魔理沙とゆっくりの奇妙な日々 前編

  • 俺設定があります。特に魔理沙とゆっくり。
  • 幻想郷では月日の数え方が現代日本と違いますが、作中ではわかりやすさのために~月~日と表記させていただきます。








霧雨魔理沙は「ただいま」という言葉が嫌いだ。



魔理沙は基本的に日中は外出する。
例外は魔法の研究が立て込んでいるときとよほど天気の悪い日くらいで、
普段は神社に図書館に人形遣いの家に妖怪の山など、幻想郷のありとあらゆる所を飛び回り、
今の生活を謳歌して生きる事を精いっぱい楽しむ。
そんな彼女も日が暮れると当然家に帰る。
帰る家の無い子供は妖怪の家に招かれディナーにされるからだ。
けれども魔理沙の帰る家は人里の中ではなく、暗い暗い魔法の森の中。
実家から勘当されつつ自らも絶縁をしたために自業自得の境遇。
当然、家の中には誰もいない。



強がりな彼女がそのことを指摘されると否定することは言うまでも無いが、
まだ十代の半ばも過ぎていないような多感な少女にとって、
家路に着いたとき誰からも迎えてもらえないということは心の奥がちくりと痛む。
それは特に自宅の扉を開けて「ただいま」という瞬間に強くなる。
その一言は愛する家族に帰りを待ってもらっている少女ならばあまり嫌な響きを持たないが、
家の中に帰りを待ってくれる人がいない者にとってはそうではない。
暗く無音の室内に帰ったそのとき、誰かが作った温かい食事が用意されているわけではなく、
外の寒さに凍えた体を温めてくれる風呂が沸いているわけではなく、
何よりも温かい言葉で出迎えてくれる者がいない。
そんな冷たいものだらけの世界に入ると、ふと自分がその世界で一人ぼっちなのではないかと錯覚してしまう。
だったらそんな言葉を言わなければいいのに、幼い頃に身につけた習慣というものは中々消えないものだ。
だから自宅に帰り、誰もいないこと場所に移る「ただいま」という瞬間がすごく嫌いだった。

【大丈夫、扉を開ける瞬間がどれだけ寂しくても、家の中で戦利品を物色していればまたすぐに楽しい気分になれる】

魔理沙はいつもそう自分に言い聞かせるながら自宅の玄関を開ける。
当然家の中は真っ暗。食事のときに一日の事を話す相手はいない。自分以外に音を発する存在はいない。
それが彼女の日常だった。だがしかし、そんな状況から転機が訪れた。



魔理沙がある日「ただいま」と家のドアを開けると、『――ね』と、返す声が聞こえた。



【そいつら】が何物であるか詳しく知るものはいない。
実験の事故で生まれた新生物? 未知の侵略者? 新種の妖怪? はたまた幻想郷の神の気まぐれ?
【そいつら】は正体不明。そして幻想郷のいたるところで出没した。




   _人人人人人人人人人人人人人人人人_
  > ゆっくりしていってね!!!<
   ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^YY^Y^Y^ ̄
           ,,.. -―- ..,,
         /\   /\
        ./ (ヒ]   ヒン) ヽ
        { '"  ,__,  "' .}
        \   ヾ_ノ   /
          `ー-----ー^


『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』と繰り返し鳴き続ける饅頭顔共。
幻想郷の住人達によって安直に名づけられた名前は【ゆっくりしていってね!】。縮めて【ゆっくり】。
ゆっくり達は自分達が何者であるか自分達でもわからなかったが、そのゆっくりの本能の赴くままにポンポンポンと飛び跳ねながら幻想郷中に拡散していったという。





魔理沙の家の中にもゆっくりが現れた。
最初は追い出すことも考えたし、実験用に取っておくことも考えた。
そうしてどう扱うか考えながら家の中に住ませているうちに、
結局紆余曲折を経て、魔理沙はゆっくりをペットとして飼う事にした。
家の中で帰りを待ってくれる生き物が欲しかったのかもしれない。
だから毎日声をかけた。触れた。育てた。
そしてゆっくりという存在は育て主や観察対象に似るものらしく、
他のゆっくり達も拾った主やよく触れ合う妖精や妖怪と似た姿をするようになっていった。
そういう場合はゆっくり○○と、そのモデルになった者の名前がつく。
わかりやすさは大事だ。それは魔理沙のゆっくりにも同じ事が言えた。



      _,,....,,_
   -''":::::::::::::`''-、
   ヽ::::::::::::::::::::::::::::ヽ
    |::::::;ノ´ ̄\:::::::::::\_,. -‐ァ
    |::::ノ   ヽ、ヽr-r'"´  (.__
   _,.!イ_  _,.ヘーァ'二ハ二ヽ、へ,_7
_..,,-":::::rー''7コ-‐'"´    ;  ', `ヽ/`7
"-..,,_r-'ァ'"´/  /! ハ  ハ  !  iヾ_ノ
  `!イ´ ,' | /__,.!/ V 、!__ハ  ,' ,ゝ
   `!  !/レi' (ヒ_]     ヒ_ン レ'i ノ
   ,'  ノ   !'"    ,___,  "' i .レ'
  ノノ (  ,ハ    ヽ _ン   人!
 ( ,.ヘ ,)、  )>,、 _____, ,.イ  ハ



