緩慢刀物語 紅魔章 後-1

※編注:容量制限により分割

注:前編と比べてかなりシリアス、痛めつけられる人間やゆっくりが登場します。下手したらR-12かも。
そして同じ様にやたら長いです。それでは緩慢刀物語 紅魔章後編始まります。



「むきゅ?なんでれみりゃがいないって?話すと長くなるけどそれでいい?」
「むっきゅう。実はこの町昔はれみりゃの一族が治めてたのよ。でもれみりゃは吸血鬼でしょ?吸血鬼は十字架とかに弱い。
 だからほとんど西欧の国とは外交しなかったのよ。そのせいで昔のこの町はとっても貧しかったわ」
「そんな時御家人の一人だった不乱鳥が下克上をしたの。みんな不満を持っていたのか無血と言う結果に終わったわ。その人の孫に当たるのが蘭華よ」
「町長が替わったという事でその時の不乱鳥は西欧の国と積極的に貿易を始めたわ。でも町のれみりゃからは猛抗議があった。
 貿易を止めるわけにはいかないしれみりゃ達の声を無視し続けるわけにもいかない。そこで不乱鳥は町のれみりゃを全員追放したのよ」
「だからこの町はれみりゃがいないの。追放されたれみりゃはお付きのさくやが連れて行ったそうよ。多分何処かにれみりゃ村があるでしょうね
 蘭華も子供の頃れみりゃ村に行きたいって我が侭言ってたわねぇ……………」
 それは他愛のない昔話。ぱちゅりーはこの町の歴史を淡々と自分のことのように話す。
これがこの町の過去。真実などどうでもいい。ただ疑問さえ払拭されればいいのだ。
例え真実でなかったとしても『現実』は変わらない。これから起こることも決して。

