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ゆっくらいだーディケイネ 17話『幻惑の森の物語-fight a battle with the beautiful bee-』
蝉の声がけたたましく鳴り響き夏の日差しが容赦なく紅里達の頭上に降り注いでいく。
額の汗をぬぐいながら紅里達はゆっくりゆっくりと歩き続ける。何か変化があれば、と紅里は歩きながら思うが右を見ても、左を見ても、上下斜め全方角見回してみても
異変と呼べる物は全然なく変哲もない普通の森であった。
「はぁ…………こんな歩くのならもっと何か持ってくれば良かった………」
森の中を歩き続けて5時間。空はこんなに青いのに、太陽はあんなに眩しいのに未だ出口は見えない。
紅里もれいむもまりさもこのあまり変化しないこの光景にいい加減うんざり。ついでに足も結構ヤバかった。
この異常な広さは異変じゃないのかと何回も何回も思うがこれが現実。自然は偉大である。
「おなかすいたよ…………おねーさん何かない?」
「残念だがもうカロリ○メイト2本しか残っていない」
「……………まりさに1本おねーさんとれいむで半分こすれば万事解決だぜ!」
そのりくつはおかしい。けれど私もこんな歩くとは思わず朝食を軽めに取ってしまったので結構空腹である。
とりあえずまりさの提案は完全無視するという形で私はカロリ○メイトを箱から取り出した。
「はやく!はやくれいむにちょうだいね!」
「どうせならまりさに1.5本、いやいっそのこと2本とも…………」
体の比率からして私:れいむ:まりさ=2:1:1がちょうど良い。つまり私が1本、このふたりは半分こというわけだ。
ぶぅぶぅ文句たれてるがこのカロリ○メイトは私の物だ。優先権は全て私にある!
「はい、れいむ、まりさ」
「素っ気ないね!しけてるね!」
「あのスネークも絶賛してたんだ。味は保証する」
れいむは素直に受け取ったがまりさは未だに文句を言い続けてる。けど『文句言うならやらない』と言うとまりさは涙目になって
従順な口調で求め始めた。あの生意気なまりさももう限界なんだと感じ私はまりさにカロリ○メイトをあげた。
「これでいつまで保つか……」
人間一日くらい食事を行わなくても死なないと思うが問題は出口が見えないことだ。もう家へと戻る道さえも分からなくなっている。
でもそれは後で考えるとして今は食事だ。私は残り1本のカロリーメイトを取り出す。ノーマルなチーズ味。
それを口に運ぼうとしたその瞬間、突如何処からか大きな蜂が現れて私に向かって飛来してきた!!
「うわっわわわ!!!!あわわわっくんなっ!!!!」
私に向かって荒れ狂う蜂に対し、私は刺されまいと激しく抵抗して何とか蜂を追い返した。
このカロリ○メイトの臭いにつられてきたのか。そう思って一時の安心を得て手元を見た。
………………無かった。もしやと思って下を見た。落ちてた。完璧土の上に。
……………………あんまりだァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「むーしゃむーしゃしあわせー!!」
「最悪のタイミングで幸せって言いやがった!!」
「むーしゃ、みーしゃ………おねーさん虫にがて……むーしゃ……だったの?」
「ごきぶりとか……むーしゃ……平気で……なーじゃ……ふみつぶしそうな………むーちょ……顔してるぜ」
喋るか食べるかどっちかにしろ。それと誰がゴキブリ踏みつぶしそうな顔だと!
空腹も相まって余計に怒りがこみ上げてくる。だが暴力はいけない。楽ちんだけどいけない。
「虫は全然苦手じゃないのよ……ただ蜂が苦手なだけ」
「はち?」
「ああ、子供の頃刺されたことがあってね。あれは痛かった」
「ふぅん…………………」
まりさはいつになくゆっくりらしく太々しい笑顔をしている。ああいう顔した時は大抵碌な事考えてないのが相場だ。
とりあえず警戒しているとまりさは地面に落ちた私のカロリ○メイトを拾い上げた。
「17秒ルールだね!」
「ちがうぜ!まりさはれいむやおねーさんとちがってとてもとても高貴なみぶんだからそんなことしないぜ!!」
「………じゃ、なんなのよ」
「ゆっふっふ。これで蜂をおびきだしておねーさんを恐怖のどん底におとしいれるぜ!」
そしてまりさの言うとおりに蜂がそのカロリ○メイトの臭いにつられてやってきた。
いや、蜂だけじゃない。この森に潜むありとあらゆる虫が草葉の陰、木の上、森の奥からとほぼ全方向からやってきたのだ!!
