※容量制限により分割
その日、夕方から降り始めた雨は次第に勢いを増し、夜になると土砂降りになった。
そんな中傘も差さず、ぼろぼろの服と身体を引きずって石段を登る人影がひとつ。
――――――『ゆっくりしていってね!!! 創作発表スレ(旧可愛がるスレ)1周年企画』
その表情には、何も無い。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも消えうせた…暗い面持ちで壊れかけの機械のように、ずるり、ずるりと石段を一つずつ登っていく。
トレードマークのポニーテールを雨に打たれるままにして、長い石段の上にある神社に辿り着いた彼女の名は床次紅里。
世界の破壊者…
――――――『ゆっくらいだーディケイネ』
その、成れの果てである。
最終話 ゆっくりしていってね!!!
彼女はやがて、長い石段を登りきった。そこには朽ち果てた神社があった。
ずるずると拝殿に進み、ぎこちない動作で首を動かして中を確認する。荒屋といった様子ではあるものの、
幸い雨漏りはしていないようだ。それを確かめると安堵したのか、短く、重いため息をついた。
濡れた身体を引きずって中に入り、そのまま倒れこんだ。そしてまるで眠るように、あるいは死んでいるかのようにしばらく動かないままでいた。
「………………………………寒い」
ぽそりと呟き、だるそうに立ち上がると濡れている服を脱いでぎゅっとしぼった。ぼたぼたと水を落としたそれをぱっと広げると、
数箇所に穴が開いていた。
「…」
しぼったとはいえまだ湿っているそれを再び着る気にはなれなかった。下着姿でいる事に少しだけ抵抗を覚えたが、
誰に見られるわけでもないので気にするだけ無駄かと思いなおし、掛ける場所のない服はそのへんに放って置くことにした。
くいと首を下に傾け、自分の身体を見る。露出した肌のあちこちに傷が出来ていた。
「ざまぁないわね…」
自嘲気味にふっと笑うと、次は髪をしぼって水を落としてからうずくまった。外は雨、この格好は少々寒い。
「…さむい…つかれた…」
ぽつりぽつりと、独り言が口から漏れた。
『独り言』だ。ここには彼女独りきり。言葉を交わす仲間も、だいたいいつも傍らにいたゆっくりたちも、今はいない。
寒いのは、雨が降っているからだけでなく、肌を露出しているからだけでもなく、独りぼっちでいる事もその原因の一部だろう。
そして彼女は疲れていた。朝に部屋を出て、いるだけで疲れる街を歩き回り、挙句ユックレスや一般人にまで追い回されて
ここまで逃げてきたのだ。
「なんなのよ…この世界は…」
『ゆっくりできない世界』。それ以外にこの世界を表す言葉があるだろうか。
人々は何かに追われるように忙しなく活動し、常に心が緊張しているように見えた。
それに自分のこの有様。街に入ってからこれまで、ひと時としてゆっくりできていない。
ゆっくりはただの一人としておらず、代わりにいるのは自分を『世界の破壊者』と称して追ってくる人々、
そしてこの世界の象徴とでも言うべきゆっくりできない兵士達、ユックレス。
言ってしまえば、『この世界の全て』が…敵だ。
味方はどこにもいやしない。たった一人で、たった独りで世界そのもの、世界の全ての者達を相手にしなければならない。
「…こんなっ…たいぇんな…時にっ…。どこ、行っちゃっらのよ…ぇいむ…ぁりさ…」
…雨に濡れて、随分と冷えてしまったらしい。身体がぶるぶると震えてきた。独り言さえも上手く言えなくなってきている。
「………っう………っぐ……」
髪はさっきしぼったはずだが、どうも足りなかったらしい。目の下に水滴が流れてきた。
雨にしては随分と、熱かったが。
周り中全てが敵。緋想天の世界もそんな状況だった。
れいむとまりさがいない。ゆイタニック号の世界は途中から、リレー小説の世界は最初からそうだった。
しかし緋想天の時には僅かながらも味方がいたし、あの時はあくまで学校レベルの話だった。
今回は違う、味方は誰一人としていない。それに話は世界…少なくとも国家レベルでの事だろう。
ゆイタニック号では何者かに連れ去られたとはっきりわかっていたから奪還の可能性もあった。
リレー小説の世界では少し変わった形だがすぐに発見する事が出来た。
今回は違う、最初から突然いなくなっており、そして未だに発見できていない。
…それらに並ぶくらい重要な事実として、ネックレスが無いのだが…彼女にとって今、そんな事なんてどうでもよかった。
