「あ、戻ってきた」
洒落本を読みながら布団の上で寝転がっている彼方を見てみょんは少し心が安らいだ。
今まで死臭漂う場所でこのあんこが詰まった頭を目一杯働かせていたのだ。みょんは大分気が滅入っている。
「……………ふぅ。かなた殿、かさね殿……………ちょっと昨日の夜のこと、聞きたいでござる」
「昨日の………よる?」
この二人も恐らく『昨日の夜にこの事件が起こった』と感づいていることだろう。
その通りだと言うかのように二人は口を閉ざす。
「情報が必要なのでござるよ。お願いするみょん」
「………………………昨日は………………………ええと………………………………」
…………辛いのは分かっているつもりだ。だけどなんだろう彼方のこの不自然な沈黙。
そっぽを向き、頭を掻きながら、気持ちの悪い汗をたらたら流して。
いかにも何か隠してまぁーすとでも言いたげなアクションをさっきからとっている。
「……………………………寝てたよ」
「すっげぇうさんくせえ」
どうして嘘をつくのか、いや、嘘と決まったわけじゃないけれど。
折角彼方を助けようとして精一杯推理したのに、これじゃまるで彼方が犯人のように思えるじゃないか。
何を隠してるのかは知らないが、ただ事件に関係ないところであってほしい。みょんはそう呆れながら思った。
「ええと、私はみょんさんの為にケーキ作っていた………ですけれど」
「ああ………………うううケーキ」
「抜け駆けした罰だッ」
蘭華の死ほどではないがやはり今朝のケーキ騒動はみょんの心にかなり大きな傷を残している。
それと同時に彼方との間にも大きなヒビが入りつつあった。
「ええと………実は……………」
驚くことに重も彼方ほどではないが何処か焦りの表情を見せて言葉に詰まり始める。
ほんとに何事だよ。もぅ。
「……………………ケーキ………夜中まで作ってたんですきぇれど……
その途中で寝てしまって…………」
「ま、また寝…………………?どこで作っていたのでござるか?」
「ええと、厨房です」
「そこで………………寝たのでござるか?」
「………はい、ちょっと時差ぼけで我慢してて」
いろんな事がありすぎて今朝の厨房の事をすっかり忘れていた。
あれはケーキが台無しにされただけじゃない。厨房そのものが『切り傷』でめちゃくちゃにされたのだ。
「…………………」
厨房は床から天井まで至る所に切り傷が付けられていた。つまり犯人は天井に凶器が届くほどの背丈でなければいけない。
これだけでも蘭華殺害事件と絡めることが出来る。時刻もほぼ重なるし凶器も同じものだと断定できるだろう。
いや、犯人そのものが同じだと、それすら言えるかもしれない。
しかしそれだと疑問が残る。まず第一に何故あれだけ荒らされていたというのに重は無事だったのか。
そして厨房を荒らす意味は一体何だという事だ。このみょんに喧嘩売ってんのか。
「荒らす意味は分からないみょん…………何故かさね殿は無事?分からないようで分かるような………みょみょみょ」
「………あ、ええと最初から最後まで厨房で寝てたわけじゃなくて……きちんと途中から
布団の中で寝ますぃたよ。あのまま寝ていたらどうなっていたこときゃ………」
「……………………むぅ」
そう言うわけなら仕方あるまい。
「…………………途中で起きたのならケーキしっかり保管して欲しかったみょん………」
「やかましーよ!勝手に頼んで!私も食べたいよ!」
「あ、それじゃ今日の夜また作りますから明日また食べましょう」
「うっそう!?いやっほう!!!みょんさん一緒に食べようぜぇ!」
たった一台詞であっと言う間に二人の絆が治ってしまった。これもケーキの魔力か。
さて、事件の概要の次は容疑者の情報。
彼方の証言の胡散臭さはどうでも良いとして重の情報はかなり役に立った。
犯人は確実に人間であること。あの厨房に居たこと。
これで事件の内容は殆ど推理できた。あと残るは凶器ぐらいだろう。
その凶器を探す時間があればいいと思っていたがそう都合良くは行かないようだ。この事件は『今日』をもって終了するのだから。
「………………とりあえず!ふたりとも!今日の夜気をつけるみょん!」
「ふぇっ?あ、はい。ケーキ作って待ってましゅ」
「頑張ってね~」
そう見送られみょんは再び町長屋敷へと向かう。
この時、このゆっくりは何を思って走っていたのだろうか。
蘭華が殺されたことに対する悲しみ?ケーキを台無しにされた怒り?皆を守りたいという使命感?