「おびえるがいい!ふるえるがいい!それがおねーさんに出来る唯一のこと……ゆぎゃばばばばばば!!!!!」
そのまるで嵐とも呼べる虫の大群はカロリ○メイトを持ったまりさへと一直線に向かっていった………
と言うかおびき出したらまずそのカロリ○メイト放せよ。
数秒もしないうちにまりさは大量の虫に囲まれすっかり真っ黒になってしまった。その光景を例えて言うならおはぎである。
「やばいぜ!ま、まりさのスウィーツ(笑)なボディが蹂躙されちゃううううう!!」
「その表現はどうかと…………」
とは言ってもこんな状態になってしまってはもう助かる手段はないだろう。
虫を一つ一つ取ってやっても良いが蜂もいるだろうからそれは個人的にパス。
というワケで。ありがとうまりさ、貴方のことは忘れない。
「くっ!なんてじだいだぜっ!」
と、そんな風にまぁこいつなら平気だろうという視線でまりさを見つめていると
いきなり虫たちがまりさの体から離れ再び森の奥へと戻っていった。
「まりさ!大丈夫だった?」
そう言いながらまりさから十メートル以上離れた木の陰から顔を出すれいむ。
白々しいと言いたいところだが私も五メートルくらい離れたところで傍観していた。流石にあれは生理的に無理である。
しかし不思議だ。まりさの手にはまだカロリ○メイトが残っているというのにどうして虫たちは離れていったのだろう。
その理由が何かあるはずだと思い辺りを見回してみると草の影に何か蠢く物が見える。
あのぴょんぴょんと動く触覚、そして緑の髪。その姿を見て私は妙に納得した。
「あ、あれはりぐるだよ!!」
れいむも私と同じ様にその存在に気付いたようだ。
恐らくまりさの虫を取ってくれたのもあのゆっくりりぐるなのだろう。彼女は草木のスキマから静かにじっと私たちの姿を見ている。
「ゆっ!GだぜG!」
「ううう……………………」
だがまりさがそう言うと同時にりぐるは森の奥へと逃げてしまった。
「あ、今すぐあのりぐるを追うわよ」
「ゆ?どうして?」
「りぐるの向かった先に何かあるかもしれない。このままじゃ私たちはジリ貧だ」
りぐるは足が速い上にこちらの足は限界に近い。
と言うわけで私たちはそのりぐるの足跡(足?)をできるだけゆっくり、ゆっくりと追っていった。
「………洒落にならん」
りぐるの足跡を追っていって約2時間。もう足もほとんど動かず野垂れ死に成ることまで覚悟していた。
しかしやっと私たちは柵に囲まれた集落のような場所へと辿り着くことが出来た。
「……………ここは」
「ゆっ!!ひとがきたよ!」
その入り口にいたゆっくりめーりんが私たちの姿を見てすぐさま集落の奥へと入っていく。
門番というか見張りは一人しかいないようでそのめーりんがいなくなると入り口はもうもぬけの殻となった。
何のための柵なんだか。
「おねーさん!もうまりさはお腹が限界だぜ!はやくはいろうぜ!」
「れいむもどちらかというとピンチだよ!」
「いやここは待った方が良い」
いくら今入り口が無防備とはいえしっかりと柵がある集落だ。下手に相手を刺激したら緋想天の世界のように敵に囲まれる状態にもなりかねない。
それにこっちはもう体力も精神も相当摩耗して戦えるような状態ではないのだ。
「……………お腹へったぜ………」
我慢しろ。私はカロリ○メイトさえ食べられなかったんだ。
空腹を我慢しながらそのまま直立で待っているとようやく中からめーりんが戻ってきた。
待つことおよそ約1時間。家を出てから通算およそ8時間以上私たちは歩き、もしくは立っていたという事になる。
何か普通に異変解決した方が楽のように思えてきた…………すっかり夕日も沈みかけている。
「じゃおんてい!ゆかりんからお許しが出たよ!ゆっくりはいっていってね!!」
そう言ってめーりんは門の前からどいて私たちが通りやすいようにした。
私にとってはどこうがどかまいが簡単に乗り越えられるのだがここは好意に甘えよう。
「じゃおおおん!ゆっくりしていってね!!!」
めーりんに見送られながら私たちはその集落に入る。
美鈴の背中に紅魔館。その事実と重なるようにその集落は夕日によって紅く照らされていた。
「ゆ……おなかへったぜ」
「れいむもぺこぺこだね!」
集落と言っても町一つほどの大きさはなく、視界の中に境界用の柵が見える程度だ。
そしてその敷地内に高床式倉庫みたいな建築物が六つほどある。
「ゆっ!!おきゃくさまだね!」
「ゆかりしゃまがいっていたよ~わかるよ~」
「げらげらげらげら!!」
そして、集落と言ってもここはゆっくりだけの集落のようだ。多くの様々なゆっくり達が私たちに興味を持ってすり寄ってくる。
何故だか知らないけどでんこの顔が思い浮かんだ。この集落の治安維持は大丈夫だろうか?
