ゆっくらいだーディケイネ 第13話 Aパート

これまでのゆっくらいだーディケイネは!

今度の世界は濃霧の大海原の中を怪しく浮かぶ謎の豪華客船。
いつも通り世界の探索を始める紅里とまりさ、れいむであったが、
度重なる怪奇現象と共にれいむ、続いてまりさの姿が消える。
二人を捜し船の最下階に降りた紅里が出会ったのは、
もう一人のゆっくらいだー、伝子と、海上調査員を名乗るゆっくりもみじであった。
そして紅里と伝子の二人は、もみじから恐るべき真実を知らされる。

「この船は、1ヶ月前、確かに沈みました。一度確かに沈んだはずのこの船が、こうして今現在大海原に浮いている。
 この船こそ、現代に現れた新たな幽霊船伝説」

「ゴーストシップ ゆイタニック号です」


果たして、ゆイタニック号が蘇った理由とは。
そして、謎のゆっくり、こいしと、謎の少女、ローラの正体は!?








ゆっくらいだーディケイネ  第13話  ゆイタニック号の救済 Aパート




~Ⅵ~


記録上では今は亡きはずの海上の沈没船、ゆイタニック号。
その船内の最下階にある、暗く、靴がずぶ濡れになる程度の浸水具合の作業員用の通路。
そこを進む三人、二人の人間の少女と一人のゆっくりの影があった。

「紅里さん、紅里さん。ちょっと宜しいかしらかしら?」
「あらあらでんこちゃん、でんこちゃん。何か御用かしらしら?」

人間二人はこの世界に流れ着いた、御存知我らのゆっくらいだー、
床次紅里と森定伝子。

「私にも、もみじちゃん抱かしてくださいましまし」
「この子が全力で拒否してるから無理無理」

そして紅里の胸に抱かれる形で運ばれているのは白い犬耳がチャームポイントのゆっくり、
ゆっくりもみじ。
足がつかるくらい水没しているこの廊下は、胴なしのゆっくりでは余りに歩きにくいし、歩くスピードも極端に遅くなる。
そんなもみじに気を使って、紅里が彼女を運んであげることを提案したのだ。

「そんなことないよねー!?もみじちゃぁあん!」
「あの‥ちゃん付けとかやめてくれませんか?正直うざったくて」

朗らかな笑顔で語りかけてくる伝子から必死で目を逸らしながら、
もみじは素っ気なく返事した。

「‥‥、伝子は精神に678のダメージ。伝子は死んでしまった」
「よし、置いていこう」「屍なら捨て置くのも已む無しですね」
「待ってよ、ちょっとは慰めなさいよ!!」

紅里と伝子は同じゆっくらいだーではあるが、そんなに仲が良い訳ではない。
協力しあうことも稀にはあるが、いつもならお互い別行動をしてそれぞれに異変の解決への糸口を探っているはずである。
そんな二人がどうしてこの世界では出会った瞬間から一緒に行動しているのか。
主な理由は三つある。
一つは、伝子は何か光源になるものを持っていないので、
紅里のペンライトを頼らなければこの暗い廊下をまともに進めないということ(合流する前のもみじ追跡は愛の奇跡)。
二つは、紅里が持っているゆっくりもみじが伝子的に凄く可愛くて目が離せないということ。
そして三つ目の理由は。

「ねぇ、伝子」
「何よ」
「ちょっと引っ付きすぎ。暑いんだけど」

紅里は今現在、片手でもみじを抱きながら、もう片手でペンライトで前方を照らして進行しているのだが、
その後方から付き従って進む形の伝子は、紅里の肩を掴み、身体をびっしりと寄せ合わせていた。
恋人同士のデートであろうとここまで密着して動き回ることはしないだろう。

「ていうか胸が当たってんのよ、自慢かコラ」
「な、な、しょうがないじゃない!この廊下暗いからこうでもしないと危ないのよ!」

伝子は顔を紅く染め必死に言い返すが、紅里の肩から伝わる彼女の身体はガクガクと小さく震えている。
身体全体を押し当てられている紅里から見れば、彼女が虚勢を張っているのは隠しようのないバレバレな事実だった。

「はっぁん、まさか―でんこちゃん恐がってる?」

分かりきっていることなのに、紅里は意地の悪い笑みで彼女のこと嘲け笑う。

「ば、馬鹿言わないで!全然恐くなんかないわよ!!全然恐くなんかないわよ!」
「へぇ、それじゃこんなことしても平気よねぇ?」

パチン、と紅里は突然ペンライトの電源を落とした。
薄い明かりで視界が保たれていた廊下が、一瞬で完全な闇に包まれる。

「ひャュゥ!!!」

声を裏返しておかしな叫びをあげた伝子は、更に必死になって紅里の身体にくっつきながら、
それでも大声で彼女に向かって文句を垂らした。

「ちょ、馬鹿、な、何やってんのよ!さっさささとライト点けなさいよ!!」
「ほぅら、やっぱでんこちゃん恐いんだぁ」
「こ、恐くなんか‥ないもん! でも‥早くライト点けてよぅ‥」
「はっははは、痩せ我慢するでんこちゃんは可愛いですねぇ」

涙目で震えている伝子を、紅里はニヤニヤしながら高らかに笑う。完全に正義の味方のやることではない。

「あの、紅里さん?」

そんな紅里に抱かれているもみじがポツリと呟く。

「私のこと持ってもらっておいてこんなこと言うのも難ですが、私のことそんなに強く掴まないでくれませんか?
 あと、このめっちゃ震えてる腕の振動も何とかしてください」

