緩慢刀物語妖夢章英 後編-2


 幽玄の庭が一望できる廊下でみょんと彼方はのんびりと座していた。
彼方は時々みょんの表情を見ながらも目の前に広がる美しさに心惹かれていた。
「……………………………」
 みょんはと言うと口の中から出した羊羹剣をまじまじと見つめている。
彼方はほんのちょっとからかって見ようと手を近づけてみるが、下腹部を触ってみた途端みょんは嫌悪感丸出しで彼方から距離を取る。
 ここに愛はない、そう痛感し、彼方は嘆息して再び外の景色を楽しんだ。
「………………………かなた殿、理由、でござったな」
「あ、うん………………どうしてあんなに頑なに……もしかして私の事が好き……?」
「…………………みょんは………………夢があるみょん」
 自分の言葉がさらりと流されたようでほんの少し怒りを覚えるが彼方はその夢という単語に心惹かれた。
みょんの視線は依然目の前の羊羹剣に固定されている。その状態のままみょんは彼方に語り始めた。

「みょんは武家の家に生まれた身であるけど子供の頃から甘い物がとっても好きだったみょん。
修行の合間に柏餅や金平糖、様々なお菓子をつまみ食いしてたでござる。それでよく怒られた物だみょん………そしていつも思ったみょん。
お菓子で出来てる刀があればいいなぁって…………そう思ってたら」
「あったんだね?」
「うん、あったのでござる。それを知ったのは確か七歳ぐらいの時だったでござろう………………
 でも手に入れるのはそう簡単じゃなかったみょん」
 みょんは羊羹剣を感慨深く見つめ、一つ嘆息をつく。
そして羊羹剣を口の中に仕舞ったかと思うとみょんは庭に出て彼方と向き合うように移動した。
「真名身四の家は代々真剣を取り扱ってきていたのでござる。みょんも例外じゃなく、菓子剣を持ちたいと言ったときには
そりゃあ家族から猛反対されたみょん。」
「えぇ~真剣持てるの?」
「……………………………」
 みょんは彼方の一言を聞いて悲しそうな顔で彼方を見つめるが彼方にはその理由は分からなかった。
 別にこの言葉に悪気がないことはみょんもこの付き合ってから短期間と言えども、しっかりと感じ取れている。
しかしこの偏見による侮蔑は無知から来るものであっても、みょんにとって許せるものではなかったのだ。
 みょんは怒りを押し込めて忌々しい目つきで彼方に返答する。
「………真剣持てるでござるよ」
「……………へぇ~」
 みょんはこの彼方の猜疑心の籠もった目が大嫌いになった。
「…………………みょん!みょん!ゆっゆっ!」
 しかしこのままでは嫌いの感情が深化するだけだと思い、自分に喝を入れてみょんは語り続ける。
「けどみょんは諦めきれず来る日も来る日も菓子剣の事を思い続けたでござる。その思いはいつしか妄執となったみょん。」
「も、妄執?」
「…………………………まぁいろいろ狂ったかのようにみょんは親族にとことん頼み込んだみょん。
 菓子剣はゆっくりのために作られた刀、それ故にみょんは使う権利があるとしつこく頑固に言い張ったでござる!」
「………………まぁそうだよね」
 単なる相づちのように聞こえるが、これは彼方の中にゆっくりに真剣は使えないという認識があるが故の相づちだった。
みょんもそれを自ずと察し不快な気持ちがまたのし上がってくる。
「そしてようやくみょんは菓子剣を使うことを許されたみょん。でも妄執はそこで止まらなかったのでござる
 いつしかこの口の中にある羊羹剣だけじゃなく全国各地のお菓子から作った菓子剣が欲しくなったんだみょん」
「………それが夢、かぁ」
 一通り聞き終えて彼方は肩を降ろす。
「妄執から始まった気持ちはあるけれど、それがみょんの最初の夢、今も心に秘めた夢なんだみょん」
「…………………だから旅したいんだね」
「そうだみょん、でもあの場であんな事言われちゃ…………………もう」
 旅に出る許可を直接得る機会は、彼方のことを報告するために謁見所に訪れたあの時しかなかった。
出てはいけないと直々に命令されてしまったからにはもう許可を得ることも出来まい。
「…………………さて、みょんの夢の話に付き合ってくれてありがとうみょん」
 みょんは改まった態度で彼方に頭を下げる。
夢の話はこれで終わり。全ては自分の気持ちに踏ん切りを付けるため、たった一つの夢を捨て去るため。
「かなた殿。みょんは付いていけないかもしれないけどみょんはかなた殿が目的を達成できることを願ってるみょん。
 旅は辛いかもしれないけど………楽しいこともきっとあるみょん。色々な人と出会ったり、いろんな味に出会えたり!
