「みょんは武家の家に生まれた身であるけど子供の頃から甘い物がとっても好きだったみょん。
修行の合間に柏餅や金平糖、様々なお菓子をつまみ食いしてたでござる。それでよく怒られた物だみょん………そしていつも思ったみょん。
お菓子で出来てる刀があればいいなぁって…………そう思ってたら」
「あったんだね?」
「うん、あったのでござる。それを知ったのは確か七歳ぐらいの時だったでござろう………………
でも手に入れるのはそう簡単じゃなかったみょん」
みょんは羊羹剣を感慨深く見つめ、一つ嘆息をつく。
そして羊羹剣を口の中に仕舞ったかと思うとみょんは庭に出て彼方と向き合うように移動した。
「真名身四の家は代々真剣を取り扱ってきていたのでござる。みょんも例外じゃなく、菓子剣を持ちたいと言ったときには
そりゃあ家族から猛反対されたみょん。」
「えぇ~真剣持てるの?」
「……………………………」
みょんは彼方の一言を聞いて悲しそうな顔で彼方を見つめるが彼方にはその理由は分からなかった。
別にこの言葉に悪気がないことはみょんもこの付き合ってから短期間と言えども、しっかりと感じ取れている。
しかしこの偏見による侮蔑は無知から来るものであっても、みょんにとって許せるものではなかったのだ。
みょんは怒りを押し込めて忌々しい目つきで彼方に返答する。
「………真剣持てるでござるよ」
「……………へぇ~」
みょんはこの彼方の猜疑心の籠もった目が大嫌いになった。
「…………………みょん!みょん!ゆっゆっ!」
しかしこのままでは嫌いの感情が深化するだけだと思い、自分に喝を入れてみょんは語り続ける。
「けどみょんは諦めきれず来る日も来る日も菓子剣の事を思い続けたでござる。その思いはいつしか妄執となったみょん。」
「も、妄執?」
「…………………………まぁいろいろ狂ったかのようにみょんは親族にとことん頼み込んだみょん。
菓子剣はゆっくりのために作られた刀、それ故にみょんは使う権利があるとしつこく頑固に言い張ったでござる!」
「………………まぁそうだよね」
単なる相づちのように聞こえるが、これは彼方の中にゆっくりに真剣は使えないという認識があるが故の相づちだった。
みょんもそれを自ずと察し不快な気持ちがまたのし上がってくる。
「そしてようやくみょんは菓子剣を使うことを許されたみょん。でも妄執はそこで止まらなかったのでござる
いつしかこの口の中にある羊羹剣だけじゃなく全国各地のお菓子から作った菓子剣が欲しくなったんだみょん」
「………それが夢、かぁ」
一通り聞き終えて彼方は肩を降ろす。
「妄執から始まった気持ちはあるけれど、それがみょんの最初の夢、今も心に秘めた夢なんだみょん」
「…………………だから旅したいんだね」
「そうだみょん、でもあの場であんな事言われちゃ…………………もう」
旅に出る許可を直接得る機会は、彼方のことを報告するために謁見所に訪れたあの時しかなかった。
出てはいけないと直々に命令されてしまったからにはもう許可を得ることも出来まい。
「…………………さて、みょんの夢の話に付き合ってくれてありがとうみょん」
みょんは改まった態度で彼方に頭を下げる。
夢の話はこれで終わり。全ては自分の気持ちに踏ん切りを付けるため、たった一つの夢を捨て去るため。
「かなた殿。みょんは付いていけないかもしれないけどみょんはかなた殿が目的を達成できることを願ってるみょん。
旅は辛いかもしれないけど………楽しいこともきっとあるみょん。色々な人と出会ったり、いろんな味に出会えたり!
世界は広い!だからその体で全てを感じ取ってくるみょん!」
「…………………みょんさん」
力強く気高く叫んだみょんの目には涙が溜まっていた。
夢を諦めてそれで悲しくないはずがない。いつしか涙が瞳からこぼれ始めみょんは大声で泣き始めてしまった。
「ぶえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!」
「……………みょんさん」
「ひっぐ、ひっぐ、ぞれ゛じゃかなだどの!げんきにするみ゛ょん!!!!」
彼方が慰める暇もなくみょんは庭を駆け抜けていく。驚きのあまり呆けてやっと声を出せたかと思ったらみょんの姿はもう無くなっていた。
「…………………………」
一人残された彼方はただ訳もなくぱたんとその場に横たわった。
彼方は横たわりながら思う、みょんと一緒に旅をしなくて本当に良かったのだろうかと。
泣きじゃくる私に対して責任を取ると言ってくれた、それなのに責任が取れなくなって、夢も破れてみょんはどれほどの断腸の思いをしただろうか。
「………………………………通訳さんの言うことはそんな間違ってるわけじゃないけど……………」
こんなの誰が得するんだ、一人に悲しみを丸ごと背負わせて。
良いじゃないか、一人くらい侍がいなくなっても国は滅ばない。だから一人のゆっくりにくらい夢を与えてやってくれ。
「…………………やっぱ、こんなのってないよ」
今からでも遅くない、あのゆっくりゆゆこと通訳さんに直訴してみよう。
こんな何の権限もないちっぽけな私だけどノリと勢いを持ってゴリ押しすれば何とかなるはず。
そう思って彼方は勢いよく起き上がる。
折角助けて貰ったのだから今度はこちらがみょんに対して何かしなければいけないのだ。
責任は寧ろ私にある。
「………よし、よしよしよし!!」
決意は勇気と気力を与えてくれる。
