緩慢刀物語妖夢章英 後編-1

「だから、みょんはよーむでみょんと言う名前じゃないみょん」
「だから、私の名前は烏丸彼方。とりまるでもかたなでもないっ」
 脇に並び立つ桜が咲き誇る西行国街道の夜に二つの影があった。
一頭身でのろのろ動いている影はゆっくりみょん、刀を腰に携えている影は少女烏丸彼方。
二人は最強というわけでもなく世界を動かせるほどの力なんて一つもないけど彼女らは彼女らの物語を進めていく。
 二人が向かうは西行国潔玉城。桜の道のその奥に聳える幽玄の城である。


 緩慢刀物語 妖夢章・英   後編

「みょみょみょみょん、ねむいですね」
「そうだねぇ、眠いねぇ」
 遠くから見れば威厳たっぷりの潔玉城だがそれは全体としての話で城門はいたって普通の城門である。
その城門の前に門番と思しきゆっくりと女性が欠伸をしたりしてぼーっと突っ立っていながらも門番としての職務を行っていた。
「そんじゃしりとりでもしますか?」
 門番のゆっくりみょんが自分の半霊をこねくり回しながらそう女性に提案する。
一応彼女らは今職務中であるのだが女性は積極的に首を縦に振った。
「じゃあしりとりのりから……………力学」
「くだ」
「団地」
「ちーんぽ!!」
 門番のゆっくりみょんが卑猥な言葉を発したためしりとりはお流れになり二人はまたただのんびりと立ち尽くしていた。
そもそもこの平和な西行国で侵入するような輩は殆どと言っていいほどいないのだ。彼女たちが怠慢になるのも無理はないだろう。
それらがもう彼女らの日常となってきている。
 しかし今日はちょっと違った。彼女らの視界に二つの影が映る。
「ん?あれって確か………」
「まなみしよーむどのみょん。けどうしろの子はいったいだれでしょうちんぽ…」
 あれこれ彼女だとか娘だとか隠し子だとか予想し合っている内に主人公のみょんと彼方は門番のすぐ傍まで来ていた。
そして門番ズはみょんが口を開くと同時に門の前で横並びになってゆっくりでお決まりの配置になる。
「「よーむどの!!ゆっくりしていってね!!!」」
「お久しぶりでござる。ええと、崇愛梨殿と皆仕みょん殿だったでござるか?」
「さすがまなみしよーむどの!みょんたちのなまえをごぞんじとは!そこにしびれるあこがれるぅ!」
「真名身四妖夢さん、その後ろの子は?」
 一応門番としての職務を行おうと愛梨はそう尋ねて彼方を指差す。
ただその時の二人の表情は真面目な門番が見せる表情じゃなくて女子高生が遊びの時に見せる表情に似ていた。
「この子は刀烏丸、漆日という異世界からやってきた不思議な少女でござる」
「…………はぁ?刀鳥丸ですか。男性みたいな名前ですね」
「……………私の名前は烏丸彼方、名前以降は正しいよ」
 もうツッコミ切れなくなったのか彼方は不機嫌ながらも名前の訂正だけで留める。
だが門番ズはそんな訂正なんか気にしてもいないようで猜疑に満ちた眼差しで彼方を見つめていた。
「異世界………………ですか。それも不思議……………真名身四妖夢さん、だらだらしてる内にもしかして頭が……」
「ぶぷっ!!」
 『不思議』『異世界』。科学の世界でさえそうなのにこの刀がはびこる世界でこれらの単語がどれだけ異彩を放つのだろうか。
案の定と言うか門番ズはみょんと彼方を痛い人を見るかのように哀れみの目を向け、そして嘲笑した。
「そんな事言ったってかなた殿が自分でそう言ってるんだから仕方ないみょん!!」
「私に責任押しつける気かテメー!!!」
「……………ずいぶんと仲よろしいですね」
 嘲笑もいつの間にか微笑に変わり、愛梨とみょんの門番ズは互いに顔を合わせ職務のことを話し合う。
やっぱり恋人!?とか言うパラグラフも入っていたような気がしたがみょんは気にしないことにした。頑固者だけどスルウスキルはあるのだ。
「まぁ真名身四妖夢さんの恋人………あ、いや!連れ子なら問題ない…………あいやいや連れ人なら問題ないですね、どうぞどうぞ」
「………………職務態度酷いね、みょんさん」
「まぁ平和な証でござろう……………」
 そう言いながらも溜息をつくみょんをよそに門番ズはニヤニヤした顔つきのまま門に駆け寄りその閂を外す。
「えるかむおんあわきゃするう!!」
 その言葉と共に門番ズによって勢いよく門を開かれ、彼方とみょんに城内の光景が目に入る。
 幽玄の城という通り名はまんざら誇張ではない。
