彼女に願いを、星に感謝を

「それでは、作戦の概要を復唱する」

光一つ見えない暗闇の中、常闇の妖怪ルーミアの押し込めるような低い声が通った。

「これは私の隠密性と貴様の機動性、喚起性を活用した単純な作戦だ。
 貴様はいつも通り、ただ目立っていればそれで良い」

暗闇の中、話しかけている相手は、ルーミアといつも一緒に居る黒焦げのゆっくりれいむ。
通称“焦げれいむ”。
彼女(?)はコクリと黙って頷いた。

「まず、貴様がいつも通り無駄にはしゃいで対象R、“博麗霊夢”に近づく。
 そしてできる限り時間を稼げ。雑談、漫談、Y談、一発芸、ものまね、時間を浪費できて目を引くものなら何でも良い。
 決して、私と“目標”の方に振り向かせないようにするんだ」

そして私は‥と、ルーミアは自分のやるべき行動を自分自身に言い聞かせるように再度確かめる。

「その隙に乗じて、私は暗闇を纏いながら“目標”に近づく。足音を立てないよう浮いていくことになる。
 10秒、いや5秒もあれば十分目標に近づくことができるだろう。そして、あとは“これ”を‥」

ルーミアの手にあるのは、一枚の紙切れ。
決して重要なものには見えない、ピラピラとして安っぽい長方形の紙きれ一枚。

「これを‥、目標につけることができるなら、それでミッションはコンプリートだ。
 たったこれだけの、単純かつ容易な作戦だ」

―だが、

「この作戦に失敗は絶対に許されない、決して‥、絶対にだ。心してかかるように」

厳しい表情でそう語り終えると、ルーミアはパチンと指を鳴らし自分と焦げれいむを覆わせていた闇を払った。

時刻は夜、この季節だと丁度太陽が沈んだばかりの、晩飯時に相応しい時間帯。
そして場所は、博麗神社すぐ前の茂みの中。

博麗神社には縁側に腰を掛け、のんびりとお茶を啜っている霊夢の姿が確認できる。

「では、作戦開始。決してヘマをするなよ」
『ラーサ』

了解の掛け声と共に、焦げれいむは茂みから抜け出し、ピョンピョンと霊夢の方へと跳ねていった。
それを確認した後、ルーミアも神社の裏手へ回って、縁側のすぐ近くに設置された“目標”を後方から確認し、

(よし、行くぞ‥!)

再び自分の姿を暗闇で包み、その目標に対して真っ直ぐに、自らの身体を前進させた。
目標までの距離は30メートルそこらといったところ。この短距離で不測の事態が起こることもないだろう。

(あとは、あいつが霊夢の目を引いてくれれば‥)

『ゆっくり今晩は!』
「あら、いつもルーミアと一緒にいるゆっくりじゃない。何か用?」
『うん。ねぇ、ちょっと良いかな?』
「なんにせよ言ってくれなきゃ判断できないわよ」
『いや、実はね‥』

(よし、良いぞ。そのまま霊夢の注意を引き付けるんだ‥)

『あっちの方でルーミアがなんか話があるみたいだよ』
「あっち‥? あ、ルーミアじゃん」

ズザァ―、と
予想だにしない展開にルーミアが思い切りこけた。

ちなみに闇で姿を覆っていても、星明りと月明かりの中、不自然に浮く丸く黒い塊なんて、狭い幻想郷ではルーミアぐらいのものだ。
霊夢にも一瞬で判別がついた。

「どうしたのルーミア? 私に何か用?」

霊夢が懐から出したお札を適当に振ると、黒く丸く覆われていた暗闇が晴れ、
地面にばたりと蹲ったルーミアの姿があっさりと露見された。

「た、た‥」

蹲ったまま、ポツリポツリとルーミアは言葉を漏らす。

「謀ったなぁあ!!」
『うっせーよ、まどろっこしーんだよ、堂々と正面から挑んでいけよ』

がばっと上半身を起こし、涙目で相方の裏切りを訴えるルーミアであったが、
その相方である焦げれいむの方はしれっとした態度で乱暴に言葉を返すだけだった。

「挑む? 私を不意打ちとか?」
「ち、違う‥、違うよ! 違うの霊夢‥そうじゃないけど」

決まり悪そうな顔でルーミアは立ち上がると、後ろ手に両腕を回して、何かを隠すようにそろそろと霊夢から後退した。

「ふぅん、何か隠してるんだ?」

ニヤニヤと口を歪めて、霊夢もまたじりじりとルーミアが後退する分だけ距離を詰める。

「ち、違うよ!何も隠してない、何も隠してないから!!今日は別に用とかないし!だから私のことは放っておいて、ね!!」
『往生際の悪い‥、ちゃっちゃと見せて楽になっちゃいなYO!』
「うっせー、裏切り者!お前後で覚えてろよ!
 あ、駄目だから霊夢、そんなに近づかないで顔が近い近いからぁああ!!」
「はい、ゲットォ」

