「本当は、ゆっくりは人間を殺したりなんかしないんでしょ?」
「まあ……大袈裟に言う場合もあるけど、実際は殺された人間はいない………多分」
「…………」
「正直、わし自身が同級生に殴られ過ぎて朦朧としてたから、そん時に何が起こったか解らんのだ」
実際に人間の負傷者はいなかった。
あれから、いじめがなくなったわけではなかったが――――カバンを裏通りに投げ込まれる
などのネタは無くなった。
そもそも近づく奴はいなくなった。
「怪獣同士が真面目に戦ってるの見て、どっちかの上に立とうとか思う奴はいないだろう」
「両方怪獣なんだ?」
「どっちも人間の味方じゃ無いって意味でだ」
建物も倒壊して、林はしばらく葉っぱがならなくなった。
裏通りは、本当に、誰も立ち入らなくなった。
恐らく――――あの、珍獣とも、謎の生物とも呼ばれず――――妖怪と称される様になった
ゆっくり達の天下となっていることだろう。そこで、何が行われているのかは誰も知らないが、
あの、(林よりは遥かに拡大したが)狭い空間の中に入り込まない限り、ゆっくりに会うことは
無いだろう。
ホームレス達は、あのままどこかへ移動してしまった。
しばらく残った者もいて、ゆっくり達との直接のやりとりがあったようだが、どういった経緯が
あったのかは解らない。
お互い納得できる結果で別れたのだと、彼は思いたかった。
しかし、もうあの現場を見た世代も、殆ど残ってはいない。
とにかく、あの時の惨劇をきっかけに、少しずつゆっくりへの認識は変わっていった。
ゆっくりと人間は同じ町にいる。
保護されるべき不思議な動物でも、害をなす悪魔でもなく、ただただ、ごく狭い一区画を
占領し、そこだけは静かにやっている。
ここまで来るのに――――少なからず、お互い酷い思いをした。
お互い譲らなかったので、沢山の事件も起こった。
世代が変わって、今ではゆっくりは、単純に恐怖と探求の象徴である。
怖いからこそ、興味は湧く。
今も、当時を知らない若い世代は怖いもの見たさで裏通りに行き、割と酷い目にあって帰る。
だが、ゆっくりに対する好奇心は絶えない。
「『ゆっくりが怖くない』って感覚が昔はあったって事自体信じられないんだよなあ、僕は」
「自分の常識が、古今東西で通用するとは思わんこった。寧ろ異常かも知れないって
思ってた方が恥はかかないよ」
あの時、多少事情は知っていたが、最初から最後まで、よく解らなかった黒谷と名乗った――
あのゆっくりは、自分の事をどう思っただろう?
ゆっくりが好き、という事で、一瞬通じ合った気はした。
―――年老いても、彼は子供のような夢を見るのだった。
――夜中に開いている酒場に、ゆっくり達もやってきて呑む。
――いつしか、一緒に盛り上がっている。
――お互い、昼間は決してお互いの領域には立ち入らないが、時折、ほんの時折、町で
行事があれば、ちらりとゆっくりは顔を出し――――ごくごくたまに、あの裏通りで何かの催しが
あれば、年寄りか、小さい子供ばかりが呼ばれて、楽しんで帰ってくる。
――その次の次の世代。
――いつしかゆっくりが当たり前の様に町に買い物に来たりして、皆挨拶も普通にする。
――「ゆっくりは怖い」という認識は変わっていないが、それは表向きだけの話になっていく。
しかし、彼自身が生きているうちに、そんな光景を見る事はないだろう。
流石にそう考えると悲しすぎて彼は、表紙が、みのりことフランの写真で飾られた、最新版を懐に
入れた
「そういえば、あそこから一歩も外に出ないで、どうやって生きてるんだろう?」
「栽培なんぞやってるみたいだが、たまに普通にゴミとかが出るからなあ」
「地下道でも作って、どこかとやりとりしてるのかねえ」
さすがに、それは怖い。
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「結局、トラウマを克服できなかった………」
「だから、あれはトラウマなんてレベルじゃないって………」
バス停にて、御土産をどこで調達しようか悩みながら、帽子の無いゆっくりれみりあと、ゆっくりしずはが
頭を抱えていた。
時刻は明け方。
二人とも顔が真っ赤なので、他から見れば、朝まで呑んでいた様に見えるかもしれないが、それに
伴う酒の心地よさは微塵も無い。
ただ、夜勤明けの達成感のようなものは多少あった。
「大体、解決できた訳じゃないよねー、あれ」
「解決するのが仕事じゃないし。ただ、餓鬼どもにもむかついたけど、反撃しないあいつらにもむかついたし」
「Sis、ただ暴れたかっただけなのねー………」
「姉のやることじゃなかったけど、感慨も湧かないし」
結局、故郷を2度捨てる事になった訳だ。
「―――あそこで、のんびり暮らすのも悪くないけど、単純に色々な所行けるこの仕事の方が楽しいし」
「そうかあ そうだけどお……」
思い切り暴れて、疲れてしまって、本当に感傷が湧かない。
「あの林、うまくやってけるかな」
「大丈夫。生き残るだけならできる」
「あの餓鬼ども、上手く怖がってくれたかなあ」