「あ~とりあえず座れて食事が出るところとか無い?」
「うにゅ?ええとあっちだよ!」
「あっちだってね!」
ゆっくりおくうの髪の指す方向へとまりさとれいむは即座に駆けていく。
あいつらは疲れてないのかなとほんの少し羨ましく思っていたら二人は唐突にこけて転んで動かなくなった。
「オナ……おなかすいたよ」
「そう言えばあんた達空腹のことばっかで疲れのこと全然言ってないわね……」
この瞬間私はこの人生で初めて足のないこのゆっくり達に憧れた。きっとこれで最後だと思う。
もしこれが最初で最後じゃなかったとするならばきっと私は記憶の底に封印しちゃったんだろう。きっと。
「ゆっくりしていってね!!!やどちんはタダでいいよ!」
と、女中らしきゆっくりちるのにいつもの言葉をかけられようやく私たちはその足を休めることが出来た。
私は一息つき、そのまま眠ってしまいたかったが私の横でいつまでも元気そうにれいむとまりさが文句を言い始めている。
あれだけ歩いたというのに疲れてないのか。本当に羨ましい。
「はい~ゆつきひ村特産のおうしゅうここなっつでございますちーんぽ!」
「キタ!ここなぁ~つ!」
「ゆっくりいただくよ!!」
体付きのゆっくりみょんが食事の皿を持って奥の部屋から出てくるのを見てれいむとまりさは歓喜の叫びを上げながら激しいコールを送る。
これほどまでの笑顔を私の前で見せたことがあるだろうか(反語)。
「それではぜひゆっくりたべていってね!!」
「食べてくぜ!」「食べるよ!」
「私も頂くか………なんだこれ」
皿の上には、なんと言ったらいいのだろうか。ココナッツにしてはやけに黒光りしてる。
そして先端には何か長い突起のような物がある。こちらも同様に黒光りしていた。
「ちーんぽ!!」
「違う!!こ、これは………………カブト虫じゃね?」
「かぶとむしだね」「かぶとむしさんだよ!!」
「ここなっつですちんぽ」
「いや、カブト虫だろ」
どっからどう見たってカブト虫にしか見えない。
これがカルチャーギャップか。ここはゆっくりしか住んでない村なのだから覚悟しておくべきだった。
しかし宿屋はちゃんと人間が眠れるよう広くできている。なんとまぁご都合主義なことだ。
「ぷんぷん!ふざけないでね!!ちゃんと食べられるもの持ってきてね!」
「そうだぜ!!いかりしんとうだぜ!」
「……………『週間野生のゆっくり』ではゆっくりの主食は虫とか草と書いてあったけど………」
「あんなうさんくさい本をうのみにしないでね!!」
そう言い争ってるうちにふと後ろの方から微かな泣き声が聞こえてきた。恐る恐る振り向いてみると
皿を運んでいたゆっくりみょんが涙をじっと堪えながら立ち尽くしていた。
「………ひっぐ……ひっぐ……このむらの……みんながたべてるのに……ちーんぽ……ひぐっ」
「あ、あ、ええと………まりさはえいこうあるきぞくのまつえいだから貧相なかぶとむしなんてたべないぜ!
