【リレー小説企画】ゆっくらいだーディケイネ 最終話-2


ユックレス達はかなりの数が倒されたものの、まだまだ数多く残っていた。しかし今現在、神社近辺にユックレス達はいなくなっている。
被害の多さに面食らって一時撤退しているようだ。
その元凶であるディケイネとその仲間のゆっくり・ゆっくらいだー達は神社に集結していた。

「ゆー…みんな、懐かしいね!」
「ちょっとした同窓会気分なんだぜ!」
「みんな…ありがとう。こんな所まで…」
「何を言ってるんですか。『ゆっくりさせたい』気持ち、それはどんなゆっくりも、ゆっくらいだーも同じです」
「たとえそれが違う世界、違う星であっても、だ」
「お姉さんには前に助けられたから、今度はれみぃ達が助ける番だよ!うー!」
「私の場合は『世界を破壊する者』だのなんだの言われて襲ってしまった侘びと…それから、おそらくこの世界にいる、
そんな事を言った奴への仕返しも兼ねてるな」
「俺も、だいたいそんなところだ」
「おっと、お話はそこまでみたいだよ。敵さん再攻撃に入るみたい」

モニターで状況を確認していたにとりが声を上げる。その言葉通り、一時後退したユックレス達は再び陣形を組みなおし、
神社に迫りつつあった。

「相変わらずすごい数だな…」
「ふん、何度何人かかってこようと最強のあたいがいる限り同じ事ね!」
「りぐるだって、あれから強くなったんだからがんばって戦うよ!」
「私だって、強くなったよ!…流石にまだ怪獣倒したり巨大化したりはできないけど」

皆が迎撃の覚悟を決める中、ディケイネが一歩前に進み出た。

「私が敵の大将を叩きにいくわ。みんなは後ろをお願い」
「床次さん、敵将がどこか知ってらっしゃるので?」
「ええ…」

ディケイネは鳥居をくぐり、まっすぐ前を見る。その視線の先にはこのユックレス部隊を率いる、先日紅里と接触したあの「隊長」の姿がある。

「この圧倒的物量でもって正面から叩き潰すつもりでいたんでしょうけど、当てが外れたようね」

その左右にグウヤ、かぐや、えーりんとファイク、193が並び立った。

「そういう事でしたら、私達が道を開きます」
「だから紅里さん、敵の大将はよろしくお願いしやす。後ろの守りは任せてくだせえ」

再び迫り来るユックレスの大軍団。ファイクと193はその全身から雷の力を放出し、一箇所へと集束させる。

「地香、いくわよ!」「いつでも!準備OKですぜ!」

そして二人は、その力をユックレス達へと向けて放出する。

「「ダブルライトニングバスター!!!」」

同時にかぐや、グウヤがそれぞれ5つの神宝の力を解放し、ファイク達と同じように一箇所に集める。後ろに控えているえーりんも
そのサポートに回った。

「めぐ、合わせなさい!」「はい!」「バックアップは私が!」

そしてやはり、ファイク達と同じようにその力を前方のユックレス達に向かって放つ。

「「「カグヤ・エクステンション!!!」」」

次の瞬間、2本の極大レーザーが放たれユックレス部隊を飲み込み、蹴散らしていった。

「床次さん!」
「今です!」
「ありがとう!」

ディケイネは先の攻撃で出来た、敵本陣まで到達する道を駆け抜ける。周囲のユックレス達が穴を埋めようと移動してくるが、
ファイクやグウヤ達の妨害によりそれも敵わない。むしろ陣形を崩した事で統率が乱れ、集団としての力を発揮できていない。
左右と後方から迫り来るユックレス達は後方のチルノやりぐる、すいか達やうさ耳ゆっくり・簡略ゆっくり達が抑えており、
ユックレス達は数でこそ圧倒しているものの劣勢に立たされていた。

「狙いは司令部か!?」
「絶対に通すな!撃て!撃てーっ!」

しかし神社から離れ、敵陣深く入り込み、隊長の所まであと一歩というところで敵の守りが厚くなってきた。先ほどの攻撃もここまで
離れてしまえばだいぶ影響は小さくなるらしい。

「ちっ、もうちょっとだっていうのに!」

襲い掛かるユックレスを角でなぎ倒し、弾を避け、反撃しつつディケイネは呟いた。このままでは進撃に時間がかかりすぎる。
もともと数ではこちら側が圧倒的に劣っている。持久戦に持ち込まれては勝ち目は無い。多少強引だが、一気に強行突破してしまおうか、
そう考えたとき…

