夜雀たちの歌 その後の後 Bパート






それは、1月以上前のこと。
ゆっくりみすちーがまだ、ゆっくりれいむと呼ばれていた頃の話。

「私には、絶対に勝たなくちゃいけない奴が居るんだ‥」

歌や屋台の営業時間の合間合間に、スペルカードルールというこの世界特有の決闘の特訓に勤しんでいたミスティアに、
ゆっくりれいむがその理由を尋ねた時、彼女はそんな風に答えを返した。

“宿敵”が居るということ。
そいつは、ミスティアとは比較にならないほどの力を持つ存在だということ。
それでも、絶対に、戦わなきゃいけない因縁があるということ。

その“宿敵”というのが誰なのか、
どうしてそこまで“勝ちたい”と思っているのか、

当時、ミスティアの、とある“亡霊”との確執、その全容を知らなかったゆっくりれいむには理解できる由もなかったが、
毎日体力の限界まで特訓に励むミスティアを見て、
これはきっと彼女にとって、とても大切なことなのだということは、ゆっくりである彼女にもよく分かった。

「なら、れいむもお手伝いするよ!れいむにできることはない?」

だから、そんな彼女の力になりたいと思ったのも、
彼女の友達であるゆっくりれいむからしてみれば当然の成り行きだった。

「えっと‥、その言葉は嬉しいけど、弾幕バトルは危険だよ、下手すりゃ死んじゃうこともあるし」

当然、ミスティアは最初、その申し出を断ろうとした。
自分のことを想ってくれるこの相方の存在は嬉しかったが、だからこそ危険な闘いに巻き込むのは気が引けたからだ。
だが、対するゆっくりれいむの思いは本物だった。

「“こけつにはいらずんばこじをえず!”まずは勇気をもって“とらのあな”に入らなきゃ、
 “ロリっ娘エッチどうじんし”は手に入らないんだ! って昔お姉ちゃんが言ってたよ!」
「‥‥‥? どういう意味?」

ミスティア、もちろん意味が分からない。
別にこれは鳥頭じゃなくても分かるはずのない説明だから仕方無い。

「つまり、その“饅頭”は、ミスティアの為なら死も恐れないってことを言ってる訳。健気だねー」
「そうなの?ルーミア」

ゆっくりれいむの言葉を訳したのは、その時ミスティアの特訓を手伝っていた常闇の妖怪、ルーミア。

「大体あってる!」

当人であるゆっくりれいむがそう言っているということは、どうやら大体合っているらしい。

「別にいいんじゃないかなー。手伝わせてやれよー。思わぬ伏兵になるかもしれないよ」
「確かに味方は多い方がいいけど‥でも」
「頑張って役に立つよ!だってれいむはお姉さんの“友達”でしょ!」

“友達”。
答えに揺れるミスティアの心を最後に突き動かしたのは、多分その言葉だった。
打算や代償を求めない、妖怪にもゆっくりにも理解できる、
単純だが、それ故に簡単に断る理由を見つけることのできない、心強い理由付け。

―それなら、しょうがないか。

ミスティアは小さく溜息を、決して気分の悪くない顔で吐く。

(まぁ、危険な時は私が守ってやればいいか。“友達”だしね)

「じゃ、手伝ってもらおうかな」
「任せてよ!」
「ゆっくり相手に弾幕の特訓か‥、面白くなってきたかもねー」

楽しげに笑うルーミアの横で、ミスティアは改めてゆっくりれいむに対して礼を述べる。

「ありがと!それじゃ遠慮なく手伝ってもらうから」
「れいむに任せてね!」



その日から、ゆっくりれいむの、弾幕バトル特訓の日々が始まった。
そして、ミスティアやルーミアは、ゆっくりれいむに対し本当に何の“遠慮”もなく、特訓を行った。

そう、自分達“妖怪”と同じレベルでの特訓を。
本当に、遠慮なく。





西行寺幽々子は考察する。
かつて、自分に立ち向かった夜雀が連れた、一匹のゆっくりについて。

(レミリアの“ふらん”や紫の“ちぇん”は、確かに他のゆっくりと比べて優れた戦闘能力を持つゆっくりだったと言える。
 特に“ちぇん”のあの動き、きっと藍が使役して狩りの手伝いでもさせていたのでしょうね。
 実際に、野兎程度なら、楽に狩れる実力はあったことでしょう)

