時代が変わるにつれ人々の信仰は減ってきたがそれでも私達が生きるのには十分なものであった。
時々人々のために妖怪退治なんかもしたりしたが、生活自体は今までとそう変わりない。
シノコは相変わらず土着神として人々の信頼を得ているし、私も土着神と勘違いされるほどにはこの地に馴染めたと思う。
けれど、そんな優しい平穏な時も唐突に終わりを告げることとなる。
そう、それはこの島が日元と呼ばれ、シノコの社が頻繁に改築されているのに私の社がボロボロだということをシノコに伝えた時であった……
『シノコ、なんでお前の社ばかり改築されているんだ?私の社はもう300年も建て直されてないぞ』
『うう、私も人々に言っているんですけどなんかこの社は居るだけで妙に肌が痛いとか……』
『肌が痛いってこの社はお前のと全く同じ……』
と、ふと何か心当たりがあるようでタツミナは背後の神棚を少しづつ解体し始める。
そして神棚の下の床板を外し、その「肌が痛くなる」原因を見つけ出した。
『……タ、ケ、ミ、カ、グ、ツ、チィィィィィィィ!!!!!!!!!』
床板の隙間から見える地面には未だタツミナを縛りつけている剣が朽ちた様子も無く突き刺さっている。
そしてその刀身からは空気を通し肌が焼けつくほどの電撃がビリビリと纏われていた。
『肌が痛いってこれのせいか!くそっ!どこまでも私の邪魔をしやがって!!』
そうやって怒りのままタツミナはその剣を引き抜こうとしたが前回と同じように感電してしまう。
あれだけ時が経ったのだから剣の電撃も弱まっているのだと思っていたが、考えに反してタツミナは黒焦げのまま床に倒れた。
『っべーマジないわー、あいつマジふざけんなよー、もういややわー』
『っべーですよね、本当にマジっべー、っべー、べー……』
『し、シノコ様ぁ!!!タツミナ様ぁ!!た…大変…やっベーですぅ!!!マジパねーっすぅぅ!!!』
そんな叫びが境内から聞こえ、タツミナは起き上がりシノコと一緒に外の方を見る。
二人の眼に映ったのはいつも二人が懇意にさせてもらっている一人の巫女であった。だがその華奢な体は汗と涙と血で彩られていた。
『ど、どうしたの苗取ちゃん!!妖怪に襲われたの!?』
『は、博麗が……あの博麗軍がぁ!!!侵攻してきまぎゅふ!』
息切れ切れに二人に伝えようとした巫女であったが言葉の途中でうめき声をあげてそのままずるずると縁側を滑り落ちていく。
辛うじて最後に残った力でなんとか右手だけは呪いのように縁側へしがみつくも、背中に刺さっていた矢がもう一本増えその右手さえも地面に力無く落ちていった。
『は、博麗……軍』
『あの不信心のやつら!!!ええい!』
博麗国、それはこの守矢国と二、三個国をはさんだ位置にある国である。
この国は前述のように人が神に頼らず生きていく人々が集まって作り上げられた国であり、さらにはそれを象徴化するように「神秘の排除」という目標まで掲げられているほどだ。
侵攻した国の神社や寺を壊すことなど日常茶飯事、宣教師や神事関係者を皆殺しなども平気で行われていたりする。
二人もこの国の噂は度々聞いていたが、まさかもうここまで侵攻してくるとは夢にも思わなかった。
『……全くここは神の聖域だから入ってくんなとかあの娘も何考えてるんだか』
『ほんとばっかみたい!命をむだにするなんてあいかわらずここのやつらはおかしいね!』
巫女を社に引き上げようとすると、鳥居の向こうから複数の人やゆっくりの声と金属がこすれる音が聞こえてきた。
姿を見るまでもない。こういうことを平気で語り合うのは博麗軍しかいなかった。
『そもそも神ってなんだ?見えないものを信じるのは流石にバカとしか言いようがないぜ』
『こころが弱い人々がだまされる口上にすぎないよね!おおこわいこわい』
『おれんちのかーちゃんもそれでどっか行っちまったしよぉ……全く余計に腹が立つ!』
『あいつら………』
