参考にならなさ過ぎる冗談 前

※直接的では無いですが、後半、グロテスクな表現が一部あります
※東方原作キャラが登場します
※かなり勝手な解釈で書かれているので、そうしたものが苦手な方はごめんなさい






 私が博麗神社に住み込みで働くように命じられたのは、藍様に御世話になり始めてから、半年ほど
経った日のことでした。

 その前までの生活については、正直あまり覚えていないのですが、藍様の御屋敷に泊めていただいた
時にもらった算数のテキストも、今では距離算の章まで進みましたが、最初の最初の足し算から始めた
ものです。
 これはやはりあまり早いペースとも言えませんから、お恥ずかしながら当時の私の学の無さが物語られて
いるといえるでしょう。あの方も当時は相手を焼かれたのではないかと思う次第です。
 御屋敷で学んだ事は、そうした座学はむしろ二の次で、多くの生活に必要な家事全般やその他の知識
等を、私は藍様から教わりました。
 教わりながらも、漠然とこうした教えや教育は、将来藍様の御手伝いと同時に、いずれこの場を離れて
独力で生きるためのものと考えておりました。ですから正直な所、この突然のご奉公先を命じられた時には、
今までの心構えを崩さなければならない思いで、嫌な思いでもあったのです。
 仕事をこなしていく自信はそれなりにありましたが、恥ずかしながら外に出る機会が殆どなかった事もあり
ます。出向く先といえば、当時は白玉楼くらいのものでした。

 言われてすぐに返事ができず、まごまごとしていた私は、「今解いている問題だけでも終わってからで良いか」
という由の、非常に間の抜けた回答をしてしまいました。
 それを仰った時の藍様は、かなり険しい、と言いますか、珍しく沈んだ顔をされていたので、怒られるかと思い
ましたが、藍様はカラカラと反動の様に笑われ、「そこまで急ぐ話ではないから、距離算の章が終わってからで
良いよ」と仰られました。
 私のテキストを覗いているわけでもないのに、大体の進み具合を把握されている訳です。

 全く賢い方です。


 そんな尊敬する、恩人の藍様からのいただいたお仕事ですから、今やっている問題など、その場で投げ出し
て博麗神社に向かうのが本来のはず。
 とりあえず私は、与えてもらっております自分の寝床―――――藍様が昔書斎に使っていたという物置(蔵書
が増えてしまい、別の場所に移動されたので、色々な雑貨を保管するのに使っている)の片隅の木箱に向かい、
自分のノートと筆記具、勿論算数のテキストとその他の勉強道具、白玉楼へ行った時に作った『お泊りセット』
に―――お恥ずかしながら、未だに無いと不安になってしまう、人里で買ってきて下さったという縫ぐるみと、絵本
を一つずつ、これもどんなに近場でも、お出かけの際には手放せないリュックサックに詰め込みました。
 ここまでに約一分。

 「言われてすぐできる子になったね。これなら安心だ」

 藍様は暖かい手で頭を撫でてくださいます。
 最初の頃は、かなり屈まなければいけなかったのですが、私も多少は身体的にも伸びていたという事でしょう。
 二人で御屋敷を出るまでに渡り廊下を歩いていると、夢中で用意している間には覚えなかった寂しさが、後から
沸いてきてしまいました。
 藍様のご命令なら、断る理由など何一つありませんが―――――突然、何故に神社へ奉公へ行かなければなら
ないのか―――――それとなく尋ねると、藍様は、先程のやや沈んだ顔に一瞬なられましたが、すぐにまた元に戻って
下さいました

 最近、巫女さんが忙しく働きはじめている事。
 今までに無いほど意欲的になっている事。
 神社も留守が多くなったので、誰か留守番がほしい事。
 そして、時には仕事を手伝える者がほしい事。
 ――――できれば住み込みで―――――まあ邪心の無い者ならば

 という事でした。
 邪心というのものがここで何を指すのかは解らなかったのですが、お留守番やその他のお手伝い―――流石に妖怪
退治の同行は耐えかねますが、そうした事ならこなせる自信も意欲もあります。
 とは言え、何も私なぞの半人前以前の小童よりも、もっと役に立てそうな人材(や妖怪材)はいそうなものと思えました。
 少し腑に落ちない私の顔を察したのか―――――藍様は、 これが私の世間を知るための修行の一環でもある、と
付け足してくれました。
 私は、この時、先程笑ってくれた藍様の顔を思い出して、また何かを言ってくれると期待しておりました。甘ったれた
考えではありますが、そう信じきっておりました。
 ところが。
 藍様は、表情は変えずに、付け加えたのです。