それとも、これから起こる何かに対する『不安』だろうか。もしかしたらただゆっくりしてるだけかもね。
泡剣「升斗形鬼」『亡き王女のための二重剣劇』紅刀「鉄血」
今日はあまりにも悲しいことが多すぎた。蘭華という一人の女性が亡くなった。多くのゆっくり達が涙を流した。
その悲しみが憎しみとなって彼方に襲いかかった。
それでも、この町のゆっくり達はその辛さを乗り越えることが出来るのだとみょんはそう感じている。
そのためにこの悲劇は今日で終わらせなければいけないのだ。
深夜、この悲しみの一日が終わる直前のこと。
すっかり静かになった町長屋敷でほんの少し、聞き耳を立てないと聞こえないほどの足音が響いていた。
もちろんこんな深夜に聞き耳を立てる人などおらず、その足音の主も光から逃げるように影となっていたため正体が分からない。
「………………………」
影の主は鍵の付いた扉の前で立ち止まる。そして懐からその扉の鍵を取り出して鍵を開けた。
がちゃっと扉が開く大きな音がしたがその音はすぐに闇に消え、それ以降その音以上の音が発生することはなかった。
その扉の奥は階段となっていて、奥の方は完全な闇となっていた。
「……………………………………」
人影はその階段を出来るだけ音を立てずにゆっくり、ゆっくりと降りていく。数十段下りた頃にはもう影すらも見えなくなった。
「明かり明かり……」
そう呟き人影は手に持っていた明かりに火を付ける。その直後のことであった。
「みょみょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」
上の方からぷよんぷよんと気が抜けるような音を発しながら何か丸い物体が転がり落ちてきたのだ。
人影は何かと思いその転がり落ちてきた何かに明かりを向けた。
「……………………みょん」
「……………………あ、あなたは」
「そういうあなたは真夜継咲夜」
明かりが二人を照らしようやくその姿が露わになる。一つは我らが主人公真名身四妖夢またの名をみょん。
そしてもう一つはこの町の元蘭華のお世話役で現治安維持局長の体付きさくや本名真夜継咲夜であった。
「いやぁみょんがみょんみょんしてたらこんなみょんな所に来てしまったみょん」
「……………………いったい何の用…………」
「みょん?」
みょんみょん言いながらみょんはさくやのことを無視して近くの壁に目を向ける。
そこには鍔にコウモリの羽のような装飾をしてある真っ赤な刀が飾られていた。
「………………みょん。結構良い刀でござるな。まるで命があるように見えるみょん」
みょんが見とれている間さくやは明かりを床に置き、みょんと一緒にその刀を見上げた。
「…………………………それはそうですよ。だって」
「ま、無機物は無機物みょん。生きてるはずがない」
さくやの動きが一瞬止まる。その瞬間にみょんは振り向きさくやを見上げた。
「……………さて、凶器がここにあるという事は……みょんの推理は正しかったみょん」
「…………………………はて、どういうことですか?」
「簡単な推測みょん。次に通り魔が襲うのは誰か?それは人間であるかなた殿とかさね殿みょん。
でも今回の事件で二人は容疑者になった。容疑者になれば拘留されて警備が厳しくなる。
だからさくや殿は二人を保護した。警備が手薄な宿屋に移して」
「おまちください、わたしはあの二人の無実をしんじているからこそああしたわけですよ」
「あくまでそれは推測みょん。でもここにこうして凶器がある。この屋敷で唯一の刀が」
みょんは一回その刀を見上げ再びさくやに視線を戻す。
さくやは涼しい顔をしてみょんと目を合わせていたが一度肩を落として一息ついてこう言った。
「………………………いや、彼方さんの刀。彼方さんが犯人というわけではありませんが
ねている間つかわれた可能性だってあるのでしょう?」
「……………………………それはないでござる…………………あの刀は…………
……………………………折れているのだみょん」
「………………………………覇剣……………なのですよね。あの名高き」
「覇剣だって折れるものは折れるみょん、みょんは菓子剣を求めるために、かなた殿はあの剣を直すために
みょんたちは旅を続けているみょん」
全く動かなかったさくやがほんの少しだけ後ろに下がったように見えた。
「なら、凶器はこの刀だけでござる。その刀をここに仕舞っていたのは?」
昼間の時点である程度犯人の目星は付いていた。その時点で残るは凶器のみとなった。
そのためみょんはその凶器を探すため夜通しさくやの動きを監視し続けていたのだ。
