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『屁~音!3』
「果たし状?」
「うむ」
「うー?」
俺と親父とれみりゃ、三人で床に置かれたものを囲む。
綺麗に折りたたまれた書状があった。
流れるような筆遣いで「果たし状」と書かれている。
果・た・し・状。
確かに果たし状だ。……うーん。
新年早々、何だこりゃ。
「この現代日本において、果たし状っつーのもな。時代錯誤にも程があるぜ。タイムスリップにでも遭ったんじゃねーか、これ?」
「そうか? いつだったか、毎週のようにもらっていた記憶があるぞ」
「時代錯誤だらけだな。文明開化に乗り遅れたのか? つーか、恨み買いすぎだろ」
「農家は人に恨まれて一人前のところがあるからな」
「全国の農家とJAに謝れ」
コメ投げつけられんぞ。
「いや、致し方ないことなのだ。必要悪というかな」
「そんなにアコギな生業だったかな、農家」
他人の家屋ぶっ壊して田畑作るわけでもあるまいし。
「たとえば世界農業選手権がイタリアで開催されたときはな」
「ああ」
「種目の一つに国土縦断マラソンがあったのだが」
「いや、農業関係なくね?」
「何を言う、ちゃんと農家らしくふんどし一丁で両肩に米俵を担ぐぞ」
「ふんどしの意味ねーっ!」
ピサの斜塔を背景に汗だくで疾走するふんどし米俵集団。
確かに観光業界あたりから猛烈な抗議を受けそうだ。景観とかイメージとかに壊滅的なダメージを与えることは疑いようがない。
「それは恨まれるな。ってか、何が必要悪だ。人目のないとこでやれよ、んな奇祭」
「人あっての農家、農家あっての人だからな。多くの人に見てもらいたい」
露出癖ってんだよ、それは。
「それからは殺し屋が数多く送り込まれて大変だったな。チャンピオンになった有名税として受け入れたが」
「いやいや、さすがに命は狙われねえだろ。せいぜい入国禁止になるくらいでさ。つーか、そんなバイオレンスな観光局は嫌だ」
「観光局でなくマフィアだ。コース上にアジトがあったので、つい蹴散らしてしまってな」
「マジで!?」
ついってレベルの話じゃねえだろ。
だが、米俵を担いでイタリアを走破する集団だ。ありえなくもないと考えられてしまうところが恐ろしい。
農家パネェ。
「で、この果たし状だ」
「ああ」
「だどー」
話は床上のそれに戻る。
「今回はまあマフィアじゃないみたいだな」
「うむ、イタリアンマフィアならローマ字で書かれるだろう。『HATASHIJO』とな」
「そこはイタリア語だろ」
「とりあえずは中味を拝見してみよう。れみりゃ、開けてもらえるか」
「うー♪」
れみりゃは小さな腕を伸ばすと、たどたどしい手つきで紙を解きはじめた。
しばらく見ていたが、ふと不安になる。
「……なあ、いいのか?」
「いいだろう? 幼妻がかいがいしく奉仕する姿は」
「そういうことじゃねえよ! マフィアとかに命狙われてんだろ、中に爆弾とかあったりするんじゃ……」
「あれほど薄いものに仕込めるはずもなし。心配はいらんさ。まあ、表面に致死性の毒物を塗っておくこともあったがな」
瞬間的にれみりゃの手から果たし状を奪い取る。殺してでも奪い取る。いや、死なせちゃまずいが。
ああ、死なせちゃまずいだろ。
「くそ親父ッ! 子供に危ないことさせんな、てめーが開けッ!」
激こうして言葉をぶつける。怒声が響き渡る。
れみりゃが目を丸くしている。自分でも驚くほどの感情の高ぶりだ。
「心配するな、全て検査済みだ。息子の嫁に危険な橋を渡らせるわけがあるまい」
親父は落ち着いて言った。その冷静さにこちらの熱も冷める。
「そ、そうか。まあ、そりゃそうだな、うん」
落ち着いてみるとその通りで、何だか気恥ずかしくなってきた。
照れ隠しで「ほら、開けていいぞ」とれみりゃに果たし状を返して、背中を叩く。
だが、それがいけなかった。
突然の怒鳴り声による緊張、それが弛緩したときに訪れる──そう、れみりゃ名物、
ぶぅおッ!