門の開かれたその先の景色はまるで都の様に整えられていて、その上人の手が入ったことを察知させない自然の作りとなっていた。
 夜桜が優雅に舞う。微かな露が月の光を反射する。砂が鮮やかに地面を彩る。
それはまさに『異世界』のよう。外と切り離された『不思議』な空間。
「………………………………」
 名前を間違えられたり恋人とか連れ子だと思われたりして不機嫌であった彼方もこの光景を目の当たりにして呆然と立ち尽くす。
そしてほんの少し微笑んだかと思うと彼方は糸が切れたようにはしゃぎだした。
「すげーーーーーー!!!すげーーーーーー!!!こんなの見た事無い!ひゃーひゃーひゃーー!!!」
「お、おきにめしてなによりみょん…………」
「はやくはいろーーーーーーーーーーーー!!!!みょんさああああん!!!」
 異常に興奮したまま彼方はみょんを鷲掴みにして一気に城内に入っていく。
そのはしゃぎっぷりに愛梨は驚きつつも微笑ましさを感じ笑顔のまま門を閉じようとした。
「………?あれ?みょんさん、早く門閉めましょうよ」
「みょんはみょんじゃないみょん。ようむみょん……………」
「何処からどう見たってみょんさんじゃないですか」
「………………みょんは真名身四妖夢みょん……………」
 愛梨はその目の前にいるゆっくりみょんをまじまじと見て、そして手をぽんと打った。
「ああ!」
「ひでぇ」


「間違えた間違えた、だって似てるんだもん」
「ゆっくりも見分けられないとは……」
 幽玄の庭を越えた先はうってかわり至って普通の城内。みょん(主人公)とみょん(門番)を交換し、彼方達は潔玉城の廊下をゆっくりと歩いていた。
深夜とは言えど国の中心部、城の中は多くの人間やゆっくりが行き交う、
すれ違った者、たまたま二人を目にした者、その誰もが一度は彼方達に興味を持ち何事もなかったように去っていった。
「だって私の国にはあんまりゆっくりがいなくてさ、ゆっくりは全部同じに見えるんだよ」
「か、あ!このみょんの綺麗なおめめ!よくみるでござる!」
 みょんは唐突に振り向き目を見開いて彼方を見つめる。見開きすぎて少々気味が悪い上になんかその目から赤い液体がこぼれだしている。
「うわ…………………わ、わかった。みょんさんはみょんさん。そんな目してるのはみょんさんだけだと思う……」
「分かれば宜しい!」
 みょんは前を向いて再び進み出すが彼方は一度一歩踏みとどまってみょんの影踏まず。
あんなゆっくりとかけ離れた目をを見たら誰だって引くだろう、現に周りにいた人やゆっくり達もみょんの知り合いであるにも関わらずみょんから距離を取っている。
「………………な、なんかこういう場所初めてだな」
 彼方は先ほどまでは気楽であったにも関わらず急にこの荘厳な空気に押され始め畏まってしまう。
その理由は心を許したみょんと距離を取ってしまったことであろう。離れたのは自分だけど何処か不安になってしまう。
「………………………ね、みょんさん………………!!!」
 彼方は急に怖気を感じ辺りを見回す。しかし廻りの皆は全員みょんから距離を取っていた、それは彼方と距離を取っていたのと同じ。
それなのになぜ背中にこうも怖気が走るのだろうか。彼方は物見遊山の気分から一転言い様もない恐怖に襲われる。
「みょ、みょんさん。な、何か怖い」
「みょ~?ああ、それうちの忍者みょん」
「はへ?」
 あまりの即答っぷりに彼方は拍子抜けした。
「いやぁ、かなた殿は一応来訪者みょん。それ故に隠密の監視を受けてるのだと思うでござる」
「そ、そうなの。じゃあこの怖気は………」
「眼力」
「隠密こええーーー!!」
 と、おどけてみるものの彼方はまだその恐怖となった視線を感じている。この間のこともあって忍者にはいい思い出はない。
そんな彼方の様子を見てみょんは仕方ないという風にもみあげを差し伸べる。
「着いてくるでござる」
「あ、うん。ありがと……………」
 彼方はみょんのもみあげを手にとってそのまま共に進む。そのうち腰が痛くなったので止めた。
その代わり彼方はみょんをそっと持ち上げて腕の中に抱え込み、みょんはやれやれといった顔で自分達が進む道を指差していった。
 二人を見つめていた瞳が影の中で光る、それもまた二人を追うように闇に消えていった。


「お久しぶりです、妖夢様。今幽意様をお呼び申し上げていますので、しばしお待ちを」
 そんな事を従者に言われて二人は謁見室の前の部屋で待たされることになった。