魔理沙のゆっくりだからゆっくりまりさと呼ばれるようになった。単純である。



魔理沙は一緒にごはんを食べてくれる存在が出来た。寝る前に話しかけられる存在が出来た。
家の中は騒がしくなった。楽しくなった。
だがもちろんいい事ばかりではない。
ゆっくりは魔理沙の言葉を覚えて語彙が増え、生意気になった時期があった。
その際魔理沙はゆっくりのことを疎ましく思った事もある。
面倒に思った事もある。喧嘩をした事もある。
けれども、ゆっくりが家に居なければ互いに喧嘩することさえも出来ずにいた。
誰もいなければ喧嘩は出来ない。だから喧嘩出来るだけ幸福なのかもしれない。



何よりも魔理沙が「ただいま」と言ったら、ゆっくりは『ゆっくりしていってね!』と返してくれる。
自分を出迎えてくれる存在は心の隙間を埋めてくれた。
今日も魔理沙の家には明かりが灯っている。ゆっくりがいる。出迎えてくれる奴が居る。
魔理沙はいつしか家のドアを開けることが怖くなくなっていた。







「ただいま~」



霧雨魔理沙は「ただいま」という言葉が嫌いだった。



今は――








『おかえりまりさゆっくりしていってね~。あ、コーラと今週のジャンプ買って来てくれた?』

扉を開いた先の広間。
その一角を支配する大量のラノベや漫画、同人誌、散らかったティッシュ、鉄アレイ、
電力回線世界観その他諸々について突っ込みどころ満載な蛸足配線のゲーム機とパソコン。
そして背を向けたままのゆっくりまりさ。


ゆっくりまりさはニートになっていた。
今、霧雨魔理沙は「ただいま」という言葉が別の意味で怖い。







「どうしてこうなったァァァッ!」
『ゆっ?』

ダムが突如決壊するかのように、魔理沙はとうとう耐え切れなくなって叫んだ。
ちゃぶ台をひっくり返しながらの魔法の森中に響く大絶叫である。

「ゆっくり! お前何か違うよ! これ絶対に何か違うよ!」
『何が?』
「上手くいえないけど、何かお前の『おかえり』と『ゆっくりしていってね』はどこか投げやりって言うか、愛がないよ!」

ゆっくりの『おかえり』は今日も魔理沙に背を向けたまま振り返ることすらないで、
モニターに目を釘付けにしながらの『おかえり』であった。
冷めているにも程がある。

「それにお前の趣味ってペットの生態じゃないだろ! ペットってのはこういう駄目人間臭い一日の過ごし方しない! ゲームやんなパソコンいじんな! その丸っこい身体でどうやってそんな繊細な操作してるんだよ!」

魔理沙は間欠泉地下センター入り口(天則のお空ステージ)を見てからは幻想郷の科学力について突っ込む事をやめたが、流石に自分の家で世界観崩壊されると黙っていられなかった。
そもそもどこから電力を引いているかわからない。ここは魔法の森なのに。電線はどこにあるんだよ。

『えー、ゆっくりってペット扱いだったのー。家族って言ってくれよ家族って』
「何偉そうなこと抜かしてるんだよ! ご飯作るのも風呂を沸かすのも洗濯する(ゆっくりの帽子も含む)のも全部私ばかりじゃないか! せめて家事ぐらい手伝えよ!」
『いいじゃんそれ魔理沙の仕事だろ。それにゲームとか漫画ないと暇なんだもん。ペットって結構暇なんだよ』
「暇なら暇なりに時間の使い方あるだろ? なぁゆっくり、お前今日何してた?」
『一日中家でパソコン使ってネットサーフィンしてた。ISDNはゆっくりしてるんだよ』
「外出ろよ! せめて友達と遊べよ!」
『寒いんだよ。寒死するって』
「それを言うなら凍死だ!」
『だからおうちでゆっくりするのさ』

今は二月。幻想郷は冬真っ盛りである。

『それにまりさだって天気悪いときは家の中に引きこもって研究してるときあるじゃん~。だからこれは研究なの。ゆっくりの研究』
「一緒にするな! お前がしてるのは怠惰と堕落の研究だ! せめて罪悪感とか感じろよ! 何家の中に居て穀潰しやってて当たり前のようにしてるんだよ! 外出ろよ!」
『ゆっくりはインドア派の生き物なんだよ~。家の中で出来る仕事をして、家の中で出来る趣味をするんだよ。そう、ゆっくりの仕事はその家の主人にゆっくりを提供することさ! ゆっくり癒してあげるからこっちおいで!』

そうゆっくりまりさが言った瞬間、チリンチリンと魔理沙の家の呼び鈴がなった。
間の悪いことこの上ない。一体誰だよと魔理沙が毒づく。
一方ゆっくりまりさは魔理沙を放ってすぐさま玄関のドアを開けに向かう。
するとそこにはゆっくりれみりぁとダンボール型ゆっくりのうーぱっくがいた。