でも‥、と幽々子は、宙を嬉しそうに舞うゆっくりみすちーを見据え、考察を続ける。

(でも、それは飽くまで“ペット”として、或いは“道具”として、
 自らの庇護に置き、なるべく危険や事故のない環境で可愛がり、育てあげた結果。
 だから、いくら育てようと、その力はペットや道具としての力の境界を超えることはない。
 それ自体が間違っている訳ではないし、
 自分より下の生物に対する接し方としては寧ろ当然のことなのだけれど、あの子は違った訳ね。
 あのゆっくりみすちーは、本当にミスティアの“友達”だった。
 “友達”ならば、立場が互いに同じならば、そういった遠慮は必要ない。
 “ゆっくりの限界”というものがどこにあるのか、私にも分からないけれど、
 あのゆっくりみすちーは、そういうものに手を伸ばすことができる、そういう環境で育った。
 いわば、今日戦ったあの二匹のゆっくりとは、最初から立っている場所が違っていた、そういうことね)




「凄い、凄い‥、なんていうか、格好良い! ああいうの、格好良いわ!」
「あらら、姫様ったらこんなに興奮しちゃって‥ジュルリ。 悪いのだけれど、姫様にこの子触らせてもらってもいいかしら?」
「楽しませてもらったよ、ゆっくりならではの激闘って奴をね」
「いいねぇ、こういう真剣勝負って奴は!規模が大きかろうと小さかろうと、見ていて気持ちが高揚としてくるよ!」


ゆっくりとは思えぬ闘いぶりに、
月の姫やその従者、死神に鬼まで、みなゆっくりみすちーに賞賛の言葉を贈り、
あわよくばその身体を撫でてやろうと手を伸ばした。

「ちんちーん! ちんちーん!! やっだなぁ!誉めても何も出ないよ!」

そして、ゆっくりみすちーとしても、今回のように勝利を称えられたのは初めての経験だったものだから、
嬉しさのあまり右へ左へはしゃぎ回り飛び回り、身体全体で嬉しさを表現していた。


「ふふ、嬉しそうね、あの子」
「まったく、調子に乗っちゃって、まだまだ弱いくせに」

その待遇が羨ましいのか、腕を組みゆっくりみすちーのことを軽く睨みながら、ミスティアは膨れっ面で幽々子に答える。

「あらあら、“まだまだ弱い”の?」
「私より全然弱いよ」

当然のように答えるミスティアに、幽々子はまたクスクスと笑う。
あのゆっくりが、妖怪の自分より弱いという、当然の事実を、不満足気に言うこの夜雀を。

彼女は分かっているのだろうか。
その言葉が、どれだけの異質性を秘めているものなのかを。

「なんで笑うの!?」
「いやね、あなたがそう感じているのなら、あの子の更なる強さを信じているのなら‥」

これから先も、あのゆっくりの成長は期待できるだろう。
誰も“ゆっくりの限界”がどこにあるのか、分かっていないのだから。
それこそ、本当に“妖怪”と同じ強さまで昇り詰めたって不思議ではない。
或いは、それ以上‥。

「まだまだ、これから先も楽しめそうだって思えたの」














夜雀たちの歌 その後の後   Bパート







「‥‥はぅ」
「‥‥はぁ」

部屋の角。
二人の少女が意気消沈気味に寂しく床に座りながら、
ぼんやりと、ゆっくりみすちーが周りの面々に持て囃される光景を眺めていた。

「どうして‥、こうなったのかしらね」

そのうち一人、スキマ妖怪の八雲紫が呟いた。
よく見れば、ちょっと涙目。

「自分から喧嘩売った癖にボロ負けしたからよ、あんたのゆっくりが」

そう答えたレミリアもまた、ちょっと涙目。

「あなたもね」
「そーよ、私もよ」

そして二人揃ってまた大きな溜息を同時につく。
ちなみに、二人のゆっくり、ゆっくりふらんとゆっくりちぇんは、
それぞれ咲夜、藍が抱き抱え、優しく撫でてもらっている。

「うー、違うわ。こんなの私が望んでた展開と全然違うわ」

レミリアがこの場所にゆっくりふらんを連れてきた理由は一つ、
“ゆっくりふらん”という珍しく、強力なゆっくりを見せびらかし、自慢したかっただけだ。

「‥そーね」

紫にしても理由は似たようなものだ。
藍が手塩にかけて育てたちぇんを見せびらかし、
ゆっくりについての強さと可能性を、そしてその知識を、
自分のゆっくりを通して他者にひけらかしたいという気持ちがあったからだ。