 「これは、復讐も兼ねているからね」


 本当に、私に語るつもりはなかったのでしょう。
 時刻は昼過ぎ。
 紫様はまだお目覚めにならない時間です。
 玄関先を照らす日差しが強く、先程まで歩いていた廊下が、極端に暗く思えました。
 藍様の顔を、少し身を乗り出して覗き込むと、少し目の辺りが――――上手く言えませんが、見たことも無い形に
歪んでいました。
 怒りとは思えませんでしたが、とにかく何かの不満が表れた顔でした。

 「何でもない。今のは、忘れなさい」


 そして――――神社にいったら、絶対に守るように、と、二つの約束をしました。


 こうして、その日の内に、私は博麗神社に連れて行かれたのです。





 巫女さんはちょうど掃き掃除をしている所でした。
 「解りやすいな」と、藍様が私を抱えたまま、呻くように仰っていました。
 お二人は会釈をすると、神社の中に入って行き、私はそれに続きます。
 以前、妖怪の誰かがこの神社を愛称として「貧乏神社」と呼んでいましたが、どうして中々、造りもきちんとした
立派な神社です。
 御座敷に通されて出されたお茶もお菓子も、お屋敷でいただいているものに比べれば粗末なものですが、決して
生活に困っている様子はありませんでした。
 ただ、巫女さんと藍様の世間話から、お賽銭は相変わらず入らない事が解りました…… 最近、活発に働いて
いるというのは、この危機感のためでしょうか?
 ですが、繰り返しますが生活にさほど困っている様子は無かったのです。
 藍様は、もう少し、何かこの場に名残でもあるような様子でしたが、自分も頭を下げつつ、私の頭もペコリと下げ
させて、お茶を飲むと帰られました。

 「この巫女は、恐ろしいが、本当に優れた人間だ。しっかり学び、お役に立ちなさい」
 「どこぞの強面の板前にでも預けるみたいね」

 藍様が本当に私の前からいなくなり―――――改めて寂しさが襲ってきました。
 マヌケな話ですが、あれだけ威勢良く返事をして、ためらわずここにやってきたのですが、藍様が本当にいない事の
恐怖を初めて知ったのです。
 お屋敷の中で、何処に行かれたのか解らなかったり、御留守番をする事は幾度と無くあり、そこで不安を味わった
事もあったのですが、「違う家」でそれぞれ住むという事が、ここまでの距離感と孤独感を産むとは想像もしていません
でした。
 これが、世間に出る・世界を知る という事なのでしょう。
 自分の無知と寂しさに打ちひしがれ、思わず震えそうになりましたが、目の前の巫女さんを見ながら賢明に堪えました。
 実は、巫女さんが怖かったという事もあります。
 この方の色々な噂や、藍様の『恐ろしい』という説明――――子供じみている話ですが、今まで読んだ絵本では、
こうして外に預けられた子どもはいじめられると相場が決まっているものです。

 食べ物に何か変なものを混ぜられる        ――― これは、自分で御食事を全部作れば問題ないはず
 「こんなもの食べられるかあ!」と皿を投げられる  ――― 投げつけられたら、痛いのを我慢してこぼれた料理をいただきましょう
 掃除を沢山させられる                ―――  これは、広いお屋敷で慣れているから多分大丈夫
 汚い屋根裏部屋で眠らせられる          ―――  元々、私は森で生活していたそうですからすぐになれるでしょう

 確か「シンデレラ」とか「北風の贈り物」とかの絵本では、無理難題を押し付けられたり、玄関の中、山に狩に
行かされたりしていましたが、今は夏です。
 急いで詰めた絵本は、お気に入りですが「手袋に入れて」というあまり役に立ちそうも無いものでした。
 仕方無しに、巫女さんの方を改めて見て、笑って見せると、「媚びるんじゃない」と目で訴えるように、何も返して
くれません。
 早くも泣きそうになっていると、向こうから身を乗り出してきました。
 思わず尻尾を総毛経たせて身構えていると―――――ちゃぶ台の上にあった―――――ドラ焼きの皿を、ぱたりと
床に置いたのです。
 すなわち―――私の目線であります。
 さらに、あまりきれいな手つきではありませんが、4等分して下さいました。

 「何だか不便ねえ」

 折角置いてくださったのです。
 そのままの姿勢で、ドラ焼きを大層おいしくいただきましたが、巫女さんが少し困った様子でしたので、私は半分まで
食べた所で、姿勢を正し、改めてお皿をちゃぶ台に乗せると、正座をして食べ始めました。
 巫女さんは、何故か目を丸くして見入っています。何が珍しいのでしょう?

