ゆっくらいだーディケイネ 第13話 Cパート






~Ⅹ~

おまけ 「今日の伝子」

※ネタバレ 伝子オチです



ゆイタニック号船内、数多ある薄暗い廊下、その一つ。

「ふん、何が正義の味方よ。ゆっくらいだーなんて世界にとって都合の良い只の傀儡、言うなれば只の使いパシリの癖に!」
「いつからそこに居たんですか、あなたは」

廊下を一人で歩いていたもみじのすぐ背後には、
何時の間にか胴付きゆっくり、こいしが、俗に言う『荒ぶるグリコのポーズ』をしながら立っていて、
突然耳元でそんな愚痴を零し始めた。

「ていうかよく無事でしたね、どうやって伝子さんから逃げてきたんです?」
「あのくらい私が本気出せば何ともないよ!」
「その割には着てる服がボロボロですが?」
「‥‥、取り敢えずあいつとは二度と会いたくないね!」

こいしは顔色を思い切りブルーに変えて、小さく震えた。
どうやら心の奥底までにトラウマを刻み込まれたらしい。

「それにしても、いきなり人の背後に回りこむなんて、良い趣味じゃありませんよ」
「それをあなたが言う? その盗聴器、あのゆっくらいだーに、一体何時付けたのかしら?」

もみじの片方の犬耳には、小さいコードレスのイヤホンのようなものが付けられていて、何かの声を受信しているようだった。
もみじは少し驚いた顔をした後、しょうがないかと小さな溜息をついた。

「まぁ、あなたに隠し事してもしょうがありませんね。
 別れ際まで紅里さんがだっこしてくれてましたから、盗聴器の一つ二つ、いくらでも取り付ける隙はありましたよ。
 私はあの方々の取調べを受ける訳にはいかなかったのでね。お話だけ、一方的に聞かせてもらった訳です」

紅里は決して気付くことはなかったが、彼女が着ている作務衣の裏には、BB弾ほどの小さな精密機械が取り付けられていて、
彼女とけーね、にとり、そしてローラの会話は、全てもみじにも聞こえていた。

「ふん、こそこそと卑怯者だね!」
「その辺り、私とあなたは似ているのかもしれませんね」

フフ、ともみじはからかうように小さく笑った。

「それで、あなたの目的は何なのかな!? いや、あなた達と言った方が良い?」
「何って、調査員ですから。不振な船の調査ですけど」
「ふん、今更隠し立てしても無駄だよ!覚えているよ、あなたもこの船が沈む時この船に乗っていたでしょ?
 “海賊潜水艦ニトリンベル”のゆっくりもみじ」
「あちゃぁ、そこまで割れちゃってますか」

わざとらしく困ったような顔をして、やれやれと首を左右に振る。
もみじは、こいしの言う通り海上調査員などという、あるかどうかもはっきりしないような職種のゆっくりではなかった。
“海賊潜水艦ニトリンベル”、それは数多の海に出没し、あらゆる船から資財を鮮やかに掠め取る、
極めて高い技術力を持つとされる謎の海賊集団。
もみじは、その構成員の一人だった。

「伊達にあの日々を500回も繰り返していないよ!あの時船で起こったことで、私が知らないことは何もないんだよ!」
「500回?」

どういう意味か、もみじがその言葉の意図を思索する前に、こいしは畳み掛けてもみじに迫る。

「その海賊団が私達の船に何のようなの、ってことを私は聞きたいんだよ!」
「はぁ、いや調査というのは本当ですよ。仮にもゆイタニック号に関わった者として、
 どうしてこの船が甦ったのか、興味がないはずがないでしょう?」

言い訳がましいもみじの言い分に、こいしは疑うように眼を細める。

「違うでしょ? 当ててみせようか。あなた達の目的は、この船そのものでなくて!?」
「はぁ」

もみじはまた困ったように首を小さく横に振った。

「もしかして読心能力でも持っているんですか?」
「今は、そんなものもっていないよ。ただ、想像することは容易だよ。
 ゆイタニック号のゆ劇、それは最早全世界の人たちが知っている世界で一番名高いゆ劇。
 そんな船だから、その部品の一部でも持っていれば、世界中のコレクターが食いつく。馬鹿みたいな値がつく」
「それがもし、部品なんてケチなものでなく、船全体だったならば、その価値は計り知れない」