彼方は手を組みながらも体を揺すり続けていることから落ち着かないように見える。
偉い人と会うことに慣れていないのだろう、時々腰に差している刀をいじって安心を得ようとしている。
「………………そうだみょん」
 ふと、ぽんと手の代わりにもみあげで手を打つような仕草をしてみょんは彼方の方に向く。
「かなた殿、一応この国の国主と会うわけだから………………」
「?会うから何?私緊張しまくりだよ」
 みょんはあえて言う必要がないと思ってそこで言葉を閉ざしたが、彼方は全く気付く様子もなくその問題のブツをいじりまくっている。
みょんは仕方ないと言った様な顔で溜息をつき言葉を続ける。
「刀を預からせて……………」
「テメェ回し者かっ!!」
 言い終わる前に彼方の手刀がみょんの前髪を切った。
先ほどまで立ちながら刀をいじっていたというのに、この一瞬でみょんをしっかりと狙えるように座りそれで手刀を放ったというのか。
何という反応速度だ。これではゆっくりできない。
「………………………」
 みょんは舞い上がる髪の毛を無言のままただじっと見つめていた。
言い様のない緊張感にみょんは口をそのまま閉ざすしかない。というか口を開けば彼方は容赦なく口の中を手刀で貫通させるような威圧感を放っているのだ。
「……………ん?今なんて言ったの?」
 ここまでやっておいてシラを切るつもりだ。
みょんはゆっくりとはいえ西行国の武士、このままこの小娘に舐められてはいけないという想いが高ぶってくる。
その想いもいつしか限界に達しみょんはこの緊張感漂った空気のスキ間を縫うように彼方に言った。
「……………いいでござるよっ、ただ幽微意様の前でそれをいじって見ろみょん…………
 すぐさま危険人物と見なされて……………隠密に殺されるが良い………みょみょみょみょみょ!!!」
 物凄く呪詛の念が籠もった脅迫である。
全く持って武士らしくもないし自尊心もあったものではないが、彼方はその脅迫に物怖じしている、それに合わせて空気も自然と変わっていった
「……………………う、殺されるのは嫌ぁ………」
 そう怖がってはいるものの彼方は依然刀を握りしめ続けている、
しかしみょんの言葉を思い出して慌てて刀から手を放したが、放したら放したで不安になり部屋の隅に駆け込んで縮こまってしまった。
「怖いよぉぉぉ………」
「…………はぁ、だから会う間みょんが預かるみょん、きちんと仕舞っておくから安心して欲しいでござる」
「ううう…………」
 彼方は一度はみょんの方を向いたが再び壁の方を向いて唸り続ける。
そこまで信用無いのかと思ったが昨日の喧嘩と言い名前の言い間違いといい思い当たる節は沢山あった。
「…………………ほらほら、さっさと渡すでござるよ、ほら、今にも隠密の手がかなた殿の首に…………」
「ひええええ…………………わかったよっ」
 みょんの脅迫に耐えきれなくなり彼方は涙目ながらみょんに歩み寄る。
「…………信用するからね………盗ったりしたらブチ転がすよ」
「殺気を放ちながらそう言われてもみょん………ちゃんと預かるでござるよ」
 ある程度わだかまりはあるが互いの意思がしっかりと伝達したのだろう、二人は目を合わし頷き合う。そして彼方は少し躊躇いながらもみょんに刀を渡した。
ゆっくりに人間用の刀は重くみょんはしばらく刀を体の上に載せてもがいていたが、みょんは曲がりなりとも西行国の旗本武士。
生まれ持った平衡感覚と身体能力を駆使しみょんは器用に刀を口の中に仕舞った。
「何喰ってるんじゃあああ!!!」
「うげふっ」
 体を持たないゆっくりにとって物を仕舞える場所と言えば口の中しか無く、実際しっかりと保管できるような身体構造となっている。
だからみょんはしっかりと保管しようとして行動に移ったわけだが傍目から見れば食べているようにしか見えないのも事実である。
彼方もその様な解釈をしたようで、刀を取り返すためにみょんに飛びかかっていった。
「やっぱ返せッ!喰われるくらいなら殺されたほうがいいっ」
「喰うんじゃないみょん!仕舞うんだみょん!だから信用して欲しいでござるっ」
「いーや!信用できねぇ!どこに口の中に大切な物を仕舞うヤツがいるんだッッ」←真庭蝙蝠さんがいます
 彼方はみょんの口の中に手を突っ込んで刀を取り返そうとする。だがみょんは口の中に手を入れられた嫌悪感から思わずその腕に噛みついてしまった。
「いでええええーーーーッッッ噛みつきやがったのですーッ!」