(誰か、誰か助けてよ)
(ううん、助けなくてもいいから)
(誰か)
(一緒に、そばにいてよ…)
「ううっ…うええええええええ……うっ……あああああ………うああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」
ザーーーーーーーーーー…………
…彼女は今、何か声を発したのだろうか。
いや、きっと雨音だろう、そうに違いない。何しろ今日は朝からずっと…ずっと、大変だったのだ。
慟哭など…する元気なんか、あるわけがない。
「……やだよ…………もう……………」
そう、今日は本当に大変だった。窮屈な街を歩き回って、この世界の住人に追われて…心休まるときなど一瞬としてなかった。
だから。
その言葉が漏れたのは、ひどく当たり前の事だった。
「………………ゆっくり…………したいよ…」
「「呼んだ!?」」
「ほわあっ!?」
誰もいないはずの空間から声がしたので、素っ頓狂な声を上げてしまった。
慌てて振り返ったそこには、暗くてよく見えないが、まん丸な気配が二つ、確かに存在していた。
知っている。
彼女はよく知っている。
この、懐かしい感覚は…
「ゆっ?さっきよりはマシだけど、ここもだいぶ暗いね!」
「ゆっふっふ、こんな事もあろうかと常にアルコールランプを持ち歩いてるんだぜ…かげきにふぁいやー!」
ランプの灯りがともる。光の中に現れた、その顔は…
「おねえさん、久しぶ…ゆゆっ!」
「そんなカッコではしたないんだぜ!でもおっぱい小さいからセクシーでは決してないんもふっ!」
まりさが言い終えるより前に、紅里は二人に…れいむと、まりさに抱きついていた。
「お、おねえさん!くるしいよ!」
「…うるさい…私はね…今…身体が冷えてんのよ………あっためるのに協力しなさい…」
二人を強く抱きしめる。
離さないように、離れないように。
そして、この情けない顔を見られないように。
「おねえさん…い…痛いのぜ…」
同時に、まりさの頭をぐりぐりするのも忘れなかった。
そのまましばらく経って、少し落ち着いてきたので二人から事情を聞く事にした。
結構あったかかったので、れいむはそのまま抱いてまりさと向き合う形で座っている。
ちなみに抱く方にまりさではなくれいむを選んだのは、まりさの場合帽子が邪魔だったからだ。
「目が覚めたら」
「そこは雪国だったんだぜ」
「真面目に話せ」
突っ込みを入れつつ、『いつもの調子』に戻った自分を実感してちょっぴりくすぐったい気持ちになる。
「で、今まで一体どこ行ってたのよ。なんでいきなりここに現れたの?」
「れいむ達にもよくわかんないよ!」
「起きたらすごい真っ暗なところにいたんだぜ…じまんのランプをつけても、すぐ隣にいたれいむ以外はなんにも見えなかったんだぜ」
「ランプはつけてもつけてなくても変わらなかったね!」
「じまんのランプに酷い事言うのぜ。おじいさんが生まれた朝に買ってきたランプなんだぜ」
「時計じゃないのか。それで、他に情報は?」
「ちょっと移動してみたけどどこまで行っても同じような感じだったよ」
「音もなーんにもしなかったんだぜ」
「それで、とりあえずゆっくりしてたら…」
「おねえさんの声が聞こえて、ここに出てきたんだぜ!」
「声?」
「聞こえたよ?『ゆっくりしたい』って」
思考する。
ここは『ゆっくりできない世界』。あらゆる『ゆっくり』というものを拒絶し、存在を許さない世界。
おそらくこの世界そのものがこいつらの存在を…この世界にとっての異物の極みである『ゆっくり』の侵入を阻止したのだろう。
ならば何故、今になって突然この世界に現れる事が出来たのか。
ふと、緋茅めぐ…ゆっくらいだーグウヤの言葉が頭をよぎった。
『ゆっくり達の言う『ゆっくりしていってね』という言葉は、他の誰かに…相手にゆっくりしてもらいたいという気持ちを意味する言葉』
そして、さっきの二人の言葉。
『おねえさんの声が聞こえて、ここに出てきたんだぜ!』
『聞こえたよ?『ゆっくりしたい』って』
…まさか。
まさか、『ゆっくりしたい』と願ったから?そう願ったから、『ゆっくりさせるため』にこいつらは現れたというのだろうか。
この世界の理を無視して。
「無茶苦茶ね…」
ほとほと呆れ果てた。『ゆっくりさせるため』。この考えが正しければただそれだけ、たったそれだけのために自分達を拒絶し、
否定するこの世界へと無理矢理入り込んできたのだ。