こいしが再び怒気を孕んだ顔でもみじのことを睨んだ。

「やっぱり、狙っていたのは私達の船、そのものだったんだね!」
「そう睨まないで下さい。こっちは海賊なんです。
 本来ならばサルベージするのに巨額の資金が必要なはずのゆイタニック号が、こうして海上に浮いているんです。
 それを狙わないなんて、私達海賊の主義に反する」

悪びれる様子もなく、もみじは淡々と語る。

「その為の調査‥、って訳だね」
「ええ、一体誰が、何の目的で、この船を甦らせたのか。船を手に入れるには、まずそれを探る必要がありましたからね。
 まさか、こんな風に化物揃いの船だとは思っていませんでしたが」
「それで? 調査の結果はどうだった?」

そうですね、ともみじは返す。

「正直、あなた達だけだったら、私達ニトリンベルの戦力で十分、と言いたいところですが‥」

もみじは、自身に付けられている盗聴器の集音器に眼を向けた。そこからは、紅里とローラの会話が未だに流れ続けている。


『えっと、その、サイン下さい!』
『サインって‥、いやいや、ゆっくらいだーってそんな大層なものじゃないわよ?特に私は』
『お願い!ほらこの手帳に!ローラちゃんへ、って名前入りで』


「今この船を相手に戦うってことは、このゆっくらいだーも敵に回すことになってしまったようです。
 正直、私達なんかでは勝てる相手ではありません。諦める他ありませんね。仲間にもそう報告しておくつもりです」

船を手に入れる、その作戦が決行できないということを言っているのに、もみじの顔には寸分の悔しさも伺えなかった。

「ふん、その割には嬉しそうな顔しちゃってさ!」
「はは、正直、安心してます。私個人としては、子供の夢を壊すのは趣味ではないので」
「フん」
「ふふ」

二人は顔を見合わせてニヤリと笑う。
どうやら二人の共通点が一つ増えたようだ。

「なら、いいわ。話はこれでお仕舞だね!さっさと船から降りて帰って寝るといいよ!」
「ええ、言われなくても」

そしてそのまま廊下を再び歩き出そうとしたもみじの足が、ふっと止まる。

「あ、そうだ。あと一ついいですか?」
「何、どうしたの?」

もみじは振り向いて、少し引っかかっていた疑問をこいしに尋ねる。

「さっきゆっくらいだーを世界の傀儡とか言ってましたけど、どういう意味ですか?」
「ああ、そのこと?そのままの意味だよ」

こいしは少し詰まらなそうな顔をしながら答える。

「世界の異変を解決して回ってるなんて、聞こえはいいけどそんなのは只の使いパシリと同じだって意味だよ!
 世界を回るのも、選ぶのも、そこにらいだーの意思はない。
 ただの流れに任せた惰性の存在、それがゆっくらいだーの本質なんだよ!!」
「は、はぁ」

もみじは分かったような、分からないような顔で頷く。

「だいたい、異変に抗う力なんて、どんな世界だって少しは持ってる。
 その力を持て余して、わざわざゆっくらいだーを使って異変を解決しようなんて、
 自分でするのが面倒だから大人に宿題を手伝ってもらう子供と何が違うっていうんだろうね!身勝手だよ」

何に怒っているのか、こいしは聞いてないことまで機嫌悪そうに延々と述べる。
苛立ちはどうやらゆっくらいだーというより、それを呼び出した“世界”というものに向けられているようだ。

「そしてその惰性の結果がこの世界だよ!
 ゆっくらいだーなんて来なければ、今日だって平和な航海が続いていたのに、この船だって、いつかは沈むだけの存在なのに!
 変な風に介入するから今回のトラブルが起きたんだよ!みんな和解できたから良かったけど、
 もしゆっくらいだーがローラやけーねを化物として処理していたら‥、
 そんなもの正義の味方どころか、災いの元凶でしかないよ!」
「はぁ、何となくあなたの言いたいことは分かりました」
「まったく、これだから世界意思って奴は始末に負えないよ!
 1ヶ月前、この船が沈んだ時にも似たような存在がこの世界に来てたみたいだけど、
 あいつらだって結局場を混乱させただけ!好き勝手暴れた後に帰っちゃたよ!!本当、あの手の輩に碌な奴はいないね!!」

一ヶ月前にも、この世界、それもこの船にゆっくらいだーが来ていたということだろうか。
少なくとももみじは船の上でそんなものは見ていないし、噂でも聞いたことがない。
このこいしは、本当にあの時船の上で起こったどんな細かいことも知っているようだ。