『スペルライドゥ!罪符「彷徨える大罪」!』

どこからか飛んできた弾幕に、周囲のユックレス達が弾き飛ばされる。

「このスペルは…!」

ディケイネは弾の飛び元を確認する。

「『ゆっくりできない世界』…」

そこにいたのは

「クソくらえだわ。こんな世界ならぶっ壊すのに協力は惜しまないわよ」

世界を巡るもう一人のゆっくらいだー、ディエイキ。

「加勢してくれるの?珍しい」
「さっきも言ったでしょ。私だって気に入らないのよこんな世界は。それに…」

ディエイキは後方を見る。その瞳に映るのは、奮闘するディケイネの仲間のゆっくり達。

「こんなすばらしい光景見せてもらったんだもの。お礼ぐらいさせてよね」

あのゆっくり達は全員ディケイネの味方。となれば、彼女が敵にまわる理由は皆無だ。こいつらしい、そう思ってディケイネはふっと笑う。

「じゃあここは任せたわよ、で子!」
「最終話くらいちゃんと呼びなさいよ!」
『ラストスペルライドゥ!ディディディディエーイキ!』

審 判 「 ラ ス ト ジ ャ ッ ジ メ ン ト 」

ディエイキの攻撃が最終防衛線を貫いた。

「くそっ、何としても通さん!行くぞ!」
「おう!」
「任せろ!」

それでもなお残った3人のユックレスがディケイネに迫る。

「うおおおおおおっ!」
「邪魔!」

最初に突進してきた一人を角でいなし、張り倒す。

「くらえ!」
「だッ!」

間髪入れずに襲い掛かった二人目は至近距離で弾を当てられ弾き飛ばされ、そのまま三人目にぶつかり体勢を崩させた。

「なに!?うおっ!」
「つってんでしょ!」

二人目の影からディケイネはジャンプし、三人目を踏みつけて更に高く跳ぶ。眼下には隊長、そして護衛のユックレスが数人。

「このまま一気に!」
『スペルライドゥ!旧史「旧秘境史 -オールドヒストリー-」!』

隊長らは必死に反撃の弾を撃つが、ハクタクフォームの弾幕はそれらを全て叩き落として敵中枢に降り注ぐ。

「ぐあああああああああああああああああっ!」

『隊長』といえど他のユックレス達と大きく能力に開きがあるわけではない。護衛もろとも、弾幕を浴びて倒れ伏せる。
その傍らに、着地したディケイネが近寄ってきた。

「ぐ……お…ディ…………ケイ…ネ…………この………世界を…………」

そこまで言って、隊長のユックレスは気を失った。

「…壊すわよ。私は、ディケイネだから」

敵の指揮官は倒した。新手が出てくる気配は無い。決着の光景だ。
しかし紅里は変身を解かず、気を抜く事も無い。彼女は知っている、これで終わりではない事を。

「いるんでしょ?出てきなさいよ」

停めてあった車に言い放つ。その陰から出てきた者…それは、ユックレスではなかった。
一頭身ではあるが、しかし、ゆっくりとも呼べるのだろうか。

「ディケイネ、まさかここまでとはな」

探偵帽のようなものを被ったそのゆっくりらしき者は、倒れている隊長たちを一瞥して言った。

「かつて巡った世界から仲間を呼び寄せる。まさかこんな能力を隠し持っていたとはな」
「50点ね」
「何?」
「私は歴史を創り出しただけ。ここと、今まで巡った全ての世界に『この世界と繋がる道が出来る』歴史をね。
でもその道は完全じゃあない。ゆっくりしか通れず、さらには『この世界をゆっくりさせたい』と思っている者しか通れない。
解る?確かにきっかけを作ったのは私の能力。だけど最終的にこの状況を導いたのは、ゆっくり達の、ゆっくりさせたいという思いよ。
…ついでに言うと、隠し持ってたわけじゃあなくて昨夜閃いたというか、解放されたというか、習得したというかまぁそんな感じね」

探偵帽は、少しだけ口元を歪めて笑ったように見えた。

「なるほど。なるほどな。どこまでも私と、この世界の障害となろうというのか、ゆっくり達め…」
「…ところでアンタ、いつまでその格好でいるワケ?もう必要ないでしょ」

探偵帽は、「ほう」、と顔を上げる。

「知っているのか」
「いろんな世界の歴史、ざっと見せてもらったわ。だから知ってるわよ、あんたが裏で色々やってた事。
ある時は学園にゆっくらいだーシステムの技術支援を行い、ある時はケガレを唆し、すいかややまめも騙したり…色々やってくれてたわね。
流石に全部関わってるわけじゃあなかったみたいだけど…アンタのその姿はそーいうちゃちぃ工作を行うための仮の姿。
その正体は…」

