ゆっくらいだーディケイネ 第13話 Bパート




「あ、しまった‥。気絶させちゃったられいむとまりさの場所聞けないじゃない」

紅里はその場に眠るようにして気絶している、半鳥半人の少女を見つめながら、困ったように呟いた。
ローレライの口ぶりからして、この船の中に彼女以外の仲間も乗っているようだが、
この広い船でそいつらを探し出すことの困難さはとっくに経験済みだ。

「ちょっともみじ、どうしようか」
「いや、私けっこう驚いてるんですけど? 何ですかさっきの変身は?ゆっくらいだーって何ですか?」
「取り敢えず伝子と合流してこいしに話を聞いてみるしかないかな」
「聞いて下さい紅里さん。スルーしないで」

もみじそっちのけで、これからどうしたものかと考えていると、

『あー、テステス』

突然、甲板に立てられた船内放送用のスピーカーからそんな声が飛び出してきた。

『もしもし、もしもし、侵入者のお姉さん、さっきローラを倒してしまったお姉さん聞こえますかー?』
「へ、あー、はい」

紅里は突然の放送に驚きながらも、取り敢えず返事をしてみた。

『お、良かった通じた。初めまして、私はにとり。さっきあなたが倒したローラの友達で、この船のメカニックを担当している者です。
 どうぞ宜しくお願いします』
「はぁ、これは御丁寧にどうも。私は床次紅里、通りすがりのゆっくらいだーです」
「ついでに私はもみじです」

スピーカーに集音機能はついていないはずだが、どういう訳だか彼女の声はスピーカーの声の主に聞こえているようだ。

『まぁもみじの方はどうでもいいや』
「待て、ここでもスルー?私が何したっていうんですか!?」

『ゆっくらいだー、それがどんな存在なのか非常に興味はあるけれど、今は取り敢えず置いておきましょう。
 えっと紅里さん、あなたはいなくなったゆっくり二人、れいむとまりさを捜しているんですよね?』
「そーそー、あんた達が攫った、ね」
『ならば、これから誘導する場所まで来て頂けませんか? 
 そこに私も、私の他の仲間も、それにあなたの捜しているれいむとまりさも居ますから。そこで取り敢えずお話しましょう』
「お話って、罠でない保証は?私この船でけっこう散々な目に遭ってきたんだけど」
『大丈夫ですよ、ローラを圧倒する力を持つあなたに勝てるほどの力なんて、我々は持っていません。
 あ、そうだ、心配ならローラも一緒に運んできてくれませんか?その子と一緒なら、私達も迂闊に手が出せないでしょう?』
「え、この子今気絶中よ。背負えっての?」
『頑張って下さい。私の計測と計算によれば少なく見積もっても紅里さんの歩荷力は70kg。
 ローラの体重は40kg前後のはずですから、できないなんてことないはずです』
「待て、いつ計測した。私の何を計測した?」
『それではお願いします。待っていますので』
「聞け」
『私達の居る場所はゆイタニック号内のレストラン、無国籍料理店「kuneri guru」です』












~Ⅸ~


ゆイタニック号、船内レストラン。
無国籍料理店『kuneri guru』、店内。

「お邪魔します」

船内のスピーカーから聞こえるにとりの誘導に従って、
翼を生やしたままのローレライを何とかここまで運び込んだ紅里は、
そう言って静かに店の扉を開いて、

「やぁ、良く来たね」

店内のカウンターの中、

二本の角、
うねうねと動く多数の触手、
充満する食欲を刺激する匂い、
クトゥルーチックな神様のようなシルエット、

を持つゆっくりらしき者と眼が合い、

「すいません、間違えました」

速攻で扉を閉めた。
瞬間に扉が店の内側から開き伸びた触手が紅里の身体をローラごと捕まえる。

「き、きゃぁぁあああああ」

紅里さんの貴重な、まるで女性のような叫び声をあげる光景である。

「まぁ待て。間違ってなどいない」

姿に見合わぬ理知的な声で、そのゆっくりと言っていいのかさえ分からぬ者は紅里を店内の長椅子に無理矢理座らせる。
そして気絶したローレライを紅里の膝が枕になるようにして同じ長椅子に寝かせた。