そこくにいた頃はヘラクレスばっかたべてたんだぜ!!」
またまりさの法螺吹きが始まった。でもこれもまりさなりにみょんをゆっくりさせることなのだろう。
まりさの嘘を聞いて何か思うところがあったのかみょんはそのまま奥の部屋に戻っていった。
「まりさ!!ヘラクレス今度れいむにもみせてね!!」
「あ、ええと………」
「はい~ゆつきひ村特産のへらくれすここなっつでございますちーんぽ!」
そう言いながらみょんはさっき泣いていたのが嘘のように嬉々として先ほどのカブト虫より一回りも二回りも大きいカブト虫を運んできた。
…………………………………………なんだこの展開。
ヘラクレスのレベルじゃねぇよ。私の靴よりでかいぞこれ。と言うかあったのかよ。
「…………………ねぇ、私が食べられるようなものとか………ない?」
「………………あ、もうしわけございません!そういうものはこちらには………」
まぁいっか………もう食事なんてどうでも良くなってきた。
もう足も殆ど動かないし今すぐ横になって疲れを洗いざらい落としたい。気分はさしずめネ□とパト○ッシュだ。
と、目を瞑ろうとした瞬間女将と思しきゆっくりれてぃがコーヒー片手に奥の部屋から顔を出した。
「うふふ………人間の食事ならこの村の一番奥に一人だけ人間がいるわよ。たのんでみたら?」
「というわけだぜ!おねーさん!!」
「というわけだね!おねーさん!!」
「もう勘弁してくれぇ…………」
私たちが宿屋から出た頃にはあれだけこの村を紅く照らしていた夕日は完全に地平線の奥へ沈み、夜の時間が訪れていた。
星と月が私たちを優しく照らしてくれているため視界は依然良好だ。
「こんばんわ!ゆっくりしていってね!!!」
「「ゆっくりしていってね!!!」」
こちらがゆっくりする立場なのに『ゆっくりしていってね!!!』とはこれいかに。と言うツッコミすらもう必要がなくなったお決まりの挨拶をして、
れいむとまりさは私を引っ張りながらこの村の一番奥にある家へと向かっていった。
「たのもーだぜ!」
「ありったけの食料をいただきにきたよ!」
完全に賊の台詞だ。ただ二人が大声でそんな台詞を吐いたにも関わらず中から返事はない。
中と外の境界はのれん一枚だ。聞こえなかったとは思えない。
「…………………しつれいするぜ。こそーりこそーり」
「はぁ………」
止めても聞かないだろうしとりあえず私も中に入ってみることにした。
あのれてぃの言うとおり確かに人間が一人いる。後ろ髪の長さから女性を思しきその人は机に向かいながら一心に筆を動かしていた。
「ゆっくりしていってね!!!………………………ゆっくりしていってね!!!ゆっくりしていってね!!!」
れいむはそう何度も繰り返すもその女性からの返答は一切無い。その女性は取り憑かれたかのように筆を動かし続ける。
そしてれいむも取り憑かれたかのように「ゆっくりしていってね!!!」と叫び続けるのであった。やかましい。
「………………あの、すみませ「ゆっくりしていってね!!!」ん。すこ「ゆっくりしていってね!!!」し
「ゆっくりしていってね!!!」「ゆっくりしていってね!!!」「ゆっくりしていってってやかましいわアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ひゃアアアアア!!!!!!!!あわわわり、りぐるっ!?」
………………驚かせてしまったようだ。その上机も蹴り上げてしまったようで机の上のインクが空を舞いそして顔中にぶちまけられた。
「…………………あぎゃあああああ!!!あばばばばあばばばばばあああ!!!!」
「ちょっ!?大丈夫!?」
「ゆ、おねーさんのせいだよ!れいむはわるくないね!ぶーん!」
れいむの言葉も一概に否定できないけど今はそれどころじゃない。
この騒動が鎮めるのに約十分、もうほんとに休ませてくれと誰かに言いたかった。
「ああ………ありがとうございます。でもそのタオルもう使い物に……」
「いいのよどうせ粗品だし」
けどタオルだけでなく作務衣も靴下もインクで真っ黒になってしまった。眼鏡も洗わなければ使えないだろう。
その女性(前髪が頬の辺りまで伸びている。ただ髪質は良いため無精というわけではなさそうだ)の着物も同様である。