そこまで言った時、探偵帽の全身に亀裂が走った。びしびしと音を立てながらどんどんひびが入っていき、そこから真っ黒な煙が噴き出す。
やがて表面がずるりと崩れ落ち、その本体が姿を現す。
そいつの身体は黒と白の二色のみで形作られ、目は黒い部分と白い部分が反転している。そして表情はひどく不健康そうというか…憂鬱そうだ。

「このすがたになったのは、もうずいぶんとひさしぶりなきがするよ…」

気だるそうにそう呟き、深いため息をつく。つられてこちらの気分まで暗くなりそうだ。

「…歴史を見てもわからなかったんだけど、アンタ名前なんてぇの?」
「なまえか…かんがえたこともなかったな」
「じゃあこの私が名付け親になってあげる。そうね…『反転したゆっくり』という意味の『ユックリバース』というのはどう?」

かたかたと、音が鳴った。表情は変わらず、しかし僅かに身体が揺れているところを見ると笑っている…のだろう。

「どうやらほんとうにみたらしいね。このせかいの、わたしのれきしを」



『ゆっくりできない世界』。
今でこそこの世界はこの有様だが、実は昔はそんな事は無い普通の世界だった。
人の心にもゆとりがあって、ゆっくり達も普通にいて、そんなごくごく普通の世界。
だが、いつからだろうか。

『隣の奴より上に!街の奴らより上に!誰よりも上に!』
『もっと権力が欲しい!もっと財力が欲しい!もっと力が欲しい!』
『誰よりも速く!誰よりも強く!誰よりも優秀に!』

それは決して悪い事ではない。他者より秀でていたい、他者より富んでいたい、他者より上に立ちたい。人間であれば当然思う事だ。
だがこの世界のそれは明らかにおかしかった。本来一部の人たちであったり、あるいは一時的に思うだけ、心の底で静かに燃えるだけで
あるはずのその感情は深く、広く、まるで伝染病のように世界中に広まり、人々の心に根を張った。
やがて人間たちは常にそれだけを考え、ゆっくりする事をやめていった。

この世界はかつて、そういう病気に罹っていた。

それがこの世界に起きた『異変』。いや、この世界に『起きている異変』。その病気は未だに治る事は無く、遂には世界そのものが
ゆっくりできなくなるまで蝕んでいる。
そんな中、ゆっくりする事をやめ、拒絶した人間たちに絶望したゆっくりは一人、また一人と姿を消していった。

『ゆっくりさせてあげられなかった…』
『ゆっくりしてくれなかった…』
『ゆっくりする事を望まれなかった…』
『ならば何が望まれている?ゆっくりしたくないのなら…』



「…消えていったゆっくり達のその無念、怨念とでも言うべきかしら。それらが集まってひとつの形を成したのが…」
「このわたし。『ゆっくりさせるため』のゆっくりがはんてんした、『ゆっくりさせないため』のそんざい。ユックリバースというわけだよ」

この世界から、存在した事実・歴史ごと消えて行ったゆっくり達。代わりにこいつが現れ、その影響はこの世界だけにとどまらず
今や他の世界にまで波及している。
しかし、依代となる存在が現れた事で全ての元凶となった『病気』はこいつと一体化している。
つまり。

「そして、アンタを倒せばこの『ゆっくりできない世界』は破壊されて元々あった『ゆっくりできる世界』を取り戻す事が出来る。
ついでに他の世界がゆっくりできなくなる事もなくなる…とまでは行かないまでも、少なくともアンタの影響で発生する異変は起きなくなる」
「ごめいとう。いまきみは、まさにそのたびのさいしゅうもくてきをはたそうとしているわけだね」

ディケイネはメダルを取り出し攻撃態勢に入る。しかしユックリバースは、はっきりと倒すと宣言され、今まさに攻撃されようとしているのに
回避も防御も行う素振りを見せない。
あの陰鬱な表情のまま、ため息を一つ吐いただけだ。

『スペルライドゥ!転世「一条戻り橋」!』

おかまいなしに攻撃を開始する。圧倒的な物量で展開された弾幕が、次の瞬間にはディケイネに還っていく軌道をとる。
相手にしてみれば後ろから攻撃されている事になり、初見での回避は困難を極める。
だがユックリバースは、もともと回避するつもりなどなかった。

「これは…!?」
「…」

確かに弾は命中軌道に入っている。ユックリバースは微動だにしていない。しかし着弾するはずの全ての弾は、ユックリバースに
当たることなく…いや、実際には当たっているのだろうが。