「…………………私が犯人とおっしゃるのですね、でも犯人は人間では?」
「…………………………そこが今回みょんがゆるせねぇところだみょん………………
貴様ッ!あの二人のどちらかを操ってらんか殿を殺させたなッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
激しい怒りがみょんの中でこみ上げてくる。これほど怒りを覚えたことはみょんの生涯を通しても無かった。
「………………………あの二人、ですか。いや、あの二人は誰もころしてません」
「嫌な結論だけどみょん………………犯人が『人間』である以上これしか考えられないみょん………」
「人の話をきいてませんね。あの二人はころしていないのですよ」
「じゃあッ!!!誰だと言うんだみょんッッッッッッッッ!」
「おぜうさまです」
ふと、空気が止まったかのように二人に動きはなく、ただ明かりの中の火が怪しく揺らめき二人の影を揺らしていく。
「おぜうさまがその身をふっかつさせるために、幾多の人間の血をおすいになりました」
「…………………何を言ってるみょん。何処に、れみりゃが………………」
その一瞬、みょんの視界からさくやが消えた。
それと同時に壁に掛かっている刀も消え去っていることに気付くとみょんは口の中から羊羹剣を取り出そうとした。
しかし、みょんのその行動は一手も二手も遅れた行動であったことにみょんはすぐ気付くことが出来なかった。
「……………………!!!!!!!!」
「しられたからには、いきてはかえしません」
痛みがなかったから気がつかなかった。いつの間にかさくやの刀がみょんの口の中を貫いていたのだ。
痛みがじわじわと襲いかかってくる中みょんはかろうじて口の中から何かを取り出すことが出来た。
「…………………………!!!!」
それを見てさくやは一気にみょんの口から刀を抜き出し、みょんはあんこを口から漏らしながら床に転げ落ちる。
人間なら脳幹を貫かれ確実に死んでいた。いや、ゆっくりであっても刀をもう一寸でも動かされていたら即死であったかもしれない。
取り出した物が金槌で無かったなら、もし、間違えないでそのまま羊羹剣を出していたとしたら。
「うう………………げほげほげほっ!!!!ゆげほっ!」
「この刀はおぜうさまの灰でつくられました。この刀はおぜうさまなのです。おぜうさまが血をほしがっているのです」
「ゆがああああ!!」
ゆっくり故の再生力である程度口内の傷は塞がっていく。みょんは痛みを堪えながら金槌を仕舞い羊羹剣を取り出した。
「ふざけてっ…………いるのかみょん………………刀が…………意思をッ?」
「貴方には血はながれていません。でもおぜうさまのでざーとにはなりそうですね」
さくやは再び紅刀『鉄血』を振り上げみょんに向かって振り落とそうとし、みょんはそれを羊羹剣で受け止めた。
「……………………丈夫な剣ですね」
「…………………………一回だけ言ってやるみょん………………
ゆっくりが鍛えたこの羊羹剣!!斬れないものは殆ど!!!!」
みょんは羊羹剣を鉄血にくっつけながら一回転し、羊羹剣に乗るように鉄血の上部へ回り込む。
そしてそこから大きく飛び跳ねさくやの眉間へ向かって一気に羊羹剣を突き立てた!!!
「!!!!!!!!!!!!!」
だが、また先ほどと同じ様にさくやの姿が消える。恐らくこれはさくや特有の能力『時を止める程度の能力』だろうとみょんは推測する。
けれど所詮ゆっくりはゆっくり。相当長い間生きていないとここまで時を止めていられないはずだ。少なくとも六十年。
「おぜうさまはあの不乱鳥のやつにはめられてころされたのです。私も同じ様にころされかけました」
みょんは後ろからのさくやの攻撃を影の動きから察知しひらりと躱し再びさくやと向き合う。
その時のさくやは何処か切なげにみょんに視線を送りながらも床と向き合っていた。
「おまえは…………………一体いつの………………」
「……………………………蘭華、幼い頃からずっとわたしにべったりで、かわいげがあってちょっと生意気で…………
成長して私のことをきづかってくれたり……………つらいときはだいてくれて……………」
「………………………………………お前がッッッッッッッッッッ!殺したんだろうがッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
「ええそうですよ!!!でも!私は蘭華よりおぜうさまがすきなのです!!!おぜうさまたちがなくなって!