もし、この物語を救いたかったら、真実の一歩向こうへ進んでみろ。できるものなら。



 緩慢刀物語 紅魔章 後編


『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
 翌日。蒸気船の音が微かに早朝の空気へ響く中、町の中心にある町長屋敷から海の彼方まで届きそうな叫びが町中に響き渡り
この町にいる殆どのゆっくりの眠りを妨げていった。
「みょみょっ!?」
「うわぁっぁぁ!!」
 もちろん屋敷にいたみょんと彼方がその影響を受けないはずがない。叫び声が上がった瞬間二人はほぼ同時に跳ね上がり、目を擦りながら何事かと慌てていた。
みょんの顔に大きなリボンの跡が付いているのは二人とも別段気にしなかったようだ。
「な、な、な、ななにぃ!?」
「なんでござるか!?かなた殿!顔が痛いみょん!」
 寝起きのためかいつになく激しくパニックになっていた二人。そのまま訳も分からずのたうち回り、頭同士でぶつかり合ったところでやっと正気に戻った。
「い、い、い、今の………重さんの声だよね」
「そうだみょん。あの時厨房で発していた奇声と殆ど同じだったみょん!!」
 二人はどうしようもなく不安で居ても立ってもいられなくなりとりあえず声のした方へと向かうことにした。
ただ何事であって欲しくない。そんな事ばかりが二人の頭の中を駆け巡っていく。
「かさねどのぉぉぉぉ!!!」
 屋敷の中のゆっくり達もこの悲鳴に起こされてほぼ全員が寝癖を残したまま右往左往している。
二人はそんなゆっくり達を避けるようにようやく叫び声が上がったと思われる厨房へと辿り着いた。
「重さん!大丈夫!?」
「あ……………彼方さぁぁぁん!!!」
 今まで錯乱していたのかとても足元がおぼつかない様子で彼方に駆け寄る重。けれど二人は重がこうして話しかけてくれたことに対し
かつて無いほどの安心感を覚えていた。
 だがこれで全て一安心というわけにも行かない。重の後ろにある光景はまさに惨状極まりたる光景であったからだ。
 調理器具は全てめちゃくちゃに破壊され床や天井には切り傷のような跡が無数に刻まれている。もう無事な所など一ヶ所も残っていない。
この部屋はまるで異界だ。この三人が異物のように見えるほど。
「…………………大丈夫?」
「え、ええ……………朝起きて急いで来たら……こ、こんなふうにな、にゃっていて……」
「みょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
 突然のみょんの咆哮に重は怯え矮躯な身体にしてはふくよかな彼方の胸に顔を埋める。
彼方もすくみ上がりしばらくは動く事も出来なかったが、ある程度落ち着いた後真摯な目つきでみょんを睨みつけた。
「みょんさん!なんなのいきなり!!」
「あ、あ、あ、け、けーきが、みょんのケーキがァァァァァァ!!!」
 床には破壊された調理器具と共にいくつかの食材も凄惨な姿で転がっている。
その中には無惨に崩れ汚れてしまったショートケーキの姿もあった。
みょんはゆーびぃ様にお菓子を取られ涙した時より、ついうっかり作った菓子剣をそのまま食べてしまい泣き寝入りした時よりも、悲しい気持ちがこみ上げ大声で泣いた。
けれど彼方はそんなみょんの様子などお構いなしにおぞましい形相になりながら腕に力を込めみょんを鷲掴みにしていった。
「テメェ……………何抜け駆けしてんだよ………まさか『自分だけケーキを作ってもらった』ワケじゃねーだろうなァ?
コラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ち、ちがいますうううううううううううう!!!」
 重はみょんを握力で痛めつけていく彼方を止めようとしてただ訳も分からないまままた突き飛ばそうとした。
しかしまだ混乱してるのかその手は拳を作っており、その上足元のクリームで滑ってしまいその拳は彼方の頬へと綺麗に抉り込んでいった。
何とも見事な右ストレートである。
「げふっ…………ま、まさか控えめで大人しい重さんが………こんな暴力を奮うだなんて……………」
 彼方は、重を変えてしまった自らの行いを悔いそのまま床に倒れていった。茶番ではなく本気で。なんか何かが砕ける嫌な音もした。微かに血も流れてる。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!彼方さんんん!!!」
 もし、この場を何も知らない人、もしくはゆっくりが覗いていたとしたらこの空間と併せて完全な殺人現場として捉えられるだろう。
運の良いことにまだこの二人以外は誰もこの厨房に訪れていない。
「ふん、かなた殿。……………………ケーキ………みょん……………」
 捕まれて凹んでいた顔もある程度戻ったようだがみょんはまだ涙を流しながら端っこで蹲っている。
言葉からどうせ茶番だと思い彼方のことは全然気にしていないようだった。
「ひうっ、ひくっ、いだいいいいいいぃぃぃ!!!ぶええええええええええええええええええええええん!!!」
 気絶はしなかったようで何とか不安定ながらも顔を上げる彼方であったが、やはりその幼さ故か床にぶつけた部分を抱えながら大声で泣き叫んだ。
そんな彼方を見て重は余計に混乱状態に陥りただでさえ異常なこの場が阿鼻叫喚に包まれていった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!ごめんなさいごめんなさい!!」
「畜生……………ゆるさない………………………ゆるさねぇみょん………………」
「いだいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!だずげでまじらぎざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 いつもなら、いつもならこの辺りで『うるせーーーーーーー!!!』や『そこまでよ!』な掛け声が入るはずだ。
しかしこれだけ叫んでも未だ人っ子一人この厨房に入ってこない。
そのせいかいつしか彼方は泣き止み、重は落ち着きを取り戻し、みょんはその状況の深刻さに気づいていった。
「うえっどうしたみょん!その血ッ!」
「ひぐっ、ひぐっ」
「え、ええと、とにかく人!人よばにゃきゃ!うげぐぅ!」
「………………なんか変でござる。いや、とにかく大丈夫でござるか!?」
 この異常さに一番早く気づいたのはみょんであった。けれどみょんはこの異常事態に対処する前に彼方に駆け寄り、
口の中から包帯と薬を出して重に手渡した。
「あ、ええと。衛生面でこれは……」
「血が流れてるでござろう!」
 この場合は重の言い分の方が最もだろう。しかしみょんは自分の取り出した治療道具を清潔だと思っている。
実際の所どちらが正しいのか分からない。ま、言い争いなんてそんな物だろう。
「とにかく治療を!」
「何を人にまぎづげようとしてんじゃい!」
 でも結局彼方に拒絶されその上恨みを載せたチョップをもろに喰らってしまったみょん。正しさは優しさではないのだ。
「…………元気でござるな、くすん。それよりも何かみょんでござらぬか?」
「みょん?ええと、何を言いたいのか……」
「違った。みょん、じゃなくてひょん、でもなくて………キョン?は違う……」
「妙なこと?」
「……………………知ってるんだよオオォッ!国語の教師かぁ!?てめぇーはよォォォ!」
「みょん。噛んだ。妙な事って何でふか?」
 チョップされた恨みを全面的に押し出しているみょんに重はいつも通り噛みながらそう尋ねる。
みょんは勢い余ってその恨みを重にもぶつけてしまいそうなったが、重のその純粋な表情を見ると
ある程度その怒りが収まり厨房の出入口の所へ向かっていってこっそりと外の様子をうかがった。
「……………あれだけ叫んだのに人が来ないでござるよ」
 最初の重の叫び声からおよそ十分ほど経っている。しかしこの厨房へ向かってくるゆっくりは一つたりとも無い。
「…………………ちょっと他の所行ってみませんか?」
 その提案にみょんは頷き、大きくジャンプしてそのまま重の手の中に収まる。
そして静かになった廊下を三人はすぐ消える足音をたてながらゆっくりと進んでいった。
「こあ?なにがおこったんだろ」
 身体無しだけど羽織を被った一匹のゆっくりこあが三人の前をせわしく横切っていく。
こあが向かった先は恐らく昨日まで尋問及びバカ騒ぎした謁見所。この道の先にはそれしかなかったはずだ