「‥‥‥」

紅里が無言でペンライトの電源を再び入れた。
そして暫しの沈黙。
振り向くと伝子が恨みがましいジト目で紅里のことを見つめている。

「ハハハ‥、じゃ、ふざけてないで先進みましょうか」
「待てゐ」

ガシっと、伝子が紅里の肩をしっかりとがっしりと掴みなおした。

「何よ!偉そッッうなこと言っておいて、あんたも恐いんじゃない!!」
「五月蝿いわね!しょうがないでしょ!あんたはどうだったか知らないけどね、こっちはモロ見ちゃってるのよ!
 真っ赤でどろどろだったのよ!」
「何それ!?何言ってるのか全然分からない!!」
「ていうかねぇ、散々『胸無し』とか『漢らしい』とか『男の俺でも惚れそうになった』とか言われてるけどね、
 私だって女の子だってのよ!こんな如何にもな幽霊船でお化け恐がって何が悪いかァァァ!!」
「なら同じ痛みを共有する私とちょっとは仲良くしなさいよ!共同戦線張りなさいよ!!
 何一人で『私は別に恐くないけど』的な空気作ろうとしてんのよ!」
「痩せ我慢ですが何か!?」
「逆ギレとかマジふざけんな!マジふざけんな!」

「あ、あのぅ」

今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人に恐る恐るもみじは声をかけた。

「そんな心配しなくても、この船に幽霊やらは出ないと思いますよ?」
「あ?」「え?」

二人が声を揃えてきょとんとした顔でもみじを見つめた。

「だから、この船に幽霊なんて絶対出ないと思いますよ」
「あー、まぁ言いたいことは分かるけどね。私は実際‥」
「だって、この船で死んだ人誰もいないですもん」
「え?」

紅里の動きが止まり、もみじを疑うような目つきで凝視した。

「そんな訳ないでしょ、 だって、この船沈んだんでしょ?」
「ええ、しかも救命ボートの数も足りないという絶望的な状況で。それでも、誰も死んでないんですよ」
「そんな―ええぇ?」

紅里は信じられないといった顔でうめくように頭を抱えた。

「それはそれは、一体どんな奇跡が起こったの?」

伝子もいまいち信じきれていない表情で頭を掻きながら聞く。

「まぁ私も有り得ない話だって今でも思っていますけどねぇ。こんなでっかい船がまるまる一隻沈んだのに犠牲者0だなんて。
 でも、色々あったんですよ。偶然近場を通りかかった貨物船が沈んでるこの船を発見したり、きめぇ丸の航空便が活躍したり。
 他にも聞いた話じゃ、謎のゆっくりの集団や巨大蛸が救助活動してたとか、船から陸地に続く氷の道か出来上がっていたとか、
 普通なら考えられない話もたくさんありまして‥」

自分で言っておいて半信半疑であるように自身なさ気に、
それでも事実なんだからしょうがないともう半分開き直ったような態度でもみじは淡々と、この世界の事実について語る。

「そんな―本当に誰も死んでないっての? 例えば乗ったエレベーターが落下して小さい女の子が死んだとか、そんな話は全然ないの?」
「何故エレベーター? 取り敢えず、少なくともゆイタニック号に乗ったと公式な記録で確認される全ての乗客、
 乗船員は生還が確認されています。そりゃもう奇跡的に。だからそんな女の子なんて居ませんよ?」
「そんな‥」

紅里は意味慎重に自分の片腕を掴んだ。
あのエレベーターで、あの少女に捕まれ、紅い手跡がついてしまった自分の腕。
それじゃ、自分が見た少女、ローラ・エアハルトは何者だというのか。
てっきり、あの物言いから沈没時にエレベーターごと落ちて死んでしまった女の子の自縛霊か何かだと思っていたのだが。
誰も死んでいないとなると、この船ではない別の船が沈んだ時にできた幽霊とか、そういうのだろうか。
それにしてはこの船、ゆイタニック号について大層詳しく説明してくれたものだが‥。

「‥、ねぇあんたさ」

紅里が首を捻って考えていると、伝子が後ろから彼女の腕を触ってきた。
突然の感触に紅里の身体がびくっと震える。

「な、何よ」
「何で腕にトマトソース付けてんの?」

伝子はそう言って、すすすと、自分の人差し指を紅里の腕の上で滑らせた。

「ひゃん」
「気持ち悪い声出さないでよ、女みたいに」
「五月蝿い、いきなり触んな。そして私は女よ」

そして伝子は自分の人差し指についたそれを紅里に対して見せ付けてきた。よく見ると、その指先はほんのり赤色に染まっている。

「ほら、トマトソース」
「あ、あの血、まだ付いてたんだ‥。ってぇえ?」

その「え?」に疑問以上の驚愕を織り交ぜ、紅里はポカンと言葉を漏らした。

「トマト‥ソース?」
「トマトソースでしょ、ほら」

そう言って伝子はその指先を今度は紅里の口に対して突っ込む。

「ちょ、なにすんのよ」
「ほら、トマトソース」
「だからって‥、れろれろ、あ、本当だ、トマト味だ」
「でしょ」

紅里は納得したようにうんうんと頷いた。

「て、あれ?」














~Ⅶ~


ゆイタニック号最下階、英語で休憩室と書かれた部屋。
その名の通りこの階で働く作業員の休憩の為に用意されていた部屋のようで、いくつかのテーブルと椅子、テレビ、
そして奥に簡単な台所と冷蔵庫が設置されているだけの、質素な空間。
その台所の水場。

