超・ゆっくらいだーDEN-KO 「厄神帳」-B




それは、一見すると獣のようだが、よく見るとその容貌は通常の獣のそれとは明らかに異なっていた。
まず、足の数がおかしい。普通の獣のように4本足のものもいるが、3本足、5本足、それ以上やそれ以下のもの。横や上に生えていて、
接地していない足をもっているものもいる。大きさも、個体ごとに違うどころか同じ個体なのにばらばらなのがほとんどだ。同じように
尻尾や頭の数も1本・1個ではないものが多い。
そして、何よりも…体中に無数についている目、鼻、口といった本来顔にあるべきパーツ。
異形のモノ。
そう呼ぶのにふさわしく、そう呼ぶ他に適当な言葉は見つからない。

「くそっ…」
「何なんだよ、こいつら!」

山の中、ぽつりと開いた洞穴の前。その異形のモノ達に、二人の男が囲まれている。

「やっぱり…」
「ちょっとひなちゃん、何なのアレ!?」

ひなと伝子は、それを見下ろす崖から身を乗り出してその光景を目にしていた。

「グググガガガガ……」
「ぐぅっ!」
「おい、大丈夫か!」

異形が男の一人に飛び掛っていき、噛み付く。それを避け損ね、男は腕に傷を負った。よく見ると二人とも身体のあちこちから
血を流している。このままいけば、力尽きるのは時間の問題だろう。
とりあえず、危機的状況にあるという事だけは把握できた。

「…ひなちゃん、何か知ってるみたいだけどそれは後で話してもらうわね」
「何するつもり!?まさか…」
「そうよ…」

伝子は崖の縁に足をかけ

「その、まさかよ!」

眼下の戦場へと飛び降りた。

「やめて!無茶よ!」

もう遅いと解りつつも、ひなは必死で止める。いくら伝子が超人的な能力を有していても、あの異形の群れに太刀打ちできるとは思えなかった。
しかし、我々は知っている。彼女の右手に握られたメダルと、左手に握られたキーホルダーの意味を。

『ユックライドゥ!』

我々は知っている。彼女がいったい何者であるかを。

「変身!」
『ディ・エーーーイキ!』

空中で出現したシルエットが伝子に重なり、光り輝く。

「グヴッ!?」
「何だ!?」

着地したとき、既に変身は完了していた。

「ゆっくり!?なんでこんな所に!」
「おい、とっとと逃げろ!」

逃げるよう促す二人をよそに、異形たちは新しく現れた獲物に次々と飛び掛っていく。

「グッ!」
「ブグァッ!」
「ガァッ!」

しかし、その全てがディエイキの放つ弾幕によって叩き落され、消滅していった。

「ふーん、撃ち落したら消えるんだ。わかりやすくていいわ。そんじゃ、あいつじゃないけど…一気にキメるわよ!」

想像と真逆の光景を見せられて唖然とする周囲をよそに、ディエイキは一枚のメダルをキーホルダーに差し込んだ。

「そこの二人、伏せてなさい!」
『ラストスペルライドゥ!ディディディディエェイキ!』
審 判 「 ラ ス ト ジ ャ ッ ジ メ ン ト 」

ディエイキのラストスペルが発動、無数の弾幕とレーザーが放たれ、異形の群れを一掃していく。
弾幕が終了したとき、そこに残っていたのはディエイキと咄嗟に身を伏せた二人の男だけだった。敵がいなくなったのを確認し、伝子は
変身を解く。

「人間になった?あんた一体…」
「今はそんな事より…ひなちゃん!」

呼びかけに応え、ひなが高台から姿を現した。

「てめぇ…疫…ひっ!」

男の一人がそれを見て悪態をつこうとしたが、伝子に睨まれて言葉を詰まらせた。

「ひなちゃん、あいつらは何なの?」
「…あれは多分、この地に封じられた妖怪の成れの果て…朽ち果てた妖怪の妖力と悪意が変異した姿」
「封じられた…あっ」

それを聞いた男二人がばつの悪そうな顔をする。

「何か知ってるの?」
「…そこの洞窟の中には、このへん一帯の妖怪を封じた封印があるわ。もっとも、封印が施されたのはかなり昔の事だから
村の人間で覚えてる人がいるかどうかはわからないけど」
「…なるほど、それを誤って解いちゃったわけね。でもまぁ良かったじゃない、見たところ大怪我してるわけでもなさそうだし」
「……でも、それにしては少し…」