「十分怖がってたし――――――いくらなんでも、ゆっくりが嫌いな奴ばかりじゃないでしょう」
「――――もっと平和的なやり方なかったのかしら」
「知らん」
ずた袋の様になるまで戦って、妹達に負け――――二人は、隣町まで退散した。
これでいいのだと二人とも思いたかった。
「仲良しグループになるだけが、共存じゃないもの」
自分と違うものや、異質なものを受け入れて、肩を並べられるならそれが一番いい。
それがどうしてもできない場合―――自分も相手も変わる気が無い場合
それでも、その場所に両者が受け入れられて、離れられないなると
「なーんて、残酷な話だろうね」
もっと酷い状況も見てきたのに、悲しみはしないが、いつまでも考えてしまうのは、やはり元自分の
実家だったからか
「ま、これで終わりじゃないわ。私等の出番じゃないけど」
何と報告すればいいものかと、頭をかきながら、ゆっくりれみりあは携帯電話を取り出した。
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「――――ご苦労様」
素直に言うと、電話先の二人は、本当に驚いていた。
「免許更新の代理も、地元の調査もありがとう。報告書は休んでからでいいよ」
〈ボス………でも、私達調べるだけでなく、滅茶苦茶にしてしまいました〉
「そんな事予想してたよ。でも大丈夫。それを利用して、上手くみのりこちゃんとは話をつけるよ」
〈よろしくお願いします…… それにボス〉
「ん?」
〈また次の更新も私なんですか?一度ご自身で近場に行かれては………〉
「人間だって偽って、免許取るのも楽じゃないんだよ」
まあ、とても便利だけど
〈また、Sisに肩車を頼むしかないんでしょうか?あの妊婦みたいな服着て。もう二人で人間に化けるなんて
正直嫌です〉
「無いだろうね。あんた背小さいし。あれ、隠れやすいし」
〈ボス………出不精すぎますよ〉
「他には?」
〈あと、義手と自分の帽子をなくしてしまいました………〉
「寅丸かぁてめえらは!!! あたしに一番似てるのがお前なんだぞ!!!」
電話先での泣き声を聞きながら、一応謝りつつ、ボスは電話を切った。
元々情緒不安定とは言われているが、確かに怒り過ぎた……
「さて……重要な拠点になる要素はたくさんあるわね」
愛用の地図帳を開き―――――今しがた、れみりあとしずはが、自分の代理で免許を
更新してくれた町に、蛍光ペンで印を付ける。
その横で、壁一杯に貼られた地図には、色とりどりの「ゆ」の字が象られたマグネットが
取り付けられ、それぞれに線が描かれ、繋がっている。
――――まるで、蜘蛛の巣の様。
素敵なネットワークだ。
実際、ここだけは自分で移動して繋がった各地の声を聞くことにしている。
問題もあるけれど、確実に、古いコミュニティー達は活気を取り戻している。
何も、日のあたる場所や、地上や空ばかりが新天地でも、繋がりの全てではない
「私が生きてる間、少しでもこの網を張り巡らさないとね」
―――全国の、密かに生きるゆっくり達が、地下道を通じて繋がり、大きな輪を作る日まで
「探求は終わらないわあ」
「――――今帰ったぞー キスメー………」
と、ドアが開いて、同居人が帰ってくる。
流石に声を出していた事が恥ずかしかったが、用意していたお茶と菓子を効率よく差し出す。
「ありがと。 ―――で、また、こんな電気も消したままで、友達と『悪の組織』やってたの?」
「暗いのが好きなんだもん」
暗いところと、狭い所が好きなのは、性だから仕方ない。次いで、出不精なのも
それに、未だにごっこ遊びと捉えられてる節がある…………
「これはね、ごっこじゃないんだよ……… 本物の『悪の組織』だよ!!! いや、悪じゃないかもしれないけど、
今にびっくりさせるからね!!」
「たまには桶も洗いなよ?」
「無視するな……それに洗ってるよ!! ――――お天気の日は干さなきゃだし」
「はあ………で、毎回思うけど、何なの?あのデカイ地図。マグネットだらけで、色々線が引かれてグルグルしてて
ちょっと怖いんだけど」
「ゆっふふふふ…… ヤマメが知らない所で、良い事が起こってるんだよ」
あっそ、と不機嫌そうな目で、OL生活も長い、表の顔でのパートナーは、お茶を一気に飲み干した。
結構疲れているのだろう。
「今度、一緒にどこか連れてってあげるから、たまには外に出なさいよ?ひきこもり」
「んはああーい」
これは、素直に嬉しい。
たまには、皆に隠してる本業の事など忘れて、大切な人との外出も悪くない。
と――――思い出したように、ヤマメは言った。
「そういえば、この前取得して作った、あたしの印鑑知らない? 『黒谷』印の!」
了
- いろいろ衝撃的な話だった……
確かにゆっくりである必要がない作品だったかのように見えるけど
種族とか関係とかいろいろと考えさせられた気がする。
あと「彼」とか「彼女」とかそういう代名詞が多くて
固有名詞があまり出てこないから少し読みづらかったかな? -- 名無しさん (2010-04-16 22:39:36)
最終更新:2010年04月16日 22:39