今なら何でも出来る。その力を原動力に彼方は立ち上がって廊下を駆け抜けていった。
「やっぱ変なんだよ!いいじゃない!一人くらいいなくたって!だって!」
記憶を頼りに彼方は謁見所へと向かっていく。
そして見覚えのある襖の前で彼方はブレエキをかけた。
「みょんさんはゆっくり、なんだから!!」
「止まれ」
彼方は襖に手をかけようとした瞬間、どこからか低い声を聞こえてきた。それと同時に体が急に止まる。
恐怖とか、驚愕によるすくみじゃない。物理的に身体が動かないのだ。
「…………何をしようとしている?と聞きたいところだが先ほどから話は聞いていた」
「…………………………あ、あ」
声の主は今彼方の真後ろにいる。だが首も身体も動かせず声の主の正体が掴めない。
「……………愚かしい。知識もなければ配慮もないとは、これが異国の少女というのか…………」
「な、なんなの?い、いったい………」
いずれにせよ真後ろを取られたという状況は非情に好ましくない。
人間の真後ろというのはどうしようもなく死角である。それにこの口ぶりと行動から鑑みるに相手は確実に彼方に敵意を持っていた。
この相手に生殺与奪を委ねられた危機的状況に、彼方はこの間の事件の事が頭の中にぶり返し、我慢しきれず泣き叫ぶ。
「………………ひ、ひぃぃぃ、殺さないで!いやぁぁ」
「………………………ふん、ガキが叫くのは本当に鬱陶しい、口も閉じろ」
相手がそう言った途端彼方の口は開いたままで固定されてしまった。呼吸は出来るが会話は無理だろう。
「碌でもないこと考えていたみたいだが止めろ。意味はない」
「は、ははかははかかか…………ッッッ」
「…………………了承したなら『は』を、否定なら『か』を言え」
どうしようもない恐怖で勇気も気力も全てそぎ落とされ、彼方はとにかく泣きながら息を吐いた。
「……………………………は、は」
「…………………………ふん、国のこと何にも分かっていないガキめ」
一刻も早く解放されたいと一心に思う彼方だが、了承の合図を送ってもこの
金縛りは一向に溶ける気配がない。
身体が動かせず、相手の姿も分からない、その上後ろにいるのが男性だという事もさらに彼方の恐怖を煽っていく。
汗で肌着が湿っていく。それだけでなく上も下もWもXもYも万遍なく全て、汗やその他の液体が彼方の体にまとわりついていった。
「………はっ、はっ、はーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「……………話は終わりだから解放しろ、とでも言いたそうだな。だが話はまだ終わらん」
もう恐怖で精神がはち切れそうだというのにこの男はまだ彼方の体と精神を縛り続けている。
「私の友人、真名身四という者がいる」
「!?」
真名身四はあのみょんの名字だったはず、と言うことはこの男はこの国に仕えていると言うことなのか。
「…………そいつはこの国で一二を争う強さだ、それなのに貴様はアイツを激しく侮辱した。これは友人として許せることじゃあないなぁ………」
「………………………」
今そんな事言われてもまともに理解できる状況ではない。
気絶してしまった方がどんなに楽か、もう彼方に男の声を聞くだけの精神的余裕はない。
「…………………というわけだ、俺は激しく怒っている。俺は容赦しない」
「…………………………………!!!!」
脇の辺りに何かが当たるような感触があって彼方は身震いする。
ヤバイモノじゃないかと彼方は貞操の喪失に怯えるが、視線を動かしてみると二本の腕が彼方の脇からぬっと出るのが見えて彼方はひとまず安心する。
いや、安心できない。
「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
この手の位置は確実に胸を揉む仕草だ。この野郎、容赦しないと言っておきながらやることは猥褻行為か。
「……………………何を期待しているんだか知らないが、甘くはないぞ」
ああ、このまま貞操を奪われてしまうのか。そう観念しつつ彼方は男の手が胸の前まで動くのをじっと見つめる。
「(…………やるならやってよ、その代わり後でぶち殺したるからな)」
「…………本当に何を期待してるんだか」
呆れた風に男が言うと男の手から五寸ほどの鉄の針が飛びだした。
そして針の先端をじわじわと彼方の胸の先に近づけていく。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!」
胸を揉むとか、そんな甘い事を期待した私が愚かだった。
コイツは確実に私に対して敵意を持っている。いや、このような拷問じみたこと殺意にも近い。
なんで、私が一体何したんだ。人に恨まれる事なんて、したはずがないのに。
「は、はふへへ………」
「…………………………」
一寸、一寸と針が近づいていくたびに彼方の心は恐怖で包まれていき、残り二寸ほどになったときにはもう彼方は何も考えられなくなっていた。
そして針が彼方の衣服に密着した。
「…………………はっ」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッ!!!」
針が厚手の衣服を貫いて彼方の体に突き刺さり、彼方は言葉にならない叫びをあげた。
強烈な痛みではなかった、しかし彼方の精神をぶち壊すにはほんの少しの痛みで十分であったのだ。
「…………………………………あ」
そして彼方の意識はそこで闇に消えた。