「ふがふがふが!!(正義の人が書いた小悪魔みたいにです口調にすんじゃねぇこの牝ガキがぁ!!)」
「ぎえええええぇぇぇ………だが掴んだッ!このまま一気に引きずり出してやる!!」 
「むがぁーーむがぁーーーー!!(それは刀じゃなくてみょんののどちーんぽぉぉぉぉぉ!!!!)」
「お二方!!何をそんなに喧嘩しているのですか!もう幽微意様はお見えになってますよ! 」
 従者の怒声が部屋中に響き渡り直接の衝撃だけでも二人はすくみ上がってしまった。
ほんの数秒彼方とみょんは喧嘩の体勢のまま硬直する。
従者も含めてこの空間に沈黙が流れ、彼方の腕が弛緩し力なく垂れ下がりみょんもずるずると彼方の腕を滑るように床に落ちていった。
 旗本武士といえど所詮ゆっくりか、そんな侮蔑に塗れたような視線を送りながら従者の人は淡々と口を開く。
「……準備は出来ました。さあお入り下さい」
「………わかったみょん、さあいくでござるよ」
 その一言だけを彼方に言ってみょんは部屋の中に入っていく。
みょんが出て行った後も彼方は茫然自失としていたが従者の人の冷たい視線と
何処からか襲いかかってくる殺気に満ちた視線を感じ取り急いでみょんに続いていった。


 人が百人、ゆっくりなら千人くらい入りそうな西行国の謁見室でみょんたちは静かに鎮座している。広さだけではない。
右の屏風に描かれた色とりどりの植物の絵、左の屏風に描かれた湖の絵が客人達の視覚をもてなし、
また天井の近くに多くの窓があり部屋の至る所まで風が流れるように出来ている。
 しかし風が流れても場の緊張感というのは流れないもので、国主との対面を前に彼方の体は先ほど何かよりも硬直しきっていた。
「かかかかか、あししししし」
「静かにするでござる」
「だってててて、正座なななんて慣れてないしししし」
 足がないゆっくりが羨ましい、と強張って言う彼方に呆れてみょんはゆっくりと目の前の御簾を見据えた。
恐らくこの御簾一枚向こうに幽微意様がいらっしゃる。そう考えただけでもみょんもこの一頭身の体が硬直していくのを感じ取った。
「幽美意様のおな~~~~~り~~~~~」
 小節のきいた声が響きみょんと彼方の目の前にある御簾がゆっくりとあげられていく。
その御簾の奥には一人の人間と一人のゆっくり。
「えっと、どっちが国主なの?」
「頭下げるみょん!前も言ったとおりゆっくりの方が国主でござる!」
 急かされるままに彼方は頭を下げてその体勢で目の前の二人をまじまじと見る。
人間の方は短髪、容姿外見は中性的で一見では性別は分からず、瞳は小さい。あの時感じた怖気ほどではないがこの人の視線も身を震わせるほど鋭かった。
 そしてゆっくりの方はと言うと、ゆっくりのくせに手足があった。その代わり胴体はない。
脳天気な表情、ピンクの髪。これが本当に国主なのかと疑いたくなる。
「ゆゆ~」
 何かバカっぽい。彼方は国主を前にしてそんな事ばかり思っていた。
「ゆゆゆ~ゆゆゆ!ぽよよ~」
「……………………………ええ、おほん。幽微意様は『お久しぶり、客人を連れてくるなんて妖夢にしては珍しいわね』とおっしゃっております」
「またお目に掛かり光栄でございます。幽微意様」 
「…………………………………………?」
 彼方は今起こった状況を頭の中で反芻している。
まず目の前のピンクゆっくりがなんか単語にもなってないこと言った。その後横の人が翻訳するかのように普通の言葉を言った。
「ね、やっぱり隣の人が本当の国主なんじゃないの?やっぱゆっくりに国主は無理だよね」
「………………」
 国守を前にしての彼方の不躾な言動に誰もが嘆息する。
ある者は彼方自身に侮蔑の念を、ある者はその彼方を連れてきたみょんに対して。
 国主の隣にいた人間は他の人よりかは侮蔑の念を持っていなさそうだったがどうにも視線が依然冷たい。
「………………申し遅れました。私はこの西行国国主補佐兼翻訳係の尾戸針(おのとしん)と申します」
「ゆゆゆ~~ゆゆ!」
「……『そして私が西行国国主の西行幽微意幽意(さいぎょうゆうびいゆい)です。ゆっくりだけど国主なの。
 失礼と思われますが訳あって人間の言葉が喋れないからこうして通訳させて貰っています』と幽微意様はおっしゃっております」
「ゆゆゆ~~~!!」
 通訳を介した自己紹介をして目の前のゆっくりゆゆこは子供のように手足を動かし無邪気な笑顔を浮かべる。