「私は稗榎十紘(ひえのとひろ)といいます。あなたたちは?」
「私の名前は床次紅里」
「れいむ」「まりさ」「「血管針こうげ「ここに人がいると聞いて私たちは来たの。ちょっと食事とか………その、頂けないかと」
催促してるみたいでこう言うのは少し苦手だ。けどその女性、稗榎さんは嫌な顔一つしない、寧ろ電球がいきなり付いたかのような笑顔を浮かべた。
「いいですよ!こうして多人数で食事するのは久しいなぁ。それじゃ準備しますので」
うきうき顔で奥の部屋へと入っていく稗榎さん。足取りも軽やかである。
「……………ひまだね!」
「……………なんかないかな!」
そう宣いながら二人は部屋の中の本棚に近寄っていく。
「あ!!名探偵RYTHEMの文庫本が二十四巻ぜんぶそろってるぜ!」
「いずむ1/2もあるよ!すごいね!」
なんだか初めて都会に行った田舎の人のようなテンションで本を読み始める二人。いつもは漫画くらいしか読まないのに。
「森の中で~熊さんとであった~ありがと熊さん~あなたの血肉を~頂きます~」
ある程度待っていると稗榎さんが奥の部屋から食事を持ってきた、何なんだろう、その歌。
その鍋の香ばしい臭いに気付き二人は本を棚に戻して鍋の前に座っていった。
「はふっはふっまじうめえ!!」
「へえ、小説家なんだ。んで、静かなところで執筆するためにねぇ……」
謎の肉を噛み千切って私たちは話に花を咲かせる。何の肉だか知らないけどうまい。
「それでね!まりさたちは助けた人をちぎっては投げちぎっては投げ………」
「おねーさんはもれなく年下きらーだよ!」
「いろんな世界で異変…………ですかぁ、いいですねぇ夢と幻想があって………まさにファンタジィ」
そう悦には入りながら稗榎さんは皆の皿に均等に具を盛りつけてくれる。完全に奉行役だ。
「そうだ、異変よ異変。何かこの世界で変わったこととか無い?月が変だとか霧が出たとか……本が出ないとか」
「……………私はあまり外に出ませんから、外でやることは全部りぐるがやってくれるので……」
りぐる。あの時あのりぐるがいなかったら私たちは遭難していただろう。正義の味方が遭難して死ぬってどんな状況なんだか。
「そろそろ帰ってくる頃だと思うんですけれど………」
そう言って稗榎さんは少し物憂げにのれんのスキマから外を見る。
しかし、今日この日。そのりぐるがこの家に帰ってくることはなかった。いやただの事実だけどさ。
「何かこうして別の世界で平和に一日過ごすのって初めてじゃね?」
翌日。あれだけ疲労していた足もすっかり回復して元気に歩けるようになった。
しかし異変らしき異変が全くないのはゆっくりできることであるが違和感は残るものである。もう民間人としてダメかもしれん。
「きっとどっかに異変が潜んでるんだぜ!」
「れいむたちは先に行ってるよ!」
「……………私も何か探すか」
稗榎さんに礼の一つでも言おうとしたけれど彼女はまだ写真を抱いたまま眠っていた。
写真が気になって見てみると(こう言うのを出歯亀という)ゆっくりに囲まれた女性の写真であった。
紅い髪を初め、体付きも顔つきも美しかったが何処か稗榎さんと似ている。
起こすのも悪いので私はこっそりと家の外へ出る。太陽の光が瞳に差し込み立ち眩みしそうになった。
「異変………ね」
私に言わせればあの異常なまでに広い森が既に異変のように思える。
でもそれは異変じゃない。このまま立ってても分からないことは分からないので村の散策をすることにした。
「ゆゆ!ゆっくりしていってね!!!」
「おはよ」
道行くゆっくり達と挨拶を交わしていくうちに少しあることに気付いた。
この村はゆっくりの種類が多すぎる。るーみあ、みょん、みすちー、こまち、しずは、さとり、そしてこがさまで、
ほぼ全種類のゆっくりがいるんじゃないかと思ってしまうほどだ。事実かも知れない。
こがさがいることから非想天則の世界ではなさそうだし、星蓮船だったら他のゆっくり達はいないはずだ。
「ま、例外。もあるってことね。でも妙な感じはするわ」
そう思ってすたすた歩いていると村の外の方向から声が聞こえる。