そこまで言った時、突然洞窟の中から突風が吹き出した。否、風ではない。洞窟の中から先ほどのような異形の群れが
雪崩のように次々と飛び出してきたのだ。全員咄嗟に身構えたが、異形の群れは彼らを無視するかのようにどこかに向かって
駆けて行った。

「まさかこいつら、村に!?」

ひなの方を振り向くと、緊張した面持ちで頷く。嫌な予感は的中したようだ。

「急ぎましょう!」
「ちょっと待て!」

異形たちを追って村に向かおうとしたひなと伝子を男の一人が呼び止める。

「おい…お前も行くってのか?」
「…」

どうやら、ひなが村に行く事を快く思っていないようだ。

「…私は、村のみんなが不幸な目に遭うのなんて見たくない」
「どうだか。その不幸を呼び込んだのは…」
「いい加減にしなさいよ!原因はあんた達が封印解いたせいでしょうが!それに、今はそんな事で言い争ってる場合じゃないわ!」
「…」

さっき助けられた事もあるからか、男二人は伝子の言葉に不承不承といった感じで従い、共に村へと向かった。





「なんなんだこいつら、倒しても倒しても湧いて出てくるぞ!」
「おい、あっちからも来たぞ!」
「いったいあとどれだけいるんだ…」

村は既に異形の襲撃を受けていた。異形単体の能力は野犬より多少上程度でしかなく、村の男衆ならば十分に対抗できるのだが
数が多すぎる。その上、既に陽も落ちているため視界が悪く、更にもともと妖怪であった異形の力も夜の力を得て水増しされている。
家屋はどれも大なり小なりの損害を受け、迎撃する男達、逃げるところを襲われた女子供やゆっくりに至るまで傷を負っている。

「ああ…家が…」

一軒の家が炎に包まれる。視界を確保するために点けておいた松明の火が燃え移ったのだ。

「熱いよ!ゆっくりしないで逃げ…うわあああああああああああ!」
「何ッ!」

その家から一人のゆっくりが飛び出してきた。下手に外へ逃げるより、家の戸棚にでも隠れてやり過ごそうと思っていたのだろうか。
その判断は正解であり、同時に不正解でもあった。家が燃えさえしなければ、あるいは無事にやり過ごせたかもしれない。しかし
火がついてしまった以上その目論見は失敗に終わり、慌てて飛び出したところを運悪く異形に襲われたのだ。

「くそっ、間に合わん!」

男の一人がそれに気付き、助けようとするが異形は今まさにその爪を、牙をゆっくりに突き立てようとしている。
駄目だ。
間に合わない。

(もっと、ゆっくりしていたかった…)

ゆっくりの視界に映る全ての動きがスローになる。死の間際に味わう最期の『ゆっくり』か、それにしては意地が悪い。引き裂かれる
恐怖の瞬間を長時間味わう事になるのだから。
ふと、視界の端に妙なものが映った。すべての動きがスローになっているはずなのに、明らかに他とは異なる、段違いのスピードで
こちらに迫ってくる影がある。

「貴ッ様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

『それ』はそのままの勢いで駆け抜け、地を蹴り、右足を突き出して

「ゆっくりちゃんになァにやってんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

異形を一撃で蹴り飛ばした。否、蹴り飛ばしたというより、消し飛ばした。蹴りが炸裂する瞬間、足先から全身を包み込むような
円錐状の光が発生したかと思うと、そのまま蹴りぬいて異形を消滅させてしまったのだ。

「大丈夫!?」
「…おねーさんは…」

よく見たら、『それ』はそのゆっくりが昼間罵倒して追い返した女性、伝子だった。ひどい事を言った、ひどい事をした自分を
何故助けてくれたのだろう。

「早く逃げて」
「う、うん…」

そんな事を考えるひまもなく、伝子に押されてその場を離れ、近くにいた男達に保護される。

「おい、逃げろ!」

男の一人が急に大声を出した。伝子の後ろから10体近くの異形が襲いかかろうとしている。
だが彼女は動ずることなく

「変身」

短くそう呟いた。

『ユックライドゥ!ディ・エェェーーイキ!』

現れたシルエットが襲い来る異形たちを弾き飛ばし、伝子に重なり光を放つ。変身した伝子は、そのままゆっくりと異形たちの方を向き、
淡々とキーホルダーにメダルを挿し込んだ。