単純に、自分のゆっくりを見せびらかしたかった。
そんな、親ばか精神から来る簡単な動機付け。

ちょうど、今現在、宴会の参加者に軒並みに賛辞されているゆっくりみすちーのように。
だが、結果として二人のゆっくりは敗れ去り、全ての賞賛と賛美をゆっくりみすちーに奪われてしまった。

「‥‥最初から、間違っていたのよ、私達は」

紫は、何かを決したように、ポツリと小さく、だがはっきりとした声で呟いた。

「私達が見せたかったのは、ゆっくりの強さ? いいえ、違うわ。違うでしょ、レミリア?」
「紫‥」
「私達が、ゆっくりに感じていた魅力‥、“あれぇ、なんかコレいいかも”って感じてたものってのは、強さなんかじゃない。
 決して、戦闘能力の高さなんかじゃなかったはずなのよ」
「そうね‥。あんたの言う通りだわ。そんなものじゃない‥」

レミリアも思い出す。
自分が、ゆっくりに初めて強い感銘を受けたあの日のことを。
自分の庭にたくさん集まっていたゆっくりれいむのことを。

あの時、彼女は確かにこう思ったのだ。



「ああ、なんて弱小で矮小で、存在理由も分からないほど無意味な存在で‥、
 それでも、仲良く集まって楽しそうに触れ合って遊びあってる姿はとっても‥、
 可愛かった‥」

レミリアは、薄く、だが確かに幸せそうに笑った。

「まったく、妖怪の賢者ともあろうものが、こんな簡単なことを見失っていたなんてね」

自嘲しながら、紫がすっと立ち上がる。
その瞳には、先ほどまであった憂鬱や悲しみといった感情は如何ほども残っていなかった。

「ええ、私もよ。まったく、いつまでも矮小なこの精神が恨めしくなる。 咲夜!」
「常に」

レミリアもまた立ち上がり、自らの従者の名前を声に出して呼び、
一瞬で現れた彼女に命令をくだす。

「あの子を‥、連れて来て。今すぐに」
「それならば、既に」

咲夜の手中には、既に先ほどゆっくりふらんが入っていたものと同じ大きさのバスケットがあった。
どうやら、先ほどの紫とのやり取りを横で見ていた咲夜が、気を利かせて時間を止めて一足先に館から取ってきていたようだ。

「分かっているわね、レミリア」
「無論よ、紫」

紫もまた、自らが生み出したスキマより、何かを手にとって持ち構えているようだ。

「ゆっくりの価値を決めるのは強さではない、きゃわいさよ」
「ならば、次の闘いは」

二人は、同じタイミングで同じ方向、倒すべき敵を見据える。
それは、現在も嬉しそうに飛び回っているゆっくりみすちー。

そう、二人は、ゆっくりの一要素である“強さ”の項目で、ゆっくりみすちーに遅れを取ったに過ぎない。
ならば、まだ勝ち目は残っている。

「「可愛さで勝負だ」」

そして紫はスキマから、
レミリアは咲夜の持つバスケットから、
それぞれの、新しく連れてきたゆっくりを解き放った。


「行くのよ、私の可愛いゆっくりれいむ!」

「ゆっー!」

紫のスキマから飛び出してきたのは、紅いリボンを頭に結んだ黒い髪のゆっくり。
ゆっくりれいむ。


「お出でなさい、私の可愛いゆっくりれいむ!」

「ゆゆー!」

レミリアのバスケットから解き放たれたのは、紅いリボンを頭に結んだ黒い髪のゆっくり。
ゆっくりれいむ。


そう、それは、幻想郷で一番有名であろう人間、
紅白の悪魔、もとい巫女、博麗霊夢を基にしたゆっくり、
ゆっくりれいむ!


かつての紅魔異変の元凶、レミリア・スカーレットを打ち破り異変を見事解決し、
それ以来、やたらレミリアに気に入られ、子猫のように懐かれたり、弾幕勝負を挑まれたり、気がついたら一緒の布団に入って眠ろうと画策されたりしている、
博麗の巫女、博麗霊夢をモデルとしたゆっくりれいむ!


そして幻想の境界を司る妖怪、八雲紫により、
スキマによって常にストーキングされたり、戸棚の饅頭やお茶を勝手に食べられたり飲まれたり、
よく分からない修行を積まされたり、一緒に縁側でボッーとのんびりされたりしている、
楽園の陽気な巫女、博麗霊夢をモデルとしたゆっくりれいむ!