 世界は広い!だからその体で全てを感じ取ってくるみょん!」
「…………………みょんさん」
 力強く気高く叫んだみょんの目には涙が溜まっていた。
夢を諦めてそれで悲しくないはずがない。いつしか涙が瞳からこぼれ始めみょんは大声で泣き始めてしまった。
「ぶえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!」
「……………みょんさん」
「ひっぐ、ひっぐ、ぞれ゛じゃかなだどの!げんきにするみ゛ょん!!!!」
 彼方が慰める暇もなくみょんは庭を駆け抜けていく。驚きのあまり呆けてやっと声を出せたかと思ったらみょんの姿はもう無くなっていた。
「…………………………」
 一人残された彼方はただ訳もなくぱたんとその場に横たわった。
彼方は横たわりながら思う、みょんと一緒に旅をしなくて本当に良かったのだろうかと。
 泣きじゃくる私に対して責任を取ると言ってくれた、それなのに責任が取れなくなって、夢も破れてみょんはどれほどの断腸の思いをしただろうか。
「………………………………通訳さんの言うことはそんな間違ってるわけじゃないけど……………」
 こんなの誰が得するんだ、一人に悲しみを丸ごと背負わせて。
良いじゃないか、一人くらい侍がいなくなっても国は滅ばない。だから一人のゆっくりにくらい夢を与えてやってくれ。
「…………………やっぱ、こんなのってないよ」
 今からでも遅くない、あのゆっくりゆゆこと通訳さんに直訴してみよう。
こんな何の権限もないちっぽけな私だけどノリと勢いを持ってゴリ押しすれば何とかなるはず。
 そう思って彼方は勢いよく起き上がる。
折角助けて貰ったのだから今度はこちらがみょんに対して何かしなければいけないのだ。
責任は寧ろ私にある。
「………よし、よしよしよし!!」
 決意は勇気と気力を与えてくれる。
今なら何でも出来る。その力を原動力に彼方は立ち上がって廊下を駆け抜けていった。
「やっぱ変なんだよ!いいじゃない!一人くらいいなくたって!だって!」
 記憶を頼りに彼方は謁見所へと向かっていく。
そして見覚えのある襖の前で彼方はブレエキをかけた。
「みょんさんはゆっくり、なんだから!!」
「止まれ」
 彼方は襖に手をかけようとした瞬間、どこからか低い声を聞こえてきた。それと同時に体が急に止まる。
恐怖とか、驚愕によるすくみじゃない。物理的に身体が動かないのだ。
「…………何をしようとしている?と聞きたいところだが先ほどから話は聞いていた」
「…………………………あ、あ」
 声の主は今彼方の真後ろにいる。だが首も身体も動かせず声の主の正体が掴めない。
「……………愚かしい。知識もなければ配慮もないとは、これが異国の少女というのか…………」
「な、なんなの?い、いったい………」
 いずれにせよ真後ろを取られたという状況は非情に好ましくない。
人間の真後ろというのはどうしようもなく死角である。それにこの口ぶりと行動から鑑みるに相手は確実に彼方に敵意を持っていた。
この相手に生殺与奪を委ねられた危機的状況に、彼方はこの間の事件の事が頭の中にぶり返し、我慢しきれず泣き叫ぶ。
「………………ひ、ひぃぃぃ、殺さないで!いやぁぁ」
「………………………ふん、ガキが叫くのは本当に鬱陶しい、口も閉じろ」
 相手がそう言った途端彼方の口は開いたままで固定されてしまった。呼吸は出来るが会話は無理だろう。
「碌でもないこと考えていたみたいだが止めろ。意味はない」
「は、ははかははかかか…………ッッッ」
「…………………了承したなら『は』を、否定なら『か』を言え」
 どうしようもない恐怖で勇気も気力も全てそぎ落とされ、彼方はとにかく泣きながら息を吐いた。
「……………………………は、は」
「…………………………ふん、国のこと何にも分かっていないガキめ」
 一刻も早く解放されたいと一心に思う彼方だが、了承の合図を送ってもこの金縛りは一向に溶ける気配がない。
身体が動かせず、相手の姿も分からない、その上後ろにいるのが男性だという事もさらに彼方の恐怖を煽っていく。
汗で肌着が湿っていく。それだけでなく上も下もWもXもYも万遍なく全て、汗やその他の液体が彼方の体にまとわりついていった。
「………はっ、はっ、はーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「……………話は終わりだから解放しろ、とでも言いたそうだな。だが話はまだ終わらん」