──屁である。
「ぐはっ?!」
致死性の毒物と思えるほどの激臭が、鼻孔から脳天を直撃する。いや、マジで死ぬ! マジ死ぬ!
マフィアとか関係なしに自ら危機的状況を招いた愚を反省する、のは後だ。
今は脱出、とにかくそのことだ。エスケープ・フロム・GA(ガスエリア)。
呼吸器を焼かれながら外に転がり出る。
「えフっ、エふッ、えフっ!」
笑ってるわけではない。せき込んでます。
涙と鼻汁を漏らしながら地べたから見上げると、親父は当然のごとく脱出完了していて、平静に果たし状を開き読んでいた。
農家パネェ。
「ふむ、やはり予感通りか。息子よ、れみりゃと共に手伝ってもらうぞ」
「はヒ?」
親父は開いた果たし状をこちらに見せる。
表書きと同様、達筆に書かれたそれら文面に、ある単語が目に入る。
見間違いかと思って、口に出して読んでみた。
「ひゃくにん、いっしゅ?」
「うむ」
間違いではないらしい。
百人一首で果たし合いとな?
※
普段は閑静な、というにはあまりに寂れた、要するに閑散としているど田舎。
それが俺の住んでいるところだ。
しかし、今日はずいぶんとにぎわっている。村中の人間が、腰の曲がった婆さんから背負われた赤ん坊まで集まってごった返していた。
この公民館で祭りでも開くのかというほど。いや、それ以上の大騒ぎだ。
たかが百人一首大会でこんなに盛り上がっているとは、誰が思うだろう。いや、思わない(反語)。
「なんか知らねーが、テレビカメラまであるぞ。地方局以外のもあるみてぇだし、村の恒例イベントが一気に全国区だな。そんなに有名なのか、相手」
「女流百人一首チャンピオンだそうだ。世間では百人一首がブームらしいから、注目されているのだろう」
「はあ、そうかよ」
どうも実感が湧かない。手をつないで横に立っているれみりゃも「うー☆」と周りの騒ぎを楽しんで理解していないようだ。
俺もれみりゃも自覚はまったくない。これからその女流チャンピオンのチームと三人で戦うことになるなんて。
「しっかしなんで百人一首なんだ。カルタ遊びで何か恨みを買うことでもしたのかよ、親父。女泣かせた過去でもあんのか」
「失敬な。女に手を上げることなど金輪際したことはないわ。尻を蹴り上げたことはあるが」
「あるのかよ」
フェミニストの方、クレームよこさないでください。
「息子のお前と興じる以外に百人一首をしたことは、もう十年以上も前だからな。そのときのこととなると……」
「何だ、心当たりないのか」
「いや、あるにはあるが」
「もったいぶるなぁ。何だってんだよ」
いつも立て板に水、歯に衣着せぬ物言いの親父。それが口ごもるのでどうにもいらつく。
親父は「うむ」と言って、答えた。
「本人に直接尋ねないとわからないが、恐らくは、まあ、仇討ちだな」
「仇討ち?」
忠臣蔵でしか聞いたことねえぞ、そんな単語。
果たし状という時代錯誤物にはふさわしいといえばふさわしいが。
れみりゃはすでに話に加わってなく、辺りの喧騒を見回している。
「百人一首で人でも殺したのか?」と、冗談で聞くと、
「死ぬこともあるが、私は殺しはやらない主義だ」と答えてきた。
カルタ遊びで人が殺せる事実に仰天。
両肩に米俵を担いだふんどし姿で、相手をショック死にでもさせるのだろうか。
雅な札遊びと筋骨隆々の変態野郎。確かに最悪の食い合わせだ。
「そもそも親父に百人一首ってのが壊滅的に似合わないものな」
「何を言う。農家のたしなみの一つだろう」
「聞いたことがねぇよ。農家とマラソン以上に結びつけ不能だ」
「君がため──」
「──春の野に出でて若菜つむ、だろ。それっぽいこと言うな」
小さい頃からやってきたからだろう、俺はそれなりに百人一首のできる人間だったりする。全部の句を暗記するくらいには。
しかし、相手する親父には一度も勝ったことがなかった。
それだけ親父は強いのだ。なぜか、強い。
もしかすると世界農業選手権とやらに百人一首が競技の一つとなっているのかもしれなかった。
「ああ、いや、その歌じゃない」と親父は否定した。
「そこは、君がため惜しからざりし命さへ、だな」
「長くもがなと思ひけるかな、か? それこそ農業と関係ないだろ」
「いや、今回に関しては、愛情の強さを念頭にやってもらいと思っている」
「は?」
「そのために果たし合いを受けたのだ。れみりゃとお前を組ませるためにな。初めての共同作業というやつだ。衆人環視の中、思う存分愛を交わしあってくれ」
即座にれみりゃの手を離し、親父の正面に周って必殺の拳を連弾で繰り出す。
一瞬にして、眉間・鼻下・のど・みぞおち・金的に打撃を与える正中線五連突き!
