ゆっくらいだーディケイネ 第12話 Bパート


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      ゆっくらいだーディケイネ 第12話 On the ghost ship    Bパート




~Ⅳ~


そして、3人が辿りついたのは、今まで歩いてきた廊下とは打って変わった広さと、天井の高さを持つロビーだった。
他の船内同様大小の傷や水溜りが散在しているところは変わりないが、それでも設置されている椅子やテーブル、
そして装飾品は船に使われていたものとは思えないほど厳かかつ上品で、
健在だった頃、高貴な者たちの間で重宝されていたであろうことが見て取れる。

「ほら、アレ」

そんな中、少女が指差したのはロビーの中央奥の壁に面して並んで設置されている、大型のエレベーターだった。

「そっか、こんなに大きな船だったらこういうのもあるのか」
「ゆぅ‥、でも」

まりさが躊躇うような声を出す。
それも当然、このロビーには並んで4つのエレベーターが設置されていたが、そのどれも入り口は歪に歪み、
階を示す電光パネルのいくつかは無残にも大きなヒビが入っていた。

「とても使えそうには見えないんだぜ、お嬢さん」
「大丈夫だよ、まりさ」

ローラは小走りでそのエレベーターの内一つ、一番右端のものへ近づいていく。
そして、そのすぐ横に設置されている『下』を意味するマークが書かれたボタンを押した。
すると、そのボタンが点灯すると同時に、エレベーターの入り口上に存在する階を示すパネルもまた下の階から順々に点灯していった。

「すげぇ、動いたぜ」
「そういや警備室のモニターだった暫くは動いていたものね。電気機器系統はそんなに深刻なダメージを負っていないのかしら?」

顎に手を当てて考えるポーズを取る紅里に、ローラが手を振って呼びかける。

「お姉さん、早くこっちこっち。エレベーター来ちゃうよ」
「分かったぜ」
「了解よ」

急かされて紅里とまりさは小走りでそのエレベーターの前に辿りつく。
電光パネルの方を見上げると、もうエレベーターはこの階のすぐ下まで上がってきているようだ。

「ん?」

紅里は自分の右手に何か暖かいものが触れていることに気付いた。

「ふふ」

それは小さくも確かな存在感のある暖かい掌。
ローラが何時の間にか薄く微笑みながらの紅里の手を握っていた。

(まりさだけじゃなくて、私もちょっと懐かれちゃったのかな‥)

ちょっと気恥ずかしい気もしたが、紅里も黙って少女に笑い返す。
そして、程なくチーンという電子音がエレベーターか聞こえた。

「お、来たみたいなんだぜ」
「それじゃお姉さん、行こ」

ローラが紅里の手を引っ張ってエレベーターの入り口へ急かした。

「あ、うん」

少女に引っ張れるがままに紅里は歩を進めると、間もなくエレベーターは静かにその重い扉を開けた。
そして、

「え?」

まりさと紅里が同時にそんな声を漏らす、と同時にその歩みを止めた。
エレベーター入り口、その扉の向こう、
そこにエレベーターは存在していなかった。
そこにあったのは、穴、暗闇、そして虚無。
本来箱型の移動機械が存在するはずのその空間には何も存在せず、
奈落へと続く薄暗い長穴が口を開いているだけだった。

「やっぱ、駄目だったみたいね」
「ちょっと驚いたんだぜ」

やはりというべきか、健在だったのはボタンやパネルだけのようで、肝心のエレベーターはご覧の有様のようだ。
これでは、他の三つのエレベーターもちゃんと稼動しているか怪しいものだ。

「ていうか、例え稼動したとしても乗りたくないわね。この光景を見た後だと」

そんなことを独り呟いた後、紅里は残念そうな顔で手を握る少女に語りかけた。

「残念だけど、エレベーターは使えないみたいね」
「え?」
「何か他の移動方法を‥」
「私、エレベーターに乗るなんて言ったっけ?」

ローラは、首を傾けながら困ったように紅里に聞いた。

「はい?」

紅里もまたローラが何を言っているのか分からず、首を傾ける。

「この下なの」
「え、うん、でもエレベーターは‥」
「降りようよ」

少女は何とない風にそんなことを言い、

その瞬間、
紅里の右手は嘗てない程の大きな力で引っ張られた。
エレベーター、その中の何もない空間へと、
真っ直ぐに。

「っぁ‥!」

声を出す間もない。

紅里は右手にかかるその強い力によって床に倒れこみ、
上半身だけエレベーターの内部、何もない大きな長穴に引っ張り込まれていた。
眼下には、漆黒の奈落がまるでウワバミのような大きな口を開けて、彼女の落下を待ち望んでいた。