「lan♪lalalalallalan la lalalalan lala lalala lanlanlan♪」

一人の少女がそんな簡単な曲調の歌を気分良さ気に歌いながら、自分の頭を蛇口から流れ出る水をかけながらゴシゴシと洗っていた。
黒いワンピースに黒い長髪、そして一点浮いた赤い靴の少女。数刻前、紅里達にローラと名乗った謎の少女である。

「lanlanlan~♪と、ふぅ、髪にまでトマトソース塗りたくったのは失敗だったなぁ。中々落ちないんだもん」

少女はそう言ってから、蛇口の口を閉め、犬猫のようにぷるぷると頭を振って髪と顔についた水気を一気に払い、
側に掛けてあったタオルで頭をごしごしと拭く。
そして「ふわぁ」とすっきりした気概の声を漏らし、そのままタオルを首に掛けて両腕を真上にあげて身体を伸ばした。

「ふぅ、ドライヤーも付いてれば良かったのにな」

そんなことをぼやき、設置されている椅子に腰を降ろし、テーブルの上に置いてあったリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を点ける。
そして何か面白い番組でもやっていないかと適当にチャンネルを回していると、

『あー、テステス。もしもし。ローラ、聞こえる? そこに居るんでしょ?』

突然、部屋の天井近くに設置されたコール用のスピーカーからそんな声が聞こえてきた。

「あ、“博士”? どうしたの?」
『“博士”だなんて呼ばないで、って何回も言ってるのに‥』

見知った顔なのだろう。
ローラはその突然の声に微塵も驚くことをせず、当然のようにそのスピーカーに向かって話しかけた。

『ま、今はいいわ。あなたを捜してたのよ』
「ああ、侵入者撃退大作戦の状況のこと? 順調順調!こいしさんも協力してくれてるしね!」
『こいし―が?へぇ、あの“傍観者”がねぇ』
「お陰でターゲットは後一人だけだよ。もうすぐ終わっちゃうと思うと少し寂しいけどね」
『ああ、そのことで報告があるのよ』

スピーカーの向こうの“博士”と呼ばれた声は淡々と少女に告げる。

『侵入者なんだけど、さっき突然人間一人とゆっくり一人が増えて合計三人になっちゃったわ』
「ほひぇ?」
『それで今ローラが居る階で合流してしまったみたい』
「えぇ?え、何それ?いくらなんでもそんな」

ローラはぽかんと大口を開けてスピーカーを疑うような目つきで見つめる。

『ごめんね、ちゃんとレーダーは機能してるはずなんだけどね。
 一人はまた以前と同じくこの船の内部に突然、それこそ瞬間移動してきたの如く紛れ込んでて‥。
 もう一人、ゆっくりの方の新しい侵入者は、多分レーダーの索敵外の海の底から侵入してきたみたい』

自分で自分を呆れるようにやれやれと“博士”は言う。

『だから、残りは三人よ。やばくなったら白旗振っても構わないから、やれる範囲で頑張ってね』
「そんなぁ~」
『それとあともう一個、ローラにとって悪い知らせがあるよ』
「え、まだあるの?」
『あんたさ、厨房から勝手にトマトソース持ち出して、血のりの代わりにしたでしょ』
「え、まぁ、えっと、その、うん」
『そのことで“先生”が御立腹だよ。船の上で食材をムゲに扱う奴に、船の上で飯を食う資格はない、だってさ。
 ローラ、あんた今日の晩飯抜きだって』
「えぇえええ?」

大きなショックを受けたようで、ローラの表情がかつてないほど青く染まる。

「だって、それは、侵入者撃退の為にやむを得ず、ねぇ」
『そんな言い訳は多分あの人には通用しないよ』
「そんなぁぁ‥」
『ま、事が終わったら私も一緒に謝ってあげるから』
「うぅぅうぅうぅう‥」

ローラは半泣きで机の上に突っ伏す。晩御飯がなくなったことがよっぽどショックだったらしい。

『あ』
「今度は何ぃ?」
『今のうちに謝っとく、ごめん』
「え?」

スピーカーからの声は本当に迂闊だったというように、トーンを落としながら悪かったという態度で謝罪した。
スピーカーの向こうで両手を合わせて頭を下げているイメージが見て取れる。

『言い訳するとね、私もほら一頭身だからね、レーダーを絶えず監視しながらの通信って慣れてないのよ。えと、だから、うん』

最後にその声はきっぱり開き直ったように言う。

『幸運を祈る』

プッ、と無情にもスピーカーの電源が落ちる音が小さく部屋の中に響き、
間髪入れずにその部屋の扉は、ドォンという効果音と共に豪勢に開かれた。

「ひゃっ!」

ローラは驚いて反射的に、開かれた扉の方に振り向く。
そこに立っていたのは作務衣を着込んだ胸の薄い女性、床次紅里。
そして彼女に抱かれているゆっくりもみじと、彼女の後ろに付きそう形で立っている第三の侵入者、森定伝子。
紅里の表情は不自然な程の微笑で満ち満ちており、同時に額に非常に分かり易い怒りマークである青筋が浮かんでいる。

