみる。
「こりゃ、本当にこの船には誰も居ないみたいねぇ」
映し出されていたのは、甲板から地下倉庫と思われる場所まで、この船のあらゆる場所のカメラの監視映像だった。
流石にいくつかのカメラは壊れているらしく、画面の移らないモニターもいくつかあったが、
船の壊れ具合に比べ驚くくらい多くのカメラが未だに機能しているようだ。
「いや、お姉さん、あれを見るんだぜ!」
コントロールパネルの上からモニターを見ていたまりさが、紅里に目線で一つのモニターを指し示す。
色んなものが散乱した様子の狭い部屋が映し出されている一個のモニター。
だが、そこには他のモニターにはない、一つの決定的な違いがあった。
「あれは‥、女の子、‥? いや、ゆっくりね、胴付きの」
モニターの中心には頭身の低い少女のように見て取れる、一人の小さな胴付きゆっくりが映っていた。
映像が鮮明でないため詳しく断定はできないが、黒い帽子を被った、白い髪のゆっくり。
それが無表情で、ただ壁の一面を眺めているように見える。
「どうやら、この世界に居るのは私達だけ、っていう事態は避けられそうね」
「けど、どこの映像が映ってるのかさっぱりなんだぜ」
まりさの言うとおりだった。
甲板や倉庫、ロビーなど特徴的な部屋が映し出されていればまだ良かったのだが、彼女が居る部屋は見る限り狭いだけの普通の部屋。
どうもカメラの位置と向きが悪いようで、部屋の中心しか映し出されておらず、周辺の情報が全然分からない。
せめてカメラの向きを自由に変えることができたら、もう少し部屋についての詳しい情報が分かるかもしれないのだが。
「何か、画面に映る特徴的なものを探しましょう。何かしらヒントがあるはずよ」
「う~ん、といっても小さいし画像も粗いし、全然分からないんだぜ、お姉さん」
「それでも何か、何かあるはずよ」
ふと、突然画面の中の胴付きゆっくりに変化が見えた。
何かに反応しきょろきょろと辺りを見渡すと、画面の奥の方へ歩いていく。
「あぁ、画面から消えちゃう」
「動いちゃやだぜ!ゆっくり止まってね!」
まりさが画面に向かって呼び止めるが、当然その声が届くはずがない。
その胴付きゆっくりは無情にも部屋の奥へ身を隠し、画面には誰も映らなくなってしまった。
「あーあ、どっか行っちゃった」
「結局何も分からなかったぜ」
「けど、いったいどうしたってのかしら。何かに反応して動いたみたいだけど」
「何かが近づいてきたから移動したようにも見えたんだぜ」
紅里とまりさは互いに意気消沈しながら、溜息をつく。
これでもう本当に何のヒントもなくなってしまった、二人がそう思った時、胴付きゆっくりが映っていたモニターに一つの変化が訪れた。
「お姉さん!さっきの部屋、誰かが入ってくるんだぜ!」
「本当だ、まだ誰か居たんだ」
画面の前方、少女が消えていった向きとは逆方向から、
部屋の中に入ってきたのは一人の人間、
そして二人の丸い物体、もといゆっくりだった。
人間の方は無骨な作務衣を着込んだ女性、ゆっくりは飾りから判断するにゆっくりれいむとゆっくりまりさのように見えた。
「‥‥‥」
紅里は、息もするのも忘れてその映像を食い入るように見つめた。
まりさも同じだった。
何故なら、その映像に映っているのはどう見ても‥。
暫くすると、映像の中の女性とゆっくりは部屋に落ちていた何かを拾って中身を調べているようだった。
どうも、それは何かの本、まるでさっき彼女達が見ていた日誌のような形をしていて‥。
紅里は無言で部屋の天井を眺めた。
そして簡単に、天井の角、思ったとおりの位置に、今も起動している小型の監視カメラを見つけることが出来た。
自分たちがこの部屋に入る以前から、そして今もこの部屋で何が起こっていたかを記録していたであろう一個の監視カメラを。