「ぃぃ、ちくしょう!!」

これ以上引っ張られる前にと、紅里は思い切り下半身を横に半回転させ、
エレベーターに脇の壁、そこに存在していた小物置の窪みに、足を食い込ませた。
エレベーター内部に引きこまれようとしていた彼女の体の動きが何とか固定される。

「お姉さん!お嬢さん!?」

まりさが驚愕と心配が交じり合った悲鳴をあげた。

「な、なんだってのよ」

必死で身体を固定し、落ちないように踏ん張りながら、紅里は苦しげに呻く。
その右手からは未だに、きりきりきりきりと彼女の身体を奈落へ沈めようとする確かな力が働いていた。

「ちょっと、ローラちゃん? これは洒落じゃ済まないわよ?」

紅里は余裕のない声で苦しげに、自分の右手にぶら下がっているはずの少女に語りかける。

「大丈夫だよ、お姉さん」

一方、紅里以上に落下の危機に見舞われているはずの少女の声は飽くまで冷静だった。
冷静すぎた。その声にはあまりにも感情が乗っていない。
そんなあまりに場にそぐわない少女の態度に紅里の頭から急速に血の気が引いていき、
そして、ある一転の不可解な事実に気付いた。

(どうして‥、この子は私の手にぶら下がってるだけなのに‥、私の手を引っ張る力はどんどん大きくなってるの‥?)

中空にぶら下がっているのだ。下方向に自分の体重以外の力を掛けられるはずがない。

「そんな顔しないでよ、お姉さん」
「ローラちゃん‥? いや、ローラ、あんた一体‥?」
「そんなに痛くなかったヨ?」

冷たい声のまま、クススと小さく笑って少女は言った。

「ただチょっと、形が崩レてしまウダけデ‥」

紅里が最後に見た少女の顔は、
その白い肌も、その黒い髪も、小さい鼻も口も、

紅く黒く、どろどろとした液体で覆われていた。


「あ‥ああ、い、いやぁああああああああ!!!!!」

紅里は心の底からの絶叫をあげ無我夢中でその手を振りほどこうと力を入れる。

「あ」

そして、その手はあまりにすんなりと解けてしまった。
グワンと後方に回転するように後ずさり、
紅里はエレベーターから脱出できた。

「いぃ、い、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ‥」

暫し放心状態でその場にうずくまる。
だが、現状は彼女をそのままにしてはくれない。

「お姉さん、何で!?」

まりさが、信じられないという顔で紅里の顔を見つめている。

「どうして一人で‥?お嬢さんは、ローラはどうしたんだぜ!?」

まりさにはエレベーターの空洞内で何があったか見えていなかった。それも当然の疑問といえる。
紅里が何か言う前に、まりさは勢い良くエレベーターの入り口、暗き長穴の直前まで自分の身を進める。

「ま、待って、まりさ!!駄目よ!そこに近づいたら!!」
「だってお嬢さんが!!!」

振り向いてまりさが紅里に訴えるように叫ぶ。
そこで、紅里の眼が恐怖で大きく見開いた。

見てしまったからだ。
まりさがこちらを振り向いた隙に、まりさの後方の暗闇から伸びた、
白い白い小さな腕が。

「まりさ、危ない!」

だが、その制止はあまりにも遅すぎた。
ガシリ、とその白い腕はまりさを掴み、

「ゆ、ゆわぁああああああああああ」

機械のような動きでまりさをその暗闇で満ちた奈落へと引きずりこんでいった。

「まりさ!!」

紅里は慌ててエレベーターの入り口へ駆け出しその手を伸ばしたが、その行動もまた余りに手遅れが過ぎた。
まりさが引きこまれた瞬間。

ガシャンと、

それまで沈黙を保っていたエレベーターの入り口が勢い良く閉まった。

「な‥!」

まりさの方へ伸ばした彼女の右腕が力なく下がる。
ばしゃり、とその腕は空しく床にできた水溜りを叩いただけだった。

「何だってのよ‥」

その呟きに答えてくれる者はもうこの場には誰もいない。
力ない目で紅里は呆然とすることしかできなかった。

ふと、彼女は自分が手をつけている水溜りが紅く染まっていることに気付く。
違う紅く染まっているのは、自分の右手。
最後まで少女が握り締めていた自分の手。
それが水溜りに触ったことで水に溶け出している。

