月に髭 地には茄子

 空に映る月が夜を照らす秋の日。
今年は秋姉妹が暴れ出すのが遅かったようで夏が異常に長引いたがようやく涼しさが訪れた。
でも気候が急に変わると体調を崩す者も多く、薬屋である僕の店はいつもより数倍忙しくなっていったのであった。
「はぁ……くたびれたなぁ」
 とはいっても実際働くのは同居しているゆっくりえーりんで僕は診察するだけ。
それではなぜ僕がこのように草臥れているかというとそれもこれもゆっくりのせいである。
「なんなんだよ、きめぇウィルスって……」
 ここ最近ゆっくりをペットとして飼うことが流行っているようで時流に乗るように僕もゆっくりに関する病気を取り扱い始めたのだ。
僕の能力は『命を見るだけで何の病気か分かる程度の能力』。それはゆっくりも例外ではない。
 だがここで一つの問題が起きたのだ。分かる事には分かるのだが……正直いって訳が分からない。
なんなのだきめぇっぽくなるきめぇウィルスとは、なんなのだ萃化っぽくなる萃香ウィルスとは、なんなのだ脂肪肝って!普通の病気だろ!!
 これには永琳先生もかなり頭を悩ませているようで、僕自身も勉強して知識をつけなければ治療が全く追いつかないのだ。
「はぁ……資料がどんどん溜まってもう嫌」
 朝だから客がいなくていいものの机の上に積まれた本を見るだけでも気分が沈んでくる。
久しぶりだけど言おう。憂鬱だ。
 だからと言ってダレていると後々に相当な影響が出るので僕は渋々ながら机の上からその資料を取った。
タイトルは『幻想郷緩慢縁起』。先輩が稗田家に対抗して作った妙な本、けれど万能の先輩らしくその完成度はかなりのものである。
僕はページをパラパラとめくりゆっくりの情報をとにかく頭に詰めまくった。
 れいむ、まりさ、みょん、えーき、こまち、すいか、ぱちゅりー……
そんな風に気だるく読んでいるとふととある項目が気にかかり僕はページをめくる手を止めた。
「巨大種……?」
 なんかこの間妙にでかいゆっくりまりさが来たのを思い出し僕はそのページを食い入るように見る。
ドスまりさ、ビグれいむ、ビグザれいむ(おさとうR)、ティガれみりゃとただ単に大きくしたものから亜種を大きくしたものまで沢山あって目移りしそうだ。
だがその巨大種のページもあっという間に終わり僕は拍子抜けしてしまった。巨大種はまだ全種類出そろってないらしい。
「……はぁ」
 あまりのあっけなさに再び気だるさが戻り、僕は力なくその場に横たわった。
最近忙しすぎて心に余裕を持つことが出来ない。えーりんの言うように趣味を持つべきだったのだ。
 そう言えば全然姿を見掛けないのだがまだえーりんは寝ているのだろうか。実際に薬を作るのはえーりんなのだから疲れているのかもしれない。
「ふああ……おはよう」
 噂をすれば影、僕と同居しているゆっくりえーりんが寝ぼけ眼で障子を開けて僕の部屋に入ってきた。
茄子のようにしゃくれてて永琳さんによって人為的に作られた高知能ゆっくり。この子のおかげで僕は肉体的にも精神的に助けられたと言っていい。
 えーりんは部屋の壁にかかっているクロスボウを取るとすぐに玄関の方へと向かっていった。
「あ、ちょっと明日の昼まででかけてくるから」
「ああ分かった」
 そう言ってえーりんが外出するのを見送って僕は再び本を読もうとするが、出かけてくる時間が長すぎることに気づき玄関へと駆けこむ。
勉強しなければならないのだけれどえーりんがいなければ働くことさえも出来やしない。
 なので僕は少しの保護責任と多大な好奇心で持ってえーりんの後を追っていった。


「竹林?」
 えーりんを追って駆けこんだ先は永遠亭を静かに包む迷いの竹林だった。
永遠亭に用があるのかと思ったが道のりは全く別の方向で、えーりんは迷い込むように竹林の奥深くまで進んで行ったのだ。
「何があるんだ……?」
 この竹林には永遠亭以外目立ったものは無いはず、通り抜けるだけだったらそもそもこの林に入る必要すらないはずだ。
そう思ってえーりんを追い続けていると竹林の奥から光が差し込み、僕は今までの暗さのギャップから目を瞑ってしまった。
 そして再び目を開けると、僕は何もない荒野に一人ポツンと立っていた。
唖然とするしかなかった。背後を見ても竹林は無く荒れた地が広がり遠くに水平線が見えるだけだ。
 どうして竹林の奥にこんな荒野が、いやこんな荒野が幻想郷に存在するのか!?
訳の分からないままとりあえず僕は前へ進む。一応辺りに建造物の残骸らしきものが転がっていたことから無人の世界ではないと判断したからだ。
「えーりんはどこ行ったんだ?」
 目的地もないまま進んで二時間ほど、先ほどまで朝だったというのに太陽はあっという間に沈み夜の世界が訪れた。
空には星が輝き月が浮かぶ。見覚えのある星座を見つけたことからここは日本なのかと確信した。
ただ、その日の月はいつもより妖しく輝いて、ずっとずっと綺麗だった。
「ん?」
 辺りが暗闇に染まり、右手の方向に怪しげな灯りが燈っていることに気が付き僕はその場所へと赴いた。
近づいて行くたびにその明りはどんどん強くなり怪しげな音楽さえも聞こえてくる。まるでお祭りのようだ。
 そしてそこで僕は思いもよらぬ光景を目撃した。