「記録映像だった‥てこと?。私たちはずっと過去の姿を見ていた、この部屋の‥」
「おかしいんだぜ、お姉さん!だってこの部屋に入り口は一つしかない。まりさ達が入ってきた、一つの扉だけなんだぜ!それじゃぁ」
まりさは戦慄した顔で部屋を隅々まで見渡した。
そこには、自分達以外の誰かの姿なんて欠片もない。
「それじゃ、あのゆっくりは、一体何処に行ったんだぜ!?」
あの映像では、胴付きゆっくりの姿がカメラから消えてから、自分達が部屋に入ってくるまで、ほんの十数秒の間しかなかった。
もし、あの胴付きゆっくりがカメラの死角から部屋を抜け出していたのだとしても、
部屋を出た直後、自分達と鉢合わせしていないのは絶対におかしい。
「‥‥‥」
紅里はまた無言で部屋の様子をもう一度眺め回した。
来た時と同じく、部屋は無残に散乱し、ところどころ水浸しになっている。
「ねぇ、まりさ」
「何だぜ」
「私、閉めたはずなのよ。この部屋に入ったとき、そのドアを」
彼女が呆然と見入るのは、何時の間にか、開きっぱなしになっていた、部屋の入り口。
「あとさ」
紅里は引きつった顔で、嫌な汗を大量に流しながら、静かにまりさに聞いた。
「れいむ、何処行った?」
「え‥」
そこで、まりさは初めて気付いた。
いつからだろうか。
まりさの相棒、これまでずっと一緒に過ごしてきた、居て当たり前の存在。
ゆっくりれいむは、その部屋から影も形も居なくなっていた。
そして、そのタイミングを見計らったかのように、
ザァァアァ、と低い電子音がその部屋の中に響き渡り、
「おいおい、冗談でしょ」
彼女達がそれまで見ていたモニターは全て白と黒の砂嵐、ノイズで埋め尽くされて、何の光景も映し出さなくなってしまった。
まるで、彼女達にれいむの行方を知らせまいとするように。
~Ⅲ~
「れいむぅ!!」
まりさは相棒の名前を叫びながら警備室から駆け出していった。
「待って、落ち着きなさいよ!あんたらしくもない!」
その後を紅里が焦りながらも追いかける。
だが、紅里にもまりさの焦りは伝わった。
今までのような世界なら、まりさやれいむが突然いなくなっても、まぁ何とかなるだろうと気楽に思うことができた。
それらの世界が安全な、そういった余裕のある世界だったから、ではない。
どんな異変が起こっているのか、黒幕は何処に居るのか、そういった自分が相対しているものが何なのか簡単に知ることができたから。
だが、この世界はまだ何も分からない。
異変も、黒幕も、どんな人やゆっくりが住んでいるかさえも。
分からない、それはつまり、どんなことが起こっても不思議ではない、ということだ。
今れいむがどうなっているか、本当に無事でいてくれるのか、
そして、自分にも同じことが降りかかるのではないか、
恐ろしいのはその“未知”なる部分だ。
「ゆゆー!れいむー!」
「たく、一人で行動するのは死亡フラグだって言ったのはあんたでしょ!待ちなさい!」
まりさは依然変わりない勢いで廊下を猛スピードで駆けていく。
とても、ゆっくりのスピードだとは思えない。それだけれいむのことを心配しているということなのだろう。
その気持ちは痛いほど分かる、だが。
(あんたまで消えちゃったら、私はどうしたらいいってのよ、まりさ)
「れいむー!何処なんだぜ!」
まりさが変わらぬ勢いのまま廊下の角を曲がる。
瞬間、
「ゆぎゃー」「きゃっ!」
軽い衝突音と共に、そんな二人の叫びがした。
どうやら曲がり角で誰かとぶつかってしまったようだ。
「ゆゆゆゆ‥、ごめんなさいだぜ。怪我はない?」
「イタタ‥うん、大丈夫」
そこでやっと紅里が追いついた。
まりさを捉えたところで大きく安心したような溜息をつき、肩を大きく上下させた。