「…わかったぜ」
「ゆっ?」
「ヒーローは遅れて現れるものなんだぜ!それがメキシコ流なんだぜ!」
「そっか!さすがまりさだね!」
「ゆっへん!」
「あー、そうね。そうかもね」
でもこいつらなら、この頭の中に『ゆっくり』しか詰まってないようなこいつらなら…と、何故か納得できてしまう。
「ふふっ」と、紅里は小さく笑った。
本当に、ワケのわからない連中だ。だって、少し前まで打ちのめされていた自分の心は、もうこんなにもゆっくりしている。
「あ、そうだ。真っ暗なところでこんなの拾ったんだぜ」
「これは…」
そう言ってまりさが帽子の中から出したものは、ネックレスとポシェット。『ゆっくり』をもたらすモノであるこれらもまた、
この世界から拒絶されたのだろう。
「こんな大事なものなくすなんて、おねえさんも案外おっこちょこいなんだぜ!」
「それでおねえさん、今度は誰と戦うの?」
「まりさ達が来たからにはどんな相手でもどんとびーあふれーど、どんと来いなんだぜ!」
きゃっきゃとはしゃぐ二人をよそに、紅里の心は再び暗く沈みこんだ。
「…この世界は…」
『ゆっくりできない世界』。
ゆっくりはただの一人も存在せず、人間は常にゆっくりすることなく生きている。
それが、この世界。
そうであるのが当然なのが、この世界。彼女はそれを二人に話した。
「だから…この世界の人たちは、ディケイネなんか望んじゃいない。むしろこぞって排除しようと襲い掛かってきたわ。
味方なんているわけない。この世界からしたらディケイネは悪そのもの。無理なのよ。こんなのがあったって…」
絞り出すように言葉を紡ぐ。自分は無力であること、この世界に望まれざる存在であること。しかし、それを聞いた二人の反応は…
「「なんで?」」
自分がどんな辛い思いをしてきたか、確かに話したはずだ。それなのにあっけらかんとそう言った二人に激昂した紅里は、
ついカッとなって叫んだ。
「なんでって…言ったでしょ!?私達はこの世界から嫌われてる、敵視されてる!みんな必死になって私を排除しようとしてた、
味方なんて一人もいなかった!みんな敵!この世界が全部、敵なの!私は今日一日ずっと、そいつらから逃げ回ってきたのよ!?
どうしろって言うのよ…もう、どうしようもないじゃない…わかるでしょ…?」
「さっぱりわからないんだぜ!」
弱気な心を打ち消すように、まりさが叫ぶ。
「『ゆっくりできない世界』とか、そんなのいつもの事なんだぜ!おねえさんはいつでも、誰が相手でも立ち向かっていってたんだぜ!」
「え…」
「そうだよ!」
そしてれいむも、紅里の手から飛び出してまりさの横に並んで叫ぶ。
「おねえさんはいつだって、『ゆっくりできない世界』をゆっくりさせてきたよ!」
「冬を終わらせたぜ!霧を止めたぜ!月を元に戻したぜ!」
「ケガレがいっぱい来てもやっつけたよ!学校の裏で進んでいた陰謀を止めたよ!」
「船でみんなでゆっくりしたぜ!でっかい怪獣もやっつけたぜ!すいかとも仲良くなったぜ!」
「お化け蜂だって、変身したアリスだって倒したし、世界のすきまを壊したり…病気でおかしくなった時も、みんなをゆっくりさせるために戦ったよ!」
「おねえさんの行動は小説やテレビにもなってみんなをゆっくりさせたぜ!」
「だから、今度も…」
そこまで言うと、二人は紅里の左右に移動した。
左にれいむ、右にまりさ。
紅里を挟んで、ちょうどいつもの形になって…
「「ゆっくりさせていってね!!!」」
自信満々の顔でふんぞり返る。
紅里は少しの間呆然としていたが、やがてゆっくりと目を閉じて二人の言葉を反芻し、
今までの旅を、ともに戦って…ゆっくりしてきた仲間たちの事を振り返った。
チルノを。れみりあを。めぐを。よりひめ、とよひめや月の都のゆっくり達を。地香、そして学園のゆっくり達を。ゆイタニック号のゆっくり達を。
ゆーぎとぱるすぃを。夢の中で再会したあの人を。自分の物語を紡いでいたTENを。りぐるを。旧作連中を。さとりを。やまめを。
彼女たちとの軌跡を。
そしてごろんと後ろに倒れ…
「……ふふっ…くくっ…あははははははははははははは!」
大声で笑った。
「そうね…そうよね…ごめん、どーかしてたわ。こんなの私じゃあないわよね…」
そうだ。何を悲観する事がある。彼女はようやく思い出した。
私はこれまでにいくつもの世界をゆっくりさせてきた、そう、
ゆっくらいだーディケイネだ!