何かあったのかなと思って見てみるとゆっくりおりんが猫車でゆっくりぱるすぃを大急ぎで運んでいた。
「にゃーん!たいへんだよ!たいへんだよ!」
「…………………タイミングが良いわね」
このほんの少し日常とは違った空気を肌で感じ、すぐさま異変が発生したと判断して私はそのおりんの後を付いていくことにした。
おりんは器用に猫車を突っ走らせ村の西側にある一際大きな建物の中へ特攻のように一直線に突撃する。
その様子は私だけじゃなくて村中にいる他のゆっくり達も凝視していた。
「また………だよぉ……ゆっくりできないねぇ」
「こまったものだ。いずれああなるときにそなえ酒を飲もうではないか同士ゆうぎよ」
「こればっかりは革命ではどうにもならん。ウォッカでも浴びよう」
…………どうやら異変は既に起こっていたようだ。森の長さ云々を異変だと愚痴っていた自分が恥ずかしくなった。
しかし異変が起こってるというのなら羞恥心に悩む暇なんて無い。私はその家を囲んでいるゆっくり達を乗り越えて家の中へと入っていった。
「ノックしてもしも~し……ってのれんだけどね」
そんな軽い気持ちで中に入ったが私を突き返すかのように熱く湿った空気が勢いよく襲いかかる。
境界はのれん一枚というのにまるで外と中が完全に切り離されたようでぼんやり立っているだけでも汗が出そうになった。
「……………………」
目の前にはまるでマス目を作るかのように布団が広がっていてそれらの殆どにゆっくりが横たわっている。
皆れみりゃやまりあでもないのにうーうーと苦しそうに唸り続けていた。
湿気に混じってアルコールの臭いが鼻についた。熱い。暑い。目眩がしてくる。体が火照ってくる。
今すぐ耳と鼻をすぐ塞ぎたい。
「………また、なのね」
その布団と布団の間をえいりんやうどんげ、てゐ、そしてあのてるよまでが忙しく動き回っている。
おりんは猫車を器用にそのスキマを動かし、ぱるすぃを空いている布団に寝かせた後ゆっくりと外に出て行った。
「みずがぬるくちゃってるよ!たすけてえーりん!」
「ああもう!おりんさんも水をかえるくらいの事してくれてもいいのに!」
皆布巾を変えたり汗を拭いたりと今にもはち切れそうな忙しさで動き回っていたけれどそんな中えーりんが私の姿に気付いたようだ。
「?人間………すみません!!すぐその盥の水をかえてくれないかしら!」
「え、あ、はい!!」
私は近くにあった盥を抱え即座に外に出る。外の冷たい空気が体を包んでいくことを感じ、私は先ほどの世界が異界であったことを改めて認識させられていた。
空気の冷たさが逆に怖気となって私に襲いかかってくる。
あの時疑問も抱かずただ愚直に外に出たのもあの空気から逃げたかっただけかもしれない。
でもそれじゃいけない。私はあの不快感と向き合わなければいけないと感じ取っている。
それは私がゆっくらいだーだからか?正義の味方だからか?
そんな事はどうだって良いのだ。ゆっくりできない人を助けるのに理由なんているはずがないのだから。
様々な世界を旅をして私も少し変わったものだ。
「さて、水はどこにあるかなっと…………」
「ゆっ!おねーさんたらいをもってきてくれたんだね!ありがたいぜ!」
「これでいっぱいおよげるね!」
何故か水飲み場でうちのまりさとれいむが虫眼鏡を持って何かしていた。何かは知らない。
しかし外に水飲み場があるかと思ったらまさか村の中にあるとは……少し都合が良すぎないか?それに井戸じゃないようだし。
「いやいや、あんた達のプールのために持ってきたわけじゃないんだから、ほらそこどいて」
「ひどいね!おねーさんに代わっていへんちょうさしてるのに!」
水飲み場の水をじっと見つめても異世界の世界は開けないぞ。
私は盥に溜まったぬるい水を捨て、備え付けの柄杓で冷たい水を盥に汲む。
ついでにそのぬるい水で汚れた眼鏡を洗わせて貰った。
「プールだぜ!」「ゆっくりはいるよ!」
「入るなっ!!!!!!」
私はほんの少しだけ感情を露わにして二人を怒鳴ってしまった。二人との間にある空気が少し凍る。
私は何を言っていいか分からなくなり少し困惑したが沈黙の中れいむが不機嫌そうに口を開いた。
「……………ふん、どうせれいむたちはあそんでばっかだよ!