「らーっせっせらっせっせ、らっせっせのせっせっせ、しるばあどおるのごかごのもとに」
「なんじゃあこりゃあ」
 それはゆっくり達の不思議な宴、巨大なゆっくりえーりん像をの周りにゆっくりてるよ達が寝かされ、それを囲むようにうどんげやてゐ達が奇妙な歌を歌いながら踊っていた。
盆踊りのようにも思えるが雰囲気がどうも違う。
 見まわしてみると十数体ほどのゆっくりえーりんがその祭りを眺めているのを見つけたので、僕はこれが一体何なのか尋ねようとえーりん達に近づいて行った。
「曲者!」
「うぎゃあ!!」
 だが突然えーりんのうちの一人が矢を放ってきて僕は驚いて尻餅をついてしまった。
その矢を放ったえーりんは訝しげに僕の方へと近づいてくる。お下げにクロスボウを構え、茄子のような輪郭、って……
「あら、どうしてこんなところに?」
「お前こそ一体これは何なんだ」
 うちのえーりんだった。
えーりんは僕の姿を認識するとクロスボウを下げ呆れたような表情で僕の膝に乗ってきたのだ。
「仕事はどうしたんですか?」
「いや仕事ってえーりんがいなきゃどうしようも……」
「そんな時はべんきょうすればいいでしょうに!いろいろ大変なんでしょう!?」
 言いたいことは分かるがそう言うえーりんはどうなのだと僕は問いたい。
こんなお祭りに参加して十分に暇そうじゃないかと言いかけたがそれを察知したかのようにえーりんは僕が言う前に口を開いた。
「今日はゆっくり永遠亭族の大事な行事なの!だからどうしてもはずせなかったのよ」
「そう言うことは言ってくれればいいのに」
「いったところで……ねぇ、まぁいいわ。どうせだから一緒にみてみる?」
 そんな提案をしてくれたのでとりあえず僕は承諾し、他のえーりん達の横で体育座りで祭りの様子を眺め始めた。
しかし妙な祭りだとつくづく思う。てるよ達は何もせず眠っているだけだしなぜえーりん像の周りで踊ってるかも分からない。
 一体何なんだと尋ねてみれば『見れば分かる』の一言だ。だから僕は疑問を持ち続けながら祭りの様子を見届けた。
「そろそろよ、そろそろはじまるわ」
「え?」
 良く見てみるととあるてゐがうどんげの背中に六つのお灸を据えていた。
それと同時に地響きが起こり、中心にあるえーりん像が剥がれるようにどんどん壊れ内部が露わになったのだ。
「な、な、な、な」
 像として祭りの中央で鎮座していた巨大ゆっくりえーりん像が外壁を剥がし、本物の巨大ゆっくりえーりんが姿を現したのだ!!
そこで僕は巨大種という言葉を思い出す。あれがゆっくりえーりんの巨大種だというのか!?
「きたわ、われら~のターンえーりん!!」
「ターンえーりん??」
 良く見るとその20mほどある巨大えーりんはほかのゆっくりえーりんとは違う。一番の相違は口の上にある三日月状のヒゲ、あと帽子の赤と青の部分が逆転している。
これは先輩の幻想郷緩慢縁起には載っていなかった巨大種だ。新種の目撃者になったのかと僕の心は妙に高ぶり始めた。
「さて、ここからが祭りの真骨頂よ!!」
 ターンえーりんはお下げを解くと蝶のように髪を展開し、辺りに虹色に輝く鱗粉をまき散らした。
鱗粉はターンえーりんの周りにいたてるよ達に降りかかる。するとてるよ達は唐突に目を覚まし、妙な様子で動き始めたのだ。
「えーりん、何なんだあれ」
「ふふ、あれこそターンえーりんの最大にして最高の技ワーキングメディスン。これをうけたものはたとえどんなテルヨフでもはたらきたくなるものなの!!」
 流石巨大種、と言うべきか。動き始めたてるよ達は何かすることがないかと喚き始め格下であるはずのうどんげやてゐのマッサージを始めていた。
つまりこの祭りはゆっくり永遠亭の慰安の日と言うわけなのだろう。えーりん達もお疲れ様である。
「まぁ……一歩まちがえると文明崩壊しちゃうけどね」
「そこまでして働かせたいのか!?」
 と、言った途端ターンえーりんの髪が乗数的にどんどん広がるのを見て僕は嫌な予感がした。
恐る恐る何が起こったのかとえーりんの方を見てみると、媚びるようにてへっとお下げで自分の頭を小突いていた。
「ごめん、暴走しちゃったみたい」
「おまええええええええええ」
 どうにかして止められないかと尋ねてみようとしたが時すでに遅く、ターンえーりんの発する銀色の波に全員飲み込まれてしまった。