まさか。

「は、は、ないですよ。」
「みょ、みょん!」
「……………とりあえず行ってみよ?」
 彼方は草臥れた様子で二人を追い越してさくさく進む。彼方もこんな淡々としているような態度だけど心の奥底では得体の知れない何かに恐怖しているのだ。
それを行動や表情として表さないのはただ単にそうした行動が激しい心労になるため。先ほどまで重のことを気に掛けていたのだから余計にその気持ちを押し込めている。
「………………………………」
 だがそうした行動が取れない重とみょんはこの恐怖に押しつぶされそうになって言葉を出すことが出来ない。
二人が無言の間彼方も喋ることなく、三人は謁見所へと向かっていった。
入り口は多くのゆっくりで埋め尽くされていたが、人間とゆっくりの差故か彼方と重は大きくまたいで難なく入ることが出来た。
「蘭華さん………………?」
 多くのゆっくりが部屋に点在している中、その中心に蘭華はうつむき眠ったような様子で座していた。
なんて事はない。謁見所は多くのゆっくり達がいること以外は昨日と何ら変わった様子は一切存在しない。
「…………………はぁ、び、びっくりしましたよ」
「みょ……………………」
 重は大きな安堵の息をつきゆっくりの山をかき分けながら蘭華に近づいていく。
目に見えることなく迫る恐怖から解き放たれ莫大な安心感を手に入れた重の表情はこれ以上と無く喜びに満ちていた。
料理人としての笑顔より、友人づきあいとしての笑顔よりも、柏木重個人としての笑顔が何よりも輝くという事なのだ。
ただ腕に抱えられているみょんはそんな素振りを一切せず、強張った表情のまま静かに身体を震わせていた。
「……………?あれ?服、破れてませんか」
「……………………………」
「……………………………」
 周りのゆっくりがむせび泣いたり沈黙を続けている中、うつむいてる蘭華を見てそんな事に気付く重。
羽織の下にチャイナドレスを着るという奇抜というか妙なファッションが目立つ蘭華であったが今ではそれが肩から腰までにかけて
一直線に切り裂かれていたのだ。
「…………………血の臭いが………しない」
「?何言ってるんですかみょんさん。血なんて何処にもありませんよ。しないに決まってるじゃありまてんか」
「………………………う、う、う、うえええええええええええええええええええええええええええええええん!!!!!!!」
 ゆっくりの一人が突然泣き出した。それにつられるように他のゆっくりも泣き出し、重はおののき困惑した。
「………………な、なんで泣き始めるんですか。なんで、なんで…………………」
 絶対の物と思っていた安心感も次第に揺らぎ始め、また重の心に得体の知れない恐怖が襲いかかってくる。
生ぬるい汗が流れ、足もバランスが取れず、目もあらぬ場所を向き始める。
そして重はその破れた服のスキマから見える蘭華の身体を、見た。
「………何ですか?何か白い物が覗いてまふね。噛んだ。見た事あります。料理の時に、あれ?なんで?なんで?なんでなんでなんべなんげなんじぇなんっ……
 ……………………骨?小骨?心なしか顔色悪いですね。まるで血を丸ごと吸われたみたいに………………
 ねぇ、寝てるんですか。シエスタですか。なら私は起こしません」
「…………………………………う、う、うあああああああ」
 心の防護のために感情を押し殺していた彼方も絶望の表情を浮かべ手を顔に当てそのままへたり込んでしまった。
みょんはそんな彼方に駆け寄り介抱するかのように肩に乗って悲しそうな顔で頭を撫でていく。
「………………………あ、え?」
 ことん。と。
重がほんのちょっと触れただけで蘭華の身体はいともあっさり崩れ床に倒れ込む。
そこには生気はなく、声も無く、息もなく、光もなく。
ただの抜け殻が転がっただけだった。
その蘭華の瞳は、もう何も映すことはない。
「……………………いや。」