          ,. -───-- 、_
      rー-、,.'"    〒    `ヽ、.   うー♪うー♪
    _」::::::i  _ゝへ__rへ__ ノ__   `l     ~
    く::::::::::::`i / ゝ-'‐' ̄ ̄`ヽ、_ト-、__rイ、         ~
    \::::::::ゝイ/__,,!ヘ ハ ト,_ `ヽ7ヽ___> }^ヽ、           ~
     .r'´ ィ"レ'ノ‐! ヽ ! レ ヽ-ト、ハ〉、_ソ  ハ } \
     /ヽ/ ハ  ⌒ ,___, ⌒ )/|  ハ /  }! i ヽ  ~
   / / ハ ! /// ヽ_ ノ /// / /  |〈{_   ノ  }  _」    ~
   ⌒Y⌒Yハレ!ヽ、    //レ'ヽハヘノ⌒Y⌒Y´
           `⊥ー-.⊥´
        __/│ヽ / |\_____
        /      /      /| ♪
      /      /      /  |/  あまぞーん♪
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  ..|
      |   18禁ゲーム    ...|  ..|
      |             . .|  ..|
      |    ⌒ ,___, ⌒      |  ..|
      |  /// ヽ_ ノ ///    ..|  ..|
      |     ロリコン       .|  /
      |__________|/



『うー♪(宅急便だよ~♪)』
『ゆっくりしていってね!』
『う~(あ~、ごめんね。仕事がまだ残ってるの)』
『そうですかわかりました。じゃあこれ御代です』
『う~♪ う~♪(まいどありがと~ね♪ それじゃおたっしゃで~♪)』

魔理沙はゆっくりまりさの外面のよさに若干イラつきを覚えつつも、
置いていかれたダンボールに視線が向く。

「……ナニコレ?」

手癖の悪い魔理沙は極自然な動きでがさがさとダンボールを開けた。




ここでひとつ幻想郷について説明するべきことがある。
幻想郷とは外の世界(俗に言う現代社会)から忘れ去られ幻想と化したものが流れ着く世界だ。
骨董品、妖力を持った武具、朱鷺などの絶滅動物、果ては古いゲーム機など、様々なものが流れ着く。
“外の世界から追い出された存在”も例外ではない。
追い出され忘れ去られ無き物として扱われるような、そんな存在達。
規制という名の権力による暴力にて追いやられた悲しい存在達。
その名はロリポルノと呼ばれていた。
ぶっちゃけるとうーぱっくの中身は幻想入りしたエロリ漫画、エロリゲーであった。
幻想郷では外の世界で追い出されたエロスでネチョでグログロな創作物が溢れかえっているのである。
ゆっくりまりさの趣味はその収集であった。
幻想郷に住むその手の趣味を持つ輩にとってはア○ネスは救いの女神となる。
そう、今幻想郷で最も信仰を受けているのは博麗神社の巫女でも守矢神社の風祝でも命蓮寺の尼僧でもない。
外の世界のロリコン殺し、ロリコンブレイカーのアグ○ス・チャンだ。
ハイル○グネス! アグ○スマンセー! アグネ○ハラショー!
幻想郷にやって来たら住民の総力を挙げて殲滅すっけどな!






「こんなにたくさん、一体何を買って――」

魔理沙が手に取った本の表紙に写るのは身長140cm程度の金髪の可愛らしい少女が醜悪な男によって組み伏せられている絵だ。
どことなく魔理沙に似ている。魔理沙は思わず興味本位でパラパラとページを捲る。
内容は少女に男達が群がり――

「アウアウああああああうああああはうああああ――」

あまりにも刺激が強すぎた。魔理沙は目を回し顔を真っ赤にしながらあたふたとうろたえる。
魔術は性との関連が強いため、知識だけは人一倍あるが実践とは程遠い生娘の魔理沙。
それに知識だけはあるといっても、オブラードに包まれたものだ。
がさつさを表に出して強がってはいるが、その根っこは人里の良家のお嬢様である。
同年代の少女達よりもずっと初心なのだ。

『キャベツ畑やコウノトリを信じてる可愛い女の子に 無修正のポルノをつきつける時を想像するような下卑た快感さ……ゾクゾクするねぇ』
「ヘンタイ! へんたいッ! 変態っ!」

魔理沙は顔を真っ赤にしたまま瞳に涙を浮かべて叫ぶ。
対するゆっくりまりさは表情をあまり変化させないがその実恍惚の笑みを浮かべているのが魔理沙もわかった。

『さぁ気を取り直して、ゆっくり癒してあげるからこっちにおいで!』
「癒しっていうか厭らしいよ! ッ――ゆっくり……ゆっくり……お前はッ」

認めたくは無い。けれど現状を認めるしかなかった。

「ゆっくり! お前はペットじゃない! ニートだ! ニートなんだ!」

ニート。
労働の義務を全うすることなく朝から晩までネチョい妄想して過ごす寄生虫だ。
あああ、まさか自分の身近な存在がニートになるなんてと魔理沙は頭を抱える。
しかもロリオタプーの三重苦である。最悪である。