あまりの不信心な物言いの博麗軍にタツミナは怒りを露わにし、社からその博麗軍の姿が見えた時は今まで日和っていた軍神としての血が沸騰してしまうくらいのほどだった。
だが全身に繋がれた鎖はタツミナが戦うこと、いや普通に立ち上がることさえも邪魔をした。
『くそおおおおおおおおおお!!!何故だ!何故戦いのときだというのに!軍神は!この軍神は………』
『……カナデ……さん。そこで待っていてください』
『シノコ……』
シノコは地面に死体となって転がっていた巫女を社に寝かせると、一歩、一歩と力強く鳥居の方へ向かっていく。
タツミナの方からはシノコの表情が読み取れない、けれど今のタツミナにはシノコが今何を思い何に怒り何に悲しんでいるのか微かながら理解していた。
『さて、他の皆が来る前にさっさとこの建物をぶっ壊す準備でも始めるか』
『なんかもったいないきはするけどね~……ん?』
鳥居の二人はシノコの存在に気が付いたようで訝しげな顔でシノコの方を向く。
初めは単なる女かと嘲笑していたが、シノコから放たれる異様で異質で異彩で異常な雰囲気に二人はただならない威圧を感じ、目の前の存在が人間でないことを理解してしまった。
『……なぁ、神って本当にいないのか?』
『…聞けばいいじゃない』
『………………………無理だろ』
最後の瞬間、二人は神という存在がこの世にいることををこの目で認識出来た。
『!!!!!!!!!』
何十個も嵌められた鉄輪の超重量を載せたシノコの右腕が片方の兵の頭蓋骨を一瞬で破砕する。
そして同じように超重量の塊となったシノコの左足も勢いのままもう一人の頭部をコナゴナの塊へと変えていった。
血と脳症と皮が宙を舞い、地面にびちゃびちゃと汚い音を立てて落ちていく。肉と血溜まりの上でシノコは、ただ一人、泣いていた。
『…………神様を信じたくないっていうのは……分かるよ。でもそれを認めない人を殺すのは無いよッッッ!!』
祟り神だけど、祟り神だからこそ、シノコは博麗軍の言葉を否定できなかった。
もし、この守矢の国の人が自分を信じていなかったらきっと人身御供なんてものは行われなかった。
こんな自分のために犠牲になることも無かっただろう。あのおぞましいほどの恐怖を味あわせることも無かっただろう。
神を信じる者として博麗に殺される事も無かっただろう。こうして自分の怒りと悲しみをぶつけられることも、無かったはずだ。
シノコは涙ぐみ、唇をかみしめながらバラバラになった二人の死体を集めて社に戻ろうとする。
だが異常を嗅ぎつけた他の博麗軍が近寄ってくる音が聞こえ、シノコはただならぬ焦燥感を覚えた。
『い、いや、いやあああああああ!!!』
『シノコオオオオオオオオオオオオ!!!!』
タツミナが叫ぶと同時に、この社を中心として何かが変わったような気がした。
何かだというのは漠然としすぎかもしれない、一応具体的に言うならば「世界」が変わったというべきか。
鳥居の外から聞こえていた足音も次第に消え、まるでこの世界から二人だけが取り残されたように思えた。
『……………………………』
『私にできるのは……これが精いっぱいだ……』
辺りが無音となりようやく心の静穏を取り戻したシノコはゆっくりゆっくりと社に上がる。
タツミナはというと息を荒げ、全身から汗を噴き出して畳の上で仰向けになっていた。
『な、何を……したんですか?』
『なぁに、神域を張っただけだ……いわゆる神秘の世界、否定するあいつらには、もう認識できないはずだ』
『カナデさん……そんな……自分の力を使って……』
『だから言っただろ、私はお前を守るって、な……あいつらでも……殺すの……嫌なんだろ?』
強がってそう話すタツミナであったが、力を使ったことによる急激な疲労によってもう話す余裕すらなくなりそのまま眠りに就いた。
シノコはそんなタツミナの想いを知って涙を満遍なく流し、想いに駆られ、その綺麗な唇を眠っているタツミナの唇と重ね合わせた。