「わたしはすべてをゆっくりできなくさせるもの。だんまくだってれいがいじゃない。すべてのこうげきは、わたしにふれたしゅんかんに
ゆっくりできなくなりくちはてる」

その言葉通り、命中した全ての弾はその瞬間に跡形も無く消滅していっている。

「随分とまあ反則的な能力をお持ちで…!」
『スペルライドゥ!新史「新幻想史 -ネクストヒストリー-」!』

次のスペルを発動させ、弾幕を展開する。しかし嵐のようにばら撒かれたその弾幕も、ユックリバースに触れた瞬間次々と消滅していく。

「ちっ!」
「たしかに、わたしをたおせばきみのもくてきはたっせいできる。でもね」

ユックリバースが、動いた。繰り出してきたのはどこかで見た事のある雷撃。

「ウソでしょ、これってファイクの!?」
「それをはたすことはけっしてできない。なぜならわたしとたいじしたそのじてんで、きみはすでにチェスやしょうぎでいう
『つみ(チェックメイト)』のじょうたいにあったのだから」

ディケイネは放たれる雷撃に驚きながらも次々とそれを回避していく。もともと高かった戦闘力はハクタクフォームへの変身により
更に底上げされていた。
やがてユックリバースは攻撃手段を切り替える。次に撃ってきたのは

「氷!今度はチルノ!?」

チルノの放つ氷の弾丸、似ているというよりもそれそのものの攻撃を放ってきた。

「わたしのれきしをみたのだろう?わたしはこのせかいにかつてそんざいしたゆっくりたちのむねんと、こうかいと、
おんねんがあつまってうまれたそんざい。だから、このせかいにかつてそんざいしたすべてのゆっくりのちからをつかうことができる」
「それって…!」

こちらの攻撃は、奴に当てた瞬間に無効化(ゆっくりできなく)される。そしてあちらはこの世界にいた全てのゆっくりの能力を使える。

「まさに『詰み(チェックメイト)』って事…?でもね!」

襲い掛かってきた真っ黒な魔力の蝙蝠を撃ち落し、叩き落してディケイネは叫ぶ。

「諦めるわけにはいかないの」

ここで私が退いたなら。
ここで私が負けたなら。
世界は…この世界だけではない、自分がもといた世界、後ろで戦っている仲間たちのいた世界、全てがゆっくりできなくなってしまう。
そんな事、許せるはずも無い。

「そうかい」

ユックリバースは抑揚の無い声でそう言うと、9体の人形を出して自分の周囲に配置した。ありすの能力だろう。
そしてその9体+本体から同時に攻撃が放たれる。
紅い槍の投擲、虹色の弾幕、反魂の蝶、結界の束縛、五色の弾丸、不死鳥の炎、御柱、鉄の輪、フレア、無意識の弾幕。

「ぐぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁっ!」
「…」

回避できるはずが無い。しかしユックリバースは一切手を緩めず、表情を変えずに攻撃を続ける。
攻撃は次第に激しさを増していく。一回攻撃するごとにすいかの能力で人形ごとその数を増やしているのだ。
10の攻撃が20、30、50、80と増えていく。容赦や加減などは全く無い。
メトロノームのように単調かつ正確なリズムで、ただ淡々と繰り返す。
しばらく…地形が変わるほど繰り返した後、一度手を止める。一体に戻り、人形も引っ込め、土埃が晴れるのを待って
攻撃によりできたクレーターを見下ろす。

「………………………く…………うぅっ………」
「しぶといね」

そこにはボロボロになりながらもかろうじて起き上がろうとしているディケイネの姿があった。

「ヒーローってのは………無敵なのよ…………」
「そんなにまでなって、まだあきらめないのかい?わかっただろう、きみではわたしにかてない。ぜったいに」

ずるずると身体を引きずってクレーターを登る。もはや跳ねる事すらままならない。ユックリバースは冷ややかな目でそれを見ていた。

「なおもたちむかう。わからないね。いじかい?」
「…それもあるわね。私けっこう意地っ張りだから」

クレーターを登りきり、傷だらけのディケイネと傷一つ無いユックリバースは再び対峙した。

「かちめがないのにあがくのは、ただのやけだよ」
「勝ち目が無い?いやー…案外そうでもないわよ」

ぼろぼろのディケイネは、口の端を吊り上げて「にっ」と笑った。その言葉と表情に、ユックリバースの眉がほんの微かに動いた。

「かてるとでも?そんなぼろぼろにされて?かりにきみがわたしのこうげきをなんらかのほうほうでよけられたとしても、
きみのこうげきはわたしにはとどかない。どうしてそうおもうことができるんだい?」
「どうしてって、そりゃアンタ…」

