超・ゆっくらいだーDEN-KO 「厄神帳」-A

『ゆっくらいだーディケイネ』外伝



散歩だろうか。
一人のゆっくりが、山へと続く道をゆっくりと跳ねている。
時間は昼飯時を少し過ぎたあたり。もう少しすれば周りにある畑に村の男達が戻ってくる頃だろう。
そんな暢気な、いつも通りの昼下がり。
そのゆっくりは、跳ねていた。
山に向かって、跳ねていた。
ゆっくりゆっくり、やがて山の麓に着いた。

「…!」

そしてそのゆっくりは、「それ」を見つけた。
それは小さな小さな社。そこには一冊のノートが立てかけられていた。
ゆっくりはそれに向かって、さっきよりは幾分速いペースで跳ねて近づいていく。
社からノートを下ろし、ぱらぱらとめくっていく。
あるページを見つけた時、そのゆっくりの顔はぱあっと明るくなった。

「♪~~♪♪~~」

そのゆっくりはノートを頭に乗せ、やはりゆっくりだが、来た時よりも若干速く、来た時よりもずっと嬉しい様子で村に戻っていく。
戻る途中、畑仕事に来た村の男と出会った。

「よう。返ってきたのか?後からウチにも回してくれ、娘が楽しみにしてんだ」
「わかったよ!お仕事がんばってね!」

じゃあな、じゃあねと別れを告げて、ゆっくりは村に戻っていく。
頭に一冊のノートを乗せて。



超・ゆっくらいだーDEN-KO 『厄神帳』



人は決して近づかない、深くて暗い山の奥。
くるくる回る、ゆっくり回る。
ゆっくりひなは、そこにいる。
たった一人で、そこにいる。

「ゆーっくりひなー♪ あーかーいーリボンー♪
ゆーっくりひなー♪ みーどーりーのかみー♪」

暢気に歌って、回ってる。一人ぼっちで回ってる。
彼女は厄を纏う者。寄れば移るぞ不幸になるぞ。
だから彼女は一人きり。山の奥で一人きり。
しかし彼女は、寂しいなどと思っていない。寂しいなんて思っちゃいけない。
自分は厄神。人やゆっくりそれらの厄を、集め、留めておく存在。
その身が人と触れ合えば、厄が移ってしまうから。
自分のせいで他人が不幸になるなんて、そんなの絶対駄目だから。
だから彼女はずっと一人。この山奥でひっそり暮らす。
麓の村の人たちの、厄をその身に引き受けて。
麓の村の人たちの、幸せだけを心に願い。

「ゆっくりー♪ひー♪なー♪……ゆっ?」

遠くからがさがさと、草むらを掻き分ける音が聞こえた。
この無警戒な感じは獣ではない。風でもない。おそらく人だ。
ここは人が滅多に寄らない山の奥。しかし滅多に寄らないだけで、来訪者はゼロではない。
ごく稀にこの辺りまでやってくる人もいる。

「………」

ひなは歌うのをやめ、様子を見ることにした。この状況で自分がすべき事。
それは、決して見つからない事。絶対に近づかない事。
即ち、厄を移さない事。これに尽きる。
ひっそりと、しかし回るのはやめずに耳を澄ませる。どこかへ行ってくれれば良かったのだが
どうやらその何者かはこちらに近づいてきているようだ。

「………」

ひなは見つからないように静かに草むらの中を移動し、ふよふよと浮いて木の上に登った。
結構高いところにある、太い枝の上まで移動してじぃっと待つ。ここでやり過ごすつもりだろう。
実際、その場所は下からでは枝の太さと葉によって完全に死角になっており、まず気づかれる事は無いだろう。
相手が普通の人間ならば。

「………」

がさがさと、その音が相当近くまで接近してきた。
そして…ひなのちょうど真下で止まった。

「………?」

ひなは疑問に思った。下にいる何者かは何故か知らないが一直線にこちらに向かってきた。
何か目的があって特定のどこかへ向かっている感じだった。ならば何故ここで止まるのか?
少し興味を惹かれて、ちらりと下を覗いてみた。
そこにいたのは一人の女性だった。こんな山奥に、女性が一人で、何かを探しに来ている。ひなはますます興味を惹かれた。
その女性はそこから動かず、あたりをきょろきょろ見回したり、その場にしゃがんでみたりしている。

(何してるのかしら…)

ひょっとして、目的地はそこだったのだろうか。そこに何かがあるのだろうか。
だとするとしばらく観察してみるのもいいかもしれない。この距離なら厄も移らないだろうし。
手を顎に当て、何か考えるようなしぐさを見せた女性は突然、ばっと上を向いた。

「!!」

目が合った、気がした。しかしひなはすぐにそんな事は無いと否定した。
この高さ、遮蔽物、おまけに太陽を背にしている。見つかるはずが無い。
相手が普通の人間ならば。
しかし。

(な、なんであの人…あんなに笑顔になってるの?)

