「………………」
フレンドリィショップに着いた僕は扉の前でじっと店を見つめていた。
一応来たことはあるんだけど覗いただけで中に入ったことはなかった。だからほんのちょっとの緊張が扉を開けるのを躊躇させている。
「早くしろい!」
そんな風にまごまごしてたられいむが腕にかみついてきたので僕は仕方なく扉を開けて中に入った。
うわぁ、ドキドキする。きんちょーする。この、この新鮮さがどうしようもなくたまらない。
「え、ええと。ゆ、ゆっくりボール、ボール」
商品棚に並べられているアイテムを吟味しながら僕はこの空気を堪能する。
本当にゆっくりバトルのためのアイテムが置いてある……ここがフレンドリィショップってやつなのか……
けど店もそんなに広くないので感心する暇もなく目的のものを見つけることが出来た。
「あったあった……ええと………」
棚に並べられたゆっくりボールを買い物かごに入れようと手を出すが、掴もうとした時あることに気づき手が止まった。
これ………どれを買えばいいのだろうか……………
よくよく見るとゆっくりボールには種類があって、それぞれ値段も結構違う。
この紅いのは300由円、橙なのは800由円、蒼色なのはなんと1200由円だ。
いや、そもそも………この『由円』っていうのは………レートはどうなってるんだ?1由円何円なんだ?
分からない、どれを買えばいいんだとか、どのくらいお金が必要なのか全く分からない!
くそっ!これがカルチャーギャップか!!田舎者に厳しい世界め!!
「素直にきけばいいじゃん」
「だよなぁ、でも恥ずかしいし」
「いつからシャイなキャラになったんだよ」
とりあえず色々説明が必要だと僕はカウンターの方へこそこそと向かっていった。
「ん?ああ、ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね!!!」
ゆっくり専用のショップなためか応接もゆっくり風だ。
気のよさそうなメガネのお兄さんを見て僕は少し安心してカウンターに近づく。
「あ、あの、ゆ、ゆっくりボールについてお尋ねしたいんですけど」
「君初心者?もしかしてカザハナタウンから来たの?」
「あああああ、は、はい!!」
なんでしどろもどろになってるんだろう僕。流石にそろそろ緊張くらいとけよ、誤解されるぞ。
「ふぅん……あ、説明ね。一応ボールにも色々あるんだ」
そう言ってお兄さんは商品棚から3種類のゆっくりボールを取り出してカウンターに並べた。
「一応この3種類が主なゆっくりボール。正式名称緩慢生物捕獲用陰陽玉。
実は他にもいろんな種類があるんだけど、一応オーソドックスなのはこの三つだね」
「オーソドックス……と言うと他の奴には何か特徴でも……」
「ああ、きめぇ顔したゆっくりが捕まえやすくなるボール、体つきのゆっくりが捕まえやすくなるボールと色々あるね」
へぇ………ゆっくりにもいろいろ種類あるからそれに合わせてボールにも種類あるんだ。
僕は改めて感心しお兄さんの話の続きを聞く。
「この三つは特定のゆっくりを捕まえやすくするとかはないんだ。簡単にいえば普通なんだね。でも普通でも悪いことはないよ」
「ふぅん………その3種類の違いって何ですか?」
「いわゆる性能の差だよ、紅、橙、蒼の順番でゆっくりを捕まえやすくなるんだ」
「え、じゃあ蒼以外いらないんじゃ……」
「う~ん、そこはコストの面だね。紅のゆっくりボールでも一応それなりに性能あるから。君だって安い方がいいだろ?」
まぁ、いくら旅費を橙子さんから貰ってるとはいえあんまり無駄使いは出来ないもんな。れいむの食費もそれなりにかかるし。
…………ということは新しいゆっくりを手に入れたら……そいつの分の食費をまた払わなきゃならないのか……
「……どうしたんだ?そんなメランコリーな顔して」
「あ、いえ、何でもありません。所で聞きたいんですけど……やっぱり蒼色の方が………壊れにくいとか」
「そういうのはないね」
あ、ないんだ。紅いから壊れたとかそういうのじゃないんだ。
ということは他の奴も同じ耐久力なんだ。じゃあ言ってやろう、この量産品め!!