神域は神秘を信じぬ者を跳ね除け神秘に力を与える。
その神域の中なら例え人がいなくてもほんの少しの間なら私達も生きていくことが出来た。
いつかはこの神域に人々が集まりまたあの平穏な日々を送れる。そう私とシノコも頑なに信じていた。
だが、そんな私達の全ての希望はあの「忌々しい怪しい奴ら」によって、見るも無残、聞くも悲惨、粉微塵に消し飛ばされることとなったのだ。
『………シノコ、人……来てるか』
『今回もまたダメだった………』
神域が作られてから四年ほど経ち、二人は信仰を得るために社を中心とした里作りを行うことにした。
神域は神秘を望まないものを除きすべてを受け入れる。当然この神域に迷うこむ人もいるはずであり、そう言った人々をこの神社に招き入れようとしたのだ。
だがシノコが森中を駆け回っても人の姿は見当たらず、社は時間が進むがままに寂れていくだけであった。
『でも変、人がいた形跡だけはあるのに肝心の姿だけが無いの。一体どういうこと?』
『形跡だけがある?博麗領だから人が来ないというわけではないのか?』
『布の切れはしとか小道具とか落ちてたりするけど、でも人間は死体すらない。明らかに変じゃない?』
タツミナもそのことに疑問を覚えるが社に閉じこもったままの神に答えが出るわけもなく、嘆息をついてその場に横たわった。
神域の維持のためそしてこの鎖のため仕方ないとは思っているが、全てをシノコに任せている自分にタツミナは憤慨していた。
『……シノコ、体の方は大丈夫か?』
『ええ、あなたのこの世界のおかげで大丈夫!』
全く元気な様子でシノコはにこやかな笑みを浮かべて胸を張った。
そんなのはいつものこと、生命力もそんなに残っていないのに愛する人を心配させないためとにかく虚勢を張っている。
シノコはタツミナと違って信仰だけでなく人の犠牲が生命線、だから本来ならばシノコの方が衰弱しているはずなのだ。
以前は鉄輪を何十個も体につけていたのに、今では装飾品程度に五つにまで減らしている。
『シノコ…今日は休め……休んでくれ!これ以上続けていたらお前が先に死んでしまうぞ!!』
『……休んでる暇なんて無い、せめてあなたのために……一人だけでも……』
タツミナの必死の制止も聞かず、依然虚勢を張りながらシノコは再び社から出て人探しを始めた。
『……なんで、お前は……』
一人だけでもと言うことは信仰は得られるが人身御供にすることが出来ないということ。
つまり、シノコのその言葉は自分を犠牲にしてタツミナを助けようとする意志の表れだったのだ。
だが今のタツミナにとってそんなシノコの気遣いは、逆にタツミナの心を苦しめる形となっていた。
『……疲れた……』
案の定といったところかタツミナが見えないところではあの虚勢もどこへやら、シノコは気だるそうな様子で森の中を散策していた。
それでも彼女は探すのをやめたりしない。想い、愛した人が待っているのだから。
『…あ、また……なんでこう物ばっかりあるんだろう』
地面に何か落ちているのを見つけシノコはよろよろとその物体に近づく。
形状から見るに鞘に納まっていない刀のようであった。だがどうしてこんな人工物がポンポン転がっているのかシノコには理解が出来なかった。
『何かを斬った跡がある……凄く最近使われたものだ』
だがそれだとおかしい。確かにこの世界は神秘を望まない者を除きすべてを受け入れるがこうした自分で動くことのできない物質が一人でに入ってくることは無いのだ。
付喪神であるならまだ理解もできよう。だが目の前の刀はまだ新品中の新品、全く持って普通の刀としか言いようがなかった。
『使った人がいるはずなのに……ん?』
その刀をよく見てみると柄の方まで血で汚れていることに気が付く。
既にその血は固まっていたが、やはりごく最近付いたもの、というか今先ほど付いたものであるとシノコは確信した。
『この刀の持ち主はさっきまで生きてた……じゃあ一体どこに……?』