 「むーしゃ むーs………!!! おっと…………」

 『しあわせー!!!』というと、藍様も紫様も大層喜んで下さるのですが、外に出た時にはやめるように言われていたのでした。
 生まれついての癖の様で、可愛いと妖夢様も喜んで下さったのですが、どうにも自分でも子供っぽすぎるし、はしたない
とは思っておりました。

 「ごちそうさまでしたー!!! 巫女さん、ありが……」

 ペコリと頭を下げつつ、さて、この巫女さん自身を何とお呼びすればいいものかと考えました。
 このまま「巫女さん」では失礼ですし、順当に行けば「霊夢様」ですが、どうにも違和感を感じます。大抵の方には、
敬意を払ように藍様には言われていましたから様付けにしたいのですが、どうもこの巫女さんは、決して見下している訳
ではなく、そうした敬称を付けにくく思えました。
 藍様は何とお呼びしていたでしょうか

 「巫女さん……紅白…… 霊夢さん――― 博麗さん ――― ゆゆん、他にー…どうしよう……」
 「いや、そう硬くなんなくても……」
 「霊夢どん………」
 「あ、霊夢殿? それ言われるの初めてだわ。面白いからそれで」

 よく絵本の中で、地方のお百姓さんが「~どん」と言っていますので、それにならってみたのですが、「霊夢殿」と聞こえた
ようで、これが定着するようです。
 「どん」も面白くていいのですが、すぐに馴れるでしょう。
 ずるずるとお茶を啜りつつ、霊夢殿は今度はこちらに尋ねました

 「あんたの事は何て呼ぼうか?」
 「呼びやすいように呼んでね!!! 何でもだいじょうぶだよ!!!」

 ダカラといって、げろしゃぶとか、女狐とか言われるのは困りものですが、霊夢殿は、私が藍様に何と呼ばれているのかと
尋ねます。

 「ゆっくり……… って呼ぶことが多いよ!!!」
 「捻りの無い呼び方ねえ」

 実際呼びやすいし、自分としてもわかりやすかったのですが………

 「ゆっくりらん――――は呼びにくいし、 らん だとそのままだし、ややこしいし……」

 しばらく他の妖怪達(?)の口真似をして――――――巫女さんは、したり、と笑って言いました

 「『らんしゃま』に決めた」
 「――――え?」
 「いや、あいつの式の黒猫が、よく『藍さま』を焦った勢いで『らんしゃま』って呼ぶことあるから、たまにおちょくって、あいつの
  事そう呼んでるのよ」

 語呂は確かに悪くありません。
 しかし、一応『様』付けの派生なので、なんとも気恥ずかしい。それに、藍様の御名前を一部拝借している事になるのです。
とはいえ、今更「それはやめて!!!」とは言えないので、兎に角受け入れる事に。
 こうなった以上、藍様ご自身を汚す結果にならぬよう、精一杯滅私奉公に勤める事に決めました。

 「わかったよ!!! らんしゃま、それでがんばるね!!!」

 改めて姿勢を正す私を見て、霊夢殿はなにやら噴出しながら言いました

 「良いわよ。そんなに改まらなくったって。こちとら、ちょっと楽したいから低コストのお手伝いが欲しい って思いつきで言った
  だけだから」

 いやいや、それだけ真面目にお仕事してるという事でしょう。
 霊夢殿はもう少し肩の力を抜いきなさいな、と、くつろぎすぎと思えるほど楽な姿勢でちゃぶ台によりかかり言います。
 それでもそう簡単には。緊張は未だにしますし――――

 「まあ、ゆっくりしていきなさいよ」

 ―――――霊夢殿は―――あの時の藍様と同じ、少し寂しそうな顔で、しかし本当に笑顔で、私に言ってくださいました。
 何故か、これを言われたからには本当にその通りにしなければいいけない気さえしてきました。
 誠意を込めてお返事しようとした時、続けざまに霊夢殿は尋ねられました

