明らかに眩しすぎるほどの光を発する夕日が西の空に浮かんでいる。
ここはとある片田舎の公立高校。特に目立つところはないが、だからといって貧相というわけでもない。有り体に言えば普通である。
時は既に放課後。部活も終わる時間で大多数の生徒達は既に帰路につき殆どの教室は無人となっていた。
「……………」
けれど本館の二階、廊下の一番奥にある二年四組の教室に一つの人影があった。
中肉中背、夕日からの逆光で男か女かも分からず、けれど制服から生徒であろうその人物は机に向かって机の上にある物をまじまじと見つめていた。
そして静かに手をその物体に近づけ、微かに笑った。
「せんぱ~い!呼ばれて飛び出て和歌里君とうじょ~う!」
「あぎゃっ」
その人影は突然の人物の乱入で大きく驚いた様子を見せ、派手に仰け反り後ろの机に頭をぶつける。
当たり所が悪ければ死んでもおかしくない状況だがその乱入してきた人物は何の悪びれもなく人影の前の席に座った。
「何を驚いてるんですか先輩?」
「いたたたたた。いきなり乱入するなよ語君」
語と呼ばれたその少年は目の前にいる人影と向かい合う。
先輩と呼ばれた人影も頭をさすりながら体制を整える。一応頭部に問題は無かったようだ。
「で、先輩にメールで呼び出されてこうして来たワケですけど………何の用なんですか?」
「まぁ、これだ」
「ゆっくりしていってね!!!」
先輩は呆れたような顔でその机の上にある何か丸い物体を指差す。
”それ”は人間の生首のように見えるが鼻に当たる部分がない。その表情はかなり太々しかった。
「……………ぬいぐるみ?」
「れいむはぬいぐるみなんかじゃないよ!ゆっくりしていってね!!!」
後輩はその不気味なナマモノを持ち上げてまじまじと見つめる。
持ち上げている間後輩の指で感じたのかナマモノが紅潮したように見えたが後輩は全く気にせず再びそのナマモノを机の上に置いた。
「なんですかね、もちっとして………とろとろとして………上等の枕のような感触がしました」
「そりゃよかった、で、語君、君はこれを一体何だと思う」
「……………………生首ですね」
「れいむはゆっくりれいむだよ!ゆっくりしていってね!!!」
「れいむだそうですね」
「何適応してるんだ君は」
先輩はそんな後輩の脳天気さに呆れ頭を抱え大きな溜息をつく。
その溜息が目の前にいるれいむにかかりれいむは怒り(?)の表情を見せた。
「ミントくさいよ!いきをかけないでね!」
れいむの一言に先輩は何気に傷つきうなだれる。夕日の光もあって余計に凄惨な状況に見えるがミント臭いと言われただけまだましだろう。
そんな先輩の様子を後輩は全く気にせず目の前にいるれいむを軽くつついたりしていた。軽くにやけている。
「……………なんなんでしょうかね、これ」
「今日呼んだのは他でもない。その事についてだ。一緒に考えないか」
「……………………………めんど」
後輩は不機嫌な顔をするとすぐ席を立とうとするが先輩は後輩の服の裾を掴み片手一本で後輩を元の位置に戻す。
自分の関節さえ平気で外せる先輩にとって距離は問題ではないのだ。
「腕痛いでしょう………」
「やれやれ、ようやく君も人の心配できるようになったか。そのついでに君の頭脳をフル回転させろ」
仕方なく後輩は目の前のれいむをしっかりと観察する。時々目が合ってれいむは紅潮するが鈍感な後輩はその素振りに全く気付かない。
まぁ気付いたところで何だと言う話だが。
「目、口、耳という器官があることから………一応生物でしょう。」
「まぁこうして動いてるし」
「呼吸アリ、瞳孔もちゃんとしてます」
「まぁ………こうして生きてるわけだし」
「ちょっと下の方拝見しまぁす」
「やんっはずかしいっ///」
もみあげのような部分を動かし顔を隠すれいむ。
そうしながらもちゃっかり髪のスキマから先輩の顔をじっと見つめているのは一体どういう心理状態なのだろうか。
見られている方が何故だか分からないが気まずくなる。目合わせんな。
「……………人間の体にあるような器官は見受けられませんね」
「知能の方はあるのか」
「それじゃ確かめてみましょう」
普通に人語を喋っている時点で知能は高いと判断できるはずなのだが二人はそんな事つゆ知らずれいむに話しかけ始める。
語はまず始めに右手をチョキの形にしてれいむに突きつける。
「えーろ、れいむちゃん。これ何本?」
「○工□一○ンキ一!」
「日本じゃねぇよ、2本だけど」
「それじゃパンはパンでも食べられないフライパンは!」
「ふらい・ぱん!」
「なかなかやるな…………生首だと思って廿く見ていた」
「ふふふ、甘いのはれいむだけで十分だよ!」
なんだこの低レベルな争いは、二人を見て先輩はそう思い再び頭を抱えたくなった。
何の気無しに見た外の景色が夕日に照らされ綺麗だった。