『ユックライドゥ!毛玉!』

キーホルダーから8つの光が飛び出し、ディエイキの周囲にゆっくり顔のついた毛玉のようなものが現れる。

「今の私は…」
『ラストスペルライドゥ!』

続いてメダルを挿し込むと、ディエイキの眼前にホロスコープが出現した。そこに表示されたレーダーに映る光点に次々と
『LOCK』の文字が表示される。

「阿修羅をも凌駕する存在よ!」
『ディディディディエェェイキ!』

次の瞬間、ディエイキと周囲の毛玉ゆっくり達による弾幕のフルバーストが炸裂し、異形たちは一体残らず消し飛んでいった。

『ユックライドゥ!にとり!めーりん!きめぇ丸!れみりゃ!』

毛玉を回収し、新たに4体のゆっくりを呼び出したディエイキはきめぇ丸とれみりゃを上空へ飛ばした。2体のスピードと飛行能力で
全体の状況を把握するためだろう。
次に呆気にとられている男達の方へと近づき、にとりとめーりんを寄越す。

「みんなをどこか一箇所に集めて防衛しなさい。その子達ならきっと役に立つはずよ」
「あんたは一体…それに、あいつらはなんなんだ!?」
「話は後!今はとにかく生き残る事を考えなさい」
「おねーさん!」
「あ、こら!」

男の手からゆっくりが飛び降り、ディエイキの目の前まで飛び跳ねる。

「おねーさん、昼間は…」
「ストップ」

何か言おうとしたゆっくりを遮り、ディエイキはふっと笑った。

「それを言う相手は、もう一人いるでしょ?」
「…」
「私達は他の人たちを助けてくる。後で一緒にゆっくりしましょう!」
「あっ!」

そう言って、ディエイキは異形のうごめく闇の中へと消えて行った。



「このぉぉぉぉぉぉっ!」

ディエイキが頭から異形に突っ込む。帽子のアレが刺さり、子供に襲い掛かっていた異形は消滅した。しかし、新たに2体の異形が
ディエイキに喰らいつこうと飛び掛る。

「甘いッ!」

飛び跳ねて回避し、弾幕をバラまきそいつらを牽制しながら着地。そしてすばやくメダルを取り出しキーホルダーに挿入する。

『スペルライドゥ!罪符「彷徨える大罪」!』

「「グァァッ!」」

スペルが発動し、異形たちは弾幕の中消滅していった。

「歩ける!?」
「う、うん…」
「広場の方にみんな集まってるわ、そこなら安全よ。早く行きなさい」
「うん、ありがとう!」

助けられた子供はそう言って広場の方に駆け出した。ディエイキは一息つき、きめぇ丸かれみりあから情報をもらうために上空を見上げた。
しかし

「きゃあああああああっ!」
「しまった!」

先ほどの子供の悲鳴が聞こえた。顔を向けると、物陰に潜んでいたと思しき異形が子供の前に立ちふさがっていた。
一応安全は確認したつもりだったが、連戦によって注意力が下がっていたのかそこまで気が回らなかったようだ。

(間に合わない!)

子供との距離は既にかなり開いており、直接攻撃はもちろん弾幕を放ってもその前に異形の攻撃が成立してしまう。その上ディエイキと
異形の直線上に子供がいるためこのままの角度ではそもそも弾を撃てない。きめぇ丸とれみりゃも上空にいるため救援に行けそうにない。
どうあがいても間に合わない…しかし、異形の攻撃は子供に届く事は無かった。

「グブッ!」
「え!?」

『何か』が異形にぶつかり、その身体を弾き飛ばしたのだ。『何か』はそのまま異形に攻撃を繰り返し、反撃を受けつつもなんとか
滅する事に成功した。

「なんで…」
「どうして…」

その光景を見ていた子供とディエイキの口から言葉が漏れる。

「なんで、助けてくれたの…?」
「どうしてこんな無茶するの!?」

二人の言葉によろりと振り向いた『何か』…ようやく追いついて、村に辿り着いたひなは呟いた。

「…みんなに、厄が降りかかるのは…みんなが、不幸になるのは…耐えられないから…」

ゆっくりひなは、厄をとる。みんなを不幸にしたくないから。みんなをゆっくりさせていたいから。
たとえそれが自分を迫害する者であっても。たとえそのために異形の怪物と戦う事になっても。
彼女にとって最優先されるのは、『厄を祓い、ゆっくりさせる事』。
そのためならば、自分の身体が、自分の心が犠牲になるのも厭わない。