ならば、成すべき事はひとつ。
「やってやろうじゃない…ゆっくりさせてやるわよ、この世界も!」
にっと笑って二人を見ると、二人もにぱっと笑うのが見えた。
「ん…?」
そして気づいた。ポシェットがぼんやり光っている。この光は確か、いつもメダルが勝手に出てくるときの…
だが、出てきたのはメダルではなかった。
「リボン…?」
翌朝。
神社周辺は異様な雰囲気に包まれていた。
「隊長、総員配置につきました」
「ああ」
神社は大量の人間によって完全に包囲されていた。紅里に最初に襲い掛かった連中と同じ格好をしている、対ディケイネ兵団。
昨日ディケイネを発見したこの「隊長」はその旨を上層部へと報告し、可能な限りの人員を召集しディケイネを捜索。
この神社にいる事を突き止め、総員で包囲・攻撃し確実に仕留めるつもりでいた。
部隊の展開は完了。後は作戦開始の号令をかけるだけになった時、神社を監視している部下が声を上げた。
「隊長!鳥居に人影!1…いや、3人です!」
その言葉通り、鳥居の下には3つの影。
「グゥレイトォ!数だけは多いんだぜ!」
「ゆっくりできそうにない人たちだね!」
「随分大勢集まってるみたいだけど、これは何のお祭り?」
「現れたか…」
中央に立つ人間、床次紅里とその左右にはれいむとまりさ。
隊長は前に進んで声を上げる。
「観念するんだな!どうやらどこからか仲間を呼んだらしいが、この数に勝てるものか。それとも投降でも…」
「あんたらさー。この世界、好き?」
「何…?」
この軍勢が見えていないわけがない。にも関わらず、隊長の言葉を遮り紅里は妙な質問を投げかけてきた。
答えを待たず彼女は続ける。
「私は嫌い。大ッ嫌いね、こんな『ゆっくりできない世界』。だから…」
右手をポシェットに突っ込んで、一枚のメダルを取り出して親指の上に乗せ、
ピィィィーーー…………ン
勢い良く真上に弾く。
包囲する大軍を見据える瞳は曇りない。力強さ、不屈の闘志を秘めた戦士のそれだ。
「『世界の破壊者』、上等じゃない。お望み通りぶっ壊してやるわよ!」
回転しながら天に昇ったメダルはやがて重力に引かれ、落下を始める。
胸元まで落ちてきたそれを紅里は勢い良くキャッチ
スカッ
チャリーーーーン…
「…」
「…」
「…」
「「「「「「「「「「…」」」」」」」」」」
…し損ねておっことした。
慌てて拾った紅里が四方八方から感じる冷たい視線…とりわけ冷たい背後からの視線を感じて振り返ると、
れいむとまりさが信じられないといった表情でこちらを見ていた。
「おねえさん…」
「そりゃないぜ…」
紅里はしゃがみこんだ体勢のまま、ゆっくりと両手で顔を覆った。全力で恥ずかしがっているのだろう。
少しの間そのままうずくまっていたが、急に立ち上がり
「お望み通りぶっ壊してやるわよ!」
勢いでごまかそうとした。
「でもまだ顔赤いね」
「変身!」
『ユックライドゥ!』
これ以上ツッコまれる前にメダルをネックレスへと挿し込み、カバーを閉じる。
『ディケイネ!』
周囲に次々と現れる一頭身のシルエット。それらが集まり、光の中から現れたのは…
いくつもの世界を旅して
さまざまなゆっくり達の歴史を刻み
『ゆっくりできない世界』を破壊し、世界をゆっくりさせる者
その名は、ゆっくらいだー…
「ディケイネ…力を取り戻したか…!」
隊長は忌々しげに呟き、メダルを取り出しガントレットに挿し込んだ。
「変身!」
『YUKKULESS RIDE ON』
ディケイネとは対照的な黒い光を放ち、隊長がユックレスへと変身する。
それを受けて他の連中も一斉にメダルを取り出し、各々のガントレットへと挿し込む。
「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』
「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』
「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』
「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』