「ちなみに一円で二由円だから実質この紅のボールは150円だね。そこの両替機で換金できるから、換金しすぎには注意だよ」
お兄さんはぱちゅりーのぬいぐるみの真横にある機械を指さしてそう説明する。
その機械は硬貨とか紙幣などの現金を入れる口があるけれど他はカード用の穴やお釣りの穴しかない。
由円はカードで持ち歩くのか。とりあえず僕はその機械を見てそう思った。
「一応お金はあるな……それじゃこの紅いボール三個お願いします」
「もしものためにいっぱい買っていってね!!!」
「三個でお願いします」
由円のためのカードも発行してもらったし、新しいゆっくりボールも買うことが出来た。
元々れいむの我儘から始まったことだけど僕も絶対にゆっくりを捕まえてやろうといつの間にか決意していた。
ちょっとコウマシティに着くのが遅くなるけど、このくらいならアイツもきっと許してくれるだろう。
「色々説明してくださってありがとうございます。では」
「あ、ちょっと待って」
僕は一礼してそのまま店から出ようとしたが、その前にお兄さんに呼び止められてしまった。
何だろう。別に変なことはしてないはずだけど……まさかお使いイベントとか……
「君確かカザハナタウンから来たって言ったよね」
「え、ええ、生まれも育ちもカザハナタウンです」
「それじゃあ……森影孫子って知ってる?」
「孫子?」
あのよくそんしと呼ばれてはぶち切れする森影孫子のことだろうか。
温厚で面倒見のいいあいつだけどそうやって呼ぶと本気でぶん殴られるそうだ。普通最初はそんしって呼んじゃうよなぁ。国語とか大変だった。
「一応知り合いですけど……一体何か」
「いや、孫子さん宛に今日荷物が届いたんだ。それで実家の方に送ろうと思ったけど昨日彼女ここに来てたしねぇ」
「確かに来てましたね」
そういえばあいつはここで一体何を買って行ったんだろう。
でもそれを知るのは出歯亀ってもんだ、こっそり覗いてたけど。
「……もしかして彼女、もう行っちゃった?」
「はい、たぶん昨日のうちに」
孫子はあの悪党を警察に突き出した後とっととこの町を発ってコウマシティへ向かっていった。
燃えたぎる正義の血、誰にでも優しくする心など彼女を評価する点は様々あるけれど、僕はやっぱりその彼女の群を抜いた行動力を賞賛したい。
その行動力は皆に決意をする勇気を与えてくれる。僕もその一人だ。
「あ~しまったなぁ……今からコウマに送っても間に合うかなぁ……」
「………………」
「?どうしたの、おにーさん」
何も言わずただ直立している僕に向かってれいむは心配そうにそう呼びかけてくれた。
問題ない。ちょっと考え事をしているだけ。
荷物が孫子のものというのならきっと旅路に必要なものだろう。
だから無いときっと困るはずだ。もしかしたら今現時点で困っているかもしれない。
そんな孫子のことをちょっと想像してしまい、僕は無意識のうちに言葉を発していた。
「その、その荷物持って行きましょうか?」
「え?」
「ええと僕孫子とコウマシティで待ち合わせしてるんです。だから僕に任せてください」
案の定のお使いイベントだったけど
「い、いいのか?けっこう重たいぞ?」
「ええ、れいむがいますし」
なんか知らないけど僕がそういった瞬間れいむは(◯) (◯)←こんな目で僕の方を振り向いた。
しばらくは口をポカンと開けて震えていたが次第にゆっくり特有の目に戻り、怒りの表情を浮かべて僕に怒鳴り散らした。
「ふ、ふざけんなやぁ!はたらかねぇっていってるやろ!」
「折角ボールから出てるんだからそれを生かせよ!!じゃお願いします」
「あ、ああ」
お兄さんが荷物を取りに店の奥に行ったのを見計らって僕たちは全力のバトルを開始した。
下手に体を掴めば柔軟な体をフルに使ってその手に噛みついてくる、髪を掴もうとすればその髪に縛られた。
いいだろう、お前が本気でかかってくるというのなら、昨日の続きを、始めよう!!