下にいるその女性は、まるでとても愛しいものを見つけたかのような満面の笑みを浮かべていた。
そして、ぐぐぐっとしゃがんで…

「ひ~~…………なぁ~~………」
(え!?)
「ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

信じられない跳躍力で、一気に跳び上がった。ひなのいる枝に手をかけ、くるりと一回転して枝の上に乗る。
まず見つからないであろう自分をあっさりと見つけたこと、そして今の異常な動きにひなは、逃げるのも忘れて呆然としていた。

「あぁ~んやっぱりひなちゃんだぁ~♪木登りして遊んでたの?お姉さんも一緒にゆっくりさせて~♪」

心底嬉しそうに、楽しそうに、その女性はひなは抱きしめる。

(妖力も霊力も感じない、正真正銘普通の人間。なのになんで探知できたの?そしてさっきのジャンプは?
何より初対面の私に対してこのウザいまでの…いけない!)

様々な疑問が頭の中を飛び交っていてすっかり失念していた。今、ひなはこの女性に近づいて…どころか抱きしめられている。

「離れて!」
「へ?」

時既に遅し。あんなに深くて丈夫に見えた足元の枝はみしみし音を立て、ぼっきりと折れた。

「ああああああああああああ!」
「わあああああああああああ!」

ひなと得体の知れない女性はまっさかさまに落ちていった。いや、ひなは浮けるので本当なら落ちないのだが
抱きしめられているせいで一緒になって落ちてしまった。
どしんと派手な音を立てて落ちたが、ひなのほうは女性の身体というか胸がクッションになったおかげで無傷だった。
そしてその女性は

「ひなちゃん、大丈夫!?」
「え、ええ…」

ダメージがはるかに大きいはずの自分よりも胸元のひなの安全を確認し、

「よかったぁ~~~……ぐえ」

のびた。





「うふっ、うふふふっ、みんな一緒にゆっくり………はっ!」
「ようやく起きたのね」(気持ち悪い寝言だったわ…)

女性が目を覚ました頃、陽は既に傾き空を真っ赤に染めていた。

「うわぁ~いひなちゃん…ひなちゃん?なんでそんなに離れてるの?」
「それは、私が厄神だからよ」

人から厄を引き剥がし、逃がさぬように留める存在。寄るな触るな厄が移るぞ不幸になるぞ。

「…っていう事なんだけど人の話聞いてる?」
「うん!一言一句もらさず聞いてる!」

言いながらその女性はひなを抱いて頭を撫でている。すごく幸せそうな顔で。
流れるような動きで、「そうあって当然」とでも言うかのように捕まってしまったので逃げ出す暇も無かった。
そして、その身に纏った厄の力が発動する。
彼女達の真上にあった巨大な枝が突然ぼきりと折れ、まっさかさまに落下してきた。

「邪魔」
「え!?」

だがその顛末は、ひなの想像を越えるものだった。自分を幸せそうな顔で撫でている女性は、枝が激突する直前に
その変わらぬ笑顔のまま、裏拳で枝を粉砕してしまったのだ。

「どういう事なの…?」

厄は確かに、この女性にうつっている。さっきの枝は偶然ではない、厄によってもたらされた『不幸』だ。だがこの女性は、
それを事も無げに、文字通り粉砕してしまった。
その女性は、ふっと笑って答える。

「そりゃ、答えは簡単よ…」
「…」

ひなは、ごくりと唾を飲み込んだ。寄るものを例外なく不幸にしてしまう、自分の周りに漂う厄。それを打ち破る答えとは…

「ひなちゃんの事が、大ッ好きだからよ!」

答えになってなかった。ひなは肩透かしをくらって、相も変わらず頭を撫で続けられている。

「ウウウウウ…」
「グルルル…」
(…いけない!)

だがすぐにその表情に緊張が走った。次なる不幸が襲い掛かってきたのだ。彼女達はいつのまにか、野犬の群れに囲まれていた。

「お姉さん!逃げて!早く逃げて!」

自分ひとりなら飛んで逃げる事も出来るが、この女性はそういうわけにもいくまい。ひなは慌てて訴えた。
女性は言われて、はっと驚いたような顔になった。ひなを抱える手が震える。ようやく状況に気が付いたのだろう。
彼女の身体は、野犬の恐怖に怯え…