私の心は復讐でみたされましたよ!!!あの不乱鳥にちかづくために私は蘭華のお世話役についた!!!
けど!不乱鳥にちかづけるほどの権力をてにいれたとき!!あいつはもうしんでいた!!!
私の心はすでにからっぽでしたよ!!!ある時!刀の意思という話をきいて!!おぜうさまたちの灰を刀にしてもらった!!!
おぜうさまたちは再びこの世にもどってきたのです!!」
「…………………それは………………妄言だッ!!」
「妄言ですって!?私はこのみみでおぜうさまたちの声をきいたのです!!!
血さえあれば!!私たちはふっかつできると!!!
だから私は愛するものを犠牲にするのをしょうちで手を血でよごした!!!復讐ではない!!これは使命なのです!
無残に醜く生き続けた私の最後の使命なのですッッッッッ!!!!!!!!!」
みょんはその威圧を肌で感じ、そして思う。狂ってなんかいない。このさくやは本気だと。
一番目に愛したものの言葉を信じない人がいるものかと。
けれどみょんは怯まない。怯めばそこに死が待っていると今までの体験上体と心で理解しているからだ。
「………………いくらその言葉が誠であろうと………その刀に宿っているのは怨念だみょん!!!!その言葉はれみりゃの恨みだ!!
もう一つ忠告するみょん!!!死んだものは生き返らない!!!!」
「消え去れッ!!!!」
再びさくやは時を止めてみょんに近づき刀を振り落とす。しかし命中する寸前時が動きその一瞬で鉄血は羊羹剣によって弾かれた。
「……………………身の丈に合わない刀を使っていつもより「ゆっくり」でござるよ」
「このッ!!!!」
さくやはこの距離ならば時を止めたまま攻撃できると思いもう一回時を止めたが、時を止める直前にみょんは大きく跳ね一気にさくやから間合いをとった。
「!!!!」
この間合いだと不用意に近づけばあの剣で弾かれる。下手したら反撃されこちらも傷を負うこととなるだろう。
そう思ってさくやは腰にぶら下げていた西洋小刀を掴みみょんのいる方向へと投げつけた。
「少し、狙いがそれましたね」
そして時が動き出す。
「みょ、みょおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
さくやの放った小刀に反応することが出来ず小刀はみょんの頬を抉り取っていく。
けれどみょんはそれぐらいで動きを止めるほどヤワなゆっくりではない。
みょんはそのままそのナイフの動きを利用して壁まで飛び、その反動で再びさくやに向かって突撃した!!
「し、しまっ……………」
「人鳥流!弾映弾!!」
時を止める余裕がない。しかも手に刀を持っているためすぐに体全体を動く事さえもさくやには出来なかった。
ほんのちょっとだけ顔を動かすことが出来たがそのまま羊羹剣はさくやの右耳を抉りとっていき、みょんは再びまんべんなく壁に張り付いた。
「う、うあああああああああああああ!!!!」
さくやは痛みを堪え振り向いて再び時間を止める。そして一歩踏み出して刀をみょんの方向に突き立てた。
「はぁ………はぁ…………再び時がうごきだしたとき、あなたは自分の技によって命をちらすのです。
かつての化け物『のとうりあす』とおなじようにぶつかり…………自分自身のおこないをししてくいるがいい!!!」
もう一歩、もう一歩と時間の許す限りさくやはみょんに歩み寄っていく。確実にこのみょんの息の根を止めるために。
自らの使命を果たすために。自分の一番愛する人と再びまみえるために。
「そして時はうごきだす」
自分はこのままこの刀を向けているだけで良いとさくやは思っていた。そうすればみょんは自分からこの刀に突っ込むこととなる。
しかし、意外!みょんはさくやの思惑とは全く逆にさくやとは別の方向へと飛び跳ねたのだ!!!
「な!?」
「みょみょん!!」
跳ねた勢いを全く殺さずにみょんは床を転がっていく。そしてみょんは回転を跳力にしてその部屋に入ってきた階段を一気に駆け上がった!