そんな様子を見ても彼方にはどうもこのゆっくりが国主だと思えなかった。
「…………ねぇみょんさん」
「不服があるならあっちいけっ!」
 あんな事を言ったせいか語尾も付けず相当ご立腹のようだ。
彼方は仕方なく目の前にいるゆっくりを国主だと思うようにした。そう思わないと妙な疎外感に襲われる。
「ゆゆゆ~~ゆ~ぽよゆ~」
「こほん、『妖夢、用件は一応他の人から聞いているけど、詳細をお願い』とおっしゃっております」
「ははっ!二日、三日前、この西行国に永夜国の隠密がこの烏丸彼方の所持する覇剣を追ってこの西行国に侵入したみょん」
 怒っている割りにみょんはしっかりと自分の名前を烏丸彼方と言ってくれた。それだけのことだが彼方は少し嬉しかった。
「なに?それは真か!」
「ゆゆ?」
 尾戸は何故か隣にいるゆゆこよりも先に反応し、すぐにゆゆこに耳打ちする。
そしてそれを聞いたゆゆこは瞬時に先ほどまでの笑顔を少し曇らせる。
 ………………もしかしてあのゆゆこ、人間の言葉が喋れないだけでなく、人間の言葉も分からないと言うのか。
彼方はやっぱり目の前にいるゆっくりが国主とは思えなかった。
 きっとあのゆっくりは傀儡で隣にいる尾戸さんが真の国主なのだろう。
あのようなふわふわしたゆっくりで国民や臣下の心を手に入れそれで円滑に政治を進める気なのだ。
「汚い、流石国主補佐、汚い!」
「…………………私は意思がない通訳機械ではありません」
 つい妄想が声に出てしまった。そんな気恥ずかしさに彼方はどんどん縮こまっていく。
「落ち着くみょん……おのと殿は国主補佐兼通訳という肩書きだけど実際は西行国第二位の人みょん、政治部門担当でみょんは頭も上がらないみょん
 そしてこの国には幽微意様の通訳できるのがおのと殿しかいない、とりあえずその言葉は幽微意様の言葉みょん………」
「………けほん、『それで妖夢、それからどうなったのですか?』と幽微意様はおっしゃっております」
 ほんの少し嬉しそうな顔をして尾戸さんは通訳に戻る。みょんもちゃんと前に向き直り続きを語る。
「はい。幸いこの真名身四妖夢が何とか追い払い、かなた殿を自宅に保護したでござる。そこでかなた殿から様々な話を聞いたみょん」
「ゆゆゆ~」
「…………おほん『その話が今回このように謁見しに参った理由ですね。教えて下さい』と」
「………………かなた殿、お願いするでござる」
 と、言ってみょんは彼方の後ろに隠れて彼方に説明責任を押しつけた。
彼方はその躊躇いのない行動に呆然としたがゆゆこと針の視線に当てられ、かつて無いほど恐縮し歯の擦れる音がけたたましく響いた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あわわわわたしはかたつまかたなななですすす。ここのようなななばしょににいるのはははじめてで………」
「………………真名身四殿、事前にこの少女がこの国の者でないと聞いていますが………やはり通訳は必要かと」
「あ、ただ緊張してるだけでござる。一応みょんたちと同じ言葉を話せるみょん」
 彼方は震えながら何とか言葉を紡ごうとして舌を噛み悶え苦しむ。
本当ならこの威圧感から今すぐにでも逃げたい。しかし今刀はみょんの手の中、と言うか口の中だ。
彼方はひたすらに自分の後ろに隠れているみょんの事が恨めしく感じる。そう思うことによってある程度の緊張も解けてきた。
「わ、私は!烏丸彼方とい言います!性別女、年齢13歳、生まれも育ちも風華国です!」
「………………ゆゆ」
「『からすまかなた、と言うのですか。いい名ですね。しかし風華国というのは…………』」
 一気に自己紹介を終えたおかげで緊張を感じさせないほど彼方の舌も回ってきた。
そんな調子のまま足の指で後ろにいるみょんを擽り彼方はゆゆこの質問に答える。
「風華と言う名の国を知らないのも無理ありません。誠に信じられにくいことなのですが私はこの世界の人間ではないのです」
「………………………………………は?」「へ?」「ひ?」「ゆゆ~」
 案の定、言葉が通じないゆゆこ以外のこの場にいる全員が呆けた声を出して頭を傾げる。
視線が痛い。誰からも追及されず彼方は居たたまれなくなって口を開いた。
「…………………あのっ………その、どうやら私は異世界人のようで………………」
「……………………真名身四殿、これは……………………」
「おのと殿、貴公はこの場においては通訳係でござる。疑問はあるかとお思いだが幽微意殿にお伝え申し上げて下さいみょん」