「ゆっくり!!!しねぇぇぇぇぇ!!!」
「うおりゃあああああああああああ!!!」
「………………君たち……」
意外にもお兄さんが戻ってくるのが早く、僕らが互いに血肉を削って醜い争いをしているところを見られてしまった。
なんと情けない、みっともなさで顔から火が出る。
とりあえず腕に噛みついているれいむを外して床に置き、僕は畏まってカウンターの方を向いた。
「それじゃ、これ、荷物」
そう言ってお兄さんは腕一杯に抱えていた段ボールをカウンターの上に置いた。
一応言っておくが、お兄さんは立派な大人、160ある僕よりも背が高いように見える。
そんな人が腕いっぱいに抱えてきた段ボールだ。そりゃあかなり大きい。
「……………………」
その段ボール箱の大きさに正直僕は絶望した。こんなの持って次の町に行けるものか。
ああ、軽はずみであんなこと言わなきゃよかった!!
「…………よし」
僕は決意しその段ボールを抱えあげる。
持つことは出来たが両手で抱えるのが精いっぱいだ。それにこれじゃあ段ボールが邪魔で前が見えない。
「え、えっと大丈夫かい?」
「はい、だ、大丈夫で、です!えい」
「ゆぎゅっ」
僕は抱えていた段ボールをそのままれいむの上に置いた。
落としたわけじゃないから大丈夫だと思うけど………段ボールの陰になってれいむの表情が読めない。
「……………うおりゃああああああああ!!!」
おお、見事に持ち上げた。さすが僕のゆっくり。そこに痺れる憧れるゥ。
けれどれいむは段ボールの下からかなり禍々しい表情で僕のことを睨みつけていた。
「お、お、おぼえてろぉ!」
そんなセリフを吐くれいむだがどこか弱弱しくて、今にもはち切れそうな緊張感が漂っている。
流石にそんなれいむを見てしまうと、これ以上無理をさせちゃいけない気がする。
「大丈夫だって、流石に持たせっ切りにはしないよ。かわりばんこでやろうな?」
「ゆぅぅぅ……」
一応れいむは頷いたような仕草をして何も言わなくなった。
納得してくれたようだけど、この物分かりのよさは弱っている証拠だ。
「あの……その、悪いことがあるんだけど……」
そんなこと思っているとお兄さんがすごく申し訳なさそうな顔をしてそう言ってきた。
……聞きたくない。
「実はもう一つあるんだ」
お兄さんはそう言ってカウンターからもう一つの段ボールを取り出した。
言うまでもなく、さっきの箱と同じ大きさだ。
「…………………」
もしかしたら中身は軽いかなと思って抱えてみるが重さもまた先ほどのと同じだ。
僕はゆっくり、ゆっくりとれいむの方に顔を向けた。
「や、やめてぇ!むりむりむりむりむりむりむりむり!!!!」
「き、昨日のまちょりーは400キロの重さの物を持ち上げることが出来るんだぞ!」
「あんなのとひかくしないでぇぇぇぇ!!!」
比較しちゃいけないというのも分かってるけど、期待せずにはいられない。
僕は容赦なく持っていた段ボールをれいむの段ボールの上に置いた。
「……………」
………………声がしない。流石にまずいと思って僕は段ボールを二つとも取り除いた。
れいむがいた場所には平たい座布団のようなものがあり僕は恐る恐るそれを持ち上げてみた。
「………ぺったんこ」
「ごめん」
「ひらべったいよ!はねられないよ!」
一応生きてて良かったと僕は安堵の息をつく。
とは言ってもれいむはまるでクッションかのようにカウンターの上に置かれている。下手したら腕を載せてしまいそうなほど触り心地が良かった。
「流石に二つは持っていけないよぉ……一体何が入ってるんだ?」
肩を叩きたくなるほどの重さにその疑問が思い浮かぶ、旅の荷物にしては重すぎるではないか。
「中身しらべちゃおうよ!」
「駄目だよ、プライベートなものだったらどうするんだ……」
孫子のプライベート。
そう言えばあいつもちゃんとした女の子なんだよなぁ………
「おにーさんなんで段ボールのガムテープをはがそうとひっしになってるの?」
「ひ、必死になんてなってないよ………人聞きの悪い」
とにかく、中身さえ分かれば本当に必要かどうかというのも分かるはずだ。