「ひなちゃんが、『お姉さん』って呼んでくれたぁぁ~~~~~♪」

…たわけではなかった。さっきの震えは感激によるものだったようだ。彼女は喜びのあまり、ひなの事を抱きしめてほお擦りする。
そんな事をしている場合ではないのに。

「お姉さん!周りを見て!」
「ん~?あら」

ここに来てようやく気付いたようだ。殺気に満ち満ちた野犬達の眼に。彼女は首を左右に振り、野犬たちを一瞥する。

「あらあら、私とひなちゃんのゆっくりしたひと時を邪魔しようっていうのかしら…」

そして

「…この身の程を弁えぬ不届きな畜生どもめが」

ひと睨み。
次の瞬間、周囲の空気が急激に重く、冷たいものに変化したかと思うと、野犬たちは次々と卒倒していった。

「え!何コレ!?覇気!?」
「いいえ、この気持ち…まさしく愛よ!」

驚くひなをよそに、彼女は既に元の表情に戻ってひなを変わらず撫で回す。そうあるのが当然とでも言うように。
一度ならず、二度までも災厄を退けた(と言うより正面から叩き潰した)彼女はどう考えても普通ではない。ひなは思わず尋ねた。

「お姉さんは一体…」

彼女は答える。幸せそうな顔で。

「私?私の名前は森定伝子。どこにでもいる普通のゆっくり大好きな女の子よ!」





「ここがひなちゃんのハウスなのね!」
「ええ」

ひなは、伝子を自分の住処…荒れ果てた社へと案内し、ひとまずここで一夜を明かすことにした。
本来ならば人里に送るべきなのだが、もうだいぶ日も暮れてきており、下山している途中で夜になってしまう可能性があるからだ。

(でも…)

ひなは考える。『この人なら別に、夜になっても大して問題ないんじゃないか』と。
あの後も災厄は次々と襲い掛かってきた。しかし彼女はその悉くを、何の苦も無く乗り越えてきたのだ。ひょっとしたら夜が更けて、
獣や妖怪が蔓延るようになっても軽く蹴散らしていたかもしれない。

(本当に何なのかしらこの人…。TATARI BREAKERってやつ?)

ちらっと、伝子の顔を見る。相変わらずにこにこ幸せそうに笑っている。恐るべき事に、この笑顔のまま降りかかる災厄を叩き潰してきたのだ。
末恐ろしい存在だが、しかし、ひなにとって彼女の存在は救いでもあった。決して他者とはいられない自分と臆することなく一緒にいてくれるのだから。
で、その彼女が今何を考えているのかというと。

(あぁぁ…ひなちゃんかわいいよひなちゃん。一緒にお泊りできるなんて夢みたい…ん?ちょっと待って、一つ屋根の下に二人っきりで
一晩過ごすっていうことはつまり…えええええええ?そういうこと!?そういうことなの!?
ふっ、ふつつかものですがよろしくお願いししまっしゅ…)

そう、貴女は少し不純すぎる。

「お姉さん、ごめんね。こんなボロ屋で…」
「なに言ってるの?ひなちゃんと一緒にいられるならたといダンボールハウスだって私にとっては高級ホテル以上の寝床よ!」

そう言って再びひなを抱きしめ、頭を撫でながら頬擦りする。最初はうぜえと思っていたひなは…まぁ、実を言うと今でもうぜえと思ってはいるが、
他者と触れ合う事に対してちょっとくすぐったい心地よさも感じていた。

「じゃあ、おやすみなさい。お姉さん」
「うん!ゆっくり寝ようねひなちゃん!」

その晩、ひなは彼女に抱かれて静かに眠った。自分を包み込む、温かくて柔らかくて優しいもの。ひなは感謝していた。災厄を物ともせずに
自分を愛してくれるこの女性を。
だから、つい、寝言に出てしまったのだろう。



(はぅっ…ほぁぁっぁぁっぁあああ…)

ひなはすぐに寝入ったが、対して伝子はなかなか寝付けないでいた。当然である。

「…ゅー……ゅー…」
(かっ…かわいい!かわゆすぎる!)

彼女にとって最愛の存在であるゆっくり、その寝顔を間近で見せられているのだ。テンションMAXで睡眠どころではない。

(生きてるって最高…あ、やばい鼻血出そう)

起こさないようにゆっくりと髪を撫でる。そのさらさらした髪に、柔らかい肌に触れるたび、寝息を耳にするたび、寝顔を見るたびに
伝子の心はこの上ない幸せに満たされていく。
そこへとどめが入った。

「ん……おねぇさん……」
(マズい、起こしちゃった!?)

少し焦ったが、どうやら寝言だったようだ。ほっと安心して心に隙が出来たとき、ひなはうっすらと笑って続けて言った。

「…ありがとう…」
(!!!!!!!!!!!!!)

伝子の心は大きく揺さぶられた。出来る事ならこの衝動に身を任せ、山を一気に駆け上がって頂上で何か叫びたいところであったが
ひなを抱いている以上そうもいかない。ただ鼻血は出た。

(こちらこそありがとう!この世の全てにありがとう!)