「…どうしても、やるって言うの?」

ディエイキの問いに、ひなは力強く頷く。覚悟の炎をともした瞳、危険を説いたところで引き下がるとは思えない。

『ユックライドゥ!りぐる!さなえ!』

ディエイキは2体のゆっくりを新たに呼び出し、ひなにつけた。

「だったら、その子達と一緒にみんなを助けて回って。それと、絶対に死なないで。あなたが死んだら、とても…それこそ自分が
死んじゃうくらいにゆっくりできなくなる奴が少なくとも一人いるから」

ひなの瞳をまっすぐ見据え、ディエイキは言った。それに応え、ひなは再びゆっくりと頷く。ちょうどそこへ、避難状況を
知らせるために上空かられみりゃが降りてきた。

「私はまず、途中にいる要救助者を保護しながらこの子を連れて広場まで行くから、ひなちゃんはこの近辺の人たちを
助けて回って。お互いの連絡は上にいるれみりゃかきめぇ丸を通して行いましょう」
「わかったわ」
「必ず全員で生き延びて、みんなでゆっくりしましょう。じゃあ、行くわよ!」

ディエイキとひなは二手に別れ、村人達の救助と異形の殲滅に向かった。夜の闇、潜む異形たち、そして何よりも長時間の
活動による疲労に苛まれながらも、二人は着々と救助を続けていく。上空にれみりゃときめぇ丸を飛ばして状況の変化に対応できる
ようにしたのが功を奏したか、怪我人こそはいたものの重傷者や死者は出さずに無事、全員を救出する事が出来た。その後、広場の
防衛をにとりの張ったバリアとめーりんや村の男達に任せ、残った異形どもの掃討に入る。
戦って、戦って、戦い抜いて…全てが決着した頃には、もう夜が明けていた。



「あれは…!」

農具を持って広場を防衛していた男の一人が、傷だらけで現れたディエイキの下に駆け寄る。

「…全員、無事なの…?」
「ああ、あんたのお陰でな…それより、大丈夫なのか?」

ディエイキは変身を解き、伝子に戻る。それと同時ににとりやめーりんの姿も消えた。

「ええ、もう大丈夫よ…あのブサイクな妖怪たちは全部片付けたわ…」
「そうじゃなくて、あんたの身体がだよ!」

変身を解いた伝子の身体も、やはりボロボロだった。そして顔色もよくない。夜通し戦い続けたのだから当然だろう。

「平気よ、これくらい。いつも…でもないけど、けっこーちょくちょくあるから。こーいうの…」
「…ここまでしてくれたあんたを悪く言うつもりじゃあないんだが、あんた一体何者なんだ?」
「ん…そんな事より…………あ…」

伝子は広場を見回してひなの姿を探す。4,5回ほど見直してからなんとなく山の方を見ると、一人でふらふらと山の方へと向かう
ひなの姿を捉えた。

「…そうか…あの野郎ッ…!」

広場にいた何人かもそれに気付いたようで、ひなの所へと走っていく。その姿に伝子は危険を感じた。
なぜならば先頭を走る男、彼の顔には怒りの表情が現れていたからだ。

「待ち…っ……!」

彼はおそらくこの災厄がひなによってもたらされたものだと勘違いしている。止めなければ、そう思って声をあげようとするが
身体の痛みがそれを邪魔する。そうしている間に男はひなに追いつき、右の拳を大きく振り上げた。

「お前のせいだな!この疫病神が!」

そう言って拳を振り下ろす。思い切り打ち込まれた拳は嫌な音を立てて左の頬に食い込み、身体を弾き飛ばした。

「ぐ………っ………がはっ…………」

殴られたときに口の中を切ったのか、血と涎を垂らしながら蹲って苦しそうなうめき声を吐き出す。

「はぁっ………はぁっ……………」
「…何……………やってんだ……………?」

殴った男は、拳を振り下ろした格好のまま、今度は唖然とした表情でそれを…ひなとの間に割って入り、代わりに殴られて
蹲る男を見ていた。
その脇を別の男が走りぬけ、同じく唖然としているひなを抱きかかえる。少し遅れて老若男女の人間やゆっくりが集まり、ひなを
心配そうな顔で見つめる。