でも中身を見て孫子が傷ついたらどうしようか。そういうわけで勝手に見るわけにはいかない。
「そうだ、知ってる人に聞けばいいじゃないか」
「知ってる人?」
そう、それはこの荷物を注文した人物だ。
幸い店の中に電話がある。それを利用させてもらおう。
僕はだらだらになったれいむを肩の上に載せて受話器を取った。
「ええとオレンジTIE研究所の番号は……と」
「げっ!あのたばこくさいおばさんか!」
確かにたばこ臭いし三十代だけど口に出して言うもんじゃない。
いつ、どこで聞いてるかわかりゃしないんだから。
「んしょ、繋がるかなぁ……」
しばらく待機音が受話器から絶え間なく鳴り響き、そして明るい妙齢の女性の声が僕の耳をつんざいた。
『孫子ォーーーーーーーーーーーーーーッ!元気にしてたぁ!?!?』
「………」
凄く……声出しにくい………
橙子さんなんてハイテンションなんだよ……
「ご、ごめんなさい、僕です。相次瞬です」
『…………………………シュン君?慣れないゆっくりバトルとかで困ってない?』
大人はこうやってちゃんと対応するんだなぁ。感心しちゃうよ。
『で、何?ゆっくり図鑑を見てもらいたいの?それだったらそこにある端子を図鑑に差し込んでね』
「いや、そうじゃなくて。孫子あてに荷物が届いたそうなんですけど……あれって中身何なんでしょう?」
『あーーー!あれいまさら来たのぉ!?』
ただでさえ高い声が叫ぶもんだから耳が痛いったらありゃしない。
「……一体何なんですか?それって」
『あ、うん。それはトレジャーパックでね。いわゆる旅のための必需品が最低限詰まったものよ。
傷薬とか包帯とかゆっくりボールとかゆっくり用の餌とかシュン君の餌とか……』
「僕の餌って………」
でもこれでプライベートのものでは無いのは確かだ。
僕は受話器をそこら辺に置いてカウンターに置いた段ボールを開けてみる。
「へぇ、確かに傷薬とかゆっくり用の餌とか僕の餌とか………缶詰だけど」
「うわぁ、ゆっくりボールがじゅっこもあるよ!」
なんと、れいむに言われるがままに箱の中を見てみるとちゃんとゆっくりボールが十個並べられている。
くぅ、孫子の奴十個もただでゲットできるなんて羨ましすぎる。パルパルしちゃう!
「…………あれ?」
じゃあなんで橙子さん『シュン君の餌』なんて言ってたんだろう。
一応電話はまだつながったままなので僕はすぐ受話器の元に戻る。
「あの………さっき『シュン君の餌』って言ってましたけど」
『………………もしかして怒ってる?』
一応。でも今は関係ないのであえて押し込めているだけである。
「その……なんでそこで僕の名前が出たのかなって。だってこれ孫子のやつでしょ?」
『あ~うん。確かに一つは孫子のやつだけど……もう一つは君のなのよ』
「え、僕の?」
『確か昨日言ったと思うけど』
ああ、確かにそういうこと言っていたような気がする。
つまり、この箱の一つは僕のもの。それと同時に中にあるゆっくりボールも僕のものとなるのか。
でもせっかく三つも買った直後に貰うというのもなんか釈然としない。
こんなことなら買わなきゃよかった。
「自分のものじゃなければパルパル……自分のものなら後悔って……にんげんはわかんないね……」
そういうもんだ。人間ってのは。
とりあえず荷物の内容が分かったのでこれで安心して整理できる。
僕のものは自分のカバンの中にしまえばある程度楽になるだろう。
「で………もうひとつ、孫子の分だけど」
流石に2セット分はカバンの中に入らない。段ボールで運ぶのも面倒だしれいむもフリスビーにできそうなほど平べったいままだ。
『あ、もしかして孫子そこにいないの?』
「はい、昨日さっさと……」
『じゃあもう一つのもシュン君が使っていいよ』
え?何で。
『あの子行動力早いからもう道具揃えちゃってるだろうからね、まぁ一応あの子にはちゃんと送金しておくわ』
「はぁ………」
親にさえそう思われてるんだ孫子………
下手したら将来はとんでもない大物になるんじゃないか?