 これが、走馬灯というものだろうか。
今までの僕の記憶が美しい銀色の波に映っていく。
 まず髪の毛が緑のあどけなさが残る少女の姿が映し出された。
この少女は僕が懇意にしていた人だ。確か僕が16の時病気にかかってそのまま……
これがあったから、僕は全てが色あせたのかもしれない。けれどこうして今があるのも彼女のおかげ……
 と、そこで波紋のようにその少女の姿は消え次の記憶が映し出された。
この銀髪の女性は 永琳さんだ。僕の初恋の相手で失恋相手である。
高嶺の花だったと割り切るしかない。でも今でも僕の心には彼女の姿がレコードのように刻みつけられている。
 好きでした。今でも好きです。
そう心で呟くと永琳さんの姿は消え次の女性が映し出された。
 誰だろうこの人は。金髪で青い瞳。とても魅力的な人だ……
そしてそこで走馬灯は終わり、僕の意識は闇へと消えた。





「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 僕は嫌な汗をかいて布団から跳ね起きた。
しばらくは落ち着くまでその場にじっとし、辺りを見回して自分の記憶を整理する。
見慣れた机、見慣れた天井、見慣れた布団。ここは僕の部屋だ。
 今までのことは全て夢だったのか?夢落ちだなんてそんな、そんな。
「とうとうやっちまったかあああああ!!!」
 あ~やっちまったよとどこかの神様が言ってるような気がする。えらいこっちゃえらいこっちゃえらいこっちゃ。
とはいえ後悔しても意味がないので僕は立ち上がり朝食の準備を始める。
えーりんはまだ寝ているのだろうか。まぁここ最近のゆっくり病気流行で働きづめだったからゆっくり休ませてあげないとな。
「一人の食事がいつの間にかつまらなくなったなぁ」
 孤独に朝食を取り、僕はやたら本が積まれた机と向かい合って仕事を始めた。
先輩め、ここぞとばかり自分の著書を押しつけて。まぁ役立ってるからいいんだけど。
 僕は一番上にあった本を取ってページをぱらぱらとめくった。
タイトルは『幻想郷緩慢縁起』先輩が稗田家にコンプレックスを持って意地で描き上げた本だ。正直あの人は普段気楽な分、悪意と執念を持つと本当に恐ろしい人である。
ゆっくりあきゅうのページの挿絵がゆっくりじゃなく普通の稗田阿求さんを描いてるのがその証拠。他のページは普通のゆっくりの絵だというのに酷い話だ。
 でも先輩が書いたものだからそれなりに完成度は高くそれなりに役に立っているのも事実。
そう思ってパラパラとページを眺め知識を頭に詰めていると、ある項目が気になり僕はページをめくる手を止めた。
「ゆっくりえーりん……か」
 そこには箱型のえーりんや茄子型のえーりん、Drエイリーなんて際物まである。
永琳さんに振られたのはかなり悲しかったがその代わりにゆっくりとの生活が始まった。
えーりんは永琳さんの代わりにはならない、でも一緒にいるとやっぱ楽しいのだ。彼女には精神的に、肉体的に救われた。そう断言する。
「ふわぁ……ゆっくりおはようございます」
 と噂をすれば影、見慣れた茄子型のえーりんが起きてくれたようだ。
今すぐえーりんの分の朝食を出そうと思ったが、えーりんはごめん急いでるからと言って壁からクロスボウを取り玄関に向かっていった。
「ちょっと明日の昼まででかけてくるから。ちゃんと仕事してね」
「ん、ああ分かった」
 と言って僕は彼女を見送るが、妙に外出時間が長いことに気づき追おうかと思ったけど、止めた。
こんな季節の変わり目という忙しい時期に誰もいなくちゃ皆困るではないか。
病気はゆっくり出来ない。えーりんがいなければ薬を作ることが出来ないがその空いた時間だけ薬の材料を買ったり勉強でもすればいい。
 とにかく働かなければ働こう働くべき働かなくちゃ働かなければ生きていけない働きたい働きたい働きたい働きたい働きたい働きたい
はたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござる
はたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござるはたらきたいでござる……
 と、そこで僕は先ほどの夢を思い出し、背筋にぞっとしたのを感じた。



 その日から幻想郷の人々は妙に働くようになったとかなんとか。ああ働きたい。

 おわり


 書いた人:鬱なす(仮)の人

  • 続編キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
    作者様ありがとうございます。 -- 名無しさん (2010-10-16 22:49:38)
  • ぜひハロワの守護神にしよう -- 名無しさん (2012-03-23 13:34:28)
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年03月23日 13:34