「ごめんね…ありがとうね…」
「こんな傷だらけになってまで…」
「ゆぅ…リボンがぼろぼろだよ…私のリボンを代わりに使ってね!」
「私のも!」
「今まですまない…俺たちは君にひどい事を…」
「そんな事より早く手当てしないと!」

状況を把握できず、されるがままになっていたひなだがやがて重要な事を思い出し、声を上げる。

「あ………え……?そ、そうだ!みんな離れて、厄が…あれ?」

その時ようやく気付いた。ひなの周りに漂っていた厄が、いつの間にかほとんど消え去っている。

「どう…なってるの…?」

急変した村人達の態度といつの間にか消えた厄。それらの疑問に加え、長時間の戦いによって疲れきったひなの頭は、彼女を眠りの
底へと誘った。目を閉じたひなに村人達は一瞬どきりとしたが、直後すぐ聞こえた寝息にほっとしつつ、手当てをするため大事に
抱えて村の中へと運んでいった。

「どうなってんだ…?」
「…あいつは、疫病神なんかじゃなかった。それどころか守り神だったってことだよ…いってぇ……」

殴られた方の男…封印を解いてしまった男の一人でもある彼は、頬をさすりながら立ち上がり、殴った男に近づきながら話す。

「お前は見てないかもしれんが、あいつは何人もの女子供やゆっくりを助けたんだ。自分はあのバケモノどもの牙や爪を
受けながらな。それに今回の事件の発端はあいつじゃない、悪いのは…知らなかったとはいえ封印解いちまった俺たちだ。
だから殴った事については謝んなくてもいいぞ」

殴った男は急な話に戸惑っているのか、わけがわからないといった顔で何度も何度もひなの方と殴られた男を見返す。

「…詳しい事は後で話すよ。とりあえず今は、これだけ覚えといてくれ。あいつは疫病神なんかじゃない、この村の大恩人だ」





数日後、早朝。

「こら、まーた黙って帰ろうとして」
「だめ!離して!………あ」

こっそり村を出て行こうとしたひなを捕まえた女性の頭の上に、鳥のフンが落っこちた。

「………」
「だから言ったのに………」

『異形事件』から数日経ち、ひなの周囲には徐々に厄が戻り始めていた。どうやらあの時はひなの周囲にあった厄が異形に移り、
消滅した事で一時的に減っただけであり、厄神としての能力・役割が失われたわけではなかったようだ。時間の経過と共に再び
漂い始めた厄を見て、ひなはそう結論付けた。
『疫病神ではなくて、厄を引き受けてくれるありがたい存在だった』という事を理解してくれた村の人たちにもちろんその事は
話したのだが、『まだ傷の癒えきっていない恩人をそのまま山に返すわけにはいかない』と引き止められている。

「そうそう、ひなちゃんを抱っこできるのは私だけなんだから♪」

そう言いながらひなを取り上げたのは伝子。落ちてきた瓦を避け、倒れてきた木材を指先一つで押し返して愛おしそうに
ひなに頬擦りする。その右腕と左足には包帯が巻かれている。彼女もまだ完治してはいないようだ。とは言っても事件直後の
状態からすれば驚異的な回復力ではあるが。

「今のところ近づかなければ問題ないみたいだし、傷が治るくらいまではいたらいいじゃない」
「そうだよ!ゆっくりしていってね!」

事態に気付いたのか、近くの家から一人のゆっくりがひょこっと出てきた。

「でも、治ったら出て行くのよね…」

頭を洗って戻ってきた女性が残念そうに言う。

「それは…仕方ないわ。私のせいで不幸になる人なんて見たくないもの」
「でも、そんなの寂しいよ!ゆっくりできないよ!」

恩人であるひなには村でみんなと一緒にゆっくりしてほしい。
しかし村にいるとみんながゆっくりできなくなる。
ひなの事を知り、受け入れてしまったがために選ばなければならない2択。

「…ひなちゃん、もう一回確認するけど厄ってモノには移らないのよね」
「?ええ、生物以外には移らないわ」

伝子からのこの問いは2度目だ。同じ質問を昨晩にもされた。一体なぜそんな事を聞いたのだろうと思っていると、
彼女は一冊のノートを取り出した。

「だったら、これ…気休めにしかならないかもしれないけど…」





『この間のお魚ありがとう、すっごくおいしかったわ。でも最近、大岩がある辺りの沢に厄が溜まってるからしばらくはあのへんに
近づかない方がいいわよ。それと、こないだ見つけたんだけど山の東の方にある林にマツタケが…』