どうでもいいが、5HITと書くとSHITに見える。そのくらいの気持ちを込めた。
「まだ甘い」
あっさり止められた。
指一本で止められた。しかも、上から親指・人差し指・中指・薬指・小指の順番で。
その上「ま」で一発目、「だ」で二発目、「あ」で三発目、「ま」で四発目、「い」で五発目を止められた。
端で見ていたら演舞でもやっているのかというくらいの、滑らかな動作だった。
事も無げに言われる。
「そんなことでは田起こしもできんな」
農家パネェ。
「あいかわらず元気だのう」
聞き慣れた声に目を向けると、見慣れた爺さんの姿があった。
「あ、植田さん」
「あー、植田さんだどー♪」
れみりゃが駆け寄っていく。
植田さんはシワだらけの顔と同じくらいシワだらけの手で、小さな体を抱き留めた。
「おお、れみりゃちゃん、大きくなったなあ」
いや、何も成長してないと思うが。
と即座に心の中で突っ込んでおく。もちろんそんな野暮は口には出さない。
植田さんは家によく顔を見せにくる近所の人である。近所といっても15分ほど歩かないといけないくらいには離れているが。
昔は百人一首の札を読んでもらったり、対戦などしたものだ。
今はちょくちょくれみりゃと戯れて仲良くなっている。
「おお、植田さんもやっぱり参加していましたか」
「ああ、去年は息子さんと準決勝でやりおうたからな。また競いたかったがのう。今年は上手くいかんかったわ」
え?
意外なことを聞いたような。
「負けたんですか?」
率直に聞く。
そういえば、公民館正面に大きく貼られた対戦表……チラ見しただけだが、植田さんの相手は俺たちと同じ指定枠、まさか……
「ああ、負けた。さすがチャンピョンじゃ。強いのう、歯が立たんかったわ」
チャンピョンというとチャンポンとかピョンヤンを連想させるが、そんなことはどうでもよかった。
植田さんは結構強い。実力的には俺と伯仲している。いや、植田さんの方がやや上回るかもしれない。去年の俺の勝ちは運によるところが大なのだ。
それが負けた。「歯が立たない」とまで言わせるほどに、差をつけて。
「すげえな、女流チャンピオン」
「ああ、すごかった。後は頼んだからの、リレンザ」
「リベンジです。まあ、やるだけやりますよ」
「じゃあ、ほれ」
れみりゃを俺の方へ差しやって、植田さんはあごを公民館へしゃくった。
「早く行かんと失格になるぞい。もう始まっとるからな、今はお前さんたちの番じゃったと思うが」
「えっ、マジで!」
れみりゃの手を取り、慌てて公民館の中へ急ぐ。
「親父が便所で気張り過ぎなんだよ! どんだけ時間食ってんだ!」
「だどー」
「今日はたまたま立派なのが出てしまったからな。出し続けて小一時間は経ってしまった」
「ありえねーよ! アナコンダ並のウンコかっ!」
「いや、オオサンショウウオだ」
「天然記念物?!」
人前でするような内容じゃない会話を張り上げながら、俺たちは群衆をかき分けていった。
※
試合形式は源平戦だ。去年と同じ。
こちらと相手、それぞれに五十枚ずつ札を分けて、三列に並べて行う。読まれた札を取り合って、先に自陣の札が消えた方が勝ちというルールだ。
「うー、これだどー☆」
今、れみりゃが相手の陣の札を取った。
こういう場合はどうなるかというと、