「何でッ! 何でお前はニートなんかになっちゃったんだよ! 成長したといえるのは語彙ぐらい! 趣味は何だかわけわかんないしッ! 外で遊ばないし! どうしてこうなっちゃったんだよぉ!」

魔理沙は号泣した。ひたすら滂沱の涙を流す。
育て方を間違えたのだろうか。そのうち犯罪でも犯すのかもしれない。
いいえ、あの子はそんな子じゃないわ。魔理沙の中の女神が「うふふ」と慈愛の微笑を浮かべて言った。

「ひっく……何見てんだよッ……?」
『ロリの泣き顔ハァハァ♪ ハァハァ♪(softolkボイスで)』

そんな子なんだよいい加減認めろ。魔理沙の中の女神が「へっ」と煙草をふかしながら言った。

「でてけぇ! お前もう出てけぇ! 出てけっ! 出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけぇ!」
『ゆっゆっゆっゆ♪』
「もうやだぁぁぁぁぁぁ! おうちかえるぅぅぅぅ!」

家出少女霧雨魔理沙。実家に帰りたいと心から思ったのは久しぶりだった。





ゆっくりとの関係がギクシャクしてから数日が経った。
魔理沙はあれからアリスや霊夢、早苗などの友人の家を梯子するように泊めてもらっていて、
魔法の森にある家には帰っていない。
そして当然人里にある実家は候補にすら上がっていない。
ゆっくりの前ではああ叫んではしまったが、勘当された手前実家には帰れないし帰る気も無い。
けれどいつまでも誰かを頼り続けるわけにはいかず、
ゆっくりとの問題を解決して自分の家に戻らなくてはならない。
だからこそ、今日催されている博麗神社の宴会はある意味うってつけだった。
酒の席では普段疎遠な奴とも気兼ねなく相談することが出来る。
そして魔理沙はとある人物の前に居る。
あいつだったら、あいつだったら今のゆっくりにどう対処すればいいかわかるかもしれない。

「永琳、ニートの扱い方を教えてくれ!」
「一体何よ藪から棒に」

八意永琳は魔理沙の突然の申し出に眉を顰めた。

「お前のとこの輝夜って引きこもりっていうかニートだろ? 今日だって宴会に来てないし、妹紅も最近見かけないって言ってたぞ」

その途端永琳が怒りを露にし、大魔神のように表情をくぁっと変えた。

「何一時期の悪評を真に受けたような失礼な事を言ってるの! 今時姫の事をニート呼ばわりだなんて風評被害もいいところだわ!」

魔理沙は思わず気圧される。流石に人をいきなりニート呼ばわりは失礼だったのかもしれない。

「あ~……まぁ貴族とかそういった身分にいた人間が外で働くことはおかしかったらしいしな。あいつの価値観が違うだけなんだろ……。悪かったよ」
「姫はニートなんかじゃないわ! 私が監禁してるだけよ!」
「お前が元凶かよ!」








「監禁調教事件の犯人、八意永琳逮捕しました。霧雨魔理沙さんご協力に感謝します」
「クッ、謀ったわね霧雨魔理沙。この恨み一生忘れないわ」
「お前が勝手に自白しただけだろ!? 永遠に恨むなよやめろよ!?」

魔理沙は通報を受けてやってきた警察にドナドナと更迭される永琳を見送る。
意図せずして一つの事件が終わりを迎えたが、幻想郷ではこのようなこと日常茶飯事だった。

「はぁ…………しょうがない、次は教育の線から当っていくか」

次に魔理沙が頼りにしたのは人里にて寺子屋の教師をしている上白沢慧音である。





「なるほど、教育について悩んでいるのか。わかった、少し話を聞こう」

慧音は快く魔理沙のお願いを聞き受けた。
普段交流の無い者と立ち入った話をする勢いが持てる。これだから酒の席というものはいい。
酒が入り饒舌になって、魔理沙の言葉を促す。







「――そういうわけだから最近ゆっくりと上手くいってないんだよ」

魔理沙は視線を外に向ける。
霊夢とそのペットのゆっくりれいむがどたばたと宴会場を駆け回っている。

『ゆっくりのんでいってね!』
「ゆっくり~、つまみ持ってきて~」
『まかせとけ!』

霊夢と共に宴会の手伝いをする、霊夢のゆっくりである、ゆっくりれいむ。
器用にも頭の上にお盆を載せて右に左に大忙しだ。
魔理沙はその光景を羨ましく思った。いいなぁ、仲良くて。
そんな魔理沙の傍で、話を聞いていた慧音が頷いた。

「なるほどな。ところで参考になるかわからんが、人間の年頃の子供にも家族との間に距離を作ろうとする時期があるんだ。思春期ってやつだな」

思春期。いわゆる家族との仲が上手くいかなくなる時期のことを示すと慧音は言う。

「ゆっくりにこれが当てはまるかは知らんが、ゆっくりとその飼い主の関係は、ペットと飼い主と言うよりも親子の関係に通じるものが多い。ゆっくりは見た目など飼い主に影響を受ける面も多いしな」
「え~親子~、そりゃないぜ」
「いや、お前はつまるところ、ゆっくりと自分の関係が変わるのではないかという事に対して不安なのだと思うが、どうだ? 親子仲が悪くなってしまうことが嫌だとか――」
「………………」