嫌な予感を覚えながらシノコは慣れないながらも鼻で辺りに匂いを嗅ぎ始める。
そう言ったことは全然得意ではないが血の匂いだけは、この体この目この鼻この心がしっかり覚えていた。
『こっち』
血の臭いをたどってシノコはとある洞窟の前まで辿り着いた。
この洞窟のことは知っている。かなり昔近所の子供達と一緒によく遊んでいたものでシノコにとっては馴染みの深いものであった。
しかしそんな思い出深い洞窟から今血の臭いと腐臭が否応なしに湧き出てくる。シノコは恐る恐るその洞窟の中を覗いてみた。
『ウメー』『タマンネ』『ケケケ』
『………あ』
暗闇の中、人の形をしていないいくつもの生き物が不気味な笑い声を上げながら人と思しき肉をぐっちゃぐっちゃと頬張っている。
シノコはただただその光景に激しい嫌悪感を覚えその場から逃げだそうとしたが、中にいる化物のうちの一人に見つかってしまった。
『ヌ?モリヤノ……』
『いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!』
この神域は神秘を信じぬ者を跳ね除け神秘に力を与える。
この世界ほど彼女達神にとって居心地のいい世界は無いだろう。だが、神と似た怪しい存在である妖怪にとってもこの世界は居心地がいいものだった。
『カナデさん!カナデさんンんん!!!』
確かに人間はこの神域に迷い込んでいる。けれど全員が二人の社に辿り着く前に妖怪どもに襲われて骨も残さず死んでしまっていたのだ。
その事実を伝えるためシノコは己の余力を全く考えず全速力でタツミナの社の駆け込んだ。
『し、シノコ!どうしたんだそんな汗だくで……』
『よ、妖怪がいました!!あいつら……人達を……』
『妖怪だと!!!!!………そういうことか!!!!!』
『そういうことなんですねェ』
胡散臭い声が鳥居の外から聞こえシノコとタツミナはその声のする方向へと顔を向ける。
赤き肌に伸びきった口髭、烏の羽に葉の扇、そして異様に長い鼻。
恐らくシノコを追ってここまで来たのだろう。人間離れした風貌を持つそいつは鳥居の直前でやたら姿勢よく二人のことを見据えていた。
『あ、どうもォ、私天狗の長をやっております大天狗ともうします』
『何の用だ!』
『いえいえほんのご挨拶です。しかしここはいい空間ですなァ、我々妖怪が暮らすのに最適な世界ですよ』
そう言って大天狗はにこやかな表情で扇を仰ぐが、その態度にはどこか二人を小馬鹿にしたような印象がある。
大体妖怪なんてそんなものだ。力があるばかりに神のことなんて全く尊敬なんかしちゃいない。
『…………………帰れ』
『おやおや、手厳しいですな。まァ今後とも私達をヨロシクオネガイシマスねェ』
嫌みらしい笑顔を浮かべて大天狗はそのまま自分の住処へと飛び去っていく。
その際聞こえる聞き心地の悪い高笑いを聞いてシノコもタツミナも悔しそうに唇を噛みしめていた。
妖怪退治は今までもやったことある。けれどこの衰弱している状況で下手に大軍なんかに襲われたら神とはいえひとたまりもないだろう。
愛した人を死なせたくない。互いにそう思い、逸る気持ちを抑えて二人はただ己の内からわき立つ感情に耐えていた。
『………シノコ、動けるか』
『…………………ぇぇ』
本格的に社も寂れ、二人は手入れもされてない居間にまるで病人であるかのように寝そべっていた。
タツミナの方はまだ精力があるように見える。けれど15年以上も人身御供が無くなっていたシノコはもう立ち上がることすら叶わないような様子であった。
『はは……随分やつれちゃったなぁ……こんな私を見て……幻滅……した?』
『生涯誓いあった仲だろうが、そんなことで嫌いになるか』
そのタツミナの言葉にシノコは声を出さず笑顔で返す。
もう喋る力すら惜しくなってきているらしく、呼気も隙間風と見違うくらいに微少なものになっていった。
『……………………………』