 彼方の後ろにいながらみょんは強い口調でそう言い、ゆっくりと針に向かって頭を下げる。
針は不満と疑問に包まれながらも、仕方ないと行った表情でゆゆこに彼方の言葉を伝えた。
「ゆゆゆゆ~~~~~ゆ?ゆ~」
「………………………………『異世界ねぇ、一応聞いておくけど何処の辺りが異世界かしら』と、幽微意様はおっしゃっております…………」
 話をちゃんと聞いてくれる、そう思った彼方は嬉々として舌を回し始めた。
「はい、人とゆっくりが共存している所はこの世界と私の世界にあまり変わりがありません。しかしそれ以外は全く違います。
 まず国の違い、私がいた風華の国、島一番の大国であったのですがこのみょんさんは知らないと言います。そうですよね」
 彼方は針に向かってそう問いかける。元々針を中継しなければ成り立たない会話であるが直接自分に尋ねられたので針は少し困惑した。
「え、ええ、風華という国はこの島『日元』大小含めて無かったと思います」
「『日元』それも私の世界とは違っていました。私の世界での島は『漆日』と言います。
 別の島に来てしまったとのではないかという考えもありましたがやはり『日元』なんて聞いた事がないんです………」
「……………「ゆゆっ」『漆日………でも少し決定力に欠けるというか……』」
「…………………………………決定的だったのは」
 先ほどとはうってかわって彼方の口調が少し重くなる。だが言葉は止まらない。彼方は喋り続ける。
「月が……………二つありました」
「……………………月?」
「そう、月。私の世界では月が一つ空に浮かんでいました。しかしこの世界では月が二つ………………
 何処に行ったって月の数は変わらないはずなのに…………………」
「………………それが………………理由ですか」
 針は彼方を見つめながらその様に感慨深く呟く。そして思い出したかのように焦りながらゆゆこにその旨を伝えた。
「…………‥ふむふむ「ゆゆぅ………」『異世界から来た。それは信じても良いでしょう』」
「幽微意様………………」
 みょんはようやく彼方の後ろから出てきて目の前の二人と向かい合う。
そしてここまで説明してくれた彼方に激励の言葉を贈ろうとしたが彼方の表情を見てほんの少し戸惑った。
「………………………………」
 俯いているから前の二人には分からないと思うが、彼方は声を殺してただじっと泣いていた。
帰りたいんだろう。怖いんだろう。訳が分からないのだろう。それらの不安と恐怖を強制的に思い出させてしまったのだ。
「…………………かなた殿、みょんを信用するでござる」
「びっく………信用ずるも何もじんようじなきゃどうじようもないじゃない………」
 彼方は吹っ切れたようで袖で涙を拭き取り改めて前を見る。このわけの分からない世界、それに立ち向かわなければ行けないと知っているからだ。
「………………『さて、彼方さんが異世界人と言うことは分かりました。では本件を』」
「ははっ、かなた殿の話をしたのも全てはこれのため、これをご覧下さいみょん!」
 そう言ってみょんはもみあげを口の中に突っ込み、そこから覇剣『舞星命伝』をスルスルと取り出し自分の目の前に置く。
口の中に入っていたというのに唾液一つ付いてない。彼方は自分の手を胸に当て安心すると共にみょんの約束が本当だったと思い知る。
 酷い事しちゃったかな、彼方はそう思って自分の腕を触る。こちらは唾液まみれだった。
「これこそ永夜国の隠密が求め、かなた殿が所持していた覇剣でござる!」
「……………覇剣………ですって?ゆゆこさま!」
 覇剣と言う言葉が出たとき先ほどとは違った動揺が巻き起こる。
針も例外ではなく先ほどの冷静な態度では想像できないほど酷く狼狽し、おぼつかない様子でその事実をゆゆこに伝えた。
「ゆゆっ」
「…………『覇剣…………初めて見ました。いや本物なのですか?』とゆゆこ様はゆゆこ様はそう焦って言ってみたりっ!」
「お、落ち着くみょん、おのと殿。この刀の輝きを見れば分かるはずでござる」
 話を進めるためにみょんは二人にその覇剣を差し出す。それを彼方は手を出すことなくじっと耐えていた。
「………幽微意様、こっこれが覇剣らしいです」
「ゆ~~」
 みょんから渡された覇剣を針とゆゆこは二人で刃を鞘から引き抜く。
そして彼方の目に映るは昨日と同じ光景。刀身が光を放ち部屋中を照らしつくしていく。