「‥あ?」「‥あん?」


色んな妖怪に狙われ襲われ愛され、
定期的に霊夢争奪戦とかが、妖怪とか人間とかの間で行われたりしている大人気なみんなの巫女さん、
博麗霊夢をモデルとしたゆっくりれいむ!


「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってね!」

飛び出した二匹のゆっくりれいむ。
まずは簡単に御挨拶。
同じ種族だけあって、初対面同士でも親しい様子を見せている。

ちなみに、このれいむ達、
レミリアの持ってきたものは東方紅魔郷での霊夢の姿がモデルになっていて、
紫の持ってきたものは東方妖々夢での霊夢がモデルになっている(リボンや髪飾りに僅かな差異)、
が、そんなマニアックな区別をつけられるものは、この場にはあんまりいないし、どうでもいいことだった。


「あー、えっとさ」

レミリアは、小さい頭をやれやれを大げさに振って、あくまで親しげな態度で紫に詰め寄った。

「さっき、何て言った? れいむ呼び出す時さ?」

対する紫も、親しげな態度で、レミリアに対し、まるで子供をあやすように丁寧な口調で返す。

「『私の、可愛い、ゆっくりれいむ』だったと思うわよ?まぁ、可愛いからね、ゆっくりって。
 ていうかさ、貴女も似たような台詞言ってたわよね? へー、貴女にとっての一番可愛いゆっくりってれいむだったんだー」
「あら、奇遇ねー。私達気が合うわよねー」

二人とも、笑顔。
不自然な程に、良い笑顔。

「ああ、やっぱアレなのかしら? 本人に―、この場合、博麗神社の博麗霊夢って意味だけど、
 霊夢に普段から冷たくあしらわれてるから、責めてゆっくりぐらいには、って意味で、
 ゆっくりれいむを可愛がっているのかしら?」

レミリア、まるで本当に気の毒そうに思っているような口調で紫に更に詰め寄る。

「いえいえ~、単純に、なんていうか、一番最初に見つけたゆっくりがれいむだったから、飼ってただけなんだけどねー。
 “可愛い”ってのは、長いこと飼ってる内に愛着が沸いたってだけで、れいむであることに深い意味はないんだけどねー」

紫もまた、さもそんなことは全然気にしてないという風に、優雅な調子で答える。

「まぁそっかー。紫、霊夢に、凄く、す っ ご く、嫌われてる、きーらーわーれーてーるー もんねー。
 そんなあんたが、わざわざ選り好んでゆっくりれいむなんて飼うはずないもんねー」

―ピキ
紫の表情に、秘かに小さな怒りマークが刻み込まれた。

「そういうレミリアは、まさかアレなの。 霊夢が好きで好きでしょうがないから?欲情してるから?
 そういう恋情を代替わりさせるためにゆっくりれいむを飼ってるのかしら? 不憫ねぇ。
 だってあなた御本人にはいつもまるで相手にされてないものね。部下のメイドの方がよっぽど交流豊かですものね」

―ピキ
レミリアの表情に、秘かに小さな怒りマーク追加。

「れいむはれいむっていうんだよ、よろしくね!」
「れいむはれいむ!ヨロシクね、れいむ!」

一方、二匹のゆっくりれいむ。
常人が聞いたら頭を二、三回抱えそうな自己紹介を笑顔で終える。

「アハハハ、ちょっとやめてよね、紫。霊夢は私にとってそういうのじゃなくてさ、所詮人間よ?
 吸血鬼のずっと、ずっと下。私はそういう下のものをね、慈しむような気持ちで、寧ろ私が愛でてあげているの、分かるかしら?
 そういう意味じゃ、霊夢もゆっくりれいむも変わらないわ。私の可愛い所有物みたいなもんよ」
「あっらぁ、レミリアったらそんな可愛い所有物に毎度のようにボコボコにされて泣きじゃくってるの?
 思った以上に可愛そうな生物ね、吸血鬼」

――ピキピキ
二人の表情に、秘かに小さな怒りマークが二つ追加。

「ゆぅううん!!」
「ゆゆぅゆぅん!!」

一方、二匹のゆっくり。
顔を縦に伸ばしたり横に伸ばしたりして睨みあっている。
まるで睨めっこを行っているかのような動きだ。

「ていうかさ、毎度ボコボコにされてんのは貴様も同じだろ? 
 一人だけ上に立ってる気持ちになって悦に入るのは楽しいか?」
「あららら、そんなに怒らないでよ。
 もしかして触れてはいけないところに触れてしまったのかしら?レミリアお嬢ちゃん?」