「‥‥‥えーと」←ローラ
「‥‥‥ニコニコ」←紅里

お互いに黙ったままの空気でローラが点けっぱなしにしていたテレビの音だけが部屋の中を空しく響く。

「えっと、お姉さん。いつからそこに?」
「『トマトソースを血のり代わりに使っていたでしょ?』あたりの会話からかな。ずっと部屋の外から聞いていたわよ」

サー、とローラの顔のただでさえ青白い顔から更に血の気が引いていく音がした。

「あー、えーと、そのー」
「あらあら、何かしら、うふふふ」

ローラは顔中から嫌な汗を噴出しながら、それでも必死に事態を打開する術を考えるように頭を少し抱え、
何かを決意したようにキリっと表情を薄暗く染め上げて、凶悪な笑顔と共に高らかに言う、

「く、クハハ、クハハアハハハ。よくぞ私の正体を見破ったね、お姉さん。人間にしては優秀みたいだね!
 だけど、これで恐怖が終わった訳じゃないよ。何たって私の真の正体は」
「じゃかぁしい」

が、その台詞は突然少女の前に飛んできた飛翔物、紅里が蹴飛ばした、偶然彼女の足元に存在していた一斗缶によって強制終了された。
ドゴン、という軽快で痛そうな金属音。
同時に、ローラの額に鈍く巨大な痛みが走った。

「いぃぃ、痛、だだだっだだ何これ凄く痛い」

痛みに耐え切れずローラはぐるぐるとその場に蹲って、涙目で面白いほどに回転する。
そんな少女の悲痛な様子を、紅里は底冷えするほど冷酷な瞳で見つめながら少女に対して一歩近づく。

「もう手遅れなのよ、今更演技も糞ったれもないわよ、演技が安すぎんのよ。
 ていうか私を小馬鹿にしやがった借りはマジで返してもらうわよ餓鬼が」
「あの紅里さん、落ち着いて。流石に女の子に向かって一斗缶蹴り飛ばすのはちょっと」

紅里に抱かれているもみじがガタガタ震えながら紅里を何とか止めようと説得する、
が、紅里の表情は一寸も変わらず冷淡なまま、少女のことを残酷なまでの容赦なさで見つめている。

「な、な、いきなり何するのよ!?凄く痛かったよ!!ていうかそういうの人に蹴ったら危ないでしょ!?」←敵
「ああ?」←主人公

何とか痛みから立ち上がったローラが瞳に涙を蓄えながらも正論を言ってのけるが、
紅里のドスの効いた睨みにしゅくしゅくと縮こまってしまう。

「あ、ぅぅ、その、ぇぇと」
「人を、エレベーターの、長穴に引きずり込もうとしてた癖に!?何いまさら良識ぶってんだコラ」
「あ、だって、あれは、ほら。ただの演出のつもりで‥。本当に落とすつもりなんてなかったし‥」
「ていうかトマトソースで血のりってアホなの?ほかにもっとまともなモンなかったの?そんでそれにまんまと騙されてた私は何?
 空前絶後の大アホ大魔王ってのか、オラ」
「ぃ、いや、そこまで言ってないし‥それ以上近寄らないで!恐い、恐いよ!!」
「取り敢えず少なくとも私の分とまりさの分、分不相応の悪戯をした餓鬼にはお仕置きが必要よねぇ?
 どこの身体の部位破壊が良いかしら?」
「ぇ、ちょっと、部位って。冗談でしょ? 眼が、眼が恐いよお姉さん? だって、ほら、私女の子なんだよ?
 だから、駄目だよ。そういうR-18Gみたいなのは? 最近凄く規制とか激しくなってると私聞いたもん。
 だから駄目、駄目だから、近づかないで、それ以上近づかないでぇぇ!!」
「もう手遅れじゃこの餓鬼がぁぁぁぁ!!」

「落ち着け」
「うぐ」

ストン、と鋭く速い一撃が紅里の首筋に打ち込まれる。
それまで二人のやり取りを見ていた伝子が、流石にこれ以上はやりすぎだと思い、紅里を止めに入ったのだ。
このままでは投棄場掲載の流れになると判断したのだろう。

「た、助かったぁ」

手足を力なく垂らし、ローラは涙目のままその場に腰を落とす。

(この人にまともな感性なんて存在したんだ‥)
「何気に凄く失礼なこと思ってない?もみじちゃん」

「いたた‥、何すんのよ、伝子」
「そりゃこっちの台詞だわ、紅里。今日のあんたちょっと変よ。なんていうかブチ切れ過ぎ。何があったていうのよ?」
「あ、そっか。あんたにはまだ言ってなかったわ。いつも私と一緒にれいむとまりさ居るでしょ?」
「そりゃ居る。全然居る」

伝子が深い慈しみの表情と共に深く大きく首を縦に振った。
この人は本当にゆっくりのことを考えただけで幸せになれるタイプの人間なのだろう。

「そいつらがね。今現在行方不明。生死も不明」
「え?」

伝子の顔が分かり易いくらいに大きく曇った。
そして、紅里は真っ直ぐ床に腰を落としているローラを指差す。

「犯人はこいつ」
「あー、へー、そっかー」

伝子はローラのことを一瞥して大きく頷く。
気が付けば、彼女の表情は紅里がこの部屋に入ってきた時と同じように、安らかな微笑みで満ち満ちていた。

「そっかー。この子が、この女の子が、このお子様が、この餓鬼が、可愛いまりさとれいむを、私の可愛いれいむとまりさを、ねー」
「お前のじゃないけどな」

ローラは、今までにない、先ほどの紅里のものより大きい怒気、否、それすらを越えた殺気が部屋の中に充満していくのを肌で感じた。

「い、いや、ねぇ。違うのよ、もう一人のお姉さん?」

時間の経過と共に張り詰めていく空気に耐え切れなくなり、
ローラは腰を落としたまま懸命に自分に迫りつつあるもう一人の女性に話しかける。
だが、彼女はその声に反応することなく隣に立つ紅里の方へ視線を移し。