ノートを持ち帰ったゆっくりは楽しそうにページをめくりながら、書かれている事を読んでいく。
このノートは、あの日伝子が取り出したノート。その日あった楽しい事とか伝えたい事を書いて相手に渡して、相手には同じように
嬉しかった事とか発見した事とかを書いてもらってまた受け取る。曰く、『交換日記』というものらしい。

「でも、この名前はどうなのかしらね?」

ゆっくりと一緒に日記を読んでいた女の子がふいにそんな事を口にする。日記の表紙には『厄神帳』と書かれていた。

「なんだか、悪いものみたい」
「それでも、これはひなとみんなをつなぐ大切なものだよ!それに中を見たら、楽しいものだってすぐにわかるよ!」

『厄神帳』は、厄神と村人をつなぐもの。
『厄神帳』は、楽しい事がたくさん書かれた、とてもゆっくりできるもの。
だから厄神は、とてもゆっくりできるもの。
この地域の厄神・ゆっくりひなと厄神帳は、こうして語り伝えられていく事になる。

「うん、そうよね。そうだよね…あ、ここでお返事終わりみたい」

二人はひなからの返事が書かれた最後のページを読む。そこにはこう書かれていた。

『そういえば、これ(厄神帳)を考えてくれたあのお姉さん。みんなを守って戦ってくれたときはかっこよかったけど、
あの後ゆっくりを見るたびに妙に嬉しそうというか幸せそうな顔をして…なんだか変なお姉さんだったね。
一体何者だったんだろう?ひなは何か知ってる?』

『私も気になって何回か聞いてみたんだけど、どうにもよくわからなかったわ。確かゆっくりが好きで好きでたまらないみたいな
事は何回も言ってたけど…そんなの見てればわかるわよね。他には…意味はよくわからないけど、こんな事も言ってたわ。
たしか…』





「通りすがりの、ゆっくらいだーよ!」





-おしまい-



[ おまけ ]

「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
「うっめ!これめっちゃうっめ!」

山の中の秋姉妹宅。れいむとまりさが皿に盛られた料理をガツガツと平らげ、しずははそれを満足そうに見つめている。

「あなたたち運がいいわ。秋に私達のところに来るなんてね…さあ、秋の味覚をしっかりと味わいながら…」

しずははくるりと後ろを向き、再びこちらに振り返りながら

「ゆっくりしていってね!」

と叫んだ。すると紅葉、楓、銀杏をはじめとした様々な葉が現れ、部屋中を彩った。

「このしずはすごいよ!さすがみのりこのお姉さん!」
「大人気間違い無しだぜ!」
「ふふふ、もっと言いなさい称えなさいもっともっともっと…あら?」

しずはは何か微妙な表情でもぐもぐ料理を食べている紅里に気付いた。

「どうかしたの?あんまり食が進んでないようだけど」
「え?あ、いや、何でもないよ」
「そう?まだそれ一皿目じゃない。あの二人はとうに二桁を突破してるわよ」
「それはあいつらの食欲が異常なだけ…とにかく何でもないし、料理も美味しいから気にしないで」
「ふーん…そう…」
「おかわり持ってきたわよ!どんどん食べてってね!」
「「秋最高!」」

お世辞を言いつつどんどん食べるれいむとまりさ。
褒められまくって大満足の秋姉妹。
そんな彼女達を他所に、紅里は複雑な表情で運ばれてきた料理を見つめていた。
言えない。
言えるわけがない。
こんな幸せそうで、満足そうな秋姉妹に

(『ナシゴレンは秋にも梨にも特に関係ないわよ』…なんて…)

[ おまけおしまい ]




書いた人:えーきさまはヤマカワイイ

この作品はフィクションです。ゆえに実在する人物だのなんだのとは一切関係ないんじゃないかと思います。
ついでに言うと、『厄』および『厄神』については話を作るうえで都合のいいように解釈してるので
微妙に間違ってるかもしれませんが、気にしてません。


  • 決めるところは決めるのがでんこのいいところ
    オチ要員じゃないと普通にカッコいいところもあるのよねこの子 -- 名無しさん (2009-12-19 15:13:28)
  • 毛玉はディエンドで例えるならライオトルーパーズみたいな感じですかね。最後ひなが報われてよかった。 -- 名無しさん (2009-12-20 10:43:21)
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最終更新:2009年12月20日 10:43