「じゃあ、ほれ、好きな札を選びな」
「うー♪」
小さな手が適当な札を取って、相手のところにちょこんと置いた。
こうやって自陣の札を相手の陣に置くことで、こちらの勝利が近づき、相手の勝利が遠ざかるというわけだ。
にもかかわらず、相手の三人はにこやかだ。
「れみりゃちゃん、すごいすごい」
「やったなあ」
「もう五枚目じゃないか」
既に勝負をしていない状態。さっきれみりゃが取った札も、「これこれ」と指さしして誘導しているのだから何とも緩い。
ついでに周りを囲む観客もニコニコしている。れみりゃの一挙手一投足に優しいまなざしを送っている。
ついにれみりゃは「勝利の
ダンスだどー♪」などと、例の拳を回して尻を振る踊りを始めてしまった。
おいおい。
さすがに札を詠む人の注意が入ると思いきや、入らない。やはりニコニコと見ているだけだ。そのことに他の競技者も何も言わない。
たった五枚で勝利宣言だということに突っ込みも入らなければ、試合進行の妨げをとがめることもなされない。緩い。
「村のアイドル披露宴か、ここは」
「実際アイドルだからな。鼻が高いだろう、亭主としては」
隣の親父に裏拳を飛ばすが、瞬時に背中のツボを押され、拳は顔面寸前で止められた。
激痛でそれ以上ピクリとも動かない。
鼻で笑われ、その鼻息が拳に掛かる。
「秘孔を無防備にさらしての攻撃とは、有機農法など夢のまた夢だな」
農家パネェ。
「ともかくここではれみりゃが札を取る場面だ。手出しは無用だぞ」
「わかってるよ」
それくらいは空気を読む。
対戦者・観戦者、この場にいる者全てがれみりゃの勇姿に注目している。
いくら試合進行がもどかしいとはいえ──下の句を読まれるまで札が取られない上、探すまでの時間も掛かるとはいえ──れみりゃの取るべき札に何ができようはずもない。
村中を敵に回したくないしな。
「ま、黙っていても勝てる試合だ。気楽に見てるさ」
「うむ、それでいい」
再び札が読まれ始める。
「久方の──」
「う~、『ひ』、『ひ』、『ひ』だどー」
「だから、下の句で探せって」
ああ、緩い。
※
予定通りに試合には勝ち、外に出た後すぐ、
「見ていましたよ」
聞き慣れない女の声に呼び止められた。
振り向けば、声にふさわしい見知らぬ女性。俺より年上だろうが、若い。
流れるような黒髪を腰まで垂らし、落ち着いた色の着物を着こなしている。
「はあ」
気のない返事をすると、女は俺の方はまったく見ずに、親父に向かって言った。
「何です、あの緩い試合は」
まったく同意だ。
「あのような緩さでは、投げた亀にハエが止まりますよ」
どんなたとえだ。亀を投げるってマリオかよ。
言われた親父はまるで動じず、厳かに返す。
「何をおっしゃる、ウサギさん」
意味がわからない。
女は静かに笑みを浮かべたまま、流麗に言葉を紡いだ。
「なるほど、ハエは速えーということですか」
意味がわからない。
これは何という謎会話だ。人類に通じる言語を用いてくれ。まるでついていけん。
だが、横を見るとれみりゃがほほを膨らませて威かくしていた。言葉の意図を理解しているということなのだろうか。
ふと、気づく。
今この場にいるのは、屁をこく肉まんと変態親父、そしてそれにタメを張る女。それぞれの意思疎通は円滑だ。
──あれ、仲間はずれは俺の方だったり?