「な、なんのつもり!?」
「……………………外に行って大声で騒ぐでござる。ここに凶器がありましたよ、と。
みんなが起きるみょん。そんな刀を持っていれば誰から見てもさくや殿は容疑者になるみょん………………………
そして拘束される。一日。一日あれば二人を町から出すことが出来るみょん」
「こっ…………………………………このドグサレがぁ……………………」
「貴様に言われたくないッッ!!!時を止めてみょんに追いつけるでござるか!?
何秒止められる?このみょんをもっと追い詰めるがいいみょん!!!」
体全身を使って駆け上るみょんに対しさくやは刀を持ちながら駆け上がっているため全然みょんに追いつけない。
みょんの言うように度々時を止めているのだがそれでも二人の距離を覆すほどには至らなかった。
そして微かな月の光が見えとうとうさくやはみょんを外に出してしまった。
「みょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!!!!!!
みなさあああああああああああああああああああん!!!!さくや殿がああああああああ!!!
らんか殿を殺したかたなをもってるでござるうううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!」
みょんは叫んだ。みょんが心に内に秘めた全ての感情とともに。
この悪鬼たるさくやからあの二人を逃がすため、この悲劇を今日で終わらせるために。
回りくどい方法かもしれないけどこの方法が一番被害が少ないとみょんは考えている。
だがみょんの叫びは響きはするもののすぐに闇に消え静寂だけが残った。
「……………………………………………………………………………
みょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「……………………きませんよ、絶対」
静かに、とても静かにみょんの背後から冷たい声がする。
みょんはすぐさま距離を取ってさくやに向かって羊羹剣を構えた。
「………………………空間をこていしました……………………もう貴方の声は外にとどきません」
「固定…………………?どういう事みょん」
「ここを中心に縦横二丈(約6メートル)からでられなくしました。外の者達は声も、姿さえも私たちをとらえることはありません」
「…………………………ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふ」
静かに、そして不敵に笑うみょん。さくやの位置からではみょんの表情は影となっていてよく分からなかった。
「…………………………それで時は、止められるのかみょん?」
不敵にそう言った瞬間みょんは再びさくやに向かって剣を構えながら飛び跳ねる。
今度は余裕を持って躱し刀を構えるさくや。しかしさくやの表情には何処か焦りのようなものがあった。
「………………………時さえ止められなければお前なんて目ではない。
先ほどまでの作戦は単なる安全策みょん。みょんはこれから覚悟する」
「…………………………なめられてますね。確かに貴方はすばやい。でもそれだけです」
さくやは目を鋭くして懐から何十本もの銀製の西洋小刀を取り出す。それを一本づつみょんに向かって投げつけた。
出来るだけ精密に、動いているみょんの体の中心を狙って、何度も何度もみょんの動きを予測して。
「みょっっ!!」
横移動だけでは対応できないと思ったのかみょんは床に刺さったナイフを踏み台にして一気にさくやに向かって飛んでいった。
「とびましたね!はぁ!!!」
みょんが飛ぶのを見計らっていたのかさくやは一気に十本のナイフをみょんに投げつけた。
みょんは羊羹剣でそれらを何とか弾いたが、その時既にさくやは鉄血をみょんに向かって振ろうとしていた。
「さあ!うけられるものならうけてみなさい!!!」
「みょんん!!!!」
この空中での姿勢からでは刀を避けることが出来ない。その上剣を振り終えてしまったから受けることすら出来ないのだ。
「シネッッッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああああ!!!!!」
紅き刃がみょんに触れる直前、みょんは口からもう一本の羊羹剣を取り出し何とか受け止める。
その羊羹剣は所々欠けていたせいか一回受けただけですぐに粉々となってしまった。
「あの時かさね殿に見せた羊羹剣!残しといて良かったでござる!!」
そしてみょんはその勢いを利用して再び宙に舞う。さくやはそれを追って再び鉄血を振り上げるが既にみょんは羊羹剣を目の前に構えていた。
「はっ!!!!きれなければたたきおとすだけのこと!!!!
WRYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!!!ブッ潰れよォォッッッッッッッッッッッッ!」
重力に任せてこのまま振り下ろせばみょんの体は床に激しくブチ撒けられる。
その想定の下に勝利を確信してさくやは一気に鉄血を振り落とした。
「鍵山流!!流し雛ァァァァァァァァ!!」
「なっ!!!」
みょんは鉄血をそのまま受けるのではなく力を分散させるように流し、その勢いでもって回転しさくやの後ろへとまわる。
こんな奇天烈な動きに対応できるはずがない。防御も回避も不可能な状態でみょんの羊羹剣はさくやの後頭部に大きな一撃を食らわせた!!!!