ユックリバースの光無き瞳を見据えてディケイネは言った。

「私がゆっくらいだーディケイネだからよ」
「…りゆうになっていないよ」
「ズーっと考えてた事があったの」

ユックリバースの呆れ声を無視して、ディケイネは続ける。

「ヒーローっていうのは、それを望む誰かがいるから成立するの。じゃあ私を望んでいるのは誰か、って。何個目かの世界の異変を
解決したとき、それは異変に巻き込まれた世界の住人じゃあないかと一応の結論をつけた。確かにそれもあったけど、本当に私を
望んでいる者は他にいた。この世界の歴史を見てようやく解ったの」
「…」

ディケイネはそこまで言って一息ついた。ユックリバースは口を挟む事も無くただ黙って聞いている。

「アンタよ、ユックリバース。ゆっくらいだーディケイネは誰よりも、アンタに望まれて成立している」
「わたしに?」

かたかたと音が鳴る。ゆっくりできる笑い方を忘れたユックリバースの、形だけの偽りの笑いが。

「おかしなことをいうんだね。わたしはいままさにきみをけそうとしているというのに。それだけではなく、いままでもなんどかかんせつてきに
きみを、きみたちをけそうとしてきた。そのわたしがきみをのぞんでいる?」
「そりゃあ、私はゆっくりできない世界を破壊する者だもの。そこを守護する者として私を排除しようとするのは当然の事よ。
でもアンタは心のどこかで望んでいる。ゆっくらいだーディケイネを。そして同時に恐れてもいる」
「おそれる?わたしにきずひとつつけられないきみを?ありえないな」
「じゃあどうして、『今まで何度も間接的に私を消そうとしてきた』の?恐れる必要が無いならわざわざ出張ったりせずに、ノコノコやってくるのを
待ってりゃいいじゃない」

ディケイネは一枚のメダルを取り出した。

「こいつで、それを証明してやるわ」
「それで、わたしをこうげきするつもりかい?むだだというのに…」
「違うわ。間違ってるわよユックリバース。これは攻撃するためのメダルじゃあない」
「なに?」

ディケイネの取り出したメダル。どんな攻撃も通用しないユックリバースに対抗できる最後の切り札。
このメダルは、実は最初からポシェットの中に存在していた。
今まで気づかなかったわけじゃない、使い方が分からなかったわけでもない。効果ももちろん知っている。
『使いどころ』がどうしても分からなかった。『使い方』ではなく『使い道』が分からなかった。だから今まで使わなかった。
しかし今、確信している。このメダルを使うのは今まさにこの時で、このメダルでしかこの状況を打開する事は出来ない。

「そしてアンタ、結構抜けてんのね。大事な事に気づいてないわよ!」

ディケイネはそのメダルを掲げ、

「最初『が』最後!これでキメるわよ!」

ディケイネックレスのスロットへ挿し込んだ。

『ファースト・ユックライドゥ!』





「ゆっ!?」
「うー!?」
「これは…」

その時、ディケイネの遥か後方で戦い続けているゆっくり達は何かを感じ取った。ユックレス達には決して分からない何かを。
そして

「ウフフ…ここは任せて行ってらっしゃい」
「レティ…わかった、あたい行ってくる!」

チルノが

「むきゅー!れみぃ!」
「うー!わかった!」

れみりあが

「めぐ、出番みたいよ」
「はい、行ってきます!」

グウヤが

「姉上!レイセン!」
「解ってるわ。気をつけて行ってらっしゃい」
「ご武運を!」

よりひめが

「地香!ここは私に任せてカカッっとダッシュしてくるべき」
「合点!」

ファイクが

「先生!こいし!」
「ああ、急ごう」
「まったく、世話が焼けるわね!」

ゆイタニック号の3人が

「ちっこいゆーぎにパルスィ、わかってるね!」
「ええ」
「うん、行くよ!」

すいか、ゆーぎ、パルスィが

「ゆっ!」
「「「ゆっ!」」」

簡略ゆっくりの中の一人が

「りぐるにも、『言葉』じゃなくて『心』で分かったよ!」

りぐるが

「そうか…ならばこの俺も力を貸そう!」

やまめが

「…そういう事?なかなかわかってるじゃないの!」

ディエイキが

そして

「まりさ!」
「真打登場なんだぜ!」

れいむとまりさが、ディケイネの下へと向かった。



「………」

自分の周囲に集結したゆっくり達を、ユックリバースはその光無き目で、つまらなそうに一瞥した。

「なにをするのかとおもえば…」

そしてまた、ふぅ…とため息をつく。

「ぜんいんでいっせいこうげきでもするつもりかい?『みんなのちからをあつめててきをたおす』。
たしかにいいさくせんだ、かんどうてきだね。でもむいみだよ。
ただしぶといだけのあいてならまだしも、わたしにはいっさいのこうげきはきかない。わかるかい?ゼロなんだよ。
いっぱつだろうがひゃっぱつだろうがおなじ」
「『攻撃するためのメダルじゃない』って言ったの、もう忘れたのかしら?みんな、準備はいいわね!」