「こ、これは…………っ!!!!!!!!!!!!!!」
「ゆぅ~~~~~~~~!!!!!」
 眩しさに耐えきれなくなってゆゆこはすぐに刃を鞘に収めるも場の騒ぎは収まらない。
彼方とみょん以外の皆は光に怯み、針は過呼吸で目を回し、ゆゆこもそんな針の介抱で忙しそうだ。
「幽微意様、い、いいのです。こんな私に気をかけなくても……」
「ぽ~よ~~~!!」
「………うっ幽微意様ぁ…………そこまで、私の事を…………」
 針は己から湧き出る劣情に理性が耐えきれなくなりその勢いに乗ってゆゆこに抱きつこうとする。
しかし彼方とみょんの視線に気付き針はゆゆこを元の場所に戻し、恥ずかしそうに一つ咳をした。
「…………確かにこれは覇剣と言っても信じられます。返します」
 そう言って針は二人の前に覇剣を返しみょんはそれを受け取ろうとしたがその前に彼方がいち早く取って腰に差した。
「……………幽微意様、おのと殿。色々見て貰った後でここから本件に入るでござる」
「……………言ってみなさい」
「……………………」
 みょんは存在しない喉を鳴らし、二人に向かって一度深く頭を下げる。こんなに気合い入れてどうするんだろうと彼方はみょんを見てそう思った。
「実はこの覇剣、先の隠密の戦いの時に傷が付き今にも修復しなければいけないのでござる。
 しかし先ほど問い合わせた所この国に覇剣を直せる刀鍛冶はいないと分かったみょん」
「え、いつの間に?」
「………先ほどみょん」
 彼方の疑問を一蹴してみょんは続きを申し上げようとしたが針は「もうよい」と言ってみょんの言葉を遮る。
「………………「ゆ~」『言いたいことは分かりました。つまりは国外に出るために彼女の護衛を頼みますと言うことでしょう?』と幽微意様は」
「………………………違うみょん」
 みょんのくぐもりながらも力強い言葉に針は一瞬だけ戸惑う。みょんは彼方の前に移動して二人に強く申し上げた。
「このみょん!かなた殿の刀鍛冶探しの護衛としてその許可をもらいに来たのでござる!」
「…………………真名身四殿、それは自分の立場が分かって言っているのですか?」
「おのと殿、通訳をお願いするでござる」
 みょんの鋭い言葉に針は自分の意見を言うわけにもいかず、ただ通訳係としてゆゆこにみょんの言葉を伝える。
「ゆゆ?」「…………『貴方は実質この西行国の武士の長みたいな者、だから貴方はこの国に居続けるべきよ』と幽微意様はおっしゃっております」
 本当にゆゆこが言ったかどうか分からない針の言葉。しかしみょんはその言葉を持ってしても信念を曲げることはない。
「……………みょんはかなた殿と約束したみょん。刀にかけてこのみょんが責任を取ると。
 約束を反故にするほどみょんの武士道は折れちゃいないみょん!」
「…………………………武士道?武士ならば国に居続けて君主を守るべきでしょう!!!」
「おのと殿!!どうか幽微意様の真実の言葉を申し上げて欲しいでござる!!!」
「………真名身四殿、それはまるで私が幽微意様の言葉をねじ曲げて言っているようではないですか」
 しまった、と言った顔で自分の口を押さえるみょん。やはりみょんもああは言っていたけれどこの中継を使う会話には疑問を持っていたようだ。
場の緊張が限界まで達しようとしている。ゆゆこもそれを感じ取ったのか針にすり寄るが針の感情を収まらない。
「………………ゆゆ~」
「ええ、幽微意様。私は怒ってはいません。だからそんな悲しい顔をしないで下さい、お願いします」
 そう言われてもゆゆこは針の所へ飛び込んでいく。しかしみょんはそれを見て感情の濁流をせき止められなくなってしまった。
「…………ずるいみょん、おのと殿は幽微意様にすり寄って貰えて羨ましいみょん!元はと言えば通訳係は桜庭家の仕事だったのに!」
「桜庭家が今いないんだから仕方ないでしょうに!羨ましいなどと言う個人的な感情をこのような場で持ち込まないように!!」 
「んだとォォーーーーーーーーーーーー!!武士道は主君に使えることを由とする!なら主君愛は最もだみょぉぉーーーーん!」
「ならば主君のために国を守ってみせろーーーーッ!!」 
 針とみょんの怒声が激しく交錯して謁見所は騒然とする。
仕舞いには互いに掴みかかろうとして廻りの人間とゆっくり達が止めたほどである。
「……………とにかくっ!!真名身四殿!!貴方は旗本という立場なのですから国外に出るのは控えるように!