「じゃあ両性元素!全部答えろ!!」
「Al、Zn、Sn、Pb!!」
「脇は脇でも21本の脇は!?」
「さなえさんにじゅういっぽん!!」
「………………知識については十分です。先輩」
誇らしげ親指を立ててGOODサインを送る後輩。その上れいむまで何故か誇らしげな顔をしている。
本当にその自信の根拠は何だ。二人の顔が根拠もなく輝いて見える。
「…………ふぅ、知能があると言うことはさっきのれいむと言う名前は種族名じゃなくて個体名の可能性があるな………」
「れいむはゆっくりれいむだね!わかってくれてこうえいだよ!」
「僕達は人間という種族。じゃあれいむという名前のこいつは一体どういう生物だ。体温があることから恒温動物である事は分かるが……」
「どうだって良いじゃありませんか。ああ食べちゃいたいくらい可愛いなぁ」
「食べちゃっても良いよ!!さぁ!おたべなさい!!」
れいむがそう叫ぶとれいむはいきなり正中線を境に真っ二つに割れた。
その生物とは大きくかけ離れたアクションを目の当たりにして後輩も先輩も驚きのけぞる。
そしてその二つに割れたれいむは瞬き一つしないうちに再生して二つのゆっくりれいむとなる。
思考が追いつかない。二人は声も出ずただ目を丸くしてそのれいむ達を見つめることしかできなかった。
「ええと、食べる?」
「「そうだよ!れいむはなんてったてこ・し・あ・んまんじゅう!!」」
「スベスベマンジュウガニ………」
「ちゃうわい!」「かにじゃないよ!本物だよ!」
「………………本当に饅頭?」
後輩は涎を啜り目を輝かせながられいむ達と目を合わせている。
今の後輩の目は明らかに野犬の目だ。この男を野放しにしてはいけない。
「語、いくら何でも人語を話す生物を食べるのは………」
「いいじゃないですか~人語を話す生物は全部食べちゃいけないんですか?人語を話せない生物は全部食べていいんですか?
自分から食べて下さいって言ってるんだから有り難く頂きましょう!実は昼飯食べてないんです」
「全く……………でも昼抜いたからってお菓子で腹を膨らませるのはどうかと」
うるさいですね、と不機嫌な顔をして語は右の方のれいむを掴む。
そして勢いよくれいむを口の中に突っ込んだ!
「我が生涯に一片の悔い無し!!」
「うお、う、う、う、う、う、う」
「大丈夫かッッのどにつまったのかッッ」
「我が………生涯に一片の悔い無し……………」
そう言い残して後輩は白目をむきそのまま椅子からずり落ちていった。
ただその表情は至福の物だ。まるで人生を謳歌した人の死に際のように朗らかな笑顔を浮かべている。
「語ゥゥゥッそんなんで果てるなァァァァァァァァァまだ彼女さえつくってないだろうにィィ」
「雫ちゃんは………僕の嫁…………」
「死ぬかと思いました、でもおいしかったです」
何とか命を取り留めた後輩だがその表情は先ほどまで死に面していた人の表情とは思えないほど清々しかった。
この男は現世に未練がないのか?そう思い先輩は再び窓の方に向かって大きく溜息をつき呆れた顔つきで後輩に言った。
「命と引き替えにするにはちょっと重いぞ」
「おきにめしたようでれいむもうれしいよ!」
片割れが喰われたというのに良い笑顔をしている。自分から食べられることを臨むなんて変な生き物だ。
しかしその事で何かきっかけを得たのか先輩は少し自分の中で考えを巡らせた。
「………………これで少し分かったことがある」
「?なにがですか?」
「分裂する、そして再生。こんな事が出来る生物は限られる」
誇らしげに先輩は後輩の膝の上にいるれいむをこう高らかに叫んだ。
「コイツはアメーバの一種だッッ」
「は?ド低能なの?しぬの?」
発言の直後そのナマモノ本体から辛辣な言葉が飛び出し先輩は少し物怖じする。
後輩の目も少し冷ややかだったが先輩は一つ空気を仕切り直すために一つ咳をして説明を続けようとする。
「…………確かに分裂で個体を増やすと言えばアメーバですけど………あくまで代表ってだけですし………
それにコイツは饅頭です。食べた僕が言うんだから間違いありません。漉し餡でした」
「饅頭の味がする生物もいてもおかしくはあるまい。マシュマロの臭いの葉っぱ、レモン味の蟻と世界中には様々とある。
なら饅頭味のアメーバがいる可能性だってある」
「いやアメーバちゃうって、れいむはれいむできらくでゆかいでおちゃめならくえんのまんじゅうだよ!!」
「まぁ否定できませんけど…………それで気が済むのならそれで良いです、帰りたい」
「よくないよ!」
今にも浮き上がりそうなほど大きく頬を膨らませて怒るれいむだが二人はまるで耳に入れちゃいない。
全然聞いてもらえないからかれいむは影を落としその瞳に涙を浮かべる。
「れいむはれいむだよぉ!あめーばなんて下等生物といっしょにしないでね!!