魔理沙の沈黙。
慧音も失言をしたと気付き申し訳なさそうに顔を伏せて目元を歪ませる。
人里では良家である霧雨家の家庭事情はそれなりに有名であるためだ。
そんな中、二人の間にぬぅっと入り込む影。

「ねぇ魔理沙、ゆっくりが家の中で引きこもってることが不安なのは何となくだけど理解できるわ。確かに家族が引きこもっていたら不安になるのはしょうがないわよ」

真顔でやってきたのはアリス・マーガトロイド。魔理沙の友人の魔法使いだ。
いつ頃から聞いていたのか、すんなりと会話の中に入ってきた。
アリスが話の流れを変えるように魔理沙に声をかける。

「アリス……」
「だけどゆっくりが家の中で漫画読んだりゲームやったりしてるぐらいどうってことないじゃない。私のゆっくりもフィギュア(ぶっかけ)が趣味だけど、周りの人が不快にならないようにある程度自重してるわ。魔理沙が泊まりに来たときもそうしてたしね。他人に迷惑を掛けなければ趣味は誰だって自由だと思わない? 自分の家の中にいる存在とはいえ、ある程度の妥協は必要よ」
「だけどあいつ、いつか他人に迷惑掛けそうじゃね?」
「いいえ、漫画やゲームで発散出来ているうちはそれにこしたことはないわよ(現実では不可能なシチュエーションも楽しめるし)。他人に迷惑は掛からないわ」
「そっ、そうなのか?」
「えぇ、第一どんな趣味も心の中に秘めているなら自由よ。妄想まで縛られたら皆生きていけないわ(嗜好はエスカレートするものなのよねぇ)」
「うちのゆっくりはああいう趣味なのに隠さないでオープンなんだけど……」

説き伏せるアリスとゴニョゴニョと口ごもる魔理沙。その間に更にすっと入る者が一人。

「心の中に秘めているだけなら自由? 馬鹿いうなこのやろー。こちとらその考えてるだけでもセクハラうけてるようなものなんじゃー」
「さとり!?」

古明地さとり。心を読む程度の能力を持つ覚り妖怪である。次から次へと今日は色んな奴が魔理沙に絡んでくる。
いつものような陰気さはまるで見られず、子供のように喚いている。
さとりは泣きながら訴えているところを見ると、大分酒が入っているらしい。
いつものように心を読む程度の能力を使う余裕さえもないようだ。

「霧雨魔理沙、貴方は甘いれす。お砂糖の上にハチミツをぶっ掛けてコンデンスミルクを加えたぐらい甘い甘すぎる!」
「何がだよ! 何でそこまで言われなきゃいけないんだよ!」
「ペットというものは年がら年中発情してるものなのです。可愛い子猫やチワワでさえも、女の子を見たら人間だろうがなんだろうが『獣姦してぇニャ~』『孕ますワン孕ますワンうへへへへ』とまず確実に思っています」
「知りたくも無かったよそんな事実!」

ママーこれかってーワンちゃん買ってー。
あらまぁどうしましょ~?
奥様、その犬はバター犬としてお子様の性教育にもぴったりですよ。
あらまぁ素敵さっそく買うわ~。名前はチーズがいいかしら~。

「どうしても気になるならさっさと去勢すればいいじゃないですか。そりゃもうざっくりと」
「グロいよ!」

真顔で言い放つさとりに魔理沙が突っ込む。慧音が脱線した話を戻す。

「え~と……話をまとめると結局のところ、相手を自分の都合のいいままにしておきたいって言うのは我侭の一種なんじゃないか? 互いの落としどころとなる妥協点を見つけて、関わっていくしかないだろう」
「ペットもいもーともずっと自分のものにしておいていいじゃないれすかー! あの子達は私のしょゆーぶつなのれす! 私のものなのれす! 世界で一番可愛い大事なペットなの家族なの~!」
「もういいお前黙れ」
「さとりは参考にしない方がいいわね(さとりを落せばペットも付いてくるわね)」
「同感。愛が重すぎる」

酒が入ると素になるものだ。
放任主義者のさとりだが、実は物凄く束縛したがっているのかもしれない。
そうしないのは自らについて知っている上での計算か、あるいはペット達の事を考えての良心ゆえか。

魔理沙はゆっくりとの日々を思い返す。自分もゆっくりには自由にさせていた。
昔は外で遊ぶのが大好きな奴だった。外に出て友達に『ゆっくりしていってね!』と挨拶して、
森の中でキャッキャと遊んで、暗くなる前に家に帰って魔理沙を出迎え、
その日何があったかを食卓で話していた。

「最近ゆっくりがわかんない……」

その一言にはやるせなさと切なさが混ざり合っていた。












宴会はそろそろいい時間になってきた。
ここで一旦お開きにして、二次会をする者はそのまま残り明日仕事や用事がある者は帰る。
幹事役である霊夢が魔理沙の傍にやってきた。