――ピキピキピキ
二人の表情に、秘かに小さな怒りマーク3つ以下同文。

「ゆゆゅ、なかなかのイケメンだね、れいむ」
「そういうれいむこそ。なかなかの可愛い子ちゃんだよ」

一方、二匹のゆっくり。
満足そうな顔をしながら、互いの健闘を称えあっている。
どうしてイケメンだの可愛い子ちゃんだの単語が出るのか意味が分からないが、
取り敢えず睨めっこではなかったようだ。

「あー、アレか。貴様、アレだな。死にたい系の妖怪だな。分かった、今すぐ殺して殺るから頭を垂れろ」
「五月蝿い餓鬼ね、息の根を止めて近隣の騒音防止に貢献するのも吝かではない」

両者、頭をこれでもかというくらい近づけあい、妖怪本来の気迫と表情で睨み合う。
何時の間にか、先ほどの二人のシンパシーは微塵も残らず消え去っており、
その代わり今の二人の間には、ドロドロとした薄暗い殺気が濃く厚く漂い溢れている。

レミリアなど牙と爪を剥き出しにして今にも飛び掛りそうな勢いであるし、
紫にいたっては、目を大きく見開き、周りにいくつもの小さなスキマを作り出している完全な応戦状態である。



「キャー、可愛い!何、この子たちもゆっくり? 二匹同じの揃ってると、これはこれでまた良いわねぇ!」
「ゆゆん、かわいい!? れいむたち可愛い!?」
「ゆゆゅゅん、よせよ、そんなに誉めるな、兵が見ている」

一方、二匹のゆっくり。
何時の間にかこの場にやって来た月の姫、輝夜にいたく気に入られていた。

「ああもうかわええなぁ。愛いな、愛いなぁアハハハハ」
「ゆゅん!」「ゆゆゆ~ん」

輝夜姫、飼い主連中の空気など少しも読まずに、一種のトリップ状態。
これでもかといわんばかりに眼を輝かせ、もう我慢できないといった塩梅で二匹のゆっくりを抱きしめて顔を埋めたりしている。
すりすりしている。
漢字二文字で表すなら“至福”。
擦り寄られている二匹も満更ではない顔で、気持ちの良さそうな嬌声をあげたりしている。
カタカナ三文字漢字ニ文字で表すなら“ヘブン状態”。


―ギラン、
とレミリアと紫の瞳から鋭い閃光が走り輝いた。
それはそれは、本当に眩しい閃光だった。


そして、紫とレミリアの決断から行動までの時間は短かった。



「貴様にはぁああああああッッ!!!!」
「百万年早いわぁあああああああああああッッッ!!!」

ちなみに、『(私のゆっくりとすりすりするなんざ)貴様には百万年早いわ』の意である。


怒りのボルテージを維持したまま、
空気の読めない乱入者に対し鋭い水平線チョップを二人同時に彼女の首筋目掛けて容赦なく叩き込む。
先ほどまで一食触発状態だった二人とは思えぬ動きのシンクロ率である。
今の二人ならば第7使徒イスラフェエル62秒撃破も夢ではないだろう。

「ぐぇひぎゃぁ!」

輝夜、姫らしかぬ短い断末魔と共に綺麗に放物線を描いて飛んでいく。

「ゆ!?」「ゆゆぅ!?」

さっきまで自分を抱き抱えていた少女が一瞬で飛んでいった事実に眼を丸くして驚くのは、二匹のゆっくり。

ガッシャァァン!

派手な音を室内に響かせながら、輝夜は誰かの料理台の上へ墜落、
台の上の味噌汁やら焼き魚やらお酒やらが派手に飛び散り輝夜の頭上、胸上、腕上、脚上に降り注いだ。

「んんん、いやぁん、何するのぅ‥。服が汚れちゃった‥」




―グィルァァヌンン

月の頭脳、
八意永琳の瞳から、確かにそんな甲高い煌めきが走った。
眼光というには眩しすぎて凶悪すぎる、そんなレーザービームのような閃光だった。

そして、永琳の決断から行動までの速さは刹那をも凌駕した。



というのも、その瞳から発せられた音が部屋に響き終わった頃には、
既にレミリアと紫の額には、それぞれ一本の矢が見事に垂直に突き刺さり、
二人の性悪妖怪はその矢の推進力で真後ろ向かって勢いよく吹き飛んでいたからだ。