「歓迎しよう、床次紅里さん。私は見ての通りゆっくりけーね、船の仲間から“先生”などと呼ばれているがね」
「は、はぁ。えっと、ごめんなさい。蛸型のゆっくりの人は初めて見たもので驚いちゃって」
「蛸ではない、私は烏賊だ」

豪快で不気味な外観に似合わぬ照れ顔でけーねは、触手の一本を別のテーブルに座る、一人のゆっくりの方を指をさすようにして伸ばす。

「そして、君もさっきまで彼女と通信したから声だけは知っているだろうが、こちらがにとり。我々は“博士”と呼んでいるがね」
「だから“博士”なんて呼ばないでくださいよ」

こちらも照れるように頬を染めながら、紅里に対して一礼をする。

「これで本当に“初めまして”ですね、紅里さん。にとりです」
「は、はぁ、どうも宜しく」

このにとりは、ゆっくりの最大の肝である頭こそ普通のゆっくりにとりと変わらないようだが、
そのボディは普通の胴付きのそれではなかった。
まるで前回の世界の人工のボディのようにメカメカしい外観で、いくつかの細かいアームを生やしている。
その小さいアームはにとりが座っているテーブルの上に置いてあるノートパソコンに繋がれており、
カチャカチャとなにやら細かい操作しているようだ。
先ほどの通信もこのノートパソコンを通じて、ここから行ったものなのだろう。
ふと、にとりが紅里の方を見て、何かに気付いたような顔をする。

「あれ?紅里さんはゆっくりもみじと一緒に行動していたはずですよね?彼女は何処へ?」

この部屋に入ってきたのは紅里と、彼女が背負ったローレライのみ。
最初からもみじの姿はどこにも居なかった。

「ああ、もみじとは途中で分かれたわ。何かこの船でやらなきゃいけないことがあるって言ってたけど」
「そうですか。まぁ、いいか。彼女一人で何ができるとも思いませんし」

そう言うと、にとりは再びカチャカチャと自身のノートパソコンを操作し始めた。

「さて、できれば他のクルーのことも紹介したいところだが、何分数が多くてね。機会があればおいおい‥」
「待って」

紅里はけーねの話を止め、自分がわざわざここまで来た本題に触れる。

「れいむとまりさは何処? 無事なんでしょうね?」
「ああ、そうだ。済まない、自分達のことばかり話してしまったな。店の奥の休憩室を覗いてみるといい」
「休憩室?」
「そこに二人ともいるはずだ」


店内の厨房の奥、店員用に作られたであろう休憩室はそこに存在していた。
紅里は緊張した面持ちで扉を開ける。
そこには、










『この大空に翼を広げ 飛んでいきたいーよー♪』





薄暗い空間の中、
エヴァンゲリヲン新劇場版 破 が小さなスクリーンで上映されていた。

「え?」

そして、それを真剣に見つめる4人の影。
紅里の知らぬ二人の女性、
そしてそのの膝枕の上に鎮座しているれいむとまりさ。
二人とも居なくなる前と同じく健全な状態のままのようで、怪我の類は一切確認できない。
ふと、れいむが部屋の扉を開けて呆然としている紅里に気付き、女性の膝の上から飛び降りて近づいてきて、

「今良いところだから後でね、お姉さん」

内側から手早く扉を閉めた。




「やぁ、元気そうだったろう?」

触手をうねうね動かしながらけーねが戻ってきた紅里を出迎えた。

「エヴァ劇場版 破 を見てたんだけど。しかも‥」

れいむとまりさに膝枕をしていた女性の脚は、人間のそれではなく、
まるで魚の尾びれの形をしていた。

「人魚の姉ちゃんに膝枕されながら」
「ハッハッハ、話を聞く目的でここまで来てもらったはいいが、その話がどうも要領を得なくてな。
 こちらの勝手な都合で来てもらって捨て置く訳にもいかなかったから適当に寛いでいてもらったんだ」
「人魚に膝枕されながら劇場版『破』って、寛ぐってレベルじゃないわよ!?ていうか何で人魚!?」