「まったく、まりさ。あんた少しは落ち着きなさい。あんたがその調子じゃ、れいむだって見つから‥」
「ゆううん、ごめんね、お姉さん!でも‥」
そこで二人は気付いた。
今、まりさは誰かにぶつかって、止まったということに。
その、ぶつかった相手の存在に。
まりさと紅里は互いに顔を見合わせた後、慎重にその人物へと顔を向けた。
彼女達の目の前に居たのは、痛そうに頭を押さえる一人の少女。
黒いワンピースに赤い靴、黒いロングヘアー、青い瞳、そして気味が悪いほど白く透き通った肌。
十代前半と思しき可愛らしい人間の少女。
まりさと紅里は一頻りその少女の存在をじっと見つめることで確かめると、
互いにちょっと安心したような溜息を付き、顔を見合わせた。
「生存者発見。確保!!」
「了承なんだぜ!!」
「え、え‥? 何? 何なの!?」
弱々しく狼狽する少女の態度など無視して、まりさは勢い良く少女に向かって飛び掛った。
「悪かったわね。やっと私達以外の誰かに巡り合えたもんだったから」
「これは逃がしちゃいけないと思ったんだぜ」
「は、はぁ‥」
口では謝ってるものの、悪びれる様子も見せずに紅里とまりさは少女に対して自己紹介を始める。
「私は床次紅里。そんでこいつが‥」「まりさはまりさだよ!ゆっくりしていってね!!」
少女は二人の、特にまりさの無駄に高いテンションに更に狼狽しつつも、弱々しい声で返す。
「私は‥、ローラ。 ローラ・エアハルトっていいます‥」
「ローラちゃんね、取り敢えず宜しく」
紅里はローラと名乗る少女に手を伸ばし簡単な握手をした後、
それで、と紅里は素早く話を切り替えた。
「突然で悪いんだけど、教えてくれない?この船、客船みたいだけど‥、どうして誰も乗ってないの?」
「え‥、『客船みたいだけど』‥って、知らないの? この船のことを‥? あんなに有名なのに‥?」
ローラは如何にも驚いたように目をパチクリする。
「ええ、ちょっと、訳有りでね。この世界‥、いや、この船のことは何も知らないのよ、私達」
「それでちょっと船の中を探索してたられいむが何処にもいなくなっちゃったんだぜ」
「は、はぁ‥」
ローラは取り敢えず頷いてくれたようだが、とても彼女達の現状を理解してくれたようには見えなかった。
「それでローラちゃん。教えてくれる?この船のこと。そしてこの船でいったい何が起こったのか」
「うん、いいよ‥。でも、私もよく分かってはいないんだけど」
目の前に居る人たちを果たして信用していいのか訝しむような顔をしながらも、少女は抑揚のない声で淡々と語り始めた。
「この船はね‥、とっても大きな会社が造った、とっても大きくて、とってもとっても豪華な客船だったの。
本当にたくさんの人やゆっくりが乗っていて、ホテルみたいな部屋や遊び場が沢山あって、
晩御飯は毎日が結婚式みたいに豪勢だったんだよ」
楽しい記憶を思い出すように、ローラは目を瞑りながらゆっくりと語る。
「私はね、家族みんなで、パパとママとの3人でこの船に乗ったの。パパが長い休みが取れたからって。
毎日美味しいもの食べたり、プールで泳いだり、映画を見たり、
すっごく綺麗な宝石の展示物を見て回ったり、凄く、凄く楽しかったな‥」
だけど、と少女の顔は少しずつ暗くなっていった。
「けど、どうしてこうなったのか、何が起こったか、分からない。けれど、あの時、夜のすっごく遅い時間にね、
船がドォンって凄く震えたの‥。それでね、パパが私とママを起こして、すぐに逃げるぞって‥。
よく分からないまま廊下に出たら他のお客さんも大急ぎで廊下を走り回っていたの‥、それで、私達も一緒になって走って逃げて‥」
そして少女は小さく首を振った。
「その後は‥よく覚えていない」