「本当に、何だってのよ!!!」

右手についた小さな紅色の“手跡”を、
紅里は目を逸らしながら水溜りに押し付けるようにごしごしと擦り付けた。



そして、何分かの時がただ過ぎた。
紅里はただ力なくその場に座って、空ろなめでロビーの中空を見つめている。

『駄目だよ、そんなとこで蹲ってちゃ。立ち上がらないと』

突然、何の前触れもな紅里の耳元でいつか聞いた声と同じ、不確かでそれでも鮮明な声。
紅里は無言で辺りをきょろきょろと眺め回す。
やっぱり、その場に居るのは紅里一人だけ。
声の持ち主の姿は何処にも見えない。

『れいむとまりさを捜しに行くんでしょ』

紅里は力なくコクリと頷いた。

『なら、立ち上がろう!でなきゃ幸せになれないよ!恐がってる場合じゃないよ!!』

紅里は今度はゆっくりと首を振った。

『‥何さ、恐くないの?』
「ああ」
『じゃ、どうして立ち上がらないのよ?』
「ちょっとね、むかついてた」

そして、紅里はゆっくりとその身を立ち上がらせる。
握った拳はプルプルと静かに震えていた。

「目の前で、二人も、仲間を失った。さらわれた。助けられなかった」

そして、強く、静かに、
その拳をもう片手で作った掌に強く打ち込む。
ビシ、と気合の入った音がロビーに響いた。

「何もできずにだ」

『あらあら、良かった。まだ随分元気そう。それじゃ』

チーンという電子音。
同時に、4つ並んだエレベーターの内右から2つ目の入り口が静かに開いた。

『当然乗りますよね』

そのエレベーターの隣にあるパネルで点灯しているのは『下』のマーク。
奈落行き直行という訳だ。

「ああ、今度は負けないよ」

紅里は静かに着実にそのエレベーターへと歩を進める。

「相手が幽霊だろうとローラと言う名前の少女だろうと」

そして、怒気の入った瞳で後方に振り返り、

「姿の見えないあんたでもだ。『ゆっくりこいし』」

『何だ、バレちゃったか』
「ちょっと考えれば分かることだったよ。いや、あの監視カメラを見つけた時点で気付くべきだった。
 ちゃんと地霊殿Normalクリアしておくべきだった。無意識‥、それを操ることができるのならば」
『私はその辺に転がる石ころと同じ。誰も私を見つけることはできない』
「気をつけなよ。歩いて居たら無意識に小石を蹴っ飛ばしてたなんて、それこそよくある話なんだから」
『小石に意思があるならば、キックの前に華麗に転がって避けるだろうね』
「それでも当たるキックはたまにはあるわよ」
『まぁやってみれば自由人? これ以上の長い会話は容量不足。ここらで一旦さようなら』
「ああ、さいなら。次会うときはれいむを返してもらうから。あと、私の長い脚に気をつけな」

そして紅里は無言でエレベーターに乗って、迷いなく、一番下のボタンを押した。
そしてまた静かにエレベーターの扉は閉まる。
今度こそ、ロビーには誰も居なくなり、静寂だけが残された。






‐Ⅴ‐

そして、エレベーターで向かうことのできる中では、この船の中で一番下の階。

「こりゃ如何にもなところねぇ」

不気味なくらい何も起こらなかったエレベーターでの移動の後、
扉から出た紅里を出迎えたのは、一面の暗闇、そして一面の水溜りだった。
どうやら下の階の方が浸水具合は酷いらしく、一歩足を進める度に大きな水しぶきがじゃぶじゃぶあがって、うざったくてしょうがない。

「取り敢えず、持ってて良かったペンライト、と」

作務衣のポケットから数センチのペンライトを取り出し、辺りを照らしてみる。

「ここは、倉庫とか動力とか、そういうのかな」

先ほどまでのホテルのような豪華さは見られず、事務的な灰色の壁が広がっている廊下。
客人が通ることを想定していない、船の作業員が行き来するのに使われていた通路のようだ。

「取り敢えず、適当に進むか」

なるべく水しぶきをたてないよう、一歩ずつ慎重に歩みを進める。

「さぁて、蛇でも鬼でも、ちゃっちゃと出てきなさいっての」

そして、軽く溜息。

「何か、さっきから独り言が多いわね、私」

まりさとれいむが居なくなった影響か、
またはこの如何にも何かが起こりそうな薄暗い廊下に緊張しているのか、
紅里の心境は何時になく忙しないものとなっていた。
心なしか心臓の慟哭のペースもいつもより速い気がする。