おおよそこの世で最大級の贅沢であろう光景を思い返し、紅里は理不尽さというより、その羨ましさに訴える。

「彼女たちは本来太平洋を縄張りとする人魚の姉妹でね。マイ君とメイ君というのだが。
 陸上では動きがかなり制限されるので普通の仕事ができないからな。れいむとまりさの接待を頼んでいたんだよ」
「いやいやいやいや、それ以前に人魚って。私初めて見ちゃったんだけど」
「何、今更驚くこともあるまい」

けーねは自身の触手をまたうねうねさせながら、紅里の膝元で眠る少女と自分自身を指差す。

「見ての通り、ローラも、この私も普通の人間やゆっくりではない」
「実は、私も、ね」

ノートパソコンをガチャガチャ操作しながらにとりが何となしに言う。

「今のゆイタニック号に、ゲストである君たちを除いて、普通の人間やゆっくりは余り乗っていないのだよ」
「確かに‥。ゴーストシップかと思ってたけど‥。とんだモンスターシップだったていう訳ね」

元々一度沈んだこの船が再び海上に姿を現している時点で、立派な怪奇現象なのだ。
乗っているのが人外の者共でも大して驚くことではないと思えてしまう。
それに吸血鬼や穢れの塊と戦ったことがある身としては、一々驚くほどのことでもないというのも事実。

「けれど、どうしてその人外の皆さんが、こんな風に一同に介して、沈んだはずの船に乗ってるの?
 映画でも中々あるシチュエーションじゃないわよ」
「ふむ、当然の疑問だな。その辺りの事情を説明しようとして、あなたをここへ呼んだのだ。
 初めは、侵入者であるあなた達を恐がらせ追い出す任をローラに任せていたのだが、
 どうやらそちらにも事情があるようなのでね。互いに腹を割って話し合うべきだと考え直したのだ。
 少々長い話になるが、宜しいかな?」

「もう、れいむもまりさも見つかったし、急ぐ理由はないわね」
「では、説明しよう」

そうしてけーねは、前2本の触手を腕を組むように重ね合わせ、ゆっくりと思い出すように語り始めた。

「この船が氷山に激突して沈没したのは知ってるね。その際様々な救助活動が行われ奇跡的に犠牲者は0で済んだのだが、
 その救助の中でも大きな役割を果たした油津来里丸という貨物船があってね」
「確かもみじに聞いたわ。沈んでるこの船を偶然発見したとか」

けーねが気絶しているローレライの方をちらりとだけ見つめ、話を続ける。

「本当は偶然ではなかったのだが、まぁいい。
 油津来里丸のクルー達は当然残った乗客の救助活動を行ったのだが、そこには一つの問題があった。
 油津来里丸が貨物船であったということだ。
 貨物船は積載量はよっぽどのものだが、乗員数は客船のそれに比べて極めて少ない。
 そのままの状態では救助しても、その多くを船に乗せることが出来なかった訳だな。
 そこで油津来里丸の船長はある決断をした。足りないスペースを乗っている貨物を海に落とすことで作り出すことをな。
 それ自体は本当に立派な判断だと思うし、落とす積荷も汚染の心配がないものが選ばれた。
 人の命以上に重い積荷はない。何も問題はないはずだった。
 だが、油津来里丸のクルーも船長も、そのお陰で助かった乗客も、決して知らなかった一つの問題があったのだ」