 「ところでさ」
 「はい」
 「らんしゃまの尻尾ってどうなってるの?」

 藍様とおそろいの、自慢の9尾です。

 「いや、さっきまで、後頭部? に生えてたのに、胴体が出てきた途端に、腰の辺りに移動したでしょ?
  ――――それに」

 少し恐れた顔で

 「あんたの体、どうやって生えた? 何のエフェクトも前触れもなかったけど」
 「う~ん…… 難しいなー」

 普段は確かに頭だけで生活している私ですが、お仕事をする時や、改まった時には体を下に出すのです。
 これ、かなり疲れるのです………







 こうして、私と霊夢殿の生活が始まりました。
 元々藍様から、早寝早起きを心がけるように言われておりましたが、巫女さんの朝は以前より早いので、馴れる
には少し時間がかかりました。
 お料理も作ろうとしたのですが、炊事場の高さが当然の様に私にはあわず(体を伸ばしてもです)、炊事場自体が
あまり広くもないため、満足に一から作る事もできません。
 霊夢殿は、ご自身で作るからと、私に主に掃除を任せてくださいました。
 私の体では届かない事や、そもそもできない事も多く――――改めて、私は藍様の庇護の下にあったのだと思い知ら
されました。これを学べただけでも、この神社にやってきた甲斐があったというのものですが、やはり悔しい思いや恥ずか
しい思いが強く、初日は一人、布団の中で泣きながら眠りました(寝室は、霊夢殿と同じ部屋で、座布団と小さな
掛け布団を貸していただけました)。
 さぞかし私に呆れた事と思いますが、唖然としたり、時に私のマヌケな様子を見て笑い転げながらも、霊夢殿は、
大きく叱責する事もあり、決して慰めの言葉などはいただきませんでしたが――――――――何かに失敗すると、
必ず、決して笑わずに、

 「らんしゃま、もう一度やる?」

 と言って下さるのでした。
 これが一番嬉しい思いでした。
 これが嬉しくて、私は懸命に神社での生活に慣れていきました。
 暖かいお言葉などはかけてもらえませんでしたが、そんな事は最初から望んでいるはずもなく、ただ認められたくて
頑張っておりましたが、それはきちんと見てくださっている様でして―――――とにかく厳しく恐ろしい方だとの前評判
だったので、そのギャップもあるかもしれませんが、おかげで、馴れるまでにあまり時間はかかりませんでした。

 そもそも―――
 博麗神社に関しては、断片的にしか知らされておりませんでした。
 この世界にとっていかに重要な存在であるかは最低限の知識として教えられておりましたが、そこに住まう巫女さん
に関してはお話いただく方によってまちまちでありました。
 妖夢様は、あまり良い思い出がないご様子ではありましたが、巫女さんの実力は高く評価されておられ、幽々子様も
同様に、また、随分と感謝されている様子でした。
 あの御二方から一目置かれるとなると、並大抵の事ではありませんので、会った事こそありませんが、密かに畏れも
抱いていたのですが、その一方で、藍様は割と辛辣な言い方が殆どだったのです。
 曰く、仕事に関しての、自己管理や心構えの問題、交友関係や、対人関係(これは、そのまま『人間』という生物
自体に関してという意味)、修行不足などに関してのお話でした。
 これは私自身が、最初の頃に藍様にもよくお叱りを受けた時と似たようなものでしたが、私の時よりも、上手く言えない
のですが―――熱の様な物がその言い方にはありまして―――話すときの表情といいますか、やはり巫女さんを藍様なりに
評価しているのだな、とひたすら感心する次第なのであります。
 元々しっかりした方ですので、それに比べれば私など、期待に応える以前のお話だと、
未熟な我が身を恥じたものであります。

 この事については、霊夢殿も気になったようで、食事の時などは、よく私に藍様や白玉楼のお二方の感想なども聞かれ
ました。
 決して悪い事は言っていませんから、まあご本人も悪い気はしていなかったと思います。
 二人でお酒が入った時は、調子に乗って、周りの皆さんのお話などもしてしまいました。
 私は交友関係が狭いものですから、もっぱらお屋敷での藍様のご様子と、普段の苦労ぶり、そして時折改まった時に
連れて来られる橙様についてのお話ばかりになりました。

 霊夢様のお話は、それはもう心躍る、どんな絵本やお話も敵わず、私の好奇心を揺さぶるものでした。

 名前だけは知っている、幻想郷の様々な名士の名前は、必ずどこかに出てくるのです。
 奇想天外な異変と、その道中で出会う、一癖二癖どころではない、奇奇怪怪な郷の住人達との息詰まる対決・異変の
下である強敵との決闘
 それだけではなく、この神社にやってくる様々な人妖達との交流
 この神社に住みながらも、そこに入れなかったことが残念に思うほどでした。
 話している霊夢殿も楽しそう
 人里では、霊夢殿を妖怪と馴れ合いすぎではないかと批判している人もいる様子ですし、妖怪は妖怪で、あの方を妖怪
嫌いの差別主義だとか、そして人妖問わず、「恐ろしい」「鬼より怖い」と評価されているようですが、どうしてどうして