 烏丸さんの護衛はこちらから派遣致します!返事は!?」
「絶対にノゥ!!!そもそもこんな平和なのに!」 
「平和!?そんな物に酔いしれて貴方は牙を失ったのですか!いつ崩れるか分からないものを!」
「二人とも落ち着けえええええええええええ!!!!!!!!!」
 突然彼方が叫び尾戸とみょんはすくみ上がる。
いきり立った様子で彼方は立ち上がり二人の間に立った。
「二人の意見どっちも筋通ってない!!針さんの話だとまるでこのみょんがいないとこの国が守れないような言い方して!!
 こんなちんけなゆっくりだよ!?何が出来るってのさ!!」
「ち、ちんけ……………」
 隠密から守ってあげたのはみょんなのに、とみょんは切なくなったが実際因幡忍軍と戦っていた時は彼方は気絶していたのだ。
みょんの剣術の腕前を知らずみょんをただゆっくりというだけで軽蔑している。
「そしてみょんさん!さっきから尾戸さんが代わりの人出してくれるって言ってるのに何でそう自分で行くって頑固になってるのさ!
 確かに約束はしたよ!でも意地張ってみんなに逆らう必要は無いんじゃないの!?」
「う……………………」
 みょんは返す言葉無く俯いてそのまま黙ってしまった。チンケと言われた事は真っ向から否定できる。
しかし頑固になった理由は今言うわけにはいかない。それはあまりにも私的なこと。しかしそれがみょんの夢。
みょんはただじっと言葉を飲み続け彼方を見据えるしかなかった。
「………………………烏丸さんがこう言っていることです。日程がお決めになったらお知らせ下さい、
 こちらからすぐ派遣しますので今日の所はお帰り下さい」
 結局彼方の仲裁のおかげで場の流れは完全に針に奪われ、みょんは針にも言う言葉が無くなってしまう。
みょんは唇を噛み締め、ゆゆこに一礼をしてからこの部屋からゆっくりと立ち去っていった。
「ま、待ってよみょんさん」
 彼方も針とゆゆこに頭を下げてみょんの後を追う。
国主の前からいきなり立ち去ることは失礼も際だったものであるはずだがこの場にいる誰もがそれを咎めることはしなかった。
ただ一人、ゆゆこだけはその背中を悲しそうな目で見つめていた。


「みょんさん…………」
 退出した後みょんは一回も彼方に表情を見せず潔玉城の廊下を漫然と歩いている。
彼方も素直にみょんの後に付いてきてる。しかし会話はない。
「……………………くぅぅ」
 みょんは先ほどの場面を何度も何度も反芻する。
あのまま針と口喧嘩を続けていたらいつかこちらから手が出たことは大いに予想が付く。その事に関しては仲裁してくれた彼方に感謝している。
だが偏見から生まれたたった一つの間違いのせいで場の情勢は全て針に奪われてしまった。
 みょんはちんけなゆっくりじゃない。その勘違いが自分の自尊心を激しく傷つかせ、自分の立場をなくしたことにみょんは激しい恥辱を覚えた。
それを今にでもこの無垢で無知な少女に証明してやりたい。だがそれももう遅いのかもしれなかった。
「みょん…………………」
 みょんはようやく立ち止まって俯きそして涙した。
所詮自分はゆっくりだ。このまま夢もなく厭世的に庭師の仕事を続けるのだろう。
そう思っただけで悔しさと切なさが涙と共にあふれ出てきた。
「…………みょんさん」
 彼方はそんなみょんの様子を見て、いてもたってもいられずみょんの正面に座り込んで宥めるように頭を撫でた。
「うぐぅ……見ないで欲しいでござるッ!こ、これは魂の涙みょん!」
「…………………ね、みょんさん。どうしてみょんさんはあそこまで旅に出たいと思ったの?」
 あの場ではみょんの主張の穴として指摘したが彼方は未だにその理由が分からない。
みょんは俯いて一度は口を紡いだが、このまま自分の意思を押し込めてるのも辛いと感じている。
色々考え抜いてみょんは彼方にこういった。
「庭、の方にいくでござる」
「へ?庭?」
「……………そこで話がしたいのでござるよ……」
 そんなせんちめんたるな空気を醸し出しながらみょんは彼方の胸に飛び込んだ。
みょんのいきなりの行動に混乱する彼方。そこで彼方はとある考えに思い至る。
 このみょんさん、もしかして私の惚れたのであろうか?と。
それならば先ほどの理由も合点が付く。人を愛したが故に上司に逆らって駆け落ち。こんな事謁見城という場で言えるはずがない。
「い、いやぁ、私には真白木さんという憧れの人が」
「早く行くみょん」
「………………分かったよぉ」
 照れている彼方に呆れたかのような表情でそう言うみょん。その態度に果たして愛はあるのだろうか!

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最終更新:2011年04月16日 22:43