集まったゆっくり達が頷く。

「いったになにを…」

ここに集ったゆっくり達が、これからやる事はただ一つ。
ファースト・ユックライド。最初からあった、攻撃用ではない、原初のメダル。
ユックリバースは気づいていない。あらゆるものをゆっくりできなくする能力によって如何なる攻撃をも無効化していたが、

 声 だ け は 最 初 か ら 素 通 り だ っ た 事 を 。

ディケイネはカバーを閉じ、メダルの力を発動させる。他のどのメダルとも異なり、ロケットから発せられる音声は無い。

ファースト・ユックライド。最初からあった、攻撃用ではない、原初のメダル。その能力。

ゆっくり達の原点。

それはもちろん――――

「「「「「「「「「「「「「「「「「「ゆっくりしていってね!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」

たった一言。
この一言を言うためだけに、『ファースト・ユックライド』のメダルはある。

「!?」

戦闘中においては、あまりにも意味の無い行為。ゆっくりする事を捨てたユックリバースにとって、想定外の行動。
だが、それを聞いたユックリバースは、確かに見た。



「あたいったら最強ね!」

今は冬。でっかい雪玉の上で、チルノがふんぞり返っている。
その隣で、チルノのよりやや小さい雪玉に乗ったウィノスがぎゃんぎゃん喚いている。

「でかけりゃいいってもんじゃないのよ!大事なのはバランスと美しさよ!」
「ふふん、大きい方が強いのよ!そんな事も知らないの?ばかなの?オリキャラなの?」
「ウフフフフ…」

雪玉で張り合ってるチルノとウィノスを尻目に、レティは一人黙々と食べ物の雪像を作って悦に入っていた。
そこへ緑色の髪をしたゆっくりが森の方から何かを運んできた。

「みんな、枝とかいろいろ拾ってきたよ!これで飾り付けしようね!」
「でかしたわ!これでさらに最強に!」



ここは図書室だろうか。本棚が所狭しと並んでいる。

「そう、それのもういっこ右…それよ!」
「うー!これだね!」

高いところにある本をれみりあが取り、ぱちゅりーの所へ運んでいく。

「むきゅー、ありがとう」
「あら、こんな所にいたの?」
「うー!お姉さん!」

そこに現れたのは館の主、レイチェル・スカーレット。

「ぱちゅりー。後で構わないからチェスのお相手、いいかしら?」
「望むところよ!今度は負けないわよ!」
「二人ともがんばれー!」
「応援してくれるのはありがたいけど、この前みたいに寝ぼけてチェス盤に体当たりかまさないでよ?」
「う、うー…れみぃもがんばる…」



襖を開けると、縁側にかぐやとえーりんが並んでいるのが見えた。

「ここにいらしたんですか」
「あら、めぐ。いらっしゃい」
「お団子持ってきましたよ。一緒に食べましょう」

包みを開けて、持ってきた団子を3人で食べる。

「綺麗な満月ですね」
「そうね。何度見ても飽きないわ」
「薬の評判はどう?」
「よく効くって好評ですよ。
…苦すぎなければもっといい、とも聞きますけど」
「ああ、あれ実はえーりんが嫌がらせでわざと苦くして」
「良薬は苦いんです!」

誤魔化すような大声に、めぐは「あはは」と苦笑した。

「じゃあ、みんなにはそう伝えておきますね」
「えーりんも自重しなさい」
「…心得ました」



「オーライオーライ…あー、そこ右。もうちょっと右。インド人を右に!」
「ふむ。ここも順調なようだな」

月の都を守る防護壁。その復旧工事現場によりひめが視察に来た。

「お疲れ様です、よりひめ様」
「状況は?」
「現在スケジュールどおりに進んでいます。特に問題は発生してません」

よりひめはその報告を聞いて満足そうに頷く。そこへとよひめも現れた。

「あれ以来、しばらくケガレは現れてないけど…準備は万全にしておかなくちゃね」
「ああ、その通りだ。これまでのように、これからもずっとこの都を守っていかなければならない。気を引き締めていかねばな…
…ところで姉上。話は変わるが、私の桃がまたもやいつのまにかなくなっていたんだが…」
「とよひめ様ならそそくさと去っていきましたが」
「姉上ェェェェェェェェェ!」