 あの方は、優しいのです。

 根はやはり真面目な方なのでしょう。どこか怠惰な態度はありますが、本当にどんな相手も平等に接するとなると、あの
方の様になってしまい、そこに普通の者は違和感を感じて、上記のような感想を抱くに違いありません。
 確かに冷淡な態度や、それこそ妖怪達に対する厳しさには恐怖さえ感じましたが、その裏にある根の部分では相手の事を
心配できる優しさが見え隠れしていて、それがある程度ポーズだと解るのでした(口ではどんなに酷い事を言ったり面倒がったり
しても、結局行動に移す所とか)

 ですが――――一つだけ違和感に気がつきました。

 住み込みを始めて、2週間も経った頃でしょうか。

 それまでに、機会は何度かありました。

 霊夢殿がお仕事で出かけられる時、私は境内にいるなり、掃き掃除をするなりしてお留守番をしておりました。お出かけに
なる事が多いので、思えばこうして一人でいる事も割と多かったのです。
 その時――――沢山の方々と、お話しする機会がありました。

 一番多く来ていたのが、森に住んでいる魔法使い
 いつも酔っ払っている鬼
 同じく森の人形遣い
 湖の隣の館の吸血鬼
 文屋の鴉天狗
 これらの内の誰かは、必ず毎日境内に遊びに来てくださいました。

 私に興味を極端に示される方から、まるでいないものとして接する方まで


 「ん?何だ?太らせて食べようとって腹かあいつ? その割には割と痩せてる方だな。気をつけろよ?しかし狐鍋なんてなあ」

 ―――これは、白黒の魔法使いが私を見て一言。
 今では一番の遊び相手になって下さっています。
 魔法の研究内容のお話がとても面白い


 「悪趣味ねえ。それにいくら気持ち良さそうだからって、この時期枕代わりは暑すぎるんじゃないの?あんたも大変ね」

 ―――これは、人形遣いの一言。
 この方もそうですが、どうも私が働きに来たとは殆ど誰も思っていなかったようです。食料もさることながら、枕代わりとはどうかと
思いますが。
 古くからの友達だというこの方が来られると、やはり霊夢殿は嬉しそうでした。


 「あんまり変哲の無いゆっくりだなあ。―――おお、『神社の巫女、八雲家のゆっくりに強制労働』―――ちとインパクトにかけるか?」

 ―――文屋はよからぬ記事を企てているようでした。
 だったら私に聞けば良いのに、勝手にタイトルから考えているのですから世話がありません。
 霊夢殿は、藍様と話して私を住み込ませている事実を説明してくださいましたが、なにか詰まらなそうでした。


 「あら、あの女狐かと思ったらサイズが小さいわね? 何? 子供? 顔も随分マヌケだわ」
 「おそらく、『ゆっくり』と呼ばれる生物の一種でしょう」
 「―――あの肉まんと同じ?」
 「あの、うーうー言ってる子と同じ生物でしょう」
 「……………」
 「……………」
 「非常食?」
 「いえ。確か住み込みで働いてると聞きましたし」
 「―――――――――ならば、何故霊夢は、私のあの愛らしいゆっくりを住まわせない?」

 ―――紅魔館の主とそのメイドさんの御二人。
 正直意味が解りません。


 そして―――― あの酔っ払った鬼
 もしかしたら、この神社にいる時間は一番長いのかもしれませんが、最初に見た時――――一言いったのです




 「――――こんな形で軽い罪滅ぼしのつもりかね?」




 この時思い出したのは、藍様が「忘れなさい」といっておられたので、いえ、自分自身覚えていたくなくて、きかなかった
事にしていた台詞でした。



 ―――これは、復讐も兼ねているから



 私自身のことでしょうか?
 復讐と罪滅ぼし。
 確かに一つのセットになるはずの対になるものですが、パズルがどうにもあわないようです。
 私がここで働いている事が復讐であるなら、一体誰に対してでしょう? 
 普通に考えれば霊夢殿に対してですが―――私が、それ程何かの足枷となっているのでしょうか?
 いえ、ここで働く事が罪滅ぼしとするならば、藍様から霊夢殿に対しての?
 その割には、御二人の間に険悪な様子は伺えませんでした―――――――いや寧ろ―――――

 一体、何が起こっているのでしょう?