タツミナは体を起こしシノコを仰向けにすると同時に、この動く自分の体を見た。
何故私だけがこうして動いていられるのだ、逆であればどんなに良かったことかと毎日毎日考えては無駄なことと絶望する。
せめてこの生命力をシノコに移せないものかとタツミナは必死に考えていた。
『……これしか……ないのか……?』
一応一つだけ方法は見つかった。だがそれを行動に移していいものなのかと必死に悩む。
彼女には綺麗であっていてほしかったから。
『シノコ、ちょっといいか?』
『……』
シノコが頷くのを見るとタツミナは四つん這いとなってシノコに覆いかぶさる。
シノコはそのタツミナの行為に目を丸くしていたがタツミナは何も言わずにシノコに接吻をした。
『はぁっ……はぁっ……シノコ、その、私の命をお前に分け与えようとしたいんだが……その……方法がな……
子種を……その……いわゆる……コウノトリ……う、う、うううううううううう……お、お前が良いというのなら……うぅ』
タツミナはやっぱり恥ずかしいと顔を真っ赤にしてシノコから離れようとするが、腕をシノコに掴まれ再び四つん這いの形になる。
『シノコ……』
『私なら大丈夫、だってあなたが……大好きだから』
『…………私も大好きだ。愛してる』
互いに頷き合って、二人は目を瞑って二回目の接吻をする。
そして、命を分かち合うための二人の愛が始まった。
WARNING!!(注:全年齢にふさわしくない表現、言葉は全てみょん語で翻訳されます。それでも苦手な人は17行くらい飛ばして下さい)
『あ、あ、あああああああああ!!〈みょ、みょおおおおおおん!!みょみょおおおおん!!!〉』
『しのこぉぉぉぉ!!!』
タツミナの〈みょん〉がシノコの〈みょんみょん〉を〈みょんみょん〉する。
激しくも優しく、〈みょんみょんみょみょっくみょん〉あった。
『いいのぉ!かなでしゃんの〈みょんみょんみょんみょんちー○ぽ!〉〈きれないものはほとんど!〉』
『わたしもだぁ!!〈みらいえいごうざーん!いつまでーんみょーーんみょん〉』
タツミナのピスト〈みょん!〉は加速を始め、〈みょんみょんしまむらようむかわいいみょん〉。
シノコも蕩けそうに光悦な顔をしてタツミナに接吻をする。先ほどよりかは動けるようになったみたいでタツミナの生命力がしっかりと移っているという証拠であった。
『〈みょんみょんみょみょん!みょんみょんみょみょん!〉』
『〈みょみょみょみょこんぱくよーむ!〉』
二人の〈みょん〉は頂点を迎え、二人は同時に達した。
『〈みょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!〉』
『〈みょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!〉』
みょんみょんみょみょ……って翻訳はもういい。
まぁこうしてなんとかシノコの延命も性こ……成功し、それなりに安定した生活が続いた。
もっと愛し合いたい……じゃなくて命を分かち合うために一応毎晩ゲフンゲフン……していたわけだが、
もともとこの行為は子をなす為のものなわけだから……その、あれだ。
『子供……出来ちゃったみたい』
『マジで?』
『ハンパねーくらいマジです』
恐る恐るシノコの腹辺りに手を当ててみると確かにもう一つ生命がいるような感触があった。
タツミナは非常に驚いたが悪い気は一つもしなかった。だって二人は愛し合っているから、この命は二人の愛の形だから。
『でも大丈夫なのか?お腹に子供がいるんじゃ〈みょんみょん〉だって出来ないだろうし』
『問題ありませんよ、飲めば済むことですから』
いつもいつも問題無いと言っては虚勢を張るシノコであったが今回ばかりはその虚勢もすっかり息をひそめている。
ある程度心も体も余裕が出来たのだろう。下品なこともサラリと笑いながら言ってのける。
『……この子のためにもこの世界をなんとかしなくちゃね』