 もう恐怖で精神がはち切れそうだというのにこの男はまだ彼方の体と精神を縛り続けている。
「私の友人、真名身四という者がいる」
「!?」
 真名身四はあのみょんの名字だったはず、と言うことはこの男はこの国に仕えていると言うことなのか。
「…………そいつはこの国で一二を争う強さだ、それなのに貴様はアイツを激しく侮辱した。これは友人として許せることじゃあないなぁ………」
「………………………」
 今そんな事言われてもまともに理解できる状況ではない。
気絶してしまった方がどんなに楽か、もう彼方に男の声を聞くだけの精神的余裕はない。
「…………………というわけだ、俺は激しく怒っている。俺は容赦しない」
「…………………………………!!!!」
 脇の辺りに何かが当たるような感触があって彼方は身震いする。
ヤバイモノじゃないかと彼方は貞操の喪失に怯えるが、視線を動かしてみると二本の腕が彼方の脇からぬっと出るのが見えて彼方はひとまず安心する。
いや、安心できない。
「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
 この手の位置は確実に胸を揉む仕草だ。この野郎、容赦しないと言っておきながらやることは猥褻行為か。
「……………………何を期待しているんだか知らないが、甘くはないぞ」
 ああ、このまま貞操を奪われてしまうのか。そう観念しつつ彼方は男の手が胸の前まで動くのをじっと見つめる。
「(…………やるならやってよ、その代わり後でぶち殺したるからな)」
「…………本当に何を期待してるんだか」
 呆れた風に男が言うと男の手から五寸ほどの鉄の針が飛びだした。
そして針の先端をじわじわと彼方の胸の先に近づけていく。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!」
 胸を揉むとか、そんな甘い事を期待した私が愚かだった。
コイツは確実に私に対して敵意を持っている。いや、このような拷問じみたこと殺意にも近い。
なんで、私が一体何したんだ。人に恨まれる事なんて、したはずがないのに。
「は、はふへへ………」
「…………………………」
 一寸、一寸と針が近づいていくたびに彼方の心は恐怖で包まれていき、残り二寸ほどになったときにはもう彼方は何も考えられなくなっていた。
そして針が彼方の衣服に密着した。
「…………………はっ」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッ!!!」
 針が厚手の衣服を貫いて彼方の体に突き刺さり、彼方は言葉にならない叫びをあげた。
強烈な痛みではなかった、しかし彼方の精神をぶち壊すにはほんの少しの痛みで十分であったのだ。
「…………………………………あ」
 そして彼方の意識はそこで闇に消えた。





 月が沈み夜が明けて、それでもみょんは自宅の居間で昨日からずっと天井を見続けていた。
布団の中に入る気も、寝付く気も、ゆっくりする気も全然湧いてこない。あるのはどうしようもない虚無感だ。
虚無感に任せて朝イチの仕事をさぼってしまった。後悔も反省もしていない。
「……………………………みょん」
 今朝早く潔玉城からの使いが来て彼方の出発の詳細を伝えられてからはさらに気怠さが増していく。
夢は夢として果てて、この怠惰な自分の人生に妥協するしかなく、その上小娘からはちんけと言われる始末。
もう全てを忘れてしまいたい。みょんはそう思いながらも彼方のことを何回も思い出して床に転がり続けた。
「あ~~~~かなた殿今頃出た辺りかみょん……………」
 窓から差し込む太陽の光を目の当たりにしてみょんは時の流れを感じる。
これから旅立つ少女に何か餞別の言葉でも贈ってあげたい。しかし会ったら会ったで再び夢を思い起こしてしまいそうでみょんはその考えを否定する。
もうみょんには怠惰と虚無しかない。お腹の虫が鳴り同時に空腹感も湧いてきた。
「…………………とりあえずお菓子でも」
 流石に空腹感には耐えられずみょんは起き上がって居間を後にする。その際彼方との喧嘩で散らかった居間を見てみょんはまた夢の想いが浮かび上がってきた。