「さってと、紅里ちゃん紅里ちゃん」
「なぁに、伝子ちゃん、伝子ちゃん」

満面の笑みで、まるでどこぞのお嬢様高校の生徒同士がかわす優雅な挨拶のような和やかな雰囲気で、伝子は紅里に聞いた。

「刃物って何か持ってる?」
「剃刀とバリカンなら何故か持ってるわ」
「じゃ、まずはバリカンで」
「おk」

ウィンゥィンウィンウィンゥイン

紅里が何故か何故か持っているバリカンの電源が入り、部屋中に小さな、それでも耳に障る機械音が鳴り響く。
今ここに、少女ローラに迫り来る恐怖の影が、一人増えた。

「ちょ、ちょっと待ってお姉さん方。駄目だよ、そんなものこんな小さな子に向けちゃ。
 それでどうする気なの、ねぇ、やめてよその気味の悪い微笑は!!本気で恐いんだけど、マジ恐いんだけど!!」

「まず何処剃るよ?」「えっと下の方で」
「下って何処!?」
「じゃ、ヤるからあんた後ろから押さえてて」「了解」
「い、嫌、離して!離してよ!嫌だぁああああ!!!誰か、助けて!助けてよ!!」

「なんまいだぶなんまいだぶ」

一方、もみじは既にこの部屋で行われようとしている猟奇的事態に付いていくことを諦め、
紅里の手を離れ、部屋のテーブルの上で静かに黙祷を捧げていた。

「ちょっと、そこのゆっくり!助けてよ!見た感じ分かるでしょ!?この部屋で今まともなのあなただけなのよ!
 お願いだからこの人たち止めてぇぇ!!」
「ハハ、迷わず成仏してくださいね」
「人の良さそうな顔してムゴいこと言うなぁぁ!!」
「ほら、こっち向く」

もみじの方を向いて必死の訴えを起こしていたローラの顔が紅里の手によって無理矢理正面を向かされる。
少女の眼に間には既にモーターをこれでもかと回して迫るバリカンの小さな刃と、その奥で残忍な笑みで微笑む紅里の笑顔があった。

「あ‥、あ‥、あああ」←恐怖に震える今回の敵
「フフフ、ハハハハハ。大丈夫、なるべく痛くしてやるからね」←悪を滅ぼす僕らのゆっくらいだー①
「ククク、クカカカカカ、クカカカカ」←悪を滅ぼす僕らのゆっくらいだー②

「だ、誰か助けてぇええ!!!」


その声に込められたのは恐怖、絶望、悲痛。
少女の助けを呼ぶ叫びが船に響いた時、
彼女は仲間を助ける為、唐突にその姿を現した。


「貴様らぁぁあ!!そこまでよ!!!」
「うわ」「おっと」

転瞬。

少女を取り囲んでいた二人の身体がバランスを崩しその場に倒れこんだ。
彼女達以外誰も居なかったはずの部屋の中で起こった、第三者による攻撃。

「大丈夫!?ローラ?怪我はない?」
「こ、こいしさん!!」

そう、突如この部屋に現れて、紅里と伝子の脚目掛けて短い足でスライディングして二人を転ばせたのは、
ゆっくりこいし、無意識を司る謎のゆっくりだった。
すぐさまにローラの前に出て、庇うように両手を一杯に広げ、片足を上げたポーズ、
俗に言う『荒ぶるグリコのポーズ』をとって、紅里と伝子の前に向かい立つ。

「何だ、またあんたか。良いところで割って入って」

紅里が小さく舌打ちしながら突然の乱入者に対して文句を垂らした。

「うぅぅ、滅茶苦茶恐かったよぅ」
「よしよし。もう大丈夫だからね!ローラは下がってて。
 ―まったくあんたらね。年甲斐もなく囲んで年端もいかぬ少女を虐めるなんて何考えてるの!マジ引くわ!!それでも主人公か!?」

公序良俗に照らし合わせて極めて正しいこいしのこの発言に、ゆっくらいだー二人は互いに目を合わせ、

「いやー、もちろん途中でストップしようとは思ってましたよー。泣かす気は満々だったけど」←紅里、僕らのヒーロー。
「私達だってPTSD(心的外傷後ストレス障害)の一歩手前で止めるぐらいの良識は持ち合わせてるよねー」←伝子、僕らの変態。
「絶対嘘だ‥」←もみもみ

少しも悪びれもしない二人の態度にこいしは強く歯軋りし、後ろで未だに腰を落としている少女に指示を出す。

「ローラ、あなたは取り敢えず退いた方がいいよ!」
「そんな、こいしさんだけ残して行けないよ!」
「いいから行って!あなたはこんな狭い部屋じゃ、戦えないでしょ!?」
「う、うん。でも‥」