『そうだな、一人、いや、二人とにかく人が来ればいいのだけどな……そうだ、その子がちゃんと立てるくらいになったら
私の力のほとんどをお前に預けようか?そうすれば妖怪どもも殲滅出来るはずだろうし、あ、でもお前に頼る形と言うのも……』
『カナデさんがいいなら私は全然問題ないですよ』
シノコは万弁の笑みをタツミナに送り、二人は楽しげに笑い合った。
貧しかったけど結構幸せな毎日、流産とかが無い限り絶対に崩れるはずがないと思っていた。
そう、思っていた。それ以外には無かったから。
そして出産の日。
子供をいち早くタツミナに見せたいと思ったシノコはいつものようにタツミナの社に訪れそこで出産の準備を始めたのであった。
『あ、ああああ!産まれる!!くううう!!』
『シノコ!わたしが支えるから頑張れ!!』
今まで何度も人々の出産を見てきたからかタツミナは手際よく出産の手助けをすることが出来た。
シノコは近くに合った鎖を掴み陣痛で顔を激しくゆがませるが、その表情にはいくつもの希望が含まれていた。
愛の形、そして犠牲ばっか出してきた自分が新しい命を生みだすことが出来ること、それはいままでシノコが望んでいたすべてに近かった。
『う、うまれるうううううううう!!!』
『うおおおおおおおおおお!!!』
その力みと同時にシノコの〈みょん〉から赤ちゃんの頭が這い出てくる。
赤ちゃんの安らかな表情はシノコにそっくりで、タツミナは無事出産出来ることに激しく安堵した。
『よしっ!!ここまでくればあと少しだ!!』
『わ、わたしのあかちゃあああん!!!』
タツミナはその頭を引っ張らず、自然に出てくるのをじっくりと見守る。
瞳、耳、そして口と見え、赤ちゃんの頭はようやくシノコの〈みょん〉からにじり出た。
『出たぞ!頭が!こうなれば…………』
一番大きい頭さえ出てくれば体は簡単にでてくることだろう。
だがタツミナは絶句した。頭が出たのに体は一向に出てこないのだ。
いや………体が無かった。首から下に付いているはずの体が。
初めは奇形児ではないかと悲観にうち暮れていたが、その赤ちゃんは時々動いていたりして確かに「生きていた」
タツミナは生きた生首を知っている。憎たらしい顔つきでマジマジと見てみると可愛いあの変な生命体を知っている。
その赤ちゃんをよく見てみるとその変な生命体「ゆっくりしていってね!!!」とかなり似ているように見えたのだ。
『……………………………』
『ね、ねぇ私の赤ちゃん……見せて』
『………………………………』
自分の赤ちゃんをこの目で見ようとシノコはそうタツミナに呼びかけるが、それに答えられないほどタツミナは思考が出来なくなっている。
一体どういうことなのだ?何故シノコの腹からゆっくりが出てくるのだ?出てくるのは私の子ではないのか?
考えていくたびにどんどん怖くなって震えが止まらず、タツミナは鎖が伸びる限りずるずると四つん這いの状態でその赤ちゃんから距離を取った。
『……どうしたの?』
『い、いや、その……』
『ふぇ……ふぇ……ゆえええええええええん!!ゆええええええええええええええええええええ!!!』
取り出した赤ちゃんを布の上に置きっぱなしにしたいたためか、赤ちゃんは声を上げて泣き始めてしまう。
それを聞いてシノコはまだ体力が回復しきってはいないにも拘らず無理に起き上がり、その赤ちゃんを優しく両手で抱き締めた。
『ああ、私の子……カナデさんと私の………』
『ゆぅぅぅ……………』
『…………シノコ………?』
明らかに変なのに、どこから見てもゆっくりにしか見えないのにシノコは涙を流してその赤ちゃんを抱擁している。
タツミナには何故シノコがそんな笑顔を浮かべているのか分からなかった。タツミナにはその行為が理解できなかった。
タツミナは、喜んでいるシノコを不気味なものと思い始めてしまった。
『………………………』
私は、愛し合った人に裏切られたのか?