『んじゃ、図鑑集め頑張ってね~一定期間内にそれなりの成果でないと送金しないから~』
「ちょっ!そ、そんな話きいて……」
僕の言葉が言い終わる前に橙子さんは無情にも電話を切ってしまった。
仕方なく僕は受話器を元の場所に戻し、肩を落としてカウンターの方へと足取り重く向かっていった。
「ぺちゃん」
肩を落としたせいでれいむが床に落ちた。めんどくさいけどとりあえず拾う。
「とりあえず使ってって言ってたけど、全然問題は解決して無いんだよなぁ」
結局二つ分の荷物を持つことになったわけだ。
先ほどの忠告もあって、いつしか怒りがふつふつと湧いてきた。
「くそう、あの太眉オレンジニコチンババアが!!」
適当なこと言って人に荷物押しつけやがって!
めんどくせーよ、ただでさえれいむ運ぶの嫌なのにこれ以上押しつけんなよォォ……
「捨てるのもいやだし……あ~誰か貰ってくれないかなぁ」
「じゃ、貰います」
「どうぞどうぞ………って!」
背後の突然の声に驚き、僕はすぐさま声のした方向に振り向いた。
「ニャオ!」
「お、お、おまえは!」
「ヒサナギ!ミヅキ!」
「Yes,I am!!なんちゃってぇ」
あどけない笑顔でクスリと笑うミヅキさん。
僕もれいむもノリノリだった。
「え、ええと、ミヅキさん。」
「なに?いらないなら貰っちゃってもいい」
「やいやいやい!人のものよこどったくせに人のものもらおうだなんてずうずうしいよ!」
先ほどのことがやはり気に食わなかったみたいで、れいむはそうミヅキさんに突っかかる。
しかしれいむ、その平べったい状態で言ってもギャグにしかならんぞ。
「ありゃ?そのれいむ何?もしかして進化したの?」
「いや……そんなもんじゃなくて……」
「一度調べさせて!ええと」
そう言ってミヅキさんは自分のカバンの中をごそごそと漁りだした。
こんな状態でも進化したように見えるんだ、ゆっくりって奥深いなぁ。
「なにいってんの!このこがバカなだけだね!」
れいむはそう言うが昨日の筋骨隆々のゆっくりを見たら否定が出来ない。
でもゆっくりにはゆっくり、れいむの方が正しいかもしれないな。
「あったあった、ようしアナライズしちゃうよ!」
ミヅキさんは何か赤色の小型電子手帳をカバンの中から嬉しそうに取り出した。
アナライズって……何やるんだろう。というか、あの電子手帳どこかで見たことあるような。
「…………それって、ゆっくり図鑑?」
「そだよぉ、アナライズかんりょーう!にゃー!」
何で、なんで橙子さんが作ったものをミヅキさんが持ってるんだ?
そんな疑問も露知らずミヅキさんはゆっくり図鑑を覗き見るも、次第に残念そうな表情になっていった。
「あ~普通のれいむかぁ………れいむ種はあまり集まってないんだよなぁ」
「………その、図鑑は一体どこから?」
「ん?おかーさんから貰ったの。そんでゆっくりについて調べて来いって!」
氷蛹なんて人あの研究所にいただろうか。
とりあえず僕もポケットの中からゆっくり図鑑を取り出した。
「?シュン君も持ってるんだ……ちょっと見せてもらってもいい?あたしのも見せてあげるから!」
「え、ああいいけど」
そう言って僕はミヅキさんと図鑑を交換する。
見比べれば見比べるほど僕のとミヅキさんの図鑑の外見にはほとんど差異が見当たらなかった。
「ふん!こんなばかなむすめだからどうせあんまり集まってないにきまってるね!」
「そんなに嫌いなのか……?」
まぁそう期待はしてないけど一応興味はあるので僕はミヅキさんの図鑑を開いた。
自分のだったら空白のナンバーがずらっと並んでいて、全然見ごたえが無いものだった。でもこの図鑑は違う。
まずトップナンバーにれいむ、少し空白空いてまりさ、ドスまりさ、さくや、ヨコハマさくや、れみりゃ、うーパック、めーりん、
ぱちゅりー、こあくま、ぱんつこあ、ちるの、チルノフ、れてぃ、でぶれてぃ、りぐる、かめんりぐる、るーみあ、EXるーみあ等 etr……
なんて多さだと僕は驚いた。空白の方が少ないじゃないか!!