ひとにいわれていやなことは言っちゃだめってわかってるでしょ!?どうせれいむたちは人間たちよりかしこくないね!
ぼうとはこをつかって天井につりさがったたいやきをとることをわざわざ棒高跳びの練習してとったよ!
じゅんばんにパネルの数字をおすってものやったら1びょうかん16れんだしてこわしちゃうんだよ!
でも!!れいむはれいむでほかのなにでもないれいむなんだよ!なんで…………ひっく、ひっく、うええええええん!!」
「……………………………」
「…………………」
れいむの涙混じりの叫びに二人は沈黙を続ける。
だがその沈黙は後輩の手によってすぐに打ち破られた。
「かーーーーーーわいーーーーーーーーー!!!!」
「ゆっっっ!?」
後輩はれいむを抱え込むと同時に可愛い可愛い連呼しながられいむを猫かわいがりする。
その行動に涙も止まりれいむは困惑するしかなかった。
「ああもう!やわらかいし可愛いし太々しくて憎めない!雫ちゃんには劣るけど家に持ち帰りたいよぉ!
泣き顔もうるんとしちゃう!うへへへへへなで回してやる!目一杯抱いてやる!愛してやるぅぅぅ!!!」
「ぎゃーぎゃーぎゃー!!」
後輩は鼻息を荒げ全力でれいむをなで回し、れいむはその異常な可愛がりに恐怖し泣き叫ぶ。
そんな様子を見ながらも先輩は頭を傾げまだ考え続けていた。
「……………でもなぁ………そうしたら一体どんな説明をすればいいのか」
「このどろぼうねこ!」
と、そう先輩が頭を悩ませていると教室のドアが突然開き中からまた球体のようなモノが入ってくる。
そいつはれいむと表情が似ているが髪型、もしくは帽子が全く別物だった。
「まりさのことを忘れてなでなでしてもらうなんて!れいむのうらぎりものぉ!」
「まって!これはごかいよっ!」
れいむは後輩の手からなんとか逃れそのまりさと言った球体に近寄る。
「れいむのパートナーは………いつだってまりさだよ………」
「れいむぅ………………」
そうしてれいむとまりさは情熱の涙を流し互いに抱き合った。
それはもうドラマのキメシーンのよう、夕日の光がその光景をより一層印象的にしている。
「………………アメーバ、じゃないですね。もう一つの個体が出ちゃあ」
「ああ、そうだね。じゃあ一体何なんだろう」
「いい加減そう考えるの止めて一緒に可愛がりましょうよぉ柔らかいですよぉもちもちですよぉ」
そう手をワキワキさせながら嬉しそうに語る後輩だが、先輩は額に手を当て呆れた顔つきでこう言った。
「分かってないな、語。こうやって考えるのも僕の楽しみなんだ。」
「ええぇ~撫でた方が数十倍も良いと思いますよぉ」
「だから、だ。」
先輩はジト目だった目を大きく見開き、とても誇らしげに後輩に指を突きつけた。
「こうやって考えて考え抜いて、そして結論に達した後に撫で回すんだ。苦労の後には蜜の味だぞ」
「………………………おおぉ流石は僕らの美繰先輩。でも」
後輩はそこで口を噤み、ゆっくりと指を教室の入り口に向けて突きつけた。
そこは先ほどまでゆっくりがいた場所だったが。
「帰っちゃいましたよ、あの子ら」
もうそこには風が吹き抜けるだけ。教室のドアは開いたままいつの間にかゆっくりの姿はなくなっていた。
ほんの少し沈黙が流れ先輩は大きな溜息をついて机にへたり込んだ。
「ははは、大事なモノを後に回すからこういう事になるんですよ」
「それを言うなら………………」
「?」
「君が撫で繰り回したから彼女らは帰った…………つまり愛するが故に失ったわけだよ君は」
夕日が二人を照らし、そして静かな教室に大きな笑い声が響いた。
きっとまた彼女らに会えるだろう。いつ現れたかさえ分からないものだから………………
- にじゅういっぽんネタやめろw
中盤アレなのに愛するがゆえに失うって中々深いことを言って締めるときたかw -- 名無しさん (2009-11-14 10:06:32)
- 頼むからにじゅういっぽんだけはやめてあげて(笑)
-- 名無しさん (2009-11-14 12:04:06)
- このれいむ、やることが妙にひねくれてるのにどこか素直さを感じるな -- 名無しさん (2009-11-14 12:08:13)
- 先輩の言うとおりですね。設定とか考えるのも楽しいですし。あとやっぱれいむとまりさは可愛いなぁ -- 名無しさん (2009-11-16 20:41:24)
最終更新:2009年11月16日 20:41