当時私もこの船に乗っていてね。このレストランを経営しているある家族の手伝いをしていたのだが、
船が沈んだのを契機に自分のこれからについて考える為、その家族の元を離れ一人海を漂っていたんだ。
そして、この船が沈んだ海底付近を目的なく散歩している時、私はそれを発見した。
それは油津来里丸から落とされたいくつかのコンテナだったのだが、その内2つのコンテナから、気のせいか、声が聞こえたのだ。
もちろん海の底だ、本来ならそんなこと有り得ない。私も初めは気のせいだと思ったのだが、
コンテナに近づくにつれその声も確かになっていってね。助けを求めるいぶし銀な声がね。
そう、そのコンテナの中にはゆっくりが入っていたんだ。それも二つのコンテナに、複数ずつね。
どうしてこんなコンテナの中にゆっくりが入っていたのか、当時の私もそう疑問に思ったが、事情はこの際どうでも良かった。
ゆっくりだからあんな狭いコンテナに閉じ込められたまま海に沈んでも生きていられたが、それも精々が数日で限界。
そのまま放っておけば、まず間違いなくコンテナの中のゆっくり達は死んでしまう。
船が沈んでから既に丸一日が経っていたから、事態は一刻を争った。知ってしまった以上、見捨てる訳にもいかなかったからね。
私は海を自由に移動できるが、コンテナには鍵がかかっていたし、その鍵を無理矢理壊す程の力も持っていなかった。
それ以前に、海底でコンテナを開けてしまえば、中のゆっくりは水圧でぺしゃんこだ。
彼女らを助ける為には何とか、近日中にコンテナを海上まで運び、その上でコンテナを開錠する必要があったのだ。
私一人で解決できる事態ではないと判断し、私は海上へ出て助けを求めた。
その時一番最初に出会ったのが、同じく沈没地点近海で、空を飛んでいた半鳥半人の少女、そこに居るローラだ。
当時はローレライと名乗っていたがね。
彼女は最初こそ私の容姿を見て驚いたが、事情を話すと快く協力してくれてね。
そして、彼女と二人でなるべく大勢の協力者を募ることにしたのだ。


「その一環で呼ばれたのが私って訳です。ゆイタニック号被害者のための仮設ホテルにローラが飛んできたのには驚いたけど、
 彼女には命の借りもありましたし、協力することにしたんです」

にとりが懐かしむようにローレライの方を見つめて微笑む。


ローラは空から、私は海の中から、協力者を探して回った。
自分達も人外だからか、案外伝説上だけの存在だと思われていた者達にも意外に簡単に出合えてね。
君がさっき見た人魚の姉妹もそうだが、他にも何故かTACO化していたれいむ、半漁人の家族連れや、大量のにちょりの集団、
巨大蛸クラーケンの倉田さんなど、知り合いが知り合いを呼び、何とか人数だけは集めることはできた。
残る問題は救助の方法だ。倉田さんが居ればコンテナを海上に運び出すこと自体は容易だったのだが、
その上で開錠するとなると途端に困難になる。
倉田さんは海上付近に出ると柔らかくなってしまってまともにコンテナを支えきれなくなってしまうからね。
そこで、奇策を考えてくれたのがそこのにとりだ。


「奇策、というより単なる力技ですけどね。要は海の上にでっかい足場が必要だったんです。
 コンテナを支えきれるくらいの大きな足場が。その上でなら、時間をかけて安全にゆっくりとコンテナの鍵を開けることができる。
 そこで眼をつけたのが‥」
「この船、コンテナ近くに沈んでいたゆイタニック号だったと。そういういことね」

紅里は呆れながらも、納得したように深く頷いた。

「御名答です。幸い、人魚やローレライなど、船を外部から勝手に動かすエキスパートがたくさん居ましたからね。
 実際彼女達の力は凄まじいものがありました。特に人魚の姉妹、マイとメイは若い頃散々多くの船を沈めてきたらしく、
 沈ずみきったこの船をも簡単に浮かび上がらせることができました。
 氷山で開いた大穴以外に、船に大きな損傷がなかったというのも大きいですね。
 船内の水を抜いた後、倉田さんが身体を使ってその大穴を塞いだら、問題なく浮いてくれましたよ」

 クラーケンの倉田さん、その単語一つで目の前がくらくらするというのに、
 そういった怪物達が集まって行ったという救助活動は、さも盛大な光景だったことだろう。
 紅里は少しだけ想像して気が滅入った。

「しかし、それでこんな巨大な客船を再び浮かばせるなんて、大袈裟な話よねぇ」
「私もそうは思うがね。だが、コンテナの中に入ったゆっくりたちを助けるにはそれしか方法がなかったのだ。
 代わりの船を手配するにも、私達には人脈がないし、時間だって足りない。
 それに自分達の姿を必要以上に世間に晒すのにも抵抗があったからな」

なるほど、と紅里は今一度大きく頷いた。

「一度沈没したはずのこの船が、どうしてまた浮かび上がったのか、それまでの経緯は分かったわ。
 でもそれじゃどうして今もこの船は航海を続けているの?
 その後コンテナの中のゆっくり達を助けた時点で皆が笑えるハッピーエンドでスタッフロールでしょう?
 冒険を続ける必要性はないはずよ。
 それこそ、さっきあなたが言ったように、必要以上に世間の注目を浴びたくないのだったら、尚更ね」