「けど、私はゆっくらいだーがこの世界に来て良かったと思いますよ?」

こいしの話を完全に理解できた訳ではない。
世界の平行移動なんて、自分の眼で見た訳ではないから本当に信じている訳ではない。
それでも、何とか理解できた一部の知識で、もみじはそう判断した。

「ローラ達に良い想い出が出来た、とかそういう綺麗事なオチとか言わないでよ?」
「いいえ」

もみじは静かに首を横に振る。

「さっき言いましたよね。『あなた達だけだったら、私達ニトリンベルの戦力で十分』って。
 あれ、決して挑発でも過信でもない、私の本心からの言葉です」
「何、喧嘩でも売りたいの?」
「いいえ」

またも、もみじは首を静かに横に振る。

「だから、本心ですよ。もし、私が紅里さんと出会わずに、無事この船の情報を、
 『化物が占領しているモンスターシップ』だってことを仲間に伝えていれば、
 きっと私たちは遠慮容赦一切なく、この船を襲撃していたでしょうから」
「やけに自信満々なんだね」
「ええ、私たちは強いですよ。そして海賊です。海賊はたかだか私利私欲の為に、持ち得る全ての力を行使します」

悪意も嫌味も一切含めない笑顔で、もみじは残酷なことを事も無げに言う。

「例えば、こいしさん。あなたは無意識を操作することで、誰にも気付かれずに行動できるという。
 けれど、それは意識と無意識の概念を持たないもの、例えば、意思のない機械にも通用するものなんですか?」
「む」

こいしが顔を曇らせる。どうやらもみじの考えは当たっているようだ。

「例えばここに、目標の選定から標準、そして発砲までフルオートで、意思というものを一つも介入しないで、
 自動的に相手を狙撃できる銃器があったとして、
 あなたは、それを避けることが出来ますか?」
「何それ、脅しているつもり?」

それまで解いていた警戒を再び強めながら、こいしはもみじのことを軽く睨みつける。
対してもみじはそんなこと気にならないように、淡々と言葉を続ける。

「いいえ、言ったでしょう。ただの例え話です。
 そして、さっきの話で出てきた、巨大蛸のクラーケンや人魚といった伝説の存在がこの船を護っていたとして、
 例えば、全長何十メートルもある、あらゆる近代兵器を搭載して、水中を自由自在に動き回れる巨大ロボットが居たとしたら、
 彼らはそれに打ち勝つことはできると思いますか?」
「‥‥‥」

もみじの言葉には脅しや誇張といった、攻撃的な感情は一切入っていない。
それ故に、まるでそんな有り得ないことが、本当に有り得てしまっているように感じられる。

「だから、私は思うんです。この船にゆっくらいだーが来てくれてよかったと、本心から。だってそうでしょう?
 もし、本当にそんな海賊団が居たとして、そいつらがこの船を襲撃しないと決めた理由に、
 あのゆっくらいだーがあったとしたら、この船が襲撃されないで済んだのは、彼女のお陰だ」

それは決してゆっくらいだー自身は気付かない一つの事件。
起こるはずだった惨劇の回避。

「なら、彼女がこの世界に来ることで救済したのは世界なんかじゃない。この船と、そこで暮らす住人達の生活です」
「ふん、面白い考えだと言っておくね」

ただ、と険しい顔でこいしは付け加える。

「けど、私はこうも言ったよ。どんな世界にだって、異変に抗う力は持っているって。
 その海賊団がどれだけの力を持っているか、私が知らないように、
 その海賊団だって、私達がどれだけの力を持っているか知らないはず」

ビシ、とこいしをその短い腕をもみじに向け宣告する。

「私達の、ゆイタニック号の世界の力を、あまり舐めないことだね!」
「はい、その言葉、覚えておきますよ」

そしてまた、二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑いあった。
そこにあったのは共感か、敵対心か、それとも彼女達ですら分からない感情か。