だけどこんな揃えてちゃ僕のを見ているミヅキさんは相当退屈だろうな、と思って横目で見てみたが、全然退屈している様子はなくむしろ興奮しているように見えた。
「ね、ねえ!シュン君!こ、こ、このぱちゅりーみたいなの何!?」
「え?」
ミヅキさんが指を指しているところ見てみるとそれは昨日戦ったまちょりーの項目だった。
「えっと、それはまちょりーと言って………」
「うわー!この辺にいるのかな!ひゃーひゃーひゃー!」
ミヅキさんは無邪気に店の中をはしゃぎ回り、何分経った後ようやく僕の目の前で勢いが治まった。
「えっと!シュン君、このゆっくりとどこで会ったの?私このゆっくり見たことないの!」
そう言われてもこのゆっくりはあの悪党の手持ちゆっくり、あいつが警察に突き出された今どうやって見ることが出来ようか。
でも、そう言えば勝負がついたときあいつまちょりーをボールに戻していなかった気がする。じゃああれは一体どこ行ったんだろう。
「ひゃあーー!興奮してきたぁーー!今から捕まえにいってくる!」
勢いが止まってももうこの興奮は止まらないだろう。ミヅキさんはもう一つの段ボールからレンジャーパックを取り出して荷物に詰め込んでいく。
以外に手慣れたものであっという間に詰め込みは終わり、迷わず出口まで走っていき、出る直前にこちらを向いてくれた。
「ありがとっ!」
「え、あ、どういたしまして」
「じゃっ!またいつか!」
そんな風にミヅキさんは笑顔で店から出て行った。
残された店の中は何故か静かで、まさに台風一過と言うべき様な状況だ。
とりあえずその沈黙の中僕は残った段ボールの中から荷物を取り出してカバンの中に詰めていった。
「ゆ~なんだかむかつくね」
「いやこっちがありがとうって言いたいよ、こうして荷物が減ったわけだし」
「ずうずうしいようにしかみえないよ」
れいむはそう不機嫌そうに言うけど、彼女は別に悪い子じゃないと思う。
まぁ昨日とんでもない悪党に出会ったからかすんで見えるだけかもしれないけど。そうでないと思いたい。
「………ふぅ」
荷物も全部仕舞い終わって、僕は少しメランコリーな気分になる。
ゆっくりを集めなければ送金は無し。その言葉が地味に僕の心に突き刺さってるからだ。
「なんかさ、僕はノルマがあると不安でしょうがないんだよ、出来るか出来ないかに関わらず」
「面倒なしょうぶんだね」
「一体どのくらいのゆっくり集めればとかも聞いてないし……あ」
「どしたの?」
あの時図鑑を交換したまま返してもらってないことに気がついた。
つまりミヅキさんは僕の図鑑を持って行ってしまったということになる。
また面倒なことになった。そう思って僕はまたため息をつく。
「……しかしホント似てるなぁ、端子の部分も同じだし何で同じの持ってるんだろう」
端の方にすこし蒼の線があること以外はほとんど僕のと変わりない。
まぁ、中身の方は段違いだけどね。
「……………………」
意識的、というわけではないのだが少し暇が出来たので僕は図鑑の中身を読みふけっていた。
基本のゆっくりは100%近く埋められていて、亜種系統もそれなり。これだけでも出版して問題無いくらいの完成度であった。。
「へぇ、うんざん姐さんとかあるんだ」
「ビグれいむとかあるんだね、れいむもこんなふうにおっきくなるのかな?」
このくらいの情報を送ってあげればきっと橙子さんも研究を進められるだろうな。
そうすればノルマも難なく達成できるし快適な旅を送れる。でもここまで集めるのは相当な時間が必要だ。
「………………………」
これを、送ればいいんじゃ、ないか?