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「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』「変身!」『YUKKULESS RIDE ON』
やがて神社を包囲していた軍勢、その全てがユックレスの大軍団へと姿を変える。
「ゆー…ただでさえゆっくりできなさそうな人たちが、よりいっそうゆっくりできなさそうになったよ…」
「おねえさん!」
「わかってるわよ」
ディケイネはネックレスにぶら下がっているロケット…その下から出ているリボンをつかみ、一気に引き抜いた。
引き抜かれたそれ…昨晩、ポシェットから出てきたそのリボンはディケイネの頭上に飛んでいき、輪を作って回転する。
「あれは…なんだ!?」
ゆっくりと回転するリボンに縫いこまれた刺繍が順番に輝き、それに応じてディケイネのロケットから音声が発せられる。
『れいむ!』
『チルノ!』
『れみりあ!』
『グウヤ!』
『よりひめ!』
『193!』
『ゆーぎ!ぱるすぃ!』
『りぐる!』
『まりさ!』
『ファイナル・ユックライドゥ!…ディケイネ!』
リボンによって形成されたリングから、満月のそれに似た光がディケイネに向けて照射される。
その光の中、ディケイネの青みがかった髪は緑色に変化し、帽子は消えうせ、やがて二本の角が生えてきた。
光の照射を終えたリボンは輪を解き、左側の角に結ばれる。
その姿こそ、ゆっくらいだーディケイネの永遠に未完成な完成形
その身に刻んだ全ての歴史を宿し
世界の歴史を、理すらも破壊して全てをゆっくりさせる者
その名は―――
その名は―――!
その名は―――!!
その名は―――!!!
「イレギュラーケースで似たようなのにはなったけど、ちゃんとしたのは初お披露目ね。ハクタクフォームの力、見せてやるわ!」
変身を終えたディケイネはメダルを取り出し、ロケットに挿し込む。
『スキルライドゥ!ヒストリークリエイション!』
ディケイネの周囲に12の巻物と筆が出現し、何かを次々と書き込んでいく。
「総員警戒しろ!」
隊長は全員に待機を命じた。何が起こるか分からない状況で無謀に突進し、無駄な被害を被るのは避けねばならない。
ユックレスの大軍、そしてその隊長はディケイネとその周囲の巻物を注意深く観察する。
しかし…しばらく経つと、特に何が起こるわけでもなく筆と巻物は消滅した。
「…?」
効果が現れるまでタイムラグがあるのかもと思いもう少しだけ様子を見たが、やはり何も起きる様子は無い。
「どうやら失敗に終わったようだな…それともただのこけおどしか。まあどちらでも良い」
神社の周囲が重苦しい緊張感に包まれる。
「突撃!ディケイネ達を殲滅せよ!」
隊長の号令とともにユックレス達は一斉に神社へと殺到する。神社をぶ厚く包囲するその大軍が同時に中心に向かって押し寄せる様は、
まさしく神社を押しつぶすかのごとき勢いだった。先日とは違い、完全に包囲した上での総攻撃。逃げ場など存在しない。
やがて先頭集団が石段を駆け上がり、鳥居に到達する。そして攻撃を加えようとしたその瞬間―――
「ん…?うわあああっ!」
「ぐおっ!」
「うあっ!」
何かに弾き飛ばされ、後ろの何人かを巻き添えにしつつ石段を転げ落ちていった。
「なんだ!?ぐぁああっ!」
「上だ!上から…うああああっ!」
初撃に怯み、足を止めた後続部隊にも次々と攻撃が加えられる。どうやらその攻撃は上空から放たれているようだった。
(くそっ!ディケイネか!?いや、あの攻撃は奴のいる位置よりも遥か上から来ている…さっきの術が今更発動したのか!?)
先頭部隊のリーダーは片っ端から吹き飛ばされていく部下達に後退の指令を下しながら必死で考える。この攻撃は一体何なのか。
だが考えている内にもその攻撃はどんどん後方まで広がっていき、遂に彼の目前まで到達した。しかし、おそらく攻撃を発射していると
思しき場所から距離が開いた事により命中率は落ちているのか、攻撃は彼自身には当たらず目の前の地面にめり込んだ。
そしてそれを見て気づく。謎の攻撃の正体、それは…
(これは…氷?)