「それでは、いい加減私は帰ります。変なこと言って、済みませんでしたね」
「二度とこの船に近づかなきゃ、許してあげないこともないよ!」

そして、もみじは今度こそ、こいしに背を向け廊下を歩き始めた。

「それでは、さようなら、こいしさん」

多分、もう会うことはないだろう。
そんなことを考えて、もう一度こいしの顔を見ておこうと振り返ったのだが、

「あ」

そこに、既にこいしの姿はなかった。

「もう私の意識の外か。でも私のことは見えているんでしょう。もう一度言います、さようなら、こいしさん」

どこか清々しい顔で別れの言葉を言い、もみじは再び廊下を進みだす。

すると、ぽとり、と眼の前に何かが落ちてきた。

「これは?」

それは、見覚えのある黒い帽子。
いや、見覚えというより、さっきまでもみじはこれと同じものをすぐ近くで見ていた。

「こいしさんの?」

彼女の帽子がどうしてこんな所に?
そう思いながら、もみじは帽子が落ちてきた天上を見上げる。


そこで、彼女は見てしまった。


「あぁうぅん、こいしちゃんかうぁいいよぅ!!!」

天井に、どういう原理か分からないが、ぴったりと張り付いている女性の姿を。
それはもう一人のゆっくらいだー、超絶の追跡者。
森定伝子。
その胸には、さっきまで健全だったはずのこいしが、
既に死んだ魚のような目で力なく抱かれている。

「あ、あ‥」

さっきまで会話していた相手の余りにも変わり果てた姿に、もみじは恐怖で眼が見開き、

「あ、もみじたん(ハート)」

本当に恍惚で、嬉しそうな顔をしてもみじを発見してしまった伝子と眼が合ってしまった。

「ゆ、ゆわぁあああああああああああああああああああああ!!!」

に、逃げなきゃ、逃げなきゃ駄目だ!
彼女の本能は理屈抜きに瞬時にそう判断したが、不思議なことに身体はそこから一歩も動いてくれない。
恐怖で、神経が麻痺してしまったようだ。
そうこうしてるうちにも伝子の腕がもみじに迫る。


や、やだ!逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!


「ほら、もみじたんもこっち来てお姉さんと一緒に遊びましょ」


手が、すぐ、もみじのすぐ眼前まで迫る。


もう、もみじは恐怖によって意識を保っていられなくなった。
薄れゆく曖昧な意識の中、彼女はこんなことを考えていた。

ええと、なんだったっけ。こういった状況を表現する言葉が何かあったような…




ああ


思い出した。



ちょーかわしろい




                           「今日の伝子」 終わり


今回前回の脚本:かぐもこジャスティスの人




NEXT>>>第14話 double-action(脚本→→かに)

  • そしてこの人はもはや人外になりつつあるのですがw
    リッカー?

    シリアスな雰囲気をぶち壊す、先ほどの紅里さんとは違ったタイプの雰囲気ブレイカーですw

    もみじ、こいし、ゆっくり可愛がってもらってね! -- 名無しさん (2009-08-16 09:58:33)
  • まあこいしの言い分にも元ネタのディケイドでは一理ありますね。
    1.ディケイドが来たことで事態が好転(解決が早くなった)
    2.かきまわしただけ
    3.別に来なくてもその世界のライダーが解決できそう
    4.ネガの世界では(正義の)ライダーがいない世界なのにアイテムゲッとしたら
    とっとと別の世界にいった。(これはディケイドスレでもたたかれてた)
    しかもダークキバは健在。
    なんてのがありますからねえ。ディケイネではみんなゆっくりエンドでよかった。 -- もっちり (2009-08-16 20:23:03)
  • なんだろう、こいしがただただ「わたしたちはつよいんだ!」って言いたいだけの馬鹿にしか見えない…
    他者の在り方を平然と否定する辺りからも、そんな風に感じてしまうなぁ。流石にそんな意図は無いんだろうケド。
    元ネタの方で、ディケイドが世界を回っていた本当の理由はアレなものでしたけど、ディケイネは流石に同じ理由にはならない…?でしょうし、
    ディケイネが世界を回って介入していくのには妥当な条件があるだろうと思うんですが。
    介入しなかった結果として100%起こってしまう大異変に対抗出来るだけの力を、その世界が持ち合わせていなかったり、とかね。
    そんなことどうでもいいとして、こいしももみじも哀れすぎるwそしてでんこがもうやべえ、バケモノすぎるww -- 名無しさん (2009-08-19 04:13:46)
  • 直接お礼を言いたかったのですが、タイミングを色々逃してしまいました。
    大変遅れましたが、こちらで。こいしやけーね先生といった、自作の面々に時間を置いてあえて、
    ちょっと恥ずかしい気持ちもありましたが、凄く嬉しかったです。
    素敵な作品とリレーの投下と共に、時に不思議に、またかっこいい面と、愛らしい面を描いてくれて、
    本当にありがとうございました。
    前半のホラー展開から、今回の最初の空気に笑い、途中で緊迫し、最後に少し泣き掛けました。色々な
    意味で、6月の企画が大きくなった気持ちです
    かぐもこさん、改めてありがとう -- sumigi (2009-08-23 14:52:01)
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最終更新:2009年08月23日 14:52