「殺すぞ」


永琳は、簡潔にその三文字を二人の妖怪に贈った。
ちなみに、『(下賎な地上の妖怪風情が姫様を汚して良いと思っているのですか、良いわけねーだろ。次やったら有りと有らゆる殺害方法を駆使行使酷使して)殺すぞ(輝夜ラブ)』の意である。

「お嬢様!?」
「紫様!?」

瀟洒な従者と狐の式が、ぶっ飛んだそれぞれの主を心配し、声を走らせる。


だが、
その射られた二人の妖怪も、
弓矢が脳天に突き刺さったぐらいで戦闘不能に陥るほど柔な構造をしていなかった。
二人とも、額からだらだらと血を流しながら、己の血と肉片とが混ざり合った矢じりを持つ一本の弓矢を片手に持ち、
ぬるりと立ち上がった。

「あぁ? 殺されるのは、人の額にこんなもんいきなりぶち込むキチ○イ医者の方だろ?」
「医者の不養生ね。正してあげるから即刻往ね」

元々、一食触発怒り心頭であった心境に、二度も横槍を入れられた状態である。
その禍々しいオーラは、その場にいるもの全員を惨殺せん勢いの妖怪らしさをこれでもないくらい如実に表していた。

「こちらは医者の判断です、信頼して死ね」

しかし、永琳も一歩も引かない。
寧ろ、先ほどの一撃で主の借りが返せたとは少しも思っていないようで、その双眸からは未だに鋭く眩しい眼光が走り輝いている。


一人は、爪と牙を伸ばし小さな翼を大きく広げ、
一人は、鋭く眼を見開き近くの空間からありったけのスキマを浮遊させ、
一人は、ただ冷たく相手を見据えながら、いつでも射抜くことのできるよう弓矢を張り詰めさせながら、

三人の妖怪とかは、相対した。

室内に、張り詰めるような冷たい空気が流れる。
しかし、この宴会に参加しているメンツは、この程度の殺気と緊張が混ざり合った空間は日常茶飯のレベルで見慣れているので、
大きな感動もなくこの光景を眺めていた。

「‥‥‥ちぃん」「‥‥ちーん」

見慣れていない夜雀とそのゆっくりは、帽子を深く被って小さく震えながらしゃがみガードをしていた。

「ゅー」「ゅー」

ついでに二匹のゆっくりれいむもしゃがみガード。といってもしゃんでも殆どその身体の大きさは変わらない。


「お止めなさい!!!」

そんな張り詰めた空気は、凛々しき一人の少女の声によって微塵に砕かれる。

「このような宴の席で私闘など、恥を知りなさい!貴方達には、年相応の落ち着きが足りなすぎる!!」

閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥ。
罪は絶対許さない彼岸の法の使者。
そんな彼女が、宴の席での強者同士の私闘を許すはずがない。

「ちっ」

レミリア、また邪魔が入ったかと、鬱陶し気な顔で舌打ちをする。
レミリアだけでない、永琳も紫も、この閻魔の存在を忘れて熱くなっていたことに気付き、苦い表情を浮かべた。
また閻魔による長ったらしい説教が始まる、この場にいた誰もがそう予感した。


「これは、とてもいけない悪いことですょ!」


「ょ‥?」「ょ?」「ょって?」

三人の妖怪とか、閻魔のみょんな語尾に頭に疑問符を浮かべる。

「あ‥あれ? 映姫様?」

最初に異変に気付いたのは、四季映姫のすぐそばに座っていた小町だったが、それにしても気付くのが遅すぎた。

「映姫様‥顔、赤‥? いやえっともしかして、 酔っ払‥」

誰も彼も、気付くのが遅すぎたのだ。

この場で、今もっとも冷静な状態にいないのは、
吸血鬼でも、妖怪の賢者でも、月から来た宇宙人でもなく、
この、一人の小さな閻魔であることに。


「よって死刑!いじょ!」


審判『ラストジャッジメント』



四季映姫、酒気を帯びた子供のような笑顔で、元気良く、自身のスペルカードを発動した。
四季映姫の持つ中でも高威力のスペルカードを、
室内で何の遠慮もなく元気良く、発動した。






白玉楼、その客間の一室、
五つの閃光が稲妻の如く熱と輝きを放ち解き放たれ、
『どかん』ではとても足りない爆発音が、屋敷中に響き渡り浸食せしめた。



Cパートへ続く

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最終更新:2011年07月20日 13:56