「上空から何か飛来します!」
鳥居の遥か上空から一つの丸い影が、ディケイネの前にまっすぐ降下し、地表50センチ程度の高さで急停止する。
その影は透き通った6枚の翼を広げ、後ろのディケイネに向かって言い放った。
「待たせたわね!『最強』のあたいが来たからにはもう安心よ!」
彼女こそは、『妖々夢の世界』で、ディケイネと共に戦った氷のゆっくり――チルノ。
やや遅れて2つの影が舞い降りる。
「おっと、私達もいるわうごっ!!」
「あら?何か踏んづけちゃったかしら…ウフフフ…」
かつて妖々夢の世界を冬で包み込んだゆっくり・ウィノス。
そしてそのウィノスをおもっくそ踏みつけて登場したのは同じく冬のゆっくりにしてチルノの親友・レティ。
「ちょっと!何踏んでくれちゃってるのよ!痛いじゃない!あんた重いのよ!」
「ウフフ…ごめんなさい。いや、本当にごめんなさい。悪かったと思ってるわ。
い く ら あ の 妙 ち き り ん な 機 械 の 中 に 私 を 閉 じ 込 め た
あなたとはいえ、踏んじゃうのはいけない事よね。心から謝罪するわ」
「いや、その節は本当…すんませんでした」
レティによるウィノスいびり(結構陰湿)を尻目に、ディケイネはチルノに話しかける。
「チルノ、久しぶりね。そしてありがとう。来てくれて」
「ふふん、あたいは最強なのよ?友達が困ってたら助けてあげるのは当然じゃない!それにこんなにゆっくりできない連中を見過ごしたら
ゆっくりの名が廃るってものだわ!」
ふよふよと石段の上まで移動する。ウィノスとレティもその左右につき、迎撃の構えをとる。
チルノは頭上に冷気を集中させ、巨大な氷の『⑨』を作り出した。
「友のためゆっくりのため、ゆっくりできない連中をやっつける最強のあたい!この⑨の輝きを恐れないなら、かかってきなさい!」
「冬じゃないから本領は発揮できないけど、私達もチルノのサポートくらいはできるわ。ウフフフフ…」
(あんたは肉弾戦も強そうだけどね)
「せーの、わっしょい!」
「撃て!撃ち落せーッ!」
チルノは『⑨』の氷塊をユックレス軍団に向かってぶん投げた。弾幕でそれを撃ち落そうとするユックレス達だが、
最強の氷はその程度では砕けない。
「司令部聞こえますか!?増援です!どこからか敵の増援が…うあああーーーーっ!」
「増援だと…!」
先頭集団からやや離れた所。林沿いを進攻していた部隊のリーダーは、鳥居の前に降り立った3人を見て忌々しげに呟いた。
「くそっ、生意気な!怯むな、たかが3人増えただけぶぼっ!」
言い終わる前に、彼の顔面に紅い弾丸が直撃した。その弾丸の正体は…
「うー!お友達をいじめるやつは、れみぃがやっつけるよ!」
「むきゅー!今度は私たちが助ける番よ!」
紅魔郷の世界、森に住んでいたれみりあ。そしてその仲間ぱちゅりー。
「こっちにも増援!?」
「数はこちらが上だ、包囲して叩くぞ!」
サブリーダーが指揮を執り、ユックレス達が二人を包囲する。四方八方から飛び掛るユックレス達だったが…
「うー!」
「むきゅー!」
「くそっ、こいつら…!」
二人は強かった。高速で飛行するれみりあの体当たりとぱちゅりーの弾幕で襲い掛かるユックレス達を一人残らず叩き落していく。
「今だ!」
「むきゅ!?」
「うー!?」
しかし、彼女達はたった二人。戦っているうちに僅かな隙が生じ、ユックレスの一人がそこを突いて攻撃を仕掛ける。
だが!