まだ逡巡するローラに、こいしは再度命令する。

「いいから、早く!言ったでしょ!私の部屋に泊まったからには幸せになってもらわなきゃ私が困るんだよ!
 そしてその優先順位は、この船が甦った後、一番最初に私の部屋に泊まってくれたあなたが一番なんだよ!
 だから、こんなところで不幸にならないで!!」
「こいしさん‥」

ローラはまだ何か言いたそうだったが、こいしの何時にない真剣な態度に心動かされ、小さく首を縦に振った。
そして腰を上げ、部屋の扉目指して走り始める。

「あ、ちょっと、待ちなさい!まだれいむとまりさの居場所を‥」
「させないよ!!」

逃げ去るローラを追おうと立ち上がった紅里の身体が今一度大きく崩れた。
ドン、と顔面を強く床に打ち付けてしまう。

「い、痛い」
「私の攻撃は常に無意識下で行われる。悪いけどあなた達にはここでずっと転び続けてもらうよ!!」

何も大きな技をかけられた訳ではない。
ただ、こいしは相手に気付かれないように足をかけて転ばせただけ。それだけのことなのだ。

「くそ!」

紅里は倒れたまま、転ばされた力が働いた場所目掛けて大きく蹴りを入れる。
だが、その攻撃はただ空を切るのみ。
さっきまで確かにそこに居たはずのこいしの姿は、何時の間にか紅里の視界から綺麗に消え去っていた。

『無駄、無駄だよ!当たるはずがないでしょ!私は常に貴方の意識の外に居る』
「ぐぬぬ、厄介な」

「ていうか端から見ると転んでばっかで馬鹿みたいよ、あんた」

そんな戦闘の様子を部屋の脇で座りながら黙って観察していた伝子がしみじみと呟いた。

「うっさいでんこ、あんたも協力しないさいよ」

紅里がもう一度立ち上がり、伝子に対して訴えかける。

「まぁ、いいけど。あんたのれいむとまりさも助けたいしね」

そう言って伝子もまた重いを腰を上げ、パンパンと手を打ってやれやれと首を傾ける。

『ふん、無駄だよ。例え二人がかりだろうと!!』

姿が見えないまま部屋の中にこいしの声が響き、紅里は警戒し周囲に眼を走らせる。
だが、彼女の視界にこいしの姿が映ることは決してない。
このままではジリ貧になる、何とかしなければ、と考えていた矢先。

「えい」
「え、あれ?」

伝子が何の予備動作もなく、まるでそれで当然のように、こいしの小さい身体を抱きかかえた。
何か仕掛けようと部屋の隅で画策し立ち尽くしていたこいしを、認識の外に居て誰にも発見されることのなかったはずのこいしを、
伝子は難なく捕まえて見せた。
伝子はさも嬉しそうにこいしに大して頬ずりをする。

「こいしちゃん、捕まえちゃ~った」
「な、何で、どうして。私はあなたの無意識の中に居たんだよ!私の姿は見えないんじゃ?」

目の前の現実がどうしても信じられないといった顔で、こいしは伝子の顔を見つめる。
こいしだけではない、紅里ももみじも、目の前にいる人間の女性の並ならぬ感性、

「何言ってるの? 私にゆっくりの姿が見えないなんて。
 そんなオカルトありえません」

好きな対象なら例え砂漠の中に紛れ込んだ一粒のゴマさえ探し出せそうな執着、究極の一方的な恋慕心、
ストーカー魂の真骨頂の成せる技に、

「うわぁ、こいつ好きという感情だけで特殊能力の壁をぶち破っちゃったよ」
「この人本当に恐いんですけど。本当に恐いんですけど」


正直引いた。

「さぁ、紅里!ここは私に任せて早くあの子を追いなさい!助けるんでしょ、あんたのゆっくりを!!
 あぁうん、こいしちゃん可愛いよぅ。永遠に抱きかかえていたい」
「ちょ、待って、おかしいよ!私がこんな風に捕まるなんて有り得ないよ!有り得ないのにぃ!!
 嫌だ恐い離して怖い、私初めてなのにこんなの耐え切れないからぁ!!私に触らないでぇ!!!」


伝子に言われるまでもなく、既に紅里ともみじは逃げるようにしてその部屋から退散していた。

かくして、ゆっくらいだー伝子は愛を以て立ちはだかるゆっくりこいしの脅威を振り払ったのだった。





「さて、もみじ。さっきみたいにローラの居る場所を追うことはできそう?」

廊下に出た紅里は、再びもみじを抱きかかえながら辺りをペンライトで照らしながら聞く。
当然と言うべきか、辺りに逃げ出した少女の姿はない。

「ええ、彼女の匂いはもう覚えましたから。これは‥、既にこの階には居ませんね」

小さい鼻を可愛らしい仕草でクンクンと動かしながら、もみじは辺りの匂いを探る。

「匂いの先は、上? 一番上の階‥?」










~Ⅷ~


ゆイタニック号、甲板。
本来ならば海を眺める多くの観光客で賑わっているはずのその場所は、
その身をそのまま外面に晒しているためか、この船の中でも一番損傷が激しいものとなっていた。
所々に大小の傷や穴だけでなく、船のかつての一部と思われる大小の木片や鉄パイプが散在している。
その周囲には船全体を取り囲むように鈍白の濃霧が広がっており、海や空といった景色は一部もその姿を見通すことができない。
紅里はそんな廃れきった甲板に、階段から続く扉を開けて漸くたどり着いた。