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああぁあああああああああああああ!あああああああああああああああ    ああああああああああああああああああああ
ああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああああああぁ                     あああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああ            あああああああああ!!!あああああ          あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!

        !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

                 あ。」
 掻き毟った髪が床に落ち、感情と共に吐き出された吐瀉物が畳を汚していく。
汚したって誰も文句を言わないしもう誰も重のことを見ていない。
重は、喉が枯れ、指が髪で絡まって動かせなくなるほど掻き毟ったあと、直立したまま畳の上に倒れた。








「むぎゅううううううううううううううううう!!!蘭華!!蘭華ぁぁぁぁぁ!!!」
「………………蘭華」
 あれから、蘭華の遺体と重は運び出され謁見所はかつて無いほどの静寂に襲われる。
この場を見て誰も死んだようには見えないのに、皆が蘭華の死を悲しんでいた。
彼女に近い者であればあるほど、比例するかのように悲しみは大きい。
「むぎゅううう!わだじ!ごごにきてからまだ二ヶ月なのに!もっと蘭華となかよくなりだがったのにぃ!」
「……………………………」
 ぱちゅりーは昨日までの冷静さと打って変わって大声で泣き叫び、さくやは誰にも顔を見られないようにむせび泣いていた。
他のゆっくり達も同様に何らかのアクションをとっている、とにかく言えることはこの場に感情を動かされていない人などいないという事だ。
「…………………………かさね殿……………らんか殿……………」
「…………………………誰だよ…………………誰が?一体!どうして!」
 彼方とみょんも涙の跡を顔に残しながらも何とか落ち着き、そのやり場のない怒りをとにかく畳に打ち付けていった。
「………………………………かたな……………にんげん……………だれがって?………しらじらしい………」
 けれどそんな彼方に対し周りのゆっくり達は涙目ながらも猜疑の目を彼方に向けていた。
三人いて一人殺されれば、残る犯人は二人のどちらかに決まっている。
その二人の内の一人、重は蘭華の死に対してあれだけ動揺し、泣き叫び、さらには嘔吐までする始末。
あれだけの惨状と呼べる光景を見せつけられて、一体誰がそれを演技だと解釈するのか。どんな⑨だってするものか。
 そうであるのならあとは簡単な消去法だ。ご丁寧に刀まで腰にぶら下げている。
「………………な、何で私を疑うの。おかしいでしょ。人間ってだけで」
「むきゅ………ゆっくりと人間の力の差………って知ってる?」
 あれだけ泣き叫んでいたぱちゅりーがそう言いながら憎悪に似た視線を彼方に送り続けていく。
悲しみで満たされていた空間も何時しか彼方に対する憎悪で満たされるようになってきた。
「私たちゆっくりは………どれだけ力が強くても身体無しでは十代前半の女性、身体有りでも十代後半の女性並の力しか出せないのよ。
 そんな私たちが重い刀を持って肩から腰に掛けて綺麗に切れると思う?」
「個人差だってあるじゃん!そんな事言ったら私だって十代前半の女性だよ!」
「じゅうだいぜんはんのじょせいだってこじんさあるよ!!!」
「こしにふたつおもいものをぶらさげてもせっとくりょくないよ!!!」
 ここにいる全てのゆっくりが彼方に視線を向けている。それが全て憎悪で構成されているのであれば彼方も力強く抵抗し続けられた。
けれどここにいる誰も彼もが悲しみを背負っている。その思いは憎しみと混ざり、より強い思いとなっていっているのだ。
「………………………う、な、なんだよぉ!わだじはやってないんだ!わだしだっでつらいんだよぉ!かなじいんだよ!!」
「み、みんな落ち着くでござる。こうしていじめるというのも」
「みなさんお止め下さい」
 みょんがしどろもどろに皆を静止しようとしたその瞬間、高官のさくやが二人の前で他のゆっくり達との壁になるように立ち塞がった。
「…………………悲しいのはわかります。私だってこの気持ちを何処かの誰かにぶつけたいとおもっています。
 でも確証もないまま客人をせめてそれできがすむのでしょうか、みんな気分がわるくなるばかりじゃないですか………」
 微かにさくやの目に涙が浮かび、そしてほろりと雫となって落ちていく。
その雫がこの場で張り詰めていた緊張を解いていく。もう誰も彼方のことを憎しみの目で見ている者はいなかった。
そしてさくやは二人の方を向き、二人の耳に口を近づけこう囁いた。
「……………このままここにいると皆から余計な反感をかうかもしれません。町の宿屋を後でとっておきます。
 柏木さんもむかわせますのですぐそちらへむかってください。後この事は町の人にはけっしてつたえないでください」
「わ、わかったみょん。ほらかなた殿行くみょん」
「うん………ひっぐ、ひっく」