「りぐるき…きーっく!」
「うぐぁあっ!」
不意打ちを掛けたその一人に、更に不意打ちを掛けてりぐるが襲い掛かった。
(勢いできっくって言っちゃったけど、きっくで良かったのかな…まあいいか)
ユックレスを蹴り(?)飛ばし、着地したりぐるにぱちゅりーとれみりあが接触する。
「助けてくれたのにはお礼を言うわ。でも、あなた何者?味方なの?」
「りぐるは、ディケイネのおねーさんを助けるために来たんだよ!」
「うー!じゃあれみぃ達といっしょだね!」
3人は背中を合わせて向き直る。彼女達を包囲しているユックレス達はまだ多く残っていたが、もはやそれらは障害にすらなりそうにない。
「二人とも、行くよ!」
「うー!」
「むきゅー!」
そこからまた離れた別の所で、巨大な爆発が2回あった。何かが炸裂したような爆発と、何かが落下したような爆発が。
それによって生じた土埃が晴れたとき、彼女達は出会った。
「あなたは…」
「あんたは…」
中学生くらいの、長い黒髪の少女と。
高校生くらいの、ブレザーを着た少女。
彼女達は少しだけ見つめ合ったあと、お互いの横にいる存在を見て、目の前にいるのは味方だと認識した。
「…いえ、余計な事を聞くのはよしましょう」
「違いねえ。ここに来たって事ぁ、床次さんの助っ人で味方。それだけで十分でさぁ!」
ふっと笑う二人に後ろから声がかかる。
「めぐ、何をしているの。さっさとあなたも手伝いなさい」
「はい!」
「地香、いくよ」
―― R E A D Y ――
「合点承知!」
――― STARTING BY・・・・・・ ―――
黒髪の少女、緋茅めぐは蓬莱の玉の枝を。
ブレザーの少女、稲荷地香とその隣のてんこは帽子を取り出した。
それらを掲げ、3人は叫ぶ!
「「「変身!」」」
蓬莱の玉の枝から発せられた光の中から現れたのは、黒く輝く長い髪、ゆっくらいだーグウヤ。その両隣にかぐや、えーりんが並ぶ。
かぐやはユックレス達に向け、ふふんと笑って言った。
「私とグウヤ、二人の『かぐや』の力をえーりんが調整して放つ攻撃…あなたたちのような有象無象に止められるかしら?」
―― F - E - V - E - R O N !!!! ――
――――『 F - E - V - E - R !!! 』――――
帽子から発せられた電子音の後に現れたのは、風に揺れる羽衣、753Tシャツ、ゆっくらいだーファイク・193。
二人は並んでユックレス達に向き合い、てんこの変身した193が声を上げる。
「こっそり改良して持ち出したこの193そしてファイク。あまりナメていると痛い目を見て病院で栄養食を食べる事になる」
「床次さん…今、行きやす!」
「各所で友軍が攻撃を受けています!」
「どうなっているんだ、いったい…」
時間差で突撃する為に待機していたこの小隊は、方々から飛び込む『敵増援出現』の報せに浮き足立っていた。
もとの敵は3人。そこから増援が現れ6、9、14と増えていった。それ自体は別にいい。こちらの数と比較したら文字通り桁が違う。
問題はその質である。敵は一人一人が恐ろしく強い。10倍以上の数を相手にして互角以上に渡り合っているのだ。
そして不可解なのは出現位置。どこに潜んでいたのか、突如として現れては大暴れしている。進行方向から考えて神社にいる
ディケイネと合流しようとしているようだが、こうもバラバラに現れられてはどこに対処しに行ったらいいか分かったものではない。
「くそっ、相手はたかが数人だぞ!?」
「悪いな。団体様のご到着だ」
「なっ!?」
「かかれ!」
『どこに救援に向かえばいいか』…その問題を考慮する必要は、なくなった。この部隊もまた、うさ耳をつけたゆっくりの大軍に
襲われているのだから。
「さっきの通信を聞く限りでは、他の連中は随分と少数で来ているようだな」
「少数精鋭なのよきっと。私達が多すぎるのかもね」
「よりひめ様、とよひめ様!周囲の敵を掃討しました!」
レイセンからの報告を受け、よりひめは『よし』と頷いた。ユックレス達は数こそ多いが、一人一人の能力は実のところさして高くない。
数で負けなければ配下のうさ耳ゆっくり達でも十分に対処できる。
そして何より…ゆっくりさせるために戦うゆっくり達が、ゆっくりできていないユックレスに負ける理由などありはしない。
「では我々はこれよりあの神社に向かい、ディケイネと合流…」
「その前にちょっといいかしら」
号令をかけようとした所で、とよひめが割り込んできた。
「さっきからずっと気になってたんだけど…何あれ?」
そう言ってとよひめが示したのは、集合しているうさ耳ゆっくり達の後方。簡略化された髪の無いゆっくり達がさも当然のように並んでいた。