「はぁ、はぁ、はぁ、ローラはここに居る、のね‥」
「紅里さん大丈夫ですか?」
「なぁに、ちょっとだけ、疲れた‥だけよ」

身体中から汗を流し、自分が開けたドアに寄りかかりながら、疲れきった顔で紅里は辺りを見渡した。
船の最下階から最上階まで一気に、わざわざ階段を上ってきたのだ。
流石のゆっくらいだーといえどその疲労の蓄積は中々のものであった。

「フフフ、来たね、お姉さん」

船の横端、船内と海が続く船外とを隔てるフェンスに寄り添うように、そこには黒衣の少女が立っていた。

「ローラ!!」
「思った‥より‥ゼェハァゼェハァ、早かった、ハァハァハァ‥じゃ、ないケホ、ケホッケホッ」

紅里以上に身体中から大量の汗を流し、頭をだらしなく垂らし膝を曲げながら、今にも倒れてしまいそうな危うさで。

「あんたも急いで階段を駆け上がっちゃったのね、私以上に」
「正直、大丈夫ですか?」

紅里と彼女に抱きかかえ上げられたもみじが心配そうに少女に言う。

「し、心配気に言うなぁぁ‥ゲホケホケホッッ、ッゼェハァ」

そんな瀕死に近い状態の少女に、紅里は深い溜息をついた後、なるべく優しい口調になるよう気をつけて言う。

「なんだったら降参してもいいのよ。こっちは取り敢えずれいむとまりささえ取り返せればそれでいいの。
 他のことは水に流してあげる。これ以上女の子を苛める趣味もないしね」
「紅里さん、説得力ゼロですよ?」

「五月蝿い!!五月蝿い、五月蝿い!!」

そんな同情的な意見を切って捨てるようにローラは紅里のことを強気で睨みながら、腕を振り上げて否定する。

「さっきから何なのよ、お前は!!勝手に私達の船に入ってきて、人を脅したり苛めたり、それで今度は同情!?
 どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むんだよ!!」
「別に馬鹿にはしてないけどなぁ、仕返しはさせてもらったけど」

頭をポリポリ掻きながら気だるげに紅里は答える。

「ただの人間の癖に!侵入者の癖に!! 私にあんなことして、絶対に許さないんだから!!」

激昂しながらローラはフェンスの上にその身を器用に立たせる。
そして、つま先で小さく足元のフェンスを蹴ると、

「お前なんか、海に突いて落としてクラーケンの餌にしてやる!!」

その身を何十メートルも上の大空へ、まるで鳥のように飛び立たせた。

「飛んだ!?」

もみじが驚愕しながら、眼の前で起こった有り得ない事態をそのまま口にする。
何時の間にか、ローラの両腕はその根元から黒く、そして彼女の身体の倍はありそうな大きさの翼に変身しており、
その大翼を羽ばたかせ船の上空を飛んでいた。
よく見ると少女の小さい口からは、人間の子供のものとは思えないほど鋭く長い犬歯が生えている。
その姿は、神話や紅里がよく遊ぶRPGでお馴染みの、ハーピィやセイレーンといった魔物の形そのままであった。

「なるほどね、それが黒衣の少女ローラの正体って訳ね。妖怪が幽霊の真似事してたわけか」

これで今まで起こった怪奇現象にも説明がつく。
あの深いエレベーターの奈落へ落ちた時も、あの翼があるならばどんな高さから落ちようと平気なはずだ。
思えば、紅魔の世界で出会ったあの吸血鬼なら、演出次第では今回の怪奇以上の現象は容易に起こせるだろう。
紅霧も起こせるし、蝙蝠にも変身できる。
それに比べたら何ともない異変に、相手の正体が分からないという理由だけで恐がっていた訳だ。
そう考えると、紅里は数十分前の自分が馬鹿らしくなってきた。

「悪いけど、ローラって呼んで良いのは私の仲間達だけ」

天空から紅里のことを見下すように、少女は目を細めて冷たく言い放つ。

「私の獲物でしかないお姉さんには、魔女ローレライって呼んで欲しいな」

ローレライ。
それはドイツ、ライン川流域に出没するという、歌で船を沈めてしまう恐ろしい伝説の魔女の名前。
そして、紅里は知る由もないが、

(ローレライ‥? 船が沈んだとき、あの貨物船の上で多くの目撃者が出たっていう、半鳥半人の少女のこと?)

ゆイタニック号事件の中で、語り継がれている、もみじが信じ難いと思っているゆ劇の一つ。
一番最初に船を沈めた、逆に、船の乗客を救った等と、生存者の中でまことしやかに語られている存在。

(こればっかりは只のデマだと思っていたけど。まさか、本当にお眼にかかれるなんてね)

「OK、ローレライ」

ふぅんと、紅里は挑戦を受けるように髪を掻き揚げて同じように空を浮く魔女、ローレライを睨みつけながら告げる。

「そっちがその気ならしょうがない。紅里お姉さんが相手になるわ」
「相手になる程の力もない癖に、口だけは偉そうに!」

そして、少女は空に浮かびながら大きく息を吸い、


『Laa――――――――』


透き通るような、それでいて船全体を包み込むほどの声量でその声を響かせた。
すると、甲板に散在していたいくつもの木片や鉄パイプが、重力を無視してみな上空へ浮き上がっていく。
それらは高度を増していくにつれ一箇所に集まるように群れを成していき、次第にローレライの周囲へ集合していく。