「………………そう言えば、良い刀鍛冶は見つかったかみょん?」
 町の中央通りのすぐそばに位置する宿屋『紅麻館』。さくやから紹介されたその宿屋でみょんたちはそこで泊まることとなった。
彼方は一応泣き止んだが蘭華が死んだことに対する気の落ち込みようは依然として残り続け、布団の上でふて腐れるように転がっていた。
「見つからなかった…………」
「そうでござるか…………」
 この異常なまでに重い空気の中、二人は向き合うことなく言葉を交わす。いや、言葉を交わしているだけでもマシというものだ。
「…………………ね、もう他の所行こうよ」
「それは無理でござる。一応見張りがいるみょん」
 いくら高官のさくやが手回ししてくれたと言っても彼方はまだ容疑者の身。宿屋の前には中央から派遣されためーりんがしっかりと座している。
「…………………なんかさ、旅し始めていきなりこんな辛いことがあるとは思わなかった」
「めげちゃだめでござるよ」
 そう言ってみょんは慰めるように彼方の頭を撫でる。出来るだけ怪我に響かないように優しく、そしてゆっくりと。
眠ったように目を閉じる彼方を見てみょんも彼方に寄り添い同じ様に目を閉じた。
 昨日会ったばかりであまり会話を交わしていないはずなのにこの心の喪失感は何なのだろうか。
いや、会ったばかりとかそういうのは一切関係ない。人が死ぬのを見るのは例外なく気分が悪いものだ。
 彼方は思い出す。みょんさんにやられて何処かに去っていったあの忍者さんはどうなったのだろうか。
もしみょんさんが手加減していたのなら生きているかもしれない。でもあの時みょんさんは私を守るために『必死』で戦っていた。
そうしなければ二人とも死んでいた。あの死の蝶によって。
「…………つらいな。二度とこんな目に会いたくない」
 朝はいきなり起こされて、頭をぶつけたり、頭から血を流したり、死体を見て嫌な気分になったり、みんなから疑われて。
これは私に対する罰なのだろうか。
「……………………」
 目を閉じてずっと考えを巡らせている内に入り口の方で誰かが入ってきたかのような物音が聞こえてきた。
「?だれだろ」
 二人は起き上がってその足音に聞き耳を立てる。一テンポ遅れたような足音が二人に近づいてくるようであった。
ある程度音の主の予想はできる。不安はないがただ心配という気持ちがこみ上げてきた。
そしてその音が止まったかと思うと障子の隙間から重の姿が現れた。
「……………………………こんにてぃわ………………噛んだ」
「かさね殿…………」
 姿自体は朝とそう変わりはない。しかし弱々しく障子を掴みながら立っている様子を見るとやはり相当堪えているようであった。
「とにかく座るでござる。辛いでござろう?」
「……………あ、はい。それでは失礼します」
 そう弱々しく言うと重は崩れるように畳に座った。
「…………………………あの」
「大丈夫ですよ。私こう見えても様々な国で旅してきましたから」
 胸に手を当て笑顔で言葉を返すその重の姿は二人の目から見ても我慢して虚勢を張っているようにしか見えない。
けれど重はその事を二人に悟られていると知りながらも悲しげな感情を見せず話を続けた。
「結構長い間外国にいたからいろんな事体験してますよ?慣れちゃってるんです。結構」
「な、慣れてる………………?」
「そうです。今回も今までと同じ様に   叫んで 喚いて ゲロ吐いて 頭掻き毟って 気絶して   慣れてるんですよ」
 目の前にいる女性が弱いのか、それとも強いのか。二人には分からない。
でもその笑顔は全て悲しみで出来ている。それだけは確実に理解できた。
「怪我大丈夫ですか?それとケーキの事ですがごめんなさい。今日また作りますから」
「……………悲しくないのでござるか?」
 その一言は重にとって辛い言葉のはずだ。しかしその言葉にも重は笑顔で返す。
「……………………………悲しいけど、しっかりと泣きましたから。辛いけど、我慢できますから。
 この悲しみは、背負えますから」
「…………………かなた殿も見習うでござるよ」
「こういう時に言う言葉じゃないよ、それ」
 三人の唇が微かに動き笑い声が聞こえた。