送ったって、中のデータが無くなるわけじゃ、ないし。みんな、よろこぶ。
「………」
「おにーさん?」
今、僕は電話の前に立っている。後は研究所に電話して端子を図鑑に差し込めばそれで終わり。
ただ、誰かに止められているわけでもないのに動けない。
「……………………」
「なんかさ、あんなこむすめがこんなに集めるだなんて!憎たらしいったらありゃしないね!」
僕の心境も関係なくれいむは突然そんな風に憤る。
全く別にあれは横取りじゃないんだからいつまでも気にするなと言いたい。
………………………………………………………
これは横取りだろ。
「はぁ、何考えてんだ、僕。危うくズルしそうになった」
「おにーさんもわかるよね!あのこむすめうざいったらあ」
「少し落ち着くんだれいむ、あの子に非は無い。きちんと礼節を知っているし僕は不快に思ってない。
確かに横取りに見えたけど僕たちはあの時何もできなかった。仕方ないと思って割り切るんだ」
悟りを開きかけた今の僕なられいむを叱責出来る。
気分はもう映姫様。えばり放題。
「………………なんかすっげぇうっとうしい」
「さて」
僕は図鑑をポケットにしまって受話器を取り研究所の番号を入力する。
色々聞きたいことがあるんだ。やましいことはない。
「あ~もしもし、オレンジTIE研究所ですk」
『誰が太眉オレンジニコチンババァですって?』
……………怖え、怖エェェ!!
「え、ええと」
『オレンジは別に悪口じゃない、ニコチンって言われても仕方ないと思ってる…………』
「は、はぁ」
急に物憂げに語り始める橙子さんだけど、何でこっちが思ったこと分かるんだ!!?
『ババァだってよく言われるわよ……でもね、太眉ってのは絶対に許さねえええええええええええ!!!』
「ごめんなさああああああああああああああああああい!!!」
つい謝っちゃったけど何で太眉のことでそんな怒ってるんだ、結構特徴つかめていいのに。
そう思ってると察したかのように橙子さんは急に語り始めた。
『昔ね、私が助手をしてた頃世間では太眉が流行ってたのよ……もうテレビに出てくる女優もほとんど太眉だった程よ。
若かった私はもちろん流行に乗ろうとして太眉になろうとしたわ、でもなかなかうまくいかなかった。
そんなある日同僚が特殊な毛生え薬を持ってきてくれて私は嬉々としてそれを眉に塗ったわ。
結果は大成功、太眉になったのよ。でも世間は移ろいやすく太眉の時代はとっくに終わって細眉の時代が来た。
太眉がダサいと言われることになったし流行に敏感だった私はすぐに細眉に切り替えようとした。
でも…………でも…………どれだけ剃ってもどれだけ抜いても!生えてきちゃうのよおおおおおおおおおお!!!!』
悲痛な叫びが店中に響き渡った。魂のすべてが詰まっているような気もした。
『………………と、こんなことシュン君に話しても仕方ないわね、客人に言われちゃったからつい……』
「は、はぁ」
僕のことじゃなかったんだ。今でも胸がドキドキする。
…………でも全く同じことを同じころにいう人っているのだろうか。そう思うと全身に怖気が走る。
『で、また何の用?ゆっくり図鑑の評価なら』
「あ、いいです。ノルマの事について聞きたいんです」
『ノルマァ?…………………………………』
やけに無言が続いていく。たぶん具体的なことは考えてなかったんだろう。
「…………………………それじゃ一ヶ月後までに二十体。それでいい?」
二十体か。今まで会ったことのあるゆっくりはれいむ、まりさ、みすちー、なずーりん、まちょりー、みのりこの六体だ。
一日二日でこれなら順調だ。一応心配しなくても問題ないだろう。
『ふ~、それじゃ後聞きたいこととかある?』
一応聞くべきことは全部聞いた。でもちょっとだけ疑問に思うことがある。
「あの、じゃあ一つ聞きたいんですけど、ゆっくり図鑑って僕のと孫子のと二つだけなんですか?」
『?一応私が持ってるのはそれだけだけど………いきなり何?』
「いやぁ、今日僕たちのと同じ形のゆっくり図鑑持ってる子がいたから………」
『あんですと?一体何て子よ』
なんか急に口調が変わった。たぶんこの辺で話終わらせた方がいい。
「あ、いやその氷蛹」
『アイコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
受話器と耳がぶち壊れそうなほどの大声音が店中に響き渡る。れいむは吹っ飛び、お兄さんは椅子から転げ落ちて、僕は危うく気絶しそうになった。
『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!