この世界では、この船は相当有名な存在らしい。
そんな船が今一度甦り、人外のモンスターを載せて航海してるだなんて世間に知れたら相当な騒ぎになってしまうだろう。
そこまでのリスクを背負い、今現在も海を漂っている理由は何だというのか。
紅里には分からなかった。

「それに関しては、その主犯である彼女の口から説明した方がいいだろう」

そう言って、けーねは触手を伸ばして、紅里の膝元で眠っているローラをちょとんと突いた。

「もう起きているんだろう?ローラ。
 紅里さんの手前、もう一度顔をあげるのが気恥ずかしい気持ちは分かるが、それも自分で蒔いた種だ。観念した方がいい」
「う‥」

そう小さく呻くと、ローラは居心地悪そうな顔で身を起こした。
何時の間にか、少女の両腕の翼はなくなり、元の白く細い腕に直っている。
少女はなるべく紅里から眼を逸らしながらも、身体だけを紅里の方を向いて、何か言い淀んでいる様子だ。

「えっと‥、そのお姉さん。さっきは‥」
「ストップ。別に謝る必要はないわ。あなたへの借りは返したし、れいむとまりさも無事だったし、
 さっきの話聞く限り、見ず知らずのゆっくりを助ける為に奔走するとか、かなり良い娘みたいだしね」

そして、優しくローラの頭の上に手を乗せる。

「そして何より、私があなたを一方的に吹っ飛ばしたのよ。だから、あなたは寧ろ被害者。
 謝罪するのはむしろこっちの方。ごめんね、ローラ」

柔らかく微笑みながら、紅里はそのままローラの頭を撫でてやった。

「う‥うぅ、うん」

ローラは気まずそうに顔を紅くそめ、紅里に向かって小さく頷いた。

「それじゃ教えてくれるかしら。どうしてこの船がまだ浮かんでいるのか。どうしてゆイタニック号の航海は終わっていないのか」

ローラは今一度小さくコクリと頷いた。

「でも、そんな、大層な理由がある訳じゃないんだけどね。ただ、ちょっと、可哀想だなって思ったから」
「可哀想、誰が?」
「えっと、この船、ゆイタニック号が」

ローラは、おかしいことを言っている自覚があるのか、少しだけ自嘲するように笑った後、話を続けた。

「もちろん、船に感情がある訳ない。だけど、この船が沈んだ事件で誰も命を落とすことがなかったのはとても良いことだったけど、
 逆に言えば、皆助かったのに、この船だけが犠牲になってしまったってことでもあるから。
 あんなことが起こらなければ、この船はたくさんの乗客を乗せて、あと何回も世界中を回ることができたはずだから」

言葉に詰まったようにローラは下を向き、手もちぶさに両手の指を絡め合わせる。

「だからさ、ゆっくりを助ける為とはいえ、沈んでいたこの船を勝手に浮かび上がらせた後に、
 役目が終わったからってもう一度沈めてしまうなんて、とても、可哀想な気がしたんだ。
 海の下で、一人きりで終わるなんて、とても、悲しいことだから」

その思いの裏にあるのは同情か、共感か。
ローラは複雑そうな顔をして紅里のほうを見る。

「ハハ、おかしいよね。こんなこと思うなんて」
「確かに」

紅里も笑ってもう一度ポンとローラの頭の上に優しく手を置いた。

「最近じゃおかしいくらいに珍しいわ。こんなに優しい子はね」
「なっ」

ローラは恥ずかしがるように顔を真っ赤にさせる。

「や、優しくなんかないよ!私がしたいからそうしただけだもの!」
「うむ、確かにローラは優しい良い子だ」
「可愛いしね!」

けーねとにとりがニヤニヤ笑いながら追撃をかける。

「もう、からかうのはよしてよ!!」
「ハハ、ようやくいつもの調子が戻ってきたな」

けーねもまた長い触手の一本でローラの頭を撫でてやる。

「そして、ローラの提案にイエスと首を振った馬鹿者もまた結構な数が居た訳だ。
 さっきも言ったが、人員だけは本当に良いものが揃っていたからな。
 船の最低限の修復も短時間で終えられたし、助けたゆっくり、すいかの群れ10匹ほどだったが、彼女達も手伝ってくれた‥」
「ゆっくりすいかだったのか。そういや、どうしてそいつらはコンテナの中になんて入ってたのよ?」