れみりあ達がいたのとは違う、学園の図書室。その扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。

「ゆっくりして…って、地香さんまた怪我してるし!」
「ええ、ちょいと取っ組み合いしちまいやしてね」
「救急箱!救急箱DEATHよー」
「りりー落ち着きなさい。それは救急箱じゃなくてきすめよ」

ゆかりから傷の手当てを受けながら、地香は図書室内を見渡した。以前とは比べ物にならないほど人とゆっくりが増え、
そしてそのほとんどは地香にとって見覚えのある者たちだった。

「ここも随分とにぎやかになりやしたね」
「あなたが見境無く助けたりするからよ。『にぎやかな図書室』って、なんかアレな感じね」
「図書室にとって迷惑な存在なのかー」

ゆかりは絆創膏を貼り、「はいおしまい」と言って治療を終えた。

「女の子がこんな傷だらけになって…でも、やめる気はないんでしょう?」
「ええ。いじめは大分減りましたが、無くなったわけじゃありやせん。見てみぬ振りはもう懲り懲りでさぁ…」
(そんな貴女に、ここにいる皆は惹かれたのよ。助けられたいじめられっ子だけじゃなく、改心した元いじめっ子までも。
すっかり学園のヒーローね。あれ、ヒロイン?)



「おーい、そこの妖怪!ひょっとしてローラか?」
「あれ、先生?久しぶりー」

呼び止められたローラが高度を落とし、海面近くまで下りてきた。

「懐かしいな。元気そうで何よりだ」
「そっちもね。先生はいま何してるの?」
「相変わらず海を漂っているよ。どうすべきかなかなか決まらなくてね…」
「軽いニートだよね」
「うっ…そういうローラはどうなんだ?」

ローラは腕を組んで目をつむり、「むー」と考える仕草をとった。

「こっちも最近ヒマでねー…やはりここはいつぞやみたく、平穏を享受する愚昧な人間どもに終わりなき恐怖の夜を…」
「あー、やめとけやめとけ。酷い目に遭うぞいつぞやみたく」



夕暮れ時、どこかの山中。一人のゆっくりが大木に向かって体当たりを繰り返していた。

「ふん!ふん!…ふぅ、今日はここまでにするよ!」

身体を思いっきり振り回して汗を散らす。それは、朝早くから修行していたゆーぎだった。

「でもその前に…」

ゆーぎは息を整え、右へと向き直った。

「パルスィ、いるのはわかってるよ!」

切り株へと向かって声を掛ける。それに応えて、パルスィの声が返ってきた。

「…よく気づいたわ。山篭りの成果が出てるみたいね」

そう言って、パルスィは姿を現した。
…ゆーぎの背後にある草むらから。

「方向は逆だけど」

ゆーぎの頬が、羞恥で赤く染まった。



月が美しい夜に、山の頂で酒を呑むゆっくり一人。雄雄しき二本の角を持つ、彼女の名前はゆっくりすいか。

「っかー!今夜の酒も美味いねぇ」

ひょうたんを口にくわえ、ぐいっと真上に持ち上げて一気飲み。
ぷはーっと息を吐いて夜空を見上げ、何かを懐かしむような顔を見せる。

「美味いけど…一人酒もそろそろ飽きたな」

そう呟くと、視線を天から地へと落とした。
そこにあるのは、この世界の幻想郷。

「久々に、下りてみるか」

そしてすいかは進み行く。下の連中にどうちょっかいをかけてやろうか考えながら。



日曜朝の公民館。そこには多くのゆっくりと人間の子供達が集まっていた。

「すみません、遅れました」
「ギリギリだね」

大きなスクリーンの前に多くの椅子が並べられた部屋に慌てて入ってきたその人間は、後ろの方にある席に座っている
らんの隣に腰掛けた。

「いよいよだね」
「ええ…ありきたりな言葉ですけど、長かったようであっという間だった気がします」

今日はゆっくらいだーディケイネ、最終回の放映日。この町内では子供達のために、公民館の一室を使い
大型スクリーンによる上映会が開催される事となった。
やがてスクリーンに映っている時刻が放映時間の1分前を指し示す。

「しかし町内のこども会レベルとはいえこんな企画をやるなんて、よっぽど思い入れがあるんだね」
「はい…」

その番組も、今日で終わる。この上映会の発起人、かつてディケイネの脚本の一部を担当したこの人間は『あの日』の事を思い出し、
うっすらとその目に涙を浮かべた。

「まだ早いよ」
「…すみません」

そして、放映時間になる。騒いでいた子供たちも一斉に静まり、すべての視線がスクリーンに集まった。
最初に映ったのは番組前のお約束

『ふぁぁ~~…』

かつてのエピソードで登場した、作中作の脚本家TEN。暗い部屋の中でノートパソコンに向かい、大きなあくびをした後に立ち上がり、
画面外へと消えていく。カメラはノートパソコンの画面を映す。そこに表示されているのは簡略化されたゆっくりのAA。
それが画面から飛び出して、部屋の灯りをつけた。