アイツ!ドコマデワタシノジャマヲ!フトマユニシタウラミワスレネェェェェ!!』
「……………………そ、そのアイコってのは」
『氷蛹藍子!私の同僚で育毛剤を渡した憎むべき敵よ!アイツメトウトウココマデシンリャクシテキヤガッタ!!!
モシナカヨクシテルヨウダッタラソウキンウチキリヨ!ワカッタワネ!アイココロスアイココロスアイ』
その憎しみが積もりに積もった呪詛を聞くに堪えなくなり僕は電話を切った。
………………も、もしこの図鑑のデータ送ってたら今のようになっていたかもしれない。
そう思うと悟り開いて本当によかった。
「ゆぎゅう……あのニコチンババァ、どうしようもないね!」
「大人って怖い」
地面に落ちたれいむを拾って僕はすぐ店を出た。
早くミヅキさんから自分の図鑑を返してもらわなければ橙子さんに怒られる、そう遠くへは行ってないはずだ。
と、言ったもののミヅキさんがどこに行ったのか分からない。とりあえずまちょりーを探すといっていたがそのまちょりーの行方が分からないのだ。
僕はとにかく町中を駆け巡ってあの筋肉ゆっくりを探す。早くしなければミヅキさんはとっととそいつを捕まえてどこかに行ってしまうかもしれない!
「うおお!足が痛いついでに額も!」
「無茶すんな!ここでゲームオーバーはなしだよ!」
「じゃあれいむも走れ!」
「はしれないよ!こんな体で」
「じゃあ飛ばしてやる!!」
「はい!?」
僕は平べったいれいむをフリスビーのように投げ飛ばしていく。
それが意外にも長く飛んで偶然道を歩いていたジロウの頭にぶち当たった。
「ぎゃぶっ!」
「あだん!」
あ~またやっちゃった。腰も相当痛めてるのに踏んだり蹴ったりだろうな。
とりあえず僕はれいむを拾ってジロウに手を差し伸べてみるけど、ジロウは非常にもそれを振り払う。
「ちくしょう!おまえいい加減にしろよ!」
「今のは事故だよ、事故」
「全く……借りが無ければぶっ倒してやるのに」
ジロウはしぶしぶズボンに着いた泥を振り払って同じように地面に落ちたナズーリンを拾った。
別にぶっ倒したければぶっ倒されてもいい覚悟くらいは出来ているさ。絶対に抵抗するけど。
「あ、そうだ、ジロウ。この辺で蒼い髪の女の子見なかったか?」
「蒼い髪ぃ?俺の記憶にはないな」
ちぇっ、役に立たない奴。
「まぁ役に立たなくて済まないけどさ、こっちもお願いあるんだけど」
「なんだよ、かっこいいつもりかそのファッション?」
「お前に言われたかない、いや、新しいゆっくりでも捕まえようかと思って」
そのくらい一人でやれよ………折角可愛いゆっくりが戻ってきたんだから。
そう言おうと思ったけど次のジロウの言葉で僕はそのセリフを言うことを忘れてしまった。
「いや、昨日の奴が使ってたまちょりーがカザハナ方面に向かったって噂なんだよ、だからこのナズーだけじゃ」
「さらば!」
「あってめぇ!!!」
これで居場所は分かった、恐らく彼女はそこにいるだろう。
ただ、別に急ぐ必要はないというのに何故か僕は駆け足で道を進んでいた。嫌な予感がする。
最終更新:2010年04月30日 22:39