「……………………ええい、ええい!みょんは西行国旗本!戦の要となるみょんは国外に出てはならないみょん!」
 自分の気持ちを抑えるためにそうみょんは一人で叫んだ。でもそれはあの宰相の言い分だ、自分の意見ではない。
ふと、あの時の彼方の言葉が思い返される。
『こんなちんけなゆっくりだよ』
 あの時は単なる侮辱と軽蔑にしか聞こえなかったが、改めて自分を思い返してみると実際にその通りではないか。
つまらない仕事に明け暮れて、一回勢いが押し返されただけで引っ込んで、皆の前で夢を語ることさえ出来ない、そんなちっぽけなゆっくり。
大体自分一人がいなくなっただけで国防が危うくなるなど驕りの極みだ。他の武士を信用していない証である。
「…………………皆の者、みょんがいなくてもきっと頑張れるみょん」
 自分はちっぽけなゆっくりだ。けれどこんな自分にも夢を叶える権利、そして力がある。
その夢に突き進め、そう自分の本音がようやく姿を現した。
「みょん!!みょん!」
 みょんは戸棚から昨日彼方が残した羊羹を取り出し無我夢中で貪る。
菓子剣は素晴らしい刀、そして自分の力をあの彼方に思い知らせるには今行くしかないのだ。
このまま小娘に舐められてたまるか、とみょんは咀嚼するたびに野心が湧いてきた。
「みょんんんんん!!!!」
 全てを無理矢理吹っ切らせたみょんは棚から旅に行けるだけの金銭を取り出し口の中に入れる。
その入れ違い様みょんは羊羹剣を取り出し、透き通る刀身に自分の願をかけた。
「ちちうえ殿!ははうえ殿!おじいさまおばあさま!この度のみょんの行いを許して下さいみょん!みょんはこれから旅に出るでござる!」
 みょんは願をかけ終わるとすぐ羊羹剣を口の中にしまい、急いで玄関先へと向かう。
中古で買ったスィーを使えば今ならまだ間に合うはず。
「おーい、みょん~今日もみんなで宴会しに来たぞ~」
「どけどけ!!!みょんはこれから旅に出るから勝手に宴会でもしてて欲しいみょん!!!!」
 みょんの家に入ってきた人たちをはね除けみょんは家の西に止めてあったスィーに跨りそのまま出発していった。



「あの、異世界ってどんなところなんですか?やっぱ幻想的なものがあったりするんですか?」
「あそー」
「それって噂だとあの覇剣らしいですね、ひゃあ初めて見ました」
「麻生ー」
「その、私は一応自分の腕に自信があります。だから安心してください」
「ぼ、あそー、なーど」
「…………………………あの、何か怒っているんですか?」
「………………………あーそーあーそーこちとら昨日変態に胸を刺されて怖かったし、替えの下着が無くて困ってるし
 覇剣のおかげで胸の傷は治ったにしても何か心なしか痛い気がするし、結局やらなくちゃいけないことも出来なかったし!!!
 ふざんなよ!あんな変態城の中で野放しにしておくなよ!何でお前が勝手に私に罰をあたえんだよ!!やってられっかバーカ!!」
「………………………一応大丈夫、なようですね」
 太陽は既に昇りきった卯月の昼下がり。昨日の出来事で精神と身体のどちらも傷つけられた彼方であったが、
元来の鈍感さからか今ではしっかりと自分を保てるほど回復している。
それでも全ての傷が治ることはない。今横にいる男に対しても彼方はほんの僅かな警戒心を抱いている。
「所で…………烏丸刀さん………でしたよね」
「彼方だよ!か・な・た!まぁ鳥丸と間違えないからまだ良いものの………………」
 今彼方の横にいる男、西行国御家人である西河名次は別に悪い男ではない、寧ろ真面目な男だと昨日今日で彼方は感じ取れている。
しかし如何せん真面目すぎて彼方と相性が合わない。彼方はみょんとバカ騒ぎしたことを思い出して感慨に浸った。
「…………………………色々と事情は聞いています、その刀を直すために刀鍛冶を捜すと言うことですよね。
 この名次、真名身四妖夢殿には敵わないかもしれませんが精一杯烏丸さんのお役に立って見せましょう!」
「………………………まぁ不満はないね、悪い奴じゃないようだし」
 生意気じゃ無い分手込めにするのは楽かも、と彼方はそう年に似つかぬ妄想を抱き、そのまま二人は何事もなく街道を歩いていく。
「まずどちらから行きましょうか…………東へ行けば暮内、北へ行けば守屋に、北東ならば博麗に向かいます」
「国の名前言われても全然分かんないよ、刀鍛冶のいる場所知らないの?」
「す、すみません。あまり国から外へは出たことがないので………」