大量のゆっくりすいかがあの神妙な顔で、ぞろぞろとコンテナの中に入っている図を想像して、紅里は何ともいえない気持ちになった。

「ふむ、後から聞いた話だが、どうやら彼女たちは新天地、理想のゆっくりプレイスを目指した旅の途中だったらしい。
 それが、自国の出入国の管理が厳しいので海が越えられなかった為、やむをえず、貨物船のコンテナに侵入したようだ」
「それってただの違法入国じゃ?」
「彼女たちは少しだが密と疎を操る程度の能力が使えてね、今現在、世間に知られないよう船全体を覆っている濃霧も彼女達の力だ。
 こんな風に、皆で協力することで航海を続けていられる訳だ」
「機械系統の修復は私が担当しました。紅里さんを怖がらせた第二警備室のモニター、あれも私が操作していたんですよ」

イヤァ、と悪戯気ににとりは紅里に向かってウィンクした。

「あれはお前の仕業か」
「それと、エンジン回りの修復も私がやったんだっけか。幸い燃料が外部に漏れ出すようなこともありませんでしたし。
 地上行動可能組が必要な部品を買ってきてくれたから何とかもう一度動く程度には修理できました。
 これは運が良かったというより、それまでのこの船の整備士や、設計した段階での製作者が、
 安全を重視した作業を行ってくれた成果ですけどね。つくづく沈むには惜しい船だと思いましたよ」
「こともなさげに言うけど、それって凄いことじゃなくて?」

半分呆れるように、もう半分感心するように紅里が聞く。
必要な部品があったとはいえ、こんな大きな船の機関の修復なんて並みの作業だとは思えない。
それほどまでにこのゆっくりは頭が切れるということなのだろうか。

「まぁ、それくらいしか取り柄もありませんしね。それに沈めた責任の一端は、ほんの少しだけど、私にもあるはずだから」
「どういうこと?」
「それは内緒です」

にとりはまた悪戯気にウィンクする。紅里はちょっとイラっと来たが、決してそれを顔には出さなかった。

「うっぜぇ」

口には出したが。

「そうはいっても完全ではない。やはり一度沈んだ影響は大小差はあるが、船全体の様々な場所に負担をかけている。
 無事航海できるのもあと何日が限界なのかは分からない。まぁ我々の殆どは空を飛べるか、海を自由に泳ぐことができる。
 泳げないすいかも、その体自体はあまり大きくないので手分けすればどこかの陸地までは運ぶのも容易だろう」
「それくらいの役目、私一人だって十分だし!」

ローラが小さい胸を張って自慢げに宣言する。確かにあの戦闘時の飛翔力が持続して出せるなら、
ゆっくり10人分くらい運ぶことは容易だろう。
階段走り抜けたあとの体力の減少ぶりを見ると、その持久力にはいささかの疑問は残るが。

「だから、この船がもう一度沈むまで、私達でこの航海を楽しんでやりたいんだ。
 この船が確かにこの海に浮かんでいたんだって、そんな想い出を少しでも多く作ってあげるためにも」

ローラが笑顔で言う。
こういうことを真顔で言えてしまう辺り、性格の良さ、というより垢抜けなさが伺える。

「まぁ、私達の話はこれぐらいだ。お分かり頂けただろうか」

あれだけ長丁場の台詞を喋った後だというのに、けーねの顔色一つ変わっていない。
流石けーねの一種らしく、弁は恐ろしく立つようだ。

「えぇ、十二分にね。有難う、お疲れさま」

信じ難い話の連続だったが、これで甦ったこの船の謎は大体解けた

「だから、ローラのことも許してやって欲しい。君がいささか酷い目に合いすぎたのは承知の上だが、
 それも得体の知れない侵入者からこの船を護ろうと尽力した結果なのだ。
 多少、やりすぎた、というより、悪ノリしすぎた面もあるのも事実だが、それもまた我々全員の責任だ」