「大分夜も遅くなったことだし今日泊まってく?」

帰り支度をする者が居る。
泥酔しているさとりはペット達に担がれて帰る。慧音は明日に備えて帰る。
残って宴会を続けるものが居る。
鬼達はまだまだ夜はこれからだ酒もってこいと残る。
自分はどうしようかと魔理沙は考え込んだが、ふと視界の中に入るものがあった。
霊夢のゆっくり。ゆっくりれいむは帰る者にも残る者にも『ゆっくりしていてね!』と声をかけている。
それを見ていると、魔理沙は自らのゆっくり、ゆっくりまりさのことを思い出す。

「……いや、今日は帰るよ。いい加減家の中には洗い物が溜まってるだろうしな」
「そっか、わかった。まぁアンタのことだから帰り道は大丈夫だろうしね」

自宅には帰らなかったが、蓄えは十分にあった。
ゆっくりまりさはそれを食べて過ごしているだろうが、洗い物が溜まっているだろう。
理由がなければ帰ろうとは思わなかった。理由があるから帰る。

「霊夢、アリス、またな~」
「じゃあね、魔理沙」
「気をつけて帰るのよ(性的な意味で)」

魔理沙は星の輝く夜空を飛んでいった。




慧音がゆっくりは子供のようなものだと言っていた。
魔理沙は口では否定したものの、納得できる面もある。
ゆっくりが一緒にいると面倒くさいときは山ほどあったが、
その一方で自分の庇護の元で育っていくのは、とてもとても嬉しかったものだ。



ゆっくりまりさは最初から流暢に喋るわけではなかった。
「ゆっくりしていってね!」という言葉を鳴き声のようにベースにして、
魔理沙達周囲の人妖の言葉遣いを真似て覚えていった。
魔理沙は今でも覚えている。ゆっくりまりさが初めて喋った日の事を。




それはゆっくりが魔理沙の家に居つくことになってしばらく経ったある日のことだった。

「ただいま~」
『ゆっくりしていってね!』
「言われなくてもゆっくりしていくぜ」

家に帰った魔理沙は荷物を下ろし、夕食の支度をしながらゆっくりに話しかける。
最近新しく加わった日課だ。
これまでは楽しくなかった家の中に帰ってからの時間で、楽しくてたまらない日課。

「ほらゆっくりご飯だぞ~」
『ゆっ!』
「全く、ご飯の時間になったら現金にも嬉しそうにしやがって。畜生の恩義なんて所詮そんなものだよな~。食事と寝床を提供する奴ぐらいにしか思ってないんだ」

とひどい事を言ってはいるものの、その頬はゆるんでいた。
自分の作ったご飯を美味しそうに作ってくれる者が家の中にいる。
そいつの分のご飯まで用意しなければいけないのは面倒だが、
その苦労も美味しそうに食事をしてくれる者がいると軽く吹き飛ぶ。

「な~どうなんだゆっくり~。美味しいかほれほれ~」
『ゆっくりしていってね♪』

む~しゃ、む~しゃ、しあわせ~と間の抜けた擬音でもしそうな様子でゆっくりまりさは魔理沙が与えたご飯を食べていく。

「おかわりが欲しかったら魔理沙さんおかわり下さいって言ってみろ饅頭顔め~」
『ゆ~?』
「魔理沙だよまりさ! ま・り・さ!」

それはただの気まぐれだったのかもしれない。
魔理沙はそうするだけで楽しかった。返事まで高望みしていなかった。
だが――

『ま…………り………さ?』

途端、魔理沙は目を丸くした。
ゆっくりが人の言葉を覚える。このような話は他のゆっくりを飼っている奴等からも聞いていない。
そう、その頃のゆっくり達はまだ言葉を覚える固体がいなかったのだ。
だから魔理沙はそれが信じられなかった。


「おいゆっくり!? お前喋れるようになったのか!? そうだよ、ま・り・さ! ほら言ってみろ、ま・り・さ!」
『ま……り・さ、ま・り・さ……。まりさ。まりさ! まりさ!』
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
『まりさ! ゆっくりしていってね!』

まりさ。自分の名前を呼んだ。
魔理沙は思わずゆっくりまりさを脇に抱えてその頬を拳でグリグリと押し付けた。
その動作の速度は物凄く速く、ゆっくりまりさを抱えるその腕でぎゅううと締めて、拳には慈しむように力が入っていた。
人の親が、我が子が言葉を発した瞬間の気持ちとはこのようなものなのかもしれないと魔理沙は思った。
自分のこれまで過ごしてきた日々が実を結び花開いたような、途方もない充実感。
祝杯でも挙げたくなるほどだ。

「ははっ! お前私の言ってる事わかるか? 私の言ってる事通じるか?」
『ゆっくりしていってね! まりさゆっくりしていってね!』
「通じるようだな! すげー! なぁゆっくり、私の作ったご飯って美味しかったか?」
『ゆっくりしていってね♪』
「よしッ!」