「実は私も気になってて…よりひめ様のお知り合いですか?」
「私に聞くな」
TENが書いた、『最終話でディケイネを助ける簡略ゆっくり軍団』の事など、当然レイセンもよりひめも知らない。
「…さっきの戦闘時も敵だけを攻撃していたし、とりあえず害意は無いようだ。手を出してこない限りは放っておけ」
「第3勢力が出たときのスパロボみたいな言い方ですね」
「なんだそれは。とにかく神社へ向かい、ディケイネと合流するぞ。総員続け!」
『敵増援多数出現!迎撃のためそちらの部隊は神社東方面に向かわれたし!…どうした、聞こえているか?応答せよ!』
「はいはーい、こちらゆイタニック号ご一行。これより神社に向かってディケイネを援護します。通信終わり」
『なっ…』
通信機は触手の一撃により無残に粉砕された。周囲には昏倒したユックレス達、そして蛸のような烏賊のけーねと、
機械の身体をもつにとり、傍らで荒ぶるグリコのポーズをキメているこいし。
「案外楽勝だったね」
「こいしの能力のお陰だな。礼を言う。それにしてもよく来る気になったな?」
けーねはポーズをキメたままの後姿に声をかける。彼女の記憶が正しければ、こいしはゆっくらいだー、そして世界の異変を外部の
介入によって解決する事を毛嫌いしていたはずだ。
こいしは相変わらずのポーズのまま、ふんと鼻を鳴らす。
「あの人も一応、私の部屋に泊まったんだしね。幸せになってもらわなくちゃ困るのよ」
言ったのはそれだけだった。だがひょっとしたらこいしも、『世界が丸ごとゆっくりできていない』なんていう状況は
看過する事が出来なかったのではないだろうか。当人以外にその心のうちを知る術はない。
あるいは、他の二人より、他の誰よりずっと早くこの世界に来ていた事と何か関係があるのか…。
「さあ、さっさと神社に向かいましょう!そういえば先生、何食わぬ顔で出演してるけど陸上で活動できるの?」
「問題ない。事にした」
「『事にした』って…。それにしても」
こいしはぐるりと周囲を見回す。大量にひしめく悪役(ユックレス)に、それを蹴散らす我らがゆっくり達。
「この状況…ローラが聞いたら悔しがるわね、きっと」
「ゆっくりしか来られないような感じだったからな。仕方ないだろう」
「お土産にビデオ撮っていってあげよう」
にとりがカメラを構えたちょうどその時その方向、突如としてやたらと巨大なゆっくりが出現した。
「おねーさんすごいね!おっきくなっちゃったよ!」
「密と疎を操る程度の能力を応用したミッシングパワーね。登場した15話では使用していなかったけどスペルカード疎符「六里霧中」を
使った事から『じゃあ多分これも使えるだろう』と判断してこういう展開になったに違いないわ」
そのゆっくり、巨大化したすいかの上では対照的に小さなゆっくり、ゆーぎとパルスィが飛び跳ねている。
「落っこちないように気をつけなよ、ちっちゃいゆーぎとパルスィ!」
「う、撃て!撃てーっ!」
周囲のユックレス達は必死に弾幕をぶつけるが、巨大化したすいかにとってそんなものは豆鉄砲以下の攻撃、痛くも痒くもない。
「ちょっとカユい」
訂正。痒くはあるらしい。
「全然効いてない!?」
「くそっ、一時退却だ!退け!」
蜘蛛の子を散らすようにユックレス達が逃げていく。何せこの体格差だ、踏み潰されてはひとたまりもない。
「道が開いたよ!」
「ありがたい。このまま神社に向かうよ!ゆーぎ、パルスィ、この戦いが終わったら一杯やろうね!」
「死亡フラグな台詞を平気で吐けるその度胸が妬ましいわ」
突如として現れた敵の増援のおかげで浮き足立っている友軍とは対照的に、その部隊は落ち着いたものだった。
「…」
「…」
「…」
落ち着き、すぎていた。その部隊のユックレス達は慌てていないどころかピクリとも動いていない。
その静止した部隊に向けて掛けられたのか、それは定かではないが…声が、聞こえた。
『悪あるところに正義あり。悪役はびこる世界には、正義の味方が現れる』
そして、今まで全く動かなかったユックレス達が細かく震え、その全てが倒れていった。その身体には、うっすらと糸のようなものが巻きついている。
『ならば、そう!ゆっくりできないこの世界には、ゆっくりさせるヒーローが現れる!』
倒れたユックレス達の中央に、一つの影が舞い降りた。
「俺の名は、冷血動物 スパイダーマ!!!」
ビシッと名乗りをあげるものの、敵は既に全員倒れ、味方もギャラリーも近くにいないこの状況ではそれに反応する者はいない。
彼女は少しだけポーズを決めた後、そそくさと神社に向かって駆け出した。
「…ちょっとだけ、サビシイーッ!」
最終更新:2009年11月15日 18:58