「…………………さて」
 太陽もてっぺんまで昇る頃には町も昨日と同じ様な賑やかさを見せている。
そんな様子を窓の外から気怠そうに眺めているしかない彼方と重をよそにみょんは宿屋の外に行こうとしていた。
「?みょんさんどこいくの?」
「ん?町長屋敷でござる」
「「!!!」」
 食いつくようにみょんに近づく彼方と重。そんな二人に怖じ気づきながらもみょんは口を開く。
「気になることがあってみょん。子供の頃『探偵ナズミーマウス』が好きだったせいか夜も眠れねぇ」
「で、でも見張りいるんですよ」
「見張られてるのはかなた殿とかさね殿、みょんは無問題でござる」
「うらやましっ」
 彼方はそう言いながら布団を噛んでキィキィ叫んでいる。そんな彼方を笑いながらみょんは部屋から出て行き、見張りのめーりん達に一礼をして町長屋敷へと向かった。
「…………おっとごめんでござる」
 道中道が混んでいたせいかみょんは一人のゆっくりさくやとぶつかってしまった。
けれどもさくやは特に困ったような様子を見せず逆に幸せに満ちたような笑顔をみせた。
「こちらこそすみません。………ふふふ、ごめんよしみですわね私たち。それでは」
「ああ、五面でござるね、くくっ」
「それでは」
 そう言って嬉しそうにその場を去っていくさくや。改めて辺りを見回してみると道行くゆっくり達は皆さくやと同じ様な笑顔を浮かべていた。
 この町の人々は蘭華が死んだことを知らない。もしその事を知ったらこの人達は今と同じ笑顔を取り戻すことが出来るのだろうか。
だからこそ蘭華の死がどうしても気にくわない。皆を悲しむというのにこの不自然さは一体何だというのだ。
誰に殺されたのか分からず、何時殺されたかのもはっきりしない。蘭華は何を思ってこの世を去ったのだろうか。そして、
「…………殺した奴を………放って置くわけには行かないみょん」
 その思いはみょんの心の内に秘めたる物騒な戦闘意識、そして燃えたぎる正義の心をを刺激していった。
刀は持ったか?ならば出陣だ。