 その時、思わず震えていると、「まあ呑め」と瓢箪から注がれたお酒を飲まされました。
 呑んで呑んで酔わされました。
 上手くもなんとも無く、はぐらかされたのです。





 楽しい毎日でした。

 沢山の事を学べましたし、間接的にやってくるお客さんから窺い知れる部分と、実際に生活上ふれあう面で、私は霊夢殿
にどんどんと魅かれて行きました。当初の寂しさはもうありません。
 神社に、たくさんの妖怪も集まる訳です。
 朝方、二人でほぼ同時に目覚めると、お掃除はもう、私一人でほぼ全域を終わらせ、その間に朝食を作っていただき、
日中は殆ど出かけられているのですが、夕方には帰ってきて―――これが、驚くほど正確な時間なのです―――山の周り
を散歩させていただくのでした。
 最初は、この散歩は何故か義務のように、あまり楽しそうにはしていなかったのですが、近頃では大分霊夢殿自身も楽しま
れているようでした。
 藍様と、御散歩する事はありましたが、大抵はお昼でした。

 そんな中――――あらかた仕事も覚え、生活のリズムもでき―――余裕も生まれたためでしょうか。
 こうした時、上手い諺があったはずですが、思い出せません。
 頂いた勉強セットは、理数系の学問ばかりでありました。

 「あんたもよく楽しそうにできるわねえ。そんな頭が痛くなるもの」
 「霊夢殿も、頭良いんからやってみてね!!!」
 「――私は無理無理! 」

 元々藍様が苦手なのだそうで、私自身それが受け継がれているのか、国語等の問題はあまり勉強していませんでした。
 だから―――何といえばいいのでしょう? 「身から出た錆」?「やぶへび」?
 その日、夕方になっても霊夢殿は帰ってきませんでした。
 お散歩の時間になってもです。

 私は居間で、また算数の問題を解いていましたが、ふと、境内に何かの気配を感じ――――行って見た時には、はや誰の
姿もありませんでした。

 何か得体の知れぬ恐怖を感じた事を覚えています。

 それを払いたかったのでしょう。

 私は、台所に立ち、自身でお夕飯を作ろうと思い立ちました。
 最近では、多少のお手伝いもできるようになり、上手く使えなかったこの神社の炊事場も、段々と勝手がわかってきていたのです。


 「霊夢殿、きっとよろこんでくれるね!!!  いそがず、ゆっくり帰ってきてね!!!」


 思わず自分で声に出してしまったほどです。
 余っている簡単な食材だけで、美味しいものを作り出せるのが真の腕の見せ所。
 ただ、予想以上に炊事場は狭く、胴を出したままだと大層難儀してしまうので―――物置からいらない箱をいくつも持ってくると
積み重ねて足場にし、食材を置くと、後はいつもどおり首だけになって、作業に入りました。尻尾が9本もありますし、大きいと見せ
かけて、実際は毛ばかりでスリムなものですから、調理器具を扱うのに不便はありません。
 そうして―――やや危険はありましたが、楽しく料理にとりかかっていた時でした―――――

 「つーっくりっましょー つーくりましょー ♪」

 もっとまともな歌はあったかもしれませんが、即席で作ったどこかで聞き覚えのある節に乗せて、軽快に包丁を振り回していると、
思い切り怒鳴られたのです

 「下りなさい」 

 霊夢殿でした。
 もう少し作ってから怒られるならともかく―――とその時は思ってしまいました。野菜を切ったくらいだったのです。
 そういえば、肉類は殆ど食べていません。
 元々私自身それほど好きではありませんでしたが、カと思うと、時折美味しい牛肉を仕入れてきたり、大きな魚を
手に入れてきたり。鶏肉と豚肉が、嫌いなのか全く食べないのです。
 おどおど震えてしまいました。
 何が問題だったのかな? 出すぎた真似だったかな?
 炊事場とは非常に神聖な場であり、そんな生首だけの状態で登るんじゃない! という事でしょうか?
 体は勿論、念入りに洗ったつもりでしたが……

 「危ないでしょ!」

 ああ、成る程。そうしてやはり心配をしてくださる。
 出すぎた真似を恥じ、霊夢殿に改めて感謝しながら、私は足場をつたってすぐさま下りようとしました。以前もこんな
事があったかな?と思っていたら、確かに藍さまの下でこうした経験がありました。
 ただ――――その時叱ってくださったのは、藍様ではなかったはずです。

 「最初にここでは料理しない って話したでしょ!」
 「ごめんなざい………」
 「まあ、帰りが遅かったのは悪かったわ。だからって待てなくなるほどおなかが空いてたの?」

 いや、そういう事ではなく……
 恥ずかしながら、霊夢殿に、たまには自分から料理を振舞いたかった旨を伝えると、なんともいえないクシャクシャな顔
で目を逸らされました。
 頬も少し赤らんでいます。
 私のような者が言うのも不相応ですが、このしぐさも確かに可愛い

 「ありがと まあ、そんなに焦りなさんな。私は今のままでも十分助かってるんだから」

 その言葉だけでも十分報われる気がするのですが―――とは言え、そうなると反動で、尚更何か美味しいものを振る舞い
たいと思ってしまったのでした。

 その時です。

 原因は明確ではありません。

 おそらく、最近使っていなかった尻尾を使いすぎた事や、少し重たいものを持った事、緊張感など、色々な要素が複合して
おこったのでしょう。

 尻尾が、一本抜け落ちてしまいました。

 「うわあああああああ!!!」

 これは、私のようですが、霊夢殿の声

 「ちょ、ちょっとこれ!!! 何、危なくない? た、竹林に…」
 「だ、大丈夫だよ! しんぱいしないでね!」

 少しこれはこれで痛いのですが、下腹部に力を入れ―――― ポンッ と、これまたマヌケな音
 尻尾が抜けた箇所から、尻尾がまた生えてきました。
 霊夢殿は唖然とした顔で眺めています

 「あちゃー やっちゃった………どうしよ…………」

 藍様が、禁じていたことの一つをやってしまったのです。




 【―――尻尾を切り離したりしないこと!!!】




 理屈や構造を尋ねられても困りますが、私の尻尾は、「いなり寿司」なのです。



 しかも、割と簡単に切り離せるのでした。

 蜥蜴やその他の動物と同じ理屈なのか、全く次元が異なる何かの力なのかはわかりませんが、割とすぐに生えてくるのです。
 自分で食した事は一度もありませんが、何回か紫様が食されて、大層お気に召していた記憶があります。
 そうそう。
 それで思い出しました。

 ここに来てから、様々な妖怪が訪ねて来るのに、一つ強烈な違和感があったのですが、その正体が解りました。



 紫様が、一度も来ていないのです。



 昼夜逆転した生活で、私がお屋敷を出る直前の頃は、どこかへ出かけることも多く、私が丁度起床する頃に帰ってきては、
食事もとらずに寝てしまうので、実質お話しする機会すらなくなっておりましたが――――そういえば、最近外出が多くなった
というのは、巫女さんも同じ。
 そして、そのため私が神社に住み込むことが決まったのもその頃
 何かが解りかけた気がしました。
 割とこんな重要な事を、何故気がつかず気にも留めなかったのかといいますと、理由があります
 思い出しました。



 【―――紫様の話はしないこと】



 これは意識するとしてしまうと思ったので、わざと考えないようにしておりました。
 結果として、色々な事を見落としてしまった訳です。


 そして、よく考えれば異常な事なのですが、霊夢殿も、紫様のお話を一切しなかったのです。


 顔を合わせる機会が多かった頃は――――紫様は、霊夢殿の事を良く話しておられたのです。
 私が会う前に抱いていた、霊夢殿に対してプラスとなる要素の、実に9割5分は、紫様のお話から得られたものと言っていいでしょう。 
 謂わば人間の天敵である妖怪の頂点と、人間代表とも言える妖怪退治の最強のエキスパート。
 考えてみれば、この二人が仲良くなれるはずがありません。
 時折紫様の話が出ない・あの方自身がいなくなったように思えた時は、霊夢殿は紫様の事をよく思っていないのかと理解していた
のですが、それも違うと思えました。
 少なくとも、紫様はお話になられていたのですから。

 「う~ん……… 困ったなあ…… 藍様、みられたらおこられちゃうよお」
 「大丈夫よ………」

 何が大丈夫なのかは解りませんが、蒼ざめた顔で、霊夢殿は尻尾をそっと拾い上げました。

 「生えたわね。次の尻尾」
 「うん! だから、らんしゃまの事は心配しないでね!!!」
 「便利ね、あんたら」
 「ゆゆ~…… 変だけど良い尻尾ね」
 「いや、尻尾っていうか………『お前ら』が」
 「あ…… らんしゃまは、他にも仲間は見たこと無いから、みんなこんな風かは知らないけど………」
 「いやいや、    オ マ エ ラ 『妖怪ども』 が    って意味よ」

 そういえば、私も妖怪に分類されるのでしょうか?
 紅魔館のメイドさんが、「ゆっくりという生物」と仰っていましたが、あれは妖怪の一種なのか、それとも「妖獣」「魔法使い」といった分類
で見た言い方なのでしょうか?