でもたまにはおねーさんの役に立ちたいよ!ばかにしないでね!」
れいむは私の目をじっと見つめる。いつになく真摯な目つきであるがあの目で真摯と言われてもいまいちイメージがわかないと思う。
でも私はれいむの感情をほんの少し読み取れたような気がした。
「……………わかった、わかったよ。じゃあついてきなさい。きっと人手がいると思うから」
「スターフィッシュだぜ!」
少し空気読めまりさ。
私は二人を連れて再びあの湿気とアルコールと熱が支配する部屋に戻ってきた。
二度目だから少し耐えられるが果たしてこの二人は大丈夫だろうか。
と思った瞬間二人はすぐさま踵を返し逃げ去ろうとしていた。まりさはともかくれいむテメーはダメだ。
「不快指数100%だよ!ゆっくりにがしてね!」
「さっきれいむの目の中にダイヤモンドのように固い決意を『気高さ』を見た………だが…
堕ちたわね………ただのゆっくりの心に…………!!」
「ふやけちゃうよ!」
「ふやけないわよ。えーりんさん。水汲んできました」
私は片方の手でまりさを、右足でれいむを掴みながら盥を床に置いた。我ながら器用である。
「それじゃ手伝ってくれないかしら!?まず患者の布巾の温度を確かめてぬるくなっていたら変えて頂戴!盥の水も同様に!お願い!」
「………もういやだぜ!あっつ!まりさはクールに去るぜ」
「ほらてるよだって働いてるんだからちゃんとしなさい!」
「はたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござる」
……………よく見るとてるよの目の焦点が合ってないように見える。気のせいにしておこう。
「ふぅ……あちぃ」
「ありがとうございました」
最初のうちは休む暇なんて無いくらい動き回っていたが『盥にちるの入れれば万事解決じゃね?』と提案したところ
『その発想はなかった』と、すぐさま採用されて回転効率も良くなり何とか一息付ける暇が出来上がった。
と言うかちるのを盥に入れただけで部屋の中も大分冷たくなった。あの不快さが嘘のようだ。
「だれるね!とけちゃうぞ!」
れいむとまりさもある程度動き回ってお疲れのようだ。ってなんで7時間以上歩いても疲れないのにたった1時間働いただけで疲れるんだ?
「………………で、聞きたいんですけど」
「分かっています。この患者達のことですね」
あれだけ苦しそうにしてたゆっくり達も部屋が冷えたからか今は安らかな寝息を立てている。それでも時々熱にうなされている者もいた。
「こんなに多くのゆっくり達が寝込むなんて………伝染病か何かなの?」
「…………………………」
えーりんは神妙な顔つきをして目をゆっくりと瞑る。言いたくないことなのであろうか。
そしてほんの少し考えるように俯き、口を開いた。
「…………………蜂」
「………………蜂?みんな蜂にやられたって言うの?」
「蜂は蜂でも……………………蜂妖怪なのです」
「……………………どういう事?説明して」
「…………………………わかりました」
この村は湯月火村といって数多くのゆっくり達が暮らすとても平和な村だった。
狩りをしたり農業をしたり諍いなど殆ど無く皆が皆ゆっくりできる環境であったそうだ。柵も元々はなかったらしい。
でもそんな平和な湯月火村に蜂妖怪が多くの蜂を引き連れて村にやってきたのだ。
「蜂妖怪は言ったわ『今からお前達を恐怖のどん底に叩き落としてやる!』って………」
「最近どっかで聞いた事あるわね……その台詞」
蜂妖怪はその台詞を言い終わると同時に近くにいたゆっくり達を自分の尻についていた針で次から次へと刺していったそうだ。
幸いゆっくり特有のタフさによって死者は出なかった。しかしその結果は今私たちの目の前に広がっている。
「蜂の…………毒………ね」
「それはもう阿鼻叫喚の光景でした。ある者は泣き叫び、ある者は森に逃げ、ある者は勇敢に立ち向かっていきました。
しかし、蜂妖怪はまるで嵐、疾風怒涛、シュトゥルム‐ウント‐ドラングのように村を蹂躙していったのです」
「……………ひどいはなしだね!」
あの脳天気なれいむとまりさが酷く憤慨している。ゆっくりにはゆっくりの辛さが分かるのだろう。
「アイツは笑いながらこうも言いました……『怯えるがいい!震えるがいい!それがあんた達に出来る唯一のことだからな』と………」
「それもどっかで聞いた事あるような……」
「住民の三分の一が襲われてようやく蜂妖怪は森の中に帰って行きました………
けどそれはまるで生き殺しのよう………実質この村から出て行けなくなったと同じ事なのです」
「外には蜂が待ち受けてる…………ね」
「……………おねーさん、はちだいじょうぶ?」