「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「みょん。だから言った。みょんは覚悟すると、みょん」
後頭部に衝撃を受けたさくやはそのまま顔の方から床に倒れる。『斬れないものは殆ど』の羊羹剣で攻撃されたから
斬られたのは髪の毛だけで済んだけれどもうこれは敗北したのと同じだ。
さくやは床に顔を付けながら思う。空間を固定するとか時を止めるとか、既にネタが割れた以上そんなものではこのみょんに勝てない、と。
剣術では勝てない。そもそも私は忍者の出だ。それをおぜうさまに拾われて私は生きてきたのだ。
そうだ、おぜうさまの為に。
「う、う、う、うああああああああああああああああ!!!!!!!」
さくやは立ち上がりみょんに背を向けて走り出した。既に空間固定は解除してありさくやは外に繋がる庭に向かっている。
「みょん!!!?待てッ!」
逃げるさくやを追ってみょんもすかさず走り出す。時には跳ね、時には転がり、場に合わせた移動方法でさくやとの距離を詰めていった。
叫び散らし人を起こすという手もあるがそれではさくやに逃げられてしまう。第一優先事項は彼方と重の二人を守ることなのだ。
「はぁ………はぁ………」
二人は外に出て港へと続く一本道を走り抜けていく。
先ほどの地下での逃走劇と全く逆の構図だ。
さくやは時を止めながら逃げ、みょんはさくやを追っている。そしてさくやが時を止めているのにも関わらずみょんとさくやの距離を詰めていっていることも。
「はぁ………………はぁ………………」
呼吸が白色を帯びそして闇に消えていく。さくやは、さくやは走馬燈のように過去のことを思い出していた。
刀が出来上がっておぜうさまの声を聞き、さくやの世界は新鮮な空気を吸ったかのように息を吹き返した。
そして復活の手段を聞きさくやは困惑した。自分にこんなおぞましいことが出来るのかと。
けどさくやはもう一度会いたかった。自らの時を止めて長年生きてきたさくやにとってこれほどの喜びはなかったのだ。
そして吸血という名の殺人を始めた。後悔の気持ちがないなんてウソ。だからさくやは殺人の現場にいつも居合わせた。
自分の罪をしっかりと見届けるために、自分の誇りをこの心に保つために。
そしてさくやはとうとう自分が愛し、また自分を愛してくれた蘭華を生け贄にした。残ったのは悲しみだけだ。今もさくやの心に虚脱感がこびりついている。
けど!!!!!!!!!今このさくやを追ってきているみょんを倒すために、その感情を一切捨てなければならない!
悲しみでなく!憎しみでもない!!!漆黒の殺意を持って戦わなければ自分は敗北してしまう!!それは誇りと望みを奪われることだ!!
「時よ!!!!!!!!とまれェェェェェェ!!!」
さくやはみょんの方に振り向いて時を止める!そして自分が持つ全ての西洋小刀をみょんに向かって投げつけた!
投げられた西洋小刀はみょんの四寸(約十二㎝)前辺りで静止する!全ての西洋小刀を投げ終えたときみょんの前方は西洋小刀で埋め尽くされていた。
「この量を…………かわせるかぁ!!!!!はじけるかぁ!!!!既に貴様は『詰み』よッ!!!