とてつもない事実にがく然としていると、女が右腕を横に振った。宙に直線を引くように。
親父が二本の指を眼前に立てる。
ピシリ、と間に札が挟まった。女が投げつけたものだ。
「では、決勝でお待ちしております」
「うむ」
女はススッと滑るような歩法で立ち去っていった。
どうも何かしらの挨拶が交わされたようだ。次は一般人のいないところでやってもらいたい。
札を見ながら、親父はうなずく。
「やはり彼女の娘か。母親に似て良い使い手になったものだ」
「は?」
どういうこった?
「果たし状の相手だ」
今のが──。
「じゃあ、あの女が例のチャンピオンだったのか」
「その通りだ。ふむ、決勝で当たることになるとは天の配剤だな」
あれが植田さんを軽く一蹴した相手……。
線は細そうなのに。言われてみると、刃物のような鋭い気配を発していたような気もする。足さばきも武人のそれだった、かな? ……んー。
「やっぱり信じられないな。果たし状なんて珍妙なもん送りつけてくるような人格はまーわかるにしても、チャンピオン? 本当に強いのか、あれ」
「相手の強さを感じ取れないとはまだまだだな。間違いなく彼女は強い。お前ではたとえ死ぬほどドーピングしても敵わないだろう」
そりゃ死んだら勝てねえよ。ゾンビでもなけりゃ。
「それじゃあ『彼女の娘』ってなんだ? どういう因縁なんだよ」
うむ、とうなずき、親父は語る。
「お前を引き取る前のことだが、当時の女流チャンピオンとやりあってな」
「はぁ。で、どうだったんだよ」
「こちらの圧勝だった」
「何ィ?」
初耳だ。そんなに強かったのかよ、親父。
「といっても、源平戦だったからな。チャンピオン以外の二人は大したことがなかった。実質三対一だったということだ」
「親父のパートナー二人もチャンピオン並に強かったってことか。今その二人はどこにいるんだ?」
参加すりゃいいのに。もしかすると果たし状がそっちにも届けられているかもしれない。
「吾作と耕造か。確か吾作はヒマラヤ山脈でカイワレ大根を作っているな」
何やってんだ、吾作。
「耕造は、月にチンゲンサイを植えるためにロケットの開発をマサチューセッチュで研究している」
言えてねえし。そして耕造は農業に専念しろ。
「結局果たし状は私のところにしか送れなかったということだろう。当時の意趣返しは不完全な形になってしまったな」
そりゃヒマラヤやアメリカの研究所には送れまい。
「んー、しかし娘がねえ。なんで本人が来ないんだろう」
「こちらとの対戦の後、引退してしまったからな」
「…………」
どうして引退してしまったのか、聞くのははばかられた。
親父のようなむくつけき男が三人、うら若き女性を前にして……駄目だ、考えたくもない。
「あー、まあ……で、なんでその娘だってわかったんだ。あの果たし状にはそんなこと書いてなかったろ」
日時と場所、そして「百人一首で白黒つけましょう」としかなかったと記憶してる。
「いや何、一流の農家は筆跡からでも相手の詳細を知ることができるものだ」
それはプロファイラーだろ。
「そもそも百人一首で因縁があるとすれば、思い当たることは一つしかない。極めつけはこれだな」
と、投げられた札を見せる。
「? 何だそりゃ」
「うー?」
「勝負を決めた最後の一札だ」
「!」
なるほど、そういうことか。
そして娘であるあの女の思い入れは半端ではないらしい。
これから巻き起こる熱い死闘が目に見えるようだった。
「では、搬入作業を手伝ってもらおうか」
「あ?」
何のだ? 話の関連が想定の範囲外だ。
「農家に休みはない。もちろん肥料の運搬だ」
「え、おい、大会の途中だろ、いいのかよ」
「次の試合までに間に合えばいい。合間合間に農作業するんだ」
いや、確かに去年もそんな感じだったけども……。
チャンピオンの試合とか見なくていいのだろうか。
俺にはあんまし関係のないいざこざではあるが、あの女、因縁の相手が自分ほったらかしで会場を抜け出しているなんて知ったら、どう思うんだろう。
何か不びんだ。
※
最終更新:2010年03月27日 19:27