『テレビを見るときは、部屋を明るくしてゆっくりして見てね!』

最終回が、始まる。



「寒くなってきたなぁ…」

夏の後姿はもう見えない。秋もそろそろおいとましようかという時節。稗榎十紘は寝ぼけ眼のまま布団から抜け出した。
随分早起きしてしまったらしく、他の家人はまだ寝ているようだ。

「…」

とりあえずお茶でも沸かそうと思って火をつけ、それに手をかざして暖をとる。実家に連れ戻されてもう随分経つ。
りぐるは元気だろうか…あの子のいない生活にも少しは慣れたが、こう寒いと心にまで冷たい風が入り込んでくるようだ。

「…ん?」

少しだけあったまって、なんとなくうろうろしていた十紘は、やがてそれに気が付いた。
扉に何か挟まっている。

「なんだろ…」

それを手に取り、ひっくり返す。一瞬驚き、そして顔をほころばせる。
それは封筒。そしてそこにはこう書かれていた。

『えのちゃんへ』



公園の中央にある時計の下に、桶ひとつ。それに入っているのは、少し心配そうな顔をしたきすめ。

(やまめちゃん、遅いな…)

そわそわして、何度も時計を見たり周囲をきょろきょろ見回したりしている。

(ひょっとして、時間間違えちゃった?3時と13時を間違えたとか…ううう…)

ぐるぐると頭の中で考えが巡り、ぐるぐると目も回ってきた。そんなきすめの背後に、気付かれないようにどこからか下りてきた影がひとつ。

「きすめ、おっ待たせー!」
「ひゃうっ!」

半ば混乱しているところに突然声をかけられたため、変な悲鳴をあげてしまうきすめ。

「待たせちゃってごめんねー。でも時間には間に合ったから…きすめ?」

呼ばれたきすめはぷるぷると震えながら振り向き、泣きそうになっている顔のままやまめに抱きついた。

「…ごめんごめん。お詫び…ってわけじゃないけど、二人でゆっくり遊ぼうね」





全てを見終わったとき、ユックリバースとその周囲にいたゆっくり達は、どことも知れない真っ白なところにいた。
ユックリバースは呆然とした表情で虚空を見つめている。

(なんだ、いまのは…)

(なんだ、このきもちは…)

何も無いはずの心の奥から湧き上がる得体の知れない何か。それは次第に膨れ上がり、ユックリバースを苦しめる。

(なんだ…いったいなんなんだ…!)

自分は攻撃を受けていない。攻撃されていない。何の魔力も霊力も妖力も感じなかった。ただ一言言われただけだ。
しかしその瞬間に見えたもの。色々な世界の、『ゆっくり』の光景。
この世界が捨て去った、この世界では消え去った、この世界にはもはや存在しない光景。

(ああ…!そうか!そういうことか…!)

苦しみ続けて、ようやく気づいた。自分の中に眠るゆっくり達の魂が、それを渇望している事に。
ユックリバースの黒の部分にひびが入り、粉々に砕け散る。

(わたしは…私は…)

白のみで形作られた『何か』。それはもはや、ゆっくりできなくする存在…ユックリバースではなくなっていた。

「あ…………ぅ…………ぁ…………あぁ…………ぁ………………」

しかし、まだ足りない。口をぱくぱく動かし、何かを言おうとする。手に入れる…いや、取り戻すには『それ』を言わなければならない。
だが、『そいつ』は一度反転した存在。再び元に戻るためには、以前反転した以上のエネルギーが必要だ。

「…」

周囲にいるゆっくり達は何も声を掛けない。「がんばれ」とも「負けるな」とも。自信満々の表情で、ただ『それ』を待ち続けている。
封じられた『そいつ』の本当の姿を知っているから。『そいつ』が再び元の姿を取り戻すのを信じているから。

「ぅ…………っぅ………………ぃ………………え…………っ………………」

『そいつ』は震えながら、力いっぱい息を吸い込んだ。同時に『そいつ』の真っ白な身体にじわじわと色が戻っていく。
そして、『そいつ』は叫んだ。
自分の存在を証明するように。その魂の命じるままに。

「ゆっくりしていってね!!!」

周囲のゆっくり達は、にっこりと笑い…










この世界は、破壊された。


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最終更新:2009年11月15日 19:06