「そっか‥えっと、あなたのパパとママは?」
少女はまた小さく首を振った。
「気が付いたら、私だけこの船に居たの‥。他の誰かに出会ったのもお姉さん達が初めてだよ」
どうやら今ここに居るのは彼女一人だけらしい。
「ゆぅ、その孤独感、れいむを失って独りになってしまったまりさにはよく分かるんだぜ。元気出すんだぜ!」
「おーいー、まりさくーん。紅里お姉さんがカウントに入ってないぞー」
「うん‥、ありがと。それで、れいむっていうのは‥?」
「そ、こいつの相方で私の同居人、ゆっくりれいむのことよ。さっきまで一緒に居たんだけどね」
「そうなんだ」
少女は寂しそうな顔で紅里の前でしゃがむと、まりさの頭を優しく撫でた。
「大切な人がいなくなっちゃうのは、寂しいよね」
「ゆぅん!」
まりさは気恥ずかしそうに頬を染める。
「だ、大丈夫だよ!れいむは絶対無事なんだぜ!まりさには分かるぜ!」
そして、ふんぞり返ってローラの顔を自信満々な顔で見上げて言う。
「だから、お嬢さんのパパとママだってきっと見つかるんだぜ!元気出すんだぜ!」
自分より遥かに小さい生き物から、こんな風に励まされるとは思っていた無かった少女は少し驚き、
そして小さく笑った。
「うん、そうだね。ありがと。まりさ」
そしてまた小さくまりさを撫でる。
まりさはまた「ゆぅん」と甘い幸せそうな声をだした。
「まったく、柄にもなく格好つけちゃってさ」
やれやれと、紅里は半分呆れ、半分見直したような顔で首を振る。
だが、どうやらこれで少しローラの彼女達に対する警戒も解けたようだ。場を和ますのにゆっくり以上の適役はいないということだろう。
そして取り敢えずこれからどうするか、それをまりさと話し合おうと身をかがめようとした時、
彼女は、その声を聞いた。
『大丈夫、みんなすぐ会えるよ』
耳元で囁かれたような、不確かで、それでも鮮明な誰かの声。
「え?」「ゆ?」
紅里とまりさは咄嗟に辺りを見渡した。
もちろん、この廊下には彼女達以外の姿は見当たらない。
「どうしたの?」
ローラがきょとんとした心配そうな顔で紅里を見上げながら聞く。
「さっき‥何か聞こえなかった?」
「ううん、別に」
「まりさは?」
「何か、ただならぬ気配って奴を感じたんだぜ」
紅里とまりさは黙って顔を見合わせた。
どうやら、この船に何かがあるということは確からしい。
「取り敢えず、どこか移動しましょうか。れいむだって見つけないといけないし」
「賛成だぜ。何ていうか、一箇所に留まるのは危険な気がするんだぜ」
「あ、それなら。私に着いて来てくれないかな? ちょっと見てもらいたい所があるの」
紅里とまりさはひとまずローラの提案に従うことにして、歩き出した少女の後を付いていった。
絶えず周囲を警戒しながら。
それでも、誰の姿も見つけることができずに。
そして、誰も居ないはずの閑散とした廊下、
それでもそこに居た彼女は言った。
『そう、みんなどうせすぐに会える。だってさ』
『あのお姉さん達が“転移”してきたのは私の部屋だもの』
『私の、幸せの部屋に泊まった者は、幸せになる義務があるのよ!!』
そして、彼女は薄暗くほくそ笑む。
『ねぇ、貴女もそう思うよね? 私達の“歌姫”、ローラちゃん』
「うん、私もそう思うよ。“管理者”のこいしさん」
「お嬢さん、何か言った?」
「ううん、何も言ってないよ。まりさ」
ローラは薄く笑って、後ろを歩く小さいゆっくりに向かって首を振った。
「う~ん、さっきからソラミミが酷いんだぜ」
「本当にただの空耳ならいいけどね」
まりさのぼやきに紅里がやれやれとまた首を振った。
そしてローラはまた前を向いて歩き出す。
後ろから着いて来る二人を急かすように早足で。
最終更新:2009年08月12日 11:17