「……………こああ………」
 あれだけゆっくりがいた謁見所もすっかり二、三人のゆっくりを残し
人がいなくなってもこの場が殺人現場とは思えないほど清潔である。それがまず第一の不自然。
「失礼するでござる」
「あ…………べつにいいけど……ゆっくりしていってね」
 調査らしきことをしているゆっくりこあはみょんを見ても追い返しもせず黙々と仕事を続けていく。
そんな反応をみょんは物足りなく思い、こっそりとそのこあに肉薄してみた。それでもあまり反応がない。
「…………………あの…………」
「?なんですか?」
 嫌な顔もせずきょとんとした様子で返事をしたため逆にみょんの方が驚いてしまった。
そのまま言葉に詰まってしまったがこれは良い機会だと考え気持ちを落ち着かせ口を開いた。
「捜査の方はどうなってるかみょん?」
「ああ、いつもどおりですよ。しょうこは殆どない。あるのは最近このまちにやって来たというようぎしゃだけ。
 はっぽうふさがりです」
「いつも通り………というと」
「ええ、以前のとおりまじけんと全くじょうきょうが同じなんですよ」
 ふむぅ。と無い首を捻りみょんは考え込む。
過去に起こった事件はみょんは全く知らない。それと同時に今回の事件の情報もあまり頭に入ってないのだ。
それを全てこのゆっくりこあから引き出せるのか。
子供の頃読んだ探偵洒落本のことを思い出す。その探偵のようにやってみよう。生半可な知識だが無知よりは役に立つだろう。
頭の中で『尋問開始』と言う文字が大々的に降りてみょんは言葉を発した。
「……………以前、でござるか。一体いつ頃から行われたのかみょん?」
「………いちねんまえです。それからすうかげつに一回じけんが起こってます。さいごのはさんかげつまえでした」
「三ヶ月前………その時と殆ど同じ?」
「ええ、外か内かというちがいはありましたけど得られるじょうほうは殆どおなじでしたよ
 きょうきはながいはもの、はんにんはにんげん並のおおきさ……そして血です」
 血、ようやく出てきたその言葉。
「変ですよね。あれだけきりさかれたというのに血の一滴もながれてないんですよ?」
「それは…………今までの通り魔事件に全て共通でござるか?」
「はい。例外はありません」
 昨日蘭華達はこのようなことを言って無かったはずだ。隠していた、と考えられるが隠したい気持ちも分かる。
まずこんな事信じられるようなことではない。人には血が、ゆっくりにはあんこが流れている。
『血も涙もない~』などと言う言葉があるが現実にはそんな人間はいないのだ。
それにこんな事自分達に教える必要もないし余計に不安にさせるだけだろう。
「…………………血のあとも全くないです、出血死のはずなのに………」
「………………………まるで吸血されたような………」
 そんな一言で昨日のぱちゅりーの話を思い出す。
しかし、そんな事は今回の事件に全く関係ないはずだ。
「………………『ありえない』なんてかんがえては先にすすめません。多分なにかあったのでしょう。」
「みょん………………」
 まぁそんなこと言ったら饅頭が独りでに動く事もあり得ないわけですし、血を綺麗に片付ける方法だってあるだろう。
こんな結論となってしまったが状況的にそう考えるしかないのだ。
「凶器の方の特定は?」
「…………………そもそもないんです。このやしきに長いかたなが」
「……………しっかり探したのでござるか?それと外部からと言うのも……」
「そうさが完全というわけにはいきませんが…………がいぶからというせんは無いと、
 しっかりともんばんがみはってくれましたから」
 門番というのはもしかしてゆっくりめーりんの事ではないだろうか。
何とも確証の取れない証言である事よ。
「凶器が一番問題だみょん…………」
「あると言えばあのようぎしゃがもっていたかたなですよ、あのひとがはんにんじゃなくてもつかわれたかのうせいがあります」
「あ~ないでござる。その可能性は。凶器は短刀じゃなくて長い刀なのでござろう?」
「あ、ええ。最低でも十三寸(約四十㎝)は………」
「なら問題なし」
 あの覇剣は凶器ではない。それはこの自分がよく知っている。
では凶器は何処へ行ったのだろう。内部から外部へと運び込まれたのか、それともまだ中にあるのか。
「…………………まだ情報が足りないでござるね」
「はぁ……………他にききたいことありますか?」
「……それじゃ遺体の情報………でござるね」
「……ゆっくりりょうかいしました。既に…………かいぼうはおわってますから」
 ほんのちょっぴり言葉に詰まるこあ。蘭華の死を改めて思い起こさせてしまったのだろう。
みょんも蘭華の死が悲しいと思っているが、ここにいるゆっくり達はみょん達よりももっともっと悲しいと感じているのだ。
軽率だった、そう思いみょんは心の中で謝罪をした。
「…………まずしぼうじこくは子の刻あたり、しいんは出血死。殺害現場はあのひろまだとおもいます」
「その根拠は?」
「……………らんかさまのしせい、そしてきずのひらきかた。もしはんにんが一人で他のばしょでころしたというのなら
 あそこまでととのっていないはずです」
「…………………」
 状況確認。
死因:出血死
死亡時刻:子の刻
殺害現場:謁見所
凶器:十三寸(訳四十㎝)以上の刃物
犯人:未だ特定されず。内部犯の可能性有り。人間らしい。
動機:完全に不明