あんこまきちらかしながらはてろォォッッッッッッッ!!!WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!!」
そして時が動き出す。
「!!!!!!!!」
驚愕、そして物量による圧倒的威圧感。その感情が心を支配していく中みょんにはたった四寸という感覚しか残されていない。
出来たことと言えば逃げるようにただ後ろに向かって転がっただけ。それも半回転。
あまりにも華麗で、そして残酷に西洋小刀はこの短い距離を真っ直ぐにみょんへと向かっていった。
「みょ、みょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
「ふん………………」
さくやは勝利を確信しそのままみょんの方を見ずに目的地へ向かって走り出した。自分が一番愛したものと出会うために。
寂しい夜だ。でも月が明るい。そう思ってみょんは呆然と空を見ていた。
「みょ、みょんっ」
しかしこう夜を涼んでいる場合ではないと考えみょんは起き上がる。それと同時に髪の毛に絡めていた西洋小刀が音を立てて地面に落ちていった。
「しゃ、洒落にならなかったみょん。念のためにこれらを髪に仕込んでいたとはいえギリギリだったみょん…………」
あんな恐怖を感じたのは久しぶりだ。未だに頭の中であの光景がこびりついている。
「みょっ!それはそうとさくや殿は!!!さくや殿はどこへ!!!」
みょんは辺りを見回し、動きのあるものを中心に探し回る。
「…………………………あ、あれは……………」
みょんのくりくりな瞳に映ったのは二つの影。名前を知っているわけではないが何回か会って会話したから覚えている。
あれはかなた殿達がいる宿屋を見張っていためーりん達だ。
「しまった!!!!!!!お、遅かったみょん!!!!!!!!」
最悪の事態にならないでほしい。それだけを思ってみょんは彼方達が泊まっている宿屋へと急いで走っていく。
まだそう時間は経っていないはずだ。
「かなた殿オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!かさね殿オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
目的地の宿屋へ着いたみょんはど派手に窓から内部に進入しそのまま彼方達がいる部屋に向かって走り出す。
そして襖をぶち破るとさくやが鉄血を構えて、眠っている彼方の元に近寄っていた。
「なっ何故!!あれだけのナイフ………」
「みょおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!!」
さくやが驚いたその隙を狙ってみょんは一気にさくやに向かって突撃し、羊羹剣でさくやをなぎ倒して部屋の奥まで吹き飛ばした。
「はぁ…………はぁ…………かなた殿。大丈夫でござるか?」
「すかぁ~~~」
彼方の安らかな寝顔を見てみょんは今朝と同じ様に安心し気が緩んでしまった。
それはそうと重の姿が見えない。恐らくまだケーキを作っているのだろう。ご苦労なことである。
「………………あれだけ投げたのだからもう小刀はないでござろう?
もう終わりでござる。今からこの刀を折る。」
さくやが吹き飛ばされた際に落とした鉄血を踏みながらみょんは口の中からあの金槌を取り出す。
長かったようで短かった戦いもようやく終わったかと思ってみょんはさくやの方に目をやった。
さくやは先ほどの一撃が完全に入ったようで部屋の奥で息を荒々しくさせ時折赤みがかったプリンを吐き出していた。
けれど、そんな状況になったににも関わらずさくやは笑っていた。いや、喜んでいた。
「は、は、は……………確かに私は………もう動けそうも………ありません。げほっ……
でもわたしはあえるから………はぁ……はぁ………はぁ……おぜうさま………に」
「?何を言ってる………ぅぅみょおおおん!?」
台詞の途中でいきなりみょんの体は持ち上がり宙に舞う。
とりあえずぽむんと言ういい音出してみょんは難なく着地したが何が起こったかまるで理解できなかった。
「みょみょん!?……………かなた殿?」
後ろを振り向いてみると先ほどまで寝ていた彼方が鉄血を持って立っている。どうやら刀を持ち上げたためみょんの体は浮いたようだ。
「みょん。かなた殿。それは覇剣ではないでござるよ。寝ぼけちゃってもうみょん」
「…………………………」
みょんの質問に彼方は全く答えない。けれど表情は嬉しそうな笑顔を見せている。理由が分からない分少々不気味なものだ。
「……………かなた殿、それを壊すからはやく渡すみょん」
「…………………うー?おなかすいたー」
寝ぼけているのだろうかみょんなことを呟く彼方。みょんは彼方の手から鉄血を放そうとしたが、よく見ると鍔に付いているコウモリの羽のような装飾が
彼方の指に刺さっているかのように食い込んでいた。それなのにその部位は赤くなっておらず寧ろ血が抜けているような、そんな風に見える。
「かなた殿…………?」
「うー!!!うー!!!」
「………………………ああ、おぜうさま…………」
「うー?さくやー!」
………………………なんだ。なんなんだ。なんなんなんだ!?
何故、かなた殿は『れみりゃ』みたいな表情で『れみりゃ』みたいなしゃべり方をするのだ?
まるでれみりゃが乗り移ったかのような。
「お、おぜうさま………そのすぐ近くにいるみょんはきけんです………はやく……かたづけて」
「うー!!うー!!!」
さくやの言葉を聞き彼方はみょんの方へと振り返る。そして何を思ったのかいきなり思いっきりと言わんばかりに蹴り飛ばした!!