神と神が交わりゆっくりが生まれるなどあり得ない。だが矛盾を全て削除していくとそこには不都合な真実しか残らないのだ。
ゆっくりを産むということは親のどちらか、もしくは両方がゆっくりでなければならない。そして、あの赤ちゃんはシノコから生まれた。
もう順序立てて説明する意味もない。シノコはあろうことかあの珍妙な生首と交わったのだ。
神である身なのに汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい
汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい…………
でもそんなことはどうでもよく、今一番聞きたかったのは「本当にその子は私の子なのか、私以外と交わったりしていないか」、と言うことだけだった。
その一言がちゃんと確かめられれば良かったのだ、今でも、いや、未来永劫私は後悔し続けている。
『カナデさん……』
『カナデと呼ぶな!!』
『あ、す……すいません』
出産も終わりシノコもすっかり元気を取り戻したがタツミナは人が変わったかのようにシノコに当たってしまう。
今のタツミナには信じるべき者が一人しかいないのに、そのたった一人さえ信じられずにいた。
『……お父さんなんだから……いじわるしないでよ、ね、スワコ』
『ゆ~あう~』
しのこは成長してきた自分の子供「スワコ」にそう問いかけるが、そんなシノコの行動は余計にタツミナの怒りを促進させていった。
『………………………………白々しい』
あれだけ愛していたというのに、助け合おうって何回も誓いあったはずなのにタツミナは己からわき出す悪意をシノコにぶつけていく。
最近はこういう態度ばっかりでシノコも酷く悲しんでいたが次第に慣れ、ついにはこんなタツミナに憤りと怒りを覚えるようにまでなってきたのだ。
『……タツミナさん、一体何が不満なんですか?私が赤ちゃんばっかにかまってるのがそんなに嫌なんですか』
『んだと?誰がそんなこと言った…』
『言わなくても態度がそれを物語ってるじゃないですか、酷いお父ちゃんですね~』
『ゆばぶぅ』
『……………………………だ、誰がお父ちゃんだ……誰がお父さんなんだああああ!!!!!!!』
【お父さん】
その言葉によってタツミナは怒りの限界を超え、金剛力士像のような憤怒の表情でシノコに激昂した。
シノコはその迫力と威圧によって思わずへたり込んでしまう。なんとかスワコは庇うことが出来たがタツミナの突然の激昂に激しく怯えてしまった。
『くそっ!どの口がお父さんって言うんだ!ゆっくりなんかと交わりやがって!!俺の子はどこだ!どこに行ったんだ!!!』
『………かな、で、さん』
『そんなに嬉しいか!!!!俺の子よりもゆっくりの子を産んだのがそんなにうれしいのかあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!』
怒りのままタツミナは理性も思い出も愛も全て忘れて無防備なスワコのことを引っ叩こうとする。
だがタツミナの手がスワコに当たる前にシノコはその間に入り、シノコの頬にはくっきりと赤い跡が残った。
『う、ううう………』
『はぁ……はぁ……あれだけ愛してるって言っておきながら俺を裏切ったな!!この……この……』
「この×××め!!!!」
『!!!!!……………』
聞くに堪えないタツミナの暴言に唇を震わせ、シノコは何も言わずスワコを抱えたまま一目散にタツミナの社から出ていってしまう。
瞳から川のように零れ落ちた涙が床に落ちるが、タツミナはそれに目をくれずただただ外に背を向け勝手に自分ひとりで憤っていた。
その日からシノコは赤ちゃんを連れてくることも一人で私のところに来ることも無くなり、私は長い間孤独に包まれることとなった。
明らかに自業自得でしかなったがあの時の私にはそんな考えは毛頭なく、後悔しなかったことを今も後悔している。
だがあまりに身勝手な憤りも時間がたてばどうしようもなく治まり、あの喧嘩をしてから数年経ってようやく私は自分の過ちに気が付いた。
今すぐにでも謝りたい、謝って許されないのなら腹を切ってもいい、決意だけは確固たるものだったが忌まわしき鎖がそれを遮った。
『シノコ………』
遅すぎる後悔を沢山沢山して、相手のいない謝罪を何回も何回も繰り返しタツミナは地面にただ一人伏していた。
腕と首と腰には血が出たような跡があるところを見ると必死に鎖を外そうとしていたようだ。だが鎖と鉄輪はいまだ衰えを見せず、その頑丈さに嫉妬してしまうほどであった。
『タケミカグツチ……め、恨むぞ』
今までで一番悪意がこもってない恨み事を吐き、タツミナはごろんと寝返りを打つ。