『Lanlalala――――――』


そして、それらはローレライと同じ高度に浮かび上がった後、その全てが先端部分を甲板に立つ女性、紅里に向けた。


「泣いて謝るなら今のうちだよ。それでも許してあげないけどね」
「ふぅん」

紅里は空に浮かぶ大量の板切れを値踏みするように見つめながら、その腕の上に居たもみじを突然後方に放り投げた。

「ぎゃん」

地面に叩きつけられたもみじが悲鳴をあげる。

「もみじ、あなたは下がっていて、危ないから」
「普通にそれだけ言ってくださいよ!!」

そして紅里はまたローレライを鋭い瞳で見つめて言った。

「泣いて謝るなら今のうちよ。それで私は許してあげる」
「なっ!」

ローレライの表情が再び怒りで歪む。

「だから、馬鹿にしないでって言ってるでしょ!!!」

そして、その荒ぶる感情と共にローラは自身の片翼を紅里に向かって振り下ろした。

「大怪我しないと、分からない人なのかな!?」

その手の動きに合わせ、宙に浮く全ての木片と鉄パイプが、紅里に対し嵐のように降り注ぐ。

(速い、そして多いな‥)

それらは雨のようなスピードで、紅里の周りの床を容赦なく打ち貫いてく。
その一撃一撃が人間にとって致命傷になり得るほどの力。
それらが群れをなして紅の周囲に何本も何本も降り注いでいく。

「あ、紅里さん!!」

後方に下がったもみじが心配そうに叫ぶ。
船の上からは既にくだけた木片と舞い上がる粉塵で薄い霧が出来あがり、それがローレライの攻撃の激しさを如実に表し、
外から紅里がどうなっているか判別不能にしている。

「ハハアハハハハッハハハハハ、ハハアハハハッハハアアハハハハ」

ローレライがさも嬉しそうに高らかに凶悪な笑い声をあげる。

「ざまぁないよね!馬鹿みたいだよね!!可哀想だね!!
 私に、終わりの翼のローレライに逆らったからこうなるんだよ、お姉さん!!」

明らかに優位に立っている立場にあるからこその嘲笑。
人外である自分の力を見せ付けるように少女は大きく翼を羽ばたかせ、残り全ての木片を飛ばしていく。
そして、宙に浮く木片等の数が少なくなると、ローレライは更にその身を空高く中空に登らせ、

「あんまり可哀想だから、これで、トドメにしてあげよう!!」

最後に、その身を丸ごと降り注ぐ木片の渦の最中へ、


「究極!ローレライキィィックゥッッ!!!」


勢い良く、対象を踏みつけるように最高のスピードでその身体を振り落とした。
ローレライの身体がみるみるうちに船上へと近づいていく。
少女は、勝利を確信した。

「確かに、速い弾幕、だけど‥」

だから、その巻き起こる粉塵の中、
あれだけの激しい攻撃の中、
無傷で、何の損傷もなく、
ローレライのことを真っ直ぐ見据えている紅里を確認した瞬間、

「え‥」
「どっかの吸血鬼のより全然遅い!!」

少女の瞳は、嘗てない畏れの色で染め上がった。


鋭く大きい爆撃音、


ローレライのキックによってその場に更に多くの粉塵が巻き上がる。
だが、少女の脚に対象を蹴り飛ばした手応えはない。

(避けられた‥!?あの距離で!?)

少女は粉塵の中、紅里の姿を探しきょろきょろと辺りを見渡す。

「もうこの世界で起こった異変も、倒すべき敵の正体も分かったから、私も遠慮なく暴れられる」

ここからは、いつも通り。
力を以って、立ちはだかるボス敵を打ちのめすのみ。

「後ろ!?」

聞こえてきた声は、少女のすぐ後方から。
紅里はローレライの渾身の一撃を難なく避けた後、素早く少女の後方に移動していたのだった。
ローレライは慌ててその身を振り向かせる。
だが、その時には既に勝敗は決していた。

紅里はメダルを取り出し、ネックレスのロケットを開け、



「変身!!」

『ユックライドゥ』

『ディケイネ!!』



この世界で初めての変身を果たす。

「悪いけど、子供の遊びにこれ以上付き合っていられない」

その後は、まさに一瞬の出来事だった。
少女がその“変身”に驚くより前に、
ゆっくらいだーディケイネは恐るべき、全然ゆっくりしていないスピードで、


ローレライの身体をただ、通り過ぎた。


「変身‥終了」

そして、ネックレスをはずし人間の形態へと戻る。
嘗てない程の、短時間の変身。
だが、決着はそれだけで十分だった。

「え? あれ?」

ローレライは呆然と立ちすくみ、

「何‥それ‥」

紅里の方へ首だけ傾け、

「全然見えなか‥った‥よ」

力なく、その場に倒れ伏した。

「言ったでしょ、これ以上女の子を苛める趣味はないってね」

少女、ローレライが最後に見た紅里の顔は、
悪びれもせず、だが、彼女のことを侮蔑するような表情もせず、
心地良い笑顔で自慢げに笑っていた。
勝利を誇るように、そして、よく戦ったと敗者となった少女をも称えるように。

「何それ‥、かっこいいじゃん」

ローレライはそう呟くと、その瞳を静かに閉じて気絶した。




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最終更新:2009年08月18日 22:31