けーねは本当に悪かったと、今度は触手をうねうねさせることなく、深く頭を下げた。

「そんな、けーね先生は『話し合うべきだ』っていの一番に提案してたじゃない!あれは全部私がやったことだよ!」

ローラもまたけーねを庇うように彼女に身を寄せ、触手の一本を掴む。

「あーはいはい。そういうのはいいって。悪ノリしすぎたのはこっちも同じよ。
 確かに、いきなり船の上に現れた私達が怪しすぎるというのも事実だし」
「うむ、そうか。そう言ってくれるとこちらとしても対応しやすい。実際君らはとてつもなく怪しかったしな」

しれっとした態度でけーねは頷いた。意外と良い性格をしてるようだ。

「では、こちらの話も終わったことだし、今度はこちらから聞こう。
 君たちは何者なんだ?もう一人の女性もそうだが、突然この船の上に現れるなど、
 我々が言うのも難だが、普通ではない。いったいどうやって、何が目的でこの船にやってきたのだ?」
「あー」

紅里は困ったように頬を掻いた。
今回みたいに自分達の正体について突っ込まれたのは前回に引き続き2度目だが、それをうまく言葉で説明できる自身は未だになかった。

「信じてくれなくてもいいけど、私たちはこの世界の住人じゃないのよ。
 ちょっとした事情があって、平行世界っていうんだっけ、ゆっくらいだーの力を使っていくつもの世界を旅してる最中なの。
 今回の世界に来たのもその一環」

結局うまい言い方は考え付くことができず、そのままを説明した。

「平行世界?にわかには信じ難い話だな。それで目的もなく様々な世界を放浪しているというのか?」
「確かにそれならレーダーに映らずに突然現れた理由にもなるけど、う~ん」

やはり、というべきか、理解に難色を示すにとりとけーね。
だが、そんな中、

「平行世界‥、旅、ゆっくらいだー、何それかっこいい!」

何故かローラだけはやけに興奮した目つきで紅里のことを見つめている。

「目的なら、なくもないかな。各世界には普通じゃ有り得ないこと、異変と呼ばれている異常事態が起こっていて、
 それを私達が解決することで次の世界に進むっていうルールになっているみたい。誰が決めたのだか知らないけどね」
「異変‥か」
「つまり」

にとりが躊躇いがちに言葉を続ける。

「この世界で言うと、沈んだはずの船が甦って浮いている、とか?」
「多分、そういうことね」

ふむ、とけーねが意味慎重に頷いた。

「つまり、紅里、あなたの目的は、本来は沈んでいるはずのこの船を、あるべき姿に戻すこと、そう考えていいのだな?」
「ま、そういうことになるんじゃない?」
「そうか」

躊躇うことなく頷いて肯定する紅里に、けーねもまた再び深く頷いた。


「ならば、やはりあなたはそのままにしておく訳にはいかない」


そして、けーねのたくさんの触手がうねうねと派手に蠢き始めた。
それぞれが意思を持つように、徐々に紅里に近づいていく。

「ちょっと先生待って!このお姉さんは悪い人じゃないって、先生も分かってるでしょ!?」
「そうですよ、先生!そんないきなり、さっきまで互いにうまくいきそうだったじゃない」

ローラとにとりが立ち上がってけーねをいさめる。だが、けーねは触手の動きを止めようとしない。

「分かっているさ。だが、人にはそれぞれ主義主張、そして都合というものがある。性格の良し悪しではない。
 本当の争いは立場によって発生するものだ。そして、今回はそれが相容れなかった、それだけのことだ」
「ふん、全然分かっていないわね」

紅里は迫る触手に少しも怯むことをせず、けーねに向かって指をさした。

「私のこの世界での目的は、ゆイタニック号をあるべき姿に戻すこと。
 つまり、ゆイタニック号の今一度の沈没。その為に私がやるべきことは‥」

人を食ったようにニヤリと笑う。

「当面、この船で生活することよ」
「なに?」

うねうねと動いていたけーねの触手の動きが一旦止まる。

「だってさっき自分で言っていたじゃない。もう何日持つか分からないって。
 あなた達はこの船が沈むぎりぎりの日までこの船で生活するつもりなんでしょ?
 だったらそこに乗客が一人や二人増えたって問題ないはず。どうせいつか沈む船なんだから」