こちらが悪いのだからあまりしたくは無かったがタツミナはここ数日シノコの社に向かって呼びかけていた。
だが返事も姿も無く、完全に嫌われてしまったかと微かに涙を流した。
『………………あの』
『!!!!!!!』
神棚の方を向いて寝転がっていたが外の方から微かに声が聞こえ、タツミナは咄嗟に縁側の方を向く。
その際鎖が絡まって首の傷が開いてしまったがそれに耐えて、縁側に誰がいるのか確かめた。
『シノコ……いるのかシノコ!!!私が……私が悪かった……だから!!』
『………あ~う~』
必死に自分の想いを話すタツミナであったがその妙な唸り声を聞いて一気に脱力してしまう。
シノコは能天気なやつであったが「あ~う~」などと言う唸り声は言わなかったはず。案の定そこに現れたのはシノコではなく赤ちゃんだったスワコであった。
『ゆ、お、おとうさんだよね!おかあさんがいってたよ!』
『……もう喋れるようになったのか』
ゆっくりは早ければ生まれた直前から言葉を発することもある珍妙なナマモノ、感心はしたがその言葉の内容はタツミナを甚だ不快にさせた。
『お父さんじゃない、お父さんなはずがないだろ!!!』
『ゆゆぅ………ひっく、ひっく』
喋れてもやっぱり子供なのかスワコはタツミナの些細な激昂に怯え泣き始めてしまう。
色々と考えけれどタツミナはやはりこのことだけはどうしても許容できなかったのだ。
『……で、何しに来た?シノコはどうしたんだ』
『え、ええと、あう~、お母さん、ゆっくりしちゃった……』
『ゆっくりしたぁ?』
相変わらずゆっくりは適当な言葉で分かりづらい。「ゆっくり」という言葉が何十個も意味を持ってたりするのだから困ったものだ。
『………………………………ゆっくり、した?』
休息しているのかと初めは思ったが、その言葉をよくよく考えていくうちに嫌な予感がタツミナの脳内によぎった。
まさか、いや、そんな、そういえば、生命力の移しを、ここ数年、やって……いなかった、から。
『………お、お、おい!ゆっくりしたって……どういうことだ!!!』
『ひぇっ……その、い、なのかくらいまえ……スワコにおちちくれたあとすぐになでてくれるはずだったのに、おかあさんねたきりで、うごかなくなっちゃって』
その言葉で充分だった。
『…………………………………………………あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
私はあらん限り叫んだ。後悔と反省と愛が行き場を無くし、暴走して私は鎖の延びる限り暴れまくった。
神棚を壊し、鎖に噛みつき、頭をひたすら床にぶつける。しかしどれだけ物を壊してもどれだけ自分を傷つけても、過ぎた時も失った命も一向に戻らなかった。
救いようもない神は、誰も救えない。シノコの死はそれを私に徹底的に教えてくれたのだ。
「………人とか妖怪とかゆっくりとか関係が無かったんだ……全て……私の……っ」
「………………………………………そんな事情があったのでござるな……」
「あうううう~~~おかあさん~~~」
スワコは大きく喚きタツミナはただ寡黙に肩を震わせていたが、二人は共通して大粒の涙を瞳からぽろぽろ溢していた。
「……話しても全然気が楽にならん……やはり……逃げることも許されないということなのだな……」
「でも、タツミ殿も長い間耐えてきたみょん。それに状況的にどうしようもない面もあるというか……気を確かに持つべきだみょん」
そう言って慰めるみょんであったが正直心の奥底ではタツミナのことを少し軽蔑していた。
同情すべき点はいくつもあって、みょんももらい泣きしてしまうほどだがタツミナがシノコに行った行為は許されたものではない。
同情と軽蔑、その二つの感情が合わさってみょんはタツミナが本当はどういう人物なのかいまいち掴むことが出来なかった。
「あう~おとうさん」
「だから……お父さんと言うな、血の繋がりも無ければ義理と呼べる仲でもない」
純真なスワコの眼差しから逃げようとタツミナは顔をひたすらに背ける。
冷たいように思えるかもしれないがみょんから見たタツミナの表情はとても物寂しげなものだった。
きっと彼もスワコを娘として受け入れたいのだろう。
しかし神と神の間にゆっくりは産まれぬことを再認識し、自分の子ではないという現実を突き付けられてしまう。タツミナはそれを一番怖がっているのだ。
「…………果たして、本当に神と神の間にゆっくりは産まれないのかみょん」
ゆっくりであるみょんさえも『それはないわー』と思っている。
けれど、このままでは救われない。みょんはころんと転んで閉塞感たっぷりに溜息をついた。
最終更新:2010年12月15日 22:30