容疑者:烏丸彼方、柏木重、もしかしたら他にいるかも
 ………………と、肝心な情報がまるで足りてない。
犯人の特定が出来ないというのもなかなか大変なものだ。推理小説は上手く出来すぎだと改めて感じた。
とりあえずみょんは確かめられる程度の不明瞭な部分を尋ねてみることにした。
「今朝も言っていたけど人間だという確証はあるのかみょん?」
「……………かくしょうですか………やはり身長差です
 いくらゆっくりが重いかたなをもててもかたの上からふりおろすのはむずかしいでしょう」
「………………台とかに乗った可能性は?」
 そのみょんの疑問にほんのちょっと思考を開始するこあだったがすぐに溜息をつきこう言った。
「………………いや、それもないと思います。ちょっと再現してみましょう
 まずらんかさまがすわっていると仮定して、はんにんがだいの上にのってかたなをふりあげるとします。
 ふりあげればその後落ちるちからであるていどひりきなゆっくりでもきれるでしょう」
「その通りでござるな」
「ただ状況はそうかたってはいません。かいぼうけっかによるとたしかにおちるちからである程度きられているようです
 でもそのあと、はんにんは『鋸のような切り方』でこしまで切ったらしいのです」
「の、鋸?」
「そうです。もし鋸のようなきりかたをしたなららんかさまのからだは大きくくずれます。
 くずれないようにするためにはらんかさまのからだを抑えなくてはなりません。
 そんなこと身体のないゆっくりにはできませんよ」
「身体のあるゆっくりは?」
 揚げ足取りみたいな言い方だが状況をしっかり把握するためには仕方のないことだ。
「…………いくら身体のあるゆっくりでも人間であるらんかさまのからだ全てを抑えることなどできません
 ちなみにこの屋敷にいるゆっくりで一番せの大きいのは正面玄関門番のめーりんで三尺二寸(約九十六㎝)。
 ………………にんげんなら、それらすべてが簡単にできます」
「……………揺るがない、と言うことでござるか…………」
「ええ………………たしかにそうなんですけど………けさはすみません」
「それはみょんに言わないで欲しいみょん」
 あの非難で傷ついたのは彼方。そしてそれを抑えたのはさくやでみょんはただおろおろしていただけだったのだ。
「…………………動機……………は分からないでござるな」
「何で人間ばっかおそうのでしょうね、もしらんかさまが町にこのじけんのことを教えなければもっと酷いことに………」
「……………ああ、道理で人間がいなさすぎるわけかみょん」
 それが英断だったのが愚断だったのか。そんなのもう分からない。
「……………これでこの町ににんげんはいなくなってしまったのですね、あのりょうりにんもこんなことがあってはここにいるりゆうも無くなるでしょうし
 あの女の子もすぐにたびにでるのでしょう?」
「そうだみょん。この町に目当てのものはない。だから用が済んだらすぐ行くみょん」
 ……………?どこか、なんだろうかこの違和感は。
この町に人間がいなくなったら『人間だけを襲う通り魔』は一体どうするのだ?
そんなの簡単だ。他の町に行けばいい。この町からこっそり出るのはそう難しいことではないだろう。
じゃあ、何故人が減っていってからも通り魔はこの町にいるのだ?
「…………………………………………………やばい」
 恐ろしい考えに行き着く。もしかしたら通り魔は今日中に彼方達を狙うのではないのだろうか。
あり得る。そしてそう考えた時みょんはある考えに行き着いたのであった。
「…………………とりあえず、状況提供感謝するでござる」
「ええ、こちらもほぼ全てのじょうほうをていきょうしたつもりです」
 へ?というような表情を見せてみょんは顔を上げこあと向き合う。
始めは平淡としていたようなこあの表情も次第に涙目になっていき泣くのを堪えながら叫び始めた。
「………………してくれるんですよね。はんにんを!みつけてくれるんですよね!!!」
「……………………そ、その…………」
「だれがらんかさまを!!だれがかふうさまを!!!だれが!だれがッッッ!!!」
 かふうというのをみょんは知らないがおそらく同じ様に通り魔に殺された人間のことだろう。
そしてとうとうこあは床を向いて泣き始めてしまった。
「ひどいでず!ごんなひどいごど………ぜったい!ぜったいにゆる゛じまぜん!!
 みづけたら……ごろ゛じてくだざい!おねがいじばず!おね゛がいでず!」
「……………………ああ、分かったみょん。切り捨て御免。でござるな」
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛み゛んなのがだぎを!!」
 そうだ。通り魔事件はこれが最初ではないのだ。以前の事件で悲しんだ人もいるだろう。
大切な人を失ったかもしれない。好きな人がいなくなったのかもしれない。
それなのに町の人たちは偽りのない笑顔を取り戻している。
「みんなつよいでござるな…………みょんはこれだけでも心が押し潰れそうになるみょん」
 そう言ってみょんはこあに向かって深々と頭を下げそのままこの場をゆっくりと離れた。
この先のことを思うと少し胸が切なくなった。

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最終更新:2009年09月09日 22:20