「み゛ょ゛おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
「うー!!うー!!」
「おぜうさま………あれはあんまりおぜうさまの口にあわなそうですけれど刀できってください……
それでは奴はしにません………げほっげほっ」
蹴り飛ばされたみょんはそのまま残った襖を突き破って廊下の壁にぶつかった。
いくら骨のないナマモノと言っても全力に近いパワーで蹴飛ばされたのだ。みょんはそのまま床に転げ落ち一時動けない状態になってしまった。
「みょん?………い、一体………何でかなた殿……………………」
『おぜうさまがその身をふっかつさせるために、幾多の人間の血をおすいになりました』みょんはさくやがこんな事を呟いていたことを唐突に思い出す。
……………みょんは理解した。さくやが人を操ったのではない。あの刀が人を操った、いや、あの刀が人に取り憑いたのだ。
今彼方はれみりゃの怨念に取り憑かれている。
洒落本とか活劇とかだと取り憑かれている人間の心に呼びかけて何とかする事が多いが
彼方はさっきまで寝ていたのだ。その可能性に期待するのはあまり良くないだろう。
「みょ、みょん………」
みょんは羊羹剣を杖代わりにして立ち上がり、ある程度距離を取りながら再び彼方と向き合った。
「うー…………」
「…………………おぞましいでござる。はぁ、吸血鬼が怨念を残すなんて変な話みょん……」
「うー!!!うー!!!うー!!!!!!」
彼方はみょんの事など目もくれずに癇癪を起こしたかのように喚き始める。
れみりゃにだって知性はあるはずなのに。こういう子供っぽいところ、つまり欲望に忠実なところが余計にこの刀に怨念しか乗り移っていないと言うことを認識させられる。
「………おぜうさま………めのまえに……げほっ!げほっ!すいーつ………でざーとが……うげふぅ!!!」
「うーーうううーーーうううーーーーうーーーーー!!!!うううううーーーーーーー!!!!」
「何処の陰陽師の巫女みょん………」
みょんは一息ついて杖にしていた羊羹剣を再び構え彼方の隙を見計らう。
おそらく手からあの刀を叩き落とせば憑依は解除できるだろう。それならこの『斬れないものは殆ど』の羊羹剣と相性が良い。
「さて、構え。よし。みょんみょんみょん」
「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!うーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
みょんは彼方の隙を見計らいながら突撃の体勢に入る。しかし彼方は大声で叫びながら鉄血でいきなり自分のもう片方の腕を斬りつけた!
「みょっっっ!?!?!?!な、なにを!」
「お、おぜうさま!!!お腹がすいたのはわかります!でも彼方さんがしんでしまったら!がっ!がはっ!」
「うーーーーーーーーーーーー!!!!おながずいだぁぁぁぁ!!!」
さくやの言葉に耳を貸さず無我夢中に自分の腕を斬りつける彼方。それだというのになぜかその傷口から血が流れてさえいないように見えた。
「あ、あの刀………血を、血を吸っているのでござるか!?」
あの通り魔事件の最大の異常。それは皆出血による死亡だというのに現場に血の一滴も残っていないことであった。
その理由がこれか。あまりにも幻想的すぎて常識では量れない。
「や、やめるみょん!これ以上かなた殿を傷つけたら絶対に!!!ゆるっさんっ!!!!」
「……………なんだかうるさいですにぇ……かんだ。一体何を………」
え。と思ってみょんは恐る恐る振り返る。そこはクリームが付いたエプロンを見事に着こなしている重の姿があった。
どうして、こんな最悪のタイミングで。いや、夜中に重が起きていることは知っていたし何よりも、騒ぎすぎた。
「………………………く……………………くるなああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼方は重の姿を見るやいなや腕を切るのを止め、眼をぎらぎらと紅く光らせながら獰猛な狼のように一気に重に向かって走り出した!
「か、彼方さ……………」
「うーーー!!!!!!!!」
「湖南流!柱低!!」
みょんは羊羹剣を低い位置に構えその場で一気に回転する!その羊羹剣に足を取られた彼方は重のちょうど目の前でど派手に転んだ。
「かさね殿!ついてくるでござる!!!」
「え、え、え、え、え、え、なななななななななななな」
「問答無用!早く!」
うろたえる重の足を掴みみょんはすぐにその部屋から立ち去る。重もただ訳が分からないままみょんの後についていった。
「……………………………げほっ!げほっ!」
「うーーー…………………」
最終更新:2009年09月09日 22:19