霊夢はあっさりと、顔を真っ赤にして泣きそうになりながらフルフルと震えていたルーミアの手から、
“それ”を奪取することに成功した。

「あら、これは‥」
「駄目、見ないでぇぇ!!!」

それは、ピラピラとした安っぽいただの一枚の紙切れ。
数行の言葉が書かれただけの、ただの紙切れ。



 [霊夢と、もっと仲良くなれますように! ※霊夢といってもゆっくりのれいむじゃないです]



今日は、七月七日。
短冊に願い事を書いて、笹に飾りつける風習の七夕だ。
博麗神社でもこの風習は生かされていて、縁側のすぐ横には笹が設置されている。

そして、今霊夢が持っている一枚の紙切れ、一枚の短冊、
それに書かれた願いが誰のものであるのか、考えるまでもなかった。

「まったく‥、こんな願いをこっそりと私の笹にぶら下げようとするなんて‥」
「あ、あうあぅ‥これは‥そのぉ‥」

霊夢は、穏やかな顔でルーミアの後ろに回り、その首に手を回すと、

「この可愛いやつめ!可愛い妖怪め!! 撫でてやる、撫でてあげる!!」
「あ、あぅあぅぁうぁうあぅあぅあぅあぁあ!!!」

そのまま身体前進を押し付けて彼女の頭を全力で撫で回し始めた。
まるで良く懐いた犬のお腹を撫で回すが如く、豪快に優しく気持ち良さそうに。

「さぁて、こんな風に直接短冊を渡されたんじゃしょうがないわね。願いをかなえてあげようかしら?」

引き続き七夕の夜。
博麗神社、縁側。
そこには、一人の巫女と一人の妖怪が座ってのんびりとお茶を啜っていた。
そして、その横ではニヤニヤと笑いながらその様子を眺める真っ黒に焦げたゆっくりれいむが一人。

『プ‥クックク‥、良かったね、お姉さん、願いが叶って』
「う、うっさい! うっさいぃぃぃ!!」

顔を真っ赤にさせて焦げれいむを殴り飛ばしてやりたい心地になるルーミアだが、
その身体は決してその場所から動かすことができなくなっていた。

「ほら、動いちゃ駄目」
「は、はい。ごめんなさい‥」

何故なら、今現在ルーミアの身体は霊夢によって抱き抱えられ、
彼女の膝の上に腰を下ろしながらお茶を啜っている形になっていたのだから。
身体の背面の殆んどが霊夢の身体に触れていることになるこの状況、初夏ということもあるのだろうが、
ルーミアの全身は汗でびっしょりとなり、脳を直接侵略するような熱で何も考えることができないような状況に陥っていた。

「あら、お茶、熱かったかしら?」
「ぜ、全然大丈夫! 大丈夫!美味しいよ!」
「そう? なら良かった」

対する霊夢は涼しい顔でニコリと微笑んで、再び自分の分のお茶を啜る。
ルーミアはそれ以上一言も喋れないまま、黙って彼女もまたお茶を啜り、

『ニヤニヤ。ニヤニヤ』

したり顔でこちらを見つめてくる焦げれいむを飽くまで無視して、

(織姫様‥彦星様‥ありがとう。ぅぅうううう‥、超ありがとう!!!!)

全身一杯の幸せを噛み締めて、空で輝く二つの星に感謝の想いを笑顔で送った。



『え? れいむへの感謝は?』

腑に落ちない顔でこちらを見つめてくる焦げれいむを飽くまで無視して。


 ~fin~

七夕だからてるもこ話にしようとも思ったけど、
そーなのかーの日でもあること思い出して、ルーミアの話になりました。




  • 了解=ラーサと聞くとテッカマンが浮かぶ不思議 -- 名無しさん (2010-07-13 12:52:51)
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最終更新:2010年07月13日 12:52