どうしたものかね、と腕を組んでいると、闇の向こうからばしゃばしゃと何かが跳ねる音が聞こえてきた。

「誰かぁああああああ!!!!!!!」

「今度は何よ」

やや緊張の面持ちで紅里は向かってくる水音に備える。

「誰か、助けてくださいぃぃ!!!」

音が近づいて来たのを感じ、紅里は音のする方へペンライトの明かりを向けた。
廊下の角から飛び出してきたのは1頭身の丸い物体。
そして白い耳に白いボディ。
ゆっくりもみじと呼ばれるゆっくりだ。

「あぁ!そこの見知らぬ人!助けてくださいぃぃ!!」

紅里に気付くや否や、もみじは猛スピードで紅里の足へ擦り寄ってきた。
水溜りですっかり濡れた彼女の毛が紅里のズボンにまとわり付く。

「だぁ、ちょっとどうしたってのよ!?見知らぬゆっくりさん」

ゆっくりもみじは恐怖と涙で歪んだ顔で震えながら叫ぶ。

「後ろから、怖い、恐い女の人がぁっぁ!」
「女の人‥!」

聞けば確かにゆっくりもみじがこうして紅里と接触した今でも、廊下の向こうからばしゃばしゃと何かが走ってくる音が聞こえる。
紅里は咄嗟に自分の右手を押さえる。
思い出されたのは、先ほど出会ったローラと名乗る謎の少女。
彼女が思うに、既にこの世の者ではない存在。

(あいつか‥!!)

紅里は緊張した面持ちで、もみじを自分の後方に下げ廊下の先を見据える。

(来るなら来い。あんたが何だって、もう油断はないわ)

そしてメダルを取り出し“変身”の準備を整える。
そして、彼女が持つペンライトの灯りに、その人物の全身が映し出された。


「もみじちゃぁあああんんん!!逃げないでよぅ!!お姉さんと一緒に遊ぼうよぅ!!」

「って、お前かぁぁああああ!!!!」


紅里必殺の飛び蹴りが、伝子の腹にクリティカルヒットした。
ぐぅおうぅぅ、と格ゲーの被KOキャラみたいな叫び声をあげながらばっしゃばっしゃと廊下を転がっていく。

「こんにちは、おでこちゃん。会えて嬉しいわ」
「ぐぬぬ、じゃ何故私を突然吹っ飛ばすのか、この作務衣女‥。出会い頭に飛び蹴りをもらった経験は人生2度目だわ」
「私だって出会い頭に飛び蹴りかまさざるを得ない事態に陥ったのは2度目だってのよ」

ゆっくりもみじはそんなやり取りを呆然としながら見つめていた。

「お知り合いなんですか?」
「「腐れ縁よ」」

二人は声を揃えて答えた。


「私の名前は床次紅里。職業はゆっくらいだーよ」
「私は森定伝子。職業は同じくゆっくらいだー」
「は、はぁ」

ゆっくりもみじは頭の上にクェスチョンマークを出しながら首を傾ける。
二人とも当然の顔でよく分からない単語を口に出すので、その謎の単語について聞くに聞けない雰囲気になり、
取り敢えず職業のところはスルーすることにした。

「私はもみじ。職業は海ぞ‥、じゃなくて海上調査員です」
「そう、それじゃちょっと失礼」

そう言うと紅里は両手でもみじの身体を持ち上げ、伝子の方へ差し出した。

「え?何?抱いていいの?もみじちゃん抱いていいの?」
「い、いやぁああ!!遠慮しますぅ!」
「違うわよ」

紅里は今にも飛びかかりそうな伝子の額を片手で押さえながら、ゆっくりもみじを彼女の顔に近づける。

「どう?」
「うひゃぁん、もみじちゃん良い匂いだよぅ。私‥我慢できなくなっちゃうよぅ」
「うわぁぁぁぁあ!!この人マジ怖いんですけど!!」
「そうじゃなくて。このもみじはあんたから見ても普通のゆっくりよね?」
「とっても可愛いゆっくりです‥。あぁ、駄目、伝子果てちゃぅぅ」
「ちょっと、この人舌出して何やろうとしてるんですか!?ちょっと、触らないで、舐めないでぇ!!」
「そうじゃなくて、こう、怪しい気とか、霊の気配とか、そういうの感じない?」
「はぁはぁ‥ううん全然感じないよぅ。あぁもう好き大好き。私トんじゃう」
「う、ゆわぁあああああ!誰か助けてくださぁいい!!」

十分か、そう思った紅里はもみじを伝子から遠ざけて床に降ろしてやる。

「あぁぁ、まだ十分堪能してないのにぃ」

伝子がまだ物欲しそうな顔でゆっくりもみじに手を伸ばしてきたが、紅里が両手でそれを制す。

「ちょ、紅里さん何するんですかぁ!?さっきは助けてくれたのに!!」
「いやぁ、ごめんなさいね。ちょっと一時的な人間不信にかかっちゃってて。
 取り敢えずこのでんこセンサーでチェックさせてもらったわけよ」