そう、異変の解決がゆっくらいだーの仕事だが、それが必ずしもゆっくらいだーの手で行われる必要はないのだ。
今までだって紅里や伝子だけの力で解決できた異変など一つもない。
それぞれの世界のゆっくりや人間、ゆっくらいだーが、彼女達に協力してくれて初めて解決できたものばかりだ。

「まぁ何日も同じ世界で過ごすような経験はないけど、それで何かがどうなる訳でもないだろうしさ」

だから、と紅里は続ける。

「私らの分、ついでにあの伝子の分の食事とか、頼んでもいいかしら?もちろん、食った分は働かせてもらうわよ」

あまりにもあっけらかんとした紅里の態度に、けーねは眼を大きく開いた後、クククと静かに笑い始めた。

「ハハハ、そうか。済まない、私の早とちりだったようだ。確かに、そちらの方が筋が通っている。
 沈むことが決定付けられている船を、わざわざ沈ませる必要などないな」
「そ、そ、それじゃ」

ローラが興奮するように聞く。

「暫く、この船で一緒に暮らすことになるの? お姉さんと」
「そうなるわね。て、訳で今一度宜しくね、ローラ」

そう言ってまたローラの頭をポンポンと優しく撫でてやった。
ローラは本当に嬉しそうな笑顔で紅里の胸に抱きついて元気良く答えた。

「うん!!」


「ハハハ、すっかり懐いてしまったみたいだな」
「こりゃ、少しの間寂しくなっちゃいますねぇ。こいしの奴が悔しがりそう」

紅里とローラのそんな平和的な光景を、けーねとにとりの二人は少し遠くで見守る。

「しかし、つい先ほどまで本気で喧嘩していたというのに、あの変わりようは何だろうな」
「それはきっと、さっきの話を聞いたからだと思いますよ」
「さっきの話‥?ローラがこの船の為に尽力した話か?」
「いや、紅里さんの方の話」
「平行世界云々‥か?」
「ええ」

にとりは頷く。

「あの子、見ての通り、悪の魔女とか魔王とかも大好きだけど」


「それを格好良く打ち倒す、正義の味方も大好きなんですよ」
「正義の味方か。ハハハ、ならば仕方無いな」


ゆっくりの力を使い

世界をゆっくりさせる者

ゆっくらいだーディケイネ!


怒りに任せて少女を一方的に苛めることもあるけれど、
世界の異変より、そこに住む人々の生活を守り通す、
彼女は正しく正義の味方であった。




13話 終わり

14話へ続く









  • 一瞬不穏な空気がとなったときはどうなるかとヒヤヒヤしましたが、
    沈むまで一緒に過ごすことをあっさりと考えつく紅里さんのさっぱりとしたところにまた惚れ直しました
    (バリカンには笑いましたがw)
    こういった異変解決の方法もアリですね
    確かにこれまでの世界はゆっくライダー個人としての力押しだけで解決するのではなく、
    そこにいた人やゆっくりと協力しあったり、影響を与えたり与えられたりして戦い抜いてきましたから

    彼女達の船の中での生活もじっくり見てみたいと思う、
    楽しくて気持ちのいい子が揃った世界でした
    乙でした





    あと、指チュパっていいよね! -- 名無しさん (2009-08-16 09:53:59)
  • バルカン→バリカンでしたね。違和感なくミスりました、済みません恥ずかしい -- kgmk (2009-08-16 14:07:05)
  • 光源無しの状態でもみじを探り当てたり無意識ステルス状態のこいしを難なく見つけたり…でんこの対ゆっくり能力は既に特殊能力の域ですねw
    というか
    >そんなオカルトありえません
    あんたの存在がもうオカルトだw

    今までのと違いかーなーり穏便に解決した今回のお話、ゆっくりしてますね。描写はされていませんが、あの後紅里さんはきっと「ゆっくりしていってね」と言われたに違いない
    そして前回の地香に続きローラのハートまで奪っていった紅里さんおそるべし。 -- 名無しさん (2009-08-17 20:03:46)
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年08月18日 21:44