 彼方は名次のこの弱々しく腰の低い態度に少し幻滅する。
男だというのに少女である自分に押されてどうする。これならゆっくりであるみょんさんの方がまだ男らしかった。
「…………まぁ腕が立つってあの通訳さんも言ってたし別に良いか」
 惚れるつもりもないので男気なんて関係ない。それに弱気なら手込めにするのも楽かも、
とまた先ほどと同じ様に不真面目な事を考えて彼方はこれからの旅にやる気を見いだした。
 これからの旅は長くなる。一年、いや十年先に終点が訪れるようなあてのない旅に気力だけはどうしても必要なのである。
「………………………ね、みょんさんの事知ってる?」
 彼方は何の気無しにみょんの事を話題にあげる。単なる世間話のつもりだったが名次はこの話題が上がると凄く嬉しそうな表情をした。
「もちろんです!潔玉城の中では知らない人がいないほどの有名人ですよ!」
「……………有名人ねぇ」
「はい!あの方こそ武士の中の武士!何回も手合わせしたことありますが私が勝ったことは一度もありません。
腕も立ち、忠誠心も厚い、妖夢殿を武士を呼ばずして誰を武士と呼べましょうか!」
「………………ねぇ、そこまで褒めてるけど、本当に強いの?」
 彼方はゆっくりが強いという現実を未だ信じがたく思っている。
しかし隣の男の目は本気そのものだ。こんな綺麗な瞳を見てしまったらもう否定が出来ない。
「?永夜忍軍から妖夢殿は一人で彼方さんを助けたと聞きましたが」
「え、でもそんな。あの軍団を一人で……………」
 てっきりあのタチの悪いウサギ共相手だから大人数で追い返したと思っていた。
余計に信じがたいことだが、彼方もその事を認めつつある感情が頭の片隅でじわじわと芽生え始めてきた。
「あの人はそれを出来るだけの力があります。あの人は通常のゆっくりよりも何倍もの力そして速さを持っているんですよ。
そのせいでゆっくりしにくいと色々と苦労はあったようですけれど」
「ゆっくりしにくいって、どこら辺が?」
「…………………………まぁ何というか色々と馴染めにくいそうです。これ以上のことはちゃんと本人に聞かないと分かりませんが」
 …………………そんな辛い思いしてるくせに、何で夢を諦められるんだ。
昨日のみょんの夢を叶えてやりたいという気持ちがまたぶり返してきた。しかしそれと同時にあの恐怖も思い出してしまい彼方は微かに身震いする。
「………………………ええと西河さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「?もしかして妖夢殿のことですか」
 勘が良いのは嫌いじゃない。この人ならきっと私の願いも聞き入れてくれる
「うん、これから私みょんさんを呼びに行く。通訳さんの命令だったとしても心残りがあったまま旅に出るのはイヤなんだよ」
「…………………………………………」
「私はみょんさんの夢を聞いた。そこでみょんさんは今回のことでその夢を諦めるようなこと言ってたけど絶対諦められないよ、
 あの性格だからきっと後世まで引き摺る、そうなったらもうみょんさんは終わりだよ、一生ゆっくりできない」
「………………………………妖夢殿の事、良く知ってますね。正直羨ましいです」
 全てを理解しているつもりはないがきっとそんな思いで家にいることだろう。それを思うだけで心に棘がこびり付くような感触に襲われる。
名次は瞑想するかのように目を瞑り、そしてゆっくりと空を見上げた。
「妖夢殿は仲間であるほど自分の内を明かしません、夢を追うと素直に言ってくれれば尾戸殿も許してくれたかもしれないのに」
「………………平気で謁見所で口喧嘩するくせにそう言うことはできないんだね……………」
 気難しくて、ちょっぴりおマヌケで、喧嘩っ早くて、他人思いで、甘党ジャンキイ。そんなゆっくりを二人は知っている。
みょんの事をそれなりに知っているからこそ二人は決意できたのだ。
「分かりました。それじゃここで待っているので早く呼びに行って下さい」
「イエッサー!」
 この世界に来てから一番の笑顔を万遍なく浮かべ彼方は今まで歩んできた道を駆ける。
名次さんが私の背中を見守ってくれているから恐怖もない。あいつが襲ってくれても大丈夫。だから勇気を出そう。
「みょんさ~~~~~ん!!!むかえにいくよぉ~~~~!!!」
「みょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!」
 突如到来した謎のスィーによって撥ねられ大きく錐揉み回転しながら空を舞う彼方。
そのまま彼方の体は綺麗な放物線を描いて地面に突き刺さり、スィーの方も追突の衝撃で派手に空中崩壊していった。
「うぎゃぶぶぶぶ!!」
「みょみょみょぉぉん!!!」
 スィーに載っていたゆっくりは無事に着陸したが、彼方の方はと言うと頭が完全に地面に埋まっていて関節等があらぬ方向に曲がってしまっている。
冗談のような状況だが冗談ではない。いつ息絶えてもおかしくない状況である。
「…………………やってしもうた…………………………う、埋めればばれないみょん」
 この怪しい目つきで証拠隠滅を測ろうとしているゆっくりみょん、実はこの物語の主人公である。
恐る恐るみょんは彼方に近づき、腰に差している刀でようやくその少女が彼方だと気付いた。
「…………………………………かなた、殿。かなたどのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 みょんは目から大粒の涙を流し彼方に駆け寄るが、抱きつく直前で彼方のねじ曲がった足で大きく蹴り飛ばされた。
「あ、妖夢殿!彼方さんは…………………………」
「はっ!ここれは誤解みょん!ええと、かなた殿が赤だというのに飛び出してみょんは止めようとするも何者かの陰謀によってブレイキがきかずそのままどかんとぶつかって、いやみょんはお酒なんて飲んでないでござる。至って健康だから免許は取らないでお願いします靴も舐めるし三時のお菓子も全部あげるからこの事は不問にしてお願いみょんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「……………………………………………」
 正直憧れの人がこんな涙と涎をだらだら流して必死に言い訳をしている姿なんて見たくなかった。
みょんに対する憧れの想いがガラガラと音を立てて瓦解していくのを感じつつも名次は自分の感情を外に出さず平静に取り繕う。
「とりあえず地面から引っこ抜かなくては、私が彼方さんの足を引っ張るのでみょんさんは地面を掘って抜け出しやすいようにしてください!」
「え、あ、うん。わかったみょん」
 今まで『妖夢殿』って言ってくれたのに今は『みょんさん』か。何か自分がどんどん低い位置に落ちていっているようでみょんは切なくなった。


「判定、有罪、呪い殺してやる」
「ひいぃ、そこを何とか裁判官殿」
 結局覇剣のチイト回復能力を使ってやんごとなき事を得たが彼方はもう怒り心頭。先ほどのみょんを思う気持ちもすっかり消し飛んでしまった。
とは言っても彼方も名次もこうしてみょんが来てくれたことに内心安心している。
「せっかく私がみょんさんのとこ行って『迎えに来たよ!』って格好良く決めたかったのに空気の読めない饅頭だこと」
「こっちこそ『待って、待って欲しい。拙者も参る!』と言って追いつきたかったみょん、我慢の出来ない小娘でござる」
「まぁこうして合流したわけですし万々歳じゃないですか…………………さて、これで私のいる必要は無くなりましたね」
 そう唐突に言い腰を上げて元来た道を戻ろうとする名次に彼方はとっさにその袴を掴んだ。
「ええ?どうして、三人旅でもいいじゃん」
「………………そう言うわけにも参りません。護衛の点で言うならみょんさん一人いるだけで本当に十分なんです。
それならば私はみょんさんのいない分しっかりと国の護りに努めなければ」
「名次殿……………」
「ううう、短い間だったけどありがとね…………」
 たった四五時間ほどの付き合いからか彼方は躊躇せず袴を放し、そのまま名次の背中をただじっと見つめ続けた。
四五時間とはいえそれなりに語り合った仲。別れは名残惜しい。
「それじゃ、国の方はお願いするみょん」
「ええ、では二人ともお気を付けて」
 そう別れの言葉を告げて手を振る名次の表情は固く真面目なもののように見えて何処か誇らしさが顔を見せていた。
彼はきっと後悔していない。こうして二人を引き合わせることが名次の願いだったのかもしれないから。

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最終更新:2010年01月31日 10:22