伝子が何の反応も示さなかったということは、このゆっくりもみじはどうやら普通のゆっくりのようだ。
途中から悪霊化したりするオチは恐らくない。
取り敢えず信頼しても大丈夫だろうと紅里は自分の中で勝手に結論付けた。

「それで、もみじはこの船に何しに来たの?私達が言える義理じゃないけどさ、こんな辺鄙な船の上に」
「何って、そりゃ調査ですよ。はっきり言って異常事態ですもの。お二人もそのような目的でしょ?」

紅里と伝子は黙って互いに顔を合わせる。

「「いや、ちょっと偶然迷い込んで」」
「はぁ?」

もみじは何言ってんだコイツ?と如何にも言いたげな胡散臭そうな顔を作る。
浮いてる船に迷い込むなんてこと、普通に考えて有り得ることではない。
この二人の場合、それが有り得てしまうのが問題な訳だが。

「ちょっと事情があってね。私らはこの世界、もとい船についての情報をあまり持ってないのよ。豪華客船だったって話は聞いたけど」
「お願い、もみじちゃん。この船の現状を正確に知りたいのよ。
 この濃霧に、先ほどから感じる言いえぬ気配、何かしらの異変が起こっているのは確かみたいだから」

二人は手を合わせてもみじに対し懇願した。

「は、はぁ。分かりましたけど‥。本当に世間一般に浸透してる知識もないんですか?」

もみじはまだ疑うような目つきをしたが、二人が余りにも熱心に懇願し続けるので、
大きく嘆息してもみじは語り始めた。

「この船はある世界有数の大企業、まぁそれも今となっては過去形ですが、その過去の大企業が造った巨大豪華客船です。
 絢爛豪華、大艦巨砲を地で行くそのフォルム、外装、内装、そして大きさは全世界注目の的でした。
 ええ、まさしく夢の豪華客船。しかしその夢も、今から約1ヶ月前に海の藻屑へと消えてしまいましたがね」
「沈んだ‥ってこと?」

紅里が静かにもみじに問い掛ける。

「本当に知らないんですね。有名な、世界中の誰も知ってる事件のはずなんですが。
 巨大な氷山との接触、それが原因で船に大穴が開いて沈没。
 おまけに船には乗客の半数分しか避難ボートがなかったものだから船内は大パニック。世に名高い『ゆ劇』が幕を開けた訳です」
「でも、それじゃ今私達が居るこの船は?実際今浮いてるわよね?」

伝子が周りをきょろきょろと眺めながら、半信半疑にもみじに問う。
もみじは呆れたように大きく溜息をついた。

「何を今更。だから私は調査に刈り出されたってのに」

もみじは聞き入る紅里と伝子を軽く睨みながら、一言一言重みを込めて言葉を紡ぐ。

「この船は、1ヶ月前、確かに沈みました。これは何百、何千という人やゆっくりが視認し確認し認識している事実です。
 そして私もその一人」

しかし、ともみじは険しい顔で続ける。

「濃霧が絶えず船の周りを漂っているため、まだ全世界には知れ渡っていませんが、
 偏狭なゴシップ紙や私らのようなはみ出し者しか信じていないようなレベルの情報ですが、
 一度確かに沈んだはずのこの船が、こうして今現在大海原に浮いている、それもまた私達が視認し確認し認識している事実です」

その言葉の意味成すところ、それはつまり、

「だから、こんなことは絶対におかしい。あるはずのないことが現実に起こっている。分かりますか?オカルトの世界です。
 私達が今遭遇しているのは怪奇現象なんですよ」

それこそが、今この世界で起こっている現象。
通常では絶対に有り得ない、起こり得ないこと。
まさしく異変。

「そう、この船こそ、甦りし豪華客船。この現代に現れた新たな幽霊船伝説」


「海上の沈没船、ゴーストシップ ゆイタニック号です」






-続く-



次回 ゆっくらいだーディケイネ 第13話  ゆイタニック号の救済













※という訳で、企画主だったという権限を酷使してこの世界を選んでしまいました、済みません。
※色々キャラお借りして頂きました。後でまとめてお礼を言おうと思います。
※あの船に乗っていたあんなゆっくりやこんなゆっくりを勝手に出演させて頂いています。イメージとか壊れたらごめんなさい。


  • 前半のパロネタと後半のシリアスのギャップがいいね -- 名無しさん (2009-08-15 08:13:32)
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最終更新:2009年08月23日 07:16