かいぐりかいぐりとゆっくりまりさの頭を思い切り撫でる。そう、力の限り思い切り。

『まりさゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!』
「そうかもっとやってほしいかこのドMめほれほれ~もっと力を込めてやる~」
『ゆ゛~~』
「あははっ冗談だよ冗談~よしよし~~」

魔理沙はゆっくりまりさがこの先言葉を覚えたら『ゆっくりやめていってね!』とでも嫌がりそうなくらいの力加減で撫でていた。
だが、それも無理のない事だった。
まさかここまでうれしいことがあるとは思わなかった。
自分にこのような面があるとは意外だったと魔理沙は感じていた。


『ゆっくりしていってね♪』







「ただいま~」

魔理沙は数日振りに日課である帰宅の挨拶を行なった。
けれども家の中からは声が返ってこない。
『ゆっくりしていってね!』も『おかえり』もない。無言無音そのものだった。
ゆっくりは家の中にいるのならばたとえ背を向けていても返事だけは返す。
帰ってきてないのだろうか? 
家の中に明かりが灯っているのに?
外で遊んでいる?
あの出不精がこんな時間まで?

「ゆっくり~! ゆっくり~! 主人の帰還だぞ~! 何も言う事ないのか~!」

返事は無い。
魔理沙は気がついたら早足になり、家中をキョロキョロと見回していた。
あまり広くない一軒屋の魔理沙邸である。
その結果、ゆっくりはすぐ見つかった。
部屋の隅。タンスのすぐ横だ。






ゆっくりまりさは餓死しかかっていた。



「ゆっくり!? ゆっくり! 起きろよ! おい! しっかりしろよ!」
『ゆ゛……ゆ゛……って゛…………いっ……てね……』

衰弱しているゆっくりまりさを見て、魔理沙は大急ぎで台所に向かい、
栄養価が高く衰弱していても食べられる食材である蜂蜜を持ってきて、すぐさまゆっくりまりさの口の中に放り込む。
ゆっくりまりさは最初は真っ青な顔をしていたが、段々と顔色がよくなってきた。
でたらめな生き物だけあって回復力もでたらめだ。

「何で何も食べてないんだよ!? 食料の蓄えぐらいあったろ!」
『ご飯作ってくれると思って……』

思わずずっこけた。心配した自分が馬鹿だった。

「食事ぐらい自分で作れよ!」
『料理出来ないんだよぉぉぉ』

魔理沙は呆れながら苦笑する。もはや苦笑する以外になかった。
料理を作れないなら食材をそのまま丸囓りするぐらいのことはしろ。
生活能力が無いどころの話ではない。
「このままでは本格的にマズイんじゃないかコイツ」と、危機感が募った。

「ん?」

ふと視線をすぐ傍のタンスに向けると、なにやら漁った後のようなものがあった。

「……なぁゆっくり。私のドロワが全部無くなってるんだけど知らないか?」
『ごちそうさまでした』
「…………は?」
『ゆっくりの主食は乙女のドロワなの☆ 生でも美味しいドロワの刺し身♪』
「餓死しろ!」
『本当はパンツ派なんだけどね~』



「パンツが無かったらドロワを食べればいいじゃない」聖者ガンジーの格言である。




月は二月。日は十日。二月十日。通称ニートの日。
魔理沙はある決心をした。
このままだとゆっくりはどんどん駄目になる。

「ゆっくり、お前働け」
『はぁ?』

ネチョ同人誌を読みながら眉を顰めて不満を露にするゆっくりまりさに魔理沙はレーザーを叩き込んだ。
こんがりといい匂いを発しているゆっくりまりさに、魔理沙は話を続ける。

「なあゆっくり、お前なんでニートになったんだ?」
『家族会議っすか?』

更にレーザーを叩き込んだ。
ゆっくりまりさは黒焦げになって、食したら癌になりそうなこんがりとした匂いが部屋中に広がる。

「お前せめて他のゆっくりと一緒に遊びに行ったりとかしないのか?」
『あのリア充どもがっ。へっ。趣味合わないんすよああいうのとは』

駄目だこりゃ。
結局のところ、誰かに苛められたというわけでも何でもない。ニートになった理由なんてないのだ。
元々そういう気質があって、要するに根っからの社会不適合者なだけ。
こんな奴でも昔は森の中で昆虫採集をして、河原で遊んで、友達の家に行ってと、
健全な日々があったことを懐かしく思う。

『そもそも幻想郷ってニートだらけじゃないっすか、妖怪とか。  ※ニート 就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人を示す。ほらね』
「反論させてもらけど妖怪は人間を驚かしたり怯えさせるのが仕事だしなぁ。小傘だって人間を驚かそうと頑張ってるし、ルーミアだってめんどくっても人間襲ってるし」
『だったら引きこもりでもいいじゃない! あの紫もやしな魔女のゆっくりなんて引きこもってても何にも言われないんだよ! ただ飯ぐらいのくせに!』
「お前パチュリーの耳に知られたら実験材料にされるぞ」

社会不適合でもいいじゃない。幻想郷にはニートだらけじゃないのとゆっくりまりさは抗議する。
紫が聞いたら泣くぞお前。

(むしろ働かせることが主目的じゃないんだよなぁ……)