「……………………そんなつまんないことで怖がってちゃ正義の味方は務まらないわよ」
「……………正義の味方?」
その言葉を聞いてえーりんは私のことをじっと見つめている。胡散臭いとでも思ってるかのように怪訝な表情を浮かべていた。
「そう!おねーさんこそふるさと小包につられてゆっくらいだーになり、なんだかんだで正義を貫き通している
超時空ゆっくらいだー!床次紅里だよ!」
「おねーさんはすごいんだぜ!きっと蜂妖怪もけちょんけちょんのばっきんばっきんにしてくれるぜ!」
「……はぁ………………ゆっくらいだー…………ですか」
おお疑われてる疑われてる。えーりんたちの視線が大分冷たい。えーりんは一つ溜息をついて私の顔と向き合った。
「…………つまり、貴方があの蜂妖怪を倒してくれると?」
「………それが今回の異変ならそうなるわね」
と、そんな事言うがそれだけが理由じゃない。
れいむ達だってこの光景に憤慨しているのだ。それなら私も言わずもがなである。
「……………そうですか。分かりました」
「げらげらげら!!」
「うどんげは『精々がんばっていってね』と言っているウサ」
ぽかりとうどんげはてゐを叩き、てゐはすぐごめんウサと言った。
その光景がちょっと滑稽で私は少し笑ってしまった。でもちょっとえーりんの視線が怖い。
「……………ちょっと待って下さい。血清を持ってきます」
「え?血清なんてあるの?」
「けっせいってなぁに?」
「病気から体を守る免疫抗体が入った薬みたいなものよ。でも血清があるならそれを村のゆっくり達に…」
えーりんは私の質問に答えずただ黙々と奥の部屋の棚から注射器を取り出す。
そして机の上にあった一本の何か薬品のような液体が入った試験管を注射器に取り付けた。
「一人分で精一杯。だから私たちは耐え、そして待っていたのです。悪を倒す正義の味方が………」
「……………」
「これで蜂の病気は防げるでしょう。でも約束して下さい。絶対にあの最凶最悪の蜂妖怪『微文 可燐』を倒してくれると……
アイツさえ倒せば皆も元気になります。お願いします」
えーりんは深々とこうべを垂れ注射器を契約の道具かのように私に差し出した。
「分かった。『絶対』倒すわ」
「それでは血清を打ちます。痛かったら痛いとでも言って下さい。言えるのなら」
そう言ってえーりんは注射器を垂直にたてて私の二の腕に刺した。…………………垂直はねぇよ。
「ちくしょう………藪じゃないの!!」
「おねーさんが泣いたの初めて見たかもね!!」
「まりさは以前にみたことあるぜ!!!!」
血清も打ち終わり私たちは村中のゆっくり達に見送られ森の中へと入っていった。
異変が終わるまで入るまいと思っていた。そして帰るときもこの森を通らなくちゃならないのでなおも憂鬱である。
「きっとあのえーりんはおねーさんの根性をためしたんだね!」
「その結果があれだよ!!」
「……………………で、あんた達は何でついてきてるの?」
ついてくる意味は特に無いと思う。それにこの二人は血清を打ってないからもし蜂に刺されたら病気になりかねない。
「おねーさんとれいむたちはいつでもいっしょだよ!!」
「いざとなったらすたこらさっさだぜ!」
れいむの言葉は少し嬉しい、でもその繋がりが不安を呼ぶ。まりさの言葉は少し苛つく、でもその方が有り難い。
とにかく私としてはこの二人をあんま戦いに巻き込みたくないのが心情だ。邪魔だし。
「歩いて何十分かって言ってたけど………」
また何時間も歩くことになるのは流石に勘弁して欲しい。
そう何度も反芻するように思い続けている内に虫が多くなっていることに気付く。辺りの木には虫の巣、特に蜂の巣が多く見られた。
「蜂蜜取ろうとするんじゃないわよ」
「しないぜ!!!」
「そこまで食にどんよくじゃないよ!!…………………?」
突然れいむは何かに気付いたかのように立ち止まりちょうど私たちの進行方向の右へ向いた。
「………………うたっぽいのがきこえるね!!」
試しに耳を澄ましてみると奥の方から蝉の声に混じってメロディが聞こえてくる。
格別に響く歌には聞こえなかったが何処か耳に残る。気付かないうちにれいむとまりさはその歌を口ずさんでいた。
「……………………多分そっちね、全く気楽なもんね敵さんも」
でもこの歌が聞こえてなかったら私たちはまた迷ってたことだろう。私達は方向転換して歌が聞こえてくる方向へと歩いていく。
進んでいくごとにその声はより鮮明に聞こえてくる。気付かないうちに私もその歌を口ずさんでいた。
「………………重さじゃ~量れないこんな思い~…………………」
最終更新:2009年10月26日 21:33