感激のあまり同時に涙も出た。なんだこれ。気持ち悪ぃ。



―――翌朝。

「お姉さん、早いのね」
「あ、ひなちゃんおはよー」

ひなが起きたとき伝子は既にそこにはおらず、外で体操をしていた。
とは言っても、別に伝子が早起きしたわけではない。ひなの寝顔に見惚れて一睡もできなかっただけだ。

「じゃあ…行きましょうか」

ひなは早速、伝子を人里まで案内する事にした。だがそれは、伝子との別れを意味する。久しぶりに手に入れた温もりを手放すのは
ひなにとってとても辛い事だった。だが、わがままを言って伝子を引き止めるわけにもいかない。ひなは、そんな気持ちを悟られまいと
必死で平静を装っていた。



「そういえばさー」

だいぶ人里に近くなったところで、伝子がふと疑問を口にする。

「人里にもゆっくりがいるのよね。どうしてひなちゃんはあんなところで一人で住んでるの?」
「それは…」

理由を話そうとした時、ひなの目があるものを捉えた。里に住むゆっくり達だ。
…どうやら、理由を話す必要はなくなったらしい。

「ゆっ、ひなだよ!村に近づかないでね!」
「とっとと出て行ってね!」
「迷惑なんだよー!」
「疫病神は大人しく山に引きこもるんだぜ!」

彼らは次々とひなを拒絶する言葉を口にする。そこには何の遠慮も配慮も無い。
あまりにもゆっくりできないその対応に、伝子は怒りを覚え、反論した。

「なんでそんな事言うの!?みんな一緒にゆっくりしたらいいじゃない!」
「お姉さん、誰?」
「誰でもいいぜ、ひなと一緒にいるんだからきっとこのお姉さんも疫病神に違いないんだぜ!」
「なんか視線もいやらしいよ!」
「いやらしくなんかないわ、愛おしいのよ!好きです!」
「なんか言ってる!わからないよー!」
「いいからとっとと出て行くんだぜ!ひなみたいに!」
「ひなみたいにって…あれ?」

隣を見ると、既にひなはいなかった。振り向くと、伝子の遥か後方、山に向かって帰っていくのが見えた。

「ひなちゃん待って!」

伝子は全力でひなの後を追って駆け出す。一瞬で追いついた。

「ひなちゃん、なんで大人しく帰っちゃうの?」
「…私は厄神、人やゆっくりの厄を集めて、それが戻っていかないようにするのが私の役目。私の周りには厄が漂っていて、近づいた人や
ゆっくりはそれが移って不幸になる。だから他の人やゆっくりとは一緒にいられないのよ」
「え…そうだっけ」
「そうよ。お姉さんはなんか妙な力で厄を追い払ってるけど、普通そうはいかない。だから私は一人でいるの。
お姉さんも、私と一緒にいたらさっきみたいに疑われるわ。私のことなんか忘れて、早く村に行って誤解だって説明」
「やだ」

ひなの言葉をすぱっと遮る。

「…お姉さん、ゆっくりの事が好きなんでしょ?私なんて放っておいて、あの子達とゆっくりすればいいじゃない」
「絶対やだ」

一呼吸置いて、伝子は続ける。

「ひなちゃんの言うとおり私は『ゆっくり』が好き。大好き。あいしてる。だからこそ、ゆっくりがゆっくりできてない状況を放っておいて
自分だけゆっくりするなんて事出来ないの。そんなの、本当にゆっくりが好きな人間のする事じゃない」
「…」
「だから考えましょう。ひなちゃんが、みんなと一緒にゆっくりする方法を。そして…」

伝子は拳を天に突き出して、声高に叫んだ。

「村のみんなもひなちゃんも、みんなで一緒にゆっくりするのよ!」

その表情は晴れやか。きっと彼女の頭の中には、村のゆっくりとひなと自分がゆっくりする光景が浮かんでいるのだろう。
絶対にそうだ。鼻血出てるし。
そんな伝子に背を向けて、ひなは冷ややかに言った。

「…お姉さんはバカね。最高のゆっくりバカよ」

泣きそうな顔を見せないように、震える声を出さないように。自分の事をここまで思ってくれる人間に出会ったのは初めてだった。
まぁ、その当人は

(ひなちゃんに褒められた!)

とか浮かれているわけだが。

「とりあえず、いったん戻りましょう…………!!!」

ゆっくりふわふわと進んでいたひなの動きが急に止まる。

「これは…」

その表情は、何かとてもよくないことを目の当たりにしたかのように、愕然としていた。

「まさか!」
「ひなちゃん!?」

ひなは急に猛スピードで山に突っ込んでいき、伝子もそれを追って山へ…社へと続く道とは全く違う、獣道すらない草むらの中を駆けて行った。





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最終更新:2009年12月19日 12:49