 「ゆゆっ? どうしたの?」

 霊夢殿は外れた尻尾を両手で持って、踵を返したので、その表情を伺う事ができません。

 「埋めてくる」
 「あー それもったいないよー」

 何も埋めるような手間をかけないでも。

 「あんたの体だから。埋葬しないと」
 「あ、だったらー」





 私は、何も理解していませんでした





 「食べてもいいのよ?」




 霊夢殿は、歩みを止めました。

 「あ?」
 「いや、それ稲荷寿司なんだよ!!!」

 流石に引くかなー? とは思いましたが、ここまで平和な幻想郷とは言え、妖怪退治という職業柄、もっとハードな
状況も見てきたことでしょう。
 これくらはい驚くほどではないと思っていました。

 何より――――お料理を振舞えなかったので、少なくとも紫様にも好評だった稲荷寿司を食べてもらうのは悪く無い気がしました。
どうせ切り離してしまったのだし―――― 私の一部を食べていただくのは、嬉しい事に思えたのです。


 「いいの?」
 「いいよ!!!」
 「あんた自身はそれでいいの?」
 「うーん…… それはそれで しあわせー! だよ!!!」
 「例えば、じゃあこんな感じで切り離すんじゃなくて、私が直に生えてる状態で齧ったりしても?」
 「ゆゆ……それは……」

 少し考えて、私は答えました。本心でした。

 「怖いけど、藍様や、霊夢殿にだったら、いいよ!!!」
 「へえ」

 いつもは、しゃがんである程度目線を合わせて下さるのですが、そのまま立って、こちらを見下ろしたまま
 本当に、霊夢殿に対して悪意は無かったんです

 「じゃあ、紫にも?」

 藍様の顔が脳裏によぎりましたが、霊夢殿が仰った事ならば、そのまま返すだけならいいでしょう

 「喜んで、食べてもらうよ!!!」

 ことり、と炊事場の皿の上に尻尾が置かれました。

 「良いわよね。妖怪ってさ。丈夫でどこか壊れたって平気だし」
 「ゆっ?」
 「ところでさ。 あんたら 『ゆっくり』 って、例えばあんたと同じ『ゆっくりらん』が複数いたり、『ゆっくりちぇん』
  『ゆっくりようむ』なんてのも  いたりするの?」
 「ん~… 見たこと無いけど、藍様のお話だと、いるみたいだね!!」


 繰り返します。
 私は無神経でした。
 初めてお会いした「人間」ということを忘れていたのです。


 霊夢殿は、両手で私を抱えて、炊事場の上に上げると、脇にあるテーブルの椅子を引きずって、私と向かい
合いました。
 ですが、顔は項垂れ、垂れ下がった髪から、その表情を完全に読み取る事などできません。

 「霊夢殿?」

 口の端が上がったと思うと、今まで聞いた事も無い明るい声を霊夢殿はあげました。


 「ショートコントいきまーす!  コント:『食いしん坊は卑しん坊』!!!」
 「わー!!! ぱちぱちぱちー!」


 愚かにも、私は首だけになっていたので、口で拍手を出し、それはもう能天気に笑っていました。


 「『どうも~! 清く正しい射命丸でーす』」
 「ゆゆー にてるにてる!」
 「『今日は、ご存知養ゆっくりらん・ゆっくりちぇん場を取材に来ておりまーす!』」
 「ゆ……ゆ  ゆっ?」

 もっと早くに、気がつくべきでした。


 「『こちらは、ゆっくりらんとゆっくりちぇん料理一筋20年の職人・松木正志さん! 今日は早速、美味しそうな兜煮を
  ごちそうになろうと思います』」
 「―――…………………霊夢 殿?」




 そして、本当に笑えない冗談が始まりました。




                                 続く

  • ゆっくりのモノローグと台詞のギャップがw -- 名無しさん (2011-06-15 14:46:55)
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最終更新:2011年06月15日 14:46