魔理沙はゆっくりが働かなくてもある意味構わない。
元々ペットだし、働くことが主目的の存在ではない。
だが、ゆっくりまりさがこのままの生活スタイルだと更に堕落してしまうのではないか、自分無しでは生きていけなくなることに不安を感じるようになったのだ。

「いいかゆっくりよく聞けよ。お前は今ここな」

  • 毎日が夏休みだ
  • 2chって楽しいな ←この辺。

「そのうちこうなる」

  • 何をしてたんだもう手遅れだ

「こうなりたくなかったらキチンと働け。仕事しろ。お前このままだと本格的に駄目になるぞ」
『子供は遊ぶのが仕事っていうじゃない!』
「それは友達と遊んで社交性を身につけたり家の中で嗜好品を楽しむ事で将来の役に立てろって意味だ。お前のような将来性のない遊びは違うんだよ」
『わかったよ! だったらラノベ作家目指すよ!』
「ヤメテ! お願いだから身の程を知って!」

反論するゆっくりまりさに対して魔理沙は本気で止めた。
その道だけは決して選んではならないと本能が告げていた。

「ほんっとうに暇な奴っていうのはロクなことをしないものだな」
『自分の事は棚にあげてるよこの小娘』
「やかましい。私は結構忙しいんだよ、外によく出るしな」
『へっこのリア充気取りめ。女の子のところばかりに行ってる百合予備軍の小娘が』

グリグリグリ。取り敢えず両拳でゆっくりまりさのこめかみをねじくり回す。

『じゃあ家事手伝いでどうっすか?』
「手伝ってないだろお前」
『自宅警備員舐めないで下さい。侵入者が来たら永遠にゆっくりさせてあげますよ』
「どこからその自信は来るんだよ……」

ハァ……と、魔理沙は深いため息をついた。
これは筋金入りである。いつの間にか我が家のゆっくりは骨の髄までニート体質が染み付いてしまった。
どうするべきかと頭を悩ませる。

「なぁゆっくり、お前今日から奴隷になれ」
『はぁ? 何言ってるんスか先輩? ――――あ~、ペットじゃなくて愛玩用の性奴隷にしたいわけっすね? いっすよ。自分受けもいけますから』
「何馬鹿な事いってるんだよ!? 奴隷型の弾幕ってあるだろ? アレだよアレ!」

奴隷型の弾幕。使い魔となる者を用いて弾幕を張るスペルカードの一種だ。

『え~。身内で就職すると色々不都合が出るからやだ~。やめるとき大変だし~』
「……気を使ってあげた私が馬鹿だったよ」
『それに今十分仕事してるじゃん』
「何の仕事だよ?」
『魔理沙をゆっくりさせる仕事だよ』
「言っておくが最近の私はお前にゆっくりさせてもらった覚えはないぞ」

途端ゆっくりの顔色が青く染まり、ガクガクと震える。

『え……マジ? ホント? 冗談抜き? 冗談だよね? そうだよね? ね?』
「ちょっ、お前なんでそんなに焦ってるんだよ?」
『ねぇマジ? 本当にゆっくりした覚えないの?』
「あぁ、お前がニート化してて気が休まらなくって――」
『ウボアー』
「うわああああああああああああ! ゆっくりどうしたああああああ!」

粒子状になって消えてゆくゆっくりまりさ。
幽霊が成仏するか雑魚モンスターがニフラムを受けたらこのような消滅の形を迎えるのかもしれない。
それもそのはず、精神的な存在である妖怪達にとって自らの存在意義を否定されるということは死に等しい事。
ゆっくりが妖怪というカテゴリーに含まれるかは定かではないが、自らの存在を否定されることによるダメージは計り知れない。
ゆっくりまりさは怒り狂った顔で怨嗟の声を叫び続けた。

『ぐぬぅぅぅぅぅぅ! 呪ってやるぞおオオオオ! この世全てを呪ってやるゥゥゥ! ゆっくりを否定したこの世界をォォォォォ! そして私も消えよう永遠ニィィィィ!!』
「わかった! わかったよ! お前に十分ゆっくりさせてもらっているよ!」
『ユ楡ユ楡遊柚湯油ゆ愉……』
「お前のゆっくりは幻想郷一だよ! だから頼むから回りに迷惑をかけるなよ!」
『え、やっぱそう思う? さっすが~。魔理沙もゆっくりの大事さをわかるようになってきたね~♪』

瞬時に表情と体を元に戻らせたゆっくりまりさが質問する。変わり身の早さには定評がある。

「(うわ、マスパぶっ放してぇ……こいつ本当にめんどくせぇ…………)」

魔理沙は自らを抑えるための妥協点として取り敢えずゆっくりまりさを足でグリグリと踏んづける。
自暴自棄になって周囲に迷惑を掛けられたらたまらない。
扱いにくい事この上ない。反抗期の子供というのはこういうものなのだろうか?
全く中途半端に力と知恵をつけているから尚更性